創世濁流撃破作戦~方舟の行く先

作者:秋月きり

 モザイクに覆われた世界に、男が一人立っていた。
 黒髪に碧眼、悪魔を思わせる角も羽根も、そして尻尾すら、闇の如き黒碧を纏っている。
 微笑にも似た薄笑いを浮かべた男は、辺りを見渡すと、己の右手をゆるりと見下ろす。
「これが、ハロウィンの魔力か。この力があれば、私のワイルドスペースは濁流となり世界を覆い尽くす事すら可能となるだろう」
 流れ込む力の奔流は、まるで滾々と沸き上がる泉の如く、右手から零れ落ちていた。それは黒き粘液と化し、ぽとりぽとりと地面に零れていく。
「ケルベロスと名乗る輩が、いくつものワイルドスペースを潰していると言う話だが、この力があれば恐れるに足らぬ。そう、あの『オネイロス』を増援として派遣してくれた『王子様』の為にも、必ず、この『創世濁流』作戦を成功させてみせよう」
 男はにぃっと笑う。
 真っ赤に染まった口は、悪魔を思わせる笑みを形成していた。

「ハロウィンのイベントが終わったばかりだけど、緊急事態が発生したわ」
 ヘリポートに集ったケルベロスに向けられたリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の声は、焦燥に染まっていた。
 何かあったのか? と問うケルベロス達へ、彼女は言葉を紡ぐ。それは、自身らが予知した恐ろしい作戦の全貌だった。
「ドリームイーター最高戦力であるジグラットゼクスの『王子様』が、六本木で回収したハロウィンの魔力を使って、日本全土をワイルドスペースで覆い尽くす『創世濁流』という、恐るべき作戦を開始しようとしているの」
 現在、日本中に点在するワイルドスペースに、ハロウィンの魔力が注ぎ込まれており、急激な膨張を開始していると言う。このまま膨張を続ければ、近隣のワイルドスペースと衝突し、爆発。挙句に合体し、急膨張していく。これが繰り返されれば、最終的に、日本全土がワイルドスペースに飲まれる結果となるだろう。
「と言ってもこれまでのみんなの活躍で、いくつものワイルドスペースが消滅させられているから、いくらハロウィンの魔力を注ぎ込んでも、すぐに日本全土が覆われる事態にはならないわ」
 とは言え、放置しておけば破滅の未来は必至だろう。それを防ぐ手段は一つしかない。
「みんなには急膨張を開始したワイルドスペースに向かい、内部にいるワイルドハントを撃破する事で、ワイルドスペースの消滅を行って欲しいの」
 それが創世濁流作戦を打ち砕く唯一の方法だった。
「で、戦闘だけど、これまでのワイルドスペースでの戦闘同様、粘性の液体に満たされたような奇妙な特殊空間ではあるものの、みんなの活動は阻害しない物と推測されるわ」
 今までは予知できなかったが、これまでの活動が功を奏したのだろう。詳細まで予知できたとリーシャは胸を張る。
「対峙するワイルドハントはアレク・コーヒニック(無才の仔・e14780)の暴走姿を模しているけど、当然、彼自身ではないわ」
 能力は三つ。視線による催眠と、手にした魔導書による攻撃、そして、魔導書から滾々と湧き出る泥のような物体を用いたグラビティだ。
「また、これまでと違う点もある。今回、ワイルドスペースには『援軍』がいるの」
 それが『オネイロス』という組織から派遣された『何か』らしい。こちらについては残念ながら、詳しい戦力は判らなかったようだ。
「実は予知の中の姿もぼやけていたの。『トランプの兵士のようなドリームイーター』のようにも見えたのだけど……」
 予知の意味する内容が曖昧な為、助言程度しかできないけど、と前置きの後、リーシャは言葉を続ける。
「ワイルドハントだけでも厄介だけど、更に援軍がいる事で戦闘は厳しい物になると思われるわ。そこは気を付けて欲しいの。ただ、ワイルドハントさえ倒せばワイルドスペースは消滅する、これだけは忘れないでいてね」
「日本全土をワイルドスペースの洪水で覆い尽くす、創世濁流作戦。……恐ろしい作戦ね」
 だが、その企みも、皆のこれまでの動きによって阻止に繋がっている。ならば、それを止める事に尽力するのみだった。
 ジグラットゼクスの『王子様』、そして謎の多いドリームイーター組織『オネイロス』。気になる事は多いが、まず行うべきは目の前のワイルドハントの撃破、そして創世濁流作戦の完全阻止だ。
「あとはみんなの手に掛ってる。だから……いつも通りに、ね」
 そうしてリーシャはケルベロス達を送り出すのだった。
「いってらっしゃい」


参加者
ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)
三和・悠仁(憎悪の種・e00349)
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)
アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)
ロア・イクリプス(エンディミオンの鷹・e22851)
ウエン・ローレンス(日向に咲く・e32716)
アシュリー・ハービンジャー(ヴァンガードメイデン・e33253)

■リプレイ

●濁流の使徒
 その到来は予期していた。彼にとって、その事前情報はあったからだ。
「『王子様』の言葉通りだな」
 自身のワイルドスペースに足を踏み入れた8人と1体を前に、ワイルドハントは唇を歪める。
「予期していたのなら話は早いわぁ。ならば私たちの目的は既に察している……と言った処かしらぁ?」
 ゆるりと言を紡ぐのはペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)だった。蠱惑的な笑みを浮かべ、片目を閉じる所作はワイルドハントへの挑発と向けられている。
「目的は私。そして、我がワイルドスペースだろう?」
 挑発には挑発を。ワイルドハントもまた、蠱惑的な笑みを以て返答する。サキュバスとサキュバスを模したデウスエクス。並の人間ならば蕩けそうになる視線の応酬は、しかし、火花弾ける眼光として交わっていた。
「ええ。貴方を殺すわ」
 それが自身らの役割だと、傍らのジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)は断ずる。
 判っていた事だが、やはりワイルドハントはデウスエクスの先兵だった。その事実に狂気にも似た歓喜を覚えていた。デウスエクスは殺す。それが様々な物を奪われ続けた彼女の存在理由だった。
 ギラギラとした笑みをワイルドハントは鼻で笑う。
「怖い怖い。なぁ、貴方もそう思うだろう?」
 それは彼と共にワイルドハントの中心に立つ人影への呼び掛けだった。共に立つそれは肩を竦めた彼の軽口に反応せず、無言で得物を構える。
「やはり1人ではなかったな。既に合流後か」
 ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)の言葉は溜め息混じりに紡がれた。
 ワイルドハントとケルベロスの間に立つその人影は、トランプの外観をした兵士であった。絵柄、そして手にした得物が示す象徴はスペード。その意味は。
「スペード……剣を意匠化したものであったか?」
 ウエン・ローレンス(日向に咲く・e32716)の独白は恐らく、的中しているのだろう。ケルベロス達とワイルドハントの間で身構えている事を考えても、彼が纏っている恩恵はクラッシャーだろうと推測できた。
「となると、厄介ですね」
 その呟きはアシュリー・ハービンジャー(ヴァンガードメイデン・e33253)から。同意を示すように、相棒のサーヴァント、ラムレイが唸りの如き排気音を放出する。
 ワイルドハントを倒せばワイルドスペースは消える。つまり、打破する事によってドリームイーター『王子様』が進めていた『創世濁流』作戦を阻む事が出来る。それがケルベロス達の狙いだった。
 故に、トランプ兵の存在は、その妨げでしかない。
「普通に考えれば、な」
 アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)の言葉は最もであった。後衛のワイルドハントを討つためには、前衛であるクラッシャーを倒さねば、攻撃が届かない。それは当然の理だった。
 だが。
「その為の準備はしてきた。そうだろう?」
 援軍が前線を担う事は予期していたと、ロア・イクリプス(エンディミオンの鷹・e22851)は笑みを形成する。ワイルドハントのポジション――スナイパーである事を考えれば、当然の帰結だった。情報の活用に抜かりはないと断言出来た。
「創世濁流の為、そして王子様の為。礎となって貰うぞ、ケルベロス!」
 ワイルドハントが吠える。瞳には魔力を、手には魔導書と粘液を携え、トランプ兵共々身構える。
「……そのつもりは毛頭にもない」
 己が得物の魔剣を構え、三和・悠仁(憎悪の種・e00349)が咆哮に応じた。

●創世までの時間
「貴様らの処分に我らが手を汚すまでもない。共に喰らい合え、狂犬どもが!」
 咆哮と共に青い瞳が輝く。
「催眠魔眼?!」
 悠仁やロア、ウエン、そしてラムレイを貫いた輝きをペトラは知っていた。ワイルドハントの使用したそれはサキュバスと言う種族を象徴するグラビティであり、そして、デウスエクスであるワイルドハントが振るうそれは、彼女の知りうる限り以上の破壊力を秘めていた。
(「そう言えば、彼が模した人物もサキュバスだったわねぇ」)
 思わず感嘆してしまう。
「だが、貴方の甘言に惑わされる者など、俺達の中にはいない」
 ケルベロスチェインで守護の魔法陣を描きながら、ルビークは断ずる。彼のワイルドハントがその特性を用いる事は知っていた。ならば、当然の如く、対策済みだった。
「ああ、そう言うこった」
 トランプ兵の刺突を受け止めたロアがふぃぃと声を上げる。思いの他深く刻まれた自身への傷へ応急手当を施す表情に、いつもの飄々とした色はなかった。真摯な表情は犠牲者を出さないと言う決意を以て紡がれている。
「ったく、色々面倒だよな。仕方ねえけどさ」
「ああ。そうだな。無茶をするなよ!」
 青白く光り輝く御霊を霊力に変え、トランプ兵に叩き込むアバンから零れる苦言は、ロアに向けられていた。橙色の視線は厳しく、だが、それでも温かみを宿していた。
(「仲が良いですね」)
 紙の兵士を散布するウエンはそんな感想を抱く。アバンの口調は辛辣であったが、2人の間に存在する確かな絆を感じる事が出来たのだ。
 とは言え、率直な感想を口にすると、二人共々怒りそうなので、黙っておくことにしたが。
「黄泉還りしは水底の狩人。朽ちた躯に舞い戻りし蛇よ、その毒と牙を持って、彼の者に戒めを与えたまえ――!」
 ペトラが紡ぐ死霊魔術の対象となったのは、トランプ兵だった。半ばまで腐った海蛇の死霊はトランプ兵の肩口に食い込み、麻痺毒を流し込んでいく。
「共に食い合う未来はなくなったみたいねぇ」
 そして、彼女の言葉は挑発としてワイルドハントに突き刺さっていた。対して、ワイルドハントから飛び出したのは罵声だった。
「黙れ!」
「黙るのは貴様の方だ、デウスエクス!」
 悠仁の蹴りは憎悪と炎に彩られ、放たれた。一撃を受け、吹き飛んだワイルドハントはしかし、燻る炎を払い除け、更なる言葉を紡ぐ。
「いい気になるなよ、狂犬共め! ハロウィンの魔力を纏う私がこの程度の攻撃に屈すると思ったか?」
「おしゃべりが過ぎますよ、ワイルドハント!」
 応じたのはアシュリーだった。特徴的な三つ編みを揺らし、得物を構える様は名だたる射手――砲撃手を思わせた。
「リミッター、13番から6番までカット! ……撃ち抜きますっ!」
 叫びに応じ、ロンゴミニアドと名付けた砲槍が火を噴く。幾多に放たれる火線は円卓に集う騎士達の一撃。貴様に聖杯を抱く資格は無しとの否定が、ワイルドハントの四肢を貫く。
「さて。互いに譲れない物の為に戦い合いましょう。その上で……みども達が貴方を食い殺してあげるわ」
 地獄を呼び覚ますジークリンデはにぃと鮫の笑みを浮かべた。遥か彼方で少女を思わせる無邪気な声が聞こえた気がした。だが、次の瞬間、地獄から響く轟音によって掻き消されてしまう。
 声の意味を彼女だけが知っている。それで充分だった。
「クソが!」
 罵声と共に、ワイルドハントの魔術書から無数の水晶剣が飛び出す。それらはケルベロス達を切り裂くべく、雨嵐の如く降り注いだ。
「まったく、防具耐性が無ければどうなっていた事やら。……ん。あんまり考えたくないわねぇ」
 ペトラの呟きへ、治癒に専念するルビークがまったくだと頷く。度重なるワイルドハントの魔術を受けた彼らはしかし、自身らの損害が軽微だと知っている。
 その為の準備はしてきた。
 ロアの言葉は何も、後衛に陣取るワイルドハントへの攻撃手段だけではない。防具特性然り、ルビークとウエンの二段構えの回復役然り。
「――そう、貴方になんか負けるものか」
 ジークリンデが想いを口にする。
 それがケルベロス達の総意、彼らの抱く決意だった。

●鳩は今いずこ?
「クソっ。吠えるしか能のない犬如きが!」
 やがてワイルドハントの罵声は意味を持たない面罵へと変わっていく。
「まるで子供の悪口ですね」
 齢15歳。そんなアシュリーですら、呆れ顔を浮かべていた。
 彼の放つ弱体化光弾を始め、幾多のバッドステータスがワイルドハントを蝕んでいる。その全てを受けてなお、息が上がっていない事は流石だと感嘆すら覚えていた。だが、それでも、余裕の無さは窺い知れた。いつしか、ワイルドハントはそれを取り繕う事を止めていたからだ。
「こっちはだんまりと言うのにな!」
 対照的なコンビだと、刺突をハンマーで受け止めたロアが零す。スペードを象った槍は翻り、幾度となく纏った呪装帯を、そして肌を切り裂いていった。
「くっ」
 短い悲鳴と共に散らばる赤は、彼の生命の証――血液だった。
「振り返らなくていい」
 傷を顧みないロアに告げられたのは、ルビークの紡ぐ短い文句だった。
 そう、振り返る必要などない。勝利を照らす光の柱はここにある。その温もりに触れる者に、穢れなど、在る筈もないのだから。
 そしてロアに刻まれた傷跡はゆるりと再生し、消失する。負傷によるダメージこそあれど、そこにあった傷口は一切の痕跡を残さず、消え失せていた。
「おう。ありがとうよ」
 短い礼に黙礼が返ってくる。互いに視線を交わらせずとも、男たちの気持ちは通じ合っていた。
「ねぇ。貴方?」
 そして、ペトラはワイルドハントに問う。この場を逃せば二度と彼らと相対する機会があるかどうか。その思いが疑問を口に出させた。
「何故、貴方は人の姿を借りるのかしらぁ?」
「黙れ! これは私だっ。私の姿だ!」
 何処か焦燥感混じりの言葉に、「そぉ……?」と鼻白む。
 果たして彼がその答えを持ち合わせていないのか、それとも応えるつもりが無いのか。反論よりそれを伺い知る事は出来なかった。おそらく何を問うても満足な答えは返ってこないだろう。そう思わせるのに充分だった。
「ま、あんたが何を気にしているか、俺には分からないんだけど」
 トランプ兵を牽制するアバンは肩を竦め、ペトラの言葉を追随する。普段から洞窟に潜っている為、世情に疎い自覚はあった。故に、彼女の問い掛けは彼女にとっては意味があり、自分にとっては無意味だと断ずる。
「ここであいつは終わる。それだけは判る」
「ええ。そうね」
 同意の言葉と共に放たれたジークリンデの獄炎弾がワイルドハントを抉る。
「貴方はここで死ぬ。私たちが殺す。それがデウスエクスの尖兵たる貴方の最期」
 獣の姫の言葉に、ワイルドハントは吠えて応じる。それが自身の拠り所だと言わんばかりだった。
(「あるいは、そうかもしれませんね」)
 ワイルドハントが何者なのか。いつから存在しているのか。ウエンの知る限り、それを解き明かしたケルベロスは一人もいない。
「だからと言って、ここで遊び続けるつもりもありません」
 声に応じ、光の箱がワイルドハントを覆い隠す。バチバチと弾ける火花はそれらが放つ電磁波だろうか。逃げ場のない一斉放電に、ワイルドハントの悲鳴が木霊した。
 ぷすぷすと黒煙を上げる容姿に、少女にも似た影が肉薄する。サーヴァントに騎乗し、ロンゴミニアドを振るうその姿は、現代に舞い降りた騎士を思わせた。
「これは、『さきがけの騎士』としては恥ずべき事かもしれない」
 アシュリーの脳裏に紫色の輝きが過ぎる。色が彼に与えてくれる物は、憧憬にも似た温もりだった。
 だから、と断ずる。これは、私怨だと。
 それでもと砲槍を突き出す彼は、得物の奏でる轟音に負けじと、吠える。
「貴方達は、『彼女』の姿で人々を傷つけた。それがどうしても、気に入らない!」
 少年の想いは刺突と化し、ワイルドハントを貫く。
 肉を切り裂く鈍い音が響いた。モザイクの景色を悲鳴と、零れたモザイクが赤黒く染めていく。
「そんな、ここで、私がっ」
 それは慟哭だった。ワイルドハントは自身が零した嘆きを集める様に、身体を掻き抱く。
「終われるか! まだ、私は何もやっていない。何も残していない! 何も出来ていない!」
 狂乱の叫びと共に、宿った魔力が瞳から放たれた。魔性の瞳術はケルベロス達を捕らえ、その精神を破壊する。――その筈だった。
 だが、紅光の一閃がそれを遮った。
「そうだな。お前は何も出来ない」
 鉄塊剣を振るった影――悠仁はつまらなそうに言葉を紡ぐ。
「生きた証、辿った歩み、今生一切まで。その存在の全てを認めず、許さず。僅か燭燼すらも、尽き果てよ。――お前も、俺も、無意味だ。その事実を抱えて逝け。――――【塵境毀壊・軌跡断ち】」
 それは死の宣言だった。宣言と共に振るわれた一撃は、終わりのないデウスエクスの生に終止符を刻むべく袈裟懸けに振り下ろされる。
 それが、彼の最期だった。
 断末魔の叫びと共に、その身体が消失していく。光の粒子が散らばり、そして空に溶けて行く。
「そう。貴方は何もしていない。だが、貴方が行おうとした事を、俺達は見過ごす事が出来なかった。それだけだ」
 だから止めた、と口にするルビークの声は寂しげで。
 少しの暇の後、やがて彼は仲間に告げる。
「帰ろう」
 おかえりとただいまを交わす為に。
 踵を返した彼の背後では、最後の光の粒がモザイクの空に溶けていく。
 遺体すら残らない様は、ワイルドハントの言葉をなぞる様だった。――何も、残していない。その叫びを表すように、全てが消えていく。

●空に虹を
 モザイクの空間が崩れていく。ワイルドハントの死により、ワイルドスペースの維持が出来なくなったのだろう。長居は無用と駆け出すケルベロス達に、アバンが問う。
「そう言えば、トランプ兵は?」
 いつしか消えた援軍の名を呼ぶものの、応じる者はいない。ワイルドハントの死を悟った瞬間、瞬時に離脱したのだろうか。
「……いやまぁ、今、襲われたら溜まった物じゃないねーけど」
 ロアの軽口に一同が頷く。戦闘は終始優勢だったと言えど、ケルベロス達も少なからず、損害を受けている。今、彼に襲撃されたとしても敗北する事はないだろうが、被害の拡大は必至だろう。それは避けたかった。
「まぁ、そこまで愚かではないでしょう」
 ワイルドハントが倒れ、『創世濁流』が防がれた今、わざわざ自身らを襲撃する理由がないとジークリンデは断ずる。
「そうねぇ。『王子様』の元に戻ったと思うべきかしらぁ?」
 或いは、『オネイロス』の拠点だろうか。崩壊を始めたワイルドスペースと運命を共にする事だけは無いだろうと、ペトラは苦笑を浮かべた。
「ともあれ、僕らの目的は果たしました。後は、ヘリオンの到来を待つだけです」
 ウエンの言葉に「はい」とアシュリーが嬉しそうに微笑し、悠仁がコクリと頷く。
(「守り切れた。今はそれが嬉しい」)
 崩壊するワイルドスペースと、無事な仲間達とを交互に見詰め、ルビークはそっとため息を吐いた。
 彼らの眼前で、モザイクの景色は晴れ、ゆるりと正しい光景を取り戻していく。
 それは、ケルベロス達の勝利を祝福しているかのようであった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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