創世濁流撃破作戦~その濁流を止めるため

作者:狐路ユッカ


 モザイクに覆われた領域の中で、それは昏く笑った。
「これが、ハロウィンの魔力……」
 銀の髪をサラリと揺らすそれは、右腕と一体化した鎌を軽く振る。
「……この力があれば、俺のワイルドスペースは濁流となり世界を覆い尽くす事ができる……」
 唇の端が、ギュッと歪み、笑みを深めるそれ。
「ケルベロスとやらがワイルドスペースをいくつも潰しているらしいが、恐るるに足らず。あの『オネイロス』を増援として派遣してくれた『王子様』の為にも、必ず、この『創世濁流』作戦を成功させる……!」
 ぐ、と握りしめた左手に纏わりつく鎖が、じゃらりとひとつ音を立てた。『それ』の姿は、ミシェル・マールブランシュ(きみのいばしょ・e00865)と似ていた――。


「楽しいハロウィンの余韻を味わってたいトコだったけど、緊急事態なんだ」
 秦・祈里(豊饒祈るヘリオライダー・en0082)は申し訳なさそうに眉を寄せ、そして説明を始めた。
「ドリームイーターの最高戦力であるジグラットゼクスの『王子様』が、六本木で回収したハロウィンの魔力を使って、日本全土をワイルドスペースで覆い尽くす作戦……『創世濁流』を開始したんだよ」
 現在、日本中に点在するワイルドスペースに、ハロウィンの魔力が注ぎ込まれており、急激に膨張を開始していることがわかっている。もし、このまま膨張を続ければ近隣のワイルドスペースと衝突して爆発、合体して更に急膨張し、最終的に日本全土を一つのワイルドスペースで覆い尽くしてしまうことだろう。そこまで一息で説明すると、祈里は大きく息をついた。
「ごめん、説明してるだけで怖くなってきちゃって……。でもね、みんなの活躍で隠されていたワイルドスペースの多くを消滅させているでしょ? ハロウィンの魔力といえど、すぐさま日本をワイルドスペース化するまでの力は無いよ。だから、きっと間に合う」
 祈里はギュッと祈るように手を組んで、そしてケルベロス達に請うた。
「みんなには、急膨張を開始したワイルドスペースに向かって、内部に居るワイルドハントを撃破してほしいんだ」
 戦場になるのはワイルドスペースの中。モザイクに包まれた奇妙な空間ではあるが、戦闘に支障はないと祈里は言う。
「敵……ワイルドハントの攻撃方法だね。右手が大きな鎌と一体化しているようだから、それを振るうという事、そして、モザイクを飛ばしてくるという事……体に巻き付けた鎖での攻撃も考えられるね」
 もう一つ大事な事、と祈里が付け足す。
「これに加えて、ワイルドスペースには『オネイロス』という組織からの援軍が派遣されているらしいんだ。オネイロスの援軍は『トランプの兵士のような姿をしたドリームイーター』なんだけど、詳しい戦闘力は不明。来れる援軍は一体だけだけれど……ワイルドハントと同時に相手をするってなると苦戦するよ」
 また、特に重要と思われるワイルドスペースにはオネイロスの幹部と思しき強力なドリームイーターが援軍として現れる可能性もある。幹部は強敵に違いないが、今回の作戦の中核戦力である彼らを撃破できれば、何か得られるものがあるかもしれない。
 ――ワイルドハントを倒しさえすればワイルドスペースは消滅し、援軍は撤退するしかない。援軍を先に撃破した場合、ワイルドスペースは維持されるが……続くワイルドハントとの戦いに勝てなければワイルドスペースを破壊することは出来なくなる。どう戦うべきか、仲間と意志を統一してほしいと祈里は告げた。
「もし、だよ。幹部と出会ってしまった時に、幹部の撃破を優先するのか……ワイルドスペースの破壊を優先するのか。しっかりと作戦を練って行かないと、どちらも撃破できず撤退ということも有り得る。だから……気を引き締めて行こう」
 俯き気味の顔を上げ、祈里は真剣な瞳をケルベロス達へ向ける。
「オネイロスの援軍も気になるけれど、今回向かうワイルドスペースを破壊すれば作戦は成功だよ。くれぐれも、無茶だけはしないで……無事に帰ってきてね」


参加者
ゼロアリエ・ハート(晨星楽々・e00186)
ミシェル・マールブランシュ(きみのいばしょ・e00865)
スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
ゲリン・ユルドゥス(白翼橙星・e25246)
八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)

■リプレイ


 歪んだモザイクの空間で、ワイルドハントはケルベロスの到着にニタリと笑った。
「まさかこんな姿の自分と出会う日が来ようとは」
 ミシェル・マールブランシュ(きみのいばしょ・e00865)は、己の姿を模したワイルドハントに眉を顰める。
「驚いた、本当にそっくりなのね」
 ぱちくり、と瞬きをして、ローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)は呟く。続いて、スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)が口を開いた。
「わぁ、本当にミシェルそっくり」
 言いかけて、
「……ではないね」
 と続けた。あれは、彼ではない。大切な存在である彼の優しさやぬくもりを一切感じない。だから――あれは、彼ではない。
「あぁ、スノーエル。あまりみないでくれよ。恥ずかしくて死ねるから」
 ミシェルのそんな言葉に、スノーエルはワイルドハントへ向き直った。
「似た見た目で悪さしようとするのはダメ」
「やりづらいけど、頑張りましょう! みんなに迷惑かける人には、お仕置きよ!」
 そう言って、ローレライもその瞳でまっすぐにワイルドハントを見据えた。
「モザイクの濁流にて貴様らもろともすべてを潰してくれる……!」
 そう叫んだワイルドハントが、鎌を勢いよく振り上げた。滑り出るように、八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)がその鎌を受け止める。
「……ッそうはさせないのです!」
 ベル、と呼びかけると、傍らのウイングキャットが清浄の翼を広げる。シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)は、前方へ躍り出ると正面からワイルドハントへ時空凍結弾を撃ちこんだ。
「っぐ……!」
「守り抜くよ、絶対!」
 狙うは、早期決戦。ゆらりと体を揺らして身に纏う鎖を伸ばすワイルドハントへと、スノーエルはドラゴンの幻影を呼び出す。
「思い通りになんてさせない、お仕置きしちゃうんだよ」
 グオオオォ、と地鳴りの如き声で吠える幻影の竜は、鋭い眼光でワイルドハントを睨みつけ、怯ませる。伸びた鎖は獲物を捕らえきれず、スノーエルの頬を掠めるに留まった。視線をマシュへ向けると、マシュは次に動こうとするミシェルへと属性をインストールする。
「ごきげんよう、中々陽気な出で立ちですね」
 にこり、ひとつ微笑み、ワイルドハントへ歩み寄る。そして、その表情を、消した。
「誰かの真似事ですか?」
 胸元から、発射口を覗かせて問い、
「と、いうか、人の真似事しかできないお前のようなヤツは死ね」
 コアブラスターを撃ち放った。ドン、と派手な音をたて、ワイルドハントは後ろへ吹き飛ぶ。
「死ねないのなら殺してやる」
 冷たい声色が、モザイクの波に溶ける。間を開けず、ゼロアリエ・ハート(晨星楽々・e00186)がドラゴニックハンマーを掲げ、竜砲弾を放った。しかして、その弾は別の者が受けることになる。
「……っと、そう簡単にはやらせてくれないか」
 そこに立っていたのは、胸にスペードを抱くトランプの姿をしたドリームイーターであった。ワイルドハントを守るように、巨大な鍵を手にしてぬらりとそこに佇んでいる。


 リューズは新手に先手を取られる前にと、前線に立つ仲間の周りを清浄の翼で飛ぶ。
「人の姿を利用するどころか、日本全部モザイクにするなんて……」
 ゲリン・ユルドゥス(白翼橙星・e25246)は手にしたゲシュタルトグレイブをくるりと回し、トランプ兵を勢いよく貫く。
「絶対に止める!」
 トランプ兵は槍から逃れると、小さく唸り、モザイクを吐き出した。ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)はそれを正面から受け、膝をつく。
「ノチユ!」
 守り手と狙撃手は、今はワイルドハントをおさえる方にかかりきりだ。ローレライが駆け寄り、ヒールドローンを展開するとノチユは一つ頷いて立ち上がり、轟竜砲を放った。追撃を狙うトランプ兵に命中、トランプ兵はよろりと体勢を崩す。
「っと、こっちは任せるのです!」
 あこはワイルドハントがトランプ兵側へ行かぬよう、阻むように間に立ち、ドラゴニックハンマーを振り上げた。ごう、と派手な音と共に竜砲弾がワイルドハント目掛け飛んでいく。強い一撃を喰らいながらもワイルドハントは不気味に笑み、そしてその鎌をスノーエル目がけて振り下ろした。
「させない……ッ」
 大切な人、大切な仲間を守るため、ミシェルがその鎌を受ける。切り裂かれる痛みに小さく声を上げた。
「ミシェル!!」
 スノーエルの悲鳴に、ミシェルは大丈夫だと安心させるように視線を返した。スノーエルは視線をワイルドハントへ戻し、白詰草のブーツで軽やかに地を駆ける。
「絶対に、負けないんだよ……!」
 守るために、生きるために戦う。彼女に、恐れなどない。蹴り込まれた星型のオーラがワイルドハントに当たり、弾けた。
「ぐ、あぁ!」
 その時だ。トランプ兵と対峙する方の仲間から悲鳴が聞こえた。
「シェラ!?」
 ワイルドハントへ武器を向けながら、ゼロアリエがその悲鳴の主を案じる。
「大丈夫、だよ……ッ!」
 鍵により斬りつけられた腕をおさえながら、シエラシセロは笑う。ぐん、と踏み込んで、魂を喰らう一撃をトランプ兵に叩き付け、続けた。
「絶対最後まで一緒に立ってるんだから……!」
 その反動に、彼女の薄紅の羽根が舞う。ゼロアリエはワイルドハントにアイスエイジインパクトを叩きこみながら、彼女へ背を向けたまま笑った。
「大事なアタッカーなんだからちゃんと最後まで立っててよね?」
「当然」
 ――ワイルドハントはそちらへは行かせないから。彼の軽口には、その意も込められていた。


 削り、削られる。戦力を二分に割いての戦いは、徐々にケルベロス達を消耗させていった。それでも、サーヴァントを除いて誰も倒れることが無かったのは、懸命に仲間たちを癒したローレライと、応援動画で励まし続けたシュテルネ、回復に努めたベルのおかげと言えるだろう。舞うように、風を切ってゲリンの槍がトランプ兵の傷口を貫き広げた。そのまま槍を軸に、くるりと回転して着地するとゲリンは肩で息をしながら叫ぶ。
「今だよ!」
 その声に呼応し、ノチユがドラゴニックハンマーを掲げる。どんっ、と勢いよくそれを振り降ろせば、ケルベロスの猛攻に耐えかねたトランプ兵はその場に無残に砕け散るのみだった。――強かった、しかし、幹部と思えるほどの強さでは、ない。ノチユはトランプ兵が立ち上がらないのを確認すると、すぐにワイルドハントへ向き直った。
「ふ、ふ……援軍1人倒した程度では創世の濁流は止められぬ……!」
 ワイルドハントの叫びに、ノチユは気だるげに吐き捨てるように呟いた。
「……『創世』……とは大きく出たもんだな。悪いけど王子様の遊びには付き合ってられないんだ」
 ――殺せるもんなら、殺してみろよ。
 ぎろり、とワイルドハントが目を剥いた。煽られ、殺意の気が高まる。ローレライは次の一手が来る前に、とヒールドローンを展開した。
「舐められたものだ……!」
 じゃらじゃら、と音を立て、ワイルドハントから鎖が伸びる。
「ッ」
「危ないのですっ!」
 ノチユを突き飛ばすように、あこが鎖の前へと飛び出る。巻き付いた鎖が、ぎりぎりとあこの腕を締め上げた。思わず悲鳴をあげそうになるのを懸命にこらえ、あこはベルの清浄の翼を受ける。
「っと、それ以上はさせないよ」
 フェアリーブーツで駆け寄り、ゼロアリエはその鎖を操る主を思いきり蹴りあげた。
「ぁがっ……」
 ワイルドハントの呻きと共に、あこに絡みついた鎖の戒めが解かれる。スッと、ノチユがワイルドハントの背後へ回った。
「……噺してやろうか、お前の末路を」
 そして、その耳へ御伽噺を囁く。御伽噺を振り払うかのように、ワイルドハントは激しく頭を左右に振った。そして、モザイクを勢いよく前方へ向け飛ばす。正面に居たのは今まさに巨大な光鳥を召喚し、怒涛の勢いでワイルドハントへぶつけようとするシエラシセロであった。
「翼を震わせ響け、祈りの光響歌」
 光の弾丸は優雅な歌声を思わせる音色を纏って風を切り、まっすぐにワイルドハントへ向かう。相打つように、モザイクもまっすぐにシエラシセロに飛んできていた。
「ギャアアアアアッ!」
 ワイルドハントの悲鳴が響く。
「……ッ」
 モザイクに包まれ、シエラシセロも苦しげに眉を寄せる。ゼロアリエが、勢いよく振り返った。眉を寄せたまま、しかし、シエラシセロは微笑む。
 ――今度こそ誰も死なせない。
「終わったら笑ってお疲れって言わなきゃ」
 ぽつり、呟いた後で。
「行こう! 一気に畳み掛けるよ!」
 ザザッ、とモザイクを揺らがせるワイルドハントの動きが、だんだんと鈍りつつあるのを彼女は見ていた。アタッカーとして一番近くで見ていたからこそ、その変化はよくわかる。
「無事、だよね!?」
 ゲリンはシエラシセロの安否を気遣いながらも、サッと前へ躍り出る。勢いをつけたエアシューズ。槍を支えに思い切り跳びあがると、炎を纏わせた蹴りを勢いよくワイルドハントの脳天に叩き付けた。着地と同時にシエラシセロを振り返るゲリンに、シエラシセロは『大丈夫』と微笑む。鎌を杖に立ち上がり、もう一度モザイクを吐き付けるワイルドハントへと、マシュが飛び込んで行った。モザイクを食らいながら、ワイルドハントへタックルを当てる。スノーエルの声が、響いた。
「ミシェルの真似をして、酷い事して、でも、もう……終わりだよ」
 スッと掌をワイルドハントへ向けた。燃え盛るドラゴンの幻影が、あっという間にワイルドハントを包み込み、焼き尽くす。
「あ、ああ! ああああああ!」
 黒く焼け焦げたワイルドハントへ、ミシェルはゆっくり、ゆっくりと歩み寄った。
「……わたくしが何故怒っているかわかりますか?」
 問いかけ。――ワイルドハントは応えられるはずもなく、小さく呻くばかり。
「――ごきげんよう」
 ミシェルは、その拳をワイルドハントの腹部を抉るように叩き付けた。ざぁぁっ、とモザイクが散るように、ワイルドハントは消え失せる。彼は、ぱたぱた、と服をはたき、そして薄く微笑んだ。
「……お疲れ様です」


 その声と共に、ワイルドスペースは消失していった。いつもの、見覚えのある風景がケルベロス達の前に広がる。
「よかった……あ! シエラシセロさん、怪我は!」
 ローレライは怪我を負ったシエラシセロに駆け寄ると、ヒールを施す。
「ありがとう、大丈夫だよ」
 にこ、と笑ってシエラシセロはゆっくりと立ち上がった。ゼロアリエがそっと肩を貸す。
「お疲れ!」
 笑って、『お疲れ』を交わす。ノチユは、皆無事に戻れたことにゆっくりと瞼を伏せ、安堵のため息を漏らした。
 そっと、スノーエルがミシェルの肩に触れる。唇からは何も語らず、その瞳を優しく細めるとミシェルもそれと同じ表情を返した。そんなふたりを眩しく感じて、あこは自然と笑顔になるのを感じた。
 大切な物、大切な場所、大切な人。それらを濁流に奪われることなく、守り通したケルベロス達は光差す帰路へと着くのであった。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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