創世濁流撃破作戦~白き笑み、黒き影

作者:雨音瑛

●廃寺にて
 赤い目をした白髪の女は、どことなく楽しそうにつぶやく。
「これが、ハロウィンの魔力か。この力があれば、私のワイルドスペースは濁流となり世界を覆い尽くす事すら可能となるだろう」
 一本の大太刀を手に、女は歩む。
 廃寺を包み込むモザイクはワイルドスペースとなり、鐘や賽銭箱、瓦などが混じりあっては奇妙に浮遊している。女はそれを気にかける様子もなく、ひとり言葉を続ける。
「ケルベロスとやらがワイルドスペースをいくつも潰しているという話だが……ふん、恐れるに足りんな。あの『オネイロス』を増援として派遣してくれた『王子様』のためにも、必ず、この『創世濁流』作戦を成功させねばな」
 翻る和服の裾には、血を彷彿させる汚れがいくつか。手足に影のようなものを纏いながら、女はゆっくりと刀を抜いた。

●ヘリポートにて
 ハロウィンのイベントが終わり、一段落。と、言いたいところだが。
「緊急事態だ」
 ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)が緊張した面持ちでケルベロスたちに告げる。
「ドリームイーターの最高戦力であるジグラットゼクスの『王子様』が、六本木で回収したハロウィンの魔力を使って、日本全土をワイルドスペースで覆い尽くす『創世濁流』という、恐るべき作戦を開始した」
 いま現在、日本中に点在しているワイルドスペースにハロウィンの魔力が注ぎ込まれている。それにより、ワイルドスペースは急激に膨張を開始しているという。
「ワイルドスペースがこのまま膨張を続ければ、近隣のワルドスペースと衝突する可能性がある。そうなれば爆発を起こして合体し、さらに急膨張する。これを放置すれば、最終的には、日本全土が一つのワイルドスペースで覆い尽くされてしまう」
 不幸中の幸いといえば、これまで隠されていたワイルドスペースの多くを消滅できているということ。
「おかげで、いくらハロウィンの魔力をもってしてもすぐに日本をワイルドスペース化させるまでの力は無いようだ」
 ケルベロスである君たちに頼みたいのは、とウィズは続ける。
「急膨張を始めたワイルドスペースに向かい、内部にいるワイルドハントを撃破することだ」
 戦闘が行われるワイルドスペースはは特殊な空間である。しかし戦闘に支障はないため、周辺を気にする必要はない。
「私のヘリオンで向かうさきにいるワイルドハントは、クライス・ミフネ(黒龍の花嫁・e07034)の暴走姿をしている」
 腰まである白い髪に赤い目。白い和服に赤い帯を重ね、手足には影のようなものを纏っている。
 攻撃の手段は3つ。加護を打ち消す黒い影を放つ攻撃、凄まじい速度で刃を振るい、空中に生み出した炎で相手を包む攻撃、斬りつけて動きを鈍らせる攻撃だという。
「加えて、このワイルドスペースには『オネイロス』という組織からの援軍が派遣されているようだ。援軍は『トランプの兵士のようなドリームイーター』のようだが、詳しい戦闘能力は不明だ」
 援軍は一体のみだが、ワイルドハントと同時に戦うことになるため、苦戦が予想される。
「先にワイルドハントを撃破した場合はワイルドスペースが消滅し、オネイロスの援軍は撤退する。戦闘はこの時点で終了する。しかし、先にオネイロスの援軍を撃破した場合、ワイルドスペースが維持された状態となる。そこからワイルドハントと継戦することになるが、彼女に勝利できなければワイルドスペースの破壊が不可能となってしまう」
 また、特に重要と思われるワイルドスペースには、オネイロスの幹部らしき強力なドリームイーターが護衛として現れる可能性もある。
「今回の作戦において、幹部は中核戦力。彼らは強敵だが、撃破できれば今後の作戦が有利に運べるかもしれない」
 幹部と遭遇した場合には幹部の撃破を狙うのか。それとも、ワイルドスペースの破壊を優先するのか、意思を統一しておくことも重要だろう。
 何せ、オネイロスの幹部は戦闘力が高い。中途半端な作戦では双方の撃破に失敗し、敗退の可能性も出てくるということだ。
「今回の作戦を阻止する機会を得られたのは、多くのケルベロスがワイルドスペースを破壊してきた結果だ。彼ら彼女らの働きを無駄にしないためにも、ワイルドスペースの破壊を頼むぞ」
 君たちならできると、ウィズは、ケルベロスたちに笑顔を向けた。


参加者
リリア・カサブランカ(グロリオサの花嫁・e00241)
レクス・ウィーゼ(ライトニングバレット・e01346)
茶菓子・梅太(夢現・e03999)
クライス・ミフネ(黒龍の花嫁・e07034)
月霜・いづな(まっしぐら・e10015)
クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)
東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)

■リプレイ

●我が影とは似て非なるもの
 廃寺を包み込む、モザイク。東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)はまんまる眼鏡のレンズ越しに、それを見遣る。
「ワイルドスペースを破壊する作戦、しっかり行っていきますよー」
 『王子様』の思い通りにはさせられない。逆に打撃を与えて勢いをなくそうと意気込み、足を踏み入れる。かつてワイルドスペースを訪れたことがある者も、そうでない者も、何ら躊躇なく。
「おや、客か」
 笑みをたたえたまま、女が言う。
「さて……影とはいえ……己の恥を晒すようで何やらおかしな気もするのう……」
 クライス・ミフネ(黒龍の花嫁・e07034)は小さく笑い、女を頭からつま先まで眺めた。女――ワイルドハントは、クライスが暴走した時の姿をしている。ワイルドハントはクライスを真似るように、クライスの全身を見遣る。
「しかし……うぬの存在は許さん……」
 言い切り、クライスはワイルドハントと共に現れた存在も意識する。その姿は、槍を手にしたトランプの兵だ。
「……さて、先に始末するべきは、どいつだ?」
「トランプの兵は幹部じゃなさそうだね。つまり」
 宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)の問いに即答するのは、クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)。すぐさまエアシューズ「Ventus vero Tempestas」で加速する。加えた蹴撃はワイルドハントの刀を弾き、胴体を強かに打つ。クレーエの攻撃が、答えだ。
「ああ、こいつだな」
 と、双牙もエアシューズ「爪脚」にて星屑まじりの蹴りを叩き込む。
「ほう、私のみを狙うか。面白い」
 ワイルドハントは鞘を落とし、クライスの眼前まで踏み込んだ。振るわれた刃は一文字を描き、クライスに赤い線を刻み込む。
 トランプの兵も動く。手にした槍を凪ぎ、前衛のケルベロスを斬りつけた。
 リリア・カサブランカ(グロリオサの花嫁・e00241)とて、強敵を相手にするのは初めてではない。が、しかし。
「いつまで経ってもこの戦場の空気はなれないわ……」
 戦場を照らす雷撃は、やがてワイルドハントに食らい付く。消える光の端で、どうか今回もみんなで無事に帰れるようにと、リリアはそっと祈った。
 菜々乃の巨大ハンマーが砲弾を撃ち出すが早いか、ウイングキャット「プリン」が前衛へと清らかな風を送り込む。癒しは、手厚い。
  普段ならば天真爛漫な月霜・いづな(まっしぐら・e10015)も、強敵相手とあらばキリリと表情を引き締めて。
「これよりさきけして、とおしはいたしませぬ……天つ風、清ら風、吹き祓え、言祝げ、花を結べ――!」
 小さな体で声を張り上げれば、白の切幣がクライスの周囲で散華と吹雪き赤い一文字がすうと消える。
 普段よりもりりしい主の様子を見て、ミミック「つづら」はエクトプラズムの武器を生成する。向かうはワイルドハント、その動きを捌かれようとも決して怯んだりはしない。
「……うん、今回メジローはお休みだよ」
 肩に乗るファミリアをちらりとだけ見て、茶菓子・梅太(夢現・e03999)はオウガメタルの粒子を展開した。それでも小さな友達の前で無様なことはできないと、どこかでぼんやり思う。
「とりあえずま、クライス嬢ちゃんの顔で悪さをするなんざ止めない訳にゃいかねえわな」
 レクス・ウィーゼ(ライトニングバレット・e01346)はエアシューズにて跳躍する。
「手前みたいな奴等に此れ以上悪さをさせる訳にはいかねえからな……絶対に止めてやるさね」
 レクスが蹴りつけるのを見計らって、ビハインド「ソフィア」が廃寺の支柱を飛ばし、ワイルドハントを打つ。
 そうして、クライスの手番だ。
「全てを斬る為に……クライスミフネ……! 推して参るッ! 他のものは他に任せるとして……わしの相手は貴様じゃッ!」
 叫び、クライスは「森羅流奥伝・響天導地」を繰り出した。

●果たすべきこと
 ワイルドスペース。通常とは異なる空間。呼吸や会話こそできるものの粘液で満たされ、元の場所にあったものがばらばらにされ、つなぎ合わされている。
 そんなことすら気にならないほど、ケルベロスたちは集中していた。
 菜々乃とプリンの役割は「守って耐える」こと。
 プリンの羽ばたきを横目に、菜々乃は微笑む。
「その調子で頼むのですよ、プリン。……さて、私も全力でみなさんの道を作っていくとしましょうか――栄養剤で眠気を取るのですよ」
 応援は、クライスへ。クライス自身の暴走姿をとる敵は、できることならクライスに討たせてあげたい。
 そのためにも、仲間を護って攻撃を通りやすく。
 そしていづなは、不退転の決意でワイルドハントに向き合う。成すべきことは、味方への癒し。それでも、いや、だからこそ絶対に退かない。なぜならば。
「いのち、つなぐが、わがつとめ!」
 紙兵の癒しと加護を、前衛へ。いづな自身もいくつか受けた傷があるが、それが何だというのだろう。恐れは当然、ある。しかし厭いは、まるでない。
 果敢に戦うのは、つづらも同じ。ばらまく黄金は本命の攻撃ではないが、
 仲間の気迫を感じながらも、梅太はゆるやかに鎖を解く。
「……っと、これでいいかな」
 梅太が描くのは、防備を高める魔法の陣。不意に、星の煌めきを宿す指輪「Astral」が視界に入ってる。
「うん、しっかりやるから。大丈夫」
 指先で輝きをなぞり、梅太は自身を含む後衛への癒しを確認した。
 的確な回復に対し、攻撃は苛烈に。
 随一の攻撃力を誇る双牙は、赤熱した刃と化した手刀でワイルドハントへと斬り込む。
 空間に落ちる体液は、色を確認する間もなく消えてゆく。血肉を持つ者ならば鮮血の雨が降るところであったが。
「……貴様らに流れているものは、何だ?」
 問いはするものの、もとより答えは期待していない。
「ま、答える義理は無いってわけだ。それならこっちも遠慮無用、だよな?」
 レクスはテンガロンハットを指で弾き、ワイルドハントへと肉薄した。
「ソフィア、頼む」
 呼ばれ、ソフィア――レクスの最愛の妻の残滓はこくりとうなずき、ワイルドハントを戒める心霊現象を起こす。
 ワイルドハントの抑えに回るクライスの殺気は、相当のもの。クライスはワイルドハントの背後に回りこみ、影を彷彿させる斬撃を見舞う。
「たとえ我が身、貴様と同じ姿になろうと……ここで必ず、討つ!」
「ふん、殊勝な心がけだな」
 場合によっては暴走すら辞さないクライスの構えに、ワイルドハントはただ同じ顔でくつくつと笑う。衣服に付着した赤は返り血か、彼女自身の血か。
 ワイルドハントはやにわに刀を振るい、炎を起こした。炎の球が向かう先はリリアだ。
「おっと、させませんよー」
 黒髪と大きなリボンを揺らし、菜々乃はリリアの前に身を挺した。
「ありがとう、菜々乃さん」
 微笑みかけ、リリアは時空を凍結させる弾丸を精製する。幾分か、厳しい表情で。
「炎のお返しは、氷が良いかしら?」
 普段は空想に耽るのが好きなリリアであるが、戦闘となればおてんばを通り越して、いっそ果敢だ。
 リリアと入れ違いで動いたトランプの兵は、後衛を槍の雨で包む。
 斬撃の雨を抜け、クレーエはブラックスライム「Tor von 《Alptraum》」の形状を変化させる。飢えた存在は大口を開け、ワイルドハントを一口に呑んだ。
「いい加減鬱陶しいよね」
 今回の襲撃に至るまで、多くのケルベロスがワイルドハントの動きを察知し、その都度撃破してきた。クレーエも、そのうちの一人だ。だから、今回も。
「さっさとぶっ倒しちゃお」
 無邪気な笑みを浮かべ、クレーエはTor von 《Alptraum》を収束させる。
 デウスエクス2体を相手取る中、ワイルドハントを優先的に撃破するのは戦術的に正解だ。ワイルドハントを倒しさえすれば、この空間とトランプの兵は消えるのだから。

●狙うはただひとつ
 双牙は仲間に続いてワイルドハントの側面に回りこみ、刀を持つ側の腕を蹴りつけた。
「おっと」
 取り落としそうになる刀を握り直したワイルドハントはくすりと笑う。
(「ケルベロスの姿をとる事に、何の意味がある……?」)
 双牙の脳裏を、一瞬だけ思考がよぎる。しかし、優先すべきはワイルドスペースの破壊だ。援軍であるトランプの兵が、ケルベロスに引けを取るような存在では無いことも厄介ではある。だからといって、何を迷う必要があるだろうか。
「纏めて叩き潰す、だけだ」
「ああ。俺達の、ケルベロスの牙が手前等の断頭台代わりさ」
 双牙の言葉にレクスが同意する。釘を生やしたエクスカリバールでワイルドハントを殴りつければ、カピバラの毛並みが動きに合わせて揺れた。
 レクスにとって、ケルベロスの仕事はそれだけに及ばない。戦友や自分子どもたちの生活費と孤児院の運営費を稼ぐのはもちろん、仇を見つけ出していずれ討つためにも。レクスは、今なおケルベロスとして在る。
 ソフィアがワイルドハントの動きを鈍らせるのを見て、梅太はクライスへと霧を纏わせた。
「大丈夫……?」
 クライスを気遣う、梅太の声。
 クライスは盾役を務めている。加えて、ワイルドハントの攻撃を自身に向けるグラビティを多く使用している。結果、クライスの傷は誰よりも多いものとなっていた。
「心配無用じゃ……! なに、心配は無用……おぬしをはじめ、癒してくれる者がいるからのう!」
 仲間に向けたクライスの笑顔は明るく。次いでワイルドハントに向き直れば、その表情は冷たく厳しいものへと変化する。
 ワイルドハントはクライスに竜の砲弾を浴びせられ、纏った影で応戦する。トランプの兵が槍で突けば、またクライスの傷が増える。
「……ッ、まだじゃ……!」
 踏み止まるクライスの横を、紫色の揚羽蝶が抜けてゆく。
 クライスとは初対面のクレーエではあるが、『誰かの顔した別のモノ』であるワイルドハントにはいい加減怒り心頭だ。指先が白くなるほど拳を握れば指輪「Unsterbliche Liebe」の冷たさで意識は冴える。
「――うん。倒すため、だけど……倒れるわけにはいかないからね」
 無茶をしたら色んな人から怒られるな、と子どものように無邪気なことを考え、クレーエはつぶやいた。その言葉を聞き取ったのは、いづな。
「だれひとり、たおれさせないために――わたくしがおりますゆえ! おまかせくださいまし! さあ、つづら――しょうねんばですよ!」
 つづらがエクトプラズム製の武器をワイルドハントに見舞うのに続き、いづなは満ちた月にも似た光球をクライス目がけて放った。
 プリンも、負傷者が出るたびに必死に翼をはためかせる。
 きっと、誰もが同じ心持ちなのだろう。
 現れたのが幹部でない以上、何としても、ワイルドハントをここで撃破する。
 リリアは惨殺ナイフ「El Diablo」の刃を変形させ、ワイルドハントを薙ぐように斬りつける。
「菜々乃さん、続けてお願いね」
 小さく挙手をし、菜々乃もワイルドハントに狙いをつける。
「はい、もちろんです。私もいきますよー」
 星を象るオーラを蹴り込みながら、幹部の来た場所はあとでまとめておいた方がよいだろうと、菜々乃は思案するのだった。

●落ちる刃は
 ワイルドハントの手にした刀が閃く。空を切った刃は熱を生み出し、クライスへと炎を灯した。トランプ兵の槍さばきは前衛をことごとく切り刻んでゆく。
 比較的傷の少ないクレーエですら、デウスエクス2体が相手ではかなりのダメージが蓄積していた。それでも鮮やかに、クレーエは炎をまとった足をワイルドハントへと叩きつける。
 手応えと負傷具合からして、おそらくは終盤。ならば、一刻も早い撃破を。
「誓約の舞、魅せてあげる」
 リリアは青翠の風を纏い、舞う。光を受けて煌めく比礼の風が、雪のように白い彼女の肌を撫でる。と、不意にリリアの指先から比礼の風が放たれ、ワイルドハントを追尾する。到達した風は螺旋状に絡みつき、無慈悲で鋭利な刃と化した。そうなれば、ワイルドハントとて予想はつく。が、逃げられるものではない。
 さすがのワイルドハントも、一瞬よろめいては刀を地面に突き刺し、体制を立て直した。
「……思ったよりやるようだな」
「ワイルドハントともあろうものが、気付くのが遅かったな」
 ワイルドハントの残り体力を知ることはできない。が、様子からして相当削れていることは間違いない。レクスはワイルドハントに銃を向けた。
「どんな装甲も何度も攻撃を喰らえば傷の一つ位負うし体の中はどんな奴だって鍛えられねえさ。さあ弾丸のフルコースご馳走してやるぜ?」
 撃ち出された弾丸がワイルドハントを貫く。貫通のタイミングに合わせてレクスはワイルドハントに接近し、今度は傷口に銃を突っ込んだ。何度も引き金を絞り、内部に何発もの銃弾を残してゆく。ソフィアが廃寺の屋根瓦をひとつぶつければ、菜々乃といづな、プリンのヒールは常にワイルドハントに向き合うクライスを強く、優しく癒す。
「このよをおおう、ふきつのなみ。なゆたのはてに、おかえりなさいまし!」
 レトリバーの耳と尻尾を揺らし、いづなは宣言するように言い放つ。
 つづらの黄金は惜しくも散らされたが、次に動いた双牙は手刀の先を確実に見据えていた。
「閃く手刀に紅炎灯し、肉斬り骨断つ牙と成す! ……受けろ! 閃・紅・断・牙―Violent Fang―!」
 赤熱色に照らされる、狼の耳。熱き手刀は獣の牙となって、ワイルドハントを遅う。
 癒しは足りている。梅太は衣服について梅花の刺繍に一度だけ触れたあと、無表情にワイルドハントを見つめた。
「……よい夢を」
 ワイルドハントを襲うのは、精神を蝕むような悪夢。一瞬とも永遠ともつかない時間から醒めた時には、もう遅い。
 ワイルドハントの眼前には、腰だめに構えたクライスの姿。
「わしの名は森羅流、クライス……御舟じゃ。その名を冥土の土産に散れッ!」
 ここまで耐えられたのは、仲間の支援あってこそだ。最後の一太刀へ強い想いを込め、クライスは抜く。刀の煌めきは一瞬。されどそれは確かに、ワイルドハントを両断した。
「ばか、な……この……わたし、が……」
 ワイルドハントの手にしていた刀が落ちると同時に、ワイルドスペースは消え去った。同時に、トランプの兵も。
 ケルベロスたちの前に広がるのは、廃墟となった寺の風景だけだ。
「残念ながら、何も残ってなさそうですねー」
 あたりを見回し、菜々乃が小さく息を吐く。となれば、この場所にこれ以上用はない。
 全員無事で帰れることに安堵を覚えながら、リリアは空を見上げる。
(「彼も、無事だといいけれど……」)
 婚約者と他のケルベロスの成功を祈り、空色の瞳を瞬かせた。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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