●思案スル凶竜
どろりとしたモザイクがたゆたう世界で、彼は紅玉のように血走った眼をしばし閉じる。
――これが、ハロウィンの魔力か。
全身で彼が感じている力は、己のワイルドスペースに満ち満ちて溢れ、早晩濁流となって世界を押し流すまでになるであろう。
ワイルドスペース。彼の居場所。
幾多のそれをケルベロスが潰してきたと、彼は聞いている。
しかし、この力を得た自分。そしてジグラットゼクス『王子様』が遣わす『オネイロス』。それだけあれば、ケルベロスなど恐るるに足らぬ。
――ならば、この創世濁流作戦は成る!
彼はカッと眼を見開き、青白い炎を伴って咆哮した。ビリビリと震えるモザイクが波となって暴れまわり、寄せては打って返す。
モザイクの波浪の中、彼は伸び上がる。牛を思わせる角を振りたて、背の翼を雄雄しく広げ、長い尾を波に叩きつける。
燐光にも似た蒼白き鱗に覆われし暴竜。それが今の彼――ワイルドハントの姿である。
●膨張スル結界
忙しくも楽しいハロウィンが終わった矢先、ケルベロスは緊急招集を受けた。
ヘリポートで待ち構えていた香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)は、ドリームイーターの恐ろしい目論見が始まろうとしていることを告げる。
「ジグラットゼクスの『王子様』が、六本木で回収しとったハロウィンの魔力。あれ、何に使うかと思てたら、よりにもよってワイルドハントに使いよった」
ワイルドハントが存在するワイルドスペースは、ハロウィンの魔力を注入されて急激に膨張し始めている。
互いに肥大したワイルドスペース同士が衝突、爆発合体を繰り返し、最終的には日本全土を覆いつくす――そんな未来が見えたという。
「ワイルドスペースの『創世濁流』で日本を押し流したろっちゅうこっちゃ」
しかし、今までケルベロスは多くの秘匿されたワイルドスペースを消滅させてきた。
いかなハロウィンの魔力といえど、ワイルドスペースが日本を覆い尽くすまでにはまだまだ時間的余裕が見込まれる。
「せやから、残っとるワイルドスペースがくっつく前に、ワイルドハント倒して全部ぶっ潰したら、『創世濁流』作戦は失敗に終わる!」
といかるはワイルドハントの討伐を依頼するのだった。
「ワイルドスペースは特殊な空間で、液体みたいなモザイクで満たされとる。けど、皆の戦闘には何の影響もないはずやから安心して」
いかるが予知したワイルドスペースには、ドラゴンのような姿をしたワイルドハントが居る。暴力が形になったような蒼白い竜だ。
「それと、『オネイロス』と呼ばれてる組織から、トランプの兵士みたいな感じのドリームイーターが派遣されてるみたいや。数は一体だけって分かってるんやけど……ごめん、それ以外のことが分からんねん」
ワイルドハントと『オネイロス』を同時に相手取るため、両者とも強敵であることだけは分かっている。ゆえに苦戦は必至であろう。
「もしかしたら、『オネイロス』幹部が来てる可能性もある。幹部だけあってかなり強いから、勝つためにはワイルドハントか幹部か、どっちか選ぶことになるやろうな……」
ワイルドスペース自体は、ワイルドハントが倒れれば消滅する。『創世濁流』を止めるだけなら、『オネイロス』のことは二の次でいいだろう。
だが、今回の作戦中核を成す『オネイロス』幹部を倒すことが出来れば、今後ドリームイーターとの戦いが有利に運べるに違いない。
「二兎を追うもの一兎も得ず。にならんように気をつけてな」
いかるはケルベロスに忠告しつつも、激励した。
「日本全部をワイルドスペースにするなんてフザケた作戦、絶対潰したろうな!」
参加者 | |
---|---|
ドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638) |
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813) |
エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027) |
カナネ・カナタ(やりたい砲台の固定放題・e01955) |
武田・克己(雷凰・e02613) |
天海・矜棲(ランブルフィッシュ海賊団船長・e03027) |
詠沫・雫(海色アリア・e27940) |
ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591) |
●シュトゥルム・ウント・ドラング
ヘリオンで降下した先はどろりとしたモザイクの中。
「この澱んだモザイク空間に入るのも三度目か」
こんな奇妙な空間もすっかりおなじみとなってしまったウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)は、淡々と呟いた。
ねっとりとした異様な空間の中で、ケルベロスは蒼白竜と、彼を護るように前に立つトランプの兵士を目視する。
「カッカッカッ! わしの暴走姿とは、何とも面白い!」
ドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)は親近感を覚えるドラゴン型ドリームイーターつまりワイルドハントを見て高く笑った。
彼の喜びは、屠龍。己が成り果てる姿を模したドラゴンを殺せるとは愉快極まりないことなのだ。
「ならば倒すしかなかろうよ! 真贋はさっさと決めるに限るからのう!」
とニタリ笑うドルフィンには、立ちはだかるトランプの兵士が見えていないかのようだ。
彼の後ろでカナネ・カナタ(やりたい砲台の固定放題・e01955)は静かに闘志を燃やす。彼の背中を預かると約束したのだ、だからこそ冷静で居なければならない。故にカナネは彼の姿を真似したデウスエクスへの激怒を内に秘めておく。
「オネイロス、気にはなるけど……」
ちらりとウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)はトランプの兵士に視線をやる。クラブの7の兵士、彼がオネイロスから派遣された助っ人なのだろう。幹部ではなさそうなので、多少は安心だが……。だが単身ワイルドハントの創世濁流を援護するために派遣されたのだ、油断はできない。
「でも『創世濁流』を阻止しなくちゃ」
「ええ! 日本を押し流すなんて無粋な真似、させてたまるものですか」
ウォーレンとエレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)が頷き合うように、今回の目的はワイルドハントを倒してワイルドスペースの膨張を止めることだ。だからケルベロスはすべての力を、あの蒼白なドラゴンにぶつけることにする。
ドラゴンのような強敵と戦えることに、武田・克己(雷凰・e02613)は不敵に笑い、己の拳と拳をぶつけ合う。
「ゾクゾクするぜ。じゃ、とことんやろうか」
克己の言葉が開戦の合図とばかりに、天海・矜棲(ランブルフィッシュ海賊団船長・e03027)はベルトのバックルに手をかけた。
「変身! さあ、錨を上げるぜ!」
羅針ドライバーが電子音声で呼応し、矜棲の姿をドクロの海賊のような姿『マスカレイダー・リベル』に変える。
「水を起こす、詠」
詠沫・雫(海色アリア・e27940)は祈りを捧げる。トランプの兵士の動きを少しでも止めるべく、大蛇の如き水流がドリームイーターを封じ込める。
オネイロスへの一撃をもってデウスエクスの作戦を阻止しようというケルベロスの意思をみとめ、ワイルドハントは憤怒の咆哮を上げる。
その大海原のような水の暴挙の奥で荒ぶる竜を認め、矜棲は高らかに叫ぶのだ。
「さあ来いワイルドハント。その嵐、見事乗り越えてやる!」
●カード・ガード
蒼い炎が克己を飲み込まんと迫ってくるのを、カナネがすかさず前に出て庇う。
ジリリと皮膚を焼く燐光に、カナネはワイルドハントの力の強大さを悟るも怖気づいている暇はない。エレが呼んだ前衛のための護りの星座、ウイングキャットのラズリの羽ばたき、ボクスドラゴンの属性インストールでカナネの傷は癒えるが、あまり長期戦は望みたくないのが本音だ。
カナネの横をすり抜け、克己は直刀・覇龍を抜刀する。
雷電を纏った刃がワイルドハントを貫こうとするのを、ドラゴンは易易と避けた。その程度かと言わんばかりの侮蔑めいた目が、克己を睥睨する。
(「キャスター!」)
竜とにらみ合いながら、克己は彼の立ち位置が厄介なものだと知る。だがまだ後衛に引っ込まれていなかっただけマシか――ワイルドハントが後衛だった場合、克己が刃を彼に届かせる術はなかったのだから。
ウルトレスのバスターライフルから冷凍光線がトランプの兵士に投射される。霜をまとわりつかせながら、トランプの兵士は続くドルフィンの鋭い蹴りを受け止めた。衝撃で氷片が飛ぶ。
反撃とばかりに槍の柄で殴り掛かるトランプを、すんでのところで避けたドルフィンは笑みを浮かべた。
「なるほど、おぬしは盾じゃな」
ドリームイーターの目的はワイルドハントのワイルドスペースで日本を押し流すこと。ならばワイルドスペースを維持するために不可欠なワイルドハントを護るのが必至だろう。
「カッカッカ! 考えたものじゃのう!」
トランプの兵士が護り、なおかつワイルドハントは回避に徹する。なるべく生き延び、ワイルドスペースを膨張させようという魂胆だ。
なるべく早く終わらせたいケルベロスにとってはあまりおもしろくない展開だが、ドルフィンは怯むこともなく笑っている。困難ならば困難なだけ気分が高揚する、そんな性分なので。
ウォーレンは後衛にむけて、オウガ粒子をばらまいた。攻撃が当たらなければ終わることも出来ずにジリ貧になる、それだけはダメだ。
「距離を詰めれば楽勝、ですって? 分かってないわね。こーいうときは……先生、出番よ!」
カナネの呼びかけに、現れるのは自動砲台。精密な射撃がワイルドハントを射抜く。
ウォーレンはこの一撃で、姿を模されたドルフィンに何かしら影響が出ないかと心配げに、彼をうかがったが問題なさそうなので、安堵する。これで心置きなく戦えるというものだ。
「前衛が届かないなら、こっちで……ッ!」
と、スナイパーの矜棲は竜めがけて飛びかかるのだが、トランプは無表情に素早くワイルドハントを庇いに入る。
「手加減してくれるわけじゃないってのはわかってるさ」
不本意な攻撃に終わってしまった矜棲は、悔しげにひとりごちた。
早くしなくては日本がワイルドスペースに覆い尽くされてしまう――雫の心は逸るばかりだ。オウガ粒子によって鋭敏になったのは聴覚も含むのか、ぷちぷち、ぱちぱち、とワイルドスペースが広がっていく音が雫の鼓膜と心をざわめかせる。
ドラゴニックハンマーが轟き、砲弾がワイルドハントの足に確かに当たった。
だがそれでもまだ、ドルフィンのドラゴンアーツをワイルドハントは軽々避けてしまう。
「ふん、なかなかやりよるのう!」
加えて、メルやラズリ、エレが重ねた加護を、ワイルドハントは尻尾の一薙ぎで掻き消してしまった。
「ああ……っ!」
跳ね飛ばされたエレだが、なんとか表情を笑顔に戻した。
消されたってまた加護は重ねればいい。ラズリは根気よく羽を羽ばたかせてくれる。
「大丈夫、絶対大丈夫です……!」
立ち上がってエレは自分に言い聞かせるように呟く。まだ笑みを苦くするには早すぎる!
なんとか尻尾を避けた克己が放つ絶空斬は、ワイルドハントの足の負傷を斬り広げた。
次の瞬間、どふりと衝撃の次に激痛。克己が腹を見下ろせば、トランプの兵士が槍の穂先を深々と埋めていた。
「……ハ。スルーされて苛立ってんのか?」
そう克己が薄く笑ってやっているのに、トランプの兵士は能面のように表情を動かさない。
「痛みが真珠に変わるように、涙が罪を雪ぐように――傷も恐れも躓きも、光の雨になるように」
優しい詠唱とともに真珠色の光が克己の体に投射された。聖母の涙を浴びながら、克己に手をかざすウォーレンの表情は堅い。真珠雨は治癒対象者の痛みに同調する技だからだ。
カナネがぶっ放す爆炎の雨あられを、トランプの兵士が防ぐ。燃え上がるカード、しかしまだ崩れない。
想い人を模した敵を殴りたいのにうまくいかない怒りもカナネは押さえ込む。
ベースギターのビートと絡み合うようなプラズマが空気を軋む音。蒼白の鱗を焼いていく、ウルトレスのバスターライフル主砲からの一斉放射は全弾ワイルドハントに届いたようだ。
狙い済ませた矜棲の一撃が、ワイルドハントの目を捉える。
「ギャアアァアア!」
確かな手応えに、矜棲は笑みを浮かべる。
だがワイルドハントの赤い瞳は、憤怒に燃え盛る。低く唸り、ドラゴンは高々と跳ね上がり、猛然と駆け出すと――矜棲を轢き潰した。
●ベット・コール
ワイルドハントによる狂乱突進。
この突進も、もう何度目になるだろう、だが見切っているはずなのにケルベロスは避けることが出来ない。キャスターであるワイルドハントの狙撃力は、ケルベロスの見切りの眼力を超越してしまうらしい。
ドルフィンを庇いに入ったラズリが、愛らしい悲鳴一つ残して消え果てる。
「ラズリ!」
ずっと肩にあった存在がいなくなり、喪失感にエレは眉を寄せる。だがまだだ、エレは努めて笑顔を浮かべた。自分も何度も仲間を庇ってボロボロだが、立っていられる間は笑っていなければ。
オネイロスの兵士の刺突で傷ついたカナネに、エレは青い石の安らぎと浄化の力を使う。
「……清浄なる力を秘めし、空の石よ。……神聖なる輝きで穢れを、祓い賜え!」
エレをウォーレンがミストで包む。メルは矜棲に属性をインストールして、なんとか支えていた。だが、おそらく次の一撃をもらえば彼は倒れてしまうだろう。
「……さすがに強い、ね」
ウォーレンひとりではこの戦線を支えきれない。エンチャントを撒く余裕すらないので、エレやメルのヒールは正直助かる。
雫のオウガメタルが鬼となって、ワイルドハントを殴り、鎧のような鱗を砕く。
だが、続くカナネの自動砲台の射撃、また必殺のドラゴンアーツを避けられたドルフィンは歯噛みした。
中衛のワイルドハントにはダメージ優先で戦いたいため、ドルフィンは後衛に下がることを躊躇してしまう。
「く、もどかしいのう」
もっとスナイパーによる足止めを何度も何度も重ねるべきだった。
狙撃力を上げるグラビティも何度もかけておくべきだった。
ならばもっと犠牲も少なく、勝負は早く着いたことだろう。
だがスナイパーは防御を剥がすことに重点を置いていたため、前中衛はまず攻撃が当たるかどうかの博打になってしまっている。
カナネは支援のために何度も自動砲台による狙撃を試みているし、猛攻を押さえ込もうとウルトレスも何度も主砲を撃っているが、どちらも効果を発揮できるほどの回数を当てられていない。
「風雅流千年。神名雷鳳。この名を継いだ者に、敗北は許されてないんだよ」
賭けは好きだ、と克己は口角を上げる。それも分の悪い賭け。
だが、賭けをもっと有利にする術はあったはずだ……。
トランプの兵士の槍柄が克己を殴打しにくる。
柄も避けつつ、敵を討つ。
――雷神突・零式!
克己はオーラを溜め込み、たわめた体のバネと共に放って爆発的な推進力をもってワイルドハントに突進を仕掛ける。
そうはさせじ。兵士は平然とその射線上に身を挺した。
ドパァッと薄いカード上の体を克己は貫通していく。一撃必殺の雷神突・零式は、鎧や盾さえ貫通し、刀にとって不利である密着状態から打てる秘奥義だ。
無表情を、驚愕のそれに変えながら、オネイロスの兵は砕けた。
盾がなくなった。ワイルドハントは単身だ。
●ペイル・ドラゴン
「大きな流れってのは勢いがつく前にせき止めるのが一番だ。つまり、今だな」
畳み掛ける好機。矜棲は剣をとってワイルドハントに斬りかかる。ウルトレスもチェーンソーを手に取り、ドラゴンの体を削っていく。雫がワイルドハントの硬鱗を剥がしていたので、一撃一撃がワイルドハントには痛い。
悲鳴をあげ、蒼白竜が放つ燐火。ドルフィンを狙うそれを、カナネが庇った。
蒼い炎に包まれながら崩折れる体を見て、思わずドルフィンが叫ぶ。
「カナネ!」
「こ、こういう時に……しっかり支えてこそ……よね……」
命に別状はないが、もうカナネに立つ力はなさそうだ。
「…………見ておれ、すぐに終わらせてやるからのう」
キッと敵を見据え、ドルフィンは叫ぶ。
「死するがよい! お主はコピーする相手を間違えたのう!」
体内でドラゴンオーラを練り上げ、ドルフィンは一歩強く踏み込む。ぶよりとしたモザイクが飛び散る。叩き込む掌底――竜打乱「地竜八卦掌」。これこそがドラゴンアーツの真骨頂。
内部をぐるぐると乱されたデウスエクスは、口から体液らしき何かを溢れさせながらもがき苦しんでいる。
「今度こそ終わりにしてやる」
タッピングされたウルトレスのベースの弦が震えると同時に放たれた冷凍光線で、蒼白のデウスエクスは完全に沈黙した。
モザイクがバラバラ崩れるように消えていく紛い物のドラゴン。完全に消え失せたと思った瞬間、重苦しいワイルドスペースもパチンと軽い音を雫の耳に届けて、雲散霧消した。
「カナネ、お疲れ様じゃったのう。さすが我が相棒じゃ」
相棒の体を抱き上げ、ドルフィンはギリギリまで支えてくれた彼女を労った。
ワイルドスペースを生むワイルドハントも、オネイロスも、なんとか倒すことが出来た。
「よかった、これでもう大丈夫ですね」
肩に蘇ったラズリのもふもふした体に頬ずりし、エレは心からの笑顔を取り戻すのだった。
作者:あき缶 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|