冬を待つ鉄道模型のひと走り

作者:奏音秋里

「ただいま」
 大学生の彼は、ひとり暮らしの部屋で包み紙を開いた。
 窓を開けて、模型を陽光にかざす。
「買ってよかった。やっぱかっこいいなぁ!」
 小さな歓声をあげながら、ひとしきり眺めてから。
 壁際にずらりと並べられた鉄道車両の模型の端に、その車両を置いてみる。
「写真でも撮るかなぁっつっ!? なんだ?」
 しかし振り返ると、ひとりだったはずの部屋に女性がふたりも立っていた。
 ふたりは彼を無視して、笑顔で鉄道模型を破壊していく。
「ちょっ、なにしてんだよっ!?」
 彼の制止は意味をなさず、コレクションは無惨にも床に散ってしまった。
 悲しみと怒りの感情に満足して、嬉しそうに鍵を手にするふたり。
「私達のモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒りと、」
「オマエの悲しみ、悪くナカッタ!」
 2本の鍵に胸を貫かれた青年は、意識を失い、その場に倒れ込む。
 代わりに、列車に手足の生えたようなドリームイーターが出現したのだった。

「パッチワークの魔女がまた動き出しました。力を貸してください」
 皆を呼ぶのは、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)だ。
 集まる面々に感謝を伝えて、説明を始める。
「動いているのは、怒りの心を奪う第八の魔女・ディオメデスと、悲しみの心を奪う第九の魔女・ヒッポリュテの2体です。魔女達は一般人の大切な物を破壊することで、生じさせた『怒り』と『悲しみ』の心を奪い、ドリームイーターを生み出しています」
 そのため、生み出されたドリームイーターも2体。
 ともに行動し、周囲のヒトを襲ってグラビティ・チェインを得ようとするようだ。
「遭遇すると、まず悲しみのドリームイーターが『物品を壊された悲しみ』を語ってきます。そしてその悲しみを理解できない者を、怒りのドリームイーターが『怒り』でもって殺害しようとします。皆さんが相手でも、同じことをしてくるでしょう」
 戦闘では後者が前衛に、そして前者が後衛に立ち、連携して攻撃を仕掛けてくる。
 今回の撃破対象はこの2体のみで、ほかに配下などは存在しない。
「前衛は遠近距離の攻撃を、後衛は遠距離攻撃と回復のグラビティを持っています。どちらも厄介ですから、油断は禁物ですよ」
 ちなみに、ドリームイーターは言葉を喋る。
 だが悲しみを語る言葉と怒りを表現する言葉以外は、持ち合わせていないらしい。
 話しかけたところで、会話にはならないだろう。
「大切なモノが壊されてしまうなんて、私だったら耐えられません。どうか被害が拡大する前に、ドリームイーター達を撃破してください」
 セリカ曰く、被害者は彼の部屋に倒れているらしい。
 ドリームイーターを2体とも倒すまでは、眼を覚まさない。
 戦闘後、彼のもとを訪ねるか否かはお任せしますと、セリカは付け加えた。


参加者
燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)
羽乃森・響(夕羽織・e02207)
リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
西院・玉緒(夢幻ノ獄・e15589)
シェーロ・ヴェントルーチェ(青空を駈ける疾風・e18122)
風戸・文香(エレクトリカ・e22917)

■リプレイ

●壱
 公園でケルベロス達を待っていたのは、2体の列車型ドリームイーターである。
「壊された悲しみ……か。いいわよ、聞いてあげる。話せば楽になることってあるものね」
 事前情報どおり、まずは鉄道模型を壊された悲しみを語ってくるドリームイーター。
 西院・玉緒(夢幻ノ獄・e15589)は、趣味のバイクに脳内変換して同意しまくった。
 けれどもほかが無反応だったこともあり、ドリームイーターは納得がいかなかったよう。
「わたしは理解してあげたわよね。それでもやろうっていうの? そう。会話にならないのだったわね。そんな相手じゃあ、話すだけ無駄。さっさと逝っていいわよ」
 即座にジャケットからリボルバー銃を抜き、眼にも留まらぬ速さで弾丸を撃ち込んだ。
 無駄と言い棄てながらも話しかけて、ドリームイーター達を挑発しながら。
「夢喰さん。貴方方の怒りや悲しみ、よく判ります。そして怒や哀の化身として、ただひたすら怒り悲しむことしかできないだなんてお可哀想です。せめて倒すことで、その軛から解放してさしあげましょう」
 友好的な性格ゆえにその境遇に同情しつつも、視線は真っ直ぐに相手を捉えて離さない。
 土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)は、いつもの笑顔を浮かべる。
 ライトニングロッドの頂点から電気ショックを飛ばし、味方の破壊力を高めた。
「ありがとな、岳。それにしても『怒り』に『悲しみ』なぁ……それを引き起こすためにこうやって誰かの大切なものを踏みにじるのって、なんなんだろうな……」
 魔女の思考など理解できるはずもなく、なんともやりきれない感情だけが残る。
 シェーロ・ヴェントルーチェ(青空を駈ける疾風・e18122)の眼差しは、鋭い。
 両手の斬霊刀を振り下ろし、悲しみのドリームイーター目がけて衝撃波を放った。
「大事なものを壊されたうえにこんな風に利用されて……早く倒して助けようね、クゥ」
 リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)は、不安を落ち着かせて腕を緩める。
 マインドリングから、味方と敵のあいだへと浮遊する光の盾を具現化させた。
 腕のなかから飛翔するボクスドラゴンも、自分自身へと風と星の属性をインストール。
「私は正直、鉄道模型のことは解りません。しかし、自分が大好きな物を破壊されるのがどれだけ辛いことなのかは、解るつもりです」
 メカフェチだからこそ、共有できる気持ちがある。
 風戸・文香(エレクトリカ・e22917)は、頭上に雲ができる勢いで怒っていた。
 大地をも断ち割るような強烈な一撃が、悲しみのドリームイーターの窓を粉々に砕く。
 すると負けじと、大音量の汽笛合図を戦場へと鳴り響かせてきた。
「うるさいわね……フォン、邪気を祓って」
 ウイングキャットにお願いして、前衛陣へと翼を羽ばたかせているあいだに。
 羽乃森・響(夕羽織・e02207)も、地面にケルベロスチェインを展開する。
 同じく前列を回復させて、守備力をも高めた。
「感情は戦闘の前後にだけありゃいんだ。いまは欠片もいらねぇ」
 燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)の攻撃対象は、怒りのドリームイーターだ。
 仲間達が、悲しみのドリームイーターの撃破へと集中できるように。
 亞狼の背に浮かぶ黒い日輪からの熱波が、相手の心にのみ直接、押し寄せた。
 攻撃を受けて始めて、怒りのドリームイーターは逃走すべく出発進行する。
「逃がしてもらえると思うか? あなたの相手は、私と亞狼さんが務めよう」
 しかしその行動を、みすみす許すはずがない。
 空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)が立ち塞がり、進路を妨害する。
 螺旋を籠めた掌で軽く触れ、ドリームイーターの前進力を相殺した。

●弐
 悲しみと怒りの双方に、ケルベロス達はそれぞれ攻撃を加えていく。
 それは結果として、2体の連携を分断して、有利な状況をつくりだすことに繋がった。
「クゥ、敵の注意を惹いておいてください」
 ボクスドラゴンは頷き、煌めく星を纏わせた風のブレスを放射する。
 そのあいだにリュートニアは、クラッシャーの玉緒に癒しの弾丸を撃ち込んだ。
 たまらず、悲しみのドリームイーターも己の身を検査修繕する。
「助かるわ! ありがとう、リュートニア。さぁ、最大火力の神気を撃ち込んであげる。いまの回復は無駄になるけれど、ごめんなさいね」
 玉緒が己の感覚を増幅させれば、周囲の総てを超低速度で認識できるようになる。
 迸る神気を『七色に輝く蝶の羽』と展開して飛翔し、バク転からのピンヒール踏みつけ。
 収束された神気を撃ち込まれ、揺れる爆乳の下でドリームイーターは鉄の塊と化した。
 残された怒りのドリームイーターは、更に怒りの感情を増して全速前進。
「私の前に立ち塞がるならば、全力で斬り刻む!」
 しかしモカは、強風が吹くほどの高速で移動して攻撃を躱す。
 そしてその足で、小指球側に創造した手刀で以て、幾度も斬り刻んだ。
「いまはただひたすら、攻めるのみだ」
 シェーロも対象を切り替えて、体内のグラビティ・チェインをエアシューズに乗せる。
 思い切り、車両の側面へと蹴りを喰らわせた。
「モカ、うけとって」
 先のダメージを癒すため、掌に溜めたバトルオーラを優しく放る響。
 相棒のウイングキャットも、中衛の面々に清浄な風を届ける。
「おぅコラ、こっちだ。気ぃ散らしてんじゃねぇよ」
 巨大な鉄塊剣を力任せに振りまわし、亞狼は怒りのドリームイーターを呼びつける。
 頭上から単純かつ重厚無比の一撃を叩き落とし、怒りを付与してその関心を惹いた。
「自分の大好きなものを壊されるなんて、きっと自分そのものが傷つけられたように感じられたでしょう。どれほど辛くて悲しかったことか……お可哀想に」
 被害者の心を案じて、岳は胸に手を当てる。
 救うために自分にできることをしなければと、雷の壁を構築した。
「開放します! サン・ニー・イチ・開放!!」
 フックのついた樹脂製の棒を、ドリームイーターの頭上の虚空で下方へと動かす文香。
 自身にのみ視えている『やる気スイッチ』を、フックに引っかけて切断したのである。
 狙いどおり、その場で足止めを喰らったようにドリームイーターの動きが鈍った。

●参
 数ターンかけて、機動力を奪い、特定の味方に攻撃を集中させる。
 満足に動けなくなったドリームイーターの様子に、ケルベロス達は勝利を確信した。
「フォン、ヒールをお願いね。終わらせるの。奪うのなら守るために。飛んで、あの先へ」
 翳した掌からじわりと滲む殺気は、軽く撫でるだけでその手へ創造された刃に宿る。
 響の夕焼けを映す髪が雪白に染まる一瞬に抜刀すれば、夜色の剣戟は深手を負わせた。
「あと少しです。みなさん、頼みます」
 ボクスドラゴンと手分けして、リュートニアは仲間達を守備し続けている。
 オーロラのような光は仲間達を優しく包みこみ、状態異常をも治療した。
(「この学生さんの模型は、プラスチック製かしら? もしこれが真鍮のキットだったら、あるいは、私のハンダごてで直せるかも知れませんが……」)
 文香はドリームイーターの外見や動き方を分析することで、事後の可能性を探っている。
 勿論、流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りで足止めを重ねることも忘れずに。
「オラ~! デ~ウス狩りじゃ~!」
 ただただ『物』として認識しているから、攻撃の手を緩めることはない。
 ジグザグに変形させた惨殺ナイフで、亞狼はドリームイーターをこれでもかと斬り刻む。
「貴方方の怒りや悲しみが深いのは、それだけ持ち主の方の想いが深いから。好きなものと過ごす幸せを味わい、夢を追っていたからです。その気持ちを、どうか想い出してください! 地球さん、どうぞ力を貸してくださいね~」
 大地に添わせる掌からグラビティ・チェインを流し込み、地脈を掌握する岳。
 牙の如く励起する黄水晶トパーズの石言葉は、岳曰く『幸福、夢を追って』だ。
「さぁ、大学生クンは返してもらうわよ」
 舞うように地を駆ければ、エアシューズは摩擦の激しい炎を纏う。
 一気に近接した玉緒が、無駄のない動きでスタイリッシュに蹴り込んだ。
「あと一撃……シェーロさん!」
「あぁ。響け! 俺達の心!」
 投げこむ氷結の螺旋は、真っ直ぐに怒りのドリームイーターへと命中する。
 車体を凍らせ、行動を制限したところで、モカはシェーロの背に呼びかけた。
 オウガメタルと心をかよわせ、とどめを刺す準備は万端。
 増幅されたグラビティ・チェインを、シェーロが半円を描くようにして叩きこむ。
 天体の軌道のような目映いほどの煌めきが、敵の生命を奪い去るのだった。

●肆
 ドリームイーターの消滅を確認して、ケルベロス達は安堵の息を吐く。
「んじゃあとぁ任せたぜ……ん、久々にプラモやっか。どれ、なんか買って帰るか」
 アイズフォンで模型店を検索しながら、一足先に公園をあとにする亞狼。
 いつもすぐにうっかり壊してしまうのだが、模型好きの心をくすぐられたようだ。
「クゥ。お疲れさま、ありがとう。壊れてしまっても好きな気持ちは残っているはずだから、それを大事に、これからまた集めてほしいね」
 抱きあげて身体を撫でながら、リュートニアはボクスドラゴンをねぎらう。
 公園の現状復帰を済ませて、青年の家まで最後尾でついていった。
「鉄道模型、素敵ね。壊れてしまったときの悲しみはあったかもしれないけれど、あなたの大切なものを好きな気持ちが、なくなっていませんように」
 事情を説明して、響は最後にこう、付け加える。
 ひとつだけ、どうせぼろぼろだから構わないと許可を得て、ヒールによる修復を試みた。
 花が咲いたり蔦が絡んだりして元通りにはならないが、独特の味を醸し出している。
「そっちは、文香に直してもらったらどう? デザイン変わっちゃうけど、カスタムってことでいいんじゃない? 最新のものは、わたしが新しいのを買ってあげるわ」
「プラスチックキットだと直しようがありませんが、電気部分なら私の出番です!」
 玉緒と文香の申し出に、青年は諸手をあげて喜んだ。
 ということで早速、玉緒と青年は買い物に、文香とほかのメンバーは部屋の片付けに。
 美女とデートできたうえ、修理不能と考えていたものを直してもらったことで。
 少し……否、かなり、青年の気持ちは前向きになった。
「気持ちはわかるとか、簡単には言えないし。新しいものを買ったって、いままで集めてきたコレクションの代わりになんてならないのはわかってるけどさ。これ、受けとってくれよ。少しでもいいから、なにかの足しにしてくれ」
 そう言って、隣人力を発動しながらシェーロもケルベロスカードを渡す。
 心配する想いは伝わり、青年に笑顔が戻った。
「ところで青年。明日から3日間、予定はあるか? 実は友人と旅行する予定だったのだが、どうしても外せない用ができたらしい。今更キャンセルもできない。そこでだ。きみさえよければ、一緒にどうだ? 本物のカッコいい鉄道車両を見て、そして乗ってほしい」
 アイズフォンでの通話を終えたモカが、青年に鉄道ファン旅行への同行を提案する。
 しかしながら流石に、急だし3日間は無理だと、本当に申し訳ないと断られてしまった。
「そ……そうか、残念だ……」
 しょぼーんと呟くモカに、しかし青年は、鉄道について語り合いたいと連絡先を示す。
 新たな友情も生まれたところで、ケルベロス達は青年に別れを告げた。
「今回は災難でしたね。少し時間はかかるかも知れませんが、またコレクションを始めてください。悲しみや怒りに負けず、前へ前へ進んでいく希望を胸に。未来を目指して進む、列車のように。その気持ちがなによりの力になりますよ」
(「そして夢喰さん。倒すことでしかお救いできす御免なさい。サークルオブライフ。命は巡り巡ります。きっとまた、貴方方を生み出す基になった想いが、新たな幸せを生むでしょう。地球の重力のもと、どうか安らかに……」)
 岳の励ましの言葉に、青年は頷く。
 きっと大丈夫だと、此処からまた前進できると、確信させるような肯定だった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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