創世濁流撃破作戦～弔いの淑女

■リプレイ

●ぜんぜん、ちがう
　なんとも悪趣味な話だ、と、ジヴェルハイゼン・エルメロッテ（還らぬペルセポネ・e00004）は思う。噂ほどに聞いていた、自分の暴走姿の敵とまさか遭遇してしまう日がくるとは。とは言え、やりづらさで言うなら自分よりも仲間達の方が上だろう。そう察したジヴェルハイゼンは、あえて皆に向かってはっきりと言ってみせた。
「悪趣味に違いはないけど、またとない機会だね。自分を殴り倒せるんだろう？　僕は思い切りやるから皆も遠慮しないでいいよ。倒せばみんな同じだしね」
　そう。倒せば同じただのデウスエクス。もっと言うなら、死ねば皆同じ。
「じぶのまねっこ、ぼく、ゆるさない。……やっつける」
　伏見・勇名（鯨鯢の滓・e00099）は、目の前の敵を睨みつける。どこか気だるげで、声に抑揚はないが勇名は明らかに怒っていた。炎の色をした髪が、この不穏な戦場の風に靡くのをジヴェルハイゼンは騒ぐ胸で見つめる。もはや戦いにおいて己の身を顧みる事など忘れて久しい彼女だが、仲間には、特に勇名には傷ついて欲しくなかった。
　ワイルドスペースは膨張を続けているようだった。鉋原・ヒノト（駆炎陣・e00023）はその様子を視線で追った。体に纏わりつくこの不快感には覚えがある。つい先日、ヒノトもこのワイルドスペースの中で、自身の姿そっくりのワイルドハントと戦ったばかりなのだ。ジヴェルハイゼンの胸の内を思って、そっと彼女の横顔を伺い見る。凛として、怯むところなど見せないその様子は素直に尊敬出来ると思いつつ、ヒノトは肩口にいるファミリアのアカの体に手を触れる。
「不安ですか？　ヒノトさん」
　押し黙っているヒノトの方を振り返った藤守・景臣（ウィスタリア・e00069）が、おっとりと落ち着いた口調で訊ねた。見られていた、と恥ずかしいのが半分、嬉しいのが半分。
「全然。それより約束しようぜ、景臣。必ず一緒に帰るって！」
　努めてヒノトが明るく言うのを景臣はゆっくり頷いて受け止める。それは本心からの言葉でもあるのだが、決して状況は楽観出来ない事をヒノトは勿論、ケルベロスたち全員が肌で感じていた。
　ただし、その危機的状況こそが番犬たちの戦意の炎を煽るのも事実。
「ハロウィンにはあの世とこの世が繋がるっていうけど、それならこの場所は地獄の入口、ってとこかな？」
　凪沢・悠李（想いと共に消えた泡沫の夢・e01425）の目はこれから始まる戦いに高揚し、赤の色を濃くしていた。敵から漂うどうしようもない死の気配に当てられているのかも知れない。ここは地獄の入り口、冥府への扉。生と死の狭間。
「これはこれで、ちょっと燃えるね？」
　ノーフィア・アステローペ（黒曜牙竜・e00720）はいつもと同じく不敵に、そして軽やかにこの不穏な戦場の空気を楽しんでいた。それが不利であり不条理な場であるほど、誇り高き竜の血は滾るのかも知れなかった。
（「ワイルドスペースとこの世界、いっしょにはいられないのかな……」）
　隠・キカ（輝る翳・e03014）は夏空色の瞳を大きく瞬かせ、想像を巡らせる。今生きるこの世界を、ワイルドスペースが飲み込むというのは、食べられてしまうようなことなのだろうか。
「きぃの世界がなくなるのはいやだから、とめるよ。ね、キキ」
　キカが大切な玩具のロボに向けてそう言った。その小さな声がラグナシセロ・リズ（レストインピース・e28503）の耳にも届く。
「ええ、こんな作戦は全力でもってお止めしましょう」
　ふわりとラグナシセロが胸元に手を添えて、敵に向けて会釈すらしてみせる。濁りのない翠玉が禍々しい姿へ向き合った。黒衣の『女』は淑女然としているが、嘆きに歪む面、そして骸骨頭がその残虐さを物語る。
「冥府への案内人、それとも囚われの姫でしょうか。いずれにしても倒させて頂きます」
『笑止な。番犬ごときが』
　ワイルドスペースの中央で女王の如く立つワイルドハントの顔を、ジヴェルハイゼンは見つめる。自分と同じ銀の髪、全てを押し込めて笑う顔、その横で血の涙を流す顔、そして、白骨化した『屍』の顔。
（「あれは、全部僕の顔だ」）
　そう思いながらじり、と前に出たジヴェルハイゼン。その背を守る位置についていた勇名が、確信を籠めて呟いた。
「……ん、ぜんぜん、ちがう」
「……」
「じぶと、ぜんぜん、ちがう」
　一方、敵方も前に出てきたのは『オネイロス』から派遣されたというトランプ兵、スートはスペードである。何としても今ここにあるワイルドスペースを潰させないために、ワイルドハントを守る壁として黒衣の女の前に立った。
「やはりそう来ますか」
　景臣が眼鏡を外しながら呟いた。
　ラグナシセロが味方の配置を目視で確認する。火力で先に壁役を破壊し、その後ワイルドハント本体を倒す方針で固めている。
「黒曜牙竜のノーフィアより、友の姿を模るワイルドハントへ」
　最前で攻撃手を務めるノーフィアがゆっくりと前へ出る。双剣として同じく攻撃に専念する悠李が、そこに並んだ。
「牙と月の祝福を」

●弔いの草花
　喪服の女は正面の顔で、ケルベロスたちを忌々しげに見ていた。
『下郎どもが、寄ってたかって邪魔をしくさるか』
「その通り。あなた方の邪悪な企みを盛大に邪魔しにきました」
　ラグナシセロがそう言い放ってオウガ粒子を振りまいた。仲間たちの戦意を高め、狙いを鋭くさせるその輝き。
「余裕綽々のとこ悪いけど、消させてもらうぞ！　……行くぜ景臣！」
「……それでは、努めて参りましょう」
　アカを懐に逃がすとヒノトが両手を広げた。
「……穢身斬り裂くは双の閃雷！」
　紫電がトランプ兵に炸裂し、舞藤を構えた景臣がそこへ続く。己が炎とヒノトのエテルナライザーの閃光が重なり、眼の藤色が幾重にも光る。
「っしゃ！」
「ますます楽しくなってきたよ、行くよ、ペレ！　守り任せたっ」
　ボクスドラゴンのペレと一瞬こぶしをトンと合わせたかと思えば、次の瞬間にはノーフィアは黒曜斬剣を軽々と閃かせて敵に斬りかかる！　そこにもう一筋、黒い影が躍る。
「あはっ、やっぱ真剣勝負は心が踊るよ……ッ！」
　既にして狂気性を滲ませつつ悠李が氷結の螺旋で敵を押さえ込もうとする。
　まずは邪魔な壁を取り除くべく、全員で攻撃目標を揃えての戦闘。配置のバランスもさることながら、呼吸を合わせることも勿論重要だ。
『猪口才なケルベロスども。ならばこの炎で、冥府までの道を照らしてやりましょうぞ……ホホ』
　ワイルドハントは正面の顔に仄暗い笑みを湛えて、右手の松明を頭上高く翳した。一際大きく燃え上がった青い炎はそのまま小型の火の玉となり、隕石の如くジヴェルハイゼンに襲いかかる！
「……ッ」
「じぶ……！」
　防御対策はしてあったが、やはり威力は相当のもの。勇名の不安を払拭しようと、何でもない風にジヴェルハイゼンは答える。
「なに、大した熱さじゃない」
「おまえ……きらい！」
　勇名がそう言ってハンマーを変形させる。
『エイ、ホウ！』
　トランプ兵が野太い声をあげて黒い槍をジヴェルハイゼンに向けて突き出した。その穂先を遮らんとばかりに、勇名の砲撃が炸裂する。だがトランプ兵は感情というものを出さず、命ぜられたまま自分の身が傷つくのも構わずにその槍を押し込む。く、ともう一度ジヴェルハイゼンが唇を噛んだ。
『まずは弱った奴から……送ってやりましょうね』
「あなたが死をまねくなら……きぃはみんなの生きる力をたやさないよ」
　高笑いするワイルドハントの言葉をキカが遮った。プラチナブロンドの髪は虹色に光を反射し、そのままキカはジヴェルハイゼンに駆け寄る。
「その思い出を、きぃに貸してね……」
　赤と青が一瞬だけ交錯する。刹那絡まった瞳の奥の記憶が触れ合い、また離れていく。
（「……死人に、思い出なんかないよ」）
「……でも、それ、は……」
　何とも言えぬ心に触れたキカの力は、それでもジヴェルハイゼンを癒した。楽園を失い、思い出を拒む彼女の中に確実に残っているものに、キカは触れたのだ。ありがとう、と穏やかに心からの礼を口にしてから、一転ジヴェルハイゼンは敵に向けて殺気を剥き出しにした。
「お前ひとりで帰るがいいさ！」
　苛烈に、こぶしを振りぬいた。本当ならワイルドハントに叩き込みたい一撃は、作戦通りにトランプ兵を狙う。
「あのトランプ、どうやら遠距離まで狙えるようですね。皆さんお気をつけて！」
　声がけをしつつ、どう動きを止めていくかをラグナシセロが脳内で組み立てる。死の女王はあのトランプ兵を盾として使っているのは間違いない。一刻も早く砕かねばなるまい。
　ヒノトと景臣と呼吸を揃えて毒を見舞い、ノーフィアは大鎌を展開し、やはり軽く武器を操ってそのまま投擲の体勢に入る。
「粘るねえ、結構がんばるじゃない」
　悠李はノーフィアの投げた鎌の軌跡を追うようにして、傷を広げていく。この時点で単身、結構なダメージを食らっているはずのトランプ兵だがまだ倒れない。防御を厚くしているのだということは間違いないが、ここを火力で吹き飛ばせなくては、本丸に届かない。
　しかし、敵もさるもの。
『さあ、咲き誇れ芳しき花たち……私の心を慰めておくれ……』
　弔いの装いである黒服の裾から咲き乱れる百合、菊、トリカブトから甘ったるい匂いがし始める。思わず鼻を覆うケルベロスたちだが、その毒にも近い香気を間近に浴びたトランプ兵は、更に奮起し前に出てくる。
「……さすがに守備が堅いか。なら！」
　それを上回る火力を出せばいい！　と、ヒノトが再びエネルギーを集中し、閃光槍を作り出した。
「きぃも、まけない。あんな力にまけたりしない……」
　キカは本能的に、ワイルドハントの使う回復術が禍々しいものであることを感じ取る。命を、生きることを否定させたりしたくない、と精一杯歌い、生命の蔓草を伸ばし続ける。
　攻撃手たちの重たい一手に、遠距離からの確実な攻撃。これらを重ねる合間に、小さな傷を更に深手へ育てるべく、ラグナシセロが術を重ねた。
『エイ、オ、ウ……』
　工場から何かが生産されてくるような規則的な動きを崩さなかったトランプ兵が、遂にその膝を折る。
「哀より重く、怨より深く――僕と同じところへ落ちろ」
　破り捨てたのはジヴェルハイゼン。呼び出された無数の黒い手は、棺の中にトランプ兵を強引に押し込め、そのまま紙のような体を千切り始めるではないか。
『オ、オ……』
　そのままモザイクの塵と化した配下の姿に、ワイルドハントが絶叫した。
『おのれ、クソどもが！　これで私に勝った気になるでない！　我がワイルドの力を受けてみよ！』
　突如、感情を露わにした黒い淑女に面食らうケルベロスたち。
『来い、来い、来い……さあさ、共に参ろうぞ』
　そう言ったのは、正面の人面ではなく、側面のガイコツだった。次の瞬間冷たい色をした骨の腕が無数に伸びる。捕らえんとしているのは。
「……勇名！」
　ジヴェルハイゼンがその名を叫ぶ。だがその骨の指が勇名に絡むことはなかった。彼女が反応するのに一歩先駆けた景臣が導線上に割り込んでいたからだ。
　まるで津波の如く不気味に伸びた骨の渦を、ヒノトが、ペレが手伝って振り払う。
「やはり、強い……ですが」
　やや防御、回復寄りに動いていたラグナシセロが、バスターライフルを構えて冷凍光線を放つ。星の輝きの色をした髪が揺れ、放ったレーザーはキラキラと星屑を取り零す。
　死の色濃く漂う戦場に、生きる意味を吹き込む歌を響かせ続けるキカ。
　命の取ったり取られたりが目の前で行なわれる、やはりここは地獄の入り口に違いないのだと確信した悠李は。
　笑っていた。
「ねえ、僕が、僕がやるよ！　僕が」
　弔ってあげる。かなり興奮した口調でそう叫ぶ悠李に、ワイルドハントは憎悪を剥き出しにした。
『誰が！　きざまらなどに！　この、このわたしが……！』
「彼岸に没せよ――」
　もう遅い。魔天狼の刃がこの世のものとも思えぬ美しい舞いを舞い、そして煌く。
「然して、其の魂に安らぎと安寧を」
　斬り裂かれた、黒衣の淑女の目に、赤が広がる。赤い花。彼女の世界にも彼岸花は咲いただろうか。
『オ、ノ、レ、ラ……！』
　怨嗟の一声、そして。
　砕けていくワイルドハントの体、同時にドームの天井が唸りをあげ始める。ケルベロスたちの勝利と同時に、ワイルドスペースの崩壊が始まったのだ。
　開戦時、敵に向けてノーフィアが告げた言葉をふと思い出したらしいジヴェルハイゼンが、ノーフィアに向けて問いかけた。
「……さっき僕を、友と呼んだかい？」
　ノーフィアの双眸が静かにジヴェルハイゼンを、そして他の仲間たちを見た。
「こんな景色一緒に見たら、戦友だよ」
　瞳の赤が重なる。濃くなるのは血の赤か、それとも。
　取り残された松明の、青い炎だけがそこに染まるのを拒むかのように燃え立っていたが、やがてそれも静かに消えた。

●創世濁流作戦の行方
　ワイルドハントを撃破したと同時、モザイクドームは砕け散った。ひとまず作戦は成功したわけだが。
「膨張は収まったのでしょうか……？」
　まだ、他の場所の様子がわからない。気は抜けない、とラグナシセロはあくまで慎重な姿勢を崩さない。
「ケガはしてませんか？」
　景臣がそう問いかければ、ヒノトが軽く笑ってこぶしを突き出す。
「ああ、アカも俺もこの通りだぜ。約束、守れたな！」
　信頼する仲間と共に立った戦場。死地を乗り越えれば、そこにはまた新たな絆が積み重ねられるのだ。
「ん、お疲れ。幹部たちに会いそこねたのが残念かなー」
　皆に軽く挨拶し、ペレともう一度こぶしをトン、と合わせたノーフィアが軽い口調でそう言えば、悠李も微笑みながら頷く。戦闘時のあの狂気じみた様子は成りを潜め、悠李はいつものマイペースな少年に戻っていた。
「もう、こわくないね……キキ」
　キカがそう呟いて、キキを胸元にぎゅっと抱きしめた。そう、怖くない。ワイルドスペースは砕け散ったのだから。
「じぶ、ぼく、おこってた？　わかんない」
　勇名が、宙に舞うモザイクの欠片に眠たげな視線をやりつつ、問うでもなくそう言った。自分の中の感情、心の動きが自分自身でもわからない。そんな勇名がまるで自分を映しているようだとも、守りたいとも思われて、ジヴェルハイゼンはそっと赤い髪を撫でた。
「……いてくれて、ありがとう」
　まずはワイルドスペースの排除に成功し、ケルベロスたちはその使命を果たした。彼らの行動は日本中を巻き込む悲劇を防いだだけではなく、更なる電撃作戦への布石ともなっていたのだ。
　現在の状況を把握するためにも、とケルベロスたちは急ぎその場を後にする。
　ふと、ジヴェルハイゼンが振り返る。さよならペルセポネ。次にあの顔を見るのは、真の闇に己が落ちた時。そうして彼女は無言のまま、足を速めて仲間たちと共に行くのだった。

作者：林雪	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年11月15日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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