創世濁流撃破作戦~絶対幸福圏

作者:洗井落雲

●孤独の幸福
 ワイルドスペース。
 世界をモザイク模様に分解して再構成して形作られたような外見をした、ワイルドハントの隠れ家。
 このワイルドスペースは、豪奢な部屋を元に作られたようである。ベッド、ソファ、椅子や家具、調度品……すべてモザイク様に分解・再構築されているが、それでも、それらの機能は損なわれていない。
 その、モザイクの部屋の中、ベッドに腰かけ、うつろな目で中空をぼんやりと見つめるのは、このワイルドスペースの主、ワイルドハントである。
「何か異常な魔力が注ぎ込まれていくのを感じる」
 ワイルドハントは言った。その姿は、何処かリディ・ミスト(幸せ求める笑顔の少女・e03612)に似ている。
「なるほど、これが、ハロウィンの魔力。この力があれば、私のワイルドスペースは濁流となる。世界を飲み込むほどの……」
 ワイルドハントが、ベッドに倒れ込む。手にした鎖が、がしゃり、と鳴った。
「『オネイロス』……『王子様』は援軍と言っていたけれど、実際には監視かな。ちゃんと私が動くかどうかの」
 ワイルドハントはうつろな目を細める。
 嗚呼、くだらない。と、呟いた。
「私にとって重要なのは、私の世界。他に何も求めない。他に何も望まない。希望もなく、得るものもない。友もなく、敵もない。その代わりに『私が幸せを失わない』、そのための空間、私の『絶対幸福圏(ワイルドスペース)』」
 でも、仕方ないわ。ワイルドハントがそう続けた。
「すでに私の世界は巻き込まれてしまった……『創世濁流(ワイルド・マッド・ストリーム)』の渦に。きっと、敵はやってくる……私の幸せを壊しに。ならば――」
 うつろな瞳に、ある種の決意の色を乗せ。
 ワイルドハントは、ベッドから起き上がった。

●濁流を阻止せよ
「ハロウィン・イベントが終わったばかりで申し訳ないが、緊急事態だ」
 アーサー・カトール(ウェアライダーのヘリオライダー・en0240)は、緊急呼び出しに応じ、集まったケルベロス達に向かって、そう言った。
 曰く。ドリームイーターの最高戦力されるジグラットゼクス、その『王子様』と呼ばれるドリームイーターが、六本木で回収したハロウィンの魔力を使い、『創世濁流』という作戦を開始したというのだ。
「この創世濁流という作戦についてなのだが、どうやら現在日本中に点在するワイルドスペースへ、ハロウィンの魔力を注ぎ込んでいるらしい。ハロウィンの魔力を注ぎ込まれたワイルドスペースは、膨張し、近隣のワイルドスペースと衝突する。すると、ワイルドスペース同士が爆発・合体し、さらに膨張し……最終的に、日本全土を一つのワイルドスペースで覆い尽くす、と言う作戦のようだ」
 アーサーは、口元に手をやり、唸った。
「信じられん作戦だが……それを実行に移せる手段を、連中は持って居る、という事だ。だが、幸い、皆の活躍で、隠されていたワイルドスペースの多くは消滅している」
 ケルベロス達による、ワイルドハント調査と、それによるワイルドスペースの消滅が、ケルベロス達にプラスに働いたようだ。
 ワイルドスペースの数が減った今、幾ら急速にワイルドスペースが膨張を続けようと、日本全土を覆い尽くすほど巨大化するまでにはかなりの時間がかかるというのだ。
 ならば、このチャンスを逃す手はない。
 ケルベロス達には、急膨張を開始したワイルドスペースへと向かい、内部にいるワイルドハントを撃破、ワイルドスペースを消滅させ、この作戦を阻止してほしい。
 戦場となるワイルドスペースは、奇妙な粘液が充満した、特殊な空間である。
 だが、その内部であっても、呼吸や会話は可能であり、通常空間と同じように活動できる。行動にペナルティはないため、いつもと同じように作戦に取り組んでもらいたい。
「また、どうやら王子様は、各ワイルドスペースに一体、オネイロスという組織から援軍を送っているようだ」
 つまり、戦う相手は、ワイルドハント一体、それからオネイロスの援軍が一体。この二体を同時に相手取る状況になる。
「我々の作戦目的は、あくまでワイルドスペースの破壊。つまり、ワイルドハントを倒すことだ。ワイルドハントさえ倒してしまえば、ワイルドスペースは消滅し、オネイロスの援軍は撤退する。オネイロスの援軍を先に倒しても、ワイルドスペースは消滅しないから、ワイルドハントとは引き続き戦うことになる。幾らオネイロスの援軍を倒せても、ワイルドハントを倒すことが出来なければ、作戦は失敗だ。どのように戦うのか、しっかり作戦を立ててほしい」
 また、特に重要と敵が判断したワイルドスペースには、オネイロスの幹部と思わしき、強力なドリームイーターが現れる可能性があるという。
 もし、首尾よくオネイロスの幹部を撃破する事が出来れば、ドリームイーターの戦力にダメージを与える事ができ、今後の作戦が有利に運べるかもしれない。
「だが、幹部はかなりの強敵のようだ。生半可な戦い方では、返り討ちにあってしまうかもしれない。ワイルドスペースの破壊を最優先するのか、幹部の撃破を最優先するのか。意思の疎通をしっかりとらなければ、対処は出来ないだろう。その上、オネイロスに関しては、どういった敵がどのワイルドスペースに現れるのか、全く予知できなかった……どうやら、総勢5名程度の幹部が参戦しているという事までは分かったのだが……」
 すまない、と言って、アーサーは頭を下げた。
「いろいろ不確定な事が多い作戦だ。だが、この作戦を成功に導けなければ、日本全土はワイルドスペースに飲み込まれてしまうだろう。非常に難しい作戦だが……君達の無事と、作戦の成功を、祈っている」
 そう言って、アーサーはケルベロス達を送り出した。


参加者
リィン・リーランス(はお姉ちゃんの為にがんばる・e00273)
叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722)
リディ・ミスト(幸せ求める笑顔の少女・e03612)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
アトリ・セトリ(スカーファーント・e21602)
フローラ・スプリングス(小さな花の女神様・e29169)
天乃原・周(食いしん坊・e35675)
レム・ベルニカ(アリスの睡魔・e40126)

■リプレイ

●ダイブ・イン・トゥ・ザ・ワイルドスペース
 ヘリオンより、地上を見下ろしたケルベロス達の目に映ったのは、膨張したモザイクの塊だった。
 敵、ドリームイーターの作戦により膨張・肥大化を続けるそれに向けて、ケルベロス達は勢いよく降下していく。
 世界と世界の間、ワイルドスペースへと突入する瞬間。ケルベロス達は、めまいにも似た感覚を覚えた。世界が切り替わる。認識が切り替わる。そんな感覚。その感覚の後に、ケルベロス達はモザイクの世界へと進入していた。天と地の全てがモザイク状に混ざり合った世界の中心へ向けて、ケルベロス達は進む。
 果たして、その世界の中心に、それらはいた。
 モザイクの世界の中心、豪奢なモザイクの家具で彩られた、小さな小さなワイルドハントの領土。
 その中心には、一人の少女の姿。そして、それを守るように立つ、トランプから頭と手足が生えたような外見の、異形の姿が一つ。
「……来たのね」
 少女――リディ・ミスト(幸せ求める笑顔の少女・e03612)の姿を真似た、ワイルドハントが言った。
 その姿を見たリディは直感する。
 ワイルドハント、その姿は、今のリディとは異なるものの、確かに自分自身の姿であり、しかしその中身は全くの別物である、と。
 それは、確信。根拠も証拠もなかったが、直感が、自分自身の何かが、それは確かな事実であると伝えていた。
「あなたの考えを知っている」
 リディが、言った。
 いつもは笑顔を絶やさぬ少女である。
 そのリディが、悩みに悩み、思いつめた、そんな表情で。
「認めない……孤独な幸せなんて、絶対に――っ」
 言葉を、紡ぎ出した。
 ワイルドハントが、眉をひそめる。
「――そう。この世界を壊しに来る。そう言う相手が来るとは思っていたけれど、私そのものを否定しに来る、そんな相手が来るとは思っていなかった」
 じゃり、と鎖を鳴らし、ワイルドハントはつづけた。
「一人残らず、ここで潰えてもらうわ。ここは私の絶対幸福圏(ワイルドスペース)。私の幸せを奪うなら、私はそのすべてと戦う」
「悪いけれど、それはこっちのセリフだよ」
 リディの様子を横目で確認しつつ、アトリ・セトリ(スカーファーント・e21602)が答えた。
「こっちだって、誰かの幸せを奪われるわけにはいかないんだ。特に、友達のはね」
「そうよ!」
 フローラ・スプリングス(小さな花の女神様・e29169)が続けた。
「覚悟しなさい! リディの偽者なんてやっつけちゃうわ!」
 ワイルドハントは、うつろな瞳を、ケルベロスたち一人一人に順番に向けた。
 それは獲物を見定めるように。或いは、何かを確認するかのように。
「なるほど……それがあなたの幸せなのね」
 その言葉に、びくり、とリディが体を震わせる。リディはその表情を険しくするが、
「大丈夫なのです~♪ 絶対に負けないのです~♪」
 リィン・リーランス(はお姉ちゃんの為にがんばる・e00273)が、にぱっ、とリディに笑顔を向ける。
「敵をえいやってやっつけて、皆で無事に帰るのです~。だから、大丈夫なのです~!」
「そうだよ」
 レム・ベルニカ(アリスの睡魔・e40126)も、力強く頷いた。
「ボクたちは……絶対に負けない」
「そう、そうやって希望に想いを募らせるほど、失った時の絶望は大きい。わかるわ」
 どこか憐れむように、ワイルドハントが言った。
「オネイロスの兵隊……精々この世界を守るために働いてもらうわ」
 ワイルドハントの言葉に、トランプの異形……オネイロスの兵隊が頷いた。
「どうやら、アレは幹部じゃなくて、一般兵士……みたいだね」
 天乃原・周(食いしん坊・e35675)が言った。
「ですが、やる事は変わりません。必ず、皆さんをお護ります」
 と、フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)。アメジスト色の光の盾を展開し、戦闘準備を整える。
「さぁ、行こうか。怪我無く、皆で無事に帰ろう」
 叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722)の言葉に、ケルベロス達が頷いた。
 各々が武器を構え、デウスエクスへと対峙する。
 かくて、戦端は開かれた。

●夢の衛兵
「まずはサポートから、かな」
 アトリのオウガメタルがオウガ粒子を放ち、ケルベロス達の能力を活性化させる。アトリのウイングキャット、『キヌサヤ』は、マントを翻し、尻尾のリングを兵士に向かって撃つ。
「オネイロス……まずはお前からだ!」
 宗嗣は斬霊刀、『宵星・黒瘴』を構えると、兵士に向かって一気に踏み込んだ。勢いのまま、稲妻を纏った鋭い突きの一撃。刃は兵士に突き刺さる。兵士はその勢いのまま数メートルほど後方へ吹き飛び、着地。
 傷はあるようだが、その動きに大きな鈍さは感じられない。大ダメージではない、という事だろう。
「私がお相手致します! 『紫水晶の盾』貴方に突破できますか!」
 ローブをはためかせながら、フローネが言った。発生したアメジスト・シールド、そして小型のアメジスト・ドローンを展開し、それらが発生する強烈な光でダメージを与えるとともに、敵の注意を引き付ける、攻防一体の技、『アメジスト・フラッシュ』だ。
 目標はオネイロスの兵士。明滅する光がその身体を焼き、その注意は確かにフローネへと向けられる。
 リディがケルベロスチェイン、『ハピネスグローリー』を展開し、兵士へ向かって放つ。鎖はまるで生き物のように自在に動き、兵士の動きを阻害した。
「あら、私は後回しかしら」
 嘲るように、ワイルドハントが言う。ジャラジャラと壊れた鎖が蠢き、勢いよくリディへと向かうのを、
「あなたの相手は、今はフローラよ!」
 フローラが受け止めた。武器に巻き付いた鎖を、ぎり、と引きながら、
「みんなはフローラが守る! あなたの攻撃は、全部受け止めるんだから!」
「フローラにばかり負担をかけるわけにはいかない……出し惜しみはなしだよ!」
 言いながら、周が手をかざす。その表情を歪めると、周の背後に巨大な魔法陣が現れた。青白い光が周の身を包む。魔法陣より現れたるは、巨大なる魔獣、その幻影。
「出でよ、レヴィアタン! その咆哮を聞かせたまえ!」
 周の『魔獣召喚【レヴィアタン】』は、短時間ながら古の魔獣の幻影を召喚し、その咆哮で以てダメージを、そして傷の治りを遅くするという効果を与えるというグラビティだ。
 その咆哮に飲み込まれた兵士は、体のあちこちが衝撃により切り裂かれる。シャーマンズゴースト、『シラユキ』もまた、主の後に続き、原始の炎を召喚、兵士を炎に渦に叩き込む。
 だが、兵士はまだ止まらなかった。手にした槍を振りかざし、ケルベロス達に襲い掛かる。
「あなたの攻撃は通しません!」
 その攻撃を、フローネが受けた。紫水晶の盾が兵士の槍を受け止め、紫色の光を放つ。
「風さん、お花の香りをみんなに届けて!」
 ふと、戦場を、花の香りが駆け抜けた。フローラのグラビティ、『フローラルパワー』は、その清浄な香りを以て、身体を癒し、心を鼓舞する。
「リディ、頑張って……負けないで!」
 フローラが言った。その香りはリディを包み込み、リディの力を活性化させる。
 主人に負けじと、フローラのボクスドラゴン、『ふーくん』も、ブレスを吐いて果敢に――でもなんだかのんびりとしたような表情で――兵士に攻撃を加える。
「みんな、がんばるのです~! マン号も、やるのです~!」
 リィンが魔導書『アル・アジフ』より、禁断の詠唱を以て味方ケルベロスの能力を向上させる。シャーマンズゴースト、『マン号』は静かに祈りを捧げ、ケルベロス達の援護を行う。
「ボクとマン号が、ぜったい、みんなをたすけるのです~! だから、安心して戦ってほしいのです~!」
 リィンの応援の言葉が飛ぶ。
「ありがとう! ボクも、頑張らなきゃね!」
 レムは言いながら、兵士へ向けて、アームドフォート、『たんぽぽ砲』を一斉射撃。
「オネイロス……ドリームイーター! もうあんな気持ちはごめんだから……被害が出る前に止める、絶対に!」
「手数を減らさせてもらうよ」
 アトリのリボルバー銃、『S=Tristia』から放たれた銃弾が、兵士の持つ槍に直撃。兵士の槍が弾かれた。
「拾いに行く必要はない」
 宗嗣の声が響く。宵星・黒瘴を構えた宗嗣は、兵士へと肉薄。宵星・黒瘴の刀身が逆巻く炎をまとわりつかせる。瞬間。鋭い突きを放った。それは、猛禽類の嘴のごとく。贄を突き刺すかのように無慈悲に。
「――『煉剣技・死喰鳥』」
 呟きと同時に、刀を抜き放つ。悲鳴をあげる間もなく、兵士はモザイクの塊となって、この世から消滅した。

●幸せのかたち
「……オネイロスと言うのも、存外、役に立たなかったわね。いいえ、あなた達が強かったのかしら」
 ワイルドハントが言った。その姿からは大きな疲労は見受けられない。兵士と、ワイルドハント。両者を討伐するため、まずは兵士へと攻撃を絞った結果ではある。
 兵士とワイルドハント、両者を相手取ったケルベロス達は、それなりに消耗していた。だが、壊滅にはまだ遠い。ワイルドハントを捉える事へ、まだ手は届く。
「後は、あなただけです!」
 縛霊手、『御霊紫魂腕』をかざし、フローネが突撃。振りかざされた一撃を、ワイルドハントは武器で受けた。衝撃に顔をしかめるワイルドハント。
「良い仲間たちみたいね。これがあなたの幸せだったわね」
 武器で振り払い、距離をとる。その言葉は、リディへ向けられている。
「素敵だわ。とても――だからそれ以上に、失った時が痛いのにね」
 その言葉に、リディが顔をこわばらせた。
「あなただって、分かっているんでしょう? 失った痛みに、耐えられない。わたし達みたいな生き物は。だから――」
「だから、全部諦めて、孤独に身をゆだねることが、幸せだって言うの……!?」
 リディが叫んだ。
 幸せを、応援してきた。
 色んな幸せを、見てきた。
 でも、決して相容れないものが出てきた。
 幸せを、否定しなければならなくなった。
 それは一つの、幸せの形なのかもしれない。
 何も得ず、何も持たず――故に決して何も失わない、平穏にして静寂な幸せ。
「そうよ。私はそうして、ここで生きてきた。これまでも……これからも」
 ワイルドハントが、壊れた鎖を、リディへと向けて放った。完全に虚をつかれた攻撃。それを。
「幸せの定義とか、そういうのは、分からないわ」
 フローラが受けた。
 小さな手で。武器を構えて、精一杯に。
「でも、フローラは、色んな音楽に触れたり……みんなと一緒にいることが、幸せだって感じる」
「そうです」
 フローネが言った。
「あなたのやっていることは、ココロから逃げる事」
「怖くて怖くて……モザイクの殻に隠れるしかできなかったんだね……」
 レムが続けた。
「でもそれじゃ、ダメなんだ。辛い事、無力さを感じる事、打ちのめされても、自分にできる事をやらないと……」
「確かに、失われるものはあるさ」
 アトリが言った。
「それはきっと、避けられない。でも、それに怯えて手を伸ばさないのは、違う」
「俺には夢がない。地獄化したからな」
 宗嗣が言う。
「夢だけじゃない、多くの物を失った……でも、こうして、友人の為に、今ここに立っている。そう言う事なんだろう」
「ぼくも……まぁ、色々あるけれど」
 周が苦笑しつつ、言った。
「キミの主張は受け入れがたい……かな」
「リディお姉ちゃんは、いーっぱい幸せをふりまいてきて、色んな人を幸せにしてきたのです~」
 リィンが言った。
「ボクだって、リディお姉ちゃんと一緒にいると、幸せなのです~。だから、一人がいい、何もいらないなんて、きっと、間違ってるのです~!」
 仲間たちの言葉。
 ああ。
 やっぱりそうだ。
 一人がいいなんて、きっと嘘だ。
 いつか失われるかもしれない。
 それは怖い。とても。
 でも。
 今私は、こんなに幸せじゃないか――。
 ワイルドハントの手に、ケルベロスチェインの鎖が巻き付いた。
 ハピネスグローリー。
 讃えられしは幸福なり。
「あなたの幸せも、きっと一つの形。私は今日、この日の決断を、きっと、長く、永く、悩むと思う」
 リディが言った。
 でも。
 ああ、でも。
「私は、あなたの幸福を――否定する!」
「わからずやもここまでくると――!」
 リディの言葉に、ワイルドハントが叫んだ。
「わからずやはキミだと思うよ」
 周の魔法の詠唱。放たれた光線はワイルドハントへ直撃し、その動きはまるで石化したかのように鈍くなる。
「いい加減にしなさいよね!」
 フローラが放つ轟竜の砲弾が、ワイルドハントを吹き飛ばした。
 ふーくんも、力を振り絞り、ケルベロス達を癒すべく奮闘する。
「最後のがんばりなのです~!」
 リィンがオーロラのような光を降り注がせ、仲間たちを癒す。マン号も精一杯祈りをささげる。
「キミを倒して……みんなで無事に帰る!」
 フェアリーブーツ、『アリスのストラップシューズ』の踵を鳴らし、レムが飛んだ。放たれる電光石火の蹴りの一撃。
「何が……あなた達の力になって……!?」
 ワイルドハントの呻き。
「それは、あなたが捨ててしまったものだよ」
 アトリが轟竜の砲弾を撃ち放ち、
「生きてさえいれば……取り戻せるものがあるんだ」
 宗嗣が宵星・黒瘴で鋭い一撃で斬りつける。
 ワイルドハントの身体に大きな傷が開き、たまらずよろめく。
「私は……私は間違ってなんかない……!」
「いいえ……あなたは、ココロを殺してしまったのです」
 アメジストの輝き。シールドより放たれる、フローネの一撃。
「飛んで……みんなの幸せを守るために……っ!」
 リディが叫んだ。
 戦場を、紫揚羽蝶が舞う。
 幸せを運び、幸せを守る蝶が。
 ワイルドハントは蝶の幻惑に晒され、囚われ、その身を消失させていった。
「……どうか最期は、幸せな幻惑(ゆめ)を」
 リディの呟き。
 ワイルドハントの身体が、完全に消えると同時に。
 あたりの景色が一変した。
 山中に廃棄された、廃墟のホテル。その、大きな一室。
 壊れた家具。倒れた椅子。それは、絶対幸福圏という夢の後。
 ケルベロス達は現実へと帰還した。
 それは、戦いの勝利を意味していた。

「疲れたのです……」
 と、ふらふらとリディへと近づいてきたリィンが、そう言って、リディに抱き着く。
 そのまま、すぅすぅと、寝息を立てて、眠ってしまった。
「終わったね。お疲れ様」
 周が言った。
 リディは頷くと、リィンを優しく抱きしめた。
 誰かの幸せを否定した。
 それは事実だ。
 それが正しかったのか、間違っていたのか。
 答えはまだでない。
 悩み続けるのだろう。
 探し続けるのだろう。
 だが、今のリディは、多くの仲間たちに囲まれて。
 確かに、幸せであったのだ。

 濁流の中に消えた幸福を名乗る世界……。
 その世界での戦いは、ケルベロス達の勝利で幕を閉じた。

作者:洗井落雲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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