創世濁流撃破作戦~虚鋼のオートマタ

作者:朱乃天

 ハロウィンで賑わいを見せるその裏側で、一つの黒い意志が闇の中で渦巻いていた。
 そこはコンクリートの塊と化した廃虚ビル。その中は、空間を切り崩したように歪められた異質な世界。モザイクに覆われた奇怪な領域内で、『何か』が不気味に蠢いた。
「……これが、ハロウィンの魔力。この力があれば、私のワイルドスペースは濁流となり、世界を覆い尽くすことすら可能にも……」
 『ソレ』は女性の姿を模した異形。傷んだ戦闘スーツを身に纏い、力無く撓垂れている上半身を揺らめかせ、虚ろな瞳を薄ら開ける。
「ケルベロスという者が、ワイルドスペースをいくつも潰しているという話らしいけど……取るに足らない存在ね。あの『オネイロス』を増援として派遣してくれた『王子様』の為にも、必ずやこの『創世濁流』作戦を成功させてみせるわよ」
 『彼女』の虚空を見つめる双眸が赤く輝いて、口角を吊り上げながらニタリと笑い、狩りの時間を今や遅しと待ち望むのだった。

 ハロウィンの余韻が覚めやらぬ中、慌ただしくヘリポートに招集されるケルベロス達。
 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)が伝える予知の内容は、緊急事態というべき一大事件の発生だ。
 ドリームイーター最高戦力であるジグラットゼクスの『王子様』。彼が六本木で回収したハロウィンの魔力を使って、恐るべき作戦を開始したようである。
「その作戦名は『創世濁流』――どうやら日本全土をワイルドスペースで覆い尽くすつもりらしいんだ」
 現時点で日本中に点在するワイルドスペースに、ハロウィンの魔力が注ぎ込まれて、急激に膨張し始めている。
 もしこのまま膨張を続けた場合、近隣のワイルドスペースと衝突し、爆発と共に合体して更に急膨張。最終的には、日本全土を一つのワイルドスペースで覆い尽くされてしまう。
 だが幸いにも、これまでのケルベロスの活躍によって、隠されていたワイルドスペースの多くが既に消滅されている。従ってハロウィンの魔力といえども、すぐに日本をワイルドスペース化するまでの力はないと考えて良い。
「そこでキミ達には、これから急膨張を開始したワイルドスペースに向かってもらい、内部に居るワイルドハントの撃破をお願いしたいんだ」
 戦場となるワイルドスペースは、廃虚と化したビルの屋上だ。内部は今までと同じく特殊な空間が広がっているが、戦闘を行う分には何ら支障はない。
 今回戦うワイルドハントは、アリス・ケイン(機械仕掛けのお手伝いさん・e00375)の暴走した姿を模している。
 この敵は光で生成された剣を振るい、胸部の発射口から光線を放ったり、全身から電撃波を広範囲に拡散するなどして攻撃を繰り出してくる。

 更に今回は、『オネイロス』という組織からの援軍が派遣されているという。
 オネイロスの援軍は『トランプの兵士のようなドリームイーター』で、詳しい戦闘力は未だ分かっていない。
 援軍は一体のみだが、ワイルドハントと同時に戦うことになる為、おそらく苦戦は必至となりそうだ。
 ただし、オネイロスはワイルドハントを倒せば、ワイルドスペースの消滅と共に撤退するので、まず優先すべきはワイルドハントの撃破ということになる。
 また、特に重要と思われるワイルドスペースは、オネイロスの幹部らしき強力なドリームイーターが護衛として現れる可能性もある。
 幹部はかなりの強敵ではあるが、今回の作戦の中核戦力ともいえる彼等を撃破できたとなれば、今後の作戦を有利に展開できるかもしれない。
 仮に幹部と遭遇した場合、幹部の撃破を狙うのか、或いはワイルドスペースの破壊を優先するのか、意思を統一しておくことも重要だ。
 特にオネイロスの幹部は高い戦闘力を誇る為、中途半端な作戦ではどちらの撃破も叶わず敗退する危険もある為、万全を期した戦い方が望まれるだろう。
 日本全土をワイルドスペースの洪水で覆い尽くすというドリームイーターの作戦は、確かに脅威と言わざるを得ない。
 しかしこの作戦を阻止できたなら、敵の計画にも狂いが生じることは間違いない。
「今度も一筋縄では行かなさそうだけど、そう何度も好き勝手な真似をさせるわけにもいかないからね」
 敵も本気で攻めてくる以上、この任務は厳しい戦いとなる。それでもシュリがケルベロス達に寄せる信頼感は、絶対的に揺るがない。
 戦地に赴く彼等の背中を頼もしそうに見送りながら、今回も必ず成し遂げてくれると、心の中で無事を祈った。


参加者
アリス・ケイン(機械仕掛けのお手伝いさん・e00375)
周防・碧生(ハーミット・e02227)
ヴィンセント・ヴォルフ(銀灰の隠者・e11266)
十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)
祝部・桜(玉依姫・e26894)
藍凛・カノン(過ぎし日の回顧・e28635)
人首・ツグミ(絶対正義・e37943)

■リプレイ

●ハロウィンの狂宴
 日本全土をワイルドスペースで覆い尽さんとする『創世濁流』――ドリームイーター達の恐るべき計画を阻止すべく、ケルベロス達は急遽現場に駆け付ける。
 そこは廃墟と化したビルである。所々が罅割れたり崩れかけていて。無機質なコンクリートの建物は、液体のような空間に包まれているせいか、形が歪められたような異質な世界を創り出していた。
 月明かりに照らされるその光景は、まるで水底に沈んだ遺跡のようにも思えたが。彼等はワイルドハントの待つ屋上目指し、脇目も振らず階段を駆け上がっていく。
 そして屋上に辿り着き、ケルベロス達が敵の姿を捕捉する。そこで待ち受けていたのは、標的であるワイルドハントと、トランプの兵士のようなオネイロスの援軍だ。
「……見れば見るほど、私に限りなく近いですね。もちろん、外見だけの話ですが」
 自身が暴走した姿のワイルドハントと対面したアリス・ケイン(機械仕掛けのお手伝いさん・e00375)は、一瞬驚き息を飲み込むが、中身は別物だと悟って冷静に分析をする。
「ふむ。暴走した姿と聞くと、なんぞドッペルゲンガーのようで、なんとも言えんのぉ」
 藍凛・カノン(過ぎし日の回顧・e28635)は対峙し合うアリスとワイルドハントを見比べて、目の前に同じような姿があるということに、複雑な思いを覗かせる。
 しかし外見はどうであれ、討つべき敵であることには変わりない。援軍も幹部であろうがなかろうが、彼等は迷うことなくその覚悟を決めていた。
「俺達を真似た仮装もそこまでだ――さあ、俺と戦りあおうぜ」
 グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)が螺旋の力を篭めながら、声を張り上げ合図を告げる咆哮を轟かせ、戦いの幕が切って落とされる。
 狼の如きその咆哮は、モザイクの空間をも裂く旋風となってワイルドハントを包み込み、耳を劈くような風切り音が鳴り止むことはなく。ワイルドハントは狼の獣人であるグレインに、否が応でも意識を引き寄せられてしまう。
「旧き畏怖を此処に……跪け」
 ヴィンセント・ヴォルフ(銀灰の隠者・e11266)が詠唱せしは、古代語魔法と巫術を組み合わせて編み出した彼独自の秘術。
 全身を巡る魔術回路の赤い呪紋が光を放ち、天より召喚されし漆黒の雷霆が、ワイルドハントを貫くように降り注ぐ。更にはトランプ兵をも巻き込んで、同時に二体の足を怯ませる。
「遠き地より来れ同胞……妾の前に立ち塞がる者に永遠の後悔を味あわせてやるが良い!」
 そこへ今度は十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)がすかさず距離を詰め、闘気を刃に変えて二体の敵を斬り付けて。描いた軌跡は流れるように足元までも縫い付ける。
「逃げる事も立ち向かう事も許さず消え失せよ――同胞怨嗟!」
 呪いの力を宿したうつほの斬撃は、真紅のオーラとなって敵の身体に絡み付く。それは過去に流された同胞の血の怨嗟のようであり、命の渇きを満たすが如く敵の動きを封じ込む。
「さて……牽制はお任せしますから、こちらは援軍狙いに集中しますよーぅ」
 凛々しい軍服姿の人首・ツグミ(絶対正義・e37943)が、飄々とした口調で不敵な笑みを浮かべつつ。ライフル銃の照準を合わせて、援軍のトランプ兵士に銃口を向ける。
 ワイルドハントへの攻撃は、あくまで威嚇程度のみ。ケルベロス達は援軍の撃破を最優先として、この戦いにおける作戦を組み立てていた。
 対するドリームイーターも、援軍までも配備した以上、敗北は許されない状況だ。トランプ兵は魔力を集中し、ケルベロスの捕縛を振り解こうとする。
「そうはさせません。ツグミお姉様、お力添えします」
 それならばと、祝部・桜(玉依姫・e26894)は巫術を用いて御業を降ろし、ツグミに破邪の鎧を纏わせる。
 桜の助力も得、ツグミのライフル銃から発射された光弾は、トランプ兵に纏う力を撃ち砕き、敵の火力を弱らせる。
「……必ず皆で、務めを果たして帰りましょう」
 周防・碧生(ハーミット・e02227)は共に戦う仲間の勇姿を、眼鏡越しに見遣りつつ。不安を押し殺すように拳を握り締め、黒鎖を飛ばしてトランプ兵を締め付ける。
 強敵との対応も視野に入れ、万全の備えで戦いに臨んだケルベロス達。援軍が幹部でなくとも戦力差は敵の方が上手だが、不利は承知の上で敢えて厳しい戦いを挑むのであった。

●虚鋼の世界
「外見を似せただけの偽者に、負けるわけにはいきませんからね。その為にも、私が皆様のことを確り支えます」
 容姿は瓜二つであっても、相手は自分と異なる全く別の存在だ。勝手に自分の姿を模倣する敵に、アリスは憤りを感じながらも、仲間の支援に徹する役割を忘れてはいない。
 周囲にドローンの群れを展開し、敵の攻撃を迎え撃つべく、仲間の護りに当たらせる。
「……小賢しいケルベロス共。我等の計画の邪魔をするというなら、排除するまでよ」
 見た目はアリスと同じだが、ワイルドハントが纏う雰囲気は、正しく異形のソレである。糸が切れた人形のように、上半身が力無く撓垂れていて。ニタリと笑った不気味な表情は、悍ましい狂気の沙汰を感じさせられる。
 ワイルドハントの手の中に、光が収束されて剣の形を成していく。口元を吊り上げながら殺意を漲らせ、ワイルドハントが光の剣を振り翳す。その標的は眼前に立つグレインだ。
「そっちこそ、ハロウィンはもう仕舞いだぜ。俺達は、日常の時間を取り戻すまでだ」
 だが彼女を引き付けるのは想定通りだと。グレインの全身から螺旋が溢れ出し、幻のように揺らぐ影となる。そして星の力を宿した剣を盾にして、敵の放った一撃を逸らすようにして受け流す。
「ワイルドハントの方は頼むのじゃ。それまでに、吾輩達は早くこのトランプ兵を倒さねばのぉ」
 同時に二体を相手にするのは予定の内だ。だからこそ、守り手の消耗が少ない今の間に、トランプ兵を仕留めておかなくてはならない。
 カノンは大きな槌を担いで大砲のように取り回し、魔力を充填させて狙いを定め、竜が猛るが如く轟然たる砲撃を放つ。
「妾も続かせてもらうのじゃ。お主等の思うようには決してさせぬ」
 うつほにとって今回の作戦は、過去にない程最も困難な戦いである。それ故に、幾許かの不安も抱えていたが。隣り合って戦うカノンがとても頼もしく、彼から勇気を分けてもらったような気さえした。
 そして共に無事に戻れるようにと、胸元に手を当てながら願いつつ。縛霊手に力を込めてトランプ兵を殴打して、霊力の網を広げて敵の動きを抑え込む。
「このまま手を緩めずに、一気に攻める」
 ここは火力を集めて押し切るのが最善策と、ヴィンセントも攻撃を重ね合わせて攻め立てる。全身にオウガメタルの鎧を纏い、鬼気を宿した鋼の拳を大きく振り上げ叩き込む。
「人の姿や夢の力を、これ以上好きにはさせません」
 他人の夢を喰らい続けるドリームイーター達の力の源が、想像力であるのなら。自分達も同じように勝利を想い描いて、それを力の糧としよう。
 碧生は夢喰い達に負けじと強く念じて、唱えた呪文は光の矢となり一直線にトランプ兵を撃ち抜いて。古代の呪詛が錘のように圧し掛かり、敵の身体を蝕んでいく。
 ケルベロス達の怒涛の波状攻撃により、トランプ兵は瞬く間に追い詰められる。それでもせめて一矢を報いようと槍を突き出すが、ライドキャリバーのノラ号によってその攻撃は防がれてしまう。
「かあさん かえらぬ さみしいな。金魚をいっぴき 突き殺す」
 桜の口から紡がれる、稚児じみた聲のわらべうた。謡に合わせて昏き底より呼び寄せたのは、奇怪な異貌の鬼の影。
「まだまだ かえらぬ くやしいな。金魚を二匹 絞め殺す――」
 謡に秘められしは、無邪気な心の中に潜む残虐性。伸ばされた鬼の手がトランプ兵を掴み取り、身体を捩って引き千切ろうとする。その全ては桜が視せる悪夢の世界、トランプ兵が力潰えるまで醒めることはない――。
「あなたの全て。余さず残さず有効利用してあげますよーぅ♪」
 瀕死の状態にあるトランプ兵に、ツグミは最後を告げるように右手を翳す。
 鹵獲術士と降魔拳士の力を融合させた秘技――ツグミが力を発動させると、空間に歪みが生じて渦を巻き。トランプ兵を形成しているあらゆるモノを、砕いて潰して喰らい尽くす。
 夢の力を失くした夢の世界の住人は、遂に力尽き果て消滅し――ケルベロス達は先ず援軍の一体を撃破する。
「これで残るはワイルドハントだけですね。今一度、気を引き締めて参りましょう」
 アリスの指に嵌めたリングが眩しく輝いて、煌めく光の盾となり。仲間に加護の力を付与させて、一旦態勢の立て直しを図る。
 援軍撃破に主眼を置いた作戦方針は、功を奏して結束力を強めることにも繋がって。被害を最小限に食い止めて、後は残るワイルドハントの撃破に全力を注ぎ込むのみである。

●宴の終焉
 トランプ兵を倒し終えるまで、ワイルドハントの引き付け役を担っていたグレインだったが。漸く肩の荷が下りたと言わんばかりに笑みを零し、手にした剣に降魔の力を纏わせて、ワイルドハントに斬りかかる。
「トランプは得手ってわけじゃねえが、この勝負は勝ちにいかせてもらうぜ」
 刃はワイルドハントの肩を斬り裂き、傷口から生気を啜り喰らう。消耗した活力を取り戻したグレインは、再び力を滾らせ、次に備えて剣を身構える。
「無粋な邪魔者は排除した。今度はそちらの番じゃのぅ」
 凛然とした声を響かせて、うつほが眼光鋭く凝視しながらワイルドハントに立ち向かう。
 唇から紡がれる唱を媒介に、うつほの巫術が顕現させた御業は巨大な腕と化し、ワイルドハントを鷲掴みにする。
 そんな彼女の奮闘ぶりに、カノンは心強さを感じつつ。せめてこの場は彼女の力になれるよう、魔力を注いだ分銅鎖を自在に操り、ワイルドハントに巻き付け逃さぬように絡め取る。
「余り抵抗されても困るしのぉ? 暫く大人しくしてもらうのじゃ」
 敵の動きを鈍らせながら、機を見出そうとするケルベロス達。彼等の決意と揺るがぬ信念が、困難とも言える戦況を押し返し、形勢は次第に彼等の方へと傾いていく。
「宴の時間はここまでだ。そろそろ眠りに就いてもらおうか」
 風を纏うようにヴィンセントが疾走し、惨殺ナイフを片手に間合いを詰めて。稲妻状の刃を振るってワイルドハントを斬り刻む。
「グッ……!? よもやこれほどまでとは……でも調子に乗るのもここまでね。ハロウィンの魔力によって得たこの力、思い知らせてあげるわよ!」
 再び距離を保とうとするヴィンセントに対し、ワイルドハントが胸の発射口を開いて力を溜めて、光線を放って狙い撃つ。
 回避を試みようとするも間に合わず、光の奔流がヴィンセント目掛けて迫り来る。しかしその時――彼の目の前に、一つの影が躍り出る。
「ここは桜がこの身に代えてでも、必ずお守りしてみせます!」
 ヴィンセントを遮るように桜が咄嗟に割り込んで、光線を一身に浴びて受け止める。だがその威力に押され、跪きそうになるものの。彼に心配だけはさせまいと、気合を奮い立たせてこの攻撃を耐え抜いたのだった。
「リアン、急いで彼女に回復を!」
 碧生の命に従者の小竜は即座に反応し、桜に力を分け与えて傷を治療する。そして碧生はワイルドハントに隙を与えぬよう、勝負を賭けて攻勢に出る。
 何れ降りかかるだろう大きな厄災、それでも禍の芽は少しでも摘み取っておいた方がいい――先ずは元凶たる不吉な化身と領域を砕くべく、月光を背にしながら魔力を高めて練り上げる。
「後は夢幻と消えて頂きましょう――我が敵を、捕らえよ」
 月明かりに照らされて伸びる影。碧生の足元から何かが蠢き起き上がり、それは狼の姿に創り変えられていく。影から生まれた狼は、月に向かって遠吠えし、獲物のワイルドハントに飛び掛かって牙を突き立てる。
 碧生の魔術が繰り出す一撃は、ワイルドハントを闇に引き摺り込んで深手を負わせ、勝利の流れを引き寄せる。
「もう余力も残ってないみたいだし、このまま一気に畳み掛けちゃいましょうかねーぇ」
 訪れた好機を逃しはしまいと、ツグミが薄く微笑みながら銃を突き付ける。敵を見据える彼女の瞳が冷たく光り、躊躇うことなくトリガーを引き、光線がワイルドハントの胸を容赦なく穿つ。
 直撃を受けたワイルドハントの身体が一瞬痙攣し、上体が傾きかけるが、最後の足掻きを見せるように踏み止まっている。それなら後は彼女に託そうと、ツグミはアリスに促すように視線を送る。
 決着を付けるなら、自分自身の手で――。
 模倣していただけの存在とは言え、同じ姿形をしていたのは何かの因縁かもしれない。
 アリスは既視感にも似た不思議な気持ちを抱きつつ、これで全てを終わらせようと、残った力を出し惜しむことなく行使する。
「ターゲットを現在位置に固定、速やかに排除を……!」
 全身に仕込んだ武器を解き放ち、一斉に撃ち込む集中砲火。膨大な熱量からなる攻撃に、ワイルドハントは呆然と立ち尽くしたまま、抗う力ももはやなく。激しい爆発音に断末魔の叫びも掻き消され、最期は灰燼と化して儚く燃え尽きた――。

 援軍とワイルドハントの二体を見事に討ち倒し、廃ビルを包み込んでいたワイルドスペースも、霧が晴れるように消えて無くなった。
 戦闘中の張り詰めていた緊張感も徐々に薄らいで。ケルベロス達は胸を撫で下ろして安堵の息を吐きながら、束の間の勝利の余韻に浸るのだった。
「ふう……とにかくこれで一件落着みたいじゃな」
 今宵の月と似たような、うつほの金色の瞳の中には、カノンの姿が映り込む。
 初めて出会った頃から、親近感を抱いていたが。だから余計に気になるのかもしれない。
 この難局を無事に乗り越えられたのも、彼が隣にいてくれたから――。
 そんな風に思い耽っていた時に、不意に彼が振り向き互いに目が合って。二人は自然と微笑み交わし、暫しの間見つめ合う。
 カノンにとって彼女は、自分が落ち着くことのできる存在で。その笑顔を守れたことが何より嬉しくて。こうしていつも傍にいてくれたらと、心の奥で仄かな想いを呟いた。
 ――戦いの疲れを癒すかのように、穏やかな風が静まり返った廃虚の中を吹き抜ける。
 桜の黒髪に映える白地のリボンが、風に靡いて揺らめいて。
 少女は瞼を閉じながら、優しい風に想いを乗せて。世界で一番大切な彼、ヴィンセントに身を委ねるように寄り添い合う。
 そして二人の手が触れ合い、互いに嵌めた揃いの指輪の刻印が、片割れを探すように重なり四葉となって合わさった。
 それはこれから先も補い合って、共に在ろうと誓った絆の証。
 互いの身を案じ、もう決して離さぬようにと、想いを強く握り締め。掌から伝わる温もりに、二人は安らぎ覚え、間近に感じる生を噛み締めるのだった。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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