創世濁流撃破作戦~蛇の眼差し

作者:地斬理々亜

●蛇の決意
 モザイクに覆われた領域、ワイルドスペース。
 その内部にいるのは、蛇のような西洋竜の姿をした、1体のワイルドハントだった。体表が、まるで水面のように、きらめいている。
「これが、ハロウィンの魔力……。この力さえあれば。ワタシのワイルドスペースは、濁流になることでしょう。世界を覆うことさえ、できるでしょうね」
 ワイルドハントは顔を上げる。金色の瞳が虚空を見つめた。
「ケルベロスとやらがワイルドスペースをいくつも潰しているという話ですが……恐れる必要はありませんね。あの『オネイロス』を増援として派遣してくれた、『王子様』のためにも……必ず、この『創世濁流』作戦を成功させてみせます」
 爛々と輝く眼。ワイルドハントのその言葉には、強い決意が宿っていた。

●ヘリオライダーは語る
「皆さん、ハロウィンのイベントが終わったばかりですが、緊急事態です!」
  白日・牡丹(自己肯定のヘリオライダー・en0151)は言う。
「ドリームイーターの最高戦力、ジグラットゼクスの『王子様』が、六本木で回収したハロウィンの魔力を使い、日本全土をワイルドスペースで覆い尽くす『創世濁流』という、恐るべき作戦を始めたんです。現在、日本各地に点在するワイルドスペースにハロウィンの魔力が注ぎ込まれており、急激に膨張し始めています。このままでは、近隣のワイルドスペースとぶつかり合い、爆発、合体、さらなる急膨張が起き……最終的には、日本全土が一つのワイルドスペースで覆い尽くされてしまいます」
 一度、呼吸を整えてから、牡丹は続ける。
「ですが、幸い、皆さんが、隠されていたワイルドスペースの多くを消滅させてくださっていたおかげで、日本のワイルドスペース化までまだ時間があります。至急、急膨張を開始したワイルドスペースに向かい、内部のワイルドハントを撃破してください」
 牡丹は説明を続ける。
 彼女によれば、戦闘が行われるのは特殊な空間だが、戦いに支障はないという。
「ワイルドハントのポジションはクラッシャーです。金色の目から放つ石化光線、前脚の鋭い爪による引っ掻きの2種類の攻撃の他、翼を羽ばたかせ、涼やかな風を起こすヒールも用います」
 それと、と牡丹は付け加える。
「『オネイロス』という組織からの援軍が1体、派遣されているようです。詳しい戦闘力は不明ですが、ワイルドハントと同時に戦うことになります。苦戦は覚悟しておいてください」
 先にワイルドハントを撃破すれば、ワイルドスペースは消滅する。オネイロスの援軍は撤退することになる。
 逆に、オネイロスの援軍を先に撃破した場合は、ワイルドスペースが維持され、ワイルドハントと続けて戦うことができるが、勝てなければワイルドスペースの破壊が達成できなくなるだろう。
「また、特に重要と思われるワイルドスペースには、オネイロスの幹部と思われる強力なドリームイーターが護衛として現れる可能性があります。幹部は強敵ですが、撃破できれば今後の作戦が有利に運べるかもしれません。もし幹部と遭遇したらどうするか……つまり、幹部の撃破を狙うのか、ワイルドスペースの破壊を優先するか、意思を統一しておくことも重要だと思われます」
 中途半端な作戦だと、どちらも撃破できずに敗退ということもあり得るだろう。
「日本全土をワイルドスペース化させるなんていう恐ろしい作戦、絶対に遂行させるわけにはいきません。どうか……どうか、よろしくお願いします!」
 牡丹は祈るように手を組み、ケルベロス達への言葉を締めくくった。


参加者
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)
ラーナ・ユイロトス(蓮上の雨蛙・e02112)
槙野・清登(棚晒しのライダー・e03074)
円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)
日月・降夜(アキレス俊足・e18747)
ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)
如月・環(プライドバウト・e29408)
雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)

■リプレイ

●特殊空間突入
「ワイルドスペース、って、こんな、なんだ、ねー……」
 モザイクに包まれている、周囲の風景。それを、平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)は物珍しげに、きょろきょろと見回していた。
(「日本を、ワイルドスペース、で、覆って、何する、つもりか、知らない、けど。……どうせ、ろくなことに、ならない、の。叩き、返して、やる、の……!」)
 和は、ぐっと力強く拳を固める。
「せっかくハロウィンの大攻勢をしのいだのに……少しは自重しなさいな、ドリームイーターども……!」
 前方へ進みながら、円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)は苛立たしげに呟く。
 一方、槙野・清登(棚晒しのライダー・e03074)は、ドリームイーター、中でもワイルドハントというものに、思いを馳せていた。
(「ドリームイーター……埋められない欠落を埋めようと、他者から奪いながら、決して充たされることはない。姿形まで他者を模倣する存在の、その根底にあるのは何なのだろうか?」)
 だが、と、清登は前を向く。
(「人の心を利用するやり口は見過ごせるものではない。遠慮なく噛み砕かせてもらおう!」)
 燃え盛るような決意を胸に、彼もまた前進を続ける。
 やがて、蛇のような、西洋竜の外見をしたドリームイーターの姿が、遠方に見えてきた。
「なるほど、実際目にすると不快ここに極まれりです」
 ワイルドハントの姿、その本来の主である、ラーナ・ユイロトス(蓮上の雨蛙・e02112)は口にした。
「その姿の意味を知らないのでしょうけれど、仮に知っていたとしても……気ぃくわんわ、ほんま」
 表情こそ笑っているように見えるものの、言葉は如実に彼女の内心を表している。
「さて、参りますよ」
 迷うことなくラーナはワイルドハントに接近。他のケルベロス達も続いた。
「おや、来たのですか。ケルベロス」
 ワイルドハントの冷ややかな声。金色の双眸が、ゆっくりとケルベロス達を見た。
「止まるわけにはいかないんでね」
 飄々とワイルドハントに返す、日月・降夜(アキレス俊足・e18747)。
 対して、如月・環(プライドバウト・e29408)は、決心を言葉に乗せた。
「流石にふざけてらんねーぞシハン、俺達で皆を限界まで護るッスよ!」
 相棒たるウイングキャットが、環に頷きを返す。
「さて、異形の存在よ。覚悟するといい」
「覚悟? 面白いことを言いますね」
 ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)の発言にも、ワイルドハントは余裕のある態度を崩さない。
 ペルは、ワイルドハントの傍に立つトランプ兵にちらりと視線をやった。
「援軍が来るくらいで慢心するとはな。クク……まぁその方が隙があって、我としては好都合だが」
 外套の奥から笑い声を漏らすペル。
「モザイクなんて蹴散らして、全員無事に帰りましょう!」
 雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)は、はっきりと声を上げた。
 ケルベロス全員の想いを代弁するであろう、その言の葉が、戦いの皮切りとなった。

●火蓋は切られた
 ラーナ目掛けて、ワイルドハントの水色の爪が振るわれる。それを庇って身代わりに受けたのは、降夜。ざっくりと彼の胸元が深く切り裂かれた。
「これまた、鮮やかな色だな……」
「ええ。それにアナタの血の赤も、鮮やかですよ」
 降夜の呟きに、ワイルドハントは微笑んだように見えた。
 オネイロスの援軍たるトランプ兵は、弓に矢をつがえ、放つ。矢は、ペルの体に突き立った。
「なるほど。どうやら幹部ではなさそうだが、この威力はおそらく……」
「クラッシャーだな。皆、援軍の攻撃にも気を付けるんだ」
 ペルは冷静に分析し、降夜が仲間に情報を共有する。それから2人は、ワイルドハントへと、足止めの効果を持つ一撃をそれぞれ撃ち込んだ。
 ラーナが手に持つのは、『ルドラの子供達』と『黒雲』、2本のライトニングロッド。それらを使って、ラーナは莫大な雷をワイルドハントの体内へと流し込む。
「いっく、ぞー……! てや、やー……!」
 和は子供っぽく手足をぱたぱたさせながら、全身の装甲からオウガ粒子を放出し、前衛へ送っていく。
「ボンバーッ!」
 さらに、前衛のケルベロス達の背後で爆風が起きた。環のブレイブマインである。士気を高める、色とりどりの爆発だ。加えて、シハンが羽ばたいて前衛へと清浄な風を送る。
「優越感のアリスを知っているかしら?」
 キアリはトランプ兵に言葉を投げてみるが、反応は皆無だ。
「残念だわ、ダメね」
 軽く首を横に振って、キアリは星型のオーラをワイルドハントへと蹴り込んだ。オルトロス『アロン』がワイルドハントへと飛び掛かり、咥えた神器の剣で切り裂いて追い打ちをかける。
「しゃべってエンジェル、起動ッ!」
 清登は、改造スマートフォンに話しかけて、『音声検索(レディ・ナビゲーション)』を起動。戦闘に役立つ情報を素早く検索して、前衛の仲間達の頭の中へと、天使のキャラつきで送り込んだ。
「頼んだ、相棒!」
 続いて清登は、ライドキャリバー『雷火』に声をかける。応じるようにエンジン音を鳴らした雷火は、ガトリング砲の砲口をワイルドハントとトランプ兵へ向けて、掃射した。
「後ろは任せてください。……だから、立ち止まらないで!」
 しずくは、百戦百識陣によって破魔の力を前衛へと与えながら、叫んだ。
 まだ始まったばかりのこの戦いが、仲間達の勝利で終わることを願って。

●こんなこともある
 続いた戦闘の只中において。
「見切りましたよ」
 ワイルドハントが静かに言い、身をくねらせラーナの攻撃を回避した。
 ラーナは同じグラビティの連続使用こそ避けていたものの、主力として用いるグラビティが理力のものに偏ってしまっていたのだ。
 それでもなお、ケルベロス達はひるむことなく、ワイルドハントに概ね集中する形で攻撃を加えていった。
 ワイルドハントに積み重なってゆく負傷。それに危機感を覚えたのか、ワイルドハントはやがて、翼を羽ばたかせて涼やかな風を起こした。
 即座にペルが、音速の拳を打ち込む。だが、ワイルドハントが得た耐性は解除されない。
 直前に轟竜砲を使った降夜は、見切られないよう、ハウリングフィストではなく旋刃脚をワイルドハントへ鋭く叩き込むことを選んだ。
「ならば、こうですね」
 ラーナは、自らの手足の爪を硬化させる。ワイルドハントと同様の水色に変化したその爪は、次の瞬間、超高速でワイルドハントを貫いた。ワイルドハントが涼やかな風によって得た護りは、破れた。
「次はわたしが行くわ!」
 キアリが駆け出し……ワイルドハントの手前で、一瞬立ち止まった。
「……いかに正体はドリームイーター、写し取っているのは暴走した時の姿とはいえ……一緒に戦っているケルベロスの姿をしたものの、あの場所を、本人の目の前で蹴り上げるのは、こう……気まずいのよ!!」
 キアリのその言葉と、グラビティ名、『Nutcracker(ナッツクラッカー)』から、色々と察するケルベロスもいたかもしれない。
 ラーナは女性なので、ワイルドハントにもナッツはないはずだが、それはそれで気まずいのは確かである。
「とはいえ、躊躇してばかりもいられないわ……勢いを付け、スピードを乗せ、破壊力を補助する感じで……うんっ」
 かくして、キアリの容赦なき蹴りは、ワイルドハントの急所にクリーンヒットしたのであった。

●結末はいかに
 笑っていられる余裕のある状況がいつまでも続いたわけでは、ない。
「猫の分際でちょこまかと……」
 ワイルドハントが、シハンを狙って、金の眼から光線を放つ。それを受けたシハンは、身をこわばらせ、ばったりと倒れた。ケルベロスを庇い既に傷を負っていた身では、耐えきることができなかったのだ。
「シハン!」
 思わず環は抱き上げる。シハンはゆっくりと目を閉じ、その姿は薄れて、環の腕の中で消滅した。
 トランプ兵の牽制に集中していた和が、ワイルドハントを見た。
「やって、くれた、ねー……お返し、なのー……! 目、には、目、をー……! いまー、渾身、の、目からビーム!」
 ちゅどーん、と、漫画のような効果音と共に、トランプ兵もろとも、ワイルドハントはビームで薙ぎ払われた。この『目からビーム』、実は御業から出されている。
「このような陳腐な攻撃……」
 言いかけたワイルドハントは、自身を取り巻く炎に気づいた。
「おのれ、おのれ、ケルベロス」
 悔しそうな声を漏らすワイルドハント。
 そこへさらなる攻撃を仕掛けて、相棒の仇討ちをしたい気持ちを、環はぐっとこらえた。
「……カードオープンッ、俺が選ぶは炎の符ッ! 命の炎よ、冷たき傷を溶かし癒せッ!」
 『戦陣術符 ―鳳命炎―』。猛る炎の絵柄が描かれたカード、その力を環は具現化する。熱き生命力を宿す火炎は、繰り返し仲間を庇っていた降夜の傷を包み、癒した。
 清登もまた、真に自由なる者のオーラによって、回復支援に努める。彼としずく、強力なヒールを用いる2人のメディックこそが、クラッシャー2体を相手どってなお簡単には崩壊しない戦線、それを支える陰の立役者と言えた。
 また、アロンや雷火らサーヴァント達が、地道な攻撃をワイルドハントに続けている。ワイルドハントの表情が、わずかに歪んだ。
「……っ、まだです。次は、アナタです」
 ワイルドハントが振り上げた硬い爪が、ラーナの体を深々と裂いた。さらに、トランプ兵による高威力の矢がしずくを射抜く。
(「これは、我がヒールを……いや」)
 ペルは攻撃を重視すべきと判断し、ファミリアロッドを掲げた。
「ワイルドハントのお前より可愛いネズミが、お前を食らって食物連鎖の上となる……」
 魔力と共に射出された愛らしい小動物が、ワイルドハントに一撃を与える。
「凍り付け」
 降夜が、周囲の熱を奪う『凍(トウ)』で続く。ぱき、と薄氷が張られた。
 凍り付くワイルドハントと対照的に、ラーナは炎に包まれた。地獄の炎による自己回復、インフェルノファクターである。
「キミの、相手は、ボク、なのー……! よそ見、すると、痛い目、みる、のー……!」
 和はトランプ兵の気を引きながら、その足元に溶岩を噴出させる。
「必ず護りきるッス」
「……ありがとうございます」
 環が御業を鎧に変えて、しずくを包む。しずくはそっと礼を言った。
「きっともうすぐ倒せるわ。皆、頑張るのよ!」
 星のオーラを伴って、キアリがワイルドハントの胴体に蹴りを放つ。アロンは刃を振るって、ワイルドハントの鱗を裂いた。
「しずくさんも言った通りに、俺達は全員無事で帰るッ!」
 清登が宣言し放出した、温かな癒しのオーラが、しずくを取り巻く。
 雷火が炎を纏ってワイルドハントに突撃する中、しずくはワイルドハント達を見据えて言った。
「あなた達が作った傷も、ぜんぶ私が癒します。……そう、まるで夢みたいに」
 しずくの体が、限りなく透明な、水のような物質に変わりゆく。そのままラーナに近寄ると、優しく包み込んだ。
「今見えているものは、全部『まぼろし』……ですよ?」
 『Catharsis(ユメノアト)』。ラーナの傷が癒されてゆく、あたかも儚い幻想のように。
「足掻いても無駄です――」
「させないッスよッ!」
 ワイルドハントがラーナへと放った光線を、環が身代わりに浴びる。石のように重くなった体に膝を折りかけるも、環は気力で耐えた。――魂が、肉体を凌駕した。
 トランプ兵による和への一矢は、放たれず終わる。パラライズが発動したのだ。
「あまり動いてくれるなよ。大人しくさせてやろう……視界を灼き、白き光景を刻み、瞬間に砕けろ」
 『白く眩い雷光の災拳(ホワイトショック)』。強力な白雷を宿したペルの拳がワイルドハントにぶつけられた。激しいスパーク音が響く。
「あ、ああ」
 もはや意味をなさない言葉を発したワイルドハントへと、降夜の脚が、鋭く、貫くように撃ち込まれる。
「さあ、引導を」
 着地した降夜はラーナに視線を送る。
 ラーナは無言でゆっくり頷くと、ワイルドハントの前へ。
 『B・B・B・A・右・右・左(ケリヲツケマショウカ)』。うろ覚えのコマンドから、テキトーながらに力の籠った足技を、ラーナは繰り出した。
 重い蹴りは、ワイルドハントの胴体に深くめり込む。
 ラーナがわずかに開いた瞳は、ワイルドハントと同じ金色をしていた。
「ほな、さいなら」
 微笑と共に、ラーナはワイルドハントに別れを告げる。
 どう、と音を立てて地面に崩れ落ちたワイルドハントは、霧散してゆく。
 同時にワイルドスペースは消滅し始め、トランプ兵は素早く立ち去る。
 それは、作戦の成功、ケルベロス達の勝利を意味していた。
 全員で、無事に帰る――その誓いは、果たされたのだ。

作者:地斬理々亜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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