●赤の選定
「いやはや、人の尻拭いでこんな時間になってしまうとは」
スーツ姿の男が、薄暗い路地を歩きながら文句を零す。
その身なりや装飾品から、男がそれなりの企業でそれなりの報酬を貰う、いわゆるエリートな会社員であろうことが伺えた。
「やはり優秀な私が先頭に立たなければ、仕事は回らない。ああ、能力が高すぎるのも考えものかもしれないな」
「――そんなことないの」
不意に声が聞こえて、足を止める男。
暗がりからは踊り子かと思うような女が現れて、値踏みするような視線を向ける。
「賢くて仕事が出来るのはいいことなの。男は、やっぱりそうであるべきだよ……だから」
何だ、と問う前に、男の身体が炎に包まれた。
悲鳴を上げることすらままならず、しかし男の身体は燃え尽きながら膨れ上がっていく。
やがて。
「……ん、やっぱり、エインヘリアルは騎士が似合うの」
炎の中から出てきたものを見て、シャイターン・赤のリチウは満足気に命を下す。
「さぁ、騎士の力を示すんだよ。その双剣が血に塗れたら、迎えに来てあげるから」
●ヘリポートにて
集まったケルベロスたちに向けて、ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)が口を開く。
「クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)さんの懸念が現実のものとなったわ。シャイターン『赤のリチウ』が、またエインヘリアルを生み出したの」
エインヘリアルはグラビティ・チェインが枯渇した状態であり、その補給を狙って一般市民を殺戮しようとしている。
「すぐに現場へ向かって、被害が出る前に撃破してちょうだい」
戦場となるのは、夜の市街地。
「敵はエインヘリアル一体だけれど、街中にはまだ人が多いわ」
「……ヘリオンから降りたらすぐに攻撃をしかけて、敵の注意を引きつけるべきかな?」
口を挟んだフィオナ・シェリオール(地球人の鎧装騎兵・en0203)に、ミィルは頷く。
「ええ。そうすれば、エインヘリアルは逃げる市民の方々よりも、ケルベロスの皆を狙ってくるでしょう。そして一度気を引いてしまえば、逃げたりはしないはずよ。元になった人の性格なのか、何だか妙な自信を持っているようだから」
それから、とミィルは説明を続ける。
「敵の外見は鎧にマントといった、正統派の騎士を思わせるものよ。武器は双剣。恐らく、攻撃的な接近戦を挑んでくるのでしょう」
十分気をつけて戦うようにと、説明は締めくくられた。
参加者 | |
---|---|
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634) |
ガル・フェンリル(螺旋授かりし真紅の狼・e03157) |
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301) |
御影・有理(書院管理人・e14635) |
椿木・旭矢(雷の手指・e22146) |
鉄・冬真(薄氷・e23499) |
クロエ・フォルバッハ(ヴァンデラー・e29053) |
ハートレス・ゼロ(復讐の炎・e29646) |
●参上
街を行き交う人々の足音が絶えて雑踏に空白が生まれた。
その中心には鉄鎧の騎士。頬を朱に染めた中年男が仮装行列には遅すぎると野次った後、相手の巨躯から正体を察して青ざめる。
「度し難いな」
苦々しく吐き捨て、騎士は双剣を抜き放つと一歩踏み出した。風切る刃から溢れた殺意に男が腰を抜かす。
けれども誰一人として助けに寄ることはできない。
あれは怪物。超常の力を振るう侵略者デウスエクス。人の細腕では抗えぬ存在。
彼らと渡り合える者がいるとすれば、それは。
「――ケルベロス参上、だよ!」
夜空に小さな光が幾つか瞬き、つれて女の声が降り注いだ。
人々のみならず騎士さえも天を仰ぐ。夜の漆黒に街の灯りを映すばかりだった瞳には、やがて燃えるような赤毛がなびく。
赤毛は地に降り立つなり飛び跳ねて騎士へと肉薄し、遠吠えの如き叫びを上げながら片腕を突き出した。
「砕け、スーパーメタル・ナックル!」
腕が流体金属に覆われる。騎士は双刃を寝かせて受けの構えを取る。
直後、けたたましい音が鳴って、弾き飛ばされた騎士の巨体がアスファルトを削り取っていく。
対して赤毛――ガル・フェンリル(螺旋授かりし真紅の狼・e03157)は靭やかな身のこなしで後方に何度か転回すると、心通わせたオウガメタル『銀王』で腕を包んだまま唸った。
「がうぅっ……! ……わんわんおー!!」
「……わ、ん……?」
恐怖に竦んでいた男の口から間抜けな疑問符が零れる。
仕方のないことだろう。ほろ酔いを冷ややかな殺意で醒ましてからここまで、瞬く間の出来事。
まして、騎士に殴りかかった狼娘からは威圧より愛嬌を感じられた。尻尾をピンと立てて警戒心を露わにする彼女を見ていても、まだ思考が現実に追いつかない。
故に改めて、フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)が声を張る。
「僕らが引き付けるから、皆さん落ち着いて避難してね!」
静まり返った街中にはマイク越しの呼びかけがよく響く。
空から届いた台詞は彼女のものだったか……などと感心する間もなく、散り散りに逃げ出す人々。しかし彼らが「ケルベロスだ!」「ケルベロスが来てくれたぞ!」と安堵を示すのを聞き、フィーも少しばかり胸を撫で下ろす。
「早く、逃げて」
へたり込んだままの男にはクロエ・フォルバッハ(ヴァンデラー・e29053)が呼びかける。山羊の頭骨を被った彼女の物々しい雰囲気に小さく悲鳴を漏らす男だったが、クロエもケルベロスの一人なのだと解して立ち上がると、礼を述べながら路地裏に駆けていった。
その背を見やって騎士は忌々しげに呟く。
「……群れねば狩りも出来ぬ猟犬風情が」
「そう言わずに。手合せ願うよ、騎士殿」
いつの間にか横合いに詰め寄っていた鉄・冬真(薄氷・e23499)が、平坦な声を浴びせて飛び蹴りを打った。
「人々を手に掛けさせはしない。貴方にはここで眠って貰うよ」
間断なく、御影・有理(書院管理人・e14635)も冬真と挟み込むようにして蹴りを浴びせる。
重力宿す二本の足に叩かれた鎧が僅かに沈む。しかし幾ばくかの自由こそ奪えても膝までは折れず、騎士は太い腕一本で有理を押しのけると勢いそのままに冬真まで叩き落とし、もう一方の腕を鞭のようにしならせた。
剣が閃き、袈裟懸けに襲い来る。避けるには崩れすぎた体勢から、冬真は斬撃に強いジャケットで凌ぐ構えを作る。
そして刃は――目的を達する前に滑り込んできた、漆の籠手によって阻まれる。
「働き盛りが気の毒な話だが……ここは通せん」
上から力の限りに圧してくる剣を堪えて、椿木・旭矢(雷の手指・e22146)は敵を睨めつけた。
「地獄でゆっくり休暇を楽しむんだな」
「ハッ、休んでなどいられるか! これほどの力を与えられて!」
叫びながら、再び腕を振り上げる騎士。
袈裟斬り、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ。息つく暇もない連撃は剣技と呼び難いほどに荒々しく、ついには旭矢の防御を打ち崩して強引に隙を作る。
「貰った!」
「――っ!」
最短距離で突き出される刃が懐を抉り、血が滴り落ちた。
騎士は己を選定した悪女の言葉を脳裏に過ぎらせたか、鉄兜の中にくっくっと笑いを漏らす。その間にも追撃の刃が最上段に構えられる。
しかし振るう直前、何処からか散らされた翡翠色の液体が騎士に攻撃ではなく回避を選ばせた。
赤い外套を翻して飛び退く敵。拍子抜けする旭矢。その足元からは盾のような魔法陣が薄っすらと浮かび上がり、滴るものを傷ごと拭い去っていく。
振り返れば、マイクを榛の杖に持ち替えてしたり顔の赤頭巾。旭矢はフィーの表情に何と答えるべきか逡巡して、ここはモテる男を目指すためにも格好をつけておくべきだろうと、むっつりへの字口のまま敵に向き直り黒鎖を操った。
翡翠の盾が消えて間もなく、鎖で描かれた魔法陣から光が湧き出る。それを浴びればさらに傷が癒えるだけでなく、全身を強固な鉄鎖で守られるような感覚が訪れる。
旭矢は拳を開閉して継戦可能なことを確かめた。その肩を冬真が軽く叩いて「頼りにしている」と囁く。
「任せてくれ、冬真さん」
美人婚約者持ちで知る限り一番のリア充(旭矢談)に頼られる男とは、即ちモテ男なのではなかろうか。
俄然やる気を漲らせる旭矢。そんな彼には目もくれず、槍を手にしたクロエが地を滑るように低く低く駆けた。
「逃がしはしない」
「誰が逃げると!」
ほぼ真下から繰り出された超高速の突き上げを双剣で絡め取り、騎士は力づくでクロエを放り投げて吼える。
「私は選定の誉を受けた騎士! ケルベロス如きに背を向けるものか!」
「……ぺらぺらと、よく喋る」
クロエは宙でぼやき、夜闇に溶けるような翼をはためかせてふわりと地に下りた。
それと同時に、騎士には新たな攻撃が襲いかかる。
「守るべきものも持たぬ騎士か。気に入らん、その傲慢、オレの地獄で焼き尽くす」
淡々と語りながら斬りかかったのは、ハートレス・ゼロ(復讐の炎・e29646)。
駆動式の刃が鉄鎧を捉えて、爪痕を一つ残す。間髪入れずにライドキャリバー・サイレントイレブンが炎を纏って突っ込み、騎士を撥ね飛ばす。
しかし己の言葉で悦に入ったのか、もんどり打った騎士はすぐさま立ち上がると、なお叫ぶ。
「滅ぶのは貴様らだ! この勇猛果敢なる騎士の名を耳に留めながら死んでいくがいい!」
我こそは――。
そう名乗る最中で不意に言葉は途切れて、代わりに響くのは剣戟の音。
「貴様……ッ!」
「悪ぃな。アイサツ前のアンブッシュは一度だけなら許されるって、ニンジャのルールにはあるらしいぜ」
敵を目の前にしても飄々と。木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)が長尺の太刀で競り合いながら軽口を叩く。
「私は忍者ではない! 騎士だ!」
「そうだったな。かくいう俺も、ニンジャじゃなくてな」
「このッ……ええい、貴様のようなふざけた輩、もはや名乗るのも惜しいわ!」
「そうかい? ま、俺も名乗るほどの者じゃないが」
騎士が苛立ちを込めて振るう双剣を態度と同じ軽さでいなして、ケイはニヤリとしつつ機を伺う。
そしてほんの一瞬。見えた隙間に刀をねじ込むと、一息で騎士を斬り抜けてから言った。
「俺はキッド、誰が呼んだか流浪のキッドってな。折角だから覚えて帰ってくれ。あの世に、さ」
●猛攻
「おのれ!」
「しかし長尺の刀で双剣に挑むってぇと、巌流島みたいだな」
憤慨する騎士を余所に、大太刀を一度鞘へと戻して語り続けるケイ。
だが、かの逸話を結末まで思い出してみると……。
「待てよ、それだと俺が負ける側じゃないか。縁起が悪りぃな!」
「あはは。まぁ、鞘捨てなきゃ大丈夫じゃない?」
フィオナ・シェリオール(地球人の鎧装騎兵・en0203)が口を挟みつつ、エクスカリバールを投げた。
棒状武器は宙をくるくると回りながら飛んで、騎士の眼前ではたき落とされた後に紐で回収されていく。
「ええい、どいつもこいつも! 騎士を愚弄するか!」
「お前を騎士とは認めん」
敵の足元に飛び込んで激しくスピンする相棒に続き、ハートレスが再び斬撃を仕掛ける。
「ふん、貴様が何と言おうと私は騎士、選ばれた騎士だ! この双剣こそが証!」
「ならばその力、封じさせてもらう」
双剣と鍔迫り合いを演じる機械剣はそのままに、もう一方の手でバスターライフルの銃口が向けられた。
至近距離からグラビティ中和弾が炸裂して、騎士が吹き飛ばされる。がしゃりと盛大な音を立てて地面に落ちたところを、さらにガルが狙う。
「もう人の心を忘れました、っていうなら、思い出させてあげる……ぶん殴ってね!」
行くよ、銀王! 呼びかけに応じて再度硬化したオウガメタルを武器に飛びかかるガル。
だが、破壊力満点の拳は鉄鎧でなく路面を砕き。既の所で避けた騎士は立ち上がると、なおも続く狼娘の連打を双剣で巧みに受け流していく。
「くくっ、なんだ? じゃれているのか?」
「っ、それなら! ――凍れ、スパイラル・アイシクル!」
固く握られていた拳が開き、そこから全てを氷結させる螺旋の力が放たれた。
騎士の動きが凍りついたように止まり、鎧が白く濁る。
しかし、それも束の間。
「この程度!」
螺旋を抜け出て、敵は両腕を一杯に開いた。
そこから反攻の斬撃が襲い来るのを見て、今度はガルの全身が強張る。
咄嗟に地を蹴ろうとするも遅く。刃が冷たい光を放ちながら迫る。
……けれども。狼の毛皮で作られた神霊の防具は斬り裂かれず。
「ガル、気をつけて」
黒い刃で剣筋を逸らした冬真が、背に狼娘を庇う。
「ちょろちょろと、邪魔をするなッ!」
立ちはだかるのなら倒すまで。二の太刀で冬真の肩口を激しく斬りつける騎士。
だが、細身の青年は苦痛に顔を歪めることも、後ずさることもせず。
むしろ敵の懐に踏み込んで、屈強な両腕を掴み取ると巨体の奥に目を向けた。
(「有理、今の内に攻撃を」)
(「任せて、冬真」)
そんなやり取りを視線で交わして、回り込んでいた有理が刀を抜く。
刃は何に照らされるでもなく青白い輝きを放ち、騎士の背に三日月を描いた。
その斬撃には鉄鎧など紙と等しく。負った傷の深さに兜から苦悶が漏れてくるが、有理に刃を向けることは冬真が許さない。
体格に圧倒的な差がありながらも男二人は組み合ったままで、足元には血の雫ばかりが落ちていく。
そこに程なく、光る液体が混ざり込んだ。
「絶対、倒れさせたりしないんだから!」
彼女の前でなら尚更と、息巻くフィーの手には翡翠色が満ちた薬瓶。
それが何を生み出すのか。今しがた見たばかりの騎士は歯噛みするも、魔法陣が浮かぶのを止められはしない。
つれてケイのボクスドラゴン・ポヨンが水の属性を注ぎ込めば、すっかり癒された冬真は眼鏡越しの瞳に不撓不屈を示す。
「見ての通りだ。有能な回復手がいるからね、この程度じゃ崩せない」
(「……なるほど」)
仲間を信頼しての動きにリア充の真髄見たりと、旭矢は状況を自分流に解釈して頷く。
そして、そのまま敵の体側を指一本で突いた。
途端、まるで脳天から電撃でも浴びたかのように巨躯が固まる。その硬直した一瞬にケイが居合いの一閃を見舞えば、桜吹雪から生じた炎に包まれる敵を冬真が超鋼金属の巨鎚で振り抜き、枯葉の如く軽々と空に舞い上がらせる。
「やったぜ狂い咲きィ!」
燃え盛る鎧に声を上げるケイ。程なく、アスファルトと何度目かの接吻を果たす敵。
フィオナが「地面が好きすぎるねぇ」と呟いて笑う。
これだけ打ちのめされれば心も折れそうなものであるが。
「くそ!」
騎士は認めがたい現実を二文字で封じた後、何事か捲し立てながら剣を向けてきた。
「……その、よく回る口……そろそろ、閉じてもらおうか」
クロエが鬱陶しそうに呟き、すぐさま古代語を唱えて石化の光線を撃ち放つ。
途端、重りを付けられたように鈍くなる騎士の足取り。
それはハートレスがチェーンソー剣で斬りつけることで更に明白となり。
次第に戦いの趨勢を左右するものともなっていく。
●終焉
「こんな、こんなはずでは……!」
騎士が苦しげな声を漏らす。
だが悲しいかな。矜持だけでは劣勢を覆せそうにない。
戦端を開いて数分。予知で敵の戦い方を知り得ているケルベロスたちは、万全の防御と治癒で斬撃を凌ぎきっていた。
一方、孤独な騎士は様々な異常に侵され、もはや満足に動くこともままならず。
「くそ、くそぉ!」
「あまり足掻くな。その方が楽だぞ」
剣が構えられるより早く、旭矢の呼び寄せた稲妻が騎士を打つ。
その一撃に躊躇いはない。不慮の災難とはいえど、エインヘリアルになった男を導く先は一つしかない。
「応えろ、Aegis。……もう一度、守るべきものを得たのだから」
友人や桃色の髪をした少女の姿を思い出しつつ、砕かれたアームドフォートを起動したハートレスが渾身の突撃をかけた。
それにライドキャリバーも続いて、騎士を撥ねる。落ちたところに刃を重ね、ケイと冬真が鎧を斬り裂いて抜ける。
直後、有理が念じて爆発を起こし。そこから這々の体で出た敵に、ガルとフィーが合わせて拳を叩きつける。
「思い出した? これが、貴方が人々に与えようとした痛みと、死の恐怖、だよ……!」
そんなガルの台詞に、返るのは微かな呻き声。
見れば、突っ伏した騎士の身体を地面から這い出る数多の腕が掴み取っていた。
「ひっ……や、やめろ……離せ……!」
「慢心が、命取り……高い勉強代になったね」
淡々と言って、クロエが鎌を振るう。
その瞬間、騎士を責め苛む苦しみの数々は、終わりを迎えた。
●完勝
「もう大丈夫だよー!」
マイクを手にして呼びかけると、彼方から戻る人影が徐々に増えてくるのが感じ取れた。
フィーは、ほっと息を吐き。それから戦場であった街中の一点に目を留める。
そこには兜も鎧も二振りの剣も、戦いの名残は何一つない。
全ては消え去り、或いはケルベロスたちによって修復され。傲岸不遜なエインヘリアルの存在は、いまやケルベロスと僅かな人々の記憶に残るのみ。
「言ってみれば、彼も被害者なんだよねぇ」
選定された男の人となりは褒められたものではないようだが、生きてさえいれば価値観を変える何かと出会ったかもしれない。
忌まわしきシャイターン・赤のリチウにさえ目をつけられなければ……とは、フィーだけでなく誰しもが思うことだ。
「……それでも。ああなってしまった以上は、葬るしかない。気の毒、だけれど……」
元来の性質か、それとも強大な術の反動で消耗しているのか、途切れ途切れに語ったきり黙り込むクロエ。
彼女の言葉を噛み締めつつ、フィーは両目を閉じて俯いた。
それにつられてか、狼姿に変わっていたガルが遠吠えをする。
すぅっと、夜闇に吸い込まれていく響きは何処か虚しく。
「どうにもやり切れないな……」
愛する人の腕に抱かれていた有理が、ふと呟いた。
「彼にも家族や友人、大切に想う人はいたのだろうか」
「……」
居たと言うにも居ないと断じるにも、はたまた分からないと逃れるにも、ケルベロスたちは騎士だった彼のことを知らない。
ただ些細な切っ掛けで違う未来もあったのかもしれないと思いつつ、黙祷を捧げた冬真は腕の中に微笑みを向ける。
それだけで秘するものを察したか、有理も微笑を返しながら「皆が、貴方が無事で良かった」と囁き、短い詩篇を唱えた。
途端、白い光が溢れて冬真を包む。
その優しい輝きだけでなく言葉の端々からも、彼女の根源たる愛情を感じて。
「僕も、皆と……何より君を守れた事が嬉しい」
冬真はそう答えると、腕に力を込めるのだった。
……それは約一名にとって大変眩い光景!
もはや直視することもかなわず。シャイターンと被害者について思考を巡らせていた旭矢は背を向け、首を思いっきり傾げる。
(「冬真さんは、たった一人の大切な人を守っているからかっこいい……?」)
ならばモテるには対象を不特定多数から一人に絞らねばならないのか。
絞ったところで果たして冬真のような振る舞いと結果が得られるのか。
モテとは。モテとは。モテ、とは?
「俺は……根本的に間違っている……?」
口を突いて出た言葉に返るものはなく、立ち尽くす旭矢。
そんな彼を余所に、黙祷を終えたフィーは足元にいたガルをもふもふしている。
獣的本能かはいざしらず、赤毛の狼は垂らしていた尻尾をぶんぶん振り回すと、やがて全面降伏っぽいだらしなさの仰向けに。
思わず飛びついて撫で回したくなる姿だ。しかしハートレスは目もくれず、砕かれたアームドフォートを点検して「……やはり、まだ使いこなせんか」と独り言つばかり。
一方、ケイはふらりと街の片隅に足を向けて。
「何処行くの?」
フィオナの問いかけには、振り返らず手を上げて答える。
「倒した相手がどんな奴だったか、知っておきたいのさ」
そうしなければ。元は人であったエインヘリアルをただの敵と斬り捨てるだけならば、その所業は――。
「……出来れば戦いたくないもんだ。なぁ、ポヨン」
主の呼びかけをどう捉えたか、ボクスドラゴンは触り心地の良さそうな身体をぽよぽよ揺らすばかりで。一人一匹の姿は、そのまま街灯りの狭間へと消えていった。
作者:天枷由良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年11月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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