創世濁流撃破作戦~流影の殺戮妖精

作者:澤見夜行

●影纏し者
 森林を覆うモザイク領域――ワイルドスペース内に影を纏うその男はいた。
 ほぼ全身を覆う黒いマントに、口元を覆うように伸びた黒いマフラー。
 その端々はボロボロで、歴戦の果てに生み出された物だと伺い知れる。
 尻尾髪とマフラーが風に靡く。周囲の影が蠢いた。
 暗殺者然としたその男は仰ぐようにモザイクの空を見上げた。
「……これが、ハロウィンの魔力か」
 ゴーグルをつけた顔からは表情が伺えないが、充足した魔力に満ち足りた声色を見せる。
「……この力ならば――オレのワイルドスペースは流れる影の如く濁流となりて、世界を覆い尽くす事すら可能となるだろうな」
 視線を戻し口元のマフラーを引き上げると、男は来たるべきその時に向け、静かに、激流を思わせる殺意の影を迸らせた。
「ケルベロスか……」
 その名を口にし、僅かにほくそ笑む。
「ワイルドスペースをいくつも潰しているという話だが、恐るるに足らぬ」
 此度の作戦には『王子様』があの『オネイロス』を増援として派遣してくれていることを思い出す。
「尽力してくれた『王子様』の為にも、必ず、この『創世濁流』作戦を成功させてくれよう――」
 男の決意を現すかのように、身体を包む周囲の影が激しく流動する。
「さぁ、始めよう――」
 男を中心とした、モザイクの領域が、静かに膨張していく――。


 クーリャ・リリルノア(銀曜のヘリオライダー・en0262)が集まった番犬達に緊張の面持ちで告げた。
「皆さん、ハロウィンのイベントが終わったばかりなのですが、緊急事態なのです」
 クーリャは資料を配ると、言葉を続ける。
「ドリームイーター最高戦力であるジグラットゼクスの『王子様』が、六本木で回収したハロウィンの魔力を使って、日本全土をワイルドスペースで覆い尽くす『創世濁流』という、恐るべき作戦を開始したのです」
 現在、日本中に点在するワイルドスペースに、ハロウィンの魔力が注ぎ込まれており、急激に膨張を始めているようだ。
 このまま膨張を続ければ、近隣のワイルドスペースと衝突して爆発、合体して更に急膨張し、最終的に日本全土が一つのワイルドスペースで覆い尽くされる事だろう。
「幸いなのですが、皆さんの活躍で、隠されていたワイルドスペースの多くを消滅させている為、ハロウィンの魔力といえど、すぐさま日本をワイルドスペース化するまでの力はないようなのです。
 皆さんには、急膨張を開始したワイルドスペースへと向かってもらい、内部に居るワイルドハントの撃破をお願いしたいのです!」
 続けてクーリャは資料を読み進める。
 戦闘は特殊な空間で行われるが、戦闘に支障はないことが伝えられる。
「こちらの担当では、暗殺者を思わせるワイルドハントの撃破をお願いしたいのです」
 シャドウリッパーと黒影弾を思わせる攻撃の他、影を操り相手を捕縛する技、夢喰いらしくモザイクでヒールする技を使ってくる。
「以上に加え、ワイルドスペースには『オネイロス』という組織から援軍が派遣されているようなのです。
 オネイロスの援軍は『トランプの兵士のようなドリームイーター』のようなのですが、詳しい戦闘能力は一切不明なのです」
 援軍は一体のみだが、ワイルドハントと同時に戦うことになるので、苦戦は必至だ。
「ワイルドハントさえ倒せばワイルドスペースは消滅し、オネイロスの援軍は撤退しますが、援軍を先に倒した場合、ワイルドスペースが維持され、ワイルドハントとの戦闘が継続されてしまうのです。もし戦いに勝利できなければ、ワイルドスペースを破壊することができなくなってしまうので、注意なのです」
 十分に戦略を考える必要があると、クーリャは言った。
「また、特に重要と思われるワイルドスペースには、オネイロスの幹部と思われる協力なドリームイーターが護衛として現れる可能性があるのです」
 幹部は強敵だが、今回の作戦の中核戦力である彼らを撃破することができれば、今後の作戦が有利に運べるかも知れない。
 当然ながら、中途半端な作戦ではどちらも撃破できずに敗退することになるだろう。
 幹部を狙うか、ワイルドスペースの破壊を狙うか。作戦の意思統一が必要不可欠だ。
「日本全土をワイルドスペースの洪水で覆い尽くす、創世濁流作戦……恐ろしい作戦なのです」
 ドリームイーター最強戦力のジグラットゼクス『王子様』の名は伊達ではない、とクーリャは畏怖の念を抱く。
「ですが、日本全土をワイルドスペース化などさせるわけにはいかないのです」
 多くの仲間が、地道に調査してワイルドスペースを破壊してきた結果、この作戦を阻止するチャンスを得ることができたのだ。
「その皆さんの活躍を無駄にしないためにも、頑張って欲しいのです。どうか、皆さんのお力を貸してくださいっ!」
 勝利を祈るようにクーリャは番犬達を送り出した。


参加者
福富・ユタカ(慕ぶ花人・e00109)
京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
小車・ひさぎ(二十歳高校二年生・e05366)
狼森・朔夜(迷い狗・e06190)
蔓葉・貴意斗(人生謳歌のおどけもの・e08949)
黒江・神流(独立傭兵・e32569)
御忌・禊(憂月・e33872)

■リプレイ

●会敵
 その空間に入ってから闇が一層深まった気がした。
 持ち寄った照明をつけながら進むが、先がよく見えない。
 空には不穏な雲が月を覆っていた。
「……誰も暴走させずに、帰りたいでござるな」
 闇に包まれた空間を走る福富・ユタカ(慕ぶ花人・e00109)がおもむろに呟いた。
 その想いは併走する皆が同じように考えている想いだ。
 厳しい戦いが待っているのはわかっている。だからこそ、暴走という最終手段を使うこと無く敵の作戦を阻止できればと、番犬達は考えていた。
 森の中心とおぼしき場所へと辿り着く。やはり闇は深い。
「暗いな……こいつを使おう」
 アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)が周囲の光源を確保しようとライティングボールを撒いた直後、不意に悪予感が走る。
「――全員散れ!」
 アジサイの言葉に、全員が瞬間的に散会すると同時、その場所が爆音と共に破砕する。
 地面を破砕した張本人――ゴーグルで表情を隠し、全身を襤褸で覆い闇に紛れるその男は蔓葉・貴意斗(人生謳歌のおどけもの・e08949)ではない――ワイルドハントだ。
 ワイルドハントを前に、貴意斗の心は穏やかではなかった。
(「……人の姿、それもあまり見せたくない類のモノを勝手に使ってふざけてくれるじゃないっすか」)
 拳を握り、ワイルドハントを見据える。
「そのいけ好かない仏頂面にはウンザリなんすよ――故に疾く失せろ、幻影」
「……この姿に因縁あるものか。ならば丁度良い、この場で始末してくれよう」
 表情崩さず、互いの存在を否定する。
 一色触発の空気のなか、ワイルドハントの背後から声が掛かった。
「奇襲は失敗したようだな」
 ワイルドハントの背の後ろ、闇から出でるはトランプを模した兵士。
 番犬達が、その姿を見てアイコンタクトをとる。――幹部ではない。
「……構いはしない。どのみち全員殺すだけだ」
「左様。『王子様』のためにも作戦の成功は必須だ」
 奇襲の失敗など意に介さないように、ワイルドハントがその身を揺らし闇に溶け込んでいく。
「……番犬共、此処で終わりだ」
 闇夜に紛れる冷徹な声が静かに響き渡った。
「全員構えろ、くるぞ!」
 黒江・神流(独立傭兵・e32569)の声に番犬達も武器を構える。
 月明かりすら灯らない深き深淵の中、静かに戦いが始まった――。

●殺戮妖精は舞う
 戦闘開始と同時、ワイルドハントから無数の影が生まれ番犬達を飲み込もうとする。
「我等を護るは妨げの影。これ即ち、毒殺す毒、影喰らう影、小細工潰しの小細工也――」
 対する貴意斗もまた、流動する影を生み出した。
 影が仲間を守るように広がり、迫る敵の影を迎撃する。
「――コレが、蔓葉・貴意斗だよ紛い物」
 影と影が、ぶつかり合い、対消滅を果たした。
 封殺された影に、しかしワイルドハントの表情は変わらない。
「貴意斗、回復任せた! 朔夜、合わせていくぜー!」
 小車・ひさぎ(二十歳高校二年生・e05366)の言葉に狼森・朔夜(迷い狗・e06190)が半透明の御業を鎧へ変形させひさぎを守護させる。
 疾駆するひさぎが、闇夜に紛れんとするワイルドハントに流星纏う蹴りを見舞う。撃ち込まれた重力の楔に、ワイルドハントの動きが鈍くなる。
「わこ!」
 ひさぎの言葉に身に纏うオウガメタルが『鋼の鬼』となり、その拳でワイルドハントの胸部に一撃をいれる。
 効いているはずの一撃は、しかし、手応えがない。闇夜に溶け込むワイルドハントはまるで幽鬼のようだ。
 まるで捕らえどころの無いワイルドハントが、そのつま先に付いたかぎ爪で朔夜に影牙を放つ。
 視認困難な連激が肌を斬り裂いていった。
「一端下がるっすよ!」
 貴意斗がヒールを掛けながら声を上げた。
 ワイルドハントも決して深追いはしない、一手ずつ確実にダメージを与えてくる。
 手強い――と、番犬達は感じた。
 しかし誰が相手だろうと、成すべき事に変わりは無い。
 この身朽ちるまで、ただ目の前の敵を蹴散らしてみせる。
「……不謹慎ながら、腕がなりますな」
 両手に装備したチェーンソー剣を舞うように振るうユタカ。
 その一撃がワイルドハントを守るトランプ兵に傷をつけていった。
 仲間をグラビティで守護した朔夜が、ワイルドハントへと躍りかかる。
 竜砲弾を放ち、回避した敵へと追いすがり、神速の突きを見舞った。
 野性的、そして動物的な直感を武器にその業を振るう朔夜。
 喧嘩の延長線上のようにも見える荒っぽい戦い方だが、命のやりとりの上ではセオリーを無視したその攻撃は猛威となる。
 対処しづらい攻撃の数々にワイルドハントが後退し、トランプ兵が割って入ってくる。
「ちっ……!」
 割って入られたことで攻撃の手を止め、距離をとる朔夜。
「……どうやらあの援軍」
「あぁ、間違いない」
 トランプ兵の動きを観察していた御忌・禊(憂月・e33872)と神流が頷く。
 トランプ兵はディフェンダーとして動いていると見える。
 定期的にワイルドハントを庇うように立ち回るその動きから見て間違いないだろう。
 確信したその考えに、番犬達はサインを持って意思共有を行う。
 予想通りの展開だが、長期戦へ備えなければならない。
 ここより先、番犬達の動きが変わっていく。
 果たして、その見立ては正解だったといえよう。
 また、トランプ兵撃破に関して、全員の意思統一が成されていたのは、戦場において大いにプラスに働くだろう。
 ここが、本戦いにおける重要な岐点となったのは間違いない。
 ――戦いは番犬達の思惑のまま、進んでいく。
 黒衣を纏う神流がグラビティを推進剤に超高速で戦場を駆ける。
 放たれる無数のガトリング弾が敵の防御を貫き絶大なダメージを与えていった。
 禊は状態異常を敵に付与する立ち回りを見せていた。
(「……誰かの暴走した姿……何度見ても気分の良いものではありません、ね……」)
 ワイルドハントのその姿を目にしながら思う。
 しかし、今はその存在や秘密を探るときではない。この創世濁流作戦を阻止しなくてはならない。
 禊が氷結の螺旋を放つが、ワイルドハントに回避される。
「……なかなか素早いです、ね」
 戦闘経験の差もあり、思うような命中率が確保できない禊だが、その中でも命中率の高い攻撃を中心に攻撃を積み重ねていった。
「邪魔はさせません」
 ワイルドハントへ集中してる番犬達に襲いかかろうとするトランプ兵。それを京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)が牽制する。番傘型の槍から放たれる神速の突きが神経回路を麻痺させ行動を阻害した。
「ジャマな奴め!」
「当然、邪魔をしているのですからね――!」
 互いに一歩も譲らず、対峙する。
 刹那の後、スペードを模したブレードが音速を超えた速度で振るわれる。その悉くを打ち払いながら、空を舞い間合いをとる。
 狙うはワイルドハントのみ。牽制以上にトランプ兵の相手をする必要はない。
「最悪程度で終わると思うな」
 アジサイがトランプ兵を見据えてその場で『何かを踏み抜く動作』をする。
 ぐらりと、トランプ兵が傾くと、その傷口が広がっていく。
「ハロウィンの魔力ってぇのはこんなものなの!?」
 朔夜へと襲いかかるワイルドハントの背後に向け射撃を放つひさぎ。
 その一弾は背後にいたトランプ兵の武器に当たり、ワイルドハントへと跳弾する。
 背後から撃たれた一弾を喰らい、攻撃の手を止めたワイルドハントは一度間合いをとるために後退する。
「まるで手応えがないぜ」
「厄介だな」
 ひさぎの言葉に神流も額の汗を滲ませながら答える。
 その手応えのなさにやり辛さを番犬達は感じていた。
 一方のワイルドハントといえば、戦闘開始から一切表情を変えることがない。
 まるで機械や人形のように――いや、機械や人形ですら愛嬌というものがあるだろうが、それすらもない無表情のワイルドハントに底知れない気味悪ささえ感じるのだった。
「逃がさん――!」
 トランプ兵の背後に位置取り間合いをとろうとするワイルドハントを神流が追いすがる。
 一貫してワイルドハントを集中的に狙う戦法に、トランプ兵が苛立ちの声をあげる。
「…希求する風、忌避する風……四順四違を『私』は手繰って見せましょう。さぁ、苦しんでくださいませ」
 禊によって生み出された風の刃が、ワイルドハントの身を蝕んでいく。
「夕雨、えだまめ先輩。いけるか?」
「誰に聞いているのでしょう。ユタカさんこそ邪魔しないようにお願いしますよ。……さぁ互いに、存分に参りましょう」
 シトリンの瞳と地獄化された瞳が、闇夜を照らし流れるように揺らめく。
 飛びかかるユタカの動作硬直の隙を夕雨が見事にカバーし援護する。
 二人の息のあった連携が、ワイルドハント達の連携を乱れさせ崩す。その隙を仲間達が襲いかかった。
 犬猿の友。二人の信頼の形が、そこに現出した。
 アジサイは徹底してトランプ兵への牽制を主軸に攻め続けていた。
 アジサイにとってみれば、敵の援軍が幹部だったとしても、やることは大きく変わることは無かっただろう。
 創世濁流作戦だけは必ず阻止する。その強い意志を持ち、自らの仕事を確実にこなすのだ。
 地味な仕事ではあるが、番犬達を確実に支える重要な屋台骨だ。
 仲間を守る力を、アジサイは存分に振るう。
 ――自身の姿を模したワイルドハントを前に、しかし貴意斗は冷静に立ち回る。
 戦闘経験だけみれば自身が一番仲間の足を引っ張る立場にある。そのことをよく理解し、自身が成すべき事がなんなのかを冷静に計算していた。
 メディックというポジションに収まりながら、されどその脳裏を駆ける合理の刃は暗殺術士たる証か。
「大丈夫っすか! すぐ治すっすよ!」
 否、合理だけではない。
 機械的に殺戮する、そんな心持たない化物を否定したからこそ今の自分があるのだ。
 半端物と罵られようと構いはしない。自分(ココロ)を捨てるような――そんなものには興味はない。
 ヒールグラビティが暖かな光を持って仲間を癒やし立ち上がらせる。
 仲間と共に、誰一人欠けること無くこの戦いに勝利するのだ。
 それは計算ではない、感情の迸り。
 高鳴る心に、ゴーグルを掛けたその顔に笑みが浮かんだ。
「くっ……」
 トランプ兵の攻撃を一身に受けるのは禊だ。
 スペードを模したブレードがその身を切り刻んでいく。
「……いい加減しつこいですよ」
 魔力を籠めた咆哮を上げ、トランプ兵の足を止める。
 その隙を狙ってアジサイとひさぎが更に行動を阻害していった。
 ――そしてその時が訪れる。
 番犬達の作戦の切り替えは的確だった。
 トランプ兵にダメージが蓄積されていくのを見ると、すぐさま攻撃の的をワイルドハントからトランプ兵へと変更する。
 そこに至るまでにかなりの疲弊を受けたが、まだやれると全員が判断した。
 そうして、目標を変えた攻撃の波がトランプ兵へと集中する。
 その動きを黙って見過ごすワイルドハントではなかったが、序盤同様に的確に牽制をされ、思うように援護に向かうことができない。
 刹那の攻防、しかし勝負は決まる。
「おのれ!」
「逃がさねぇよ――!」
 ユタカの鋭い眼光、橙に発光する瞳が飛び退るトランプ兵を切り裂く。
 致命打となったその一撃により、トランプ兵は動きを止め絶命した。
 残すはワイルドハントのみ。歓喜に溢れようとする番犬達だが、ワイルドハントを見てそれは停止する。
 何一つ動揺することない、あまりにも機械的なその様相。されど放たれる殺気はこれまでとは打って変わって突き刺さる氷柱のよう。
 戦いは、まだ終わっていない――。

●決着
 番犬達の疲労が溜まる中、ワイルドハントの動きが激化していく。
 一手、さらに一手と追撃を繰り返すワイルドハント。
 その猛攻を凌ぎ続けるのはディフェンダーの三人だ。
 流動する影が夕雨を、影の礫が禊を、そして視認困難な斬撃が朔夜を襲う。
 的確に急所を狙う一撃に、朔夜が呻きを漏らした。
「……限界だな。まずはお前からだ」
「はぁはぁ、くっ、てめぇらの力は所詮、誰かの借り物だ。そんなもので、私たちに勝てると思うな……!」
「……どうかな」
 朔夜の言葉を意に介さず、ワイルドハントは無慈悲な一撃を朔夜へ見舞う。
 その一撃は、確実に朔夜の意識を刈り取った。
「やらせません……!」
 更なる追い打ちを掛けようとするワイルドハントに夕雨が飛び込みそれを阻止する。
「よかった、意識を失ってるだけっす」
 戦闘不能だが、重傷ではない。しばらくすれば目を覚ますだろう。
 朔夜を後方へと下げ、守るように布陣する。
 誰一人欠けさせてなるものか。
 番犬達の強い想いがグラビティの奔流を生み出していた。
 ――そして状況は番犬達有利に進む。
 数的優位を利用し、ワイルドハントを追い詰めていく番犬達。
 しかし、追い詰められてなお無表情のワイルドハントは淡々と影の礫を放つ。
 もはや勝ち目がないのは理解しているはずだ。だが、その動きは未だ勝利を確信するかのように淀みない。
 機械のように殺戮を求めるその動きに、一瞬、番犬達の気が飲まれた。
 それは命のやりとりをする場に置いては致命的な隙を生み出す。
 闇夜に紛れた影が流れ、禊へと迫る――躱すことなどできはしない。
「やらせはしません――ッ!」
「――バカな」
 ワイルドハントがこの戦い初めて驚きの声を上げた。
 禊を狙った必中の一撃を、勘と閃きに導かれるまま夕雨がその身を挺して受け止める。
「貴方の思い通りになど、させはしない……」
 気にくわないし、何より夕雨は負けるのが大嫌いなのだ。それに、仲間をやられるのはもっと嫌だ。
 流動する影が夕雨の意識を刈り取っていく。
「……あとは、お願いしますよ」
 薄れ往く意識の中、後を託すと夕雨は地に倒れた。
 狙いがはずれたワイルドハントがその動きを鈍らせる。その隙を番犬達は逃さない。
 ひさぎとアジサイが放った攻撃がワイルドハントの足を止め、ユタカの一撃で大きく後退する。
 その瞬間を神流が待っていてた。
「私からの贈り物だ、とっておきの『死』をくれてやる――!」
 漆黒の風がワイルドハントを捉え、斬撃と弾丸の嵐を見舞う。
 刹那の暴風が去った後、モザイクを噴き出しながら呆然と立ち尽くすワイルドハントの姿があった。
「……ここまでか」
 静かにワイルドハントは空を仰ぎ見る。
 深淵のモザイクの闇に一条の月明かりが差し込んだ。
 倒れること無く、月を仰ぎ見た夢喰らう悪魔が、静かにモザイクの光を残し消えていく。
「終わった……っすか」
「ああ……我々の勝ちだ」
 襲い来る疲労を押しのけるように、徐々に沸き立つ勝利の喜び。
 戦闘不能二名を出したものの、重傷者はなく、番犬達の揺るぎない勝利といえよう。
 消えゆくワイルドスペースを眺めながら、番犬達は空に勝利の喜びを捧げるのだった。

作者:澤見夜行 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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