創世濁流撃破作戦~野獣の中の乙女

作者:久澄零太

 とある山奥にひっそりとたたずむ、放棄されてから長い屋敷があった。とある金持ちが享楽で作ったここは正面の大きな扉を開ければ、シャンデリアと巨大な中央階段が出迎えてくれる豪勢な造りになっており、かつての栄光を思わせる佇まいである。
 そしてその中央階段に腰かけて、赤い絨毯が敷き詰められたエントランスを見下ろす少女が一人。
「これが、ハロウィンの魔力……この力があれば、私のワイルドスペースは濁流になって世界だって飲み込んじゃえるかも……」
 白のハイネックとショートパンツで腹部を大きく晒し、真紅のブーツとアームカバーが色白な肌を際立たせる少女はクスリ、小さく微笑んだ。
「あの『オネイロス』を増援として派遣してくれた『王子様』の為にも、この『創世濁流』作戦を成功させなきゃ……」
 ふるり、小さく身を震わせる少女は、自分の体を抱いて小さく丸まった。
「やっぱりダメ……ダメだよ……」
 震える声で、自分自身に言い聞かせる少女だが、長く黒みを帯びた暗緑の髪の下で、口元が三日月のように歪む。
「我慢できない待ちきれない斬りたい砕きたい潰したい貫きたい皮を剥いで肉を裂いて血管を引き千切るのそしたらたくさん血が出るんだろうなでもただ血を流すんじゃやっぱりダメなの戦わなくちゃそれも強い人の方がいいなそうじゃないとすぐ終わっちゃうもんあぁまだかなまだかな早く来ないかなもう今から来てくれたっていいのに……!」
 突然立ち上がった少女は狂ったように思いの丈をまき散らし、雪のような頬を薄紅に染めると恋する乙女のようにウットリとした眼差しを浮かべて、自分の火照りを冷ますように両手で顔を挟んだ。
「待ってるよ……ケルベロスさん……」

「皆、急な呼び出しでごめんね……!」
 彼女自身、ハロウィンのイベントの直後から駆け付けたのか、口の端にお菓子の破片をくっつけた大神・ユキ(元気印のヘリオライダー・en0168)は走ってきて荒げた息を整える。
「ドリームイーター最高戦力のジグラットゼクスの『王子様』が、六本木で回収したハロウィンの魔力を使って、日本全土をワイルドスペースで覆い尽くす『創世濁流』っていう作戦を始めたの。今、日本中に点在するワイルドスペースに、ハロウィンの魔力が注ぎ込まれて、物凄い速さで膨らんでるみたい。このまま膨らみ続けたら、近くのワイルドスペースとぶつかって、くっついて、もっとおっきくなって……最後は日本全部を一つのワイルドスペースで包み込んじゃうよ!!」
 未だ謎の多いワイルドスペースだが、少なくとも敵にとって都合のいい何かであることは確かであり、それが日本を覆ってしまえば、この国全てが敵の手に落ちると言っても過言ではないだろう。
「あ、でも、みんなの活躍で、隠されていたワイルドスペースの多くがなくなっちゃってるから、ハロウィンの魔力でもすぐに日本をワイルドスペース化するまでの力は無いんだ。だからみんなには、急膨張してるワイルドスペースに向かって、中のワイルドハントをやっつけて来てほしいの」
 ユキはコロコロと地図を広げて、とある山中を示す。
「皆に向かってほしいワイルドスペースはここ。地図だと何にもないけど、現地におっきなお屋敷があるの。その中にいるワイルドハントなんだけど……絶対に戦闘を長引かせちゃダメだよ」
 続く彼女の言葉に、番犬達は背筋が凍ったような錯覚を覚えた。
「敵はとんでもない戦闘狂で、血が好き過ぎるの。そのせいで皆から攻撃を受けるとテンションが上がって、攻撃が強力になるし、逆に皆に攻撃を当てて出血させるとその分だけ癒しを得て回復するみたい。その上、ちょっと頭が、その、戦闘の事でいっぱいになり過ぎて、私たちの常識が通じない所があるみたいだから注意が必要だよ!」
 そこまで説明して、更に白猫の表情が沈む。
「それから、今回はオネイロスの援軍……あ、トランプの兵隊みたいなドリームイーターなんだけど、一人だけ敵に増援があるみたい」
 敵が二人。それだけでも厄介なのだが。
「それでね、どの現場に来るかは分からないんだけど、オネイロスの中には幹部クラスの強い人もいるみたい。やっぱり幹部って言うだけあって凄く強いんだけど、もしやっつけれたらこの後が有利になるかも……でも、皆の最大の目的はワイルドハントを倒す事だし、幹部もワイルドハントも、ってどっちもやっつけようとして中途半端な作戦になったら負けちゃうかもしれないの……本来の目的を忘れちゃダメだからね?」
 どこまで、どのように戦うのか。念入りに作戦を練っておく必要があるだろう。
「大事な事だからもう一回言っておくよ?」
 念押しするように、既に戦術を練り始めているのであろう番犬の一部に向けての警告も兼ねて、ユキは人差し指を立てる。
「先にワイルドハントを倒せばワイルドスペースが消えちゃうから、オネイロスの援軍も撤退して作戦終了になるの。オネイロスの援軍を先に倒せば、ワイルドスペースが維持されてワイルドハントと続けて戦えるけど、その戦いに勝利できなきゃ意味ないの。いい?皆のお仕事はワイルドハントをやっつける事と、無事に帰ってくることなんだからね!?」


参加者
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
樫木・正彦(牡羊座のシャドウチェイサー・e00916)
茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)
羽丘・結衣菜(ステラテラーズマジシャン・e04954)
上里・もも(遍く照らせ・e08616)
フェイト・テトラ(飯マズ属性持ち美少年高校生・e17946)
エストレイア・ティアクライス(さすらいのメイド騎士・e24843)
篠村・鈴音(焔剣・e28705)

■リプレイ


「ん?」
 ワイルドハント……グランシャリオは屋敷の外に何かが落下した音に戸を開けた。そこには、吹き抜ける風のようなエンブレム、番犬の代名詞ともいえるコート……が、逆さまになったモノ、日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)。
 取りあえず蒼眞を引き抜くと、その胸元に飛びつかれてしまう。
「貧乳も……いい……」
「えっちー!?」
「ぎゃぶぅ!?」
 鎌で頭をさっくりやられた蒼眞が地面に転がり、グランシャリオは屋敷に帰還。
「惜しい人を亡くしたんだお……」
「俺はまだ死んでなーい!!」
 樫木・正彦(牡羊座のシャドウチェイサー・e00916)が合掌すると、蒼眞復活。事の次第は蒼眞がユキの胸元に飛びついて頬スリしたりするからボディブロー、からの背負い投げで地面に向かってシューッ! されて今に至る。
「呑気なこって……」
 茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)は突撃前に一服して、煙管をしまうとため息。
「たのもー!」
 上里・もも(遍く照らせ・e08616)は屋敷の扉を派手に開けて、指を突きつける。
「レナードさんに激似のワイルドハン……」
 おぉっとももちゃん固まった。それもそのはず。赤かった髪は暗緑色に染まり、肌は白みが増して、切れ長のクールな瞳は大きく可愛らしいぷりちーに。感想はもちろん。
「に……にてない……」
 ついでに、紅茶飲んでるトランプ兵が視界に入る。
「もしかして、もう増援が到着しちゃってるのかしら?」
 羽丘・結衣菜(ステラテラーズマジシャン・e04954)がまんごうちゃんと顔を見合わせて、もっかいトランプ兵見た。
「ダメだ何回見てもいるよ……」
 敵は番犬達が来ることを見越していたのだ、最初からいても何もおかしくはない。
「い、いくぜ!」
 ももの仕切り直しの声を号砲代わりに、篠村・鈴音(焔剣・e28705)が床を蹴る。
「思い通りにはさせません。ここで果てて貰います」
 トランプ兵がスペードの槍を構えるより速く鈴音が懐に踏み込んで、柄を刃の腹で打ち上げ乍ら鳩尾を思いっきり蹴り飛ばす。結衣菜がばら撒くトランプのカーテンの中をすり抜けて、カードによって真正面にできた死角をすり抜けた蒼眞が両手を叩き、トランプ兵の足元に触れる。
「うにうにっ!」
 下から来ると予測した兵士の頭上より、ぷりんっぽい何かが召喚。ぷるぷるうにうにぐちゃぁ。
「畳みかける、続け!」
 正彦が刃の無い、巨大な鉄板染みた大剣で指揮を執れば、地面から数ミリ程度の金属の帯が無数に現れ、トランプ兵を床に縛り付けて完封。だが、まんごうがトドメを刺すべく爪を振り上げた瞬間だった、巫霊の胸を漆黒の刃が貫き、上半身を引き裂いて霧散させてしまう。
「私の事は構ってくれないの?」
 不満そうに頬を膨らませるグランシャリオ。正彦が目を向けたまま、三毛乃に問う。
「三毛乃さん、相手の力量は?」
「一言で表すならバケモン、てとこでございやしょうか。急所を一突きにしてもあの一撃。長引かせて気分が高揚なんかした暁にゃ、盾役でもちと怪しいとこでございやしょう」
 グランシャリオに気を引かれている内に、トランプ兵が拘束から抜け出し再び槍を取る。本来ならそちらを気にするべきだろうが、フェイト・テトラ(飯マズ属性持ち美少年高校生・e17946)は指先に火を灯し、吹きつける。小さな火の粉は瞬く間に業火に姿を変えて、ワイルドハントを包み込んだ。
「いいね……この熱くて身を焼かれる苦しみ……!」
「攻められて喜んでるのですー!?」
 恍惚の表情を浮かべる敵にフェイトがドン引きしつつ身を捻るも、魔法の発動直後の一瞬の硬直を狙われ、トランプ兵の槍を避けきれない。スートの穂先がフェイトの身を穿とうとした瞬間、エストレイア・ティアクライス(さすらいのメイド騎士・e24843)が射線に割り込み白刃取り。
「ティアクライスのエストレイア、参上です!テトラ様、成長した私の実力、ご覧下さい!」
 敵の得物を振り払うなり、メイド服と甲冑を重ねたような衣装を翻し、両手を握ってキラキラした視線を送るエストレイア。内側を隠した両手は、真っ赤に濡れていて。
(盾の型として参戦した私でもこのダメージ!まさかの二人揃って壊の型ですね!)
「鈴音様、お互い程々に頑張りましょう!」
「……了解しました」
 何となく、意図を察した鈴音が静かに頷く。他の番犬が耐えられるか怪しいのなら、二人で耐えるしかない。
「さぁ茶斑様、ここからでございますよ!!」
 エストレイアの放つ輝きを受け取る三毛乃が銃口を返し、彼女の手首に癒しの弾丸を撃ち込む。ポカンとするエストレイアに、三毛乃は半眼。
「お二人の度胸は認めまさぁ。しかし無茶をすると、大事な時にへばりますぜ?」
 三毛乃にはしっかり見抜かれていた。


「速攻で片付けないと……!」
 蒼眞が抜刀、低く構えた刃から上段へ滑らせつつ空を薙ぎながらその場でクルリ、切っ先が雲を引いて大気を纏う。再び視線がトランプ兵を捉えた瞬間、それまでのゆったりとした構えから一転、一瞬で得物を振り抜き剣閃が鎌鼬に化けて兵士の足から鮮血を巻き上げる。その血飛沫の中正彦が迫り、大剣の柄で打ち上げ、続けざまに振り上げた鈍器とも言うべき大業物で『打撃』。
「浅い……!」
 確実に捉えたかに見えた一撃が、寸前で直撃を避けられ、更に得物を振り切った正彦に反撃しようとダイヤの剣を振るった。しかし刃が薙いだ彼はバラバラと無数のトランプに変わり。
「音も光も、そして……」
 トランプのカーテンを突き破って結衣菜が強襲、真正面から彼女を迎え撃ったはずが、鍔競りあった瞬間にフッと姿が消えて。
「拍手も無いマジックショーの開幕よ」
 背後からの一突きが、兵士の脇腹を貫いた。
「攻撃ばかりで守りは薄い……攻めきれば何とか……!」
 敵は攻撃力が高い反面、防御は薄い。故に攻めきれば押し切れそうだが、どんな敵が来てもいいように、と命中重視の戦術が裏目に出た。
「火力が足りないのです……!」
 兵士が体勢を整えるより速く、フェイトの放つ魔力が得物に絡み付いて剣を床に叩き落とす。
「急所に当たりさえすれば僕達でも十分ですけど……そもそもあっちが防御を捨てて突っ込んでくるんじゃ、狙うだけの余裕がないですよふぇえええ!!」
 絶叫するフェイトの背後でアデルが指を鳴らし、シャンデリアが落下。兵士の動きを封じたところでグランシャリオが突っ込んでくる。それを押さえようとスサノオが飛びかかるが、鎌の一振りで首を落とされ霧散。だが、一足遅れた事でフェイトが素早く彼女の射程から離脱。
「メイド隊、前へ!」
 エストレイアの号令で無数の小さなエストレイアが登場。グランシャリオを取り囲み、あるいは張り付いて動きを鈍らせながら一部は自身の両手に残る傷跡の止血を手伝わせる。その間に兵士はガラスの照明を押し退けて武器を拾い、結衣菜へ肉薄。翻る剣が彼女の体を切り裂く前に鈴音が割って入るも、武器を押し付け合って硬直。
「押し切らせはしません……!」
 単純な力では相手の方が上。故に蹴り飛ばして体勢を崩させる鈴音だが、相手の方が上手だった。後ろへ倒れ込む力を体重移動で回転運動に変えて、もう一つの得物――槍に持ち替えて鈴音の首を斬る。
「カハッ!?」
 太い血管を断たれたのか、派手に鮮血を噴き上げて倒れ込む鈴音に、ももがすぐさま闘気を傷跡に叩きつけて、強引に止血。続けて三毛乃が癒しの弾丸を撃ち込み一先ずは事なきを得たが。
(一々傷が深い……こいつはちとマズイやもしれやせんね)
 三毛乃の脳裏に、最悪のシナリオがよぎっていた。


 フェイトの周囲で火の粉が舞い、それはやがて龍を形作る。
「荒ぶる龍よ、怒りのままに荒れ狂え。汝の身は大地を侵す災厄である」
 なぞる詩編は記憶の断片。触れる引き金は魔術の触媒。少年を包むようにとぐろを巻く龍の視線が兵士を捉えた。
「そろそろご退場願いたいのですよ!」
 撃鉄が弾丸の底をぶん殴り、炸薬が爆ぜて呪文の刻まれた鉛弾を送り出す。それを道標に龍は空間を駆けて、弾丸の潜り込んだ兵士の体を、その顎の内に捕えて跡形もなく焼き払ってしまった。
「追い詰めた、と言いたいところだが……」
 蒼眞は視線の横に刃を添えて、刺突の構えで睨み合う。
「どこも追い詰めてないな、これ」
 冗談めかして笑いながら、その一足は神速。瞬く間に距離を詰めて喉を穿たんとするが鎌の刃に絡められて得物を上に逸らされた。
「悪いな、本命はこっちだ!」
 思いっきりグランシャリオの脚を踏みつけて、その場に釘付けにし、鈴音と結衣菜が強襲。緋色の刀身が翻り、大きく露出した腹部を抉るような剣閃を描くが斬り込むには至らず、鈴音が歯噛みして離脱。
「防御を捨てても問題ないだけの体力はあるってことね……!」
 ならば動きを封じて削り切ろうと、手品で使う無数の刺突剣を展開。しかしその全てがブラフであり、本人が死角から急所を狙うが、刃を突き立てられてなお、彼女は笑っていた。
「今度は、私の番ね……」
「やべ……!」
「蒼眞下がれ!」
 振り上げられる得物を前に、蒼眞が冷や汗を流しながら正彦の声に飛び退き、追従しようとしたグランシャリオを無数の金属帯が絡め取り、縛り上げようとするが弾き返して飛び出してくる。
「動きを封じるのは無理か……!」
 咄嗟に武器で防御態勢を整える蒼眞の前に鈴音が飛び込み、刃を受け止めるがその構えごと弾き飛ばされ壁に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
「鈴音!」
 蜘蛛の巣状の亀裂を生み、ズルリと力なく崩れ落ちる彼女を気遣ったのがまずかった。注意が逸れた隙に、彼の体を湾曲した刃が貫通する。
「変態さんは死ねばいいと思う」
「ガハッ!?」
 むくれたワイルドハントが得物を強引に引き抜き、内臓と腹部の半分を引きちぎられた蒼眞が血溜まりに沈んだ。


 エストレイアがメイド隊を後方に展開してバリケードを広げながら自身は前へ。
「このメイド騎士エストレイア!守るべき仲間を背に恐れなどありません!!」
(テトラ様見ていてください!必ずやお守りして見せます!!)
 盾を構えるエストレイアだが、湾曲した刃は構えをすり抜けるようにして、側面から彼女の首を狙い。
「させ……ません……!」
 虫の息で、鈴音が刃を弾く。軌道を逸らしたところで踏み込み、頭突きをかまし合う。
「く……」
 鈍い音と共に両者よろめいて、立ち直りはグランシャリオの方が速い。
「いい……最後の最後まで挑んできてくれるなんて!」
 恍惚の表情で息を荒げるワイルドハントだが、振るう得物が鈴音の首に届く寸前で止まる。
「来ると分かってれば……このくらいは……!」
 刃の根元、柄の部分を蹴りつけて抑え込み、反撃の刺突。肩を穿つ切先をねじ込むようにして、武器を蹴り飛ばし上げた脚を床に叩きつけるようにして反動で跳んだ。そのまま身を捻り横っ面を蹴り飛ばす。
「今なら……!」
 フェイトの魔法陣が無数の鎖を生み、たたらを踏んだグランシャリオの鎌を絡めとって地面に押し付けて一時的に動きを封じる。得物に気を取られて視線が逸れた隙に正彦が大剣の腹で強打。一瞬、避けられかけたがそれを直感して先読み、回避の先に軌道修正して頭を直撃。命中精度の加護も、無駄ではなかったようだ。
 自らを光で包み回復を試みるエストレイアへ、三毛乃が銃口を向けるとその射線に鎖を引き千切り、正彦を斬り捨てたワイルドハントが。
「その銃、攻撃できないんでしょ?」
 クスリ、口角を上げて得物を振りかざす少女に、女傑は笑った。
「そりゃ、隣の弾倉の話でさぁ」
 カチリ、素早く弾を回転させて引き金を引けば撃ち出された弾丸が右目を穿ち、眼球の爆ぜる激痛に少女が悲鳴を上げて床に転がる。だがいつしか悲鳴は狂喜に変わり、木霊する笑い声の中少女は立ち。
「いいよいいよもっとして痛いのはいいこと血が流れるのはもっといいことさぁさぁさぁさぁッ!!」
「チッ」
 距離を詰める少女に対し、回避が間に合わないと踏んだ三毛乃は咄嗟に潰した右目側に体を傾けて、攻撃精度を引き下げながら銃底で刃を受け止め、自ら派手に吹っ飛び、ダメージを緩和しながらも階段に叩きつけられ、明滅する視界に頭を振る。
 グルリ、次に少女が見たのはエストレイアの治療にあたり動きを止めたももだった。
「あははははは!!」
「しま……」
 眼を見開いて、甲高い笑い声を響かせながら彼女めがけて床を蹴るグランシャリオの凶刃が迫り、ももが振り向いた時には血走った目が自分を見下ろしていて。
「うぉおおおお!!」
 横合いから正彦が突進、ワイルドハントを押し倒して抑え込むも、背中から鎌を突き立てられ激痛に悲鳴を上げた。
「マチャヒコさん!?」
「弱くたって、君を守るくらいはできる……だから今はなすべきことを!」
 一撃で肉を引きちぎられ、二撃で骨を斬り崩されて、三撃で内臓を斬り裂かれる。背後から聞こえる断末魔と液体が噴き出す音に嗚咽を抑え込みながら、ももはエストレイアを治療する。
「よし、次はマチャヒコさんの……」
 エストレイアの回復を終えたももが見たものは、無残な姿で床に転がる正彦と、実に楽しそうな表情でそれを踏みつけているグランシャリオの姿。
「このー!」
 結衣菜が飛びかかるも空中で体を上下に分断され、そのまま床へ……。
「人体切断マジックって知ってる?」
 落ちない。ワイルドハントの視界を黒い布が覆い、すぐさまそれを振り払うとそこに結衣菜の姿はなく、代わりに巨大な箱が一つ。予想外の事態に戸惑った瞬間、蓋が吹き飛び巨大な拳がグランシャリオの体を吹き飛ばした。
「く……鈴音さん!」
 一瞬再び正彦を見るも、既にピクリともしない。ももは見切りをつけてまだ戦闘続行が可能な鈴音の傷口に手を翳す。
「まだいける?無理はして欲しくないけど……」
「無理はしますよ。ここまで来て、自分を可愛がってたら女が廃ります……!」
 壁の一部を砕いて、全身を血に濡らしたワイルドハントが飛び出してくる。度重なる攻撃の数々に、その身を蝕むタイプの傷。満身創痍なのは見て取れた。
「トドメ、行きますよ!」
 向かう鈴音は刃を手元で返し、峰で鎌の大振りを受け止めた。それだけで塞ぎきれていない傷が開き、体が悲鳴を上げるが構っていられない。無理に返そうとせず、敵の力に合わせて軌道を逸らしながら弧を描く得物に沿って懐へ潜り込むと刀の柄で顎を打ち上げて、腹を抉り込む鉄拳を叩きこむ。
「カハッ……」
 崩れ落ちるグランシャリオを見届けて、鈴音もへたり込んだ時だった。漆黒の刃が翻る。
「まだ息が……!」
 反応が遅れ、鈴音が目を見開くも刃より先に一発の銃声が響く。
「だから無茶すんなって言ったでございやしょう?」
 ワイルドハントの頭蓋を撃ち抜き、硝煙を吹き消しながらため息をつく姿は世話焼きな母のようだったらしい。

作者:久澄零太 重傷:樫木・正彦(牡羊座の人間要塞・e00916) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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