創世濁流撃破作戦~透氷の夢と目醒め

作者:銀條彦

●アラザルヒトガタ
 冠雪纏う大地は継ぎ接ぎに天を彷徨い、凍える木々は出鱈目に足下へと絡みつく。
 モザイクへと囚われたその空間は……本来そこに広がる筈の風景を毀し、粘性を伴う得体の知れぬ液体を無理やりに注ぎ込まれ、それら全てを混ぜ合わせ満たされた──無秩序な『悪夢』そのものだった。

『コレガ『寓話六塔』ノ齎シタはろうぃんノ魔力……』
 そんな歪み切った空間の只中でひとり『女』はダモクレスの皮を纏い、ゆらり、泰然と急膨張する景色を見守り続ける。
 恐ろしい迄の精緻に整った顔立ちから理想的曲線を描く体つき、揃えられた爪先。銀糸の如き長く艶やかに透き通る髪の一筋に至るまで……あらゆる細部に至るまでに徹底された『完璧』すぎる美の化身の姿が其処には在った。
 漆黒の光沢放つボディスーツのみに覆われた球体関節の存在抜きにしても尚その『女』は名匠の手になる芸術品──この世ならざる『人形』を想わせる。
『……コレサエ有レバわいるどすぺーすハ濁流ト為リ、ヤガテハ世界ソノモノスラ覆イ尽クスダロウ……』
 台詞とは裏腹、そこには一切の喜びの色も高揚の熱も見出せない。が、感情篭もらぬその響きこそ掠め奪われたこの『人形』の美貌には相応しい。

『如何ナルけるべろすガ来ヨウトモ、アタシノわいるどすぺーすヲ消サセハシナイ……』
 唯『創世濁流』の完全なる成就をと任務遂行の意志のみを紡ぐワイルドハントのおもては、しなやかに硬く。そこにこころ見出すこと、難く……。

●イビツノユメガミ
「ケルベロスハロウィンが終わったばかりのところ申し訳ありませんが、緊急事態です」
 小さな頭をぺこりと下げたのちすぐさま本題を切り出したイマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)の説明に曰く。
 ドリームイーター最高戦力、『ジグラット・ゼクス』である『王子様』が六本木で回収したハロウィンの魔力を用いて『創世濁流(ワイルド・マッド・ストリーム)』を発動させようとしているのだという。
「日本の各地に点在するワイルドスペースに向けて、今現在、膨大な魔力が注ぎ込まれていて一斉に急激な膨張を始め出したんです。このまま膨張を続けさせてしまえば、近隣のワイルドスペース同士が衝突して爆発と合体を引き起こしながら更なる急膨張を促してゆき……最終的にその連鎖反応は、日本全土が、1つの巨大なワイルドスペースそのものとなるまで続くことでしょう」
 ヘリオン君との予知がなければそのような奇想天外かつスケールの大きな企みが、阻止を試みる事すら許さず、いつの間にか為されていたかもしれないのだとイマジネイターは僅かにその細い肩を竦ませる。
「ですが幸い、これまでのケルベロスの皆さんの活躍で、数多くの隠されたワイルドスペースが既に発見され消滅済みです。現在まで残ったワイルドスペースだけなら、ハロウィンの魔力をもってしても今すぐに日本をワイルドスペース化させる程の力は無いはずです」
 故にすぐにワイルドスペースに向かってその内部に潜むワイルドハントを撃破をお願いしたい、今ならまだ間に合うのですとイマジネイターは再びぺこりとお辞儀した後、向かう戦場と敵の詳細を語り始めた。

「皆さんに向かっていただくワイルドスペースは北海道、道央の……この辺りです」
 液晶モニター上に示した地図データの一点を指さして正確な位置を告げた後、イマジネイターは『ワイルドスペース内部はいずれも例外なく特殊な空間と化してはいるが、戦闘等は普段通りに行える事が判明しているので安心して欲しい』と補足した。
 説明は、次に、倒すべき敵に関しての話へと移る。
「ワイルドハントは女性型のレプリカント……いえ……ダモクレスの姿を盗み取っている為か攻撃方法も機械的なものばかりの様ですね。儚げな外見に反して頑健タイプみたいです」
 まずそう前置いて判明している敵の戦闘方法についてを連ねた後。
 ワイルドハント自体ももちろん強敵だが、それに加えて、ワイルドスペース内には『オネイロス』という組織からの援軍も派遣されているらしいと告げたのち申し訳なさげにヘリオライダーは俯いた。
「援軍に関しては1体限りだということ以外、僕たちの力ではまったく視ることができませんでした。ごめんなさい……」
 だがいずれにせよ、なすべきは一つ。『創世濁流』の阻止だ。

「ジグラットゼクスの『王子様』にドリームイーター組織『オネイロス』……判らないことばかりですが今は何よりもまず日本全土のワイルドスペース化を食い止めましょう」
 惑いや憂いを振り払った少女の赤瞳は、信じる地獄の番犬達に全てを託し、もはや揺るぐことなくその旅立ちを見送るのだった。


参加者
アリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)
連城・最中(隠逸花・e01567)
卯京・若雪(花雪・e01967)
長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)
山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)

■リプレイ


 雪峰を侵すモザイクの空間は、羊水の如く、粘液に占められている。
「勿体ないね、折角の美しい雪景色を台無しにするなんて」
 戦闘に支障を来たす程ではないにせよ黒翼にまで無遠慮に絡みついてくるような感触は、月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)にとって不快の一言に尽きた。
「ワイルドスペースもワイルドハントも、結局、何がなんだか分からねぇまんま、ここまで来ちまったが……日本がこんな空間になっちまうのだけは勘弁だな」
 真っ直ぐな紫眸で前を見据えたままそう零した長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)の言葉にゆるりと頷いてはみせたが、その実、敵の背景に対しての興味など此処に到るまで白木蓮のオラトリオはさして持ち合わせてはいなかった。
(「これから斬る物の事情など、私が知ったことではないさ……」)
 一種、刹那主義的なそれとはまったく対照的に。
「敵を知り己を知れば百戦しても危うからず──情報は命だ」
 リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)の第一目標は言うまでもなくこの空間の消滅でありそれに繋がるワイルドハントの撃破である。
 が、それらを為した後にも続くであろうドリームイーター……『王子様』勢力との戦いを思えば、この一戦でただ勝利のみを狙うに留まらずどんなものであれ布石は打っておきたいと考えるのもまた無理からぬこと。

「前方、ワイルドハントです」
 卯京・若雪(花雪・e01967)の春草色の瞳は歪な冬景の中、源たる透氷の人形を捉える。
「もう1体も早速のお出ましのようですね」
「トランプ兵、だな──少なくとも見た目だけは」
 連城・最中(隠逸花・e01567)が滑らかな動作で眼元から眼鏡を外し、サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は己が体にざわりと昏きオーラと笑みを灯して、ともに隙の無い臨戦態勢へと移る。

「アレが幹部であってくれたらラクな戦いなんだろーが、ま、雑兵だな」
 ケルベロス特有の眼力を以ってすれば攻撃を撃ち込むまでも無く差は歴然。侮る油断は厳禁だろうがワイルドハントに比すれば格下と智十瀬は断言し、仲間達に伝達する。
「ハートの7か……」
 日本各地のワイルドスペースという場へ配られた『アネイロス』のトランプ札達。
 体に記されたスートや数字に意味が有るのか無いのか。検証データがこの1体のみではリディと云えど判断はつかぬが、持ち帰れば自ずと見えてくるものもあるかもしれない。
 尤も、量産型の雑兵として存在する彼らにとって図柄の被りなど数限りなく起こりえる事態である上に、出鱈目なシャッフルの産物に過ぎない可能性も高いと踏んではいるのだが……情報とはそも白銀のレプリカントにとって玉石混淆からの地道な選別を以って得られるものだ。

 ケルベロスとケルベロスの器装おうデウスエクスの、互いの発見はおそらくほぼ同時。
『……来タカけるべろす』
 最初に口火を切ったのは、夢喰いの側。
 地にも届こうかという長さまで伸びた銀髪は、ゆらり踊るように波打った直後、一瞬で無数のワイヤーと化して射出されケルベロス後衛を薙ぎ払った。
 歪み凝る宙から降り注ぐ銀線は正確無比にメディック・スナイパー勢へ出血を強いる。
 一方で応戦のヒールグラビティはいずれもまずケルベロス陣の前列へと向けられた。
「頼りにしているわ、わたしの”いとし子(リトヴァ)”」
 わけみたまたる銀髪のビハインドの防御が間に合ったアリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)は翳した薔薇枝に果を実らせる力が宿らぬのを見て取るやすぐさま、付与から状態回復へと意識を切り替え、漆黒の大花を舞わせた。
 血の無い傷口を撫ぜた花弁の魔力の前に、絡みついた銀糸の束はするりと、その効力を喪ってゆく。
「──敵戦力確認……データベース照合……火器管制システム、アップデート完了。最新パッチ、配信します」
 己達にまで届く攻撃は一種のみ。状態異常も攻撃や支援を阻害する類いではない。
 この命中精度ならば連続使用も無しとは断言できぬしトランプ兵は後衛に位置する杖使いの様子だがその持ち札はいまだ全容は不明。しかしこの分ならば余程の不運でも重ならぬ限り皆あと何発かは持ち堪える筈と、蒙ったダメージを即時に分析データへと換えながら、リティは攻撃支援型の無人機群を仲間に向けて放った。

「ルリナちゃん……」
 山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)が常日頃発揮する小柄な少年とも見紛う溌剌にも今ばかりはどこか影射す。
 姿かたちのみをなぞった別存在と頭では解っていても、そのかたちは彼女にとって普段からあまりにも近しすぎて、実際に対峙した後も直情な心は割り切れずじまいのまま。
(「ルリナちゃんは大事な仲間……暴走してる状態とはいえ、同じ姿で出てくるって複雑な感じ。でも──」)
 リティ機の支援を受けながら、ジャージ姿の少女の低く鋭い蹴りが牙剥いた先は敵後衛のトランプの兵隊。叩き込んだ作戦方針に従い、爪先揃えてマリオネットの如く浮遊する長髪のルリナの脇を擦り抜けた『地摺り焔鮫』は烈火の如く侵掠する。
「仲間だからこそ、コイツらは止めなくちゃね!」

『……足掻キ全テハ無駄ナコト……。地獄タルコノ星ヲ大イナル『夢』ガ覆イ尽クス……』
「ケルベロスの誰に似てようが、関係ねぇ! ただ戦って倒せば良いだけだ!」
 独白にも似た、虚ろな囁きになど耳も貸さず。
 燃え猛る闘志そのままの彗星にも似た軌跡を引いて、智十瀬のスターゲイザーがワイルドハントの華奢な片脚に重力の枷を穿つ。
 銀糸の人形を縛める更なる枷は頭上、翔ける翼の羽ばたきの後。
「動いてはいけないよ──戦うばかりのお人形さん。すぐ、楽にしてあげるから」
 まずは挨拶代わりと微笑むイサギから放たれた無数の剣気は驟雨の檻と化し、澱みの領域の主を捕らえる。
「ドーモ? イイ記念日にしようぜッ!」
 どれだけ大層な夢だろうが悪夢だろうが叩き起こし終わらせるだけとばかり殊更に陽気、銃音ひと際高らかに。サイガの抱えるバスターライフルから射たれた眩いばかりの光弾は腕部の球体関節パーツへと命中しモザイクに彩られた人形劇の操演を阻害した。


「創世、とは大層な響きですね」
 最中から吐かれた嘆息と同時、守護の黒鎖が、斑な大地に魔法陣を描き出す。

 初撃にまず多くのバッドステータスをワイルドハントに注ぎ込み、以降は、極少数のみを抑えに廻してケルベロス達はトランプ兵へ攻撃を集め始める。
 目指す戦果は、たとえ困難と判っていても、2体撃破である。しかし最初の目論見は、キュアを重ねてワイルドハントへと施されたハートの杖術によって外される事となる。
「メディックですか……」
 初手にこそ自身を含めた前衛列への盾付与を選んだ最中だったが、以降はこのハート杖のトランプ兵に張りつき、支援阻害に治癒に防御と駆け回り続ける事となる。
 格上クラッシャーに短期戦を挑まぬ戦いを選択した以上、此度の勝敗を分けるのは継戦能力の有無であり、回復を含めた総合的な守備力こそ最も問われる難戦化は避け得なかった。
「涼子は抑えに廻ってくれ。智十瀬はヒール補助も頼む」
 幹部ではなくとも重要作戦の増援にと派遣されてきたデウスエクスが相手。
 純粋に個対個だけで比較すればケルベロスを上回る実力を誇るトランプ兵相手に届く攻撃手段が前者は『焔鮫』のみ、後者に到っては皆無という状態は分が悪いと踏んだリティは冷静に指示を飛ばす。
 クラッシャーとスナイパーが誇る高火力が第一目標から外れる点は痛手ではあるがほぼ近接型の2人にこのままメディック攻略を続けさせるよりは有効だろう。
「……わかった」
「よし……行くよルリナちゃん──いいえ、ワイルドハントッ!」

 最中はしばし攻撃の手を止め前衛列への盾を重ねて強化を施す。
 作り物めいた美貌のワイルドハントからの猛攻は続き、更なる援護が必要と判断した故である。
「彼女も想像から生まれたのか?」
 誰の、何処からの、なにゆえの。
 死戦のはざま、答えの返らぬ問いは泡の如く無数に浮かび潰えてゆく。
「肥大しようと、夢は夢。それが現実を侵食するなどあってはならない……」
 アリッサから喪われた夢のかわり、遥か何処かに篝る地獄。傍らに在る稚き白銀。
 歪む空の向こう、さらなる高み目指して伸べられた手は白薔薇の花嵐を生み出し……だが瞬く間、番犬らの痛苦を道連れに、幻想は掻き消える。
(「――そうでしょう、リトヴァ」)
「幾ら姿を奪おうとも、精緻を極めようとも――其は擬い物」
 ジャマーたる若雪もワイルドハント抑えの1人だったが、たった一撃、彼がトランプ兵に向けて放った時空凍結弾が齎す時の遅滞はもう一人分の働きに値する威力を揮った。
(「斯様な傀儡として利用されたままでは、本物の彼女も寝覚めが悪い事でしょう」)
 信を置く戦友にとっては春陽にも似て、討つべき『悪夢』には極寒の決然を以って。
 中衛役として細やかな尽力を続ける若草の存在は、前と後ろ、双方で苛烈な迎撃に耐える仲間達を支え続ける。

『コノ姿ノ主ニ縁有ル者カ……』
「それがどうした! どんどんいくよー!」
 動揺を押し殺しての肉弾戦に奮闘する涼子だったが、前中衛列で唯一、防御に於ける耐性の合わない彼女は露骨に狙われ始め出した。
 トランプ兵からの我が身を後廻しにしての献身的な治癒援護に支えられたワイルドハントの猛威そのほぼ全てが、彼女や彼女を庇う前衛へと浴びせられ続けているのである。
「王子だか何だか知りませんが、俺達の星で、勝手はさせない」
 最中もサイガも、ディフェンダーとしての防護や事前情報を元に完璧に調えた武装を以ってして尚、己ではなく仲間を襲う高火力の前では深い痛手を何度か蒙る局面を迎えた。
 特に肘の球体関節を高速回転させながら繰り出される肉薄状態からの正拳突きは、精度、火力ともにワイルドハント最大の必殺技らしくしばしば再行動にさえ繋げてケルベロス前衛を強か喰い荒らした。
「っせえなあ……最後まで殺してけ」
 喰らいつき縋りつき捻じ伏せる。攻防ともギリギリの死線で暴れ続けるサイガは身体限界を闘争心のみで凌駕し耐え切ったがビハインドが倒された。
 モザイクの地へと撒かれた銀の光片は懐かしい薔薇の面影。
「有り難う……リトヴァ」
 そして、その直後。
「……しばらくヒールは任せた」
 アリッサとのWメディックで臨んで、尚、絶え間ないヒール支援を余儀なくされてきたリティが攻撃に転じる事でワイルドハントへの殺神ウイルスの投射に成功する。


 大小の綻びを覗かせながらも一丸となって耐え抜いたケルベロス達によって加速するトランプ兵の疲弊とワイルドハントの弱体化。

「できればもっと斬り合いで味わいたかった処ではあるけれど、楽しませて貰ったよ」
 白木蓮の下、心有るはずの場所で噴きあがる劫火が具現し、遂にイサギのフレイムグリードが赤のハートを燃やし尽くした。
 しかし息つく暇を許さず戦の天秤は揺らぎ続ける。
「……くっ……!」
「――山之内さん」
 此処まで最前衛で闘う涼子へ最優先に気を配りワイルドハントから護り通して来た最中だったが、やはりルリナの外見をした敵を前にした所為か、涼子の側からの連携が途切れがちだった。
 そんな僅かなズレを衝かれて深々と脇腹を貫かれ、意識を手放した少女の小さな体は粘液のなか力無く揺蕩う。
(「気合い十分に込めたつもりだったけど、解ってはいるつもりだったけど……やっぱり……ボクには討てなかった……」)
 トドメは刺させまいと身を挺して涼子を保護し、射程外へと逃した最中だったが、ワイルドスペースの死守という任務を第一と考える銀髪紅瞳のワイルドハントにその気は無い様子だった。だが、透氷纏う人形の抵抗も其処までであった。

「こいつは簡単には避けられねぇぜ?」
 近接戦にさえ持ち込めばこちらのものとばかり、戦場に躍るは抜刀術『白蛟』。
 奔る白刃と残影のみを後に、智十瀬の剣閃はたなびく銀糸の髪ごとワイルドハントを肩口から袈裟斬りにした。
 ケルベロスの前中列の護りは完全に固められ、治癒支援の途絶えた中で威力重視の大技と阻害を意図した絡め手を雨霰と浴びせられてはさしものワイルドハントといえどじりじりと滅びを待つ他無い。
「貴方達の夢を叶える訳には行きません。此処で儚く、消えて頂きます」
 咲き誇れと若雪の流刃より捧げられた無数の花の香の前に囚われて身動きも取れぬワイルドハントは、美しいだけの、まるで本当に只の人形と化したかの有り様だった。
 紅玉には何のこころの色も浮かびはしない。絶望も憤怒も。唯そこに在るのは……。
『……アタシ、ノ、わいるどすぺーすヨ……世界ソノモノ、ト……為レ……』
 唯そこに有るのは課せられた任務を為すという……この膨張を続けるワイルドスペースが何処かの別のワイルドスペースと衝突するまで唯いのち永らえればよいという硬き意志。
 最期の足掻きにと人形から放たれ拡散した銀髪の掃射。
 ――その全てを、受け止めたのはサイガだった。

「ハハッ! ……死んでねえから俺の勝ち、だろ?」
 切り裂かれ、貫かれながら、闘争を止めようともしない彼が踏み込んだのは彼の眼だけが――戦闘狂の経験則だけが捉え得る隙。
 ぬるむ領域の中でも鮮やかに荒々しく番犬の外套は翻り、『刻々』と、自他の命刻む捨て身とも思える零距離からの連続攻撃。
 勝てばよい? 任務第一? 諸刃も厭わず??
 ……ここは地獄、そんなモノはお互いさまだ。

「――お休みなさい」
 そう囁いたのは白藤のオラトリオだったか。
 夢見るように静かに白磁の如き瞼が閉じられると同時、人形の夢は氷砕するかの如き儚さで人形ごと掻き消え──肌に取り戻されたのは、風。
 激闘終えたケルベロス達の前には冷涼たる白き北の風景が広がるのだった。

作者:銀條彦 重傷:山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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