創世濁流撃破作戦~ブラッディフェアリーテイル

作者:黒塚婁

●血と肉の海
 それは、肉の翼を広げ、ゆっくり揺蕩う。
「これがハロウィンの魔力……この力があれば、ボクのワイルドスペースは濁流となり、世界を覆い尽くす事すらできる」
 ぎょろりと巨大な眼球が、落ち着かなく動き回り、周囲を見渡す。
 そこは彼の翼と同じように、肉と血管で出来た壁に囲まれていた。
 それは――ゆっくりと動いている。
 動きそのものはとても緩やかだ。だが、根源的な嫌悪感を覚える――巨大な生物の腑の中にあるような、それ。
「ワイルドスペースがいくつも潰されてきたって話だけど――関係ないよ……あの『オネイロス』を派遣してくれた『王子様』の為にも、必ず、この『創世濁流』作戦を成功させなきゃ」
 くすり、と微笑んだ少年の眼光は妖しく輝く。
 残酷な感情を隠すように、長い髪が揺れる。
 彼が笑うに合わせ、とてもゆっくりと、血と肉の海は波打つ。ぬらり、ぬらりと。

●ワイルドスペースとオネイロス
「ハロウィンのイベントが終わったばかりではあるが、事態が動いた」
 腕組みを解いて、雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はケルベロス達を一瞥する。
 曰く――ドリームイーター最高戦力であるジグラットゼクスの『王子様』が、六本木で回収したハロウィンの魔力を使い、日本全土をワイルドスペースで覆い尽くす『創世濁流』という、恐るべき作戦を開始したらしい。
 現在、日本中に点在するワイルドスペースに、ハロウィンの魔力が注ぎ込まれ、急激に膨張している――このまま膨張を続ければ、近隣のワイルドスペースと衝突して爆発、合体して更に広がり、最終的に日本全土が一つのワイルドスペースで覆い尽くされてしまう。
「不幸中の幸いか、これまでに貴様らが隠されていたワイルドスペースを多く消滅させてきたゆえ、ハロウィンの魔力であろうと、すぐさま日本全土をワイルドスペース化する力は無い――至急、ワイルドスペースに向かい、ワイルドハントを撃破せよ」
 辰砂はそう告げる。
 さて、このワイルドハントはクー・ルルカ(デウスエクスに悪戯する者・e15523) の似姿をとっている。
 巨大な蝶の羽――しかしグロテスクな肉の質感をしている――を持ち、ワイルドスペースもそれに似た空間となっている。
 それは細身のゾディアックソードを操り、時折血の雨を降らせることで回復する力も持っている。飛行能力を有しているものの、戦闘で飛行することは無いだろう。
「それから、もうひとつ――『オネイロス』という組織からの援軍が派遣されているらしい」
 オネイロスは『トランプの兵士のようなドリームイーター』であるが、解っているのはそれだけだ。
 先にワイルドハントを撃破した場合、ワイルドスペースは消滅し、援軍も撤退するが、オネイロスの援軍を先に撃破した場合、ワイルドスペースは維持される。
 つまりワイルドハントを倒すまでワイルドスペースを破壊することはできぬ、ということだ。
「特に重要と思われるワイルドスペースには、オネイロスの幹部と思われる強力なドリームイーターが護衛として現れる可能性がある……幹部は強敵だが、撃破できれば今後に有利となるだろう。だが、ワイルドスペースの破壊が優先される事項であることは忘れるな」
 このワイルドハントも手強い相手である。中途半端な作戦でどちらも倒せぬ――というのは考え得る限り最悪の状態だ。
「いずれの可能性も考えて策を立てる必要がある、ということだ……最良の手を尽くせ」
 説明を終えた辰砂は、ケルベロス達をゆっくり一瞥し、その覚悟を問うのであった。


参加者
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
ユーリエル・レイマトゥス(知識求める無垢なるゼロ・e02403)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
クー・ルルカ(デウスエクスに悪戯する者・e15523)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
ベルベット・フロー(母なるもの・e29652)
園城寺・藍励(冥府と神光の猫・e39538)

■リプレイ

●内腑
 赤、朱、紅――視界は深い血の色が広がっていた。
 そして意識しなければ解らぬ程度に緩やかに脈打つ空間。無臭であるが、それが不思議なほど生物的な空間であった。
 空間を斬り裂いて突入したケルベロス達は、周囲から押し寄せる殺気に緊張を高めた。
 突然敵の前に転がり出るということはなかったが――奇襲は難しそうだ、と比良坂・陸也(化け狸・e28489)はひとりごちて、
「クーの姿をまねたワイルドハントかー……」
 しみじみと天を仰ぐ。
 強敵、と聴かされていることもあるが――仲間の姿を――例え平静と異なる暴走中のものであろうと――している敵というのは、やりづらい面もある。
 だからこそ、自分がやらねばとクー・ルルカ(デウスエクスに悪戯する者・e15523)は深く誓う――出身地の掟に従い、戦化粧で精神統一を終えた彼は皆へ声をかける。
「ボクを写した鏡……怖いけれど、みんなを護るために、やっつけるよ!」
「無理は……ううん、信じるって決めたからね」
 途中で止めたものの、ベルベット・フロー(母なるもの・e29652)の声音から彼を案じる色は隠せなかった。
 解った上で、その彼も笑みを浮かべて応える。
 ――招かれるような一本道の先、大きく広がった空間の中心に、肉の翅を広げた少年とトランプ兵がいた。何処か物語的でありながら、ちぐはぐなペアだった。
「来たね、ケルベロス……でもボクは簡単にはとめられないよ。チャンスをくれた王子様のためにもね」
 ワイルドハントは細身の剣を抜き放ち、クーとよく似た声音で言い放つ。
「その王子様は一体どこで何をしてるのかしらね」
 凍えるような声で、アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)が切り返す。
 さあ、それは興味がないように肩を竦める。ワイルドスペースを拡大させること、それこそが彼の為すべきこと――王子様が彼らに向ける真意など、興味は無いのだろう。
 それならば、その目的を潰してあげるわ――。
「いよいよワイルドハントの本領発揮かしら。あなたたちの思い通りにはさせないわよ」
 繰空・千歳(すずあめ・e00639)が鋭く発すれば、
「……何を目論んでいるかは知らないけど、好き勝手はさせない。希望の未来の為にも……立ちはだかる障害は切り伏せる」
 アームドフォートを展開しながら、園城寺・藍励(冥府と神光の猫・e39538)が同意する。
「……私も、退けないわ」
 二人の強い言葉に頷き、アリシスフェイルが金色の眼差しでワイルドハントを射貫く。
「ご託はその辺でいいだろ――さっさと始めようぜ」
 試すように拳を握り、構えたハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)が好戦的に笑む。
「今回、回復はお任せください。その為に攻め手を極限まで減らしましたので……」
 ユーリエル・レイマトゥス(知識求める無垢なるゼロ・e02403)が淡淡と告げ、九尾扇を揺らめかせた。

●開幕
 互いの間に一瞬の沈黙が落ちた後、ケルベロス達の眼前に氷塊が壁のように居並んだ。
「どるちぇ!」
 サーベルを構えながらクーが、己のミミックを呼ぶ。前に飛び出した彼らと、千歳の相棒である鈴が陸也を庇い、直撃を受ける。
 そのまま陸也はカードを切って、槍騎兵を召喚する。
 氷結を纏い駆けた騎兵が氷を砕きながらワイルドハントへと迫っていく。
「昔のあたしだったらどっちも殺しに行くところだが……丸くなったモンだ」
 ドラゴニックハンマーを担ぎつつ、ハンナは自嘲する。
「それ、外した時の言い訳にしないでね、ハンナ」
「そっちこそ。甘く構えて外すなよ」
 軽口を叩きつつ、千歳とハンナがそれぞれにハンマーを砲撃形態へと変じて構える。
 ふたつの咆哮が轟いたと同時、騎兵はワイルドハントの一閃に沈む。だが、次の竜砲弾の挟撃は避けられぬ。それは地を蹴って離れようとしたが、その背を淡い光を放つ蝶が包み込む。
「銅から水晶に至り、未知の恐怖を心に刻め――」
 ――胡蝶の迷い路、アリシスフェイルの掌から生まれた月光抱く無数の幻蝶が、視界を埋め尽くす。
 それはワイルドハントとトランプ兵を幻惑し、消えていく。
 爆撃がふたつ、後から爆ぜる。
「く……」
「クーちゃんの偽物め! もっとプリティになって出直して来ーい!」
 揺らいだ敵の姿はクーによく似ている――振り切るように、ベルベットがワイルドハントへ悪態を吐きながら、ケルベロスチェインで魔法陣を描く。
「【オネイロスのデータ:記録開始】……せめて、データだけは頂きます」
 陣を配しつつ、ユーリエルはトランプ兵を見やる。
 武器は斧を手にしているが、それは積極的に前に出ることもなく、退き気味に構えている。
 ケルベロス達の攻撃の合間にルーンをかざし、ワイルドハントの傷を癒やしている姿も見た。フォローに集中するスタンスだろうか――これは、少々厄介な構成だ。
 無論、そのまま放っておくつもりはない――。
 稲妻を帯びた鋒を素早く繰る。長尺の槍を巧みに捌き、藍励がトランプ兵へと突撃する。
 相手にせよ、その一撃をただ受け入れるということはない――斧を振るって鬩ぎ合う。迸る雷撃が目の前で爆ぜた後、互いに距離を取る。
 その手応えに藍励は僅かに表情を曇らせる。
 倒してやろうと意気込んでいたわけではないが、確実に抑え込むには手が掛かりそうだ。
「予想はしてたけど……やっぱり、ちょっときつそう。カレンさん、フォローお願いしていい……?」
 真っ直ぐにトランプ兵と向き合ったまま投げた要請に、ああ、応える声が背後から前へと駆け抜けた。
「お前も相手が一人だけじゃあ寂しいだろう? ちょいと構ってやるよ」
 ついでに倒れてくれても構わないけどな――ハンナはそう笑って、流星の煌めきを纏いながら跳躍した。

●衝突
 ワイルドハントは肉の翅を水平に広げたまま、猛進する。
 地面を数度蹴り上げ、体重を感じさせぬ速度で駆けながら、実際の打撃はとても重い――加速で更に強烈となった加護をも砕く一閃、怯むことなくクーは受ける。
 互いの剣を介して睨み合う両者の貌は、鏡写しのようにそっくりだ。
 力点が逸れた瞬間、クーも速さを活かして飛び退く。長いポニーテイルが揺らし、大きく息を吸い込む。
「熱いの、寒いの、どっちがいい?でもね、君には選べないよ。だって、ボクは冷やすことしかできないから!氷漬けになっちゃえぇ!!」
 全身を震わせ、渾身の叫び。空気を振るわせ、凍結させるコーキュトゥイング・ハウル――更にユーリエルから受けた破壊のルーンの力も叩きつけた。
 翅の瞳がぎょろり、と彼を睨む。
 それは飛行しているわけではない――たとえ翅に薄く霜が張ろうとも、その動きに影響はない。
 距離をおいて、ワイルドハントは剣を掲げる。すると、ワイルドスペースの天井よりしとしとと血の雨が滴る。それはワイルドハントの翅の氷を溶かし、トランプ兵の傷も癒やす。
 舌打ちを打ったのはハンナ。重ねた呪いをすべて破る程ではないが、一進一退が続くのは良い状態ではない。
 彼女が仕掛けた砲撃に重ね、藍励が釘の生えたエクスカリバールを振り上げ、深く撃ち込む。
「ありがとう……後は、うちが、押さえてみる……!」
「無理すんなよ」
 時々フォローは入れたいところではあるが、さてそんな余裕があるだろうかとハンナは頭を振る。
 振り返れば、アリシスフェイルが血肉のような床を蹴り上げ、高く跳躍した所だった。
 灰色の髪を踊らせ、煌めきの軌跡を描く蹴撃は、ワイルドハントの背を捕らえる。翅はそれらしからぬ重い感触をしており、表面を削ると血が噴き出した。大きな目がぎょろりと睨んでくる――横薙ぎの刃から逃れつつ、彼女は敵の向こうにいる友人に合図を送る。
「随分と好き勝手してくれたわよね。ケルベロスを馬鹿にしたツケは高くつくわよ?」
 合わせ、千歳の手にしていた杖が消え、鈴蘭のような白と緑の兎が飛び出す――魔力によって射出されたそれは、ワイルドハントの動きを阻むように飛びつく。
 それを纏わり付かせながら、体勢を整え直すため、ワイルドハントが距離をとる。その足元で、ベルベットの仕掛けた見えない地雷が次々と爆ぜた。
 その内いくつがそれに影響を与えただろうか。まだ足りないか、陸也は御業を繰って、ワイルドハントを直接捕らえようとする。
 流石に御業の腕をかいくぐるは無理と見たか、それは細身の剣で星座を刻む。
「クーちゃん、みんな、気をつけて!」
 警告の声を発したのは、ベルベット。彼らの攻撃は多く最前に向けられた。何より、狙いが後ろに向かおうと彼女達を守るために、彼らは身を挺する。
 再び、巨大な氷塊がケルベロス達の行く手を阻んだ――それどころか、徐々に弱ってきていたどるちぇと鈴が、それでも主達を守るように身を投げ出し、封じられる。
 念のために先んじてユーリエルが陣を唱えていたが、届かなかった。
 飴色のエクトプラズムが零れ出すように凍っている姿を見やり、千歳は僅かに眉根を上げた。
 今は、言葉をかけない。敵に隙を与えてはならないと、武器の構成を攻めから守りに転じつつ、前に出る。
 その隙を埋めるべく、硬質な声がワイルドスペースに響く。
「『ヴァンガードレイン回路』起動…。猛獣の雷電の角…貴方に回避出来ますか?『L・スタンピード』…発動します」
 ユーリエルに召喚された高電圧のトナカイが、ワイルドハント目指して駆ける。
 電撃のように推進してくるそれをいなし、再び剣を振り上げ飛びかかってきたそれに、クーが剣で応戦する。
 手足にはうっすらと氷が張って、纏めていた髪も解けている。
 一度立て直す必要がある……。
 そう考えた藍励は、仲間達へ向け、希望を注ぐ力を放つ。
「永望、零之型『希楽』――――ホープ・ハピネス」
 その力を受けながら、陸也は赤い月光を貯めこんだ符を手に一声に唱える。
「目覚めよ、我が血、我が本能! 我は獣、月の兵!! 然れども、我は月を制し、神を喰らわん!!!」
 その身を赤黒い獣のオーラを纏う。狂気を狂気で支配し、理性を繋ぎ、より鋭く凶悪な眼光で敵を睨む。
 更に守りを重ねるべくサークリットチェインを展開しながら、傷も厭わず果敢に戦う義理の息子を見つめ、ベルベットは思う。
(「……信じてるからね」)
 失うことの痛みを知っているからこそ、それ以上踏み込まないで欲しい――言葉にせず、ただ祈る。

●鏡映しの影
 凍り付いた腕が、キィと小さな軋みを上げる。だが千歳には余裕がある――序盤からその身を囮とし、所狭しと駆けるクーに比べれば。
 ユーリエルの献身もあって、陸也も何とか状態を維持できている。
 ――足止めついで、殺っとくべきだったな、ハンナは小さくひとりごつ。
 垂直に落ちる煌めき、藍励が重力をトランプ兵に叩き込む。
 どうにもこのトランプ兵が邪魔であった。前衛の守りを剥ぐのにこれ以上ない煩わしい攻撃手であり、呪いを洗い流す鬱陶しい衛生兵でもあった。
 藍励の牽制で頻度も精度も落ちているものの、それと対峙し続けねばならぬ時間が続いているのも、ワイルドハントへ与える手数に響いた。
 どんなに戦闘が長引こうとも、倒れない、倒させない――千歳はそれを一心に、腕を広げる。
「本日は飴模様。優しい飴にご注意を。」
 ころころと肌の上に飴が転がり、彼女と仲間の傷を癒やしていく。
 血の雨より効くんだから――そんな自負を滲ませて、彼女は詠う。
 それに誘われたか、グラビティ展開中の隙を狙ったか、急にワイルドハントは方向転換し、千歳の背に斬りかかる――。
「千歳……! させないわ!」
 アリシスフェイルはすぐさま掌を向ける。友を案ずる声音と変わり、その顔色に焦りはない――。
 冷静にグラビティ・チェインを練り上げる戦場での冷静さは、彼女の中に常にある。
「燃やしてあげるのよ」
 言葉通り、ドラゴンの幻影が横から駆けて、それの足に食らいついた。
 ほぼ無防備な状態で炎に搦め捕られたことに、ワイルドハントは僅かに目を見開く。その眼前を横切る、長い影――。
「それで終わりだと思ったか?」
 如意棒を操りながら、ハンナが笑う。長く伸びたそれは互いの距離をものともせず、一気に詰める。回避は不能、判断し咄嗟に刃を振り下ろすも、ワイルドハントはそのまま後ろへと押し戻される。
「ありがと、二人とも」
 千歳は礼を告げる。盾として、そのまま引き受けても構わなかったのだが、無防備に斬りつけられずに済むならそれに越したことはない。
「当然よ……でも、あいつ。相当怯んだわね」
 アリシスフェイルは目を細め、敵を見やる。対の剣をきちり鳴らし、距離を測りつつ彼女の言葉に、はい、同意する声がある。
「残り数手で撃破可能と見ました……援護します」
 ユーリエルの金眼がひとつ瞬く。全身に纏ったオウガメタルの装甲から、光輝くオウガ粒子を放つ。
 宙にきらきらと舞う粒子の中、アリシスフェイルが先に仕掛ける。
 遠間から斬りつけた二筋の衝撃波――肌を斬り裂く鮮血が風に巻かれて舞い上がる。低い姿勢で堪えるそれへ、黒いスーツの女が迫る。
「悪いな……あたしは素手の方が強い」
 軸より絞り捻る、強かな一撃。
 銃撃よりも重い至近距離からの鉄の拳は、高らかな音を立て、ワイルドハントの肩を潰した。
 剣を振るう利き腕だ――甘く見ないでよ、低く囁き、持ち替え跳ね上がったそれの身体が、上昇すること無く不意に止まる。
「機は作った――自分で蹴りつけな!」
 半透明の御業が、ワイルドハントの足を確りと掴んでいた。堅く編み上げた御業を押さえながら、陸也が吼える。
「クーちゃん、いっけー!」
 ストレートな応援を投げ、ベルベットが拳を振り上げる。
 同時、爆ぜたカラフルな爆風に背中を押され、青い髪を靡かせながら、クーは両の星座を解放する。片の剣は母の形見。片の剣は親友からの贈り物。両手に強い力を感じながら、傷の痛みを忘れて地を蹴り上げる。
 飛び出し、まっすぐに駆けた青の残像――その速さにワイルドハントは驚き、彼を見た。向き合い、鏡写しの二人を別つように――二筋の剣戟が十字を斬る。
 一瞬のことだ。
 目を見開いたまま、言葉も無く。
 自分にそっくりな、まったく違う存在が赤い断面を見せながら崩れていくのを、クーは優しい眼差しで見つめた。
 何の奇縁か、ワイルドハントはクーの姿形を真似た。あちらに、彼に対する深い思い入れがある様子もなかった――だが、奇縁であれ、縁はある。
「ごめんね、痛かったよね……ゆっくり休んでいいよ。もう、起きなくていいからね……」
 これでワイルドスペースが消える――陸也がふとオネイロスのトランプ兵を追撃できるか振り返った時、藍励の槍がそれを屠っていた。
 戻っていく風景を背に、ベルベットが朗らかに声をかけた。
「さ、みんな帰ろ!」

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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