創世濁流撃破作戦~乱れ揺蕩う銀の髪

作者:白石小梅

●水底の妖霊
 そこはモザイクに覆われた、夕暮れ色の水の中。人呼んで、ワイルドスペース。
 大地の方角を見失ったかのように、樹々や草花、岩や土塊が宙に彷徨うその場所で。
『これが、ハロウィンの魔力……王子様、本当にわたしにも力を送ってくださった』
 長い銀髪をゆらゆらと戯れさせる白装束の影が、水葬の死者の如く黄昏に揺蕩っている。
『この力があればわたしもワイルドスペースを溢れさせて、全てを呑み込む濁流に加わることが出来る……』
 僅かに肌蹴た経帷子から血の気のない手を伸ばし、物憂げな瞳が外界を見やる。
 外に広がる現世をゆるゆると呑みこみながら、黄昏の異空間は膨張しつつあった。
『でも駄目ね。きっとあの恐ろしい番犬の群れが、わたしの小さな泉を食い破りに来る……わたし一人じゃ、ここを守れない……』
 少年がそう言って悩ましげに腕をかき抱いた、その時だった。
 揺らめく黄昏の中に、するりと一つの影が入り込んだのは。
 少年の目が、僅かに開いて。
『……オネイロス? あぁ、王子様が援軍を寄越すと仰っていたのは本当だったのね……ありがとう、王子様……うん。寂しかったけど、もう大丈夫。あなたが来てくれた』
 少年はその影を抱き寄せて、柔らかな頬を擦り寄せると、小さな手を広げた。
 無表情のまま、目の端だけで笑って。
『ようこそ、オネイロスの使者。この後髪怪異の司る小さな泉へ。共に、創世濁流(ワイルド・マッド・ストリーム)の源流を、守りましょう……』
 その指に誘われるように、黄昏の泉は膨れ上がる。
 やがて荒れ狂う大河となって溢れ返り、全ての大地を呑み込むために……。

●創世濁流
 緊急の呼集に、ハロウィンパーティから抜け出てきた番犬たちが集う。
「皆さん。予測の通り緊急事態です。それも非常に重大な」
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)の表情には、冗談の入る隙はない。
「ドリームイーターの最高戦力と思しきジグラットゼクス……その一角、『王子様』が動きました。六本木で回収したハロウィンの魔力を用い、日本全土をワイルドスペースで押し流す『創世濁流(ワイルド・マッド・ストリーム)』なる作戦を開始したのです」
 現在、日本中に点在しているワイルドスペースにハロウィンの魔力が注ぎ込まれ、急膨張が始まっているという。
 このまま続けば、やがて近隣のワイルドスペース同士が衝突して爆発。それが更に合体して膨張速度を増していき、最終的に日本全土が呑み込まれるというのだ。
「本来でしたら気付いた時には手遅れ……だったはずですが、幸い、皆さんの活躍によって、隠されていたワイルドスペースは半減しており、ハロウィンの魔力回収もある程度阻止しています。今ならばまだ、対処も可能。これより、創世濁流撃破作戦を発令いたします」
 一斉に出撃し、各ワイルドスペースを司るワイルドハントを撃破。急膨張を続ける異空間を破壊する。
 それが、今回の任務だ。

「我々のヘリオンが各ワイルドスペースへ皆さんを輸送します。内部は特殊な液体で満たされた空間ですが、呼吸や戦闘には影響ありません。皆さんの担当のワイルドハントは『後髪怪異(うしろがみのかいい)』と名乗っており、これを撃破すれば彼のワイルドスペースは消滅します」
 後髪怪異は、後神・がおん(甘味処の店主・e12450) というケルベロスの暴走姿を奪った偽物。本人とは別人だ。
 後ろ髪を引かれるような幻影などを操るが、問題は彼の戦闘能力ではないという。
「王子様は拠点防衛のためにドリームイーター組織『オネイロス』の戦力を援軍として、各現場に一体ずつ派遣しました。基本的には『トランプの兵士のようなドリームイーター』ですが、詳しい戦闘能力は不明。すなわち今回は、二体の敵と同時に闘うことになるのです」
 先に後髪怪異を撃破すれば援軍は守るべきものを失い撤退するが、援軍を先に撃破した場合は継戦して後髪怪異まで倒す必要がある。
 互いに、目標はワイルドスペースにあるというわけだ。
 だが。
「特に重要と思われる箇所には、オネイロス幹部が援軍として派遣される可能性があります。数は五体程度。戦闘員より能力も高く、どこに派遣されたのかも不明です」
 敵幹部に出くわした場合、間違いなくこちらは危機に陥る。
「ですが逆に考えれば、作戦の中核戦力を撃破し今後の作戦を有利に運ぶ絶好の機でもあります。幹部出現の場合はワイルドスペース破壊を放棄し、幹部撃破を優先しても構いません。中途半端に両方狙えば、却って敗北するでしょう」
 如何なる状況が待ち構えているにせよ、優先目標をはっきりと定めておくことが重要というわけだ。

 全てを話し終え、小夜はため息を落とす。
「ジグラットゼクスの一角。戦闘組織オネイロス。先の五方面作戦に日本全土を呑み込む創世濁流……敵は総力を挙げて動いて来ましたが、こちらも全力で計画阻止に動いて来ました。彼我の策と力のどちらが勝るか……結果の出る時が来たようです。出撃準備を、お願い申し上げます」
 小夜はそう言って、頭を下げた。


参加者
ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)
ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)
フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)
ギュスターヴ・トキザネ(ケルベロスの執事・e03615)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)

■リプレイ

●黄昏の泉
 そこは訪れる人もほとんどいない、山間の集落であった場所。
 黄昏色のモザイクは人知れずゆるゆるとその領域を広げながら肥大化を続ける。
 八人の番犬はその境を潜り、粘性のある空間の中へと歩を進めた。
「これが……創世濁流の一片……計画の成就を許せば日本全土が呑み込まれてしまうというのですか」
 リモーネ・アプリコット(銀閃・e14900)が呟く。
 ワイルドの力にドリームイーターたちの企み……謎は謎を呼び、番犬たちを巻き込んで絡み合う。
「……忌まわしく呪わしい、ロクでも無い企みだな。さて、内部は前に同じか。息も出来る、動きも問題ない。なら、私がやることは変わらない……」
 応えたのは、祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)。ビハインドの蝕影鬼を引き連れ、その身を呪いで満たす。
 空間の主は、果たして堂々とそこにいた。
 長い銀の髪を揺らして指を折り、少年の姿と声で妖しく誘う。
『私の泉へようこそ……恐ろしい番犬たち。この後髪怪異が、相手になるわ』
 ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)がその顔を見て、ため息を漏らす。ウイングキャットのミルタが主人の肩をとんとんと叩いて。
「ワイルドハント……本当に不思議。見知ったあの人と鏡みたいに瓜二つなのに……まるで違うのね。あの人は、そんな目はしなかった……」
 その言葉に、怨霊は目の端だけで嗤う。
「ジゼルさん、相手は容姿を写し取っただけの偽物と聞いています。油断も躊躇も禁物です。もちろん、わかっているとは思いますが」
 そう諭すのは、ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)。無論、ジゼルもわかりきっているが、番犬たちが動かぬのにはもう一つ理由がある。
「さて……前情報では援軍の派遣があったと聞いているよ。自分の姿を晒して攻撃を誘うのは、援軍に背を狙わせようという魂胆かな? 臆病で姑息なワイルドハントさん?」
 警戒を解かぬままにそう語ったヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)の揺さぶりに、怨霊は驚いて目を見開いた。
「君達には君達の事情があるんだろうけど、こちらも引くわけにはいかない。出し惜しむようなら、全力で君に向かおう。僕は折角のお誘いを、無下にする性質ではなくてね」
 友人とちらりと視線を合わせ、紗神・炯介(白き獣・e09948)が挑発する。
 怨霊は不機嫌に目を細めると、ぱちりと指を鳴らした。
 唸るような声と共に岩陰から現れるのは、槍を構えたクラブのカードの兵隊。
「オネイロス……! やはり……あなた達は……」
 フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)が唇を噛んで、その姿を睨む。
「トランプ兵……話に聞いた敵幹部ではなさそうですな。フィルトリア様。如何なる因縁かは存じ上げませぬが、決着はまたの機会にと存じます」
 今は、手筈通りに。優しく諭すのは、ギュスターヴ・トキザネ(ケルベロスの執事・e03615)。
『オネイロスのことまで全部お見通し? 何を、どこまで知っているの? 本当に怖い……気に入らないわ……』
「何をどこまで知っているのか……その質問はそのままお返しします。いずれにせよ答えないでしょうが……少なくともこの計画は、挫かせていただきます……!」
 力強く大地を踏みしめて、フィルトリアが身構える。
 全員が武装を抜き放つと同時に、怨霊はトランプ兵を解き放った。
 そして闘いが、始まった。

●狂気の札遊戯
 隕石の如く後髪怪異へ放たれるのは、ヴィルフレッドの火炎の蹴り。だが雄叫びをあげて、クラブのトランプ兵が割り込む。両者は勢いも半ばに激突しながら前後に散って。
「庇う動き……それにこの堅さ。やっぱりディフェンダーだね。でも、トランプ兵はそれほど強くはないよ。これなら」
 押し切れる。そう言おうとした瞬間、トランプ兵が飛び起きて、奇声を発しながら襲い来る。飛んだ血の飛沫は、その一撃を逸らした、イミナの手から。
「私は……怪異も、オネイロスも、等しく祟るだけ。さあ、呪わしく凍て付くといい……」
 蝕影鬼の放つポルターガイストと螺旋の氷結の直撃を喰らい、トランプ兵が弾かれる。
「幹部がいないのならば、手筈通りにこちらから……! 何が何でもこの企みは阻止してみせます!」
 瞬速で間合いを詰めたリモーネが放つは、三段の突き。両肩を抉られ、胸元へ一撃を叩きつけられて、トランプ兵は滲んだ血を巻き散らしながら大地へ転がった。だが。
『……私を守って。ずっと、ずぅっと……』
 長い銀髪が絡み付くようにトランプ兵を包み、マリオネットの如く起き上がらせる。穿たれていた火傷や凍傷の跡も消え、金切り声を発するトランプ兵。
 槍の刺突を脇に掠めさせ、フィルトリアがその体を叩きつける。
「まるで、傀儡のような扱い……オネイロスには、達成せんとする理想の世界があると聞きました。それは……本当なのですか」
 その口ぶりは、僅かな惑いが滲む。その理想に触れたことのあるような、共感しているかのような。槍を挟んで競り合いながら、トランプ兵のモザイクが歪む。
「もし本当なら……この作戦の目的は何なのですか。分かり合う道はないのですか!」
 トランプ兵は僅かに力を緩め……そして、彼女を弾き返した。
『理、想ノ……世界ヲ! 作ル、ノダ……!』
 舌打ちした彼女が轟竜砲でトランプ兵を弾き飛ばすも、狂気に取り憑かれた兵隊は雄叫びをあげながら立ち上がる。くすくすと含み笑う少年の声を背負って。
『理想ノ! 世界ヲ! 何ヲ犠牲ニ……シヨウトモォォオ!』
 ゾンビの如く走りだすトランプ兵。しかし、フィルトリアを突き刺そうとした槍は、彼女の身を包んだ煉獄の炎に弾かれた。
「!」
「……知性の足りない兵卒にすら徹底される思想管理。無辜の民を丸ごと巻き込む軍事作戦へ捨て駒の如く送り込む、使いよう……あなたたちの信じる理想が如何なるものであろうとも、わかり合えるとは思えませぬな」
 そう語るのは、ギュスターヴ。煉獄燎火で、彼女の受けた傷を癒しながら。
「同感だね。自分よりも弱い兵卒を傀儡の如く闘わせる戦法には、哀れみを覚えるよ。尤も、これは生存競争。仕方ないのかもしれない。が、それならこちらも迷う事はない」
 炯介の放った氷結の閃光が兵隊の足を凍らせる。凍傷に裂かれながらも前進するトランプ兵の肩口を、今度はベルノルトのデスサイズシュートが裂いた。
 だがその視線は、気が触れたように槍を振り回すトランプ兵でなく、周囲に向いて。
「皆さん、お気をつけて。やかましいトランプ兵に気を引かれがちですが、ワイルドハントの方がいつの間にかいません……!」
 逃げるはずはない。奴がここに在ることが、この空間を維持する条件のはず。ということは……。
 その瞬間、空気に波が走った。前衛たちは激しい頭痛に見舞われ、背後に立つ銀髪の殺気を察知する。慌てて迎撃をしようと振り返りそうになった時。
「気をつけて。それは幻……振り返りざまの、同士討ちを狙っているのよ。ミルタ、消し去って」
 ミルタの翼が起こした風と、無数のヒールドローンが癒しの力を降り注がせて、幻の殺気を浄化する。
「……仲間は捨て駒。使い捨て。人の心を弄んで、自分は影に隠れてばかり……お前様は、悪い男ね……」
 ジゼルの視線が、僅かに冷酷な色を帯びて戦場の隅を睨んだ。
 後髪怪異は眉を寄せて睨み返すと再び物陰へと隠れ、前線ではトランプ兵が再び奇声を発して荒れ狂う。
 歪んだ空間の中で、闘いの熱は風に揺れる灯火のように、妖しく燃え踊る……。

●情念の怨霊
 闘いの流れは、確実に、そして急速に片方に傾いていっている。
「トランプ兵はただタフなだけ。守りは堅く、回復援護も確かに厄介ですが、逆に言えば攻め続ける限り後方からの攻撃はありません。続いてください……!」
 リモーネの斬霊刀『鬼斬』がトランプ兵の脇を抉る。すぐさま続くのは、イミナ主従。
「蝕影鬼、祟りきるぞ……焼け落ちながら、この呪いの前に立っていたことを悔いるがいい……! 祟る祟る祟る祟祟祟祟……」
 金縛りに縛り上げられ、放たれた業火に焼かれて、トランプ兵の悲鳴が空に満ちる。
「援軍狙いで正解でした。最初から大将首を狙っていたら、守りを固めた雑兵は大いにこちらの足を引っ張ったでしょう……哀れな雑兵よ、せめて、覚めぬ幸福な夢を……」
 火達磨のトランプと馳せ合いざま、ベルノルトの一閃が首筋を裂く。
 盛大に血を噴き上げさせながら、トランプ兵は二、三歩を進んで膝をついた。
 実際、トランプ兵が幾度立ち上がろうとも大した敵ではない。敵主力は後髪怪異なのだから、その行動を回復に割かせる度に優位になっていくのはこちらなのだ。
『理想……ノ……世、界……』
 なおも呟きながら、トランプ兵は震える手で槍を構える。やり切れない表情のまま、目の前に立つのは、フィルトリア。ベルノルトは、片をつけてやれと、彼女と視線を合わせて頷く。
「せめて……安らかに眠ってください。あなたの理想の世界に、行けますように……」
 全霊の拳が落ちる。トランプ兵は純白の火炎に包まれて、消え去っていった。
「……出てきなさい、ワイルドハント」
 舌の上に微かに感じる苦い味を噛み潰し、番犬たちは周囲に視線を走らせる。
『使えない男……でもいいわ。愛しの王子様の贈り物だもの……我慢しなきゃね』
 何処からかの声。その瞬間、ジゼルの髪が首の骨をへし折らんばかりの乱暴さで後ろに引っ張られた。
『綺麗な顔の女って嫌いよ。素知らぬ顔して、すぐに男を取るものね』
「っ……ミルタ、祓って」
 すぐさまその手を払うものの、ジゼルの目には誰かの幻影が襲い掛かって来るのが映る。それをすぐさま、ミルタの羽が掻き消して。
「ヴィル、行くよ」
「炯介、あそこだ」
 ヴィルフレッドと炯介の言葉が、重なる。目配せもせずに同時に動き、黒い弾丸と薔薇の茨が怨霊の体を捉えた。その二撃を掃うように弾き、後髪怪異は波動を放つ。
 迸るのは、頭痛と背後の幻影。だがそれも、士気を高める爆煙がすぐさま吹き飛ばして。
「性悪な小僧を、ようやく引きずり出せましたな……いや、この表現で括るにはこの坊やは少しばかりみだらに過ぎますか」
 ブレイブマインで幻影を払ったギュスターヴが、嫌悪の籠もった瞳を向ける。
 その周囲にすぐさま展開した仲間たちが、改めて武装を構え直して。
『人にあてがわれた男を食い散らす狗の群れは……もっと嫌い』
 もはや、隠れ蓑はない。番犬たちは全員で、銀髪の怨霊に飛び掛かっていく……。

●決着
 勝敗は、闘う前に決まっていたのかもしれない。
「私は……他者を傷つけ、虐げるような行いを許すつもりはありません。例え敵であれ、あなたの部下の使い方には嫌悪以外の何も感じない。容赦はないと、思いなさい」
 えずくような気持ちを噛み潰して、フィルトリアのライフルが閃光を乱射する。
 光弾に逃げ道を塞がれた怨霊の頭上には、金色の髪が舞って。
「別にあなたの性格をどうこう言うつもりはありません。ですが、人を頼るにも、頼りかたというものがある。その選択を誤った者の末路は……歴史においても悲惨なものですよ」
 リモーネの鬼斬は、月を断つ一閃となって怨霊の肩を裂いた。
『……っ』
 番犬たちは援軍から押し潰す作戦を、徹底していた。己を囮にした上で他者を盾にする、という後髪怪異の戦術は完全に裏目に出た。
 憎悪に任せてリモーネの後ろ髪を引こうとするも、割って入った蝕影鬼がその一撃を受け止める。その一撃でビハインドは消滅したが、その脇にはすでに怨念に燃えたイミナが身構えている。
「やってくれたな……だが抵抗は、私の呪いを深めるだけのことだ……祟ってやる。その魂の芯からな……!」
 イミナの縛霊撃に首を絞め上げられる様は、もはやどちらが怨霊かもわからない。
 脇から撃ち込まれた薔薇と黒弾に弾かれて、後髪怪異は地べたに弾かれる。咽こみながら起き上がろうとするその身を、ギュスターヴの放った重力光が再び抑えつけて。
「流れは決まりましたね。幹部がこの戦場に来ていればまた違ったでしょうか。いや……その場合にも私共は貴方への集中攻撃という形で意志を統一しておりましたが」
 メディックたるギュスターヴさえ、攻撃に加わって相手を憐れむ余裕が生まれつつある。
 ぜいぜいと息を荒げながら、後髪怪異は己をその髪で包み込んで癒しに掛かった。だがその癒しの力は穴を開けられた風船のように萎む。
『……!?』
 身に宿る癒しを貪り喰らうのは、痣のように肌に浮かびあがった黒竜と紅薔薇の呪い。恐怖に息を呑んで身をかき抱く怨霊を、呪い手の二人が挟み込んで。
「赤薔薇の痣が綺麗だね……背徳的で、目を背けたくなるほど痛々しい。ご執心の王子様に、優しく抱きしめてもらうといいよ……助けに来れば、だけどね」
 残忍な光を灯した視線で、彼を見下ろすのは炯介。その脇を、ヴィルフレッドが小突いて。
「追い詰めた上で弄るのは、悪趣味だよ、炯介。さて、君に掛けたまじないは、アンチヒールの効果を持つ。もう、回復も間に合わない。これにて、チェックメイトだ」
 追い詰められ、恐怖に震えながらも、怨霊は波動を撃ち放って飛び退る。
「逃げるつもりですか。あなたがこの空間を司る以上、行くあてなどないでしょうに」
 飛び逃げる怨霊の腹腔に、ベルノルトのカプセルが突き刺さった。その体は浮かんでいた木に衝突して、岩陰に転げ落ちていく。
「決着、ですね。後始末は……お任せいたします」

 もはや怨霊には何もない。殺神ウイルスを始め、回復さえ封じる呪いが身を満たし、策も力も全て潰えた。あてどなく這いずるのが精一杯。
『王子様……わたし……まだ』
 その額が、とんと何かにぶつかった。顔をあげた視界には、フォートレスキャノンの巨大な銃口。
「お前様は、人の顔でおいたするいけない子……待っているのは、おしおきだけよ」
 冷たく語るジゼルの言葉に、怨霊は怯え切って口をぱくぱくと開く。
『やだ……待っ』
 引き金が、落ちる。
 その唇が、命乞いを紡ぐ前に……。

「終わったみたいだね。これでこの空間も、消えるのかな?」
 ヴィルフレッドを先頭に仲間が追い付いた時、すでに怨霊の体は消失していた。
「ああ……前にも見た。これで終わりだ」
 イミナが言い終わる前に、空間はどろりと形を崩していく。

 こうして、濁流は止まる。
 確認されたワイルドスペースはほぼ全てが消失し、逆にオネイロスの幹部はほとんどが生き延びたという。
 そして番犬たちは切っ先を返す。
 一部の精鋭が向かう先は、発見されたオネイロスの居城。
 狙うべきは、その最奥に君臨するドリームイーター最高戦力……『王子様』。
 謎と狂気に満ちた夢喰らう者どもとの闘いは、まだ、終わらない……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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