創世濁流撃破作戦~われに斬る用意あり

作者:土師三良

●濁流のビジョン
「ああ、なんて強大なハロウィンの魔力! 貴方も感じていますよね?」
 和装仕立てのゴシックドレスに身を包んだ女が恍惚の笑みを浮かべていた。
『貴方』と言っているが、そこには彼女以外に誰もいない。話しかけている相手は、禍々しい形状の刃を有した一本の剣だ。
 頬擦りするかのように剣の柄に顔を寄せて、女は囁いた。
「漲るばかりの魔力によって、このワイルドスペースは濁流となり……そして、世界を覆い尽くすことでしょう。楽しみですね」
 そう、彼女がいる場所はワイルドスペースだった。かつては廃工場だったのだが、薄汚れた壁や打ち捨てられた機械や錆だらけのパイプや傾いだキャットウォークが幾万もの欠片に分かたれ、寄木細工のように再構成されている。
「もしかしたら、野蛮なケルベロスたちが襲撃してくるかもしれませんね。でも、大丈夫。王子様がオネイロスを派遣してくださったそうですから。それになによりも――」
 一瞬、犬歯と呼ぶには鋭すぎる歯が女の口から覗いた。
「――貴方がいるのですから」
 そして、女は剣の柄にそっと口づけした。

●音々子かく語りき
 十月三十一日。
 ハロウィンのイベントの熱気もまだ冷めやらぬ中、ケルベロスたちはヘリポートに召集された。
「緊急事態でーす!」
 と、大声をあげて皆の前に現れたのはヘリオイライダーの根占・音々子だ。
「ドリームイーター最高戦力である『寓話六塔(ジグラットゼクス)』の王子様が六本木で回収したハロウィンの魔力を使って、恐るべき作戦を実行に移そうとしているんですよー! あ、ちなみに私が王子様のことを王子様と呼んでいるのは王子様の名前が王子様だからですよ。敬意を込めて様を付けてるわけじゃありませんから、誤解しないでくださいね」
 ややこしい(かつ、どうでもいい)釈明をした後、音々子は『恐るべき作戦』なるものについて語り出した。
「現在、日本のあちこちにあるワイルドスペースにハロウィンの魔力が注ぎ込まれ、急激に膨張しているんです。すべてのワイルドスペースが膨張を続ければ、互いに衝突して爆発して合体して膨張のスピードを増して、最終的には日本全土が巨大な一つのワイルドスペースで覆い尽くされてしまうでしょう。それが王子様の計画――その名も『創世濁流』です」
 本来ならば、ヘリオライダーが予知する間もなく、すべてのワイルドスペースが膨張して合体していたことだろう。しかし、ワイルドハント事件に対処したケルベロスたちの奮闘によってワイルドスペースが半減したため、すぐに『創成』がなされることはない。各ワイルドスペース内のワイルドハントを(そのワイルドスペースが他のワイルドスペースに接するほど膨張する前に)倒せば、作戦を阻止することができる。
「皆さんのチームに担当していただきたいワイルドスペースは、茨城県日立市の廃工場です。今までに見つかったワイルドスペースと同様、その空間も粘っこい液体に満たされていますが、呼吸や会話は可能ですし、戦闘に支障はありません。それと、ワイルドハントがケルベロスのそっくりさんという点も同じです」
 件のワイルドハントは内牧・ルチルの暴走時の姿をしており、惨殺ナイフを大型化したような日本刀を得物にしているという。
「ただし、敵は偽ルチルさんだけではありません。オネイロスという組織からの援軍が派遣されているようなんですよ。申し訳ありませんが、オネイロスについて詳しいことは予知できませんでした。トランプの兵隊みたいな姿をしているらしいんですが……」
 派遣されるオネイロスの数は各地に一体ずつ。大半は一般兵だが、五名ほどの幹部が重要なワイルドスペースに赴くという。もっとも、どの地が『重要』なのかは判らないが。
「そういうわけなので、皆さんは偽ルチルさんとオネイロスの一般兵もしくは幹部――計二体の敵と戦うことになるわけです。幹部にあたった場合は手こずるかもしれませんが、全滅を狙う必要はありません。偽ルチルさんのほうを倒しさえすれば、ワイルドスペースは消滅するはずですから」
 ワイルドハントの偽ルチルが死ねば、オネイロスは撤退するだろう。逆にオネイロスが先に死んでも偽ルチルは撤退しない。『創世』のため、最後まで戦い抜くはずだ。
「敵は複数。しかも、一部の戦力は未知数。いろいろと厄介だとは思いますが――」
 一拍の間を置いて、グルグル眼鏡のヘリオイライダーは断言した。
「――大丈夫です! 皆さんなら、できます!」


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
大弓・言葉(ナチュラル擬態少女・e00431)
ノル・キサラギ(銀架・e01639)
ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
内牧・ルチル(浅儀・e03643)
ノーザンライト・ゴーストセイン(ヤンデレ魔女・e05320)
巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)

■リプレイ

●剣姫 -BRIDE'S BLADE-
「あちゃー! ショックだわー」
 ワイルドスペースと化した廃工場に足を踏み入れるなり、ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)は軽口を叩いた。
「どうやら、オネイロスとやらの幹部サマにフラれちまったみたいですよー。僕たちって、そんなに魅力がないのかねぇ?」
 彼に続いて、七人のケルベロスと三体のサーヴァントがワイルドスペースに現れた。
 十一対の視線の先に立っているのは二体のデウスクエス。
 一体は、大きなトランプに甲冑の頭部と四肢が付いた戦士。『王子様』の命を受けたオネイロスの一員なのだろうが、ファルケが言うように幹部格には見えない。
 もう一体は、長大な剣を抱きしめるように携えた和装の女。あるケルベロスの暴走時と同じ姿をしたワイルドハント。
 その『あるケルベロス』はここに訪れた八人の中にいた。柴犬の人型ウェアライダーの内牧・ルチル(浅儀・e03643)だ。
「私、暴走したら、あんな感じになっちゃうんですね……」
 と、呟きを漏らすルチル。
 それと同じ声がワイルドハントの口から流れ出た。
「こんばんわ、ケルベロスの皆さん。わざわざ会いに来てくださったのね。私と――」
 ワイルドハントはゆっくりと剣を構えた。
「――この子に!」
 彼女の叫びに合わせるかのようにトランプ兵が地を蹴り、ケルベロスに迫った。スートはクラブだが、手にした武器は棍棒(クラブ)ではなく、槍だ。
 突き出された槍の先にいたのは水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)。
 しかし、ファルケが割り込んで盾となり、同時にケルベロスチェインを解き放った。槍の柄に巻き付くようにして鎖が伸び、トランプ兵の腕を締め上げる。
「ありがとよ」
 ファルケに礼を言いつつ、鬼人は横手に回り込んで、日本刀『越後守国儔』を抜いた。流れるような動きで振り下ろした一太刀は『無拍子』。
 白刃が与えたダメージを見届けることもなく、鬼人は飛び退り、ファルケもケルベロスチェインを解いて間合いを広げた。
 次の瞬間、二度の爆音が続けざまに轟き、トランプ兵は吹き飛ばされた。オラトリオの大弓・言葉(ナチュラル擬態少女・e00431)とレプリカントのノル・キサラギ(銀架・e01639)が轟竜砲を発射したのだ。
「『この子』呼ばわりされてますけど――」
 トランプ兵が立ち上がるよりも早く、人派ドラゴニアンの巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)がサークリットチェインを展開した。対象となった前衛陣はサーヴァントを含めて六人もいるので効果が減衰してしまうが、それは承知の上だ。減衰を補うべく、八人中の二人が回復役に徹し、盾役のルチルなどもヒールに気を使うつもりでいた。また、この布陣であれば、敵の広範囲攻撃も減衰させることができる。
「――トランプ兵さんは子供に見えませんよね」
「たぶん、ワイルドハントが『この子』と呼んでいるのは……トランプ野郎のことじゃない」
 癒乃にそう言いながら、犬の人型ウェアライダーであるノーザンライト・ゴーストセイン(ヤンデレ魔女・e05320)がシャーマンズカードを掲げた。
 【氷結の槍騎兵】が召喚され、ようやく立ち上がったトランプ兵にぶつかっていく。その後を追うのは氷の螺旋。ルチルの螺旋氷縛波だ。
「そうですね。おそらく、『この子』というのは――」
「――この剣のことです」
 ルチルの後を引き取り、ワイルドハントが剣を横薙ぎに払った。
 禍々しい形状の刀身が唸りをあげ、液体に満たされた戦場に衝撃波が走る。それは二度の氷の攻撃を受けてよろめくトランプ兵の横をすりぬけ、ケルベロスの前衛陣に襲いかかり、毒と斬撃で傷つけた。
 もっとも、ケルベロスたちの狙いどおり、ダメージは減衰している(しかも、前衛にいる全員が斬撃耐性の防具を身に着けていた)。
「――」
 と、前衛の鬼人になにごとかを囁いた後、サキュバスのヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)が『空に輝く七色の交響曲空に輝く七色の交響曲(ソラニカガヤクナナイロノシンフォニー)』を歌い始めた。
「さあ一緒に行こう♪ 手と手を取って、みんなの気持ちが集まれば♪ 迷いも恐れも吹き飛んじゃうよ♪」
 歌声が虹色の光を生み、前衛陣に異常耐性を付与し、傷を癒していく。
「ありがとよ」
 背中を預けることができる恋人に礼を言って、鬼人がトランプ兵に達人の一撃を見舞った。
「今の『ありがとよ』に比べると、さっきの僕に対する『ありがとよ』って、おざなりだよね」
 ニヤニヤと笑いながら、ファルケがトランプ兵めがけて轟竜砲を発射した。
「ひゅーひゅー!」
 と、友人カップルを冗談めかして囃したてる言葉の頭上でボクスドラゴンのアネリーがボクスブレスを吐いた。こちらも狙いはトランプ兵。皆、ワイルドハントは後回しにするという方針で一致しているのだ。
 とはいえ、全員がトランプ兵を標的としているわけではない。
「オネイロスは俺たちが倒す! そっちは頼んだよ!」
 ワイルドハントに向かって顎をしゃくりつつ、ノルがトランプ兵に気咬弾を食らわせた。
「りょーかい。任せてちょーだい!」
 と、言葉が元気よく応じ、ギャラリーがいるわけでもないのに無駄に可愛い動きでターンし、攻撃目標をトランプ兵からワイルドハントに変えた。
「ほんっとにもー! ドリームイーターと来たら、一昨年も去年も今年も、めでたい私の誕生日に騒ぎを起こしてくれちゃって! いーかげんにしてよね!」
 ワイルドハントを牽制すべく、甲高い怒声とともに時空凍結弾を撃ち出す言葉。そう、十月三十一は彼女の誕生日なのだ。
『いや、あんたの誕生日とか関係ないっスから』とでも言いたげな目で主人を見ながら、ボクスドラゴンのぶーちゃんがトランプ兵にボクスブレスを浴びせた。

●剣輝 -BRIGHT BLADE-
 トランプ兵の戦闘能力は決して低くなかったが、強敵というわけでもなかった。鬼人、ノル、ファルケが弱点を探る戦い方をして、なおかつ相手がヒールを有していなかったこともあり、数分も経たぬうちに勝負の行方は決した。
「どうやら、斬撃系の攻撃に弱いみたいだね」
「トランプのくせしてカットされることに慣れてないとはな」
 ノルと言葉を交わしながら、鬼人が『越後守国儔』を一閃させた。
 月光斬によって急所を断たれ、トランプ兵が苦しげに身をよじる。
 よじられた薄い体が元に戻ることはったなかった。
 ノーザンライトの【氷結の槍騎兵】がぶつかり、爆発したのだ。
「やったー!」
 と、歓声をあげたのはトランプ兵と戦っていた者たちではなく、ワイルドハントの相手をしていた言葉だ。
「正直、キツかった。ワイルドハントを一人で抑えておくのは……」
「お疲れ様です」
 癒乃が『常盤木の祝福(エターナルブリーズ)』を発動させて、防戦一方の言葉を癒した。シャーマンズゴーストのルキノも大袈裟な身振りで祈りを捧げ、言葉のダメージを取り除いていく。
「前座はかたづいた。次はあんたの番」
 ノーザンライトがワイルドハントを睨みつけた。
「楽に死ねると思わないで……惨殺してやる」
「『あんた』ではなく――」
 言葉を攻撃しながら、ワイルドハントがノーザンライトをちらりと一瞥した。
「――『あんたたち』ですよ。皆さんの敵は二人。私とこの子です」
 その口許には微笑が浮かんでいるが、親しみを持てる類の笑みではない。狂える者の笑みだ。
「……」
 サキュバスミストで言葉を癒しつつ、ヴィヴィアンが気遣わしげな目でルチルを見た。
 その視線を察し、ルチルが小さく頷く。
「大丈夫です。判っていますから。あれは私じゃないし、あれが持っているのも私の相棒じゃないって……」
 ヴィヴィアンたちにそう言いながら、ルチルは『相棒』の柄を強く握りしめた。愛用の惨殺ナイフ『緑針』だ。ワイルドハントの剣を小型化したようなデザイン……いや、ワイルドハントの剣が『緑針』を大型化したものなのだろう。
 その大きな剣がいきなり振り上げられ、金属が軋むような音とともに光が閃いた。気咬弾を相殺したのだ。
「俺も自分のワイルドハントに会ったことがあるんだけどさ」
 と、気咬弾を発射したノルが言った。
「こうして見ると、よく判るね。本物とは似ても似つかないってことが。その程度でルチルを名乗るなんて百年早いんじゃないか? 心意気も、愛の深さも、覚悟の強さも、おまえはルチルには叶わないよ」
「そうそう」
 ノーザンライトが頷いた。
「偽物を気取るなら……もっと上手く真似ろって話。あんたとルチルはいろいろと違いすぎ……性根が違うし、匂いも違うし、優しさも違うし、なによりも……旦那へのデレ具合がぜっんぜん違う」
「ちょ、やめてよ……」
 静かな声音で熱弁するノーザンライトをルチルが押し止めた。表情の変化は頬が少し紅潮している程度だが、尻尾のほうはマッハの速度で揺れている。喜び、なおかつ照れているのだ。
「でも、色っぽさは向こうのほうが上だよね……痛っ!?」
 余計な一言を口にしたファルケが脇腹を押さえてうずくまった。言葉とヴィヴィアンに肘で突かれたのだ。左右から同時に。
 だが、ワイルドハントはほのぼのとした空気に流されることなく――、
「楽しい人たちですね。殺すのが惜しいです」
 ――剣呑なことを口にした。微笑を浮かべたまま。
 すると、脇腹を押さえていたファルケが真顔に戻り、ゆっくりと立ち上がりった。言葉やヴィヴィアンも無言で身構え、ルチルも尻尾を振るのをやめて、ワイルドハントを正面から見据えた。
 そして、皆を代表するかのように癒乃が言った。
「貴方は誰も殺せません。この戦いに勝つのは私たちです」

●剣鬼 -BRUTE & BLADE-
 トランプ兵亡き後も一人(と一振り)で奮戦したワイルドハントであったが、防御と治癒を重視したケルベロスのフォーメーションを切り崩すことは敵わず、徐々に追い込まれていった。
「さぁて、色っぽい偽者ちゃんもそろそろグロッキーのようだから――」
 ファルケがオウガメタルから粒子群が放出し、後衛陣の命中率を上昇させた。
「――こっちは攻勢にシフトするよー!」
 ヴィヴィアンが後を引き取り、攻性植物『Crimson Rose』を繰り出した。光り輝くオウガ粒子を纏ったバラの蔦が捕食形態に変わり、ワイルドハントに食らいつく。
 その蔦の軌跡をなぞるかのように炎の線が波打った。ヴィヴィアンと同じくオウガ粒子の恩恵を受けた言葉がグラインドファイアで攻撃したのだ。
「私も攻勢に移っちゃうんだから! がんがん攻めーる!」
「言葉さんは最初から攻めまくっていたような気がするんですけど……」
 微苦笑を浮かべて首を傾げたのは癒乃だ。彼女も回復役から攻撃役に転じ、ファミリアロッドを投じた。ロッドが動物の姿に戻り、ワイルドハントの傷口に噛みついて、ジグザグ効果で状態異常を悪化させていく。
 そこに追い討ちをかけるべく、ぶーちゃんとアネリーが並んでボクスブレスを吐いた。
 ワイルドハントは後方に飛び、二条のブレスを躱そうとしたが――、
「読み通りだ!」
 ――ノルが死角から回り込み、相手の脇腹に銃口を密着させて、何発もの銃弾を撃ち込んだ。行動予測プログラムを用いたグラビティ『XF-10術式演算/時剋連撃(カリキュレーション・スクルド・バレット)』である。
 衝撃で吹き飛ばされ、よろめいたところでルキノの神霊撃を食らい、ワイルドハントは倒れかけた。
『かけた』で済んだのは、愛剣を地に突き立てて身を支えたからだ。
「残念ながら、私も貴方も、もう限界……これで終わりかもしれませんね。よく頑張ってくれました」
 杖となった愛剣を労いながら、ワイルドハントは体勢を立て直した。満身創痍であるにもかかわらず、その冷ややかな美貌にはあいかわらず微笑が張り付いている。
「『かもしれない』じゃなくて――」
 ノーザンライトが一気に間合いを詰め、『魔煌獣撃拳(ウェアライドアーツ)』で攻め立てた。
「――本当に終わるんだよ。予告どおり、惨殺してあげる」
 月の魔力を帯びたウェアライダーの四肢が光の軌跡を刻み、殴打を、回し蹴りを、踵落としを次々と浴びせていく。
 だが、その猛攻を受けてもなお、ワイルドハントの顔から微笑が消えることはなかった。
「痩せ我慢してる……ってわけじゃなさそうだなぁ。どうにも気持ち悪いぜ」
 鬼人が如意棒『Wブレイズロッド』を水平に構えて、体を半回転させた。棒の先端から吹き出していた地獄の炎が膨れ上がり、フレイムグリードの弾丸と化して飛んでいく。
 ワイルドハントが剣の切っ先を跳ね上げた。先程のように攻撃を相殺するつもりだったのだろう。しかし、状態異常に阻まれたのか、刃は虚しく空を切った。
「ぐぁ……」
 鳩尾に炎弾を受けて残り僅かな生命力をドレインされると、ワイルドハントは初めて苦鳴を漏らした。
 だが、次の瞬間にはまた例の微笑を復活させていた。なにごともなかったかのように。
 凄惨美に満ちたその血塗れの笑顔を見据えて、ノルが尋ねた。
「なぜ、死を前にして笑っていられる?」
「私のワイルドスペースを濁流と化すことができなかったのは口惜しいですが、べつに死ぬことは恐ろしくありません」
 微笑を浮かべたまま、ワイルドハントは剣を構え直した。
「だって、この子と私は常に一心同体。死も二人を分かつことはできないのですから!」
 叫びざまに払われた剣から衝撃波が放たれた。標的は前衛陣。ルキノの神霊撃に怒りを付与されたのか、あるいはもう一人の自分に一矢報いるためか。
 その『もう一人の自分』であるところのルチルが衝撃波を真正面から受けつつ、螺旋氷縛波で反撃した。
「分かつもなにも――」
 毒を含んだ見えざる波を突き破り、螺旋が伸びていく。行き着いたところはワイルドハントの左胸。
「――貴方は最初から一人きりなんですよ」
「な……」
 ワイルドハントはなにか言いかけたが、すぐに口を閉じた。
 微笑は消えていないが、その顔には悲しみとも怒りともつかない新たな感情の色が微か滲んでいる。
 一心同体であるはずの愛剣がワイルドハントの手から離れ、床に落ちた。
 彼女にそれを拾うことはできなかった。
 既に息絶えていたからだ。
 モザイク状になっていた周囲の光景が逆回転映像のように元の状態に戻り始めた。微笑を浮かべた死体が砂の城のように崩れ、ワイルドスペースを満たしていた液体と混じり合い、その液体もまたどこかに消え去っていく。
 やがて、ケルベロスたちがいる空間は本来の姿――薄暗い廃工場のそれを取り戻した。
 だが、死闘の名残りが皆無というわけではない。
 彼らの前には一振りの剣が転がっていた。
 今は亡き主の『死も二人を分かつことはできない』という宣言をあざ笑うかのように。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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