創世濁流撃破作戦~キャット・イン・ザ・ボックス

作者:弓月可染

●静寂の魔猫
 モザイク。
 モザイクモザイクモザイク。
 その空間を埋める一面のモザイクのただ中に、鮮やかな色彩を纏った黒が一人。
「ハロウィンが齎した魔力。騒がしくて仕方ないけれど、これさえあれば」
 僕のワイルドスペースは、全てを塗り潰す。
 そう呟いたのは、黒猫のウェアライダーだった。もしこの場にケルベロスが居たならば、その中には彼をディクロ・リガルジィ(静寂の魔銃士・e01872)と呼んでしまう者がいるかもしれない。
 金の瞳、二又の尾、そして全身に巻き付いた蛍光色のリボン達。いくつもの違いは有れど、その姿は一端のケルベロスとして知られたディクロとうり二つだった。もっとも、『それ』がディクロ本人でないことも、ケルベロスならば知っていよう。
 ワイルドハント。
 ケルベロスの持つ荒々しい側面、その姿だけを写し取るドリームイーター。
「そうさ。ケルベロスなんて、どうってことはない」
 どす黒い魔導書を弄び、彼はそう一人ごちる。その頬をなぶる、灰色のリボン。
「僕一人でも十分だけど、『王子様』がオネイロスを送ってくれるというならもう間違いはない」
 そうして、彼は誓うのだ。
 この『創世濁流』作戦を成功させてみせる、と。
「ああ、でも」
 ふと。
 彼は神経質な目で、煩わしげに辺りを見渡す。
「煩い、煩いなぁ! 静かにしてくれよ、僕のワイルドスペースだってのに」

●ヘリオライダー
「『王子様』が仕掛けた『創世濁流』、それはハロウィンの魔力を使って、日本全土をワイルドスペースで押し流してしまうという作戦です」
 挨拶もそこそこに説明を始めたアリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)。彼女が見せる焦りが、集まったケルベロス達に事態の深刻さを窺わせる。
「既に、日本中のワイルドスペースに魔力が注ぎ込まれ、膨張を始めています」
 寓話六塔・ジグラットゼクス。ドリームイーター最強の六柱が一、『王子様』。彼が仕掛けた五方面作戦は軒並み阻止されたものの、それによって得られたハロウィンの魔力は膨大なものであった。
 このまま膨張を続ければ、近隣のワイルドスペースと衝突し、合体するだろう。それを続けるならば、最終的に日本全土を覆い尽くしてしまう事は想像に難くない。
「とはいえ、皆さんの活躍によって、既にワイルドスペースの多くは消滅しています」
 本来であればすでに手の打ちようがなかっただろう。しかし、ケルベロスがワイルドハントを次々と撃破した結果、ワイルドスペースの多くは間引きされた状態だ。ハロウィンの魔力が注がれているといえど、日本を覆うにはまだ時間があろう。
「ですので皆さんには、膨張を開始したワイルドスペースに向かい、内部に居るワイルドハントの撃破をお願いしたいのです」
 既に多くのケルベロスが経験しているように、ワイルドスペースはモザイクに包まれた空間ではあるが、戦闘に支障はない。加えて、今回は膨張を始めたために、ヘリオライダーの予知でその場所が割れている。
「そこに居るのは、ディクロさんによく似た黒猫の姿をしたワイルドハントです。加えて、オネイロス、と呼ばれる組織のドリームイーターが加勢してきます」
 トランプの兵士の姿をしたドリームイーターが一体、このワイルドスペースに援軍として加わっている。つまり、ケルベロス達は二体の強力なドリームイーターと戦わなければならないのだ。
「もちろん、ワイルドハントさえ倒せばワイルドスペースは消滅します。あえて攻撃を集中するのも、一つの手ですね」
 戦果を得たいならば、ワイルドハントが生存している限りワイルドスペースが維持されることを利用し、オネイロスの援軍を先に撃破して、後でワイルドハントを倒すのも可能だろう。だが、その戦いに勝利できなければ、援軍だけを倒してもワイルドスペースを破壊する事はできない事に注意してほしい。
「日本全土をワイルドスペースになんてさせられません。どうか、皆さんの力で『創世濁流』を止めてくださいね」
 よろしくお願いします、と一礼するアリス。その瞳には焦りと畏れが浮かんではいたが――ケルベロス達への信頼は、それら不安の色を完全に塗り潰していた。


参加者
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)
ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)
ディクロ・リガルジィ(静寂の魔銃士・e01872)
ロジオン・ジュラフスキー(ヘタレライオン・e03898)
輝島・華(夢見花・e11960)
セリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288)
龍造寺・隆也(邪神の器・e34017)

■リプレイ


 鋼をも貫く鋭い蹴り。低く地を這うその脚は、しかし杖の握りで矛先をいなされる。
「……っ」
 コートの裾を翻し、かろうじて跳び退った龍造寺・隆也(邪神の器・e34017)。ワイルドスペースを強襲した彼ら、その先鋒たる彼が必殺の意思で狙ったのは、黒猫の姿を採ったワイルドハントではなく、その傍らに立つ白毛の兎だった。
「強敵だ。だが、俺達は最善の選択肢を選ぶ」
 その判断が誤りでないことは、凡百のデウスエクスでは避けようもない隆也の攻撃が流された、という一点で明らかだ。
 だが気を取られたか、次いで頭上から流星の如く降り注いだソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)の攻撃は避けられない。
 尤も、彼女自身の表情に変化はない。先制の手応えが逆説的に語る、敵手の実力。
「慎重にいこう。認識の齟齬が失敗に直結しかねない」
「同感だな。中々の戦闘力だ」
 ソロはそれ以上、隆也に応えなかった。胸で揺らぐほんの少しの昂り。それが『本物』なのかは、自分ですら判らないけれど。
「お前が、噂のオネイロスの幹部か?」
「さてはて、ケルベロスの皆様は兎一匹を斯様に評価して下さるか」
 代わりに口にしたのは言わずもがなの問い。情報など得られない事も承知の上だ。
「――静かにしてくれよ、僕のワイルドスペースなんだ」
 そして、もう一人の敵――黒猫がそれに反応するだろう事も。
 黒猫の全身に巻き付いた色鮮やかなリボンが、ソロ達後衛を狙った。だが、その全てはセリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288)ら、守りに長けたケルベロスによって防がれる。
「紛い物が、また随分大きな顔をする」
 返す刀とばかりに、クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)が跳躍した。その得物は斧であるが――力任せの野蛮さを感じさせないのは、極限まで洗練された身のこなし故か。
「それも、虎の威を借りる猫ですか。中々皮肉が効いている」
 クロハの嘲りは故のない事ではない。兎の陰に隠れ、護られる位置取りを崩さない黒猫。流石に遠く安全圏に身を置いてはいないが、攻め辛いのは事実だ。
「見覚えありすぎて驚いてるよ。僕とは在り方が違う様だけれど」
 ディクロ・リガルジィ(静寂の魔銃士・e01872)。
 写し取られたその姿、自らの内にあるその衝動。偽りの鏡を前にして、彼は奇妙な程に冷静を保っていた。
「名も知らぬ黒猫さん、教えてあげる」
 その視線に滾る憎悪は無く、その声に迸る熱量も無い。むしろ冷徹な程の声色と態度で、ディクロは掌の中のスイッチを押しこんだ。同時に、黒猫が爆発に包まれる。
「僕の名前はディクロ――適当に胸に刻んで逝ってくれ」
 長い戦いになりそうだ、と溜息を吐いた。

 ロジオン・ジュラフスキー(ヘタレライオン・e03898)は魔導士である。黒猫のリボンに身を晒し、兎と正面から対峙しようとも、彼は気弱で繊細な魔導士なのだ。
「罪穿つ雨、降れや降れ!」
 靴の表面に浮かぶスラヴの術式。二度繰り返した力ある言葉は彼の脚に虹を纏わせ、兎を射抜く質量の矢へと変えていく。
「筆持つ獅子の真髄、ご覧に入れましょう」
「それは、頼もしい事ですの」
 半ば物理で蹴り飛ばすロジオンに柔らな笑みを投げ、輝島・華(夢見花・e11960)は腕に這わせた液体金属にそっと触れた。
 瞬間、ふわり、菫色の髪が揺れて。
「このままでは、大変な事になりますから」
 解き放たれるは輝ける粒子。前衛達に光を浴びせながら、必ず止めてみせますの、と呟く彼女。その脳裏に、討ち倒して間もない似姿の記憶がよぎる。
 ――自分のなりたい姿には、自分でなりますの。
 そう決めたからには、ここで負ける訳にはいかないのだ。
「創世濁流、そんなものは失策に過ぎないわ」
 援護を受けたセリアが兎を攻め立てる。杖ではいなせぬ銃の熱線、けれど向けた砲門はフェイントだ。
「この戦いの先で、あらゆる疑問を解き明かす」
 蒼炎の少女は翼の助けを借り、地面すれすれに滑り込む。すれ違い様に刃の蹴りで、兎の脚を刈り取って。
「だって、漸く見えたんだもの。ドリームイーターの縦の繋がりが」
「ふ、堰は切られました。もはや濁流は止まりますまい」
 だが燕尾服の兎もさるもの。振るう杖の先から生れ出た衝撃波が、セリア達を打ち据える。
「なに、諦めが悪いんだ」
 ゼレフ・スティガル(雲・e00179)が伸ばした手の先、白きオーラが球を為し食らいつくその時を待っていた。時折混じる乱反射は、さながらインクルージョンの虹彩のようで。
「創世か、結構な響きだ――番犬の牙を掻い潜れたならね」
 解き放つ。牙を剥く。爆ぜる。
 思うがままにオーラの弾丸を操りながら、ああ、それにしても、とゼレフは囁くのだ。琥珀のモノクルの先、ぼやけたモザイクの世界はこんなにも。
 ――こんな光景、とても見せられやしない。


「ああっ、まったく煩いったら!」
 叫ぶ黒猫。七色のリボンがまた前衛達の手足に絡みつく。だがロジオンは力任せに腕を引き、魔導書を高く掲げてみせた。
「西からの風に靡くは炎縄――」
 詠唱を略せない訳ではない。だが、彼はそれを好まなかった。極北を起源とする彼の魔術理論は、詠唱によって魔力に方向性を与えるものだから。
 彼の頭上に現れるは炎の槍。正しき詞が導く詳細なイメージこそが、強大な力を象って。
「――焦がせや焦がせ!」
 二度繰り返す。それは見えざる引鉄だ。解き放たれた槍が幾つもの炎に分かれ、逃れんとする兎に追い縋り爆ぜる。
「燃やしてしまうのが上策かしら。長く目に留めていたくはないもの」
 舞う花弁で黒猫の呪詛を祓っていたセリアも、また攻勢に移る。騎士槍の代わりに巨砲を構えようとも、その清冽に変わりはなく。
「それでも耐えるなら――この手に宿れ、氷精の一矢」
 右目の炎が一際眩く瞬いた。蒼く染まる視界。漂う冷気。構えた砲門から、一筋の細い光が行き先を探すように伸びて。
「さあ、射ち穿て」
 溢れ出るは凍てつく光。燃え盛る炎を斬り裂いて、青白き炎は兎を氷に閉ざす。
「一気に攻めるぞ!」
 続いて飛び出したのは隆也だ。
 数多の戦いと同じ、負ける事の出来ない戦い。ならば、彼に出来る事は全力を尽くして戦うことだけだ。――例え、自らの内で蠢く『何か』がその力を増していこうとも。
「侮るな、しかし、恐れるな」
 目の前の敵を。自らの魂の内側を。黒衣を黄金に輝かせ、隆也はまっすぐに兎を狙い――攻める。攻める。攻める。両の籠手に、夢喰いの肉を喰らわせるかの様に。
「さあ、続け!」
「ならばお見せしよう。蝶の様に舞い蜂の様に刺す戦いを」
 カランカランカラン、と。
 三度、高下駄が鳴った。跳躍。瞬く間に天頂へと舞ったソロの腕で唸るのは、全てを打ち砕く決戦兵器。
「幹部であろうと、貫いて仕留める――それだけだ」
 冷気が凄まじい勢いで渦を巻く。その中心には一本のパイル。推進力を加えた超重量が兎を襲い――直撃は惜しくも逃したものの、強かに弾き飛ばす。
 だが。
「何とも乱暴なお客様です。そろそろお引き取り願いたいですね」
 兎が杖を一振りすれば、不可視の衝撃波が周囲のケルベロスごとソロを打つ。燕尾服は破れ傷も隠せない兎だが、その攻撃力はいささかも落ちてはいないのだ。
「ソロ姉様――!」
 首元の蒼玉へと無意識に手を触れながら、華が声を漏らす。それでもやるべきことは忘れず、指から伸ばしたチェインに念を込めて陣を描いていく。
「ここで止める。いくよ」
 その時間を稼ぐかの如く、衝撃波を掻い潜って距離を詰めるゼレフ。無論無傷ではいられないが、直撃弾であってすら、歪なる大剣を地に突き立て耐えてみせる。
「お互い負けず嫌い同士だよ。君もそうだろう?」
 大剣を足場に跳ねた。手には鋸刃の短剣、モザイクすら祓う銀の刃。
「案外、気が合いそうなのにね」
 縦に四閃、横に五斬。無尽に斬りつけた傷は兎の白い毛を赤く汚し、ゼレフの血肉となって吸われていく。
 跳び退る。懐のスキットルでたぷんと揺れた安酒。遅れて、彼の背に冷たいものが走った。
「危ない橋を渡ってしまったね……華君はどうだい?」
「……誰も、倒れさせませんの……!」
 攻防の間も休みなく、先端のペンデュラムすら削れよと強く地に刻まれた円陣。奔って、という華の声と共に眩い光が文様をなぞり、やがて光の魔法陣を現出させる。
「ひとまずは、これで。けれど、長くは保ちませんの」
 追撃を防ぐ守護。見事にそれを構築してみせた華は、しかし目の当たりにした『幹部』の力に息を呑まざるを得なかったのだ。

「静かにしてくれないかなぁ!」
 幾度かの攻防。クロハを狙い、黒猫が三本のリボンを解き放つ。灰色の、ただ一言『Quiet』とだけ殴り書きされたリボン。それは、七色の布よりも遥かに執拗に標的へと迫るのだ。
「させません!」
 だが、割って入ったロジオンが内二本を捉え、護符と引き換えにリボンの勢いを殺す。その代償は、自らの身で最後の一本を受ける事。
「申し訳ありません――悪戯が過ぎますよ、あなた」
 詫びに続いて紡いだのは、面前の敵への最後通告。とろりとした火の色を瞳に乗せて、クロハは深く息を吐く。
「どうやら、きつい灸が必要なようだ」
 両脚に宿す地獄の炎が、陽炎の様に揺らめいた。――いや、それは既に残像。息つく間もなく繰り出される無数の襲撃は、どれ一つとして常人の目に留まりなどしない。
 故に、それは舞踏であった。クロハと黒猫の、酷く優雅なステップの。
「殺しますよ、絶対に。容赦されるなんて思っていないでしょう?」
「でも不思議な気分だよ。やっぱり、それは僕の姿だから」
 苦笑すら滲ませ、僚友と入れ替わる様にディクロが迫る。獣の腕に重力を纏わせ、ずん、と一突き。獣人の速度に重量を乗せたならば、その破壊力は槌よりもずっと高いのだ。
「作戦への使命感。少し自信過剰な点。それに、物音に敏感な所」
 指折り数えれば、やはり随分と似ているのだ。相手は、姿を盗んだ偽物だというのに。
「僕の姿を写し取っただけはあるよ。よく似ている」
 ――だから、許せないんだけどね。そう呟いた声は、誰にも聞こえない。

 そして。
 天秤が傾く瞬間が、やってくる。

「血色の黒鉄、啜れや啜れ!」
「そろそろ――お下がり頂きましょう」


 半ば不運ではあった。
 だが、ロジオンだけだったのだ。妖精の力を借り、兎の意識を惹いたのは。故に、黒猫と兎の両方に狙われた事は、ただ不運だけのせいではない。
 手には懐中時計。ぐるりと針が周を重ねれば、溢れ出したる魔力は兎を包んで。
 赤い瞳から放たれた一条の光が、彼を射抜く。どう、と倒れる身体。
「させん!」
 追撃に動く兎を止めるべく、大きく踏み込んだ隆也。仲間の危地に、思考よりも早く身体が動いていた。
 ――戦鬼はただ戦狂いならず。弱きを援け敵を討つ意志こそが、このコートを纏う資格であるが故に。
 金色の勇者は、その拳を振るうのだ。
「人々に希望を、敵には絶望を与えよう!」
「思ったよりも骨がある――が、負けはしない」
 足を止めた兎を狙い、ソロはパイルバンカーを切り離した。
 code-F、解放。そう呟いた瞬間、身体を循環する魔力がその流れを変え、彼女の背中へと集まっていく。
 眩く輝く蒼光が、束の間視界を奪う。そして、光が止んだ後――そこには髪飾りにも似た蝶の翅が大きく広がって。
「もう少し持ってくれ、私の身体よ」
 絡繰の四肢が軋む。けれど、今は止まらない。止められるはずがない。輝ける翅に導かれ、機体の限界を超えた速度で兎へと突撃するソロ。
 閃光。――その後には、深手を負ったデウスエクスの姿だけが残されていた。

「次、クロハ姉様ですの!」
 魔力のメスと針がクロハへと殺到し、見事な速さで傷を切り開き縫い合わせる。それを為した華は、小さな肩を上下させていた。
「はぁ、はぁ、間に合いましたの……」
 最早彼女に、攻撃するという贅沢は許されていない。鎖や液体金属での支援すら、もう数える程なのだ。
 無論、随一の癒し手たる彼女がかかりきりになってすら、全ての攻撃を凌げた訳ではない。ロジオンの後も、既にソロが、そして不退転を貫いた隆也が倒されている。だが、華が居なければとうに壊滅しているのも確かなのだ。
 故に、セリアは他の誰を見捨てても、華だけは護り切る決意を固めていた。――兎の衝撃波の射線に割り込み、今またその身を盾と為した様に。
「セリア姉様!」
「……っ、大丈夫よ」
 そう言いつつも膝をつくセリアの背を、厚い掌がぽんと叩いた。見上げれば、灰じみた白い外套と、炎が脈打つ大剣。
 ゼレフは、既にこの場が死地であると気付いている。
 半数が倒れても退かぬという覚悟。それは、強大で狡猾な敵を前にして、僅か数人で両手を使わず逃げ切るという夢物語だ。
 既に三人が倒れ、敵は傷つけども健在。それが現実だ。
 なれど。
「――いつから格好つけるようになったんだか」
 ほろ苦く笑う。戦狂いというには甘すぎると判っている。
 だが、華の献身を見た。セリアの決意を知った。
「さあ、飛んで」
 ならば、この先には琥珀の瞳に相応しい光景が待っていよう。掲げた大剣に宿る鳳凰。炎纏って飛ぶ愛し仔は、白兎の胴を貫いて爆ぜる。
「これで、終わりよ」
 更に、セリアが長大なる砲を腰溜めに構え、狙いを定めていた。砲口に渦巻く魔力の奔流。ああ、この一射に私の全てを――。
「さようなら、招かれざる住人」
 放つ。荒れ狂う熱と光。強張った表情の兎を、轟、と呑み込んで。
 後には、何も残らない。断末魔の言葉すらも、何一つ。

「地獄か、昏い水底か。どちらであれ――良き眠りを」
「煩いなッ!」

 次の瞬間。
 激高する黒猫の放ったリボンが、鋭く尖ってセリアの胸を穿った。
「静かにしろって言ってるだろう!?」
「煩いんだよ。静かにしてくれないか、僕を騙りたいのなら」
 そして。
 もう一人の黒猫――ディクロが、崩れ落ちる仲間に目も向けず呟いた。その手には、馴染んだリボルバー。
「それに、忘れ物だよ。この銃なくして僕は騙れない」
 黒い液体が黒猫に飛び掛かり、締め上げる。幾度かの銃声。放たれた弾丸。だが、ディクロが再び引鉄に力を加えた瞬間、横合いから現れた黒いスライムが黒猫を丸呑みにした。
「そこまでですディクロ。大金星は獲りました。ここは退き時でしょう」
 それは、共に黒猫を牽制していたクロハの声。味方は半減、残る敵は未だ軽傷。死に溢れた戦場で生き抜いてきた彼女もまた、状況の危うさを理解していた。
「……けど!」
「半数が倒れました。ここからは、勝つか、全滅するかの二択です」
 クロハの冷徹なる託宣。ぎり、という音。
 そして彼は、次は倒す、と呟いた。

 かくして、オネイロス幹部撃破の戦果を手に、彼らはワイルドスペースを脱出する。
 次こそは黒猫を討つ。その思いを胸に刻んで――。

作者:弓月可染 重傷:ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399) ロジオン・ジュラフスキー(筆持つ獅子・e03898) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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