創世濁流撃破作戦~虚無のひかり

作者:遠藤にんし


 かつては豪邸だった廃墟――そこは、モザイクに覆われていた。
 廃墟のエントランスに立つのは、一人の少女。
「これが……ハロウィンの魔力……」
 白い髪を背中まで垂らしたワイルドハントは、呟く。
「この力があれば……わたしのワイルドスペース、世界を、覆うことだって……」
 ゆらり、白い尾が揺れる。
「『王子様』のために……この、『創世濁流』作戦を……」
 ――成功させなければ。
 青い光を浮かべる瞳には、もはや理性はなかった。


「ハロウィンが終わったばかりだというのに申し訳ない。緊急事態だ」
 急ぎケルベロスたちを呼んだ高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は、焦った様子で告げる。
「ジグラットゼクスの『王子様』が、六本木で回収したハロウィンの魔力によって恐ろしい作戦を開始したようだ」
 作戦名は『創世濁流』。
 日本中に点在するワイルドスペースへと注ぎ込まれたハロウィンの魔力は、急激に膨張を始めている。
「このまま膨張を続ければ、近隣のワイルドスペースと衝突し爆発――合体して更に膨張してしまう……最終的には、日本全土がひとつのワイルドスペースで覆われてしまうだろう」
 その言葉に、集まったケルベロスたちもざわつく。
「みんながワイルドスペースを消滅させて回ってくれたお陰で、日本全土を覆うにはまだ少し猶予がある」
 急膨張を開始したワイルドスペースへ向かい、ワイルドハントを倒して欲しい……冴は、そのように伝えた。
 戦場となる空間は特殊な粘液に満ち、モザイク状に空間が混ぜられているが、それらは戦闘の際に問題とはならないだろう。
「今回戦うワイルドハントは、女性の獣人型をしている」
 鋭い爪での肉弾戦を主体として、攻撃を仕掛けてくるだろう。
 鉾之原・雫(くしろしずく・e05492)の暴走姿を取る敵だが、同一なのはあくまで外見だけ。
 中身や戦闘方法は彼女とは違う……ということを、忘れてはならないだろう。
「また、『ネオイロス』という組織から、一体の援軍が送られるようだ」
 トランプの兵士のような姿をしたドリームイーターだが、詳細は分からない。
「ワイルドハントと同時に戦うことになるから、気を付けた方がいいかもしれない」
 ワイルドスペースはワイルドハントの撃破によって消滅させることが出来る。
 ワイルドスペースさえなくなればネオイロスの援軍は撤退することだろう。
「……だが、ネオイロスの幹部らしき強力なドリームイーターが護衛として現れる可能性もある」
 援軍があるということと、本作戦に5名程度の幹部が関わっているということだけが、現在予知出来ることだ、と冴。
 幹部を撃破すれば、今後の作戦は有利に進むかもしれない。
「もし幹部が来たらどのような作戦を取るか、現場で混乱しないように意思統一が必要となってきそうだね」
 中途半端な作戦では、かえって危険だと冴は告げ。
「みんながワイルドスペースを消滅させてくれたお陰で掴んだチャンス。無駄にしてはいけないね!」


参加者
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
黒白・黒白(くしろこはく・e05357)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
ルイアーク・ロンドベル(幻郷の魔王科学者・e09101)
春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)

■リプレイ


 ひと目で高価なのだろうと分かる調度は埃で汚れ、その薄汚さこそがエントランスに立つ彼女を引き立てていた。
 白い髪を揺らす少女がケルベロスたちの姿を認めた――援軍が飛び出すと同時に、燈家・陽葉(光響射て・e02459)は脚を一閃している。
 陽葉と逆方向に飛び出したのは春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)。炎を纏う脚は、迷うことなくワイルドハントへと向けられた。
 このワイルドハントの姿は、春撫の姉によく似た姿。
 だからこそ、悪事を働こうとすることは許せない……爆ぜる炎の中、春撫は声を上げる。
「エニーケ!」
「スコルーク!」
 返したエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)の両脇両腰から手法展開――斉射。
 地響きと共に床が揺れ、老朽化した柱や天井から何かの破片が落ちてくる。
 それらに視界を阻まれることなくエニーケは敵の姿を見つめるが、今回現れた援軍が幹部級であるとは思えない。
「だったらワイルドハントを狙おう。そうだな、博士?」
 玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)に問われ、ええ、とエニーケは頷く。
 援軍が幹部級であれば倒したい。だが、そうでなければワイルドハントを討つ……それが、ここにいる全員の意志だった。
「その身を灼き尽くせ。神の雷に貫かれるまで」
 ウイングキャットの猫が投げた木香薔薇のリングを振り落とそうとしたワイルドハントの腕に、じわりと炎が広がる。
 毛皮と皮膚の隙間から滲み出る炎。ワイルドハントは腕を振り回して消そうとするが、思うようにはいかない。
 苛立ちすら見せるワイルドハントへとアップルは光を向け、その怒りを自身へと向けさせる。
 琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)はピンクの桜を舞い踊らせながら、声を上げた。
「『この身が朽ち果てようとも彼の者達を守りなさい! ひゃっかおうりゃん!!』」
 婀娜っぽく微笑むと、身をくねらせ。
「あぁごめんなさい 噛んじゃったわ♪」
 体に張り付けば蕩けるように花びらが消える。
 花びらがすべて消え去るより早くルイアーク・ロンドベル(幻郷の魔王科学者・e09101)はバスターライフル『Ti_amo』を構え、援軍へ向けて撃つ。
「私はこちらを押さえます」
「私も、もう少ししたらそちらへ行くよ」
 アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)は微笑んでから、まずはワイルドハントへと一発。
 ワイルドハントの柔らかな毛の中に弾丸が埋まれば、白い毛並みは赤く染まる。
 ――戦いを続けながらも、ケルベロスたちの視線はふとした瞬間に黒白・黒白(くしろこはく・e05357)へと向けられる。
「大丈夫ッスよ」
 軽い口調で言う黒白の頭部は地獄で覆われ、その表情は明らかではない。
「行きは良い良い、帰りは――」
 鬼火でワイルドハントを取り囲めば、青い光を灯す眼差しが迷うように揺らぐ。
「鬼の灯りにご用心」
 炎の揺らめきが強くなる。
 だが、それ以上に。
 黒白の内奥で燃える怒りは、烈しいものだった。


 斬撃によってワイルドハントを追い詰めようとする陣内、それを警戒するように相対するワイルドハント。
 広いエントランスとはいえ限りある空間の中、勝手知ったるように飛び回るワイルドハントを、しかし陣内は捕捉。
 飛びかかろうとしたワイルドハントを宙で斬った――ワイルドハントは深手を恐れて宙で方向転換、陣内への攻撃を諦め、冷え冷えとした爪を陽葉へと向ける。
 至近へと迫る無感動な眼差し。
 それは陽葉の知る彼女ではない。
「……本当に。何様のつもりかな」
 押し殺した声なのは、矢の狙いが逸れないようにするため。
 冷静に、精密な一矢。
 猫の清らかな風が、名残りのように白い髪を撫でた。
「悉く返り討ちにしてあげますわ」
 エニーケは呟くとマスケット型のバスターライフルで一撃。顔を上げることなく、春撫へと呼びかける。
「貴女のステージを決めてみせなさい!」
「はい! こっからは、わたしのステージです!!」
 武器飾りに刻まれた和歌も風を受けてはためく中、春撫はオーラを弾丸に変えた。
 円形の弾丸の表面には細かい棘。撃ち込めばワイルドハントの肌が裂け、白い体毛が薄く削がれる。
 アルシエルが放つものも弾丸。
 だが、それを向ける相手は、援軍だ。
「西方より来たれ、白虎」
 弾丸に込められた呪が白虎を呼ぶ――猛る獣は援軍の鎧すら引き裂き、内側の柔らかいところにまで牙を到達させた。
 アップルが光を放つ傍ら、淡雪は黒白の様子を伺う。
 雫ちゃんぬいぐるみを抱く腕に力が籠る。桜の花びらを舞い踊らせながら、淡雪は黒白へと声をかける。
「自分の鎧を触ってね? 一本だけどこかに本物の毛が混じってるわ」
「だいじょーぶッスよ」
 黒白の返答は淡雪に向けたもの。
 ワイルドハントへは声も、顔すらも向けることはなく、黒白は電波だけを垂れ流す。
 その姿で、獣の姿で、この場所を犯した。
 その罪がどれほどのものかを告げるように、電波はワイルドハントの耳から脳をかき回す。
「私は君のカタチを知る、君は私を知らぬただのカタチ……。なら、ただの障害物に過ぎない」
 友人にしてラボメンナンバー004の彼女を愚弄する行いに、ルイアークは刃を振るう。
 刻まれた傷跡を冒すように、ワイルドハントの肉体を取り巻いていた負荷が力を増す。
「友の容姿をしようとも、打ち砕くのみッ!!」
 声を上げ、ルイアークは刃についた紅色を振り払うのだった。


 援軍に、ワイルドハントに体力を削がれながらも、いまだ倒れる者は一人としていない。
 それは、ケルベロス達全員が統一の意志の元に行動し、無駄な行動をしないと決めていたからだった。
 援軍はアップルへと攻撃を向けるが、その一撃の威力は高いとは決して言えない。
 アルシエルがゾディアックソードに星座の力を纏わせて一撃を放てば、その動きは一層鈍くなるのだった。
「こちらのことは気にせず、どうかワイルドハントに集中して欲しい」
「ええ、そうさせて貰いますわ」
 エニーケは頷くと、腕を十字に組み。
「ビッグバンは止められるものではありませんのよ!」
 空想への憧憬、妄想への依存――それらが形を成し、ひとつの光線へと変わる。
「空想と妄想の力、お借りします!!」
 キメたポーズから発せられた力が、ワイルドハントへと注がれる。
「……っ!」
 声も出ない悲鳴を上げ、それでもワイルドハントは立ち上がる。
 咆哮――白く小さな体からは想像もできないほどの邪悪に満ちた声。
「こんな、声っ……!」
 幾たびもの攻撃を受け、陽葉にも少々の疲労の色が見て取れる。
 それでも押し負けることは出来ないと己を鼓舞し、陽葉はファミリアの舞葉へと命じる。
「放て!」
 言葉に嘴を開く舞葉は、凍結光線でワイルドハントに対抗。
 ワイルドハントが身を屈めて攻撃を受け流そうとしている隙にと、淡雪はサキュバスの霧で前衛の仲間を包み込む。
 アップルは凶器で攻撃に続き、猫は風を広げることで霧を循環させた。
 愛する者の声を汚す咆哮に黒白は一瞬だけ殺意が増幅する――だが、淡雪の言葉に従って自らの武装を撫でる。
 冷静になれば、戦況がこちらの有利に傾いていることは分かる。
 もちろん、長引けばこちらのダメージも増幅してしまう……ならば、今はダメージを与え続けなければ。
 思って黒白は弓を絞り、心臓めがけて矢を放つ。
 とすっ、と軽い音を立てて突き立てられる矢。
 驚いたようにワイルドハントは目を見開き、己の毛皮へと爪を突き立てる……生まれた傷を、陣内は如意棒による一撃で広げる。
「魔を統べし皇帝の名の下に……我に仇なす罪深きモノの運命を我が掌に……」
 呟くルイアークは、動きの鈍ったワイルドハントの胸から矢を抜くと、そこに空いた穴へと腕を突っ込む。
「逃がしませんよ?」
 引きずり出したのは魂。
 刻まれた因果ごと、魂を――しかし、手にしたソレを見たルイアークの瞳は、すぐに褪せる。
「あぁ……やっぱり空っぽなんですね? 思い出も何もない、在るのは今」
 どこか遠くを見つめた表情のまま、無感動にワイルドハントから距離を取るルイアーク。
 代わりにと前に出た春撫は、恋の歌を刻む。
「筑波嶺の みねより落つる みなの川 恋ぞつもりて ふちとなりぬる」
 引きずり出された無防備な魂を襲う、美しい幻影。
 輝ける景色に取り囲まれ、その魂は、肉体は溶けて消える。
 援軍が足掻くように腕を突き出した――しかし、ワイルドスペースの消滅の方が早く。
 その攻撃は誰にも届くことなく、どこかへと紛れた。


 ……戦いが終わった後も、少しだけ黒白にはやり残したことがある。
 作りたかったのは簡単な墓。かつてここに住んでいた人々の魂の平穏を祈って、静かに手を合わせた。
 ――祈りの時を終えて、春撫は嬉しそうに陣内へと言う。
「やりましたね、タマちゃん!」
『タマちゃん』という呼び名に、陣内の容赦ないデコピンが春撫を襲う――ちょっとだけ赤くなったおでこに猫がすりよって、春撫は照れたように笑う。
「えへへ、体験してみたかったんです」
 楽しそうな表情に、陣内も肩をすくめてみせるのだった。
 アルシエルは戦いが無事に済んだことに安堵し、武器を収めて周囲を見回していた。
 敵の気配は既になく、今から追うことは出来ないだろう……時を同じくして『創世濁流作戦』に乗り込んだ他のケルベロス達はどうだっただろうか、と思いを馳せる。
「ここまできて漸く重い腰を挙げたようですわね」
 本作戦に考えを巡らすのはエニーケも同じ。
 ここに現れたのは幹部級の援軍ではなかったが、援軍の現れた現場もあったはず。
 現場から戻ったら、他の作戦がどうなったかも確認しておかなければならないだろう。
 陽葉は表情を緩め、いつもの穏やかさを取り戻している。
 淡雪も何事もなく終わったことに安堵し、少し屋敷を見回る黒白の後姿を見守っていた。
「この場所、多分聞いたことあるんッスよねぇ……」
 おそらく、ここが彼女の――。
 ――胸によぎる気持ちと共に、黒白は周囲の景色を目に焼き付けるのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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