創世濁流撃破作戦~花のみるゆめ

作者:ヒサ

 地上部分の殆どが既に朽ちてしまった、空き家だったものの地下。豪奢な調度を揃えた広い部屋を、バラバラに切り裂いてから滅茶苦茶に繋ぎ直してモザイクを山ほどトッピングしたような、その室内。
 そのようなワイルドスペースの中に在るワイルドハントは、零れる涙をそのままに呟く。
「これが、ハロウィンの魔力ですか」
 哀しげに眉を下げたその顔はしかし、口元に笑みを浮かべていた。そう作られた人形の如く、淡紅の唇は綺麗な弧を描く。
「これがあれば、僕のワイルドスペースも濁流となり得るのでしょう。そうすれば、世界を覆い尽くす事すら叶いましょう」
 白い花のような、流れる水のような、繊細な姿がドレスの裾を引きゆるりと歩む。垂れる鎖がしゃらりと鳴る様すら優雅ではあったけれど──その元、細い首に嵌められた頑丈な枷だけが異質だった。
「幾つものワイルドスペースが潰されたと聞いてはおりますが、『オネイロス』の助けがあるならば問題は無いのでしょう。この『創世濁流』が成れば、『王子様』も──」
 歌うような声が微かに震えた。口ずさんだ言葉はしかし、それ以上を形にする事は禁忌とでもいうかのよう、半ばで解け潰える。
 手袋に覆われた両の手が祈るように組まれる。手にしていたナイフの刃に、少女と見紛うばかりの整った顔が映り込むのを見、ワイルドハントはそっと目を伏せた。

 ジグラットゼクスを成す一体、『王子様』が、六本木で回収したハロウィンの魔力を使い日本全土をワイルドスペースで覆い尽くすという『創世濁流』作戦を開始したという。告げて篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)が手元のメモから顔を上げた。
「各地のワイルドスペースがハロウィンの魔力で膨張し始めていて、このままだとワイルドスペース同士がぶつかって爆発して更に広がって、日本全体が呑み込まれてしまうようよ」
 とはいえ、未だ猶予はある。ケルベロス達がこれまでに幾つものワイルドスペースを消滅させている為、この事象には十分な勢いが無いようなのだ。
「なのであなた達には、これが膨らみきる前に中のワイルドハントを倒して来て欲しい」
 そう仁那は依頼を口にし、己が導く先の情報を伝える。
 内部は特殊な空間であるが戦闘に支障は無いという。ワイルドハントはナイフ片手に一撃離脱の戦法を好むようだ。華奢な見目通りに腕力はさほどでも無いようだが、術の扱いに長けている様子。
「ただ、敵はワイルドハント一体だけでは無いようなの。各地に一体ずつ援軍が来ているみたいで……だから二体まとめて相手をして貰う事になると思うわ、気をつけて」
 『オネイロス』から寄越された彼らは、トランプ札のような見目の兵らしいが、それ以上の詳細な情報は得られていない。少なくとも楽な戦いとはならぬだろうとヘリオライダーは言った。
「ワイルドハントさえ倒せれば、ワイルドスペースは消せるけれど」
 その場合、援軍は撤退するだろう。ただ、彼らの作戦において要となる地点の援軍には、オネイロスの幹部級の者が現れる可能性があるという。この強敵達を逃さず撃破する事が出来たならば、今後の戦いを有利に運べるようになるかもしれない。
「彼らがどこに、とかは、わたし達では突き止められなかったのだけれど……もしあなた達のところに出て来ても大丈夫なように、備えておいて貰えると助かるわ」
 援軍の撃破をも狙うか否か、狙うのであればそれに応じた作戦を。どうするにしても、十分に打ち合わせた上で動いて貰わねば、ワイルドハントの撃破すら成らず撤退に追い込まれる事もあり得る。

「もし、ワイルドスペースが沢山残ったままだったら、こうしてお願いする暇も無かったのでしょうね」
 今回の作戦はケルベロス達のこれまでの活躍あってこそ。そしてこの機会を活かせるのもまたケルベロス達だけ。
 お願いね、と託すヘリオライダーは信頼を示し口の端を上げた。


参加者
ベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
罪咎・憂女(憂う者・e03355)
神宮時・あお(壊レタ世界ノ詩・e04014)
饗庭野・水景(クロウカシス・e16767)
グレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)
一比古・アヤメ(信じる者の幸福・e36948)

■リプレイ

●籠中鳥のうた
「……うわぁ」
 ワイルドハントの姿を見、饗庭野・水景(クロウカシス・e16767)は眉をひそめた。聞いてはいたけど、と屈託を吐息に流す。
「いらせられませ、お客様方?」
 ワイルドハントは潤んだ瞳をケルベロス達へ向け、微笑んだままゆるりと頭を下げた。
「あれが、あなたの──」
(「──『絶望』」)
 顔をしかめる仲間を罪咎・憂女(憂う者・e03355)が顧みる。翼や尾や角、貼り付いた笑顔に滴る涙、それらを晒すその姿。彼女が知る限りにおいてそれは、彼と同じつくりをしていながらあまりにも違う。姿だけを借りたものと知っている以上、異質は当然なのではあろうが、それはあまりにもヒトの形に過ぎた。
「……水景」
 グレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)が案じて口を開くが、
「ねえ、僕」
 被せてワイルドハントが、己が姿の正しき持ち主を見つめ口を開く。
「折角逢えたけれど、お別れしませんか。その人達の死ぬところなんて、見たくないでしょう?」
「この人達はそんなに弱くない。死ぬならあんたの方。あと僕って呼ぶな」
「ああ。罪の無い人々を巻き込むような真似をするお前たちを、俺たちが許しておけるわけが無いだろう」
 即座に切って捨てた彼への同意をベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806)が紡ぐ。此方の戦意は十分、退く気は無いのだと明言した。
「……そう」
 目を伏せるワイルドハントは隙だらけのように見えた。だがそれでも、彼らは未だ手を出せないでいる。
「その辺りで諦めろ。力ずくで排除するしか無いと言ったろう」
 二丁の銃を携えた『オネイロス』の兵がワイルドハントを窘める。
 護衛対象の傍で睨みを利かせる彼は、ケルベロス達が視る限りでは、十分に渡り合える相手と思われたが、不用意に仕掛け得る程でも無く。
「ええ、あなたの仰った通りのよう」
 ワイルドハントが嘆息する。とはいえ彼自身もそれ自体は承知していたのだろう、涙を拭いケルベロス達を見た瞳はこの時、鋭い刃物のような色をした。
「──では、力をお貸し下さいまし」
「無論だ」
 裏腹に要請は柔らかく、歌う如き甘い声。端的に応えた兵は、その為に来たのだと銃を構えた。

●醒めて終わる
 前へ出て来たオネイロス兵を迎え撃つ。背後に護られる形となったワイルドハントには憂女がまず牽制がてら炎を放った。その間に重なる銀光の助けを得たグレッグが敵銃士へ砲撃を浴びせ、爆風に紛れさせるよう水景が縛鎖を投げた。
 鈍く輝く流体を御し得物を手にキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)が周囲へ目を配る。護衛を先に狙う方針自体に問題は無いと見た。であれば如何に攻めるかと思案する如く僅か彷徨った神宮時・あお(壊レタ世界ノ詩・e04014)の視線がほどなく標的へと定まり、蹴りを見舞いに飛び込んだ。主の命を受けたビハインドが彼女を補佐すべく不可視の呪詛を紡ぐ。
 対する敵の銃士は二丁を用い無数の魔弾にて前衛達を襲う。その隙にとワイルドハントが放った光が術弾となり後衛へ。
「っ──この程度」
 纏う衣の加護の及ばぬ術を、だからこそ敵は此処へ遣ったのだろう。ベルンハルトは意識を侵す眩暈に歯を食い縛り、鎌を握り反撃に動く。
「援護するよ、無茶しないでね!」
「すぐに治すよ、任せて」
 一比古・アヤメ(信じる者の幸福・e36948)が少年を護る幻影を生み出し、ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)は前衛達の為に花を呼ぶ。広範囲を圧する射撃も、一人を撃ち抜き護りを崩す重い弾も厄介だが。護るよ、と癒し手達の声は明るく強く──全ては罪無き人々の為、敵の目論見を潰す為。
 場の主は術を多用し、護衛の兵は同族を護る動き以外の全てが長射程の射撃の為に在る。銃撃が此方の攪乱を試み、隙間を通す魔術が後衛へ刺さる。それらの被害、特に動きそのものを阻む呪詛には手早く対処するよう努めつつ手を進める事暫し、敵の狙いに偏りがある事に幾名かが気付く。
「当て易いところを狙ってるんだと思う」
 術弾から水景を庇って跳んだキソラの耳に、特にあっちは、と不満を抑えたような声が届いた。一方の『こっち』が前に立ち壁となるがゆえに採れる戦法だろう。単純な火力等、視得る要因で比べればより厄介な敵前衛を先に排すべく動くケルベロス達の狙いを向こうも承知なのだろう、阻むよう的確に連携して動いて来る。
 だがそれで止まる彼らでは無い。それが敵にとってより痛手となるのなら貫くだけ。元よりまみえた敵を仕留めず済ますつもりは今のところケルベロス達には無い。憂女が持つ暗色の銃が菫に艶めき、撃ち出された光弾がワイルドハントを抑える間に、グレッグの砲撃がオネイロス兵を撃ち抜き動きを鈍らせる。その機にと攻めを担う者達で追撃を集中させた。
「イリス、お願い!」
 その間隙を縫い動く敵の攻撃には盾役達が応じ駆ける。読み得るならば喰らいつくまでと、キソラの瞳が何をも見逃さぬとばかりに強くきらめく──一人と一体ではどうしても届かぬ箇所は出るけれど、後ろの者達が支えてくれる以上、限界まで駆け抜けると。
 比べれば打たれ弱い者らを後衛へ庇った意味が活きるよう、せめてと急ぐ。傷を抱える者達へ癒し手達が治癒を為し続け、代わりに動き易くあれる者達が果敢に攻めた。敵の懐へ潜り込んだあおが白気を纏った拳を叩き込む。質量を補う如く全身で向かったそれは直後の離脱の事を度外視しているかのような動き。彼女にはまだ余力はあったけれど、それでも案じてベルンハルトは彼女の死角を狙ったワイルドハントへの牽制に鎌を振るい、こじ開けた隙間から少女の腕を取り引き戻す。
 咄嗟の事にあおは束の間呆けたように目を瞬いたが、構う余裕は少年には無く。仲間の警告に従い、己へ迫る攻撃に対応すべく得物を振るう。かざした鎌刃で攻撃を受けても衝撃を殺しきる事は出来なかったが、まともに喰らってはただでは済まなかったであろうから意義はある。幾度も傷と治癒を塗り重ねられた体に鞭打ち彼は、反撃へと飛び出した。
 少年の幼い体が不釣り合いな長槍をしかし巧みに操り銃士へと切り込む。素早く重心を御しての冴えた一撃が薄い体に深く亀裂を刻み。
「──それでも今ならば良い的ではございませんか」
 それを視界に捉えるワイルドハントが悪意に笑んだ。兵の傍に迫り留まるその刹那を狙い撃つ術がベルンハルトを呑み、小柄な体が地に跳ねる。痛みに呻く声を耳にし彼は歯噛みして、そうして初めてその音が己の攻撃を浴びた敵が発したものと気付く。最早己が身に力は入らず、であればせめて誇り高く。すまない、後を頼む、とだけ、彼は短く残した。
 集中攻撃を受けている兵も随分と疲弊している事は察された。それでも彼はそれ以上の苦鳴を殺して銃を構え、一点へと撃ち放つ。癒し手を狙ったそれに身を捧げたのはビハインド。力尽きる姿を確かめるかのよう一度目を瞬いたものの、ロベリアはすぐさま口を開いた。
「今がチャンスだよ、攻撃お願い! アヤメも!」
「あ……うん、任せて!」
 イリスがダメージを引き受けた事で、今立ち得ている者達には僅かなれど余裕がある。であれば無駄にするわけには行かない。この時必要とされる治癒を一手に引き受け花纏う彼女へアヤメは強く頷き返し援護に走る。
「白雪に残る足跡、月を隠す叢雲──」
 螺旋が雨呼ぶ力と成る。敵が怯んだその隙に、風が、炎が、凍気が、敵を屠るその為だけに荒ぶ。
 そうして銃士は倒れ、束の間静寂が訪れる。
「──────ッ!!」
 それを破ったのは、儚げな姿を映した異形の声ならぬ悲鳴だった。

●花の散る末
「護って下さると、あなたは、……どうして──」
 彼の泣き叫ぶような声は、
「……僕を置いていかないで、下さい」
 すぐに勢いを失くし暗く沈んだ。
 おそらく束の間の、義務で結ばれた協力関係はそれでも、彼にとっては大切なものだったのだろう。挑む前の遣り取りを見る限りでは、かの兵は彼を極力尊重していたようで、彼からすれば信頼に足る相手だったのではと。水景が眉を寄せたが、敵はほどなくケルベロス達へ殺意に満ちた目を向けた。
「危ない」
 少年が発した警告と同時。間近へ振るわれた短剣が憂女の胴を裂く。騎士の装束に織られた薔薇の加護は傷を浅いものとしたが、激情に淀む為し手の目はそれでも濁ってはいない様子。身軽に退いて反撃を封じる敵を目で追い彼女は、油断は禁物だと改めて仲間達へ。
 そうして敵は自棄を起こしたかのよう、目につく者へと災いをまき散らす。先の計算高さや執拗さはなりを潜め、彼を観察していた者達も、動きを読む事が困難になる。せめてとキソラがより前へ。それにより向けられる殺意はしかし彼を挫くには至らず、敵はきつく眉を寄せる──その様は本人よりも余程に苛烈。
「退いて、下さいまし。僕は僕を、……あなた方のような仲間に恵まれるなんて」
 彼らを『とも』と称して彼は、羨ましい、と涙を零す。
「悪ィけど出来ねェの」
 一蹴する青年には、例えば表現されていない水景の心持ちまでは判らないけれど。それでも、それに依らずとも、出来る限りの事をすると、もう決めていた。彼に願う事があるのならば遂げる為の手伝いをしたいし、そもそもこの件を託され赴いた以上は負けられないのだから。
 だから、間近で放たれた術に依る重圧が膝ごと折りに来たとて屈せはしない。酷使した体はもう限界だと悲鳴をあげるが、もう少しだけ、と宥めて彼は詰まる息を吐き出した。
 短刀を抜き踏み込んだ憂女が抉る如き斬撃で以て敵を圧す。友人が巻き込まれず済む距離まで敵を引き離し仲間の助力を乞うた。縁結んだ戦友として、叶う限りに、すべき事を成す為に──遥か先を往ったひとの気持ちを知る事など、絶望を理解するなど、未だ先の事でも良い筈だ。
 斃れた兵は、ワイルドハントを護る中で彼の傷を癒してもいた。ゆえに遺された彼は粘り、その分こちらの被害も嵩んで行く。
「ロベリアは前衛の皆をお願い」
「アヤメは水景君ね、任せた!」
 それに抗い皆を支えるは二人の癒し手。交わす声は苦境にあっても朗らかな色を失わず、皆を鼓舞するように。
 ただその中で、解呪を相方に任せ護りを織る事の増えたアヤメにグレッグが気付く。疲労に乱れる息を静かに逃がして笑う彼女を案じる彼の目に、微かに咎める色も滲んでしまうのは仕方の無い事だろう。以前、同様のものを見た──あの時も彼女は、皆の為に、勝利の為にと。
 だが、気付いていて解っていて、それでも彼女は顧みぬ事を選ぶ。ゴメンね、と囁き片目を瞑った彼女は、仲間達へ護りを残すべく幻を紡ぎ続け、やがて魔光を浴びて膝をつく。
「任せた、よ」
「──うん」
 力を失い流石に掠れた知人の声に、ロベリアが深く頷いた。

 痛みを抱えつつも耐えながら、着実に攻撃を加えて行く。だが静かに敵を観察し続けていたあおは、その手応えは確かなれども目を惹くものが無いままである事に唇を、噛む如くきつく結んだ。
(「早く、……早く、倒れて、は、下さいません、か」)
 傍に倒れた者達が居る。少女の胸は重く冷えた。共に戦う者達も皆疲弊し傷ついている。終わりさえすれば、と、彼女にしては珍しく、他者を呪うに似て願う──同時に彼女の呼吸は浅く速くひどく急いたけれど、それは肉の苦痛ゆえでは無くて。
「キソラ君、あおちゃんがそろそろ危ないと思うから気をつけてあげて!」
「解った、アリガト」
 だが仲間達は案じて声を、視線を寄越した。たった今術の光に目を細めた少女自身には見えずとも、重なる負傷の跡が他者には判る。
 そしてそれは皆が同じ。だからこそ彼らは気遣い合い励まし合い、一手ずつ敵を追い詰めて行く。短刀が閃き、炎弾が爆ぜ、力を奪う。鎖の護りが織り重ねられ、癒しの気を紡ぎ、退かぬと猛る。幻竜が舞い、鎌刃が唸り、独りきりの敵は次第に苦痛の呻きを隠せなくなって行った。
「未だ、です」
 それでも、と。負傷に喘ぐ敵が撃った光がロベリアを穿つ。衝撃に呻く声が洩れたのは一瞬、押し殺して彼女は顔を上げ、大丈夫だと笑顔を見せる。傷を塞ごうにもすぐには動けぬ彼女の為、キソラが護りの炎を呼ぶべく手を伸べるが、彼女はそれに首を振る。
「ありがと、でもいいよ」
 それよりも、と彼女は終幕を望んだ。人の世の平穏や楽しみを侵す敵への怒りを笑顔の奥に息づかせたまま、乱れる呼気を抑えつける。
「キソラ」
 それでも、否、だからこそ、捨て置き難いと仲間を案じる友を、憂女が呼び促す。その声もまた、だからこそ、と信頼に強く。
「──ン」
 藍色の刃は曇り無く閃いて、敵の熱を奪う。唸る凶器が標的の肉体を抉り、幾重にも傷を重ねた。
「色々むかつくから、一回くらいは思い切り殴りたかったんだけど」
 苦痛に仰け反る敵へ向け水景が口を開く。彼は短期間で常以上の修練を重ねて来て、そうして今此処に立っていた。
「だからってここで油断したらろくな目に遭わない気もするし、これで我慢してあげる」
 大き過ぎるその隙とて、此方を油断させる為のものかもしれないのだ。彼は鎖を振るい、同じ顔をした敵を締め上げる──相手がそうしたように正確に、痛む箇所を苛んだ。
「それなら、僕の気持ちも、解るので、しょう、僕」
「だから、僕って呼ばないでよ」
 声は苛立ちにさざめく。それでも決して激情は示さぬ少年の節制に応えたのはグレッグの炎。
「せめて……これ以上は」
 低い声は誰が為を紡がぬままに。より雄弁に蒼色が盛り、弧を描くそれは叶うならば速やかにとばかり尾を引いて、標的を焦がす。
 熱に、痛みに。ああ、とワイルドハントは大きく息を零し。
「──…………」
 しかし姿の主と同じ色をしていた声は最早音ならず。その細い手で祈りを紡ぎ、死した。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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