●秋の裏切り
「今年も立派に実ってくれて良かった」
宇宙まで突き抜けそうな青い空にふわふわ浮かぶうろこ雲を背景に、萎れた葉の合間にぶら下がる毬栗を見上げ、鈴花は晴れやかに笑む。
ここは彼女が両親から受け継いだ栗山。
美味しい栗がたくさん実るよう、彼女が丹精込めて手入れをしている場所。
そして今は嬉しい実りの最盛期。背負い籠には、専用トングで拾った毬栗の山が出来ている。
「頑張ってくれて、ありがとう。来年も宜しく……え? あなた」
誰?
そう鈴花は問おうとしたのだろう。
しかしその言葉は途中で途切れた。
「え? え?」
代わりに処理しきれない困惑が彼女を襲う。
何故なら、唐突に現れた少女が不可思議な花粉を栗の木に振りかけた途端、枝がざわめき、根が蠢き、今の今まで愛おしく眺めていたものが異形の怪物に転じてしまったから。
「こ、れ。どういう、こ――」
咄嗟に収穫した栗たちを庇おうとしたのは、鈴花が如何に栗を大切に思う心の顕れだったのだろう。
「ふぅ、今日もいい仕事したわね」
一人の女をすっかり取り込んだだけでは足りないように、新たな獲物を求め動き始めた栗の攻性植物を見遣って、黄色の少女――鬼縛りの千ちゃんはからりと能天気に笑う。
「人は自然に還るのが一番なんだから。これって、人助けよね」
●栗は痛いか、美味しいか
鈴花という女性が管理している栗山に、植物を攻性植物に作り替える胞子をばら撒くデウスエクスが出現した。
「人型の攻性植物らしいのですが……問題はそこではありません。皆さんに取り急ぎお願いしたいのは、攻性植物にされてしまった栗の木への対処です」
語り出したリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)の表情は、何処かぎこちない。栗の攻性植物が鈴花を取り込んでいる以上、人命に係わる火急の案件なのだが、先だってメイア・ヤレアッハ(空色・e00218)が言っていた事がどうしても頭を過ってしまうのだ。
『きっとイガイガの攻撃よね。でもでも、飛んできた栗は食べらたりするのかしら? ねぇ、コハブはどう思う?』
抱いたボクスドラゴンに尋ねるメイアの瞳は、津々過ぎる興味にキラキラしていた。確かに、気になるところだ。いや、だが。その前に!
「皆さん、この栗の攻性植物の退治をお願いします」
一度思考が中断されたからか、少し前に紡いだものと被っている言葉を重ねつつ、リザベッタはケルベロス達に鈴花を取り込んでしまった攻性植物への対応を請う。
攻性植物に囚われ、外部からは顔しか認識できないようになっている鈴花だが、彼女の命を救えないわけではない。ヒールを施しながら戦えば、攻性植物を撃破の後に鈴花を助けられる可能性があるのだ。
「敵は巨大化させた毬栗を投じて来るのをメインに、機銃掃射のように栗の弾丸を撃ち出したり、なぜかほくほくに茹で上がった甘い栗で此方を誘惑したりするようです」
どうしてほくほくに茹で上がっているかは深く言及せず、リザベッタはケルベロス達に真剣な表情で注意を促す。
「攻撃量と回復量、バランスが難しいですが……皆さんならきっと成し遂げて下さると信じています」
そうなのだ。攻撃に偏ってしまえば鈴花の命は失われ、逆に回復量が多すぎれば戦闘が無用に長引き、ケルベロス達自身の命が危険に晒されてしまう。
うっかり甘い栗の誘惑に負けきってしまえば――。
するり、不安の影が忍び寄る。けれどリザベッタの表情が曇るより早く、六片・虹(三翼・en0063)の賑やかな声が割って入った。
「なぁ、この時期の収穫ってことは晩生種で間違いないか? 序に言えば、一際立派なやつ!」
「っ、はい。確か普通の栗の倍くらいの大きさの栗だったような……」
「よし来た! さぁ、征こう。悪い栗の木退治へ!! 褒美に栗ご飯を強請るくらいは許されるだろう? あぁ、本物の茹でたて栗を頂くのもいいな、いいな!」
自分をヘリオンへ引っ張って行く勢いな虹へ、リザベッタはいつもより声を張って付け足す。
「ご褒美は、無事に鈴花さんを救出できたら、ですよ!」
どうして女性陣の美味しいものへの貪欲さはこんなにも――口に出しては危険な事はきっちりつぐみ、リザベッタはケルベロス達へ鈴花と美味しい栗の命運を託すのだった。
参加者 | |
---|---|
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218) |
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435) |
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001) |
市松・重臣(爺児・e03058) |
立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441) |
リヒト・セレーネ(玉兎・e07921) |
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046) |
アルスフェイン・アグナタス(アケル・e32634) |
●和色
陽射しを遮る緑は限られ、代わりに周囲の山々は燃える赤や黄に染まっている。
随分と秋めいた景観だ――ヘリオンから降下した先に広がるパノラマに、冬を知らぬ森の瞳を細めたアルスフェイン・アグナタス(アケル・e32634)は足元に転がっていた毬栗に気付き眉根を寄せた。
「中に食べられる物が入っているのだろうか?」
毬栗。つまり、とげとげ。おおよそ、口に運ぶには相応しくない形状に、空映す羽を背に負うオラトリオの青年は飄々と呟く。
と、そこへ。
「今日も秋晴れ、人命救助日和。それも妙齢の御婦人の危機とありゃァ腕が鳴るって……」
「ほくほく、ほかほか、甘い栗! あらやだ、考えるだけで涎が――」
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)と鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)の声がぴたりと重なる。しかし、重なりに誤魔化しきれないのが女の耳というもの。
「……ダレンちゃん?」
不穏当な言葉尻を恋人に捉えられた男は調子よく話題を切り替える。
「Σ だ、だよねー! 栗美味しいよねー!」
「そうね、美味しいわね!うん、じゃあ。人命救助と参りましょうか!」
「そうそう、こっからは真面目――というわけで、必ず助けるから、少しだけ待っててくれよな」
「……え、あ。は、い?」
ダレンの呼びかけにきょとりとしたのは、攻性植物に囚われている鈴花。だって我が身に起きた事態を飲み込む前に、見知らぬ人々が続々と現れたかと思うと、一人はのんびり、更には二人が夫婦漫才を繰り広げ始めたのだ。パンク寸前だった思考は奇妙な崩壊を起こした末に、何故か和んでしまった。
「わたし達はケルベロスです。これからあなたに刃を向けて怖い思いをさせてしまいますが、落ち着いていて下さい。全てはあなたを助ける為。目を閉じたままにしても構いませんから、暫く辛抱して下さい」
「痛いかもだけど、少しだけ耐えて。わたくしたちと一緒に戦って」
そして、続いた立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)とメイア・ヤレアッハ(空色・e00218)の励ましに安堵を得たのだろう、『ケルベロス』の登場で全てを察した鈴花は、「えぇ、わかったわ」と気丈な気概を示す。
一つ晴れた愁いに、ケルベロス達は臨戦モードに移行する。それは異形化した栗機も同じ。ふわりと漂った甘い香りは、変調の予兆。しかし事が成るより早くヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)がしなやかな猫の所作で九尾扇を振るい自らの能力を高め、連れる緑瞳の翼猫ヴィー・エフトはキャットリングを敵へと放った。
ざわり、植え付けられた阻害因子に無数の毬栗を実らせた枝が震える。
――アレハ厄介ダ。
そう判断したのだろう。甘い香しさがヒマラヤンらへ放たれた。けれどデウスエクスの好き勝手を許すつもりはない。
「何の是式!」
敵の誘惑も腹が減っては何とやらも。本物の魅力を心待ちにすれば、空きっ腹でもどんと来い。そんな勢いで市松・重臣(爺児・e03058)と、巻尾が愛い赤柴風のオルトロス八雲が盾として我が身を差し出す。とはいえ、防げた射線は二つ。通ってしまった芳香が、ダレンとリヒト・セレーネ(玉兎・e07921)を襲う。
「もう、ダレンちゃんに何てことしてくれるの!」
「平気だって、纏ちゃん」
奮起した纏が敵を槍で薙ぎ払うのをダレンはけらりと笑い、リヒトを侵す邪を清め。癒されたリヒトは目礼の後、彩月が当てる事を優先させた稲妻の突撃を見止めて緊急オペの準備に入った。
「きっと助けるから。待ってて下さいね」
「ありがとう、信じてる」
子供と青年の狭間の少年に痛みを取り払われ、鈴花は目元を和ませる。きっと彼女は理解したのだ、この繰り返しこそ自分を救う術だと。
「毬――もとい、異形の魔の手に怯んでなどおれぬな。安心せよ、すぐに引っぺがしてくれよう!」
「わふわふっ」
庇いそびれたヴィー・エフトを癒しつつ緊迫感を吹き飛ばす重臣と、不測の事態を回避する為に攻撃を控える八雲の忠犬ぶりに、鈴花はまろい吐息を吐く。完全にケルベロスを信じた彼女は、己が運命を託す覚悟を決めていた。
メイアとメイアの大切な相棒である箱竜のコハブが自陣最前列へ自浄の加護を授けるのに倣い、アルスフェインとアルスフェインの箱竜のメロも守護星座と自身の属性を注ぐ事で味方の守りを固める。
「鈴花さんといったか。少々騒がしいかもしれないが、ゆったりと構えていてくれ」
肩の力が抜けたアルスフェインの言い様に、鈴花は「そうしているわ」と笑ってみせた。
……と、まぁ。
いい雰囲気で攻性植物退治は幕を開けたわけですが、がっ。
●愉色
はっはっは。
そんな感じのアルスフェイン、一歩引いて戦場を愉し気に眺めていた(自らは輪に加わらない算段)。
「あ、本当に甘い……」
「纏ちゃん! しっかりするんだ!」
ほわほわ漂わされる香りは、女子なら惹かれざるをえない威力。そのくせ、どごんと発射される主砲こと巨大毬栗は色んな意味でインパクト大。
「ふむ、火中の栗もびっくりな弾けた攻撃じゃな」
またも体を張った重臣は、受け止めたチクチクをそぉいと放り投げ、渋い髭で彩られた顎をふぅむと撫でて、せぇいと胸を張る。
「然し我らは番犬! 尊き命を拾い上げる為ならば、勇んで挑むのみ。さぁ、静まれい!」
重臣の名調子に、護りに徹する八雲も同意を示すようにわふわふわんわん。
そんなコンビネーションに触発されたのか、メイアはメイアでコハブへ尋ねてみたりする。
「わたくし、栗だぁい好きっ。ねぇ、飛んできた栗、後から拾ってもいいかしら?」
――コハブ、沈黙。
「イガイガの中は、きっと美味しい栗だと思うしもったいないの」
――コハブ、再度沈黙。見守るアルスフェインもアルカイックスマイルで沈黙。
ともあれ、確かめる為には敵を無事にぶっぱする必要があるわけでっ! ちなみにリヒトもメイアと同じクチ。
イガイガは痛そうだけど、中身は美味しそうに見えて仕方ない。
「いや、鈴花さんを助けるんだ。栗の誘惑になんて負けな……負け……」
甘い香りの誘惑を直接喰らったわけでもないのに、ふわふわふらふらリヒト。しかし応援に駆けつけてくれた兄のニコニコ視線に気付いて、くわわっ。
「ま、負けてないよ! 負けてないから!」
「うん。リィは負けてないね。しっかり頑張ってー」
そんな意地っ張り具合もお兄ちゃんなルースからしたら、可愛いだけだったりするのはナイショの話。
ともあれ、面白好きの虹がこの場にいないのをリヒトが不思議がるくらい、攻防は愉快に彩られた。だが、鈴花と交わした約束をケルベロス達は忘れていない。
(「みんな、ちゃんと自分の役割はきっちり果たしているのですよ」)
多くの戦いを経た者らしく、戦況をしっかり見定めヒマラヤンは金色の瞳に光を宿す。
「この調子でいけば大丈夫そうですね」
呉れる威力を考慮し、敵が一体にも関わらず多くの手合いを巻き込む無数の刀剣を天空より招き放った彩月の声に、ヒマラヤンはにこやかに頷く。
「ヴィーくん、私たちもしっかり頑張るのです――さあ、ちょっとチクっとするかもしれないのですが、少しだけ我慢するのですよ~」
「任せてっ」
斯くして鈴花の回復を担うヒマラヤンはグラビティによりでっかい注射器を創造する。
「はーい、痛くしないので、逃げちゃ駄目なのですよ~?」
「っ」
その見た目に思わず鈴花が目を瞑ったのは一瞬。刺された針を通して注がれた液体に命を補われた鈴花は、ありがとう、と謝辞を示した。
●戦色
「あとちょっとだぜ。踏ん張ってくれよな」
「は、いっ」
隠しきらぬ疲労はあるものの、折れぬ鈴花の強さを目に、ダレンは「上出来だ」と笑って『気』を立ち昇らせ、攻性植物――いや、虜囚の女を癒すためにそれを分かつ。
「切った張ったばかりが能ってワケじゃないんでな?」
与えた分、疲れた気になるのは仕方ない。腹を括った男の献身。されど遊び人としての悪い癖が出ている訳ではないので、纏も頬を膨らませる事なく槍を振るう。
「もう終わるよ、鈴花ちゃん」
奔る稲妻は大気を裂き、貫く矛先は栗樹に風穴を開ける。
(「必ず、救ってみせる」)
攻防の一手一手をしっかり読み解き、彩月はレースアップのロングブーツで山肌を蹴った。無論、ただのブーツではない。戦いにおいてこそ真価を発揮するもの。
(「間違えない、大丈夫」)
人型、寄生型。様々な攻性植物たち。救えない命もあった。でも今回は、憑依されてしまっていても、救う事が出来るから。
「月のエネルギー充填完了」
ブーツの力で秋空へと高く跳躍し、その最高点で彩月はゲシュタルトグレイブに月の力を満たす。与えるダメージと施す癒しの加減は、過たず見切っている。この一瞬は、攻める時。
「この一撃を受けて立ってられるなら立ってごらん!」
「――っ!」
降下からの串刺し。直接の痛みを鈴花へ被らせぬよう幹の上部を射抜いく一撃は痛烈。衝撃に、無数の毬栗が地へ散った。
「リヒト殿」
「はい! 任せて、下さい」
間近で鈴花らを観察し続けた重臣の求めに、リヒトはすかさずウィッチオペレーションを施す準備にかかる。
「何とももどかしいなぁ、はち。だが鈴花殿は安心めされい。間もなく勝利の時じゃ、そうすれば皆で秋を満喫しようではないか!」
「楽し、み、です」
自らが持つ癒しでは、敵に仕掛けた呪縛を解きかねないか、此方の攻撃を通り難くしてしまう恐れがある。だから一歩身を引いた重臣は、共に忍耐を重ねた八雲を労い、鈴花へ激励を飛ばす。
そうして回し続けた運命は、最良の形で実を結ぶ。
「ひとつ、お願いしてもいいかしら? わたくし――」
「構わない。丁度、頃合いだろう」
試してもいいかしら? とメイアに皆まで言わせず、アルスフェインは是を伝える。彼女が何をしたいかは、瞳の煌き具合で予想がついたから。
「ありがとう! ねぇ、コハブ。この場合、焼き栗になるのかしら? 蒸し栗になるのかしら?」
放つドラゴンの幻影に栗樹を丸ごと炙らせ、メイアはことりと首を傾げる。無論、コハブが反応に窮したのは言わずもがな。されど、結果はどっちでもいい。バーンと爆ぜた巨大毬栗から、美味しそうな香りが漂うことこそ大正義。
「メロもお疲れ様だったな」
重臣らと共に盾を担った翼猫を抱え上げ、アルスフェインは『結末』を信じ、力を練り始めたヒマラヤンの背を見守る。
果たして、移ろう空の如く嘯く男の読みは正しく。
「鈴花ちゃん、お疲れ様だったのですよ!」
「い、え。それは、私の台詞、よ」
苦しい息の中、途切れ途切れに紡がれた礼を受け止め、ヒマラヤンは古代魔法語を紡ぎ。放つ光線で攻性植物を灼いた後、転がり出てきた女の体を抱き締めた。
●毬色
もう、おにいさまは心配性ですの。
そう添花がむくれてみせたのは言葉だけ。穏やかな秋の陽射しに金色の髪を煌かせる少女は、転ばないようにと伸べられたアルスフェインの手へ嬉しそうに己が手を重ねる。
「おにいさま! これ大きいですよ~!」
はしゃぐ少女はまろぶようにアルスフェインの手を引いたかと思うと、専用トングで上手に毬栗を拾い上げては、傍らの男が持つ籠の中へ放ってゆく。
目指すは、茹で栗、栗ご飯、栗ケーキ。その為にはたくさんたくさん拾わねば!
されど栗は見知れど、イガを間近で見るのは初めてな添花の心は、別の興味でも疼いてしまう。
「こら、素手では触ら……」
「いたっ!」
言い終える前に手袋を外しイガを触って悲鳴を上げる少女に、アルスフェインはくくと笑う。全く、この子はこういう所が微笑ましくもあるのだ。
「手を貸せ、添花。手当をしよう」
「本当にとげとげしていたのですよ~」
小さな手を大きな手で包まれヒールを施される間も、添花は瞳に星を瞬かせトキメキを余す事無く語り尽くす。
「やはり君の手は俺が握っているのが一番のようだな」
窘める言葉とは裏腹に、アルスフェインの声音や柔く。
「さぁ、続きも頑張ろうか」
再び手を繋ぎ直し、青年と少女は和やかな栗山をゆるりと渡る。
「あ、あそこにも落ちてる!」
「……」
「あっちにも! 凄いよ、ルゥ兄。毬栗だらけだよ!」
「……」
うんうん。僕の弟は何て可愛らしいのだろう。戦闘の最中も思ったけれど、こうして小鹿のように山中を駆け回りはしゃぐ姿は、微笑ましくて仕方ない!
しかも普段なら途中で此方の視線に気付くのに(戦闘中がまさにそれ)、今はその素振りさえない。
(「あぁ、可愛いなぁ。うん、可愛い」)
――そんな感じで、ルースは栗疲労に夢中なリヒトを心置きなく愛で愛で。双子なのだから年齢は一緒だけれど。兄という生き物は、弟が可愛くて仕方ないらしい。
けれど、眺めているだけでは勿体ない。
「ねぇ。これ、少し貰えるかなぁ?」
「えっと、確か。拾った分だけ持って帰って良いって言ってたよ」
「! そうなんだ! そうなんだ!」
半分ほど満たした籠を背に戻って来た弟へ、鈴花から聞いた事を兄が応えれば会話も弾む。
「甘いお菓子とか、作れるかな?」
「そうだねぇ……マロングラッセとか? でもこれだけ立派な栗だし、モンブランを作って乗せるのもいいかもね」
「作るなら、僕もルゥ兄のこと手伝うよ!」
ますます跳ねる口振りは留まることを知らず、一房染まる前髪が左右鏡映しの二人は、賑やかに栗拾いに興じる。
最早、小山となりつつある背負い籠の中身を眺め、ヒマラヤンは満足気に足取りを軽くする。
「一人で食べるんじゃないのです。局の皆にお土産にするのですよ!」
精一杯頑張ったご褒美は、自分で持ち帰れるだけの目一杯。鈴花が約束してくれた『今日の御礼』は、旅団の皆をも笑顔にしてくれるに違いない。
「さぁ、ヴィーくん。もう一息、頑張るのです~♪」
二十歳を超える年齢に反し、思春期手前の容貌と体格で留まる女は、弾む毬のように秋の実りを拾い行く。
「うぇっ、ダレンちゃぁん。背中がちくちく痛いよーう!」
「どーしたんだい纏チャン……Σ」
栗拾い初心者はレクチャーを受けてから――とチャラ男を自認する割に、しっかり者なダレン。けれど目論見は、未来の嫁こと纏の悲鳴で崩された。
「あのネー、纏チャン。イガイガは、こうやって踏んずけて外して、栗だけ拾おうねェ!?」
「えーん。ダレンちゃんが怒ったー」
「イヤイヤ、怒ってないヨ? 怒ってないケドっ」
何をどうして背中に毬栗をくっつけたかの不思議へは、口ではツッコミを入れつつも、ダレンの顔は緩む。
(「まったく。うちの嫁からは目が離せないな」)
込み上げる愛しさは、閑話休題に換えて。
「そういや、マロンは英語じゃなくてお隣の国の言葉なんだよなァ」
「そうなのよね! 小さい時にパパの国で食べたマロン・ショーは本当に美味しかったの」
英国人ならではのダレンのしみじみぶりに即座に顔を上げ、思い出をきゃらきゃら語る纏は日仏ハーフ。纏側が美談になるのに対し、ダレン側が醜聞気味になるのは、料理文化のあれそれ的が原因。ドーバー海峡で隔てられた二国の溝は、かなり深い。けれどダレンと纏の二人に、それはない。
「俺、栗ご飯ってヤツ。家でも食ってみたいなー」
「じゃあ、料理初心者のわたし達でもレシピがないか訊いてみましょ!」
●栗色
大粒の栗は半分に切り分け、酒とみりんと塩を加えた新米が待ち受けるお釜の中へ。そうして一緒に炊き上げれば、ほくほく栗ご飯が完成。
「はち、お座り!」
「わふっ」
漂う香りに刺激され、重臣らの腹の音は留まる事を知らず。
「お待たせしました。これでお礼になるかは分かりませんが――」
黒ゴマを振りかけたおにぎりを鈴花が運んでくれば、一人と一匹の瞳の輝きは真夏の太陽をも凌ぐ。
「何を仰る、最高じゃ!」
「わんわん、わふっ」
全ては、鈴花も含めた全員の奮闘のお陰と、行儀よく『頂きます』と手を合わせた重臣の言葉に、鈴花は嬉しそうに頬を染める。
「良かったら、作り方を詳しく教えて貰えないかしら?」
「えぇ、喜んで。栗ご飯だけでいい? それとも他にも――」
そうして彩月と花咲かす女子談義。栗の調理経験がない故に、おにぎりをご相伴に与ることにしたのだが、結果は上々。次々書き留められるレシピ達は何れもSNS映えしそうで、カメラ女子な彩月にぴったり。
「虹ちゃんも、お疲れ様だったの」
「いやいや、メイア殿こそ。コハブ殿もな」
美味しいものは、皆で食せば更に美味さが増すというもの。周辺を警戒していた虹を呼び戻し、メイアもおにぎりをはむはむ。
「んんんん、幸せなの」
「これは堪らんな」
ほくほくの優しい甘さは芋ともまた違い。鼻を抜ける香しさと共に、至福となって全身へと染み渡る。
「やっぱり栗って最高ね。イガイガにこんな美味しさを隠してるんですもの!」
「煮て良し、焼いて良し、蒸して良し。そのまま食べるのもいいが、菓子にしても絶品。甘さが諄くないのも――」
コハブへもお裾分けしつつ、栗愛は突き抜けんばかりの秋空が如く。
女性陣の賑わいに、素晴らしき日和を改めて実感した重臣は、来年の再訪を願う。
どうか、それまで。
否、その次の年も、そのまた次の年も。
――変わらぬ実りと栗色の幸せが、末永く在らん事を!
作者:七凪臣 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年11月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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