ギュウカツ、メイドインキョウト

作者:ほむらもやし

●メイドイン京都
「さくさくの衣に、赤身のきれいな牛肉、これをわさびと醤油で頂くんや」
 ここは京都市にある山の麓。
 そこにある寂れたお寺で、鳥のような姿の異形――ビルシャナが牛カツについて語っている。
「うちは牛カツが大好きや。うまい、うまい、もう牛カツ、そう牛カツ以外は食べられん。あんたらもそうやろ?」
 まずもって牛カツは他の食べ物とは品格が違うんや。まず色合いが美しい、山吹色の衣の内にある赤身はまるで柘榴石みたいやろ。これにワサビを乗せて醤油をつけて、口の中に入れてみぃ、赤身なのに蕩けるような食感や、油で揚げてあるのを忘れるやろ、それに全然クセがのうて、いつまでも食べていたくなること間違いなしや。
「牛カツはなんとすばらしいんや。これに比べたらえびふりゃ〜なんてカスや」
「ほんま柔らかくて優しい味や。お好み焼きに白飯なんてありえない。身体の弱い人だって、牛カツさえ食べていれば健康になれるわ」
 さりげなく愛知や大阪の名物をディスりつつ、ビルシャナと信者たちは大い盛り上がる。
 正に今、軍靴の如く響きを立てながら、危険なビルシャナの教えが拡大しようとしている。

●依頼
「いきなり済まないが、落ちついて聞いて欲しい、命ある限り牛カツを食べ続けるべきだと主張する、ビルシャナが現れてしまった。急ぎ対処をお願いしたい」
 突然として、あなたたちの前に現れた、ケンジ・サルヴァドーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、迷いのない表情で事件の話を切り出した。

 まずビルシャナの出現は2015年の鎌倉奪還戦において、ビルシャナ大菩薩から飛び去った謎の光の影響であるとされている。今回はその影響で生まれたビルシャナのうち、六道衆・餓鬼道という『生きることは食すこと、命ある限り思う侭に喰らうが正しい在り方』という教義を持つビルシャナの信者のひとりが、ビルシャナ化した個体であると告げた。
 ビルシャナとなった者は自分の教えを広めて信者を増やそうとする。
 信者を増やすだけなら害がないようにも見えるが、それだけでは済まない。
 信者となった者を見過せば、今回のように新たに悟りを開き、別のビルシャナが誕生してしまう。そしてこれが繰り返されることになる。

 今回、牛カツを食べ続けるべきと主張するビルシャナは完全にビルシャナとなってしまっているから、抹殺するしかないが、10人の信者は、まだ助けることができる。
「ただ、気をつけて欲しいのは、不用意にビルシャナとの戦闘を開始すれば、一緒にいる信者も戦闘に参加する。普通の人間と同じだから、手加減攻撃であっても当たれば簡単に死ぬ。君らの鍛錬の結果なのだから、自覚をするべきだ。運が良くて重傷だということは認識して欲しい」
 ビルシャナと戦う前に信者の説得に成功すれば、誰も傷つけずに正気に戻すことが可能だ。裏を返せば、説得の失敗は信者の死を意味する。
 つまり、被害を最小限に留めるには、説得を成功させる以外に手立ては無い。
「いまビルシャナが語っているのは、京都市の山の麓にある寂れたお寺だ。観光地というわけでも無いから、わざわざ訪れる人は居ないと考えても良いよ」
 どうしても気になるなら、寺の門を塞いでおくくらいで大丈夫。人払いについては神経質にならずに、すぐに作戦行動に入っても問題ない。
「一応、参考までに、説法は、一生の間に食べられる食事の量や回数なんて知れているから、食事は全て牛カツにするべきだ。という内容になる。注意点は、近隣の都市の名物と比べたりしているようだから、他府県の食べ物の良さをアピールするのは説得の効果を薄くする恐れがあることかな」
 ビルシャナと信者たちは牛カツだけでなく京都を愛するという点でも気持ちを共有している思われる。故にもし食べ物の話題で説得するなら、京都の食べ物で攻めた方が効果がありそうだ。
 ただし、京都の名物ををよく知らないなら、潔くなるべきだ。
 なぜなら、ネットにのみ依存した知識は脆く、ボロが出やすい。
 もし何の脈絡が無くても——例えば、もし君が真にバストが大好きであればだが、女性のバストの素晴らしさを熱く語れば、その熱意はインパクトとなる。
 普通なら恥ずかしくて言えないようなことでも、それが大好きならば、本当に好きな気持ちをぶつければ、きっと気持ちは通じる——はず。
「と、言うわけで、今から出発して、到着するのは午後3時頃、ビルシャナの信者となり、お寺で説法を聞いているのは、20〜40歳代くらいの近所の住民。家事や仕事、大学の授業のことなんて忘れ果てて牛カツの話の虜になっている」
 今回の依頼はビルシャナの撃破だから、実は信者たちの生死は成否判定には関係ない。
 だけど、助けられる者には手を差し伸べて欲しいというのが、正直なところだ。
「基本的な攻撃は経文を読み上げて心を乱す、鐘の音を鳴り響かせてトラウマを具現化する、巨大な氷の輪で殴りかかるという感じだ。牛カツを使った攻撃が無いのは、それだけ牛カツを大事に思っているのかも知れない」
 京都の人は牛肉が大好きだと言われる。
 神戸牛、松阪牛、近江牛、様々なブランド牛肉の産地に恵まれて、ハレの日にはすき焼きや焼き肉を食べて家族で団らん。そんな美味しい物に目が無い京都の人だからこそ、ビルシャナの教義はふわっと信者の心に入ってしまったのかも知れない。
「大好きなものを良く言われれば、誰だって拒むことが出来なくなってしまいますよね。なんと恐ろしいビルシャナなのでしょう……」
 身震いする、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078) の方に、ケンジは同意を返すと、今度は最後まで話を聞いてくれたあなた方を見つめて、そして出発しよう、と呼びかけるのだった。


参加者
ダミア・アレフェド(蒼海の人魚・e01381)
橙寺・太陽(太陽戦士プロミネンス・e02846)
暮葉・守人(墓守の銀妖犬・e12145)
ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)
露麗羅・リル(あるべき姿に・e17262)
氷鏡・緋桜(矛盾を背負う緋き悪魔・e18103)
モモコ・キッドマン(グラビティ兵器技術研究所・e27476)
巻島・菫(サキュバスの螺旋忍者・e35873)

■リプレイ

●ちちが一番や
 某カレー専門チェーン店の、カレーに乗っかってるビーフカツなら食べたことあります。
 あれはあれでありですが、個人的にはお財布に優しいチキンカツ派ですね。
 信者を前に熱弁を振るう、鶏の如き姿の異形――ビルシャナを目にした、巻島・菫(サキュバスの螺旋忍者・e35873)の抱いた印象がこれだった。
 軽く息を止めて、胸元から取り出したドリンクを飲み干す。
 タウリン1000ミリグラムが配合の如き、独特の香りが鼻に突き抜けるのを感じながら菫は説得に必要な闘志が満ちたことを知る。
「牛って言っても食べるだけじゃないだろう!」
 ピントを合わせるかのように、チャームポイントであるぐるぐる眼鏡を上げ下げしながら、菫はナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)の方をジーッと見つめる。
「牛と言えば乳! 乳と言えばバスト! みてみろよこのおねーさんのたわわでぷるん!」
「えっ、何をいきなり。乳は、見世物じゃありません。でもそこまで言うからには、覚悟完了ということですの?」
 横に腕を薙ぐツッコミの仕草と共に、ナオミは強い目線で問い返す。
「あ、私はガン見しなくていーですから、私自身は地味で目立たない子」
 言葉では否定しつつも頷きを返す菫。覚悟などしてないかも知れないが、何はともあれ胸を張ると、信者とビルシャナと向き合う。
 そして、世界を救う意思を示すように吠えた。
 おっきいおっぱい。
 ちいさいちっぱい。
 おっきいのは夢が詰まってるから!
 ちっちゃいのはみんなに夢を分けてあげたから!
 みんな違って、みんないい。
 そうだろうみんな!
 目を覚ませよバッキャロー!

●説得
 しかし何も起こらなかった。
 恥を投げ捨てた2人の痛々しいコントは残念ながら受け入れられなかった。
 だが、なんだか分からないけれど、乳にすごいこだわりがある。みたいな迫力は、得体の知れないインパクトを与えたのも事実。
 そこに、電子音が鳴り響く。
 グラビティジャーの炊きあがりを知らせる音だ。
 グラビティジャーとは、モモコ・キッドマン(グラビティ兵器技術研究所・e27476)が開発した、グラビティ兵器技術研究所謹製。体内のグラビティを電力として稼働する炊飯ジャー。戦場でも炊き立てのご飯が食べられる。という素晴らしい代物らしい(本人談)。
「これが、噂のギュウカツですかー!」
「はっ、あんた、そこで何やってるんや?」
 脇に腰を下ろし、置かれていた牛カツを勝手に箸でつまんでいる、モモコに気がついたビルシャナが驚きの声を上げる。
「おいしい! ギュウカツ最高ですね、あ、ビールも持って来たのですよ、いかがですか?」
「まて、うちの教義は、牛カツだけを――」
 ビルシャナの話を遮るように、フリージングポーチから、ビールを取り出すモモコ。勝手に信者たちにも配り始める。
 再び解説、フリージングポーチとは、グラビティ兵器技術研究所謹製。温度調整が可能な保冷機。冷凍保存もできるが、今回は低温設定で、(以下省略)。
「ぷはぁ! 私幸せです。あ、いいこと考えちゃいました」
 モモコはそう言うと、グラビティ・クッカー(詳細省略)を取り出して、何かの料理を作り始める。
 説得をしながらの調理など出来ないので、モモコはここでフェードアウトする。
 で、貰ったビールでビルシャナがホッとひと息をついたの束の間、入れ替わるように、氷鏡・緋桜(矛盾を背負う緋き悪魔・e18103)が目の前に現れる。
「なんやようか?」
 前髪を手で掻き上げる仕草を不作法とみたのか、ビルシャナは、空になったビール缶を握りつぶす。
「あんた達が牛カツを愛してるのはよく解った。でも牛カツだけ食べるってのは如何なものかと思うよ。バランス良く栄養を取らねば身体を壊しちゃうよ。身体を壊したら美味いもんも食べれなくなっちまうし」
 ――身体は大事だもんね。
 菫やモモコのパフォーマンスにより、だいたい正気に戻っている信者たちは穏やかに返す。
「漬物とか美味いよね。京野菜を漬けた京漬物。俺は京都には3カ月ほどしか居なかったけど、千枚漬けとか柴漬けが美味かったな。柴漬けならカレーにも合いそうだし」
 そう言って、モモコの方をチラリと見るが、調理中だ。
「それは、結構でしたねえ」
「で? 俺の話を聞いてなにも感じないのか? なんかこう心のもやが晴れてスッキリしたとかさ……」
「京都での生活を堪能されたのですね」
「もちろんだとも。すばらしい三ヶ月だった――って、まて、そう言うことじゃなくて、京都には色んな美味い物を食べた方がいいじゃないか? どんなに美味い物でもずっと同じ物だと飽きるだろうし。牛カツと同じ位美味い物はきっと沢山あるぜ」
「そうですね、牛カツも最高ですよね」
 京都の美しい思い出は美しいままに、それを否定するのは無粋。そう言うことなのだろう。
 説得の糸口を見失った緋桜と代わるように、ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)が、やれやれといった表情で前に出る。
「百の言葉を用いても、結局の所はタカるつもりでしょうこの鳥ッ! お値段がお高いですからねえ! 3食ともなったら一葉さんでは力不足である可能性もあります!」
「は?」
 一葉とは多分5千円札に描かれた樋口一葉。牛カツは値段が高く、ビルシャナの教義は一般庶民の懐事情も顧みないものだと、指摘しているのだ。
「先程、他府県の悪口を仰っていたようですが、それこそ他府県の人間と最も飯をまずく食う方法! ここによそから来た我々が来た以上、ここで語られた最もまずい飯は牛カツ! こいつは自分の主張を自爆で否定してるんですよ」
 ビルシャナの論法の欠陥に気づいたまでは良かったが、同じ論法を使えば、ブーメランのように自分で自分を否定してしまう。
「刺身はいいですよー。熟成された物もオツですが、港で取れた新鮮で活かった物もまたいい。しかも牛肉は基本的に熟成が命ですからね」
 好きなものを純粋な気持ちで褒めたいだけであっても、論法や言い方が適切でなければ、生み出されるのは共感ではなく敵意。ジュリアスに向けられた冷めた目線に気がついた、ダミア・アレフェド(蒼海の人魚・e01381)が話の切れ目を狙って割り込む。
「確かにギュウカツは美味しいです。ですが、それだけを飽きずにずーっと食べれないですよ。京都には、沢山美味しい料理があるのに!」
 なぜ? ダミアの言葉に、牛カツが美味かったから。一歩踏み込めば牛肉の味が好きだったから、ならば別に他の食べ物を否定する必要なんて無い。好きなものを好きだと言うなら、ただ好きなだけで良いのだ。
「私は湯葉が苦手でした。でも、凄く美味しい生湯葉を食べてたら好きになりましたよ! きっと、今の皆さんなら何でも美味しく食べれるハズですよ!」
 小さな重箱から、生湯葉を取り出して美味しそうに食べるダミアの姿にインパクトは無かったが、牛カツを否定されてささくれ立っていた、ビルシャナと信者たちの気持ちは潤った。
「実は柴漬けと一緒に食べると、牛カツの味が引き立つんだぜ。醤油やらワサビやらつけて食べるのと同じもんだ」
 本当はそんな組み合わせあるかどうかなんて知らない。
 口から出たでまかせだが、説得はその時々の言葉の勢いがあればいい。だから事実に基づく必要は無い。
 このタイミングで大きな紙袋を抱えた暮葉・守人(墓守の銀妖犬・e12145)が前に出る。
「……ひょっとして、最近、行列ができる牛カツ専門店が出来たから、それに触発されたのかな?」
 新しいもの好きと言われる京都人の気質に基づいた鋭いツッコミに始まり、皆が何度も繰り返したように、同じものしか食べないというのは暴論、食事の回数が限られているからこそ、まだ知らない美味しい物を探して食べようと呼びかける。そして紙袋から取り出すのは、元祖を名乗るカツサンドとふわふわのタマゴサンド。
「キミの教義だとコレも対象外になるのか? 付合せや調理はOKなんて言わないよな?」
 絶妙なタイミングで、望月・巌(昼之月・e00281)が、総務省の家計調査などと書かれたフリップを掲げながら、ゆっくりと近づいて来る。
「さて……そのランキング、1位は京都府なのだ!」
 しかも京都の家庭ではパンの消費量が群を抜いて多くて、毎回1位。
「本当は気づいているのだろう、街を歩けば数え切れない程の数の、あのパン屋さんとか、あのベーカリーとか、あのカフェとか、美味しいパンの名店がひしめき合い、何処のご家庭も贔屓の店やお勧めのパン店がある。いくら牛カツだけを食べるのだと主張しても、お前たちは既にパンからは離れられない身体になっているのだ!」
 巌の語りを聞いていると、美味そうにカツサンド、続いてタマゴサンドにかぶり付く守人が本当に幸せそうに、キラキラと輝いているように見えてきて、信者たちの気持ちは決壊寸前。
「口当たりは良くても、昼過ぎに重いものばかりはキツイだろ? 食べたけりゃこっちおいでよ?」
「え、ええのか? おおきに」
 甘い言葉に吸い寄せられるように近寄ってくる信者たちに、守人がタマゴサンドを差し出すと、瞬く間に信者の半数が落ちて、ビルシャナが不機嫌な顔をする。
「おのれえ〜裏切り者め、あんたらの信仰はその程度なんか」
 ビルシャナが信仰をつなぎ止める次の手を繰り出そうとしたその時、メールの着信を告げるような音が鳴り響いた。音のする方に目を向けると、橙寺・太陽(太陽戦士プロミネンス・e02846)が満面の笑みを浮かべながら、露麗羅・リル(あるべき姿に・e17262)に話しかけている。
「よかった。ハニー。宿は取れましたので、この仕事の後は二人で旅行して帰りましょう♪」
「わあそれは楽しみです。秋の京都を堪能できますね。あ、でも、説得は終わっていませんので、ここからが本番ですよ。一緒に頑張りましょう」
「おう、任せておけ、それじゃあまずは、これだ!」
 言い放つと同時、太陽は大げさに凜としたポーズを見せつけ、非戦闘グラビティ、凜とした風を発動する。
「格好良いです、太陽さん。それでは私は、京都名物として有名な八ッ橋を推します!」
「ならば、俺は鯖の棒鮨だ。さあ見ろビルシャナ! これはどうなる!! でかい〆鯖を醤油に漬けて食うとか羨まし過ぎだろ京都!! 関東のは具が小さいんだぞ!!」
「待って下さい。最近の八つ橋は、中身をクリームやジャムに変えたり、外側をチョコや砂糖などでコーティングしたりと、アヴァンギャルドな新製品が出ています。正にこれこそ、新しいものを取り入れる京都の伝統、時代に合わせた変化、柔軟な対応、伝統に甘えない企業努力です。あ、それに私も甘いものは好きですし、こういった形の和洋折衷はとても素晴らしいです」
 鯖の大きさで関東が負けていると悔しがる太陽、八つ橋こそが京都の素晴らしさ、心の広さを体現していると、熱く語るリル、果たして、このアベック説得に、ビルシャナも残っていた信者たちも、何を言い返して良いか分からず、為す術もなく聞いているしか出来ない。そんな様子にインパクトはバッチリだと確信した2人は元気よくハイタッチ。
「何にでも言えることですが過ぎたるは及ばざるがごとし、牛カツ以外を食べなければ、すぐに死んでしまうでしょうね。栄養偏重で」
 追い打ちを掛けるように、生明・穣(月草之青・e00256)が言い放つが、想定外のリア充ぶりを見せつけられたビルシャナも信者たちも、そのインパクトに呆然としたままで、何も言い返せない。
「京都は食の都ですよ。京都にいて、それが分からないとか哀れですよね」
 京都は揚げ物煮物焼き物と美味しいものがてんこ盛り、焼いた魚の香ばしさ、炊いた野菜のうまみと瑞々しさ、煮付けた大根や南瓜のほっこりした食感、一品に偏っていては、それらが奏でるおいしさ、素材の持ち味など分かりっこない。次々と頭の中に湧いてくる味の記憶が、穣を多弁にさせる。
「バラエティーに富んだ食の楽しみを捨ててしまって良いのでしょうか。日本の食の良さは食べ合わせにもあるのですから――」
 まるで機関銃のような言葉の連打、言い返す前に次のネタをぶつけられて、もはやビルシャナも残っていた信者もサンドバッグのように揺れるしか出来ない。
 そんなタイミングで、フェードアウトしていたモモコが作り上げたカレーと共に再登場する。
「いきなりなにをするんや?! へ、それはうちの牛カツや、うわっ、やめろー、気持ちが悪い!!」
「え? カツといえばカツカレーですよね」
 モモコがご飯の上に乗せた牛カツの上に、カレーを掛けた瞬間、ビルシャナはショックのあまりに白目を剥いて動かなくなる。
「え、まさかこれで終わりですか?」
「そのようですわね」
「このたわわって役に立ったのですか?」
「立ったと思いたいですわ……」
 とにかく、いつから信者たちが正気に戻っていたのかは定かで無いが、全員、教義から解放されていて、立ち去らせるには好機だ。たわわネタでがんばった2人が、細心の注意を以て信者たちの帰宅を促し、さっさと倒して、旅行を楽しむ気満々の、太陽とリルが戦いの構えを取る。

●戦い
 牛カツの赤と黄色と緑の美しい調和がカレーの黄土色で蹂躙される様に、ビルシャナの心はへし折られていた。
 それは身動きもできないほどのショック。
 即ち、今なら、殴り放題。
 それを見過ごすケルベロスはいない。
「Abyssus abyssum invocat」(地獄は地獄を呼ぶ)
 戦いの始まりを告げるような、ダミアの声が響き、雷の壁が展開される。次いで、ボクスドラゴンのミラがくるりと宙で一回転、勢いのままにビルシャナに体当たる。
「俺の拳に宿れ太陽っ!!」
「ハートウォリアーリル、只今参上!」
 いまならどんな攻撃でも当たる。確信と共に太陽が繰り出す、熱き炎を帯びた必殺パンチ、続けて両胸を一挙にサイズアップし、戦闘コスチュームに衣装替えをしたリルのおっぱいボンバーが、無抵抗のビルシャナに襲いかかる。
「打ち砕けぶるんぶるんクラァァァァァッシュ!!」
 間髪を入れずに緋桜が放つは卓越した技量からなる達人の一撃。
「……ここで決める!」
 凄まじい精神の集中から生み出される、モモコの敵を切り伏せる剛剣。さらには好機を逃すまいと飛び上がった、ジュリアスの高速の飛び蹴り。
「ドゥエェーイ!!」
 叫びと共に衝突する激烈な力にビルシャナの皮膚は千切れ飛んで、鮮血と白い羽毛が舞った。
 痛打の連続のはずなのに、まだビルシャナは反撃しようとしない。
 まだ手ぬるいのか? なら、その傷を広げてやるよ。
 間合いを一挙に詰めた守人の絶空斬、その巧みな剣筋が傷をなぞりビルシャナの巨躯に血肉の花を咲かせる。
「もう殆ど、ライフが残ってないじゃないですか」
 氷結の螺旋を放とうとする、菫が足を前に踏み込むと、緑のポニーテールが翻る。狙い定めて放たれた螺旋氷縛波は前衛の仲間たちの間を抜けて、ビルシャナの巨躯を冷気の渦で覆う。
 真っ赤な傷口が凍結し、声を出そうとするビルシャナの口から、競り上がる血が溢れた。
 視界の端から、繰り出された、ナオミの抜き身の一閃が冷気を重ね、ダミアのブラックスライムが何処までも届く槍の如くに伸び始める。
「アナタの罪を破壊します!」
 直後、尖ったブラックスライムの先端はビルシャナの腹に突き刺さり、背中側へと突き抜ける。
 あかん……うち、死ぬかも。
 激痛が舞い降り、ビルシャナの世界は闇に閉ざされた。
 溢れる毒は赤い血潮を黒色に変え、ピンクの肉は異臭を放つヘドロの如き青紫色に変わって行く。
 倒れて、溶けて行くビルシャナの身体が完全に消滅するのは、それから間も無くのことだった。

●戦い終わって
「ソウルフードは皆さんの心を満たし、皆さんを幸せにする食べ物なのですよ」
 勝利を確信したダミアの赤の瞳は、どことなく無常の色を孕んでいた。
 何故なのか。問いかける。何故、ビルシャナはこんなことまでするのか。今、こうしている間にもヘリポートにはビルシャナの事件が並ぶ。いくら倒しても次々と現れるビルシャナに、もう、ぽかーんとするしか無い。
 消えたビルシャナに黙祷を捧げる、緋桜。それが無駄かも知れないと分かっていても、悟りを捨てて人間に戻って欲しいと思わずにはおられない。
「さて、仕事も終わったし、俺たちはこれで」
「何があるのでしょうか、楽しみです」
 リルと腕を組んで、上機嫌で京都観光に太陽の背中に、目線を送りつつ、菫とナオミは壊れた所に淡々とヒールを掛けている。
「職場のお土産に生じゃない八ツ橋買っていこう、……明日出勤したら、お皿割れてないといいな」
「きっと大丈夫ですよ」
 ぼそぼそと続く会話には、哀愁を誘うムードがあった。だから少しくらい皆で遊んで気晴らししても良いかなと思った、守人は京都観光をしようと声を掛ける。
「一乗寺のラーメン街は知る人ぞ知る、スポット。折角、京都に来たのだから、行かなきゃ損だよ」
「そうなのですか? ぜひぜひ、行きたいです」
 実はカフェ巡りが好きな守人の持つ情報は、これだけに留まらない。
 これは、とても楽しい京都観光の始まり、寺を後にする一行の足取りは、いつの間にかに軽やかになっていた。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
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