最強冬眠拳クマー!

作者:秋津透

 北海道大雪山系。
 夏場でも滅多に人が入らず、まして冬場には、雪に閉ざされて人跡絶える山奥の洞窟に、何の酔狂か、食糧や燃料を持ち込んで籠って修行を積む一人の空手家がいた。
 彼が属する流派(?)は熊形拳冬眠流(ゆうけいけんとうみんりゅう)といって、熊の動作を真似る形意拳の一派を空手に移したものだが、冬眠から起こされて激怒する熊の恐ろしさを体現するのが極意だという。
 そして彼は、冬眠する熊の気持ちを会得するため、冬山の洞窟に籠ったのである。説明されれば意図はわからなくもないが……やっぱり何かおかしい。
 しかし、彼……それこそ熊にも見まがう髭面の大男で、身体には毛皮をまとっている……は、あくまで大真面目に、洞窟の中で大声をあげながらひたすら巻藁を打ち続ける。
「うおーっ! うおーっ! うおーっ!」
「そんなもん打ってどうするんだよ。さあ、お前の最高の『武術』を見せてみな!」
 いきなり背後から声をかけられ、男は驚いて振り返る。ここには、彼の他に誰もいるはずもなく、やってくることもできないはずなのに……。
 などと疑問に思う間もなく、男の表情が虚ろになり、それこそ熊のような勢いで、背後に立っていた大きな鍵を持つ少女に襲い掛かる。しかし少女は、男の猛撃を受けてもびくともしない。
「あはははは! 僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ!」
 言い放つと、少女……ドリームイーター幻武極は、手にした鍵で男の心臓を貫く。
「ぐっ……」
 一撃で、男は意識を失い崩れ倒れるが、貫かれたはずの胸に傷はない。そして男の傍らに、彼とそっくりな風貌をしているが、より獣的で凶暴な光を瞳に宿した新たなドリームイーターが出現する。
「ぐわおーっ!」
 本物の熊でも怯えそうな咆哮をあげ、新たなドリームイーターは、男が打っていた巻藁を一撃で粉砕する。
 その様子を見た幻武極は、にやりと笑って告げる。
「さあ、お前の武術を見せ付けてきなよ」
「ぐおーっ!」
 咆哮をあげ、ドリームイーターは洞窟を出て、強引に雪をかきわけ歩きだす。
 既に、幻武極の姿はどこにもなかった。

「確か、熊の動きを真似た拳法というのは、それなりに伝統があるはずだが……冬眠熊を真似て冬山の洞窟に籠って修行するというのは、聞いたことないな……」
 武田・克己(雷凰・e02613)が、困惑気味の表情で呟く。そしてヘリオライダーの高御倉・康が、緊張した表情で告げる。
「北海道の大雪山系の洞窟で山籠もり修行をしていた男性が、武術家を襲うドリームイーター『幻武極』に襲われ、新たなドリームイーターが出現してしまう、という予知が得られました。男性が修行していたのは、えー、『熊形拳冬眠流』という、冬眠から無理やり起こされて激怒する熊の動きを真似る拳法なのですが、当人はともかく、出現したドリームイーターは、熊のような動きで強力なグラビティを使う怪物と化しています。こんなものが一般人に遭遇したら一大事ですが、幸い、彼が修行していた洞窟は人里離れた山奥にあり、更にドリームイーターは積雪をかきわけながら動いているので、人里に出る前に捕捉することができるでしょう」
 そう言って、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「ドリームイーターは単体で、見た目は元になった人物と変わりません。しかし動きや力は、当然ながら人間離れしており、真似ているはずの熊より速く強いです。使うグラビティは、腕を斜めに振り下ろす拳の強撃、遠くまで届く威嚇の咆哮、自分の傷を癒し状態異常を解消するモザイクヒールです。ポジションは、クラッシャーと思われます。また、かなり強いジャンプ力を備えていて、雪に半身埋もれていても軽々と飛び出して攻撃してくるようなので、用心してください」
 そして、康は一同を見回す。
「このドリームイーターは、誰かと遭遇すると相手かまわず攻撃を仕掛けてくるようです。一般人が巻き込まれる状況になる前に、きっちり倒していただければと思います。どうか、よろしくお願いします」
 そう言って、康は深々と頭を下げた。


参加者
武田・克己(雷凰・e02613)
ハジメ・セントラル(ウェアライダーの降魔拳士・e04943)
志藤・巌(壊し屋・e10136)
マティアス・エルンスト(次世代非力かわいい第二代団長・e18301)
風戸・文香(エレクトリカ・e22917)
安海・藤子(道化と嗤う・e36211)
蘭・鬼平(サキュバスの翁・e37960)
エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)

■リプレイ

●遭遇までが一苦労
「……まったく、厄介な時期に厄介な場所で厄介な真似をしでかしてくれるものだ」
 憮然とした表情で、志藤・巌(壊し屋・e10136)が唸る。
 場所は北海道、大雪山系の奥。ヘリオンから降下してみたものの、周囲は一面の銀世界。敵の居場所もわからないし、そもそも移動するだけで一苦労だ。
「でもって、こういう時に限って、飛べる人がいないんですよね……」
 こちらも同じく憮然とした表情で、風戸・文香(エレクトリカ・e22917)が応じる。
「これでも一応ドワーフですから、雪かき穴掘りは厭いませんが、正しい方向わからなくて闇雲にっていうのは、さすがに勘弁してください」
「まあ、待つっと。今、どあらを行かせたけん」
 ホッキョクグマの獣人、ハジメ・セントラル(ウェアライダーの降魔拳士・e04943)が独特の口調で告げる。
 今回参加したメンバーの中で、彼のサーヴァント、ウイングキャットの『どあら』だけが飛行可能なので、寒がるのを宥めすかして偵察飛行に出てもらったのである。
 それにしても、と、今回の事件を予期してヘリオライダーの予知を引き出した武田・克己(雷凰・e02613)は思う。
 今回の敵は、熊の動きを模した拳法を使うドリームイーターらしいが、それに対抗してか、白熊のウェライダーは来るわ、巌は熊の着ぐるみを着てくるわ、姿だけ見たら、こちらの方がよほど熊っぽい。
「……目には目を、歯には歯を、熊には熊を、か?」
 呟いてはみたものの、正直、克己自身にも意味がよくわからない。
 そこへ、ばさばさと羽音をたててウイングキャット『どあら』が戻ってきた。ハジメのものとおぼしき大きな帽子をかぶっているのは、風よけだろうか。
「おぅ、ご苦労」
 迎えるハジメの胸に飛び込み、『どあら』はホッキョクグマの体毛にもぐりこむ。特に意志の疎通をした様子はないが、ハジメはふむふむとうなずき、一同に告げる。
「敵は見つからんかったが、移動の痕跡あったっちゅことや。方向は、こっちまっすぐ行くと行き当たるけん」
「わかりました。では、始めます」
 ドワーフ二名、文香とエリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)がハジメの指示した方向へと雪かきを始める。エリンは黙々と作業を進めるが、文香はしばらくすると音をあげる。
「うう……正直、雪かき舐めてました……スパナよりも重いモノは、ほとんど持たないのに、これは厳しいです~」
「無理すんな。へたばって戦闘できなくなったら本末転倒だ」
 どれ、と巌が文香と交代する。
「ウェントゥスだったか。そっちも無理はすんなよ。きつけりゃ、誰なり代わるからな」
「……大丈夫、です」
 短く答え、エリンは黙々と作業を進めるが、間もなく小声で付け加える。
「お気遣い……ありがとうございます」
「気にすんな。戦闘になったら無理しないわけにもいかんし、たぶん気を遣ってる余裕もない」
 ぶっきらぼうに応じながら、巌はエリンが掘り崩した雪を両脇に除ける。それをハジメが下駄で踏み固め、他のメンバーが負担なく歩けるようにする。
「解ってはいたがなかなかしんだいな、これ」
 ハジメが唸った時、エリンの前にぼこっと空間が開く。
「これが?」
「ああ、誰かが通った後に当たったようだな。たぶん敵だろが……」
 さて、敵がいるのは右か、左か、と、巌は雪の通路を見回す。するとエリンが、いつになく積極的に告げる。
「もし敵に会わなければ、敵が出発した洞窟に出るんですよね? その時は、被害者の人がどんな状態で気絶してるのか確かめましょう。敵に追いつくより、そっちの方が優先かも……」
「わかった」
 うなずいて、巌は走り出す。エリンが続き、その後からハジメが追いかける。
「しかし……ここ通ったんが敵でなくて、ほんまの冬眠から目覚めた熊だったどうする?」
「その時には、すみやかに眠ってもらう」
 どんなに獰猛な熊でも、まさかグラビティは使えんだろうからな、と、巌は振り向かずに応じた。

●遭遇できればこっちのもの?
「洞窟の中って、意外に暖かいんだね」
 マティアス・エルンスト(次世代非力かわいい第二代団長・e18301)が屈託のない口調で言うと、蘭・鬼平(サキュバスの翁・e37960)が軽く応じる。
「うむ、あの御仁は炉を組んで火を焚いておったからな。そうでなければ冷え切って、修行どころではなかったろうが」
「炉の煙は、洞窟内に籠らないよう外に抜いて……なんつーか、結構な手間暇かけてたわよね……」
 なんで、そこまでして、こんな所で修行せにゃならんのやら、と、安海・藤子(道化と嗤う・e36211)が肩をすくめる。
「しかしすごい雪だな。依頼でなければ遊びたくなるよ」
 そう言って、マティアスは目をきらきらさせて周囲を見回す。あんたは子供か、それとも犬か、と藤子は声には出さずに呟く。
 ドリームイーターが雪をかきわけた後とおぼしき道をたどった一同は、結局、最初の現場である洞窟に行き当たった。そこで気絶している被害者を見つけ、本人が用意していた寝袋に入れ、凍死などしない状態なのを確かめて、あらためて道をたどり直している。
 一回、雪をかき分けた後をたどっているので、ラッセルの必要はない。普通に山道を進む程度の速度で、一同は自分たちが合流した位置を過ぎ、その先で雪かきしながら進んでいるであろうドリームイーターを追う。
(「こうなると予期しとったっちゅわけないが、下駄履いてきて結果正解やな。自分一度通った道、すぐわかるけん」)
 ざくざくと雪を踏みながら、先頭を行くハジメは声にせず呟く。と、その足が止まった。
「……いたか?」
 囁く克己に、ハジメは無言でうなずく。その視線の先には、力任せに雪をかく大柄な人物……少なくとも外見は、先刻寝袋に入れてきた男性とそっくりな人の背が見える。
 うなずき返すと、克己は猛然と突進する。声などは出さないが、気配を察したのだろう。毛皮の衣をまとった大柄な男……ドリームイーターが振り返る。
「ぐおーっ!」
 獣じみた咆哮とともに、ドリームイーターは跳んで身を避けようとするが、克己が殺到する方が速い。雪の中から半ば跳びかかったところへ、雷の霊力を帯びた『直刀・覇龍』の刃が突き込まれる。
「ぐあーっ!」
 痛撃を受けたことに対する憤怒、驚愕、そして確かに苦痛の悲鳴が混じった叫びをあげながら、ドリームイーターはそれでも強引に跳ぶ。
 しかし、跳んだ先、傍らの岩場には、動きの先を読んだ巌が待ち構えていた。
「熊の動きとは……こうか!」
 正統な心意六合拳の熊形拳の構えから、『隕焔の篭手』と『灼炎の篭手』を装着した両腕を振るい、巌は光と闇の剛拳をドリームイーターに叩き込む。
 ばき、ばき、と、肋骨が折れる音と手ごたえがあったが、そこは生まれたてとはいえデウスエクス。ドリームイーターは屈することなく、巌に拳を叩き返す。ディフェンダーのハジメとマティアスが飛び込もうとしたが間に合わない、至近距離からの迅速な攻撃だ。
「やるな」
 相手にとって不足なし、と、痛手を受けながらも巌はにやりと笑う。そして飛び込み損なったマティアスが、鉄塊剣『Schwert』に地獄の炎を帯びさせて叩きつける。
「戦闘フェーズ、移行。攻撃を継続する」
 先刻までの無邪気さが嘘のように、冷ややかな視線を敵に向けてマティアスが告げる。そして仮面を外した藤子が、巌に気力を送って癒す。
「見せてもらおうか、その流派を」
 言い放って、ハジメが刃のような回し蹴りを見舞う。ドリームイーターは躱そうとするが躱しきれず、横っ面を下駄の歯で痛撃され、首が変な方向に捻じれる。
「ぐ……」
 人間だったら命にかかわる事態だが、ドリームイーターは強引に首を捻じ戻す。そんな芸当、熊でもせんわ、と、ハジメは唸る。
 そして『どあら』は前衛に風を送って巌の傷を癒し、状態異常耐性を高める。続く文香は重力蹴りを放ったが、これは躱される。
(「……この相手に、私が体術で攻撃するって、かなり無理があるような……」)
 思ったものの口には出さず、文香は真剣な表情で身構える。一方エリンは、後方から遠距離射撃仕様にしたドラゴニックハンマーで攻撃、見事直撃を与える。
「ぐわおーっ!」
「がおー!」
 砲撃を受けて咆哮するドリームイーターに向け、エリンは対抗するように吠える。引っ込み思案で人見知りな彼女にしては、ずいぶんと思い切った闘志の発現である。
 そして鬼平が、幻影のドラゴンを呼び出して炎のブレスを撃たせたが、これは躱される。
「うーむ、当たらんか。じゃが、暖かくはなったじゃろ?」
「……どっちかっていうと、雪崩の危険が増しただけって感じ?」
 弁解するような鬼平の言葉に、藤子が容赦なく突っ込む。
 そして岩場に跳びあがってきた克己が、今度は空の霊力を帯びた『直刀・覇龍』で、ドリームイーターの傷口を斬り広げる。
「ぎゃーっ!」
 もはや咆哮というよりは、明らかに悲鳴に近い声で叫ぶと、ドリームイーターはモザイクを噴き出させて傷を塞ぎ、状態異常を解消する。しかし、やむを得ないとはいえ、自己治癒を行えば攻撃の手が止まり、隙ができる。
 そして巌は、当然ながらその隙を見逃さず、オリジナルグラビティ『磊落瀑布(ライラクバクフ)』を仕掛ける。
「地獄の底まで落ちていけ」
 上段・下段・上段と怒涛の連続攻撃を仕掛け、最後の一撃は脳天目がけて強烈に叩き込む。その一撃は、まさに怒れる手負い熊の打ち下ろし。冬眠拳の創始者は何か勘違いしていたようだが、普通は冬眠から起こされた熊よりも、半端な傷を負わされた熊の方が、よほど激しく怒っており、恐ろしい存在とみなされている。
「ぐ……が……」
 巌の一撃で頭を割られ、ドリームイーターは低く呻く。そこへマティアスが情容赦のカケラもなく、オリジナルグラビティ『Befehl ”Breitschwert”(ベフィール・ブライトシュワート)』を発動させる。
「……相手を見て喧嘩を売る事だ」
 マティアスの冷ややかな呟きに対し、いや、今回喧嘩売ってきたの明らかにそっちだから、と突っ込む余裕は、もはやドリームイーターにはない。次の瞬間、中空から無数の切れ味鋭い大剣が出現し、マティアスが瞬時に組み上げたプログラムによって敵に集中的な斬撃を見舞う。
「ぎ……が……」
「しぶといな」
 感情を感じさせない声でマティアスが呟くと、藤子が応じる。
「これなら、どうかな。我が言の葉に従い、この場に顕現せよ。そは静かなる冴の化身。全てを誘い、静謐の檻へ閉ざせ。その憂い晴れるその時まで……」
 オリジナルグラビティ『蒼銀の冴・馮龍(ソウギンノコオリ・ドラゴン)』の詠唱により、目の前の敵を氷で閉ざし、その爪と牙、体躯を用いて蹂躙をする氷の竜が出現する。
 生命なき氷元素を呪文で組み上げた存在の氷竜に感情などはないはずなのだが、暴れ狂うその姿には怒りと狂気が感じられるともいう。
 満身創痍のドリームイーターは、ほとんど抵抗もできず氷の竜に叩きのめされるが、しぶとくゆらりと立ち上がる。一方ハジメは熊の咆哮をあげて、ドリームイーターに叩きつける。
(「今度こそ!」)
 声には出さずに気合を入れ、文香がオリジナルグラビティ『Dies Contact!!(ディスコン!)』を放つ。
「開放します! サン・ニー・イチ・開放!!」
 この技は、敵頭上の虚空を樹脂製の棒の先にあるフックで引き下げる動作をする事で、敵の『やる気スイッチ』を切断すると称する不思議技だが、今回は残念なことに何の効果も生じなかった。続くエリンは、呪法を放って命中させたが、ダメージが小さく止めを刺すには至らない。
 更に鬼平が氷河の精霊を召喚するが、これは周囲に空しく氷をばらまき、寒さを強め雪崩の危険を増すだけで、肝心のドリームイーターにダメージを与えることができない。
 そして克己が満を持して、オリジナルグラビティ『神斬(シンザン)』を放つ。
「この一太刀で、神すら斬ってみせる!!」
 満身創痍のドリームイーターを潰すにはオーバーキル気味の技だが、獅子は兎を倒すにも全力を尽くす。龍玉と自身の闘気を直刀に込め、上空に飛び上がり、落下速度と闘気に覆われ、強度と威力を増した乾坤一擲の一撃で唐竹割りにする。
 文字通りの必殺の一撃を受け、さしものドリームイーターもとうとう真っ二つに両断され、そのままモザイクと化して消滅した。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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