夕焼けを背に魔女わらう秋の海

作者:奏音秋里

「うん、今日もいい写真が撮れそう!」
 彼女の趣味は、写真撮影。
 朝でも昼でも夜でも、時間ができれば写真を撮影していた。
「やっぱり海に来てよかった。夕陽、綺麗……」
 上げた視線に橙の光を認めて、シャッターを切る。
 液晶画面で、いま撮影した写真を確認していたときだった。
「きゃっ!?」
 不意に、至近距離に現れた、ふたりの女性。
 平手で叩き落とされたカメラを、もうひとりに踏み壊されてしまった。
「ちょっ、えっ……ひどい……なんてことするのっ!?」
 突然の出来事に追い付いて彼女は、嘆き悲しみ、更には怒りをぶつける。
 たいしてカメラを破壊したふたりは、楽しそうに笑んで、鍵を手にした。
「私達のモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒りと、」
「オマエの悲しみ、悪くナカッタ!」
 2本の鍵に胸を貫かれた女性は、意識を失い、その場に倒れ込む。
 代わりに、カメラに手足の生えたようなドリームイーターが出現したのだった。

「皆さん! パッチワークの魔女がまた動き出したみたいなんっす!」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が、ケルベロス達へ呼びかける。
 集まる面々に感謝を伝えて、説明を始めた。
「動いているのは、怒りの心を奪う第八の魔女・ディオメデスと、悲しみの心を奪う第九の魔女・ヒッポリュテの2体っす。魔女達は一般人の大切な物を破壊することで、生じさせた『怒り』と『悲しみ』の心を奪い、ドリームイーターを生み出すみたいっす」
 そのため、生み出されたドリームイーターも2体。
 ともに行動し、周囲のヒトを襲ってグラビティ・チェインを得ようとするようだ。
「遭遇すると、まず悲しみのドリームイーターが『物品を壊された悲しみ』を語るっす。それで、その悲しみを理解できない者を怒りのドリームイーターが『怒り』でもって殺害しようとするんっすよ。一般人でも皆さんでも、この流れはおんなじっす」
 戦闘では後者が前衛に、そして前者が後衛に立ち、連携して攻撃を仕掛けてくる。
 今回の撃破対象はこの2体のみで、ほかに配下などは存在しない。
「前衛は遠近距離の攻撃を、後衛は遠距離攻撃と回復のグラビティを持っているっす。どちらも厄介っすから、油断は禁物っすよ」
 ちなみに、ドリームイーターは言葉を喋る。
 だが悲しみを語る言葉と怒りを表現する言葉以外は、持ち合わせていないらしい。
 話しかけたところで、会話にはならないだろう。
「大切なモノが壊される悲しみと怒り、想像するだけでもツライっす。被害が拡大する 前に、ドリームイーター達を撃破して欲しいっすよ」
 ダンテ曰く、被害者は戦闘場所となる砂浜に倒れているらしい。
 ドリームイーターを2体とも倒すまでは、眼を覚まさない。
 彼女に声をかけるか否かはお任せするっすと、ダンテは付け加えた。


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)
赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584)
沙更・瀬乃亜(炯苑・e05247)
皇・晴(猩々緋の華・e36083)
ナポレオン・エルバッキー(スペースキャプテン・e36443)
浅葱・マダラ(不死蝶・e37965)

■リプレイ

●壱
 浜辺を見渡せば、ちらほらと夕陽を楽しんでいるヒト達がいる。
「僕達はケルベロスです。これから此処に、ドリームイーターが現れます」
 5つの『特製ハンズフリーライト』を、戦闘予定地を囲むように置きながら。
 皇・晴(猩々緋の華・e36083)の凛とした風に、愛用の『着物』の裾が靡く。
「赤薔薇、周囲の確認は任せます。さぁ、皆さんは此方へ。安全な場所へ逃げてください」
 テレビウムを、晴のシャーマンズゴーストと一緒に、警戒にあたらせて。
 自分達が来た道へと、沙更・瀬乃亜(炯苑・e05247)もひとり残らず誘導していく。
「人の趣味を嘲笑う、ね。趣味が悪いこった」
 海からの風に抵抗して左手で押さえる『インディゴブルーのハット』の、その下で。
 出入り口に立入禁止テープを貼りつつ、水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)がぼやいた。
「大切な物、かあ……趣味の悪いドリームイーターだとは、思うけどね」
 浅葱・マダラ(不死蝶・e37965)は、鬼人を手伝いながら複雑な表情を浮かべる。
 あまり、カタチあるモノにたいしての拘りを持ち合わせていなかった。
「おや。これはこれは。お待ちしておりましたんぬ」
 残る事前行動は、被害者の安全確保だけだったのだが。
 ナポレオン・エルバッキー(スペースキャプテン・e36443)が、その気配に気付いた。
 歩み来るドリームイーター達の姿に、大きな金の瞳で睨みを利かせる。
「大切にしていたの。お気に入りだったの。高かったの。このカメラ。壊されちゃった。直らないよね。写真、撮れないよね。新しいのなんて買えないし。もう私、生きていけない」
 するとドリームイーターの一方が、レンズを押さえて悲しみを語り始めた。
「うんうん、壊れると悲しいよね。一眼のカメラって写真趣味のヒトにはステータスみたいなものだし。スマホカメラじゃ撮れない諧調やダイナミックレンジ。そんな写真データも、消えたら戻ってこないしね」
 真っ先に気持ちに寄り添うのは、赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584)である。
 専門用語も散りばめつつ、得物を構えるのも忘れない。
「悲しいよね。私もぬいぐるみが壊れちゃったりボロボロになったりしたらすごく悲しいから、すごくよくわかるんだよ」
 スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)も、その言葉にしみじみ頷く。
 ボクスドラゴンと大好きなぬいぐるみ達を一緒に、ぎゅーっと抱き締めた。
「大切なものを壊される、ね。それは悲しいでしょうよ」
 攻撃対象を外れるために理解を示しつつも、本心で抱いているのは怒りの感情。
 ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)もビハインドも、戦闘準備は万端だ。
「この悲しみ、ほかのみんなも分かってくれるよね!? ねっ!? え……分からないのっ!? なんで……悲しくないの? そうなの、ねぇ!? そんなの、許さない!」
 刹那、怒りのドリームイーターの手に顕れる巨大な望遠レンズ。
 最長に伸ばして振りまわし、ほかのメンバーを殴り飛ばしてしまった。

●弐
 会話のあいだに、どうにか被害者から距離をとっておいたため、そのまま戦闘へ突入。
 続けざま、後衛から強烈なフラッシュがたかれて、瞬間的に視界が真白く染まる。
「ふはははー。覚悟してよね、ドリームイーター。小江戸の緋色とその仲間たちが退治してあげる! いちげきひっさーつ!」
 初っ端から全力で、グラビティ・チェインを九尾扇に纏わせての大ジャンプ。
 緋色は、渾身の力で頭上から、怒りのドリームイーターへと武器を投げつけた。
「綺麗な夕焼けを写真に残したかっただけなのに、こんな理不尽なことされりゃ、怒って当然だわな。とりあえず、被害者が目を覚ましたとき、ショックを受けないよう、周りの被害を最小限に抑えなきゃな」
 解放されたグラビティ・チェインが大爆発するなか、鬼人が斬霊刀を突き立てる。
 緋色の九尾扇がつけた傷痕を、正確に大きく斬り広げていく。
 クラッシャーズの攻撃に身を捻り、ドリームイーターは瀬乃亜へと突っ込んできた。
「女性の顔に傷付けようとするとかどうなの」
 しかしながら。
 させねぇよと言わんばかりに、マダラが攻撃を受け止める。
「俺は死ぬ。でも、帰ってきてやる。蝶が死んでも、また美しく蘇るよう。静かに消えてなんざ、やるもんか」
 傷から放出される内蔵の赤黒い地獄は無数の蝶と化し、その翅で以て舞い打った。
「ドリームイーターってのはどうしてこう、ヒトの神経を逆撫でするやつが多いのかな。魔女本人もそうだし、出てくるのもイラつくし。アンタ達の親玉を叩き潰すためにも、さっさと倒して終わらせるよ。イリス、合わせて!」
 握るドラゴニックハンマーに、涙と両腕から湧き出る地獄の炎を移し燃やして。
 ビハインドのポルターガイストと同時に、ロベリアは笑顔で思い切り振り下ろした。
「大事にしているものを壊してドリームイーターを生み出すだなんて、酷いことするんだよ。壊れたものを完全に戻すことはできないけど、それでもこのままにはしておけないよね! マシュ、いまのうちにお願い!」
 スノーエルの掌から放たれたドラゴンの幻影が、速攻で灼熱の炎を吐き出す。
 薄桃色のボクスドラゴンは、綿の属性をディェンダーの晴へとインストールした。
「ありがとうございます。ではマダラさんには僕が……咲かせましょうか。満開の花を」
 怒りとアンチヒールの両方を喰らっていた同列のマダラを、菖蒲色の花弁が舞い包む。
 シャーマンズゴーストも、ナポレオンのバッドステータスを祓うべく祈りを捧げた。
 たいする白光にも皆、初撃ほどの怒りを受けることなはい。
「赤薔薇、皆さんの応援を頼みますよ。さて、ヒトの夢を奪うのは、あまりいい趣味とはいえませんね。あなたが夢を愛するのであれば、ご自身の夢をお持ちになるといいでしょう」
 撫で撫でしてやると、テレビウムは前衛へと歩いていって応援動画を流し始めた。
 瀬乃亜もメディックの務めを果たすため、小型治療無人機の群れを上空へと送り込む。
「綺麗な星空のもとでの悪事は、逆に我輩達が許さないんぬ。此処で終わりにするんぬ」
 電光石火の蹴りで、ドリームイーターのファインダーを破壊するナポレオン。
 ジャマーであるナポレオンの狙いは、パラライズを付与することなのだ。

●参
 幾度かの攻防の末、まずは怒りのドリームイーターを討ちとるケルベロス達。
 全員で集中攻撃を打ち合わせていたこともあり、比較的早い段階での撃破となった。
「……分かんないね、そんな悲しみ。生きてりゃそれで、充分だろうに」
 引き続き攻撃を惹き付けるために言い棄てるのは、半分建前、半分本音。
 高速で回転しながら突撃するマダラは、少しだけイヤそうな表情を浮かべている。
「もうひとつ! 地獄に吹くこの嵐、止まない嵐を見せてあげる。いくよ、緋色ちゃん」
 両腕の地獄の一部を無数の刃に変形させると、ロベリアが剣風と同時に叩きつけた。
 舞い散る花のように可憐な刃は、しかしながら傷口を蝕み、回復を阻害する。
「おっけーだよ、ロベリアさん。ふっふっふー! 攻撃は見切った。私には効かないよ!」
 華麗にステップを踏み、バトルオーラを両腕に集めて駆ける緋色。
 即座にビハインドアタックを実行させ、更にその隙を突いて達人の一撃を決めた。
「綺麗な秋の海に、この夢はふさわしくありません。A red rose is not a rose red flo」
 テレビウムの応援に負けじと、瀬乃亜も赤い薔薇の飴を前衛陣の口へと放り込む。
 柔らかく甘い味が、体力を回復するとともに状態異常をも治療した。
「お仲間さんのところへ送ってあげるんだよ。一緒に攻撃しよう、マシュ」
 ボクスドラゴンのタックルを追って、スノーエルも地面を蹴る。
 ほわほわ笑顔のままで、フェアリーブーツから理力を籠めた星型のオーラを蹴り込んだ。
「反物質電荷安定。重力子生成。グラビトントルピード、射出!」
 浮遊する掌サイズの毛玉が、ポフンという音とラベンダー臭のする湯気を伴って消滅。
 ついでに、着弾点もサッカーボール大の球形に消えていた。
 そんなナポレオンの攻撃に、すかさず回復を唱えるドリームイーター。
「此方も治療します。お待ちください」
 たいして晴が、オーロラのような温かい光で仲間達を包みこんだ。
 相棒のシャーマンズゴーストも、最初と変わらず祈りを捧げている。
「ヒトの悲しみと怒りから生まれるこいつ等も、考えてみれば憐れな存在だよな。さっさと退治してやらねぇとだな。我流剣術『鬼砕き』、食らいやがれ!」
 目にも留まらぬ速度で、日本刀を下から上へ、横に薙ぎ、袈裟で斬り下ろした。
 そうして三撃の刃筋が重なる中心点を、刺突でぶち抜く鬼人。
 重厚なカメラのボディに、大きくひびが入った。
 怒濤の攻撃に、ドリームイーターは防戦一方となり、徐々に回復も間に合わなくなる。
 ついには、2台の巨大カメラが砂浜へと転がり伏せるのだった。

●肆
 空には煌びやかな星々と、円になる前の月が輝いている。
 ドリームイーター達の消滅を見届けてから、ケルベロス達は互いの損傷を確認した。
「大丈夫? これですぐに治してあげるんだよ。痛いのは最初だけだから、ね!」
 スノーエルが召喚したのは、治癒効果を纏わせた巨大な魔導書。
 これでぽこんと叩けば、たちまち体力も状態異常も回復するのだと、スノーエルは笑む。
「そうは言っても……俺も手伝うよ、トリフォリウム」
「そう? ありがとう、浅葱さん。助かるんだよ」
 歩み出て、バトルオーラを緋色へと注ぎ込むマダラ。
 これ以上……特に女性には、痛い想いをさせてはいけないと思ったのだ。
「ありがとう、マダラくん。じゃあ今回も、刺されたヒトの無事を確認してから帰ろー!」
 全快した緋色が、元気に被害者へと駆け寄っていく。
 ふにふにつんつん頬を触っているうちに、眼を覚ました。
「あ、お姉さんが起きたんだよ!」
「ご無事なようでなによりです。貴方を護れてよかった……」
 そっと肩へ手をまわし、彼女の上半身を抱き起こしてやる晴。
「無理に起き上がってはいけません。もう少し、僕の腕のなかで安静にしていてください」
 身分を明かして丁寧に事態を説明すると、安心したのか彼女に笑顔が戻る。
「そうだ、カメラっ……」
 だが。
「もう直せそうにないね」
 足許に転がる黒塊に、一気に表情が暗くなってしまった。
「諦めるのは早いぬ。液晶画面のカメラということはデジカメに違いないから、復旧させられる糸口はあるはずなんぬ……せめてデータだけでもそのままにお返ししたいんぬ」
「あんたはなにも悪いことをしたわけじゃないからな。元気を出して欲しい。心配するな。ナポレオンは機械に強いんだ。なんとかしてくれるさ」
 しかし彼女の悲しみを、ナポレオンと鬼人の言葉が遮る。
 『B15TH3Q4000』を起動させて、カメラから出したSDカードを挿入するナポレオン。
 鬼人や晴のライトが照らすなか、カタカタとキーボードを叩く音が響き続けて。
「お、おぉ、おぉぉっ!? やったんぬ! 大切な想い出、復旧完了んぬ」
 フォルダを開けば、綺麗な夕焼けの写真がずらりと並んでいる。
「私が撮った写真……ありがとうございます」
 念のために焼いたCDと、SDカードをともに渡してやると、深く頭を下げてきた。
「キミに笑顔が戻ってよかったよ。気を付けて帰ってね」
 そんな彼女にロベリアも笑顔を向けて、見えなくなるまで手を振り続ける。
「……さて、さっさと親玉を突き止めないとだね」
 そうして魔女達の企みを暴くために、ロベリアは大好きな夜に決意を新たにした。
「終わったな。ありがとう……すぐに帰るよ」
 胸元で揺れる『希望のロザリオ』に手をあて、恋人のことを考える鬼人。
 誰もが無事で依頼を終えたことに、心から感謝する。
「秋の海というのも、よいものですね」
 改めて眺めてみると、冷たい空気が肌に触れて、波音も心地よい。
「赤薔薇もそう思いますか? 森の外には、まだ知らない自然がたくさんありますね」
 眼前の風景を心に留めて、瀬乃亜は踵を返すのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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