黒き羽の写し身

作者:七尾マサムネ

 1つの予感が、斑目・黒羽(時代遅れの風来坊・e14481)を、とある山奥へと導いた。
 秘湯と呼ばれる小さな温泉。地元の人間にさえほとんど知られぬその場所は、モザイクに覆われていた。
 ワイルドスペースだ。黒羽も、自身の目で見た事がある。内部が、構造物を混ぜ合わせた風景に変化しているのも同じ。岩や木々が複雑に絡み合い、温水が流れ出ている。
 ある種の確信をもって進む黒羽の前に、人影が現れた。
「ここを察知したとは。この姿が仇となったか?」
「……やっと会えたな、私のまがいもの……」
 探し求めていた相手……ワイルドハントは、黒羽とよく似た姿をしていた。
「この地を隠し通すため、その口を封じさせてもらおうか」
「……できるもんならな!」
 ワイルドハントと黒羽の剣が、激突した。

「ワイルドスペースの調査に向かっていた斑目・黒羽さんが、新たなワイルドハントと遭遇するっす!」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)によれば、今回のワイルドスペースは、某県の山奥にあった、小さな温泉だという。
「温泉って言っても、整備されたもんじゃないっす。ほぼ自然の状態に近いもので、場所を知ってる、ごくわずかな人達だけが入りに来るようなもんらしいっす」
 既に場所は特定され、黒羽の救援に向かう準備はできている。
「元々小さな場所だったお陰で、ワイルドスペースも狭くて、黒羽さんとはすぐに合流できるはずっす」
 モザイクに包まれたワイルドスペースは、粘性の液体に満ちた特殊な空間だ。ただし、ケルベロスの活動に支障をきたす事はないと確認されている。
「今回のワイルドハントも、黒羽さんの暴走状態を写し取った姿をしてるっす。見た目は一緒でも、黒羽さんとは別人っすから、気を付けて欲しいっす」
 このワイルドハントの武器は、朱色の刀。黒のオーラを宿しており、その斬撃は相手の守りをものともせぬ威力を持ち、あるいは傷口をズタズタに広げるという。
 また、体の各部を覆う黒の水晶状の塊は、鎧としてだけでなく、射出武器としても機能する。
「多少時間差はあるっすけど、ワイルドハントを撃破すればワイルドスペースも消えるみたいっす。なので今回は、黒羽さんの救援と敵の撃破を目的にして欲しいっす」
 そしてケルベロス達はワイルドスペースを目指す。


参加者
カルディア・スタウロス(炎鎖の天蠍・e01084)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
リュコス・リルネフ(銀牙迸り駆ける・e11009)
斑目・黒羽(時代遅れの風来坊・e14481)
天照・葵依(護剣の神薙・e15383)
黒須・レイン(十字架はただ其処に在る・e15710)
アニマリア・スノーフレーク(十二歳所謂二十歳・e16108)
カルマ・プレンダーガスト(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e35587)

■リプレイ

●写し身の主を求めて
 斑目・黒羽(時代遅れの風来坊・e14481)の救援に向かった一行は、ワイルドスペース発現の地である、山奥への到着を果たした。
「待ってて黒羽さん! 絶対助けるから!」
 助太刀を急ぐケルベロス達の中には、リュコス・リルネフ(銀牙迸り駆ける・e11009)ら、黒羽も属する緑風館の者達も含まれている。
「全く……なんとも嫌な姿の偽物がいたものだ……行くぞアニマ!」
 黒須・レイン(十字架はただ其処に在る・e15710)に名を呼ばれ、アニマリア・スノーフレーク(十二歳所謂二十歳・e16108)も続く。
(「奴等の企みは気になるが……其れを撃ち砕くためにも、黒羽救出が最優先だ。この忍務、必ず成し遂げよう」)
 山岳の地形をものともせず、疾く進む樒・レン(夜鳴鶯・e05621)。
 モザイクに覆われたエリアはすぐに見つかった。迷わず、その中に飛び込むケルベロス達。
 正直なところ、カルマ・プレンダーガスト(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e35587)は、未知の空間であるワイルドスペースに、少々恐れを抱いている。
(「でも、黒羽さんを助けるまでは頑張らないと!」)
 震える心を鼓舞し、仲間達の後を追うカルマ。
 わずかな違和感の後、広がった景色は、モザイクの外とはまるで別物であった。
「ここがワイルドスペースか……噂には聞いていたが本当に混沌としているな。さて……邪魔ものを排除するか」
 岩や木々が混然一体となった風景を背に行く天照・葵依(護剣の神薙・e15383)。
 秘湯を構成要素に含んでいるせいだろうか、景色は多少白くかすんで見える。
 自然物から構成されているはずだが、これも、夢喰いの力か。法則をゆがめられ、夢幻のような景色を生み出している。何より、空気が違う。
「うわぁ……ねっとりしてて気持ち悪いですね。全部が混ざり合って自分が自分じゃなくなっているみたい……そういえばワイルドって『何でもいい』って意味もあるんでしたっけ?」
 でも、今は気にしてもしょうが無いですね、とカルディア・スタウロス(炎鎖の天蠍・e01084)は、思案を意識の外に放り出す。
 そして、ほどなくアニマリアは、それを視界に収めた。
「見つけましたよ……!」
 相似した顔を持つ者2人が、刃を交える様子を。

●相対する実と虚
 悠然と刃を振るうワイルドハントに対し、黒羽の立ち回りは派手で荒々しかった。それは、己の居場所を仲間に知らせるためのスタイルだ。
「おらおらまがいもの! こっちだ!」
 口調も荒く、黒羽が敵を引き付けるべく光を放つ。だが、敵は予測を越えた速度で、眼前に迫っていた。
「この身体は私の方が上手く使えるようだ」
 黒羽の視界を覆い尽くさんとする、水晶の腕。
「しまっ……!?」
 だが、その時。
 轟音と共に、舞い散る石片と土煙。
 ハンマーのブーストで飛来したリュコスが、重力を加えた打撃を浴びせたのだ。
「ボクの友達の姿を好き勝手に……その化けの皮を剥いでやる!」
 リュコスが得た嫌悪感の正体は、黒羽とは似ても似つかない匂いのせいだ。視覚は誤魔化せても、狼の嗅覚はだませぬ。
「何者だ」
「夜鳴鶯、只今推参」
 ワイルドハントの問いかけに、レンが音もなく姿を現した。背にした黒羽に向け、
「待たせたな、もう大丈夫だ」
「危ないところだったねっ」
 割って入ったカルマが、黒羽の安否を確かめる。
 アニマリアも、手助けに来ましたよ、と声をかける。
「……すまない、ありがとう……早い到着だな、お陰でまだまだやれそうだ……」
「護ってやるって言っただろう? 海賊は約束を破らない!」
 礼を告げる黒羽に、レインが自信たっぷりに答え、コートを翻す。
 乱入者……ケルベロス達による包囲にも、ワイルドハントは肩をすくめてみせるだけ。
「因縁ある相手はおろか、駄犬の群れまで引き寄せるとは……。この姿、便利とは言い難いな?」
「ワイルドハント、醜悪なるその姿! 海賊船長が叩き切ってくれる!」
 エクスカリバールを突きつけるレインに、ワイルドハントは口の端を持ち上げた。
「その言葉、お返ししよう。この場所を墓標としてくれるわ」
「やらせはしません! いつもいつも他人の姿だの感情だのを使って!」
 体を構成する水晶塊の力を振るおうとする敵に、カルディアが飛びかかった。
 流星の蹴りが地面を破砕し、その衝撃はワイルドハントの体をも舞い上げる。
「その水晶を砕かせていただきます。斑目さんであって斑目さんではない者」
「ちっ」
 カルディアと空中で視線をぶつけたワイルドハントは、宙返りして態勢を立て直す。
 そこに接敵したアニマリアが、地獄の炎を宿した龍槌をスイング。打撃と焼滅の力がワイルドハントの肉体を打撃する。
 そして、赤の次は白。白き武装の葵依が、更なる白を呼んだ。白……小さき兵の群れは異空間を駆け抜け、仲間達の護衛へ。
 その間に、ボクスドラゴンの月詠は黒羽の元に赴き、属性の力で傷を癒す。
 間断ないケルベロスの攻撃に、一振りの刃で対処していくワイルドハント。
「うっとうしいな」
 放り投げられたレインの小柄が、岩を蹴って反転。粘性の空気をかき混ぜるようにして突き進むと、人型の砲弾の如く、ワイルドハントにヒットする。
「欠落を他人のそれを奪い満たそうとする……貴様達の本質は変わりようがないのだな」
 体をくの字に折る敵に、レンが忍び寄っていた。
「過去在りえた世界の力を以てしても、他者の姿を借りての顕現が精々とは笑止。……いや、そういうものとして在る貴様に言っても詮無きことか」
 涼やかな音色を響かせレンが放つは、螺旋より生まれし、氷の結晶の手裏剣。
 次々突き立つ手裏剣から、岩塊を滑り後退しながらも、ワイルドハントが水晶弾を放つ。発射の反動を生かして、間合いを取るのも忘れない。
 飛来する水晶弾を避けるカルマ。変容した地面や隆起した岩塊を渡っていく。その挙動はいつしか舞のようにリズムを作ると、妖精の花を咲かせた。
 皆に降ったそれがもたらすは、癒しの力だ。

●喰らう者、狩る者
 仲間の援護で態勢を整えた黒羽が、二刀をかざした。共振によって増幅された霊力が、己の写し身を切り裂く。
「黒羽さんの姿だからって容赦はしないからね。キミの匂いは不愉快だ!!」
 仲間達と連携し、敵を攻めたてるリュコス。
 アニマリアも緑風館の一員だ。岩塊を蹴って閉ざされし空へ跳び上がると、空中で武器を構え直し、ありったけの力で標的を両断する。
「黒羽は私を守ると言った。ならば私は黒羽を守ってやろう。そうすれば誰も傷つかない!」
 仲間の切り裂いた傷口を、更に押し広げるレイン。
 やがて戦いに没入したカルディアの赤目が、憎しみの色を帯びた。
 左右二振りの剣を振るう速度が、増していく。だが、剣ばかり意識していたワイルドハントは、対処が遅れた。カルディアの束ねた髪が、サソリの尾の如く、背中を貫くのを。
「今です!」
「蔦を司る申の神よ! 今こそ白雪に咲き添いて、枯れたる苦界を潤わさん! いざや聞こし召せ蔦ノ花神!!」
 カルディアに促され、葵依が扇をかざすと、周囲が更なる変容を始める。
 咲く花、延びるツタ。ツタは敵を逃れるようにしゅるしゅると仲間の元へと至り、癒しの花を届けた。傷と、内部に残る黒水晶の欠片を除去する。
 自分が刻んだ傷を回復するケルベロス達を、うっとうしげに見つめるワイルドハント。
 その時、迦楼羅天の真言とともに、レンの姿が掻き消えた。
「せめて倒すことで、その定めから解放しよう。今涅槃へ送り届けてやる。覚悟!」
 疾風の如きレンの一撃が、ワイルドハントの胸に突き刺さる。
「今度はキミが食べられる番だよ、夢喰い。魂ごと喰らってやる!!」
 リュコスの金の瞳が輝くと、ワイルドハントを、不可視の引力が包んだ。リュコスの特別な磁界にとらわれたのだ。ワイルドスペースにおいても、リュコスの力は万全に発揮された。
 束縛から逃れようとよじったワイルドハントの体を、隆起した岩が杭となり、刺し貫いた。
 次なる被弾を避け、杭から脱したワイルドハントの目が、アニマリアを射抜いた。その砕きの技を耐えると、刃を向ける。
「その火力は脅威だな、排除する……!」
 だが、黒き一閃が薙いだのは、盾となったカルマだった。ガードを破り、命にさえ手を伸ばそうとする刃に耐えながら、隠し持っていた符を取り出すカルマ。
 符……タロットカードが示すは節制。崩壊に傾いたカルマの肉体に干渉すると、元の状態へと引き戻すべく、神秘の力を発揮するのだ。
「その水晶の真の意味を知らないお前に、その力を振るう資格などない!」
「由来など知らずとも……」
 レインに反論しかけたワイルドハントは、しかし口をつぐむ。虚空に空いた穴の存在に気付いたがゆえに。
 その正体は、黒羽の力の発現。直後、起きた爆発が、かりそめの肉体を砕き、水晶塊の破片を飛び散らせた。

●異空は幻の如く
 ひび割れた水晶が、氷をこぼし、炎を噴き出す。
 損傷しつつも、ワイルドハントは黒衣を翻し、ケルベロス達を切り刻んでいく。
「振り返るな!」
 回復に動こうとした仲間に、葵依が声を飛ばした。
「敵に集中しろ! 後衛は任せておけ!!」
 葵依の頼もしい言葉に後押しされ、カルマの杖が、魔法を打ち出す。
 竜の幻影と、黒羽の幻影。2つの衝突は激しい爆発を引き起こし、岩場の崩壊を招く。
 だが、岩を弾き飛ばすと、剣を支えに幽鬼の如く立ち上がるワイルドハント。
「まだやろうってのか……?」
 カルディアが憎々し気に告げた直後、夢喰いの剣が折れた。そのまま五指の先から、砂粒のように分解を始める。
「この姿が仇となろうとは……」
 悔恨の言葉を残し、ワイルドハントの全ては虚空に飲み込まれたのだった。
「じゃあな、私の一側面」
 経緯はどうあれ、己の分身とも言える存在に、別れを告げる黒羽。
「他者の模倣として生まれた哀れなる者よ。その魂の安らぎと重力の祝福を願う……安らかにな」
 目をつむり、片合掌するレン。
 それから黒羽は皆を振り返ると、改めて感謝を告げる。リュコスやアニマリアも安堵を覚え、一息をついた。
 互いに労いの言葉を交わすうち、ワイルドスペースは消滅を始めた。間一髪逃れたケルベロス達が振り返れば、現れたのは、山中の風景。
 不意に、葵依が月詠に体を引かれた。振り返れば、そこには小さな湯だまりが。
「これが噂の秘湯のようだな」
「せっかくだし入れないかなー。せめて温泉卵作れないかなー……って、肝心の卵がねーや!」
 やられたー、という顔のレインを見て、皆は緊張がほどけていくのを感じたのである。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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