真っ赤な秋

作者:林雪

●真っ赤
 愛知県、香嵐渓。古くからこの季節は風光明媚で知られ、紅葉祭りなども行なわれる観光スポットである。
「おばあちゃん、もうちょっとおじいちゃんとくっついて!」
 スマホを構えた孫にそう言われて笑い合う老夫婦など、家族連れは勿論、カップルやひとりで散策に来る人など、見ごろには未だ少しだけ早い時期でも十分賑わっている。
 そんな人々の波を、巨大なウラエンコウカエデの樹の上から眺めているのは、1体のエインヘリアルだった。
『真っ赤だなァ……真っ赤……だなぁ』
 勇者と呼ばれたはずのエインヘリアル、だがこの個体はかつて己の楽しみの為の殺戮に目覚め、罪人として投獄されていたという零落れ果てた個体なのだ。手にしている巨大な斧も、ルーン文字が擦れ血に汚れ、手入れもされていない錆びた鈍器のような斧と成り下がっている。
『あのへんはぁ、赤くぅ……ないぞぉ……』
 額に手をかざし、遠くを見ていたエインヘリアルの視線が、真下を行きかう人々に落とされる。
『あいつらのぉ、血で、真っ赤に……してやろ』
 ニヤリ。醜く歪んだ笑みを浮かべると、エインヘリアルはやにわに斧を投げた。巨大斧が、歩いていた男性の後頭部を叩き割る。
『あぁ……、いいなぁ真っ赤だなぁ……』
 悲鳴と混乱の巻き起こる人波に、巨体が躍りかかる。人々には為すすべもなく、ドス黒い赤が一瞬にして平和な行楽地を染め上げていくのだった。

●罪人を止めろ
「愛知県の紅葉の名所にエインヘリアル出現、藤くんの調査で事前予知が出来たよ」
 ヘリオライダーの安齋・光弦が集まったケルベロスたちにそう告げる。調査に当たっていた杜乃院・藤(狼纏イノ羊・e20564)本人は、眠たげな顔をしてそっぽを向いている。光弦がヘラリと藤に笑いかけてから、説明を続けた。
「この個体はエインヘリアルの中でもかなり問題のあるやつでね。アスガルドでも快楽殺人を繰り返していたようなんだ。そんな最悪のやつを地球で、それも行楽地で暴れされるわけにはいかない。すぐに行って撃破してきて欲しい」
 殺戮がむごたらしく行なわれるほど、人々の恐怖と憎悪は増す。それはつまり地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせる要因たり得るのだ。
「敵は単体で行動、出現現場は川に面した紅葉の美しい散策路だ。大小の紅葉や楓の樹が色づいてるけど、やつはその樹の上から襲ってくる。被害が出る前に見つけられるのが一番いいから、君たちも樹々を伝って探すとか、知能は幼児並みのはずだから、何か誘き寄せる作戦を立ててもいいかもしれない。そのへんは任せるよ」
 扱いあぐねた捨て駒、として送り込まれた個体であるから、当然不利になっても撤退はしない。ただ、暴れて何をするかわからない一面があるため、周辺避難などは万全にしておくのがいいだろう。
 ずっと黙っていた藤が、敵への侮蔑を滲ませて低く言った。
「せっかくの紅葉なのに、そんなやつが来たんじゃ、イロハモミジが可哀想。さっさと倒してやりたいな」


参加者
フォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)
シルフォード・フレスヴェルグ(風の刀剣士・e14924)
天照・葵依(護剣の神薙・e15383)
杜乃院・藤(狼纏イノ羊・e20564)
ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)
佐野・優之介(左狼・e34417)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)

■リプレイ

●香嵐渓にて
 愛知県、香嵐渓はこのところの妙な気温変動にも負けず、紅葉の盛りを迎えようとしていた。
 事前に入手しておいた紺のブレザーに赤いチェックのリボンとスカート、学校指定の肩掛け鞄を持って、地元の中学生を装ったエリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)が木々の間をゆっくりと歩く。今はエインヘリアルを見つけ出すという任務に集中しているものの、舞い散る葉の色は鮮やかに赤い。
「わあ……!」
 一緒に歩いていたフォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)も、その光景に思わず声を上げる。もふもふの尻尾を揺らし、舞い散る落葉を見つめる。フォンの仲良しのボクスドラゴン・クルルもその葉っぱの間を楽しげに飛ぶ。
「ん、こんな綺麗な景色が見れる場所で人を殺そうとするなんて……許せないの!」
「本当だね……後でゆっくり、見られたらいいね」
「ん、そうなの」
 一方、少し離れた位置から双眼鏡を使って周辺を見渡しているのはシルフォード・フレスヴェルグ(風の刀剣士・e14924)、そして天照・葵依(護剣の神薙・e15383)と彼女のボクスドラゴンの月詠である。
「ああ、あの辺りはよく色づいてるなあ……っと、見張るのはそっちじゃないか」
 思わず移した視線を緑の辺りに戻し、シルフォードは探索を続ける。予知から推察するに、エインヘリアルは『まだ色づいていない周辺』に現れると読んでいるのだ。
「それにしてもまったく……エインヘリアルの一族にもげんなりだ。厄介者を地球に押し付けてくるのもいい加減にしてほしいものだな」
 葵依がそうぼやくのも無理はない。何せこのところ地球に現れるエインヘリアルは、アスガルドでも持て余す暴れ者ばかりなのだ。
「せっかくのこんな綺麗な場所を、血で染めるなんて無粋にも程がある」
 散策路を行き交う人々は、思い思いに景色を愛でていた。のんびりと道を歩く者、小さな子供は夢中になって舞い散る葉を追いかけたり、イーゼルを立てて写生をしたり、大きなレンズのついたカメラを構える者までいる。
 赤や黄色や樹木の茶が織り成す風景の中で、佐野・優之介(左狼・e34417)の白いシャツは逆に鮮やかに映える。
(「どうよ、染めたくなるんじゃねえか?」)
 という、挑発的な意味合いも籠めて選んだ服装であるが、まあ普段着だな、と本人は自嘲気味な部分もある。少し肌寒い季節だが、たっぷりの陽射しを浴びると十分心地よい。
 同じく散策路に潜伏して索敵をするヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)は、ライドキャリバーの魂現拳に乗りゆっくりと、散歩のリズムで進ませていた。散策路は道幅が広く、人が歩くのに良い場所は限られている。だが、敵は木々に紛れて潜んでいる可能性が高い。
(「上から来るにしてもどこから現れるにしても、当たりくらいはつけておきたいものだ」)
 ケルベロスたちは事前に相談し、それぞれ場所を散らして敵の姿を探していた。そして勿論、発見時にはすぐに連絡が取り合えるようにと、
「おー……きれー」
 髪をぴょいんと一房跳ねさせ、杜乃院・藤(狼纏イノ羊・e20564)が、自分の登っている樹からはらりと散った一葉が川面に落ちていくまでを見届けて、嬉しげに尻尾を振った。
「こんなに美しい景色が見られる場所が存在していたとは……こんなに所に現れて人殺ししようだなんて、本当に趣味が悪いですね」
 カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)も藤に同行し、木から木へと飛び移りながら敵の姿を探す。一番敵とはち合わせる可能性も高いが、そこは考慮してふたりとも隠密気流で姿を紛らせている。
 一本一本、色づいた木を丁寧に巡る中、ついに巨大で不審な人影が赤い色に混じっているのが見える。
「あれだ……あそこにいる!」
「上から人を襲う気ですね、そうはさせません!」
 ザザッと速度を上げ、姿を現した藤とカロンの姿に、近くを歩いていたエリンとフォンも気づく。
「その、大きな楓の木の上にいる!」
 藤にそう言われて頭上を見上げるエリンたちの姿を双眼鏡で捉えたシルフォードが、前のめりになる。
「エリンさんたちが何か見つけたみたいです!」
「行こう、恐らく敵があそこに!」
 動向から状況を察知して、シルフォードと葵依が素早くダッシュする。速度をあげたヒエルもそこに併走するようにして、件の木へと向かう。
「ん、逃げて。みんな、気をつけて逃げて、なの」
「皆さん、落ち着いて避難を。この場は私たちが守ります」
 フォンとエリンが人々に声掛けをして避難の誘導を始めた。標的があらぬ方向へ行ってしまったエインヘリアルは、あぁーと間の抜けた声を出してアックスを投げたが、既にそこには人はいない。ぽかんとして木から飛び降りてきたエインヘリアルを、他のケルベロスたちが続々と詰め掛けて囲んだ。
「そこのクズ!見つけたぞ!!貴様の思い通りにはさせん!」
 駆け寄ってきた葵依が大声でそう叫ぶと、エインへリアルが太い首をのっそりと振り返らせた。
『んあー、誰だあおまえらぁ?』
 人間を殺した手応えが得られず、がっかりした様子で錆び付いたアックスを拾い上げたエインへリアルが、ボリボリと不潔な肌を掻きながら、ケルベロスたちをジロジロ見た。
「……品性が微塵も感じられませんが、本当に勇者なんですか?」
 カロンが冷えきった視線を敵に注ぎながらそう言うが、どうやらそんな皮肉は通じない。
『おまえたちも、真っ赤じゃない、な……?』
「ああ、赤く染めてみちゃあどうだ。真っ赤な秋が見てぇんだろ?」
 と、駆けつけた優之介も自分のシャツの胸元を引っぱって挑発してみせる。
『そう、だなぁ……真っ赤が、いいなぁ……』
 品位の感じられない声を出しながら、エインヘリアルがニタリと笑った。

●紅葉の下の決戦
「この無法者めが!」
 葵依が凛とした声で言い放つや、紙兵をまるで落ち葉のように撒き散らし、月詠は果敢に攻撃に打って出た。エインヘリアルが月詠に気を取られているところへ、ヒエルが集めた気を叩き込む。
「さあ、こっちだ。一瞬でも俺から気を離してみろ。もう一度拳を叩き込ませてもらう」
『いっでぇ~……やった、なあ』
 エインヘリアルが、殴られた顎をさすってヒエルを睨もうとする視線上に、魂現拳がエンジンの唸りを上げて割り込んでいく。
「ん、びりびりにしてあげるの」
 そこへフォンが、自慢の尻尾を大きく膨らませて逆立て、大量の静電気を発生させる。パチパチッと弾ける音とともに発生する電気を纏った尻尾を大きく振って、敵の足元を狙って一撃!
 仲間が敵を釘付けにしているのを確かめて、シルフォードが妖刀『黒風』を正眼に構えた。
「フォーマルハウト、いいね。あいつを釘付けに! どこにも逃がしちゃダメだ」
 カロンがそう指示を出しながらバスターライフルを構え、魔法光線を敵の胸元目がけて発射した。攻撃は命中するものの、一体敵はダメージを受けているのか、のっそりした動きはマイペースにすら見えた。
『真っ赤なのがぁ、見たいぞお……』
 そんなことを言いながら、エインヘリアルが斧を頭上高く振り上げて、跳んだ。
「っ! 退くんだ」
 朽ちかけた斧とは言え、その重量と握力で叩きつけられれば、防御特化でない限り一気に持っていかれかねない。狙いはヒエルか、と思った瞬間、魂現拳が飛び出した。ゴギィ! と鈍く響く金属音は、骨がへし折られる音にも似ていた。
「よくやった、魂現拳」
 ヒエルが引き続きカバーに回るよう支持を出しつつ、両手の中に氣を練り始める。
『お前はぁ、赤くならねぇんだなあ、つまんねえ~』
 よいしょ、と、斧をめり込んだ地面から引き抜いて、新たな獲物を物色せんとばかりにケルベロスたちを見回す。
「撃ちます!」
「こっちも狙うぜ」
 エリンと優之介が放った砲撃が、エインへリアルの顔面に炸裂した。
『うわぁ~、みえねえ』
「お前、本当この場所に似合わないよ。消えてよ」
 そこへ藤が苦々しげな声を出しながら、足元を狙った蹴りを繰り出す。
『よおーし、次こそ真っ赤にしてやるどぉ~』
 その場に立ち尽くしたまま、敵が再度斧を振り上げる。
「来い、相手になってやる!」
 と、ヒエルが空いたわき腹を蹴り飛ばしたのに合わせたかのように、フォンも反対側から蹴りを放った。強烈な力で締め上げられたようになるエインヘリアルのあばら付近を狙って、クルルがブレスを放った。一箇所に集中してダメージを与えて、身動きを封じようというのだ。
「ん、それで、いいの」
「容赦なく行かせて貰うぞ!」
 シルフォードが黒風を閃かせ、威力重視で喉元に激しい突きを見舞う。そのままその場に凍りつけ、とばかりにライフルを連射し、冷凍弾で攻撃を続けるカロン。
『真っ赤、だなぁ~』
 歌うようにそう言って、エインヘリアルが鈍く光る斧を振り下ろした。しかし足元がよろめいたのか、叩き割られたのはケルベロスの頭、ではなくて地面に過ぎなかった。
『ヂグジョウ、なんだあ~、腕が変だぞぉ』
「下手くそ! お前らのが扱い慣れてんじゃねーのかよ斧はよ!」
 優之介が軽口混じりにそう告げると、敵のお株を奪うべくアックスをかざして跳び上がり、頭へと直撃を落とす!
『アイデエエ』
 流石にこれで沈まないものの、エインヘリアルの自慢の攻撃力は、ケルベロスたちの攻撃で積み重なった傷により、精度を大きく欠いていた。まともに当たれば一撃で削られる攻撃も、当たらないのでは役割を為さない。
「どうした、これでは私の仕事がないぞ」
 葵依が挑発しつつも、慎重に敵の動きを見る。一撃当たれば、自分の力をもってしても全回復、とはいくまいと葵依は読んでいる。回復手としては油断が出来ないところなのだ。
「その飾りみたいな武器、いっそ捨てちゃったら? ていうか本当こんな綺麗な場所にさ、お前みたいなの出てきて人殺すとか意味がわからないよ。莫迦なの? 莫迦なんだな?」
 藤は遠距離から狙い撃ちしながら、敵を追い詰めていく。常のおっとりと眠たげな様子は今はどこにもなく、いるのは俊敏な獣の動きをする毒舌小学生である。
「うん……なんか、すげえ。って言ってる場合じゃねえか。俺の相手もしてくれよ」
 思わず感心してしまう優之介だったが、人型に変形させたブラックスライムを駆使しつつ、敵を煽る。
『お前ぇ、なんだあ?』
 案の定気をとられる敵に、背後から変形した毒針が襲い掛かる。
「正面からの攻撃とは限らねえぜ」
『イデェエー』
 動きが鈍っているとはいえ、エインヘリアルの一撃は当たれば大きい。とはいえそこは予め防御対策をした上で壁役を配置してきたケルベロスに利があった。エリンとヒエルが積極的に体をぶつけに行き、そのダメージは葵依が癒すというサイクルで危なげなく戦闘を有利に進めた。
「ん、なんかいでも、びりびりしたげるの」
 毛を逆立てた尻尾から放たれるフォンの電撃で、ヨタヨタになったところへ、とどめはシルフォード。構えた黒風を自在に操り、その剣の軌跡で敵の体ごと空を裂く!
 凄まじいエインヘリアルの断末魔の声が、渓谷に響き渡る。が、最後に残ったのはチン、と刀を鞘に納める澄んだ音であった。

●本当の秋景色
「この綺麗な場所を血で汚すとか、言語道断……」
 戦いを終え、美しい紅葉に囲まれた場所を見つめながら藤が呟く。彼はこの色づいた風景を愛して止まない。何故ならイロハモミジの赤茶に変わるグラデーションは、彼の最愛の姉を思い出させるから。
「元いたお客さんたちのためにも、まずはヒールしておかないとな。このような美しい紅葉を見ていかないのは、勿体ない」
「これ、乗れるのかなあ?」
 と、ヒエルが散策路を修復する間、魂現拳はどうやら観光客たちの人気者になっている様子だった。優之介もヒールの手を休め、スマホで紅葉の綺麗なところを一枚、写真に収める。
「いいねえ。頑張った分、こういうご褒美を貰ったって良いよな」
「あの、向こうにあるオオイチョウもすごーく綺麗でしたよ」
 カロンがそう言えば、シルフォードが表情を明るくする。
「それは良さそうですね。皆で行ってみましょうか」
「さっきの索敵の時に気づきましたけど、木の上に登って見るとまた別世界ですよ! それから向こうの方にはお茶屋さんが……」
 カロンが子供のようにはしゃぎつつ、案内をする。
 無事に敵を撃破出来たことで、葵依の表情も年相応の穏やかさが見える。
「この前はしおりを作ったから、今度は……ん?」
 何にしようかな、と、極力綺麗に染まった紅葉を探してみようとしたところ、視線の先にもふりとしたものが。
「ん、わたしも、紅葉狩りに、行きたいの」
「う、うん。でも待って、その前に」
 と、エリンがフォンの尻尾を指さした。もふりの正体は、これである。
「何とかした方がよさそうだね……」
「本当だな、静電気で葉っぱが全部くっついてしまっているんだな、どれ」
 フワッフワに膨らんでいる尻尾にエリンと葵依がそろりと触れて、葉っぱを丁寧に取っていく。お姉さんたちふたりに世話を焼かれてほわりと笑顔になるフォン。
「ん、ありがとう、なの」
 イロハモミジ、赤楓。それにオオイチョウと秋を代表する木々に包まれた香嵐渓。綺麗な景色を一刻も早く、大切な人たちと一緒に観たい。秋風が散策路を揺らし、ざわりと落ち葉が舞った。まだ散らないで待っていて、と胸をわくわくさせながら、藤が大急ぎでスマホのボタンを押した。
 平和な秋の昼下がりを守り抜いたケルベロスたちに、自然がお礼を言っているような穏やかな時間が訪れるのだった。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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