紅葉のブナに誘われて

作者:飛翔優

●暴走する大自然
 艶やかな紅葉に染まりし山林の、山を登ってきた人々がつかの間の休息を得る山荘から少しだけ離れた場所。山荘と山を管理するお爺さんは、大きなブナを見つめていた。
「お前さんも元気みたいだねぇ。今年も綺麗に色づいてくれて、嬉しいよ」
 しわくちゃの笑みを浮かべながら、そっと樹皮に触れていく。
 樹皮を撫でようとした指先が、ブナの幹に飲み込まれた。
「えっ」
 驚きと戸惑いの声が上がる中、ブナの木はお爺さんを飲み込んでいく。
 やがて完全に幹の中へと取り込んだ瞬間、地面から根を引き抜いた。
 ブナは引き抜いた根を、まるで足のように蠢かし……。

 人里を目指し下山を始めていくブナに……攻性植物と化したブナに、1人の少女が近づいた。
 星印が刻まれている斧を持つ少女……鬼百合の陽ちゃんは、元気に人里の方角を指し示す。
「それじゃ、景気よくいっちゃおー。山を降りたら自然を破壊してきた文明とか、ドッカーンって破壊しちゃってね!」
 示されるがまま、攻性植物は下山を開始した。
 笑顔でその背中を見送っていた陽ちゃんは、やがていずこかへと立ち去って……。

●攻性植物討伐作戦
 足を運んできたケルベロスたちを出迎えたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)。
 メンバーが揃ったことを確認し、説明を開始した。
「青森県の山林に、植物を攻性植物に作り変える謎の胞子をばらまく、人型の攻性植物が出現したみたいです」
 その胞子を受けたブナの木が攻性植物に変化し、その場にいたお爺さんを襲って宿主にしてしまったのだ。
「ですので、急ぎ現場へと向かい、一般人を宿主にした攻性植物を倒してきてほしいんです」
 セリカは地図を取り出し、山林の人里に近い場所を指し示す。
「攻性植物はこの山林で発生しました。そして、予想される進路から、この辺りで待ち構えていれば迎え撃つ事ができるかと思います」
 人里を背にする形になるが、山道からは離れているため周囲に人気はない。最低限の配慮を行っておけば、一般人を気にする必要はなくなるだろう。
「戦うことになる攻性植物は一体。先程話した通り、ブナの木をもとにした攻性植物ですね」
 見た目だけながら、紅葉が見事な攻性植物。
 戦いにおいては、堅牢なボディで攻撃を受け止めながらの長期戦を望んでくる。
 グラビティは3種。身体の一部を蔓に変えて相手を縛る蔓触手形態。根を張り周囲を侵食し、複数人の心を奪う埋葬形態。紅葉を舞い散らし複数人を防具ごと斬り裂く落葉形態。
「また、取り込まれたお爺さんは攻性植物と一体化しているため、普通に倒すと一緒に死んでしまいます」
 しかし、相手にヒールをかけながら戦うことで、戦闘終了後に取り込まれてしまったお爺さんを救うことができる可能性が生まれるのだ。
「救出を望む場合、厳しい戦いになるかと思います。ですが、可能ならば……どうか、救出を」
 それから……と、セリカは瞳を伏せていく。
「ブナに胞子をばらまいた人型の攻性植物は、すでに姿を立ち去っているみたいです。ですので、今回はお爺さんを取り込んだ攻性植物との戦いに集中していただければ……と思います」
 以上で説明は終了と、資料をまとめ締め括る。
「お爺さんは近くの山荘を経営しながら、山林の管理を行っていた方のようです。山の木々の一本一本を、まるで子供のように大事にしていたとか……そんなお爺さんがブナによって命を奪われてしまうなど、悲劇以外の何物でもありません。ですので、どうか、叶うなら……」
 お爺さんの救出を……!


参加者
七奈・七海(旅団管理猫にゃにゃみ・e00308)
シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)
リーファリナ・フラッグス(拳で語るお姉さん・e00877)
揚・藍月(青龍・e04638)
端境・括(鎮守の二丁拳銃・e07288)
神苑・紫姫(ヒメムラサキ色吸血鬼・e36718)
ライガ・アムール(虎さん・e37051)
フロレアル・ヴィオラ(虚無の病・e39817)

■リプレイ

●秋色の山の中
 心地よい秋風に誘われ、紅葉に燃えゆく山の木々。人里近い山林にて、ケルベロスたちはブナを待つ。
 攻性植物となってしまったそのブナを倒すため、取り込まれてしまったお爺さんを救うため。
 耳をすませば聞こえてくる、多脚の何かが……根を脚のように蠢かせている攻性植物が近づいてくる音を聞きながら、端境・括(鎮守の二丁拳銃・e07288)は……。
「ブナの木……っと」
 好物のどんぐりを思い浮かべんたのだろう。気づかぬ内にこぼれてしまったよだれを拭い、咳払い。
「……わしとて鎮守の杜を管理しておるからの。お爺さんの頑張りは見ればわかるのじゃ」
 ブナは、元来からきちんと手入れをしなければ周囲の木々を枯らし、繁茂する獰猛な木。
 けれどこの山林には、目の届く範囲だけでも数種の木々が成長していた。
「其を斯様に森の一員として育て上げたお爺さんを理不尽に奪うなぞ、見過ごすわけにいかぬのじゃ!」
「Erreur……自然を愛する人を宿主にしたら本末転倒ですの」
 シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)は指先で攻性植物のヴィオロンテと戯れながら、悲しげに目を伏せていく。
 助けたい。
 お爺さんだけでなく、攻性植物さえも。
 それがどれほど難しいことなのかはわかっているけれど……。

●ブナを支配し、人を襲う
 木々を左右になぎ倒し、奴は来た。
 紅葉をまばゆいほどに輝かせ、根で忙しなく地面を掘り返し。
 幹の上部にお爺さんのシルエットを浮かべたまま。
 躊躇うことなく七奈・七海(旅団管理猫にゃにゃみ・e00308)は踏み込む。
 根を踏み越え幹の正面へと到達する。
「さぁて、きっちりかっちり、1つずつ詰めていきましょうか」
 排除せんとばかりに足元で蠢く根を踏み抑え、幹の中心に力強い掌底を叩き込む。
 螺旋の力を注ぎ込まれた攻性植物は、激しく体を揺さぶりながらも枝の一部を蔓へと変えた。
 攻め込む半ばにて蔓を差し向けられたリーファリナ・フラッグス(拳で語るお姉さん・e00877)は、瞳を細めドラゴニックハンマーをぶん投げる。
 ドラゴニックハンマーは蔓を絡め取りながら、山林の方角へと落ちていった。
「さーて、七海がいるからには、おねーさんはりきってカッコいい所見せちゃおうかなー!」
 一方、リーファリナ自身は側面へと回り込み、山林側の幹に回し蹴りを叩き込む。
 沢山の落ち葉が生まれていくさまを横目に蹴った側の足を軸に変え、ドラゴニックハンマーの回収へ向かうために跳躍した。
 後は追わせぬとばかりに、揚・藍月(青龍・e04638)が正面から縛霊手の爪を突き立てる。
「貴様の相手は俺と、紅龍が務めよう。……紅龍!」
 促され、紅龍は元気な鳴き声を上げながら滑空し、その小さな体をぶちかます。
 ぴしり、と何かにヒビが入るような音を聞きながら、ライガ・アムール(虎さん・e37051)が背後へと回り込んだ。
「まだ、大丈夫。だから……」
 獣化した腕にはまる金色のガントレットを握りしめ、力任せにぶん殴る。
 攻性植物は震えない、震えることができない。
 フロレアル・ヴィオラ(虚無の病・e39817)の解き放つ霊力に縛られて。
「……」
 長くは持たないと、フロレアルは無数の新緑の棘で覆われた手甲を引き力を打ち切った。
 前衛陣の後ろへ戻るついでに攻性植物の全景を確認し、静かな息を吐き出していく。
「……大丈夫。ひびを入れたりはしましたが、中身は相当硬いようです。……よほどのことがなければ、誤って倒してしまう事もないでしょう」
 もっとも、それは攻性植物が長期戦を得意としていることでもある。
 だから重ねていく。
 可能な限り、妨害の技を。
 仲間たちの消耗が敗北につながってしまうなどといったことがないように。
 心の中で石化の呪文を編みはじめたフロレアルの視線の先、神苑・紫姫(ヒメムラサキ色吸血鬼・e36718)が剣のようなペーパーナイフを地面に突き立てていた。
「さほど攻性植物の体力に気を配らなくともよいのは精神的に楽ではございますが……けして、油断せずに戦いますわよ。お爺様のためにも」
 守護星座の力を解放し、自身をつ含む前衛陣を抱いていく。
 さなかにはビハインドのステラが力を解放し、地に落ちていた枝や小石を攻性植物に差し向けていた。

「させん!」
 藍月のブラックスライムが攻性植物の蔓を絡め取る。
 ならばとばかりにブラックスライムを伝ってきたから爆破スイッチを押し込んだ。
 蔓の半ばが爆発し、ブラックスライムと藍月に絡んでいた蔓は地に落ちる。
 すかさず紅龍が踏み込み、元に戻っていく枝に対して体当たりをぶちかました。
「今のうちに藍月様、交代いたしますわよ」
「わかった」
 細心の注意を払うため、藍月は促されるがままに紫姫と立ち位置を入れ替え治療役を務める括のもとへと向かっていく。
 括は紫姫が首尾よく攻性植物の気を引いていくさまを捉えつつ、拳を固く握りしめた。
「ちょーっと痛いかもしれんが、我慢するんじゃぞ!」
 拳に負傷を吹き飛ばす力を込め、全力で藍月をぶん殴る。
 動じず受け、傷を癒やしていく藍月を観察した後、改めて攻性植物へと視線を移した。
「それにしても……随分と硬いのう」
 ケルベロスたちが重ねてきた傷は数知れず。
 無論、その大半をシエナが癒しては来たけれど。
 それを差し引いても、今だ樹皮の向こう側など見えていない。
 決定打を与えられた手応えはない。
「……順調に攻撃を重ねていることはわかるんじゃがの」
 今もそう。
 ライガの放つ掌底が攻性植物を揺さぶった。
「……」
 螺旋の力を注ぎ込んでなお変化を見せない様に、ライガは唇を固く結び飛び退いていく。
 入れ替わり歩み寄ったのは、攻性植物の治療を担っているシエナ。
 彼女は根を踏まぬよう右へ、左へとジグザグに近づいた後、傷ついた幹に触れていく。
「Travailler……今、治してあげますの」
 接ぎ木による治療を行うとともに、語りかける。
 あなたも助けたいと。
 自分を宿主として大人しくするのならば、他の参加者と敵対してでも守る事をを。
 何度も繰り返し尋ねてきたけれど、返答の素振りを見せたことは一度もない。
 攻性植物は紫姫を中心に、前衛陣の足元を歪ませていく。
 耳を貸す必要などないとばかりにケルベロスたちとの戦いを優先していく。
 だら新たに提案した。
 せめて、枝や蔓の一部を譲って欲しいと。
 ……やはり、返答はないのだけれど……。
「……?」
 シエナが視線を落とした時、肩に重さを感じて向き直った。
 ボクスドラゴンのラジンがそこにはいた。
 シエナは力なく微笑みながら、再び攻性植物に語りかける。
「Appel……せめて、あなたの一部だけでも……」
 答えてくれたのかはわからない。
 偶然としてはできすぎているかもしれない。
 言葉を紡ぎ終えた彼女の足元に、一本の大きな枝が落ちてきて……。

 紅葉は舞う。
 攻性植物が体を揺さぶるたび。
 近づくものたちを斬り裂くため。
 紫姫は突き刺す。
 根ごと地面を。
 守護星座が自身を、仲間たちを守ってもらうため。
「……流石に、癒やしきれる事も少なくなってきましたけれど……」
 止血のみに留まった腕の傷をなぞりながら、紫姫は深い深い息を吐く。
 ライガもまた頬を伝ってきた血を軽く拭い、金色のガントレットを固く握りしめた。
「それでも、まだ戦える!」
「……ええ」
 気合だけで攻性植物へと向かっていくライガを追いかけ、紫姫は距離を詰めはじめた。
 そんな彼女たちを支えるため、括は舞うたおやかに。
「もう少し、もう少しで救出の兆しが見えるはずじゃ。だから、それまで……!」
 舞い踊る花は前衛陣へと運ばれて、その体を優しく癒やしていく。
 それでもなお塞がらぬ傷を落ち葉が切り裂いていく中、フロレアルが背後へと回り込んでいた。
「……」
 前方に意識を集中しているのか特に何かをしてくるわけでもない背後を見つめ、振り下ろすは赤い花。
 斜めに切り裂いた幹の内側から、顔を覗かせたのは白の色。
 初めて暴かれた樹皮の内側から呪縛が増幅していく中、リーファリナの放つ衝撃が攻性植物を激しく揺さぶった。
「……」
 リーファリナが見つめる先、攻性植物は動きを止めていく。
 だからシエナへと視線を移した。
 シエナは今一度接ぎ木を試し……悲しげに瞳を伏せ、頷いていく。
「わかった……畳みかけよう」
 今倒せば、きっとお爺さんを救い出せる。
 リーファリナの号令を受け、ケルベロスたちは総攻撃を開始した。
 樹皮が剥がれ、木っ端が散る。
 瞬く間に根が枝が数を失っていく。
 それでもなお紅葉は彩りを曇らせず、戦場を飾り立てていく。
 されど力を持つことはない落ち葉に紛れ、七海は透き通るような刃を持つナイフを突き立てる。
 幹を縦横無尽に切り刻み――。
「リーファさん!」
「ああ、行くよ!」
 ――リーファリナが数多の砲門を展開し、再び増幅した呪縛に囚われていく攻性植物に向けて乱射する。
 煙が上がる。
 間断なく爆発音が響いていく。
 されど、攻性植物の気配が消えることはなかったから……紫姫が唱えはじめた。
「これなるは我が威を印すヒメムラサキの紋章」
 光が生まれる。
「癒やすべき者には、本来優しき紫を刻むのですが……」
 攻性植物を包む、優しい光が。
「これより贈るは血の朱。されどそれは、あなた様を導くための……」
 刻みしヒメムラサキの紋章は、少しずつ紅色に染まっていく。
 染まるに連れて攻性植物は枝を落とす。
 根は千切れ樹皮はとうの昔に存在せず、紅葉も吹雪のように散りゆくだけ。
 混ざり合うかのように飛び出し敵たお爺さんを、紫姫は優しく抱きとめた。
 腕の中にある温もりが、お爺さんを救うことができた証。
 視界を埋め尽くさんほどの紅葉が、攻性植物を倒した証……。

●紅葉溢れる山林で
 各々の治療、戦場および攻性植物が通った後の修復、お爺さんの介抱……様々な事後処理が行われていく中、シエナは砕け散った攻性植物を見つめていた。
「Determination……必ず、甦らせて見せますの」
 手の中には、シエナの腕よりも長いブナの枝。
 攻性植物が残したもの。
 傍らでは、藍月が祈りを捧げている。
 攻性植物に寄生され、望まぬ破壊を行ったブナの木の行く末が、せめて幸いなものであるように……。
 ……そうしてお爺さんの介抱を除いた作業が終わった後、ケルベロスたちはひとところへと集まった。
 お爺さんの介抱を行っていたフロレアルは、肩の力を抜いていく。
「……ええと、大丈夫です。怪我とかはなかったみたいです」
「それじゃ、お爺さんを麓の病院に運びながら、紅葉を見ながら帰りましょうか。あ、お腹が空いてたら炊き込みご飯のお結びとかありますよ。体が冷えているなら、温かいほうじ茶なども……」
「なら、1ついただこうかな? 匂いに誘われて、お爺さんも起きるかもしれないし」
 リーファリナが率先して手を伸ばし、お結びを受け取っていく。
 一本のブナを犠牲に、紅葉溢れる山林の危機は去った。だからこそ景色を楽しんで、穏やかな雰囲気でお爺さんを包んでいこう。
 目覚めた時、ブナの事を知った時……お爺さんの受ける衝撃を、少しでも和らげてあげることができるように……!

作者:飛翔優 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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