病魔根絶計画~悪魔が憑きて、悪を囁く

作者:洗井落雲

●ある、隔離病棟にて
 憑魔病。
 異性を誘惑する魅力がある男女がかかりやすい、とされる病気である。
 この病にかかると、理性や良心といったものが弱まり、悪徳とされる行為を行う事に喜びを覚えるようになってしまい、実際にそのように行動してしまう、という。
 以前は優しかった、大人しかった人が、まるで人が変わったように暴れ出す。その姿は、まさに悪魔に憑りつかれたかのよう。
 そこから、この名がついたとされる。

 ここは、そんな憑魔病患者の、とりわけ重症者を集めた隔離病棟である。
 集められた患者たちは、まるで独房のような病室に隔離されている。
 悪行を働かないようにするための措置であるが、悪行の喜びを封じ込められた彼らは、酷いストレスにさらされている。
 そこかしこから、罵声や壁を殴る音などが聞こえ、とても病院の設備とは思えない雰囲気だ。
 見舞客も勿論いるのだが、彼らの懸命な言葉も、ストレスと病魔に侵された患者には届かないようで、励ましの言葉に罵倒で返すような姿がよく見られる。
 辛い光景が、そこにはあった。
●病魔根絶作戦
「さて、今回の作戦だが、相手は病魔だ」
 アーサー・カトール(ウェアライダーのヘリオライダー・en0240)の言葉に、フレア・ベルネット(ヴァルキュリアの刀剣士・en0248)は、
「びょうま、って、確かウィッチドクターが、患者さんがかかってる病気を具現化した存在……だよね?」
 と、小首をかしげつつ尋ねる。
 アーサーは、うむ、と頷くと、
「病院の医師やウィッチドクターの努力の成果によって、『憑魔病』という病気を根絶する準備が整ったそうだ。軽症の患者ならそのまま治療できるのだが、重傷患者からはやはり、強力な病魔が発生するのでね。それを、ケルベロス達に倒してもらいたい、という事だ」
 現在、憑魔病の患者たちは大病院に集められ、治療、すなわち病魔との戦いの準備が進められている。
 今、このタイミングで重病患者の病魔をすべて倒すことが出来れば、この病気は根絶され、新たな患者が誕生する事もなくなるのだ。
「もちろん、敗北すれば病気は根絶されない。デウスエクスとの戦いに比べれば、確かに緊急性の低い仕事だが……」
「この病気に苦しめられてる人を助けないといけないんだよね? じゃ、やらなきゃ! これもケルベロスの立派なお仕事!」
 フレアが笑顔で答える。
 集まったケルベロス達も、当然、同じ気持ちだ。
「そうそう、病魔との戦いが始まる前に、出来れば、患者のケアをお願いしたい。というのも、それなりの利点があるからだ」
 話によれば、患者たちの看病や、慰問、話し相手になるなど、患者のケアを行った場合、病魔に対する『個別耐性』を得ることができるという。この個別耐性は「その病に対応する病魔から受けるダメージが減少する」という効果を持つという。
 つまり、憑魔病の患者から個別耐性を得れば、憑魔病の病魔との戦いを有利に進めることができる、という事だ。
 もちろん、個別耐性の有無にかかわらず、患者のケアは大切な事である。
「憑魔病の患者は人が変わったように悪徳を愛するようになっているうえに、今は治療によるストレスで攻撃的になっている。少々相手にするのは辛いかもしれないが、元々は善良な人だ。どうか許してやってほしい。患者もまたつらいのだからな……」
 アーサーは口元に手をやり、言った。
「この病気を根絶し、人々を救うチャンスだ。頑張ってほしい。君たちの無事と、作戦の成功を祈っている」
 そう言うと、アーサーはケルベロス達を送り出したのだった。


参加者
奏真・一十(寒雷堂堂・e03433)
椿木・旭矢(雷の手指・e22146)
真田・結城(白銀の狼・e36342)
御春野・こみち(シャドウエルフの刀剣士・e37204)
赤橙・千宙(瞬き・e40290)
アニーネ・ニールセン(清明の羽根・e40922)
ジム・イーゼル(駆けつける者・e41396)

■リプレイ

●治療行為:前哨戦
 ケルベロス達が招かれた大病院。そこでは軽症・重症を問わず、全ての『憑魔病』の患者が収容されている。理由は一つ。今日、ここで全ての憑魔病の病魔を倒し、病を根絶するためだ。
 ケルベロス達は、病院スタッフに案内され、院内を進んでいた。病院と言えば、ある程度患者の声があるとはいえ、基本的には物静かなものだ。だが、今日この日は違う。
 一般病棟には、多くの軽症患者が待機していた。その誰もが、何らかの大声をあげていたり、暴れようとするのをこらえたりしていた。憑魔病の症状――悪徳とされる行動をとってしまう――をこらえるためのストレス、それ故の行動だ。
 周囲には、施術ギリギリまで看病をする看護師や、見舞いの家族の姿などが見える。
「ビョーインて静かにしなきゃいけネーと思ってたケド、ここはニギヤカだナー!」
 アリャリァリャ・ロートクロム(悪食・e35846)が辺りを見回しながら言う。
 悪意はない、純粋な本心から出た言葉だろう。
「とは言え、ここはまだ静かな方ですよ」
 苦笑しつつ、ケルベロス達を案内していたスタッフの男が答えた。
「しかし、皆さん、辛いことに変わりはありません」
 真田・結城(白銀の狼・e36342)が言った。
 スタッフの男は頷き、
「その通りです……さぁ、着きましたよ。特に重症の患者さんは、此方にその、隔離させていただいています」
 病院の奥、隔離病棟となったスペースに入る。そこは、先ほどまでとは、また違った雰囲気が漂っていた。
 先ほどまでのスペースが、病院であったなら、ここは牢獄であろう。
 いや、病院施設であることに変わりはないのだが、患者が暴れたが故か、そこかしこに破壊跡が残り、扉や窓には鍵、鉄格子がはめられている。
 空気もどこか殺伐としたものが漂い、見舞客も、どこか憔悴しきったような姿を見せている。
「……話には聞いていて、覚悟していたつもりだけれど……実際に見ると、辛さがさらに伝わってくるわね……」
 アニーネ・ニールセン(清明の羽根・e40922)が、顔をしかめつつ、言った。
「皆さんが担当していただく患者さんは、この病室の方です」
 いくつか並ぶ病室、そのひとつへケルベロス達を案内し、スタッフの男は言った。
「『手術』の準備が出来ましたら、お声がけいたします。それまで、患者のケアをお願いします。手は足りない状態ですから……」
 ほかに質問がないか、スタッフの男は確認した。ケルベロス達が特にない旨を伝えると、
「それでは、よろしくお願いいたします」
 と告げて、慌ただしく去って行った。彼にもまだ、仕事が山積みなのだろう。
「ケルベロスになる前はわたしも入院してばかりだったから、病院というだけで少し懐かしいです……ここまで、荒れてはいませんでしたけれど」
 御春野・こみち(シャドウエルフの刀剣士・e37204)が、辺りを見回しながら言った。
 かつては、ここも普通の病棟であったのだろう。重症患者が増えた結果、このような場所になってしまったのだ。
「うむ。今回の病魔、きっちり片付けて、このような施設は用済みにしよう」
 深く頷きながら、奏真・一十(寒雷堂堂・e03433)。
「頑張りましょうね」
 と、自分に言い聞かせるように、赤橙・千宙(瞬き・e40290)。初めての現場での不安、それを飲み込むように。
「おう! 医師として、病気が根絶できるというのは願ってもない機会だ!」
 ジム・イーゼル(駆けつける者・e41396)が笑いながら答える。
「では、はじめようか。俺達に出来る治療をな」
 椿木・旭矢(雷の手指・e22146)の言葉に、ケルベロス達は頷く。そして、早速、それぞれの仕事にとりかかった。
 ケルベロス達の、長い一日が始まろうとしている。

 病室は、七畳ほどの、長方形の部屋だ。左隅にベッドがあり、窓はあるが鉄格子がはめられ、鍵もかかっている。
 壁には、ストレスからだろうか、殴ったような跡が残っており、衣類や、差し入れの雑誌や食べ物などが散乱している。
「なんだ、アンタら」
 部屋の主――患者の男が、苛立たしげに言った。
「ケルベロスだ。あんた達を、助けに来た」
 旭矢がそう言って、ケルベロスカードを手渡した。男はそれを一瞥すると、ベッドに放り投げる。
 旭矢は嫌な顔一つせず、窓を開いた。新鮮な空気が部屋に入ってくる。旭矢はそのまま、汚れた部屋を片付け始めた。こみちがそれを、手伝う。
「おい、何してるんだ!」
 患者の男が激高して叫ぶ。
「病気を、治しに来ました」
 こみちは笑顔を崩さず、答えた。
「でも、まずはお掃除させてください」
 そう言って、こみちは部屋の片づけを続ける。一十もまた、部屋の片づけを手伝い、
「欲求は満たされず、部屋からも出られぬでは、苛立つのも無理はない。……これまでよく闘ってくれたな」
 そう言った。
「よく闘ってくれただと?」
 男が尋ねる。
「言葉通りだ。君は闘い続けていたのだ。病とな。辛く、苦しい日々だったろう」
「知ったような事を……!」
「分かります。私も、入院していましたから」
 こみちが言った。笑顔で。でも、何処か昔を思い出すように。
「違う病気ですけど……やりたい事を我慢する事、それがどれだけ辛くて、苦しくて、悲しいか……分かってるつもりです」
「……苦しいんですよね、やりたいことが出来なくて…………。でも、貴方のやろうとしていることはやってはいけない事だから……」
 千宙の言葉に、男は叫んだ。
「分かってる! そんな事は分かってるんだ! けど!」
 止められない。そう思う事を。常識が、頭の中で改変されていく恐怖。昨日まで忌避していたことを、突然受け入れてしまう。まるで自分が別の物に書き換えられていくような感覚は、まさに筆舌に尽くしがたい恐怖だろう。そして、その恐怖すら、悪徳の賛美にかき消されてしまうのだ。
 だから、千宙は笑った。安心させるように。不安を取り除かせるように。
「……だから私たちが貴方の欲求を……貴方の病魔を打ち倒します。……安心してください、そのために私たちが来たんですから」
「さて、部屋も片付いたようだな!」
 ジムが言った。ジムのファミリアロッドである、二匹の子犬も、楽し気に、ワン、と鳴いた。
「ギヒヒ、弁当だゾ!」
 そのタイミングを見計らったのか、アリャリァリャが、たくさんの弁当箱を抱えて、病室へとやってくる。
「イスとテーブルも借りてきました。皆さん、食事にしましょう」
 結城がイスとテーブルをセッティング。アリャリァリャはお弁当をテーブルの上に並べて行った。
「なんだよ、コレ……」
 困惑したように、患者の男が言う。
「弁当って言ったゾ! ユウキと一緒ニ作ったんダ!」
「いや、そうじゃねぇよ! 何でおれがお前らと一緒に弁当くわなきゃならないんだよ!」
「ム、弁当嫌いカ?」
「そうじゃなくて……」
 患者の男は、くそっ、と舌打ちひとつ、テーブルを殴りつけた。
「わけわかんねぇ、なんなんだ……!」
 苛立ちの言葉一つ、テーブルの上の弁当箱を払いのけようとした手を、
「こいつだけは勘弁してくれ。俺はあんたを守りに来た。これをひっくり返したらあんたはきっと後悔する」
 旭矢が止めた。
「……あなた、ケガしてるのね」
 その手を見て、アニーネが言った。ストレス故の自傷行為の結果だろうか? アニーネは治療キットを取り出すと、手早く、応急処置を施した。
「……はい、これで大丈夫」
 そのまま、優しく手を握った。
「今、食べたくないなら、それでもいいわ。私達は、必ずあなたを治す。そうしたら、きっと、食べたくなる」
 アニーネの言葉に、男は俯いた。それは、ケルベロス達の想いを受け入れたが故か、それとも、受け入れられずに心を閉ざしたのか。
 いずれにしても、男はそれ以上、ケルベロス達を拒絶する事はなかった。
「あ、皆さん、『手術』の準備が出来たそうです!」
 と、部屋に入ってきたのは、サポートを買って出たケルベロス、牡丹屋・潤である。潤は此処に来れない家族や友人達から、見舞いの言葉を書いてもらった『お見舞いノート』を作り、術後の患者に見せたいのだという。
 潤の言葉に、男が顔をあげた。
「安心してください。約束します。必ず、助けます」
 千宙が言った。ケルベロス達も頷く。男は俯いた。その表情はうかがえない。
 ほどなくして、病院のスタッフがやってきた。ストレッチャーに固定され、『手術室』へ連れていかれる患者の後を、ケルベロス達が続いた。

●治療行為:オペレーション・スタート
 『手術室』は、広い、会議室のような場所であった。
 実際に外科手術をするわけではないし、むしろケルベロス達の戦闘を重要視し、ある程度広い場所が必要だったのだ。
「さて、じゃあ始めるか」
 ジムの言葉に、ケルベロス達は頷いた。
 ジムは両手に、ファミリアロッド、『砲杖ファングニル』『砲杖ファングラム』を携え、構えた。
 病魔を患者から引きはがし、実体化させる、ウィッチドクターのスキル、『病魔召喚』である。『病魔』と戦うためには必須ともいえる技だ。
「それでは……術式を開始する!」
 ジムの宣言と同時、患者に異変が現れる。患者の身体が霧のような、もやのようなものに包まれたと思うと、それが徐々に、患者の身体から離れてゆく。患者からすっかり離れたそれは、患者の体の上に、渦巻くように留まった。
「さぁ……出てこい、『病魔』!」
 ジムの叫び。同時に、もやが蠢き、ある像を形作った。
「キキ……キキキキキ!」
 緑色の燐光を放ち、鋭い爪を持つどくろのような姿の怪物……病魔、憑魔病が実体化したのだ!
「患者さんを運びます!」
 と、こみちが、患者が寝ているストレッチャーを外へ運び出す。
「なんかおいしそうなノが出てきタ!」
 アリャリァリャが、にいっ、と笑う。
「これが……病魔……」
 千宙は、静かな表情で、刀で霞の構えをとる。
「患者さんも、その家族や友人も苦しめるようなものだもの……ここで絶対に倒すわ」
 にらみつけるように、アニーネ。
「フレア、援護の方、よろしく頼むよ」
 旭矢がフレアへ言う。フレアは、
「おっけー、皆も気をつけてね!」
 と、サポートに訪れていた機理原・真理と共に、戦闘配置につく。
「さて……ならまずは、鬨の声をあげるべきであるな」
 一十が言い、武器を構えた。
 途端、荒れ狂う青い炎が、彼の周りに出現する。
「さあ奮え、いざ揮え。恐るるに足らぬ、退くには及ばぬ、打ち破り、押し通せ!」
 グラビティによる炎。それにより巻き起こる烈風と轟音は、味方の士気を鼓舞する。最も基本的ながら、最も効果的な音による鼓舞……つまり、鬨の声である。
 一十のボクスドラゴン、『サキミ』も、味方を鼓舞すべく、属性の力を注入する。
「対策は万全にやらせてもらう!」
 旭矢が叫び、ゾディアックソード、『Alrescha』を地に突き刺した。描かれた守護星座が輝き、仲間たちを守護する力となる。
「その動き、止めさせてもらいます!」
 結城が『模造刀』で以て、病魔に斬りかかった。刀はそれでも病魔を切り裂き、その動きを鈍らせる。
 一方、サポートのケルベロス、リュセフィー・オルソンの援護射撃も飛ぶ。リュセフィーの放つバスターライフルの魔法光線が、病魔の身体を焼いた。たまらず逃げ出そうとする病魔だが、
「逃がしません!」
 こみちの御業が、病魔をわしづかみにする。
「――斬り捨てます!」
 静かに、しかし鋭く。千宙は走り、稲妻の如き突きで、病魔を攻撃する。その刃を引き抜き、千宙が後方へ飛びずさると、入れ替わるかのようにジムが肉薄する。さながら銃の如き形状のファミリアロッドを病魔へと突きつける。
 戦闘用近接拡散魔法術色『Raiders Red』。散弾状の魔法弾を広範囲に射出させるその技は、射程が短いがゆえに、接近しなければならないという制限を持つ。だが。
「――喰らい付け、強襲者の赤」
 そのような制限、制限の内には入らない。何故なら、ジムは、常に最前線に立つ医師なのだから。
 放たれた無数の魔法弾が、病魔の身体を抉る。
 ライドキャリバー、『シーカー』もその弾丸と共に病魔へと突撃した。
「行くわよ、リュッケ!」
 アニーネがシャーマンズゴースト、『リュッケ』に声をかけつつ、前衛のケルベロス達へ、雷の壁での援護を行う。リュッケは原始の炎を召喚し、病魔へと叩きつけた。
「皆から嫌われル……少しカワイソーだナ! 貴様!」
 そうは言いつつも、攻撃の手は休めない。アリャリァリャは鋭い蹴りを病魔に叩き込んだ。
「キ――キキキキキ!!」
 病魔が笑う。鋭い爪による一撃が、お返しとばかりにアリャリァリャを襲った。手にしたチェーンソー剣でそれを受け止める。衝撃は少ない。
「ギヒヒ、弱いゾ! コベツタイセーがついタからカ!?」
 『個別耐性』、患者のケアにより、その病魔への耐性を得て、受けるダメージを減らせる効果が発動したのだろう。アリャリァリャへのダメージは少ない。
 しかし、ケルベロス達の心を安堵させたのは、敵に優位に立ったというだけではなく、自分達の心が、患者である彼に通じていたのだと言う、その事実に他ならない。
「ならば、後は圧しつづけるのみであるな!」
 一十が駆けた。『義骸装甲』を装着した脚部に走る地獄の青い炎。それを以て病魔を蹴りつける。同時に、サキミも全力のタックルをお見舞いする。
「ギ――!」
 病魔が悲鳴をあげた。ビシビシ、と、その全身にひびが入る。
「あまりダメージがなかったとはいえ、ケガの治療はしっかりとな」
 旭矢がアリャリァリャを治療する。
「ギヒヒ! 助かル!」
「一気に畳みかけましょう!」
 結城が刀に霊力を込める。そのまま一気に病魔へと肉薄し、
「これが、本気の力です。……行きます。……狼牙斬・爪牙!」
 狼の姿をした霊力が迸る。そのまま病魔に斬りつけた。
 爪を切り飛ばされ、病魔が逃げ惑う。
「逃がしません! 病気は、ここで終わらせるんです!」
 こみちが叫び、繰り出した斬撃が、病魔の傷をさらに抉った。
「同感です」
 千宙が駆けた。刀を構え、病魔に接近。その刀を振り下ろす直前で――。
 その姿が、かき消えた。
「ただの幻、されど奇跡」
 それは、病魔の背後から聞こえた。同時に、刃が、病魔の身体を貫く。
 自身の幻影を囮に、相手の死角へと回り込み、回避困難な一撃を放つ。
「――『鮮やかな透明(ヘイズオブファントム)』」
 呟き、刃を抜き放った。
 相手は病魔である。鮮血が噴き出る事はない。
「ギ、ギギ、ギギギギギ!!」
 代わりに、病魔の絶叫が響き渡った。病魔は、その身体のあちこちが欠け、ひびが入り、息も絶え絶え、と言った様子である。
「こいつでフィニッシュだ!」
 ジムが駆けた。両足の爪を硬化し、
「厄介な病は、コイツでオサラバだ」
 おもいきり蹴りつけた。
 吹き飛ぶ病魔。それは壁にぶち当たり、
「ギィーーーーッ!!」
 悲鳴を残し、粉々に砕け散った。だが、その破片が地面に散らばるようなことはなかった。次の瞬間には、病魔は破片も残さず、この世から消えさったのである。

●治療完了
「なんとか、無事に終わりました……ね」
 戦闘の余波で壊れてしまった部屋をヒールしつつ、千宙が言った。
「おう! これで病が一つ、この世から根絶されるわけだ! 飯が美味い、ってな!」
 ジムが笑いながら言った。
「メシ……病魔、残らなかっタナ! キノコ鍋にしよウと思ってたんだゾ!」
 と、アリャリァリャ。どうやら、食べるつもりだったらしい。
「ご飯、と言えば……」
 千宙が言う。視線の先には、患者の男の様子を確認する、仲間たちの姿がある。
「具合はどうであるかな?」
 一十の問いに、
「すみません……まだ、身体に力が入らなくて……」
 病魔撃退後の患者の状態は千差万別であろう。この患者は、病魔を引きはがす際に体力も消耗していたらしく、しばらく、安静が必要だろうとの事だ。
「そうか……だが、無事病魔は引きはがせた」
 旭矢が言う。
「助けられた……と思っているかもしれないが、俺達ケルベロスも、普段様々な面であんた達市民から助けられてるんだ。だから、なんだ」
「お互いさまと言うか、これからも助け合っていこう……と言った感じですか?」
 こみちの言葉に、旭矢が頷いた。
「ありがとうございます……あの、お弁当、なのですが……」
「今すぐは食べられないと思うわ」
 アニーネの言葉に、男が頷く。
「後で……食べさせてもらえますか?」
「ええ、もちろん。デザートも作ってあるんです」
 結城が笑顔で答えた。
「ありがとうございます……あの時……お弁当を台無しにしなくてよかった……止めてくれて……ありがとうございます……」
 男は涙ながらに、ケルベロス達に礼を言った。何度も。何度も。

 こうして、ケルベロス達は、病から一人の男を救った。
 男は、今すぐ退院できるというわけではないが、もはやその身体に巣食う病魔は存在しない。すぐによくなるだろう。
 そして、彼が食べるであろう、ケルベロス達が作った料理は、極上の味がするに違いなかった。

作者:洗井落雲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月8日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
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