病魔根絶計画~暴力を唆す魔

作者:ヒサ

 窓も寝台すらも無い殺風景な部屋の中に、彼女は隔離されていた。
 年齢は十代前半だろうか。しかし痣にまみれた腕を振り上げ壁を殴り続けるその姿は、幼子が癇癪を起こしているかのよう。
 だが壁や扉には分厚い緩衝材が据えられており、腕は鈍く弾き返された。苛立った彼女の叫びが吸い込まれて行く。床にも同様のものが詰められていたが、そこら中が踏み荒らされ破かれて、夜間の交換を待つばかりの状態だった。
 やがて拳を握る力を失いだらりと開かれた彼女の手は、真新しい包帯が厚く巻かれ五指を纏めて封じられていた。体も同じようなもので、布をきつく巻き付けてかろうじて体を保護しているような有様。
 何故ならこれに至った原因は病。彼女の場合は、ものを壊したい、損ないたい、傷つけたい、といった衝動に冒されるようになった。室内に置かれた調度は壊され引き裂かれ、見舞いに訪れた家族は傷を負い、世話をする看護士達は日々危険に身を晒さざるを得ない。幸いなのは、少女が年齢相応に小柄で都度体力も尽き易かった事と、病に依る衝動が彼女自身に向かう事は稀であった事だろうか。とはいえ彼女が己が身を顧みるわけでも無く、壁すらも崩そうとしては傷を拵える彼女に対応して行くうち、面会も制限されるようになり、彼女を見守るものは高い天井に設置されたカメラと照明が主となってしまったのだという。

「あなた達の協力を得られれば、『憑魔病』を根絶出来るかもしれないのですって」
 病院の医師やウィッチドクター達の尽力により、その準備が整った旨を篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)はケルベロス達へ伝えた。
 現在、魔に憑かれた如く豹変し悪に走るというこの病の患者が、とある大病院に集められている。病魔を喚び出し洩らさず倒す事が叶えば、以降この病に苦しむ者を出さずに済むだろう。
「それで、あなた達には重病のひとの病魔を倒して欲しいの」
 症状が軽い者達を癒す事は難しく無い。が、酷い苦しみをもたらす強力な病魔への対処には、作戦を練った上であたる事が望ましい。今回対応して貰いたい患者は、元は穏和で人懐こい少女だったという──今は人が変わったように攻撃的になってしまっているのだが。
「だから大変だとは思うのだけど……出来れば病魔を喚び出す前に、なんとか彼女と話してみて貰えないかしら」
 病魔を召喚する前に、その患者と交流する事で、一時的に病魔への耐性を得る事が出来るという。耐性を持つ者は、病魔の攻撃を受けても深手とはなり難いようだ。病に依るストレスを穏やかな形で発散させたり、気を紛らわせてやったり、励ましたりなどして、患者を落ち着かせたり安心させたり出来ていれば良いだろう。戦略的な都合のみならず、癒えたのちの事を思えば、患者自身の為にもなる筈だ。
「あなた達の力があれば、まず負ける事は無いと思うけれど……どうか気をつけて、患者さんを助けてあげて欲しい」


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
マサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)
神藤・聖一(白貌・e10619)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
葛篭・咲(珈琲ロマン・e12562)
笛火・ルキ(狂気の一角鬼・e27451)
長篠・ゴロベエ(パッチワークライフ・e34485)
桜咲・つるぎ(桜龍の銃刀士・e37687)

■リプレイ


「ようお嬢ちゃん、デケェトカゲとイケてる面のおにーさんの入場だ」
 扉を開けたマサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)が、努めて軽く声を掛ける。
「来ないで」
 だが返る応えはくぐもった拒絶。少女は室内の片隅に蹲り頭を抱えていた。
「寄らないで、お願い、怪我を……、いくらケルベロスさんだって、痛い筈」
 衝動を抑える如く声は乱れて掠れた。だがそれを彼は笑い飛ばす。
「心配すんな、そんな細っこい腕でどうにかなるほど俺達はヤワじゃねぇ。なんなら確かめてみりゃあ良い」
 そう促し、少女へ近付く。小さく折り畳んだ体が苦しげで、冷えた手を取って立たせた。まずは向き合わねば始まらない。
「──良い、の?」
 幼い顔が露わになって、その声が裏返る。直後はっとしたように彼女は視線を揺らした。彼が頷けば、円い目は怯えを映したが、その口元には笑み。矛盾する感情に翻弄された心の捩れを示す痛ましい顔。見守っていた葛篭・咲(珈琲ロマン・e12562)の唇が、きつく結ばれた。
 少女の攻撃をマサヨシが受け流す。その中で彼はふと彼女の腕を抑えた。
「それじゃ拳を傷めるぜ。握る時の指は……これじゃ難しいか。ならこうしてだな──」
 掌底の使い方を教えながら彼は、目線で仲間を呼ぶ。流れるように指導に入られ彼女は面食らうもされるがまま。
「で、こっからこう」
 誘導に従い少女が腕を前へ。ぺた、と少年の腹に掌が触れる。今度は自分でやってみろ、と青年は大変気軽にけしかけた。

「もっと腰を落として、そう、更にもう一歩踏み込め」
「あまり上達されると俺がやられませんかこれ」
 的にされた咲が困ったように零す。それでも修練を積んだケルベロスの身、冗談で済ます余裕はあった。軽く弾き威力を殺し、時には放たれる前に封じ、少女が怪我をせぬよう、疲れきらぬよう配慮する。
 それでも彼女が長く保つわけでも無く、よろけた体を受け止める。だが彼の手はすぐに振り払われ、直後に少女は叫んだ。まずは、何故、と。
「なんでお兄さん達は怒らないの、やり返さないの、……なんで」
 そして彼女は苦しげに顔を歪め、
「なんで壊れないの怪我しないの、壊れてよ倒れてよ痛いって泣いてよ!」
 眉を逆立て足で床を蹴りつけて、頽れる如く座り込み声をあげて泣き出した。
 堪える事をせず子供のように叫ぶ様に、少年が安堵する。初めは自身を抑え彼らを拒絶した彼女が、暴走する感情を吐き出す事を己に許せた。
 大きな泣き声が部屋を埋める緩衝材に吸い込まれて行く。奇妙に静かな室内で、疲れた彼女が声量を減じたその一瞬。
「リタさん」
 彼女の家族から聞き出していた情報の一つ、少女の名を咲は呼んだ。
「貴女の攻撃で俺達が倒れるようでは貴女を助けられません。俺達は貴女を助けたくて来たんです」
 息を呑んだ少女へ彼は穏やかに語り掛ける。泣き止ませる為では無く彼女を肯定する為に、小さな背をそっと撫でた。

 室内のカメラにより、室外の者も状況は把握している。新たな入室者達はまずその事を少女へ説明した。
 幽閉されていたも同然の彼女にとって、扉の開閉はどうしても刺激になるようで、彼女の顔つきが剣呑な色を帯びたのを見て取りマサヨシは拘束に動くべきか悩む。
 が、彼が動くより先に桜咲・つるぎ(桜龍の銃刀士・e37687)が少女の傍へ。来るならば受け止めると纏う黒流体を御す彼女へ、小さな体が突撃した。受けた教えをしかと習得している動きに、つるぎは感嘆の声を洩らす。
「優れた才能だと愚考する。衝動に打ち克てば良きケルベロスにも優れた武闘家にもなれよう」
 なお彼女は、室外でモニタリングしていた遣り取りもきちんと覚えていた。それでも武道を探究する者の性か、他意無く真面目に少女を褒めた。
「だから! 人を嫌な気持ちにするのは嫌だって! さっき言ったつもりなんですけど!」
 対する少女は力の限り怒鳴る。だが疲労もある為か攻撃衝動はすぐに霧散したらしく、今度はしくしくと泣き始めた。
「む……すまない」
 つるぎは弱り項垂れるが、悪いばかりでも無い。少女の心は今再び丸裸。
「暴力嫌ですー、って言ってるのに楽しくて、そういう自分がまた嫌で振り回されてるんですもんー。そりゃあリタちゃんだって怒るですよねー」
 笛火・ルキ(狂気の一角鬼・e27451)が口にしたのは、先程咲達が辛抱強く聞いてやった話。だが今は怒りよりも、苦痛を吐き出すような泣き声が肯定を呻く。
「ワタシも昔、大切な人を傷つけてしまった事があったんですー。丁度今のリタちゃんに近いですかねー、そうしたかったわけでも無いのに酷い暴力を振るってしまったんですよー」
 彼の紫瞳が少しだけ、遠くを見る色を帯びた。視界に映る扉の向こうには、少女に過剰な刺激を与えぬようにと待たせて来たビハインドが居る。
 家族を傷つけた経験と重ねたのだろう、少女が気遣わしげに彼を見上げて来たので、大丈夫だと微笑んでやる。泣かせはしたが、悲しませたいわけでは無い。
「リタちゃんのご家族は今はもうお元気だと伺って来たんですけどねー? でも、そうじゃ無かったかもしれないなんて怖いですもんねー。なのに傷つける事自体は楽しいと感じるなんて気持ち悪いですよねー」
 一つずつ確認するようにゆっくりと問えば、少女が都度頷いて行く。
「……でも、壊すのが気持ち良いって感じるのも、今はやっぱりリタちゃんご自身なんですよねー?」
 最後の一つをそっと投げ掛けると、細い肩がびくりと震えた。
「ワタシ、暴力そのものは好きなんですよー。なので少しは解りますー」
 さざめく少女の心に彼はただ寄り添う。赦すようなそれを少女はゆっくりと、時間を掛けて理解して。
 もう一度、子供のように泣き声をあげた。顔を覆う少女の背をさするルキが呟く。
「望まない暴力は、本当に楽しくないですー。……絶対に許せないですね」
 少女にすら聞き取れぬほどの小さな声は、低く冷たく落とされた。


 イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)と長篠・ゴロベエ(パッチワークライフ・e34485)が入室したのは少女が幾らか落ち着いてから。未だぐすぐすと鼻を鳴らしつつも彼女は、もう状況から目を逸らしはせず。
 が、多少なりとも落ち着いてみれば、体格の良い年長男性というものは印象深いのか、ゴロベエを見た少女が幾らか緊張するのが、傍に居た者達には判った。
「大丈夫ですよ。彼も私も、あなたを助けたいのです」
 ゆえ、付け髭を外したイッパイアッテナがにこやかに前へ。座らせた少女の前に二人屈み、目線を合わせてまずは自己紹介から始めた。
「私は技術を身につけることが好きなのです。あなたはぬいぐるみはお好きですか? 以前、専門家の方に教わる機会を得られまして、その時──」
 少女の反応を見つつもイッパイアッテナがつらつらと語る。少女はやや気圧された風ではあれど、彼の楽しげな様に興味を惹かれたのか、真っ赤な目を向けて聴き入っていた。
 だが、少女の好奇が満たされきるより前、一段落した所で彼は言葉を切り。
「──あなたの好きな事は何ですか?」
 彼女を真っ直ぐ見つめて問うた。やりたい事、自分の為に己を費やせる事。少女は戸惑い黙し、長い沈黙の後にようやく口を開いたかと思えば、傷つけた他者への贖罪をしたいと呟いた。質問の意図を理解出来なかったわけでは無いようで、床へ逸らされた彼女の目は彼らへの罪悪感をも抱き翳った。
「……それが済んだら?」
 ゴロベエが控えめに口を挟む。
「家族や友人……皆が君を許してくれて君が自由になった後は、どうしたい?」
 例えば家族は、彼女が苦しみ続ける事を望まないだろう。看護士達とて、病ゆえと理解の上。ならば彼女自身が救われさえすれば良い。それが、彼女が大切に思う者達の為になるのだから。
 そして暫しの後、
「……か、家族、皆で……一緒にお出掛け、したい」
 俯いて震える少女が怯えたように洩らした。だからイッパイアッテナは彼女の手を取ったし、ゴロベエは深く頷いた。
「大丈夫、出来ますよ」
「君は、君の病気と今日限りでお別れ出来る。ちゃんと家に、家族のもとへ帰れるように、俺達がするよ」
 繰り返し励まされ、やがて少女の表情に僅かなれど芯が宿った。
「お話は全て聞かせて頂きましたのー」
 そこへ、重い上に摩擦抵抗もある筈の扉をフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)が軽々開けた。やや急いた形だが、少女が前向きになったこの機を逃すのは惜しい。少女が驚くも、構わぬ風にゆるりと動き彼女は奥へ。
 扉が閉まるとふわり、香の色が充ちた。可能な限りに清潔にと管理されたこの部屋には縁遠かった樹の──外の世界の薫り。詰めていた息を吐くように、小さな肩が緩んだのをケルベロス達は見た。
「必要な事はー、皆様が語って下さいましたわぁー」
 そうしてフラッタリーはただただ穏やかに、少女へと笑みを向ける。
「貴女が貴女で在る為にー、暫し私達に力を貸して下さいましー」
「……力?」
「なに、無茶を要求する気は無い」
 引き継いで神藤・聖一(白貌・e10619)が理知的な調子で説明して行く。これから少女を蝕む病魔を召喚する事、それを自分達が倒す事、討伐に成功すれば少女の病気は治る事、治れば近いうちに退院も可能である事、以上の事を承知し受け入れて欲しい事。
「お前はただ、私達を信じて待て。今が辛くとも、もう少しの辛抱だ」
 そうはっきりと励ました──仲間達の声を受け、干涸らびかねぬほど涙を流し、俯く事を止めた今の少女にならば届かぬ筈は無いと、力強く。

 運び込んだストレッチャーに少女を乗せ、万一にも暴れる事の無いようにとベルトで体を拘束した。召喚を終えた後は室外へ運び出すのが安全だろうと意見が出たが、当の少女が首を振った。己の身が此処に置かれた意味を思えば、完治せぬうちに外へ行くのは怖いと。
「また怪我をさせちゃうかもしれない。ケルベロスさん達が居ない所でそうなったらって思うと怖い。邪魔になるのは解ってるんです、でも……独りにしないで」
 握り合わせた手に、爪を立てるかのよう力が籠もる。涙の代わりのような所作を、咲が彼女の手を取り止めた。
「私達で彼女をお護りしませんか。不可能では無いと思います」
「なら見ててくれよ。俺達がお嬢ちゃんの病気を懲らしめる所を」
 特に負担の大きくなるであろう前衛達が頷くまでに、そう時間は要らなかった。
「それでは大一番をお願いしますのー。女の子に素敵な魔法をお見せくださいましー」
「ハードル上げられた……」
 フラッタリーに呼ばれ出口・七緒(過渡色・en0049)が渋い顔をした。とはいえ後半含めて応じる気はあるらしく、表情はすぐに平静に。少女の傍へ行き、背凭れを起こしたのち彼女の頭に掌で触れた。
「少しの間、目を閉じて」
 彼は聖一の説明と同じ内容を遅い語調で再度伝え。
「キミに手を差し伸べた人達を、信じて」
 自身の位置を彼女の正面から外し、目を開ける許可を出す。少女の視界に八人のケルベロスとそのサーヴァント達が映り込んだ。見守っていると手を振る者、大丈夫だと頷く者、彼女の手を握る者。少女が小さく、それでも強く頷いた。術者が彼女へ目を据える。
「では、始めます」


「此れは戦いで有りて戦いで無く。故にこそ勲しを存分に挙げられませ。何の為を忘れたならば、苦しむ娘の顔を思いまし」
 少女を連れて退がり紙兵を放つフラッタリーは、変わらず穏和に笑む。常より戦いに際し顔を出す狂乱とて理性と意志が選んだ様、であれば少女を思えばこそと、彼女の獄炎は身の内に揺らめくまま。
「ええ、一秒でも早くぶっ倒しましょう」
(「たとえ刺し違えようとも」)
 敵を見据える咲がやや過激な言い回しを交ぜた。綺麗な笑みは水面のように、だがその下の覚悟のほどは、少女には聞かせられない。口を噤み彼は刀を抜く前に術符を取った。素早さは己が武器の一つだが、そればかりに頼っては敵の目を慣らしてしまう。
「リタちゃん達を傷つけたアナタをワタシ達は許さないのです。ボコボコにぶっ壊してあげるのですよー!」
 彼とは対照的にルキは屈託無い笑顔で得物を操る。彼が纏う獄炎が弾となり敵を襲った。
「ツバキ、やれ」
 怯ませた所へ畳み掛ける。聖一の命で動いたビハインドが敵を縛る霊力を振るう。だが敵が屈するには未だ。病は神経を冒す雑音を発し、イッパイアッテナは何より先に少女を案じた。その視線を受け止める形となったフラッタリーが深めた笑みを返す。信を、心を、裏切ってなるものか。攻撃自体は即座に対応した聖一が仲間を庇って後、言葉に依らず励まし合う彼らを見遣り。
「彼女の方は任せる。此方は引き受けよう」
「承知しました、ありがとうございます!」
 それが最も効率的だとの冷静な声に、熱を孕む礼が返った。
 そう、効率的に、彼らは戦いを進めていた。盾役の陰から前へ復帰したマサヨシが凶器を振るい敵の護りを打ち崩す。つるぎの刀技とルキの金棒が追い打ちを掛け、咲の二刀が衝撃を叩き込む。敵からの反撃は、数を頼みに配した盾役達が結構な精度で凌いだ。負担が重なり紙兵の護りのみでは足らぬ者には癒し手が光盾を織り贈り、激励の雷が追従する。護りを請け負う者達も合間を見て攻めに出て、日々の鍛錬の成果を存分に発揮していた。
(「病魔、って何なんだろう」)
 その攻防の中、ふとゴロベエは疑問を抱く。特に眼前のこれは、肉体では無く心を害すもの。目に見えぬがゆえに病と判断されるまでに期間を要し、だから少女は家族らを傷つけてしまった。
(「でも、まあ」)
 正体が何にせよ欠片一つ残さず倒せば良い。自分達ならば出来る、それで少女が救われる。好奇心もありはしたけれど、何よりまずは彼女に家族との時間を、速やかに。その為なら己の身などと、彼もまた。攻めの要をその身で護り、態勢を崩され衝撃に息を詰めるが、平気だと眉すら動かさず。
「皆様、あまり無茶はなさらないで頂きたく。……しかし彼女が見ているからこそ、というのもありましょうかー」
 困りましたわねー、と癒し手が全く困っていない顔で仲間達を窘める。
 実際、言葉だけだった。逼迫しているわけでも無く、少女の心を開いた恩恵もある。それを超えて降る災いは自分達が祓うので好きにしろとばかり彼女はころころと笑う。
 攻撃を重ね、敵の動きを縛る。聖一の蹴りが鋭く敵を抉り身の機能を害し、イッパイアッテナのそれは重く踏みしめるよう標的を捉え。その様を注視し、つるぎが機をはかる。
 距離を詰め標的間近へ大きく刀を振るい彼女は、空けた懐に敵が迫る事を許した。招いた獲物を迎え撃つのは彼女が纏う黒流体の顎。狙い澄ましたそれが深く傷を与え、敵へ一層の不自由を。甘い、と剣術家の声は厳しい。
 そうして反撃すらままならなくなりつつある敵を皆で更に追い込んで、やがて病魔を正面に捉えマサヨシが笑う。戦いに臨むがゆえの荒々しさを孕む強いそれが、彼らを食い入るように見ていた少女へ視線を流した際にほんの僅かだけ緩んだ。
「極めた者の技を見せてやる」
 蒼い炎が彼の腕までをも包む。気合いの声に合わせ盛る獄炎が、攻撃と共に打ち込まれ。
 病のかたちは炎の中に崩れて消えて行った。


「治療完了でございますわぁー」
 ケルベロス達の視線はまず少女へと。彼女は夢でも見ていたかのような顔をしていて、実感と理解が追いつくまでの間に彼らは負傷と室内の手当を済ませる。
 呆けたまま拘束を解かれるに至って少女は我に返り、礼の言葉と共に勢いよく百十度分ほど頭を下げた。様子見を兼ねてマサヨシが軽く武術を復習させると、身に付いた技能に本人は眉をひそめていた。
「まぁ、持ち腐れで済みゃそれが一番だ」
 難しい顔のまま頷く少女の様に、場の空気が緩む。
「もう大丈夫そうですねー。良かったですー」
「これで一件落着か」
「はい……ありがとうございます」
 やがて落ち着いた少女が素直な笑みを見せる。過ぎる程に凛々しいつるぎにも臆さず謝意と好意を惜しみなく示す彼女を、桜色の手がそっと撫でた。
「看護士達に声を掛けてやらねばな」
 室外で待たせたままだと聖一が思い出し、部屋の扉を開ける。急いで閉める必要はもう無いと開け放した。それにまた少し戸惑う少女に、咲が声を掛ける。
「退院の時にはお祝いに来ても良いでしょうか」
 問われてやっと『今後の事』を思い出したようで、目を瞬いた彼女は口元を覆って頷いた。滲む涙に少年は目を瞠るが。
「家族の人は、君が元気で帰って来てくれるのを待ってるって言ってたよ」
 ゴロベエの言に涙を零し始めた彼女を襲うのは苦痛では無く喜び。少年がほっと息を吐いた。
 彼女の家族は、病院側に気を遣い家で待つ事を選んだ。少女自身にも休養が必要だ。彼女達が日常に戻るのにはもう数日は掛かるだろうが、少女はもう孤独では無くなるのだ。
「念の為、こちらをどうぞ。何かあれば頼って下さい」
 何も無くともお守り程度にはなろう。イッパイアッテナがケルベロスカードを差し出した。と、少女がカードと持ち主を見比べ首を傾げる。
「お兄さん、お髭……」
「ああ、そういえば外したままでしたね」
 忘れていたとばかりに髭を着け直した彼を見て少女は、おじさんだ、と無邪気に笑った。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月8日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 6/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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