夜桜、狂い咲く

■リプレイ

●夜桜哄笑
「ねぇねぇ、サクラコ。トーカさんめっちゃ怒っちゃってさぁ。もー、手ェ付けられないの。ショウさん寝取った女のグループ、潰しちゃってよ」
　――深夜。『フローレス』のアジト。
　馴れ馴れしく面倒事を持ち込む『ユリ』を、彼女はスマートフォンを弄りながら一瞥する。
「このグループも結構大きくなったし、皆でやったらすぐ――」
　バンッ！！
　だが、全てを言い終わる前に、正面のドアが蹴破られた。
「な、何よ！　アンタ達!？」
「勝手に入ってくるんじゃねーよ！」
　遠慮なく踏み込んでくる少なからずの人数に、フローレスのメンバーはいきり立つ。
　甲高い怒声に、思わず身を竦ませるシャルロット・ブリュム（ゆらり舞う陽炎・e01209）。人見知りの少女を庇うように、ギュッと抱えられた腕の中でボクスドラゴンのカルムは低く唸る。
「だいじょうぶ、なのよ。一緒にがんばろうね」
　憧れのお姉さんの気遣わしげな表情に気が付けば、気丈に頷いてみせる。のんびりぼんやりが常であっても、少女も地獄の番犬ならば。アリッサ・イデア（藍夜の月茨・e00220）も表情を緩めて頷き返す。
「……私達は、ケルベロスよ」
　フローレスの面々に向き直ったアリッサは、落ち着き払った様子で口を開く。、
「『サクラコ』はどの子かしら？　彼女はデウスエクスの支配下にある。ケルベロスとして、放っては置けないの」
「おねえさんたち、あぶないから、はなれてて、ね。あとはシャル達ケルベロスにまかせて」
　シャルロットの言葉に、どっと笑い声が上がる。
「何言ってんのよ。サクラコはあたしらのダチじゃん」
「寧ろ、アンタ達の方が危ないって。何、その格好。戦争でもある訳？」
「ケルベロスウォーはとっくの終わったっての」
　囃すように湧き起こる帰れコール。攻性植物の危険性に頓着しない能天気さに、ユイ・オルテンシア（紫陽花の歌姫・e08163）は思わず眉を顰める。
（「どれほど綺麗でも、手にしてはいけないものもあるというのに」）
　構わず、ずかずかと前に出た参麓・丸一（勝利を目指し鍛錬する野球選手・e08588）はブンッと素振り1回、バットを突き付ける。
「キミが、サクラコだな」
　騒然とする中で唯一、桜花彩る髪を自慢げにかき上げて座ったままの彼女が『サクラコ』なのは間違いないだろう。
「ふーん、私も有名になったもんね……で、あんたはケルベロスの何さん？」
　足を組み替え、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「不公平よね、私だけ名前が知られてるなんて。それに……一方的に呼び捨てにされるのって、すっごいムカつく」
　剣呑を帯びた言葉に、紫・恋苗（紫世を継ぐ者・e01389）は静かに口を開く。
「そうね……貴女達のチームに則って名乗るなら。あたしの事は『バイオレット・レナ』の、レナと呼ぶと良いわ」
「ばいおれっと？」
「何？　スミレだっけ？」
「初恋草の事よ……また、ご大層な名前で」
　顔を見合わせるメンバーを鬱陶しそうに見やり、サクラコは徐に立ち上がる。
「……ホント、馬鹿ばっか」
「危ない！」
　ボコリ――彼女の動向を注視していたルル・キルシュブリューテ（ブルーメヘクセ・e16642）の警告と同時に、音を立ててタイル諸共床の底が抜ける。その標的は一団となっていた4人のメンバーだが、悲鳴を上げる前に次々と突き飛ばされ事なきを得た。
「流石はイコちゃん！」
「カルム、次もお願いね？」
　口々にサーヴァントを労うルルとシャルロット。
「ありがとう、わたしの『いとし子』。頼りにしているわ」
　ビハインドの少女に優しく囁きかけ、アリッサはサクラコに向き直る。
「おいたが過ぎるわね。あなたの相手は、私達よ」
「そう？　お優しいケルベロス様なら、ゴミ虫にもかまけてくれるんじゃないかなぁって」
「何で、そんな酷い事言うかなぁ？　仲間なんでしょぉ？」
　小首を傾げるユヴィ・ミランジェ（柔らかな風巫女・e04661）に、感情も露に吐き捨てるサクラコ。
「そんな害虫共！　とっくに仲間でも何でもないわよ！」
「嘘でしょ、サクラコ……」
「早く逃げて下さい」
　突如襲われ青褪める彼女らに、庇う体勢のまま声を掛けた。剣気解放で威圧しておいて、隣人力も何もあったものではないが、ヒューリー・トリッパー（胡散臭い刀剣士・e17972）の声に背を押され、フローレスのメンバーは1人、また1人と駆け去っていく。
　チラと見送り、ヒューリーは得物を構え直した。

●百花驕慢
「この時期に桜ですか……よければあなたの桜に、咲かせてくれませんかねっ！！」
　このアカイハナを――両の刃に血色の霊力を纏い、斬り掛かるヒューリー。パッと血潮飛沫けば、霊力が象るアカイ花は、敵を蝕む毒となる。
　それが、戦闘開始の合図。戦闘前に掛かったエフェクトは全て解除される。故に、再度護殻装殻術を編み上げるユヴィ。サクラコの使うグラヴィティにヒール、引いてはエンチャントは無かった筈だが、念には念を入れて。
「貴女達。これから何が起こるかわからない訳じゃないでしょう。どこかへ行った方が身のためよ」
　黄金の果実の輝きは前衛へ。襲われ腰が抜けた4人に、声を掛ける恋苗。サクラコに一般人の攻撃への躊躇いは無い。ディフェンダーが多い編成だが、庇い切れるとは限らない。内心の焦りを隠して、攻勢植物の操作に集中する。
「いい試合にしようじゃねぇか」
　両手の日本刀に地獄の炎を纏わせ、豪快に叩き付けんとする丸一。
　アリッサは中衛の位置で古代語を詠唱する。石化の光線を放てば、サクラコの腕より伸びる枝先が硬化。肩を並べるシャルロットは、ブラックスライムを鋭槍と化し、勢いよく投擲する。
　――――♪
　その歌声は、小さいながらもよく聴こえた。同時に迸るケルベロスチェイン。歌声に込められたユイの意に従い、サクラコを縛さんと渦を巻く。
　ビハインドのリトヴァ、ボクスドラゴンのカルム、テレビウムのイコ、3体のサーヴァントが盾となって奮闘する間に、フローレスのメンバーは何とか逃げ果せた模様。
（「悪いことをしているのは良くないけど……一般人さんの命は守らなきゃ！　それが私たちの役目だもんね！」）
　フローレスの所業を思えば、蟠りが無いというのも嘘になる。それでも、犠牲者が出る心配もなくなって、安堵の溜息を吐くルル。イコの活躍に頬を緩めながら、勢いよく爆破スイッチを押せば、カラフルな爆風に士気も高まるというもの。
　だが、サクラコはフェミニンな見た目に反して喧嘩慣れしているようだった。『面倒』を物理的に排除する際も、1対多が当然だったのだろう。多勢のケルベロス達を前に、及び腰になる所か傲慢な表情を崩さない。
「もしかして、今まで喧嘩なんかした事無い良い子ちゃん？　着物のぼーや」
「何を」
　ヒューリーを真っ向から見据え、ニィッと紅い唇を歪めるサクラコ。
「あんたの攻撃、単調過ぎて見え見え」
　旋刃脚が僅かな身動ぎでかわされる。素早さにはそれなりの自信があるヒューリー。だが、同じ要素を基とする技を続ければ、敵とて目が馴れる。当たらない攻撃は無いも同然。要はバランス。頑健、敏捷、理力全要素を満遍なく活性化すれば威力も上がる事だし。
　力任せの攻撃を繰り出す丸一も、その大半がかわされている。クラッシャーの攻撃は威力が高い反面、命中精度は低い。
「何うろうろしてるのよ、でかい図体の癖に」
　サクラコの策を警戒するのは良いが、前衛に立ちながら距離を取ろうとするのも限界がある。その動向が目立つ上に、前衛唯一のクラッシャーである所為か、丸一は執拗に狙われた。
「ぐっ！？」
　桜花の発火が容赦なく体力を奪う。のたくる枝に締め上げられれば、身動きもままならず丸一自身の攻撃も届かぬ悪循環。
　だが、仲間の危機をそのままにはしない。すかさずキャスター2人が牽制し、ディフェンダーが庇い、その間にヒールが飛ぶ。互いを支え合う連携こそが、多で狩り立てるケルベロスの強みだ。
「キャスター、かなぁ？」
「多分」
　仲間を癒す一方で、しっかりとサクラコを観察していたユヴィに、ルルも頷く。
　スナイパーのユイのペトリフィケーションを光花形態で相殺した、その反応の良さは攻性植物と同化し、デウスエクス並に強くなったからばかりではなさそうだ。一撃一撃も正確。攻防の優位を兼ね備えるポジションは1つしかない。
「サクラコ……ユヴィはおもうんだぁ。力だけが強さじゃなって」
「よくわかってんじゃない」
　フンッと鼻を鳴らし、桜花を舞わせる女は高慢に言い放つ。
「対等って錯覚してるゴミ虫を上手くあしらう頭の良さも、馬鹿な男供を手玉に取れる顔も体も『強さ』。私はね、全部持ってんの。こんな所で燻ってる器じゃないわ！」
　まるで話が通じていない。笑顔の裏に隠された心根を抱え、ユヴィは刹那、目を伏せた。

●夜桜散華
　サクラコはけして弱くない。キャスターの優位を十全に発揮し、ケルベロス達を翻弄する。だが、それでも――戦況は徐々に傾き出す。
　捕縛はその発動率から、足止め程の即効性は無い。それでも、メディック2人を後ろ盾にユイが根気よく猟犬縛鎖を繰り返す内に――ジャマーたる恋苗のストラグルヴァインが当たり出せば、厄を撒く速度は一気に跳ね上がる。
「……チッ」
　舌打ちするサクラコの攻撃は、変わらず苛烈。だが、居丈高な挙措と裏腹に、視線はホール内を彷徨う――何かを探すように。
　逃亡の意志は明白だ。
「ま、待て！」
　だが、逃亡を抑えるべく挑発しようにも咄嗟に言葉は出ない。言うべきを探しあぐねて黙り込む丸一やルルに代わり、恋苗が言い放つ。
「そう、あたし達が怖いの。貴女の得た力というのも、大したことはないのね？」
「たった1人を囲んでそれを言う？　怖くなったら逃げる、当然じゃない」
　恋苗の挑発にも、サクラコはせせら笑う。
「チームでも無いあんた達潰しても、別に得なんてないし。ま、ケルベロスをヤレば、ちょっとは箔が付くかしら？」
　余裕を嘯きながら、抜け目無い視線がケルベロスの間隙を計る。
　ドガシャァッ！
　桜花の奔流が窓ガラスを突き破り――だが、風穴に身を躍らせようとしたサクラコの前に、逸早くルルが立ち塞がる。思わずつんのめった隙を逃さず、猟犬の如き執拗さで黒鎖が夜桜を捕える。
「素敵な桜もここで終わり……あとは散るだけです」
　やはり逃走を警戒してきたユイの宣告に、サクラコは忌々しそうに唇を歪める。
「ふう……仕切り直しですよっ！」
　裂帛の気合でヒューリーも心機一転。納刀からの一閃が圧倒的なスピードで奔る。
「唸れ……俺のバット！　龍之息吹！」
　背中よりバットを引き抜き、オーラを纏わせながらフルスイングする丸一。
「シャルだってやればできる子、なのよ」
　構えたガトリングガンの重さにたたらを踏むも、ぐっと踏ん張った。腰を落として狙い定め、シャルロットは爆炎の魔力込めた弾丸を連射する。
「ぐっ、あああぁっ！」
　炎に灼かれ、絶叫が響き渡る。それでも、まだ生への執念にぎらついた眼でギョロリと睥睨するサクラコ。スカートの下より伸びる木の根がうねり、ケルベロスチェイン握るユイを中心に足場が抉られる。
　我が奏でよう聖なる護りを――。
「皆、もう少しだよぉ」
　ヒューリーに庇われ、にっこりと笑み零れたユヴィのドレス『Demonstration Stock』が艶やかに変じる。応援全開モードで歌い上げたオラトリオの聖歌が、仲間の催眠を掃う。
「燃やし尽くしてあげましょう」
　歌うように呟く紫陽花のオラトリオの、戦の最中の足取りすら踊るような花守の娘の掌に、相次いで浮かび上がるドラゴンの幻影。爆ぜた竜語魔法が更なる業炎に包む――ケルベロスの介入がなければ、躊躇いもなく仲間を焼き捨てた夜桜を。
「……貴女のような、若い花を散らさなければいけないのは少しばかり心が痛いけど。悪い芽がこれ以上育つ前に、刈り取らせて貰うわ」
　紫の荊が、木の根と化したサクラコの足に絡み付く。振り払おうにも棘が食い込み、麻酔にも似た薬毒がサクラコの自由を奪っていく。
「大して歳も変わらない癖に、えらっそうに！」
　ビシィッ！
　無理矢理に動かしたサクラコの両腕が、桜の枝がしなる。だが、恋苗を痛打する前に、藍のワンピースを翻したビハインドに阻まれた。
「いい子ね、リトヴァ」
　いとし子の奮闘に、思わず笑み零れるアリッサ。一転、落ち着き払った挙措で魔道書を手繰る。
「あなたがそれ以上、紅い血でその魂を穢さぬように」
　もう戻れないなら、その命はわたしが――柔らかな物言いから憐みを敏感に察し、サクラコの形相が屈辱に歪む。
「さあ、緋薔薇に抱かれて、お眠りなさい」
　魔道書に綴じられた血吸いの薔薇の呪いが解放される。アリッサの影より伸びる蔓薔薇が紫の荊の上から半ば桜と化した身体を覆い尽くし、棘牙を立てる。
「ちく……しょ……」
　最期まで悪態を吐き、サクラコは憎々しげにケルベロスらを睨む。桜花の髪を振り乱し、膝からがくりと頽れた。

●散る桜跡を濁さず
　倒れたサクラコの身体は、忽ち燃え尽き崩れゆく。
　入口から吹き込む木枯らしに、さあっと桜花が舞い散れば、そこにはもう何も残らない。
「敵の弔いなんか要らない、そういう事……？」
　やるせない溜息が口をついて出た。だが、瞑目も束の間、踵を返したヒューリーは既に相変わらずの笑みを口元に刻む。
（「ま……終わりに笑えばすべて良し、だね」）
「なんで力……欲しかったのかなぁ？　もっと違う強さがあるのにね」
　ユヴィもいつもと同じ柔らかな笑顔。だが、その呟きには明朗ばかりとは言えぬ色が滲んでいる。
「他のメンバーは……逃げたままのようね」
　フローレスのメンバーにも言いたい事があったアリッサだが、逃げ散った彼女らが戻ってくる気配は無い。
「……いつか、取り返しのつかない末路を辿らなければ良いけれど」
　因果応報、自業自得。徒に他者を傷付ける者に、報いがあるのも世の理の1つならば。
　――咲き誇れ　想いを胸に　満開に♪
　ユイの澄んだ歌声が、ホールに反響すれば、破壊された窓が修復されていく。シャルロットも、ボクスドラゴンのカルムにヒールして貰っている。
「本当、身体だけじゃなく建物の傷も治せるなんて。便利なものね」
　メディカルレインを降らせながら、感心したように呟く恋苗。癒しの雨降って蔓薔薇芽吹くのは、まあご愛嬌か。
「イコちゃんもお疲れ様。さ、帰ろ」
　攻性植物諸共にサクラコが消え失せ、建物も直した今、この廃ビルにもう用は無い。丸一は既に立ち去り、ルルもテレビウムと軽やかな足取りで外に出る。残るケルベロス達も次々と廃ビルを後にした。
　無人となった廃ビルを静かに照らすのは、青白い月の光。季節外れの夜桜が遺した最後の一片が、ひらと舞って夜闇に消えた。

作者：柊透胡	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2015年11月6日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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