その筆が描くもの

作者:麻香水娜

●秋と紫
 金沢・誠は、見事な秋晴れの中、色づく風景を前に筆を走らせていた。
『素敵な絵。見事な秋の空……本当に妖精がそこにいるみたい』
 ふいに声がかけられ、驚いて振り向いたその瞬間――、
「うわぁ!?」
 突如紫色の炎でその身を包まれる。
 やがて炎が消えると、そこには3mほどの巨体になった誠――だったエインヘリアルが荒い息を吐いていた。
『あぁ、グラビティ・チェインが枯渇してしまったのね。ほら、人間達から奪って補給しなさい』
 露出度の高いエキゾチックな服を身に纏う『紫のカリム』が微笑み、ふわりとその場から姿を消してしまう。
『あなたには才能がある。人間にしておくのは勿体ない程の……。だから、これからは、エインヘリアルとして……私たちの為に尽くしなさい』
 その声だけが秋空に響いた――。

●動き出したのは
「有力なシャイターンが動き出したようです」
 祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)が口を開く。
 死者の泉の力を操り、その炎で燃やし尽くした男性を、その場でエインヘリアルにする事ができるシャイターンなのだと。
 出現したエインヘリアルは、グラビティ・チェインが枯渇した状態のようで、人間を殺してグラビティ・チェインを奪おうと暴れだすようだ。
「このシャイターンを止めねば事件は広がってしまいますが、まずは何よりも先にこのエインヘリアルを止めねば甚大な被害になってしまいます」
 急を要するのはこのエインヘリアルなのだ、と切迫した顔を浮べる。
 今回狙われたのがイラストレーターである28歳の男。工房から出て屋外で絵を描いていたようだ。そこをシャイターンの炎で殺害され、エインヘリアルにされてしまう。
 尚、彼は『選ばれて導かれた』という選民思想により、無駄にプライドが高いらしい。
 山の上にあった工房は周辺には民家もなく、ひとまずの被害はまだないようだ。ただし、放置すれば市街地に出て虐殺を行うだろう。
「このエインヘリアルは大きな筆を持っていますが、これはゾディアックソードと同じようなグラビティを使うようです」
 守護星座を描くように、何かの絵を描いて攻撃したり、傷を癒すのだという。
 何よりも特筆すべきはその巨体から繰り出される重い攻撃力であり、充分注意して欲しいと説明を締めくくった。
「周辺に人がいなかったのが幸いでしたが、だからと言って気を抜くわけにはいきません。一刻も早く、彼を止めて下さい」


参加者
レヴォルト・ベルウェザー(叛逆先導アジテーター・e00754)
ヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)
星河・湊音(燃え盛りし紅炎の華・e05116)
土方・竜(二十三代目風魔小太郎・e17983)
ナルナレア・リオリオ(チャント・e19991)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
天喰・雨生(雨渡り・e36450)
マナ・ティアーユ(エロトピア・e39327)

■リプレイ

●シャイターンと絵描き
「またもシャイターンによる事件ですか……」
「シャイターンも随分と勝手なことをやってくれるね」
 ナルナレア・リオリオ(チャント・e19991)が表情を曇らせると、星河・湊音(燃え盛りし紅炎の華・e05116)は眉を顰める。自身もシャイターンによって酷い目に合っている為、許せないという気持ちが強いようだ。
「何が目的なんだか」
 土方・竜(二十三代目風魔小太郎・e17983)も、ぽつりと漏らす。しかし、大して興味があるわけでもなかったようで、これから始まる戦闘に備えて眼鏡を外した。
「妖精を描くどころか自分が巨人になっちまうなんてナ」
 ヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)は、今回エインヘリアルにされてしまったイラストレーターを思い浮かべる。
 北欧の伝承にある巨人も妖精の一種という説があり、自分がなってしまうなんて、と。
「誰かを傷つけるために絵を描くなんて……苦しませる為に描くものではない筈です」
 マナ・ティアーユ(エロトピア・e39327)が悲しげに呟く。彼女は絵を描くことが好きであり、人を苦しませるために絵が描かれるという事に憤りと悲しみを抱えていた。
「ハッハァー! だな! 絵描きの腕を絵具以外で汚させる訳にゃいかねぇなァ!」
 マナとは正反対の高いテンションでレヴォルト・ベルウェザー(叛逆先導アジテーター・e00754)が、ジャーンッとギターをかき鳴らす。
 まるで仲間達の心を鼓舞するように。
 穏やかな秋晴れの下、鋭い殺気が広がった。
「これで誰かが巻き込まれることもない」
 その殺気の中心にいた天喰・雨生(雨渡り・e36450)が静かに口を開く。念の為に殺界形成を発動させて一般人が近付かないようにという配慮だ。
「んじゃ、周辺に人がいないうちにそっこで始めようか」
 比良坂・陸也(化け狸・e28489)が表情を引き締める。その声に、全員が巨体のエインヘリアルを見据えて武器を取り出した。

●変わってしまった筆の使い方
 グラビティ・チェインが枯渇し、飢餓に近い状態になっていたエインヘリアルが、強いグラビティチェインが複数近付いてくるのを察知する。
『……俺は選ばれた……その糧となる貴様らは光栄に思え!』
 振り向き様に大きな筆を振るった。
 雪の結晶がいくつも描かれると、それらは後衛に向かって吹雪のように襲いかかってくる。
「下がってください!」
『!』
 ナルナレアがレヴォルトを背にし、ビハインドの真夜はマナの前で両手を広げて己の体を盾にした。
「ワォ、助かったぜェ!」
「ありがとう、真夜」
 レヴォルトは感激したように、マナは嬉しそうに微かに頬を染めて感謝を口にする。
「……っつー……絵は人を傷付けるための道具じゃないよ!」
「……く……元々お前が握ってたのは絵を描く筆だったろうに……そんな風にしか使えなくなって哀れなものだね」
  顔をガードして腕を凍りつかせる湊音が叫び、雨生は苦々しく吐き捨てた。
『黙れ! この絵が選ばれた証だ!』
 エインヘリアルは誇らしげに一喝する。
「おう、おめーも難儀だな。厄介なのに目をつけられた。誰も殺しちゃいねー今のおめーはなーんも悪くねぇ。けどよ、ケルベロスが来たぜ」
 淡々と語りかける陸也が符を取り出し、氷結の槍騎兵を召喚すると、槍で一気に腹を貫かせた。
「氷で寒いだロ? あっためてやるゼ!」
「図体でかいと大変だね」
 ヴェルセアがドラゴンの幻影を放ち、エインヘリアルを炎で包む。攻撃を受けて動きが止まったその隙に、皮肉げに挑発した雨生が、その体ではこんな風に動けないだろうと言わんばかりに、回り込んで左太股に降魔真拳を撃ち込んで回復を図った。
「そう簡単には逃れられないよ!」
 湊音が両脚の地獄から小さな竜を作り出し、エインヘリアルに襲いかからせる。
『ぐ……ッ!』
 炎の竜は纏わりつきながら足元を燃やした。
「選民思想が良いとは思えませんが、彼も犠牲者……」
 ナルナレアは痛ましげに目を伏せる。
(「このまま討ってあげるのがせめてもの、なのかもしれませんね」)
 そう続ける言葉を飲み込んで、キッと顔を上げた。動きが鈍った今のうちにと紙兵を前衛にばら撒く。自分と真夜の傷を癒しながら、前衛の5人を守護させた。彼女のボクスドラゴンであるレイラニは、主人に属性インストールで傷を癒す。すると、ナルナレアは感謝を込めて柔らかく微笑んだ。
「敵になったのなら殺す。それだけさ」
 すっと目元を鋭くした竜は、狙いを定めて毒手裏剣を放つ。向かってくる手裏剣をバックステップでかわそうとしたエインヘリアルだったが、小さな地獄の炎でできた竜が纏わりついていたせいで回避が遅れてしまい、わき腹に手裏剣が突き刺さった。
「ヒュウ! 行くゼ!」
 高らかに声を上げたレヴォルトは、力強く紅瞳覚醒を奏でる。それはナルナレアと真夜の傷を癒しながら氷を溶かし、前衛の仲間達を奮起させた。
「その筆は人々の瞳を楽しませるためのものです。誰かを傷つけるために使うものではありません」
 強い憤りを乗せてエインヘリアルを睨みつけたマナは、オラトリオヴェールで後衛の仲間達を包み、湊音と雨生の氷を柔らかく溶かして傷を癒す。マナが仲間を回復してる間にと、真夜が心霊現象によってエインヘリアルを金縛りにした。

●エインヘリアルの描くもの
 巨大な筆でサッと天使の絵を描いたエインヘリアルは、その天使に包まれて傷を塞いでいく。傷が塞がれても体の動きは鈍いままであり、行動されるごとにキュアが発動されては面倒だと、ヴェルセアと陸也はスターゲイザーで、雨生は禁縄禁縛呪で動きを制限した。湊音がゾディアックブレイクで天使ごと斬りつける。ナルナレアは後衛に紙兵をばら撒き守護させると、レイラニがブレスを吐いてエインヘリアルの動きを更に鈍くした。レヴォルトはブラッドスターを演奏して湊音と雨生の傷を癒し、竜が螺旋射ちで筆に傷をつけて威力を削ぐ。マナがナルナレアの周りに光の盾を浮遊させ、真夜がポルターガイストを使った。
『これが俺の絵だ!!』
 回復してもそれ以上の攻撃を受けて傷だらけになり、更に体が動かし難くなっているにも関わらず、必死に力を振り絞ったエインヘリアルが魔方陣を描く。巨大な筆が硬度を増し、ヴェルセアに振り下ろされた。
「させません!」
 光の盾を体の回りに浮遊させるナルナレアがヴェルセアの前に出て、その重い筆を受け止める。
「……っ」
 いくら武器である筆に傷がついているといっても、その衝撃は大きく、片膝をついてしまった。
「絵を描く奴が、筆を血で濡らしてどーするよ」
 レヴォルトの奏でる音楽に体を揺らす陸也が息を吐き、瞳を鋭くする。
「カミサマカミサマオイノリモウシアゲマス オレラノメセンマデオリテクレ」
 祈りを媒介にふわりと霧が漂った。デウスエクスを地に引き摺り落としたいという願望を押し付けてエインヘリアルの力を奪う。
「ありがとヨ。その分しっかりお返ししてやるゼ」
 庇ってくれたナルナレアに軽く口元を緩めたヴェルセアは自慢のコレクションであるナイフを3本取り出した。
「血に応えよ――」
 その動きを見た雨生は、周囲の空気中に含まれる水気に自らの魔の波動を同調させ、吸収し増幅する。
「気の毒ニ、その太い腕じゃ繊細な筆使いはできねぇだろウ。残念ダ、続きはあの世で描くんだナ」
 ヴェルセアが曲芸のようにナイフを斬りつけて3つの痕をつけると、
「天を喰らえ、雨を喚べ。我が名は天喰。雨を喚ぶ者」
 タイミングを合わせた雨生の指先から細く圧縮されて刃のようになった水がエインヘリアルの胸元を大きく斬り裂く。
『――――!!!!!』
 息を詰まらせて声にならない悲鳴を上げたエインヘリアルは、背中からどさりと倒れて動かなくなった。

●秋空に
「お怪我は大丈夫ですか?」
 マナが、渾身の力を振り絞ったエインヘリアルの攻撃を受け止めたナルナレアに駆け寄り、その傷にヒールを施す。
「ありがとうございます」
 ナルナレアは穏やかに微笑んだ。自分でもヒールで治せるが、心配して真っ先に来てくれたマナの心を嬉しく思いながら。
「フゥ! お疲れだぜェ!」
 レヴォルトもギターを鳴らして戦闘中に回復しきらなかった仲間達の傷を癒す。
 傷が回復して一息ついたケルベロス達は、周囲のヒールや片付けに取り掛かった。
「……あるかな」
 ふいに湊音が何かを探すように辺りを見回している。
「どうしました?」
 戦闘が終わって眼鏡をかけた竜が首を傾げた。
「彼が描いてた絵、ないかなって」
「あぁ、僕も見てみたいね」
 最後の作品になるだろうし、と付け加えた湊音の言葉に雨生も頷き、ケルベロス達はヒールや片付けをしながら最後の絵を探す。
「これか」
 陸也が見つけて手に取った。
 どうやら炎に包まれた誠が暴れた拍子に弾かれ、多少の焦げ痕があるものの、運良く残っていたらしい。
「……俺はこっちの、前の絵のほーがいーと思うぜ」
 あんな巨大な筆で描かれた人を傷つける絵なんかよりも、と続けて。
「僕もこっちの方が好きだね」
 雨生が陸也の後ろから絵を覗き込む。
「これからの絵を見てみたかったですね」
 雨生の隣でマナが悲しげに呟いた。
 完成しなかった絵を見つめて。
「土産にもらっていこうかと思ったガ、中途半端な絵じゃ価値にならないナ」
 ひょいと長身を活かして陸也の後ろから絵を奪ったヴェルセアが呟く。これでは怪盗のコレクションにはならないと。
「燃やして一緒に送ってやろウ」
 言うなり、地獄化した右腕の炎で絵を燃え上がらせた。
「ぁ……」
 湊音が小さく声を上げたが、『誠と一緒に送ってやる』という言葉に、それがいい、と思い直して目を閉じて祈る。
 彼が続きを描けたらいいと思いながら。
「……」
 すっとナルナレアも目を閉じると、誰が合図をしたわけでもないのに、全員が黙祷を捧げた。

 どうか安らかに――。

作者:麻香水娜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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