此の華咲くやの姫君

作者:林雪

●島の中の花畑
 静岡県の、とある小島。そろそろ関東圏には冷たい風が吹き始めているが、この辺りはまだ温暖な空気が漂う。輝島・華(夢見花・e11960)が小船でこの島を訪れたのは、言い知れぬ不吉な予感を感じ取ったからだった。
 島は今では無人島だが、その昔観光用にと植えられたらしき花が野生化し、あちこちで元気に咲き誇っていた。整えられた美しさではないものの、逞しさが溢れて微笑ましい、と華は目を細めていたのだが。
 やはり予感は、正しかった。
 花々の真ん中に、明らかに異質な雰囲気を放つモザイクのドーム。ワイルドスペースである。
「せっかくのお花畑なのに……」
 憤りを感じつつも、華は躊躇わずそこへ足を踏み入れた。噂に聞いてはいたが、粘着質の水の中に入っていくような、それでいて呼吸は出来る違和感。草花や木々が巻き上げられ、一瞬空と地面を見失う感覚。
 そうして、その不可思議な森の奥には、少女がひとり。
「……!」
 予感はしていたものの、いざ目にすればやはり驚きは大きかった。息を飲んで立ち尽くす華の方へ、黒いドレスの少女がゆっくりと振り返る。薄紫の髪、青紫の瞳。全身に絡みつくような紫の薔薇の蔓。
『……お前のその姿。どうやら私を知る者であるのだな……』
「私……、いいえ」
 あなたは、一体。華の問いかけは、蔓の攻撃に取り込まれてしまうのだった。

●花盛りのワイルドスペースへ
「急ごう、華ちゃんがワイルドハントと接触したらしい!」
 ヘリオライダーの安齋・光弦が勢い込んで説明を始める。未だ全貌の見えてこないドリームイーター『ワイルドハント』その姿は華が暴走したかのように見せかけてはいるが、偽者に過ぎないという。一体何が狙いで、ワイルドスペースの中では何が起きているのか。わからないことだらけだが、まずは華の救援が第一である。
「今回のワイルドハントはじわじわと身動きが取れないようにして、ゆっくり敵を仕留めていくような戦い方をするみたいだ。それなりの対策を」
 手短に概要解説を終え、光弦がケルベロスたちをヘリポートへと急かす。
「にしても、僕らが予知で拾えなかったワイルドスペースを華ちゃんが発見出来たって事は……やっぱり、敵の姿と何らかの関係があるっていう事なのか……? いや、考えるのは後!」


参加者
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
輝島・華(夢見花・e11960)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
ジャスティン・ロー(水玉ポップガール・e23362)
十六夜・琥珀(トロイメライ・e33151)

■リプレイ

●華
 輝島・華(夢見花・e11960)の白い肩には、ワイルドハントの薔薇の蔓による多数の裂傷が刻まれていた。
(「確かに、私らしい戦い方かもしれません……」)
 押さえた傷口がじんわりと熱い。毒を注入されたのだとすぐにわかった。じわじわと敵の力を奪っていくやり方は戦術としては納得がいく、などとまるで他人事のように分析してしまう華の前に、ゆっくりとワイルドハントは両手を広げて歩み寄る。今の華よりも成長したその姿は、体つきも女性らしくなり目元には何とも言えない艶があった。思わず華は見蕩れてしまう。未来の、私の可能性。近付いてくる自身の未来……。
『じっとしていれば、苦しみも長引かない……』
 すらりと長い両手が、華を抱きしめようとしたその瞬間、ハッと華が我に返る。
「私の力は、可能性はそれだけではありません……これからそれをお見せしますの」
 一方、ワイルドスペース上空には、ヘリオンから一斉に降下したケルベロスたちの姿があった。
「華ちゃん、いま行くよ!」
 火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)がそう叫ぶ。彼女の手には明らかに『これから落とすぞ』という持ち方でミミックのタカラバコがいた。
 降下直前に、自身の顔をぱんぱんっと叩いて気合を入れてから、ジャスティン・ロー(水玉ポップガール・e23362)が宙に身を躍らせた。
「ひなみくお姉様、ぜーったいに華ちゃん助けようね!」
 華の身を案じつつ、ジャスティンはそのひなみくのことも守ってみせる心意気でいる。ライドキャリバーのピロは地上を行かせ、ジャスティン自身は翼を広げてひなみくについて飛ぶ。
「う~っ、焦っちゃう……でも華ちゃんならきっと大丈夫……だよね!」
 十六夜・琥珀(トロイメライ・e33151)が空色の瞳を数度瞬かせ、ウイングキャットのそらを空中でぎゅっと一度抱きしめた。そらが琥珀の腕を撫でるように一度尻尾を動かしてから、モザイクドームにそのまま突っ込んでいく。
「相変わらず気持ち悪い液体ですね、ここのは」
 霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)もヘリオンから飛んで直接ドームに突っ込んだ。彼は既にワイルドスペースの不快感を知っている。普段の空を切る感覚とは違う、粘着性の高い液体の中を泳ぐような空気は、体にまとわりついてくる。
「中もまあ、似たようなもんですね……混沌というか、ぐちゃぐちゃと」
「……」
 何者をも、何事をも見逃すまいと、ゴーグル越しに目を凝らすビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)からぴったりと離れず、ボクスドラゴンの通称ボクスもワイルドスペース内の上空を飛ぶ……と言っても、ワイルドスペース内は空間が歪んでおり、一体どこからどこまでが上空と呼べるのか、わからなくなる錯覚に陥りそうではある。
「華がそう簡単にやられはしないだろうけど……急ごう!」
 地上からの索敵を担当する鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)は着地するや駆け出し、ワイルドスペースへ突っ込んでいく。その隣を走るのは同じく地上担当、アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)。
「華さんは姫の大切なお友達……心配です。彼女が傷つけば、姫もまた傷つく……」
 決して華を心配しないわけではない、が、アレクセイの世界の全ては彼の愛する『姫』を中心に回っている……そういうブレない世界を彼は生きている。
 華の体を抱擁したワイルドハントの周辺に、紫の薔薇の花弁が舞い踊り始めた。
『このまま動かず、死ぬがいい』
「こんなことで……私の全てを手に入れたとは、思わないことです」
 敵の、己のものとよく似た白い腕に抱かれていた華が、手の中から魔力の花弁を舞い散らせる。双方の花弁が合わさって、周囲は花靄の中の如き幻想に包まれた。ワイルドスペース内を翼飛行で移動していたひなみく、ジャスティン、琥珀、裁一そしてビーツーが一気に降下していく。
「あれだ……っ! いいね、カワイイ子のピンチなんだよ、頑張るんだよっ」
 と、言い含めてひなみくがまずタカラバコを二人の華を引き離す位置に投下。ドスゥッと重たい音がする。
『……!』
 援軍の気配を察したワイルドハントが華から距離を取ったその瞬間、轟音を響かせ砲撃が敵を狙い撃つ!
 濛々と上がる爆煙の中から姿を現したのは。
「アレクセイ兄様……郁兄様!」
「ご無事ですか? 華さん。我が姫も心配しておりました」
「もう大丈夫だ華。みんな来てるよ」
 郁の言葉とほぼ同時に、翼飛行中から着地するや構えたレーザーをビーツーが発射。その射線の間を縫うようにして、裁一が敵を強烈に蹴り飛ばした。
『……っ!』
「華殿。待たせたな」
「おや、13歳にして大人っぽさが。成長しましたね華……ワイルドハントですけど」
 ビーツーが穏やかに言い、裁一は敵と華とを飄々と見比べた。3、4歳ほど歳が上である事を除けば敵はなるほど華そっくり、だが、決定的に何かが違う。
「きっと来て下さると、信じていました」
 心強さが華の胸を満たす。気丈に振舞ってはいたものの、己がどれだけ不安であったのかが、こうして助けが来た今こそ強く実感された。
「偽者めー! かくご! ……だけどその前に華ちゃぁああんっ!」
「あっ……?」
 今すぐにでも抱きつきたい気持ちを抑えて、ジャスティンが華に回復の為の気を注ぐ。それと同時に、光の矢が華を狙う……が、華は笑顔である。弓を番えているのがひなみくで、その矢が癒しの力を持つことを知っているからだ。
「届け、届け、音にも聞け。癒せ、癒せ、目にも見よ……」
「華ちゃんっ、元気になーれ!」
 琥珀の明るい声は、ワイルドスペース内にも響き渡る。その声は華を癒し、漂う怪しげな気配すら吹き飛ばす勢いだったが。
『邪魔が入ったか……だが、ケルベロスが集まるのは好都合だ』
 ぐい、と乱雑に汚れた顔を拭い、ワイルドハントが改めて怪しげな花の香りを撒き散らし始める。
『己ら同士で殺し合うがいい……』
「絶対そんなこと、しないしさせない!」
 琥珀がもう一度、大きな声でそう宣言し、同時にケルベロスたちが配置につく。華も愛情たっぷりの治癒を全身に浴び、気力体力とも充実した様子で攻撃手に回る。
「私はもう一人ではありません。あなたの持っていない、私の力を全てぶつけます……反撃開始、です」

●偽物
 華の振り上げた鎌は迷わず敵へ向かい、斬撃が弧を描いて紫薔薇を裂いた。そこへ交錯するように、アレクセイの長い脚が蹴り込んだ。
「残念ながら、私を惑わせることの出来る薔薇はこの世にひとつ……我が愛しき薔薇の姫の香りのみ。あなたのその姿は少々やりにくくはありますが……造花のようなものですね」
 続いて郁が拳を握り締める。造花とは言い得て妙、と思う。姿は似せても、根本的なものは決して似せることは出来ない。ケルベロスとデウスエクスにはそれくらい根本的な差がある、と郁が渾身の一撃を敵の腹に叩き込む。タイミングをじっと見計らっていたビーツーが、その拳の軌跡を綺麗に辿って同じ箇所を攻め立て、ボクスもまた一瞬視線を合わせただけでビーツーの意志を汲んで動き、その傷を押し広げていった。
『チッ……番犬どもが』
「と言う訳でまぁ、その姿で口調がアレなので黙ってどうぞ」
『!』
 可愛い団員である華の姿でそれはちょっと、という気持ちで姿を消していた裁一が、突如ワイルドハントの眼前に現れて、大変怪しげな錠剤を的確に正確に、その小さな唇の隙間に捻じ込んだ。
『ぐ……ッ?』
「リア充候補にはきついクスリでしたかね……」
 流石はなんだかんだで頼りになる自宅警備員である。
「だんちょ、なんか悪カッコイイよ! 防御は僕に任せてどうぞー!」
 ジャスティンがはしゃぎつつもしっかり光の壁を呼び出す。
 敵はケルベロスたちの足を止めるべく、どうやら中距離を保ってくる。前のめりに攻めては来ないが、あくまでもじわじわ毒の棘と濃い香気の薔薇でケルベロスたちを惑わせ、苦しめて殺そうというつもりらしい。しかも、より破壊力の高いケルベロスが同士討ちに走れば都合が良いと承知の上なのか、香気はまるで瘴気にも似た濃さで、華たちを取り囲む。しかしこの敵の戦術は、ケルベロスたちも承知の上である。
「わたしたちがいるからには、誰も倒れさせないよ!」
「こんなの、吹き飛ばしちゃうからねっ」
 ひなみくと琥珀、ふたりが揃ってオーロラの如き光のヴェールを辺り一面に展開する。ともすればこの閉鎖されたワイルドスペースで失いそうになる正気を、光で取り戻す。守りと治癒は万全に固めてきている彼らに、相打ちの隙はなかった。
 不利を見て取るも、華の姿をしたワイルドハントには逃走という選択肢はないようだった。
『ならば……お前だけでも連れて行こうか』
 両手を広げ、傷を受けた身体を無防備に曝け出す。一見すれば痛々しい姿だが、これが紛い物であることをケルベロスたちは知っている。本物の華に向かって歩み寄る少女。その抱擁を受けたのは、駆け込んだジャスティンだった。
「させないよ……こっちの華ちゃんは、ひとりじゃないよ!」
 青紫の瞳が、大きく見開く。ほぼ無意識に、己の姿をした敵をジャスティンから引き剥がすべく華がわき腹へ激しい蹴りを叩き込んでいた。
「私の大切なお友達を傷つけるのは、許さない!」
 華ちゃん、とジャスティンが嬉しげに振り返る。こちらは引き受けるとばかりにアレクセイが満月の魔眼を輝かせた。
「では貴女は、私が深淵の彼方、暗く冷たい闇の最果てに……連れて行って差し上げましょう」
『何を……』
 常とは色を変えた怪しくも冷たい月が見せる、地獄の責苦の終わらない幻。グァ、と醜悪な声をあげ、咲き誇っていたはずの薔薇は徐々にモザイクへと姿を変え、ボロボロと崩れ始める。
「どれだけ姿を真似たところで、お前は絶対に華には勝てない!」
 ドリームイーター、夢食い。その名の通り、華の夢見る大人の姿を模した敵を郁が殴り飛ばした。よっしゃ、とひなみくが小さくガッツポーズを入れる。
 そこへ指先での合図に応じたボクスが白橙色の炎を纏い、ビーツーへ向かってそれを吐き出す。受けた炎を愛用の剪刀で受けとめ、更に自身の炎をその刃に纏わせる。
「あまり俺達に、近づかないほうが良い……と言って、逃がす気もないがな」
『アァアアガッ……!』
 ここまでケルベロスたちから受け続けた傷口全てをビーツーの炎が焼いた。裁一が冷凍弾を叩き込むのは当然鎮火のためではなく、敵を追い込むため。
 華とは似ても似つかぬ醜悪さを露呈したワイルドハントが、最期の力を振り絞ってモザイクの薔薇を撒き散らすが、それは花弁の体をもはや為さない。
「届かないんだよ、そんなもの」
 ひなみくの緑の瞳が冷たく見据える。
「偽の花など、醜いだけですね」
 アレクセイが言い、裁一が、やっちゃえ、とばかりに華に視線を送りつつ親指で自分の首に線を引いた。
 自身を映した敵に歩み寄る華は、どこか妖艶で、大人びて見えた。舞い散る花弁は美しく、だがワイルドハントの身体を少しずつ少しずつ切り刻んでいき。
「さあ、ようく狙って……逃がしませんの」
 さようなら。大人の私。女性らしい胸にも、長い手足にも正直憧れますけれど。
「自分のなりたい姿には、自分でなりますの」
『ァァアア……!』
 細い断末魔とともに、ワイルドスペースが崩壊する。崩落したモザイクは散り散りになって空中に消え、ケルベロスたちは島の夕暮れを目にしたのだった。

●絆
「華ちゃぁああんっ! 本物の華ちゃん!」
 モザイクの晴れた空の下、ジャスティンが今度こそ、思い切り華に抱きついた。
「もうだいじょぶだよ、もう大丈夫なんだよー!」
「無事で良かったぁあ」
 ひなみくと琥珀もその輪に加わり、女子4人が仲良くはしゃぐ姿に郁が目を細める。戦場では頼もしい仲間である彼女たちだが、こうして戦いを終えると普通の少女の一面を見せてくれるのは、郁にとっても心和む瞬間だった。
「よかったな、本当」
「ええ、ああして彼女たちがじゃれあう姿には和みます……あそこに姫が加わっていれば尚完璧なのですが」
 アレクセイも美しく微笑して答える。今日もブレない。
「来て下さって本当に嬉しかったです。とても勇気づけられました」
 ひとりひとりの目を見て、華が礼を言った。まだ華にくっついたままでジャスティンが男性陣を振り返る。
「おにーさんたち、本当頼もしかったなぁ……あ、サバトだんちょもね。何だかんだで頼りになるよねこーゆーとき!」
「……諸々ひっかかりがありますが、まあいいでしょう。さくっとピンチを救えたことですし、ぼちぼち帰りましょうか」
 サバトだんちょこと裁一がそう促すのとほぼ同時、ビーツーもゆっくりと頷いて告げる。
「華殿が無事で何よりだ」
 皆、心から華を案じ、また信じて救援に来た仲間である。常日頃見えない熱い一面や、感情の昂ぶりを共有できるのが戦場に、互いに守り守られ立てた事でそれぞれの絆はまた深まった。
「安心したら、おなかすいたぁ」
 と、琥珀が緩く笑えば、華もおっとりと言った。
「私もです」
「じゃー何か食べにいこー! 華ちゃんが将来有望だった記念なんだよっ!」
「やったー! 何がいーかな、甘いのかな!」
 みんなで行こう! と賑やかな声に鼻先を向けて穏やかな表情を見せるビーツーが、ふとワイルドスペースのあった場所を振り返る。そこには既に何も痕跡はなく、ただ寂しげで美しい島の風景があるだけだった。
(「ワイルドハント……俺達が引き寄せられる何かを有しているのだろうか?」)
 今後、謎は解き明かされるのか、それとも更に深まるのか。いずれにしても大切なものはこの手で守る、とビーツーは拳を握る。
 ケルベロスたちの暴走姿で現れるワイルドハントたちは、一体いつまで現れるのか。戦局は読めないが、自分自身の大切なもののために戦えば、きっと誰かを、何か大きなものを守ることが出来る。そうやって小は繋がり大となる。この力に名前はないが、強いて呼ぶなら絆なのかも知れない。暴れる力ではなく大きな力、それを信じて戦うケルベロスたちだった。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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