ノスタルジア

作者:雨音瑛

●山奥にて
 廃棄されたごみの山で、蜘蛛のようなものが蠢いている。しかし蜘蛛にしては大きい。よく見れば、握りこぶしほどのコギトエルゴスムに蜘蛛の足のようなものが生えたものであることがわかる。
 蜘蛛らしきものは、やがてひとつの製品の中に入り込む。それは木製の箱の上に複数のガラス管が取り付けられたもので、ガラス管の中にメッシュ状の板が入っている。いわゆる『ニキシー管時計』だ。
 やがて、ニキシー管時計の時計部分が橙色に点滅した。かと思えば成人男性ほどの大きさになり、ごみの山を蹴散らしながら移動を開始する。
 朝焼けの中で、ニキシー管時計は山を下り始めた。

●ヘリポートにて
 福島県の山奥で、不法投棄されていたニキシー管時計がダモクレスになる事件が発生する。それは、クララ・リンドヴァル(鉄錆魔女・e18856)が懸念していたことだ。
「ええと……予知、ありがとうございます。被害は……まだ出ていないのですよね?」
 言われ、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)はうなずく。
「ああ、幸いにも、な。しかしこのまま放置すれば、多くの人が殺され、グラビティ・チェインを奪われてしまう」
 それより早く現場に向かい、ダモクレスを撃破して欲しいとウィズが続けた。
 このダモクレスは、ニキシー管時計が変形したロボットのような姿をしている。攻撃方法も、元となったニキシー管時計に由来するものだという。
「相手の時間を止める攻撃、一瞬だけ強い光を放って行動を阻害する攻撃、柔らかな光で複数人を包んで催眠状態にする攻撃を仕掛けて来る。どの攻撃も命中率が高く、またダモクレス本体の回避率も高いようだ」
 戦場は、福島県の山奥。周囲に民家もなく人気もないので、人払いは不要だろう。
「近くには『塔のへつり』という観光地もある。無事に終えたら、息抜きがてら見てくるのも良いだろう」
 紅葉も見頃であるし、とウィズは付け足した。


参加者
三和・悠仁(憎悪の種・e00349)
麻生・剣太郎(ストームバンガード・e02365)
エンデ・シェーネヴェルト(フェイタルブルー・e02668)
サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
クララ・リンドヴァル(鉄錆魔女・e18856)
トープ・ナイトウォーカー(影操る戦乙女・e24652)

■リプレイ

●壊れて生まれた
 色づき始めた山の上から不自然に木々が動く場所を見つけ、三和・悠仁(憎悪の種・e00349)を始めとしたケルベロスが降下してゆく。
 着地はやわらかな土と葉の上。眼前には、ニキシー管時計のダモクレス。尋常ならざるケルベロスたちの様子に、ダモクレスはすぐに臨戦態勢をとる。
 かちりかちりとガラス管の中で温かく光る数字を切り替え、ダモクレスは麻生・剣太郎(ストームバンガード・e02365)の時を止めようとする。
 だが、二者の間にライドキャリバー『鉄騎』が割り込み、身代わりとなった。
 直後に動いたのは、サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)。
「我が護り貫くこと能わず!」
 鉄壁の守りを与えられれば、悠仁が凝血剣ザレンを手にダモクレスへと打撃を叩き込んでゆく。
 続いて後方から、トープ・ナイトウォーカー(影操る戦乙女・e24652)がエアシューズ<疾駆者>に重力と星屑を宿してダモクレスへと迫った。
「貴様を人里に向かわせる訳にはいかんのでな。悪く思うなよ」
 情報ではかなり機敏な動きをするという話であったが、果たして。命中力が底上げされるポジションをとったトープの攻撃は、確かにダモクレスへと命中した。それでもトープが表情を緩めないのは、軍人ゆえか。
「“不変”のリンドヴァル、参ります……」
 日本刀を手に、クララ・リンドヴァル(鉄錆魔女・e18856)が言い放つ。狙うはダモクレスの足。想定以上の命中率で切断をし、注意深くダモクレスを見遣る。
 特段、変化は見られない。今回の戦闘において、部位を狙う意味は無さそうだ。
「結末が無いものは……ありません」
 クララは日本刀を収め、小さく息を吐いた。
 不法投棄されたニキシー管時計をもとにつくられた、ダモクレス。壊れたからこそ捨てられたはずなのに、ダモクレスとして再度動き出してしまうのはいかがなものか。
 とはいえ、と、エンデ・シェーネヴェルト(フェイタルブルー・e02668)は鮮烈なコーンフラワーブルーの瞳を細めた。
「……こうも毎回不法投棄からダモクレスが生まれてるんじゃ、まずそっちを取り締まった方が事件件数減るんじゃねぇの?」
 言いつつダモクレスを蹴り抜けば、黒から青に変わる髪が猫の尻尾のように彼を追随する。
「……これがニキシー管時計か。初めて見るが、中々面白いな」
 眼光鋭くダモクレスをまじまじと眺め、フューリー・レッドライト(赤光・e33477)は表情を引き締めた。
「だが、放置は出来んな。ここで破壊させてもらう」
 フューリーは殲脚『誓約』に星屑を纏わせ、鮮やかな蹴りを叩き込もうと肉薄する。が、ダモクレスの速度はなかなかのもの。ダモクレスはフューリーの攻撃を回避し、ケルベロスたちの間をせわしなく走り回る。
「ええ、僕も実物は見たことはなかったんですが、ニキシー管、いいですよね。レトロものとかアンティークとか、さほど興味を持ったことはなかったんですが、あのオレンジ色の光には惹かれるものがあります」
 ダモクレスが木々の間をも素早く移動するのを横目に、剣太郎は自身の列、その背後に彩り豊かな爆発を起こした。
「……けど、どんな良いものでも、必要とされなくなればそれまで……。この先も、彼らのように価値を見出されないまま消えていくものはどんどん出てくるのでしょうね……」
 剣太郎は伊達メガネを押し上げ、少し悲しげな瞳でダモクレスを見遣った。
 鉄騎が炎を纏って突撃すると、とライドキャリバー「プライド・ワン」がヘッドライトの色を黄から赤へと変え、同じく炎の突撃を仕掛けた。
 しかしダモクレスは、素早くライドキャリバーたちの攻撃を回避する。
 攻性植物「白の純潔」を変形させながら、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)もダモクレスをじっと見る。
「ニキシー管時計って、私も実物を見るのは初めてなのです。……なんと言うか、時計としては不便そうですが、構造が面白いし綺麗な感じなのですね」
 真理は無表情に言い、白の純潔で捉えたダモクレスに毒を注ぎ込んだ。

●想い出と思い
 ケルベロスたちはダモクレスへと攻撃を当てるため、彼の者の行動を阻害する攻撃を仕掛けてゆく。もちろん、見切られないようにグラビティを選択することも忘れない。
 花の魔術師の相手は、彼とは対照的に無機質なものだ。
「しかし勿体ねぇな、ニキシー管時計って確か結構良い値段するんじゃなかったっけか」
 聞くところによると、ニキシー管時計の修理には万単位でお金が必要らしい。
「修理するより新しく買い換えよう、ってつもりだったのかもな」
 だとすれば、不法投棄はさておき、元の所有者はなかなかに金を持ってるようで。嘆息ひとつエンデが竜語魔法を口にすると、熱を持った紅の竜がダモクレスを包み込んだ。
「ニキシー管時計なら、壊れても買い換えたくなる気持ち……わかります。レトロで素敵なアンティークとなりそうな物ですからね」
 サラがうなずき、後衛に向けて雷の壁を築く。
「残念ながらダモクレスと化してしまったのならば、退場して頂くしかありませんがね」
 そのためにサラが行うのは、仲間の回復だ。
 ふむ、と、トープも竜の幻影を放つ。
「ニキシー管は昔はよく使われていたようだが、今ではほぼ実用としては使われんようになったらしいな。時代の流れというものは残酷なものだ」
 いつどんなものが使われなくなるのか、予想はできない。いつか慣れ親しんだものを見かけなくなる日が、やってくるのかも知れない。
 スピンを仕掛ける鉄騎に続こうと、剣太郎は力場を展開した。
「現在では製造も終わって、実用性云々よりアンティークとして見られているんですよね、ニキシー管。……捨てられ永劫忘れ去られるものが多い中、まだ価値を見出されてる分幸せだと思うのですが……エネルギーライン、シールドに集中。疑似オラトリオ動力機、システム起動」
 オラトリオの回復力を疑似的に再現する力場が前衛を癒し、浄化する。
 癒しを受け、真理は改造チェーンソー剣を唸らせた。ダモクレスを両断せんばかりに加えた斬撃に追撃するかのように、プライド・ワンがダモクレスを轢く。
 踏み出し、跳躍するのはフューリー。ダモクレスに飛び乗り、鉄塊剣『激昂』を突き刺した。
「……砕け散れ!」
 叫びとともに破壊の力を解放すれば、内部で何かが破損する音が聞こえる。同時に、仲間の灯した炎の勢いが増してゆく。
 揺れるダモクレスは、それでも数字を切り替えて応戦する。
「目がチカチカしちゃう」
 わずかに視線を逸らしながらクララが思い出すのは、かつて見せて貰った祖父の私物だというニキシー管時計。
(「その時はシャッフルの際に少し恐怖のようなものを感じて暫くは祖父の部屋すら避けたものですが……」)
「今は……ええ、懐かしいですわ。本当に」
 帽子を被り直し、クララは一撃を加えようとダモクレスの背後に回りこんだ。
 市販されているどんなものよりも大きいニキシー管時計は、やはり敵で、ダモクレスだ。
 一撃を受け、ダモクレスは柔らかな光を放ち始めた。
 前衛に向けられた光の中、真理はエンデの前に身を挺する。光が止んだと同時に振り返り、エンデの無事を確認して仲間の射線から退く。
 悠仁が足に装着するは、エアシューズ――凝念靴サクルフ。木々を蹴ってニキシー管時計との距離を詰め、つぶやく。
「ニキシー管時計……初期のものでなければ、寿命もそれなりなはず」
 その寿命も尽きたのか、あるいは手荒に扱われたか。
「……いや、寿命尽きるまで大切にしていたのなら不法投棄など、しないか。……お前も、恨み辛みはあるのだろうが」
 空中で転回すれば、ガラス管には炎の色が映り込む。それは既に灯っているもの、そして悠仁が自らの足にまとうものだ。
「それは、俺も同じだ」
 一瞬よぎるのは、既に失ったものたち。育ての親、親友、居場所。右目の炎を揺らし、悠仁は言い捨てた。

●光散りて
 いまやケルベロスの勝利は目前。
 順調すぎるほどに順調ではあるが、トープは決して油断することなく鋭くダモクレスを注視する。
 撃ち込むのは楔状の魔力、その塊。
「緩やかに朽ちていけ――その魂を擦り減らしながら」
 刻み込まれた傷で、ダモクレスの動きを鈍らせるものがひとつ、また一つと増え、「楔」によって固定された。
 効果のほどを確認するトープを、サラのヒールグラビティが癒す。
 この戦闘に於いて、サラの回復は非常に心強い。状態異常の解除はもちろん、大きな回復量も前線で戦うケルベロスの支えとなっていた。
 落ち着き払い、的確なヒールグラビティの選択をするサラの様子は、いっそ職人めいている。
 既にいくつか破壊されたガラス管をさらに破壊しようと、剣太郎はパイルバンカーを手にダモクレスへと突撃した。
「どんなものでも、打ち貫きます……!!」
 確かに穿った音が聞こえ、ダモクレスの防御力がさらに低下する。鉄騎もガトリング砲から弾丸を撃ち出し、ダモクレスの動きを鈍らせてゆく。
「なるほど、ここは畳みかけるところですね。プライド・ワン、私に続くですよ」
 真理が素早くアームドフォートを展開し、続けざまに攻撃を仕掛ける。プライド・ワンは主の呼びかけに応じ、ダモクレスへと体当たりを決めた。
 ガラス管のいくつかが砕け、木製の台もところどころが欠けている。
 哀れみを誘うような姿ではある、が。
「……時計は時を刻むものだ。人の時を止める事など、あってはならない」
 紙兵をばらまきながら、フューリーが告げる。表情の変化こそ乏しいが、必ずやここでダモクレスを撃破し、人々を守ろうとする思いは人一倍。困った人を見捨てられないという性質は、フューリーがケルベロスとなる前から変わらないものだ。
「0から9まで……忙しない事です」
 気合いで、と言っても差し支えがないほど、ダモクレスの時計部分は常にくるくると数字を変えていた。
 クララは静かに呼吸を整え、魔法陣から召喚魔法を行使する。
「完全制御は無理ですが、まぁ、それも面白いでしょう」
 やがて魔法陣から、黒い波のようなものが解き放たれた。いっそ単一生物のように見えるが、その正体は魔界の森に住まう蜘蛛。瞬く間にダモクレスを覆い尽くしたかと思えば、ダモクレスの表皮を食いちぎり、再び魔法陣の中で消え失せた。
 ダモクレスは、やにわに強い光を放つ。
「それがお前にとって最後の輝きとなる」
 光を避け、悠仁は外術の詠唱を始めた。用心深く敵の状況を確認し、機会を見計らっての選択だ。
「祓われ流れた不浄の掃き溜め。打ち捨てられた罪に穢れ。怨み憎んだ悪念の果てよ。嗤え。遂に今、求められたのだと。【八針爾取辟久】!!」
 ダモクレスの周囲に、歪な草木が茂り始める。周囲の樹木らと異なるそれは、蔓延した呪いが形を取ったものだ。
 鋭利な枝や蔓がダモクレスへと襲いかかり、全てを引きちぎらんばかりに躍動する。
 これだけダメージをあたえれば、おそらくはあと一息。そう踏んだエンデは、ダモクレスを正面に捉える。
「――さようなら、美しい世界にお別れを」
 それが、エンデからの唯一の餞の言葉。
 仕込み爪はダモクレスを砕き、その動きを止めた。
「ここまでだ。安らかに眠れ」
 跡形もなく消え去った場所に向けて、トープが告げる。
 戦闘は終了だ。クララは長手袋を脱ぎ、その場にふわりと落とす。
「もう怖くない……ですね」
「そうですね。こちらの被害も軽微ですし……破壊された場所にヒールを施しましょうか。立つ鳥跡を濁さず、と言いますから」
 と、サラが戦場となった場所を修復してゆく。
「ニキシー管時計もヒールしたかったが、消え失せてしまっては……な」
 少しばかり残念そうに、フューリーもヒールを施す。
 現場の修復が完了したところで、真理は離れた場所に置いておいたデジカメを拾った。かたわらのプライド・ワンのヘッドライトは、青へと色を変えている。
「さて。それでは『塔のへつり』に行きますですよ」

●塔のへつり
 景観に向かって一直線に、吊り橋がかかっている。
 他に人の気配がないこの場所で、フューリーは思わずあたりを見回した。
「早朝ということもあるのだろうが、静かだな」
「だな、貸切みたいだ。うちの庭でも色々見られっけど、たまにはこうやってちょっと遠出して行楽も悪くねぇかもな」
 それに、朝のひんやりした空気が心地よいと、エンデはのんびりと歩く。居候先の神社の庭と境内を思い出しながら。
 陽光も、山に遮られて穏やかだ。
 トープは、どこか感心した様子で塔のへつりの下部を眺める。
「河食によってこのような地形になるのか。趣深いな」
 訪れたことがない場所だから、ゆっくりと。そうでもなくても珍しい光景は、トープの目を楽しませてくれる。
 岩と岩の合間には紅葉が、下を流れる川には鮮やかな色の葉が。吊り橋を渡りながら、悠仁はつぶやく。
「このような風景は、初めてです……絵になりますね」
 戦闘時とは異なり、穏やかな口調だ。時折足を止め、塔のへつりを映し出す川面をゆっくりと眺める。
「せっかくカメラもあることだし、美しい景色を堪能しましょう」
 ポケットから出した飴を口の中に放り込み、剣太郎は撮影スポットを探していた。
 塔のへつりをメインにするか、紅葉をメインにするか。アクションカメラProを手に、剣太郎は構図を検討してゆく。
「良い場所ですね……」
 風に銀色の髪をなびかせ、サラは青空から紅葉へと視線を移動させる。青から赤、黄色、緑、そして岩肌。自然ならではの色合いは、見ていて穏やかな気持ちになれる。
 そして風景を堪能したら周辺のグルメスポットを訪れようと、川の流れる音を耳に歩みを進めた。
「まぁ! 綺麗で面白い場所」
 浸食と風化でつくりだされた景観を前に、クララは素直に驚く。ぶらり再発見を使えば、なんだか人の顔に見えるような場所を見つけてみたり。
「……それに、しても。空気、におい、温度……本では味わえないものですね……ええと、へつり……へつり」
 聞き慣れない言葉を繰り返し、水面と岩肌のコントラストを愉しむ。水面は、非常に穏やかで、時々止まったようにすら見える。
「時間が止まったような、良い場所です……ね」
 クララの言葉に反応するのは、真理。
「さっきのダモクレス、時間を止めるグラビティを使ったです。……変な感想かもですが、こう言う時間だったら、ちょっと止まっても良いかなって思ってしまうですよ」
 やはり無表情ではあるが、どこかしんみりした口調だ。
「でも、本当に止める訳にはいかないですからね。記念撮影、どうですか?」
 そう言って真理はデジカメを取り出した。
 写真の中には色だけしか残らないけれど。いつかの郷愁になれば、と。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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