幻想の青騎士

作者:柚烏

 ――吐き出した吐息は白く凝り、静かに辺りへ漂っていく。上着を胸の前で掻き合わせてから、遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)は雪が降り積もる山道の先をじっと見据えた。
「何かに、引き寄せられるような感じ……これが、予感ってヤツなのかな?」
 行く先に広がっているのは、奇妙なモザイクで覆われた空間――幾度となく報告で聞き及んでいたものの、こうして直に目にしてみると、ぞわりと肌が粟立つような感覚がする。
「やっぱり飛び込んでみないと、中は分からないよね……よし」
 元々、調査をする為に此処までやって来たのだ。意を決して鳴海が内部に足を踏み入れると、出鱈目に混ざり合った地形が彼女の視界を埋め尽くした。
 纏わりつく様な液体をかき分け、空と大地が織り成す市松模様を横切り――その合間にきらきらと氷の煌めきが入り混じる頃、凍えるような気配を放つ存在が鳴海の前へと姿を現す。
「このワイルドスペースを発見できるとは……まさか、この姿に因縁のある者なのか?」
「……え……?」
 それは――勇壮で居ながらも、何処か歪で禍々しい青の騎士。初めて相対する筈なのに、鳴海はそれが裡に秘めた己の姿であるのだと、無意識に悟っていた。
「そう、だ……私は、誰かを守る存在になりたいって思って、でも……」
 その勇者になりたいという無邪気な夢は、幼稚だからと心の奥底に封印した筈だ。けれど駄目な人間だからと自嘲して、惰性のまま日々を過ごしてきた自分を断じるかのように――青の騎士は氷晶の剣を突き付けて、厳かに告げる。
「だが何者であれ、今ワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいかない。お前は、ワイルドハントである私の手で死んでもらわなければならぬ」
 その声音に秘められた冷ややかな殺意を、鳴海は霊刀を固く握りしめることで耐えようとした。身体が震える、歯の根が合わない、それでも――。
「私は、逃げたりしない……。君は、私の願った騎士なんかじゃない……ッ!」

 ワイルドハントについて調査をしていた鳴海が、ドリームイーターの襲撃を受けたようだと、エリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は急いで事件の概要を伝えた。
「どうやら、相手は自らをワイルドハントと名乗っているみたいでね。現在は雪山の一角をモザイクで覆って、その内部で何らかの作戦を行っているみたいだけど……」
 ――それよりも今は、鳴海の命が危険に晒されている。だから、皆には急ぎ救援に向かって貰い、ワイルドハントを名乗るドリームイーターの撃破を行って欲しい。エリオットは祈るようにそう告げてから、既にフォローの準備はしてあると力強く頷いた。
「元々、調査のバックアップはするつもりでいたから。それと予知情報を元に動けば、問題なく救援は行える筈だよ」
 戦場はモザイク内部の特殊な空間となるが、あくまで見た目が特殊なだけで戦闘に支障は無い。対峙するワイルドハントもまた、鳴海が暴走した姿――歪な青騎士の見た目をしているが、それもあくまで外見を奪っただけに過ぎないとエリオットは付け加える。
「その能力はドリームイーターのもの……それでも見た目に沿った、騎士らしい攻撃が中心になるよ。主に氷の剣での接近戦を挑んでくると思う」
 予知よりも先に、鳴海が調査で発見出来たのは、敵の姿とも関連があるのかも知れない。そんな彼女へ問答無用で襲い掛かるなど、敵はワイルドハントの調査をされることを恐れているようだが――色々と考察を行うのは、この事件を解決してからだ。
「どうか、鳴海さんを助けてあげて。僕たちは、たったひとりで戦っている訳じゃないんだから……!」


参加者
ミチェーリ・ノルシュテイン(青氷壁の盾・e02708)
遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)
九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)
宝来・凛(鳳蝶・e23534)
楠木・ここのか(幻想案内人・e24925)

■リプレイ

●ある可能性との邂逅
 雪山に降り積もる白と、透き通る晩秋の空の青――モザイクに包まれたワイルドスペースでは、出鱈目に混ざり合ったふたつの色が、万華鏡のように煌めいている。
(「……ああ」)
 ――その合間に過ぎるのは、うつくしくも冷ややかな氷の欠片で。そんな悪夢の世界が形を成したような、異形の青騎士――ワイルドハントを名乗る存在と、遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)は向き合っていた。
「はは、まさか私の暴走体がこんな姿だなんてね」
 乾いた声が、知らず彼女の唇から零れたが――それが変わり果てた己の姿なのだと、本能で分かる。自分とは似ても似つかない勇壮な騎士だが、それは心の奥底で密かに憧れていた存在であったから。
「……うん、そうだね。分かるよ。私は誰かを守れる、騎士みたいな存在になりたいって思ってたから」
 けれどそんなのは子供っぽい憧れで、自分じゃ足りないと言うことも鳴海は知っていた。そう――それこそ目の前に居る存在のように、歪な異形にでもならない限りは無理なのだと。
「だからまさしく、君の姿は私の可能性、なんだろうね……」
 自分の弱さを自覚しつつ、それでも立ち向かおうとした鳴海であったが、直後ワイルドハントの振るった氷剣が、モザイクの破片に紛れた大木を両断する。その余波を受けた彼女は、今までの感傷も忘れて思わずツッコんでいた。
「……ってて。ちょっと、私の姿でその強さは反則じゃない?!」

●縁の糸を辿って
 そして、一方では――危機に陥っている鳴海と合流しようと、仲間たちがワイルドスペース内へと飛び込んでいた。静寂纏う雪景色から一転、酷く現実感の無いモザイクの世界を駆けるレスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)は、各地で報告が相次ぐワイルドハントの暗躍を想い、微かに銀の瞳を眇めているようだ。
(「ワイルドハント……自分の中身か裏か。そいつが暴かれて自我を得るってのは不気味なはなしだ」)
 一体、夢喰いどもは何を企んでいやがるのか――そんな彼の訝しむ気配を感じ取ったのか、優雅な足取りで続く斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)が、悠然とした様子で唇を開いた。
「……容を真似ようと外殻だけの只の偽物とあらば、躊躇う謂れもありません」
 詩を吟じるように紡がれた言葉は、するりと水の如く染み込んでいくようで――且つ、秘めた真意を窺わせないもの。穏やかに微笑む朝樹はやがて、厳かに宣言する。其の全てが明るみに出るまで、模されては倒しの鬼ごっこに勝ち抜いて見せましょう、と。
「そやね。このまま雪に閉ざされんよう、必ず皆で帰れるように、全力を」
 モザイクの中にちらつく雪景色をちらりと一瞥した宝来・凛(鳳蝶・e23534)は、縮こまって丸まりそうになるウイングキャット――瑶に向かって檄を飛ばした。
「寒さに負けてる場合とちゃうよ、瑶!」
「さ、皆さん。声を掛け合いながら、効率的に捜索ですわ」
 まずは鳴海を見つけることが最優先――九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)が、凜とした声で呼びかけたその時、彼方から不意に響いてきたのは剣戟の音。それが探し人のものであると気付いたミチェーリ・ノルシュテイン(青氷壁の盾・e02708)は、一気に速度を上げて大地を飛び越えた。
(「鳴海とは、些細だけれど確かな縁がある。そんな彼女の危機、黙って見過ごすわけにはいきませんね」)
 古い知人との久々の再会となるミチェーリだが、一方の空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)は、同じ旅団に通う間柄であったりする。未だ直接会う機会には恵まれていないものの、以前にも依頼を一緒にこなしたことがあり面識はあるのだ。
(「そう言えば、あの任務は昨年の今頃だったか」)
 当時のことを懐かしく思いながらも、モカの足取りはその二つ名――パッシングブリーズの如く、淀みが無かった。そして、妖精のような可憐な姿で悪夢の世界に立ち向かうのは、鳴海のネット友達である楠木・ここのか(幻想案内人・e24925)だ。
「なるみん、待っててくださいね……!」
 ――鳴海とはネットで知り合って5年ほどで、リアルで遊ぶようになってからは1年以上が立つ。普段は普通のオタク友達と言った感じなのだが、ここのかが失恋した時、鳴海は懸命に励ましてくれた。
(「ここのんには、もっと素敵な王子様が現れるよ! ……でしたっけ。ふふ」)
 今回は恩返ししたいと思うのは勿論だが、親友の危機に駆けつけずには居られなくて――なるみんの方も、親友だと思ってくれてるといいなと、ここのかは微笑む。
「あ……居ましたわ!」
 ――やがて周囲の気温が急速に下がっていき、氷が共鳴するかの如き剣戟の音色が大きくなった頃。櫻子の瞳はようやく、青騎士の攻撃を耐え凌ぐ鳴海の姿を捉えた。
 レスターの防滑靴が勢いよく地面を蹴りつけ、斬り結ぶ彼女らの間に割って入ろうとする中で、鳴海の方も仲間たちの存在に気づいたようだ。
「なるみん! 大丈夫でした!?」
「って、え? ここのん!? 皆!? 助けに……来てくれたんだ……!」
 迷いなく彼女の元へ妖精の幻影を向かわせる、ここのかの勇姿――更に頼もしい仲間たちの姿を見渡して、鳴海は安堵の余り崩れ落ちそうになる身体を、懸命に奮い立たせる。
「これは『勝てないかも』なんて、思ってる場合じゃないね。姿だけの『理想』になんか、負ける訳に行くもんか……ッ!」

●彼女の理想と望むもの
「お会いするのは二度目だな、鳴海さん。また会えて嬉しいよ」
 微かに相貌を和らげ、再会を喜ぶモカであったが――次の瞬間には怜悧なエージェントとしての貌へと戻り、油断なくワイルドハントへと注意を向けた。
「……無事で何よりです、鳴海。此処は私達が引き受けますから、あなたは後方に」
 一方のミチェーリは氷の美貌を崩す事無く、合流後の隙を突かれぬよう素早く牽制を行う。妖精の魔力を宿した彼女のブーツは、虹の軌跡を生んで――急降下からの蹴りが、勢いをつけてワイルドハントに浴びせられた。
「あ、うん……その、迷惑かけちゃってゴメンね」
 ――自分の危機に、こうして駆けつけてくれた仲間が居る。そのことを素直に嬉しいと思うけれど、鳴海はやっぱり駄目駄目だなあと縮こまりそうになる。そんな彼女へその時、おもむろに声を掛けたのはレスターだった。
「……そいつには負けられねえんだろ、なら幾らでも力は貸そう」
「うちも――この力が役立つなら、喜んで貸すよ」
 不愛想ながらも確かな決意が伝わるレスターに続き、快活に微笑んで刀を構えるのは凛。そうして力強い仲間たちの背に守られ、後ろへ下がる鳴海の元へ朝樹が近づき、傷は問題無さそうだと判断を下す。
「ここのかさんが真っ先に動いてくれましたからね。……ならば皆様が全力で対峙できるよう、援護はお任せ下さいませ」
 代わりに前衛の補強を行うべく、舞うように雷杖を繰り出す朝樹が、雷の壁を構築し耐性を高め――続くモカは黒鎖を地面に展開、守護の魔法陣を描いて守りを固めていった。
「さて、騎士道とやらに則って、正々堂々と戦り合おうじゃねえか」
 ――その言葉とは裏腹に、レスターの口元には凄絶な笑みが浮かんでいて。右腕に銀の獄炎を纏った彼は、凡そ騎士道とは無縁の荒々しい力技で、ワイルドハント目掛けて螺旋の杭を撃ち出した。
「なるみん、騎士になりたかったって言ってましたよね」
 そんな中でここのかは、かつて鳴海と交わした会話を思い出しているようだ。あの時は照れくさそうにしていたけれど、きっと今でもなりたい筈――そう思ったここのかは純白のチュチュを翻し、トゥシューズで軽やかにステップを刻んで戦場を舞う。
「なら、なるみんが本物の騎士様になれるように、偽物の騎士にはご退場願いましょう! 大丈夫……なるみんなら勝てますッ!」
 美しき舞は癒しの花弁を生み、それは仄かな光を纏って、きらきらと辺りに降り注いでいった。氷塵の見せる悪夢がかき消され、過去の闇に苛まれていた櫻子はようやく一息吐けたようだったが、青騎士との戦いは未だ予断を許さない状況だ。
「……攻撃に専念するのであれば、もっと戦法を考えておくべきでしたわね」
 効果的な攻撃を繰り出す、とは決めていたが――具体的にどうするのかと問われれば、櫻子ははっきりと答えを返せなかっただろう。
 ――威力を重視して敵の体力を削るのか、或いは状態異常の付与を先に狙うのか。効果的と一口に言っても、何を効果的とするのかはその人による。
「うーん……私も気負い過ぎちゃった、のかな」
 そして戦法が曖昧であったのは、鳴海も同じ。適宜技を切り変えるにしても、何を指針とするかが欠けていれば、上手く動くことは出来ないだろう。臨機応変に動く為には、事前に確りと対処法を構築しておく必要があるのだ。
「あ……っ!」
 更に――連携を行おうとしていた櫻子は、確かな感情を仲間と結んでおらず、凛に続こうとした所でタイミングに遅れてしまった。どうやらワイルドハントは、此方の隙を見逃してはくれないようで、足並みの乱れた所を崩しにかかる。
「――あかん!」
 もう誰も、目の前で失いたくない――その想いが凛を突き動かし、辛くも彼女は氷剣の一撃から櫻子を庇うことに成功した。臆すること無く盾を務める凛へ、素早く朝樹が魔術仕込みの手術を施し窮地を救い、同じ盾であるミチェーリは怒りを誘って攻撃を分散させる。
 付与に長けるモカは攻守を織り交ぜ、敵の動きを阻害しつつ味方の強化も行っており――そして一見、無茶な戦いを繰り広げているように見えるレスターも、守りを削った後に一気に攻め、己の身が危なくなれば生命力を喰らい、体力を回復するのも忘れない。
(「皆、本当に強いなぁ……」)
 鮮やかな戦いぶりを見せる仲間たちを目の当たりにして、かつての鳴海ならば自分は駄目だと諦めていたのかも知れない。しかし、心配そうに自分を見つめるここのかに力強く頷いて、鳴海は真っ直ぐにワイルドハントに向き直る。
(「君はある意味、私の理想。でもそれは姿だけ」)
 ――私が望むのは、守る為の強さだ。そのひたむきな想いは彼女の中で、次第にはっきりとした形を取りつつあった。

●一人じゃないから
 誰かを守りたい、そんな鳴海の夢を歪な形で体現したワイルドハントへ、レスターは迷い無く大剣を振るう。
(「誰かを守りたいという夢は眩しい。……その選択肢をとうの昔に捨ててきた自分にとっては」)
 ――嘗て大切なものを守れなかった男は、これ以上守るべきものを増やさぬ道を選んだ。だからだろうか、禍々しい敵の姿は気に食わない。その夢は純粋な形であるべきだと、彼は思う――否、思いたかった。
「守りたいと。そう思うこと自体が強さだろう。幼稚とは呼ばせねえよ、そいつは」
 青騎士の放つ氷条を斬り裂くようにして、レスターの刃が一直線に振るわれる。地獄の銀炎が飛沫と化し、荒々しく砕け舞う様は、まさに濤――荒波の如く立て続けに打ち寄せる刃は、ワイルドハントの肉体に確かな傷痕を刻みつけていった。
「そうや、幼稚なんかやない、素敵な志。そんな夢を歪める存在に、勝手な真似はさせへん!」
 誰かを守る存在に――その想いは、凛も解る。守りたかったひとを喪った少女は、もう涙は見たくないと笑顔を守る道を選んだから。右目を通る刀傷がちりちりと熱を帯び、地獄と化した瞳は激しく燃え上がる。
「……援護たのむな、瑶」
 瑶が尻尾の輪を飛ばして援護する中、紅い胡蝶が舞って――やがて獲物に停まったそれは、艶やかな業華と化して花開いた。
「灰すら残さず、灼き尽くせ……!」
 激しい獄炎を秘めると同時、その心は氷雪の如く冴えわたっている――そんな凛の元へ青騎士の剣が襲い掛かるが、その一撃はミチェーリのガントレットによって遮られる。
「この様な紛い物の氷など、我が冷気で逆に凍えさせてみせましょう」
 青氷壁の盾として仲間を守る彼女は一転、青白き光輝を氷の杭へと変え、パイルバンカーの如く高速射出した。勇ましく戦うミチェーリであったが、敵の注意を引きつける負担は大きいだろうと、ここのかはテレビウムと一緒に妖精の輪舞曲を踊る。
「私は幻想案内人。ですが、あくまで幸せを見せるのが務め――」
 ――この幻想は鳴海の悪夢、だから終わらせよう。そっと頷くモカは一陣の風となり、指先から刃を生み出し文字通りの手刀と成して、ワイルドハントを瞬く間に斬り刻んで。其処へ櫻子の必殺の太刀――桜纏う古龍の斬撃が繰り出された。
「怒れる桜龍の一撃、その身で受け止められるかしら」
「……禍々しき騎士が忠誠を誓うのは闇の主か、或いは誓いを忘れたか」
 朗々と言の葉を紡ぐ朝樹も、一気に畳み掛けるべく術を編み――霞みの檻と化した薄紅の霧が、纏わりつくようにして青騎士の自由を奪う。
 ――何れにせよ、似合いの舞台は奈落の底に。過たず散り逝きなさいと告げる朝樹は、其処で勇気づけるように鳴海へ声を掛けた。
「形を模された迷いや苦しみは、御本人のもの。どうぞ自らの手で打ち倒して下さいませ」
 止めは鳴海自身で、とレスターや凛も願っているようだ。なるみん――と己の名を呼ぶここのかに笑いかけてから、鳴海はワイルドハントに向けて霊刀を構える。
「……私はこんな風に、皆に助けられてばっかりの駄目人間だけど。だからこそ、私も皆を助けたい、守りたいって思う」
 それは、届かないからと目を逸らしても消しようのない、強い願いだ。或る可能性――暴走した自分の姿と対面することで鳴海は己の内面を直視し、それを乗り越えようと必死にもがく。
「一人で届かなくたっていい。望む未来の為に、皆と今、この剣を振るう事は無駄なんかじゃないはずだから……ッ!」
 心の奥底に秘めた想いを刃に込めて、熱き衝動のままに解き放つ――開眼することで生み出したその刃は、輝ける衝撃波となって敵を討ち、幻想の青騎士は夢が終わるようにしてふっと掻き消えた。

「……あんな鎧なんかなくたって十分じゃねえか、お前」
 ――呆然と刀を握りしめる鳴海を、現実に引き戻したのはレスターの声。あはは、と照れた様子で頭を掻く鳴海へモカが、重箱に入れた巻き寿司を差し出す。
「……あの任務から、独学で研究して作った巻き寿司だ。お腹が空いていたら食べてくれ」
 その隣では瑶をマフラーで包んだ凛が、差し入れにとお茶を手渡して――気になる事は残るけど、今は皆の無事を喜ぼうと頷く。
「さぁ、帰りましょうか」
 やがて人心地ついた皆を見守りながら、朝樹が帰還を促して。彼はふと、消えゆく空間を振り向き静かに微笑んだ。
(「雪景色のモザイクは、幻想めいて綺麗。ですが――」)
 幻は幻のままでこそ美しいのだと、皆の元へ歩を向ける朝樹は、もう振り返ることは無かった。

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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