悲劇の果てに

作者:高畑迅風

●ある人間の末路
「タクミ!」
 タクミ、と呼ばれた男は口から血を吐いて倒れた。彼の目の前で、攻性植物となった男が彼を見下ろしている。
「俺は人間だよ、人間なんだよ」
 男は焦点の合わない目をおびえている若者たちに向けた。彼らはこれまで一緒にやってきたグループの仲間、だった。
「俺は人間だよなあ? 俺たち、仲間だよなあ?」
 男は悲痛な声で仲間たちに呼びかけた。
「く、来るなよ! 化け物!」
 しかし、返ってきた答えは罵りだった。彼らはもう、男の仲間ではないのだ。
「そう、そうか……。もう、おしまいだな」
 男が青年たちに向かって歩みを進めた。
 その数分後、若者たちは全員血にまみれ倒れていた。そこには攻性植物となってしまった男のむせび声が響いているだけだった。

●悲劇が起きる前に
 近年目覚しい発展をとげた新興都市、茨城県かすみがうら市。
「最近、ここで攻性植物の出現が確認されています。若者たちのグループが多く根城を置くかすみがうら市では、グループ同士の、あるいはグループ内での衝突が多発しています。その抗争に、攻性植物の果実を体内に受け入れて異形化した人間が関わる事例が増加しているのです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそう前置きを説明した上で、今回の事件の概要を説明した。
「今回、あるグループの攻性植物となった男性が同じグループの仲間を殺害する事件が予知されました」
 ケルベロスたちは息を飲んで続く説明を待った。
「そこで皆さんが攻性植物を撃破し、この事件を阻止してください」
 ケルベロスたちに緊張がただよう。セリカは説明を続けた。
「攻性植物となった男性はたいてい仲間たちと行動を共にしていますが、10分間だけ単独で行動する時間があります。皆さんと攻性植物が戦っているのを目撃されたとき、その先何が起こるかは予知できません。よって、攻性植物は他の人間に目撃されずに撃破してください」
 ケルベロスたちの緊張がさらに高まった。
「また、攻性植物となった男性は今でも、人間として認められることを求めています。皆さんが彼を認めてあげれば、低確率ですが撃破後に分離することがあるかもしれません」
 セリカはどこか沈んだ声で言った。
「冷静な判断が必要になります。そのことは十分理解してください」
 気分を入れかえるように、セリカは最後にケルベロスたちを勇み立たせた。
「鎌倉での一件とは関わりがありませんが、人の命がかかっているのは事実です。攻性植物を撃破し、グループの若者たちを救ってください」


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
ルシェーラ・ナルヴァ(砂塵の戦竜・e01620)
鳴無・央(黒キ処刑ノ刃・e04015)
深山・遼(風と往く・e05007)
湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
千歳緑・豊(喜懼高揚・e09097)
紅・風虎(魔拳・e16663)

■リプレイ

●激突
「……いいんだな?」
 ルシェーラ・ナルヴァ(砂塵の戦竜・e01620)の問いかけに、深山・遼(風と往く・e05007)が物陰で様子を伺いながら答えた。
「人が一人死ねば悲しむ人が必ずいるはずだ。誰一人いないという人はいないだろう? 人間は決して独りでは生きていけない生き物なのだから」
 紅・風虎(魔拳・e16663)がそれに加わって言う。
「わしも、彼を仲間のもとに帰してあげたい……一人で死ぬのは哀れすぎるからのう」
 もうすぐ、標的の男が現れる。
「この10分で、悲劇を覆して見せるです……絶対に」
 機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は決意を込めて呟いた。

 男は仲間に少し休んでくる、と伝えるとグループの根城となっている倉庫を出た。もう使われていないためか、人気は全くない。裏手に回り、休憩所になっている場所に来ると、男はため息をついた。男が力を手に入れたときから、仲間の様子が変わっていたからだ。男は薄々感じていた。仲間に拒絶されている気がしていた。
 なんとなく気分が落ち着かない男は、ケルベロスたちが現れたのに少しばかり気付かなかった。目を上げた男は、そこで初めてケルベロスたちの姿に気付いた。
「誰だ、お前ら」
 男は警戒して尋ねた。カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)が前に出て言った。
「私たちはあなたを止めに来ましたの」
 男は彼女の言葉が理解できなかった。
「止める? 何の話だ」
 カトレアは男の目を真っ直ぐに見て言った。
「あなたが持っているのは攻性植物といって、いずれはあなたを侵食してしまうかもしれない危険なものなのですわ。今なら人間に戻れるかもしれないので、私たちに任せて頂けないでしょうか?」
 カトレアの後ろで真理は男を心配そうに見つめている。男はカトレアの要求を理解したが、それを受け入れなかった。
「この力を手放せっていうのか? ……嫌だ」
 今度はカトレアの隣に立っていた湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)が口を開いた。
「それは本来はデウスエクスの一種で、とても危険なものなんです。だけど人として強い意志を持っていれば打ち勝てるかもしれません」
 男は先程のようなため息をついた。
「……できるならそうしたかったけどな」
 そこにルシェーラが男と美緒の間に立って言った。
「すまないがそろそろ時間だ。これから貴様の攻性植物を取り除くため、私たちと戦うことになる。少しばかり痛むだろうが、男ならこの程度我慢しろ」
 男は暗い顔をすると、ルシェーラを睨みつけた。
「いや、抵抗させてもらう。この力、仲間の皆のために失うわけにはいかない」

●葛藤
 戦闘態勢に入ろうとした男に、鳴無・央(黒キ処刑ノ刃・e04015)は先手を打った。鋭く形を変えた黒い液体が男を貫く。苦痛に顔を歪ませ、男はひととびでケルベロスたちから距離を取った。
 その間に、美緒は仲間たちに歌を歌い、明るく、楽しげに仲間たちを元気づけた。風虎はすばやく護殻装殻術を唱え、央に御業の鎧を与えると、呟くように言った。
「では、任せたぞ」
 男はこの隙にケルベロスたちと距離を取って自らを癒そうとしたが、千歳緑・豊(喜懼高揚・e09097)はそれを許さなかった。
「皆、君を助けたいと思っているぞ。少し我慢してくれ」
 豊は男が回復しないように追撃した。男は悪態をつくと豊から遠ざかるように移動しながら言った。
「くそっ、これは俺の力なんだ……みんなのための力」
 しかし、男の行く手にルシェーラが立ち塞がった。
「力を求める、それはとても人間らしいことだ。だがこのままでは人では無くなるだろう。力を捨て、まだ人間である内に戻ってくるがいい」
 男はルシェーラの言葉に反駁した。
「違う! 力を得ても俺は人間だ。人間なんだ」
 豊は男の叫びを包むように言った。
「その力を得て人であるか不安を感じるなら、君は正しく人間だよ」
 それに重ねるように、風虎も訴えかけた。
「そう、御主は人間だよ。ただ、その植物と融合したら判別がつかぬじゃろう?」
 男は一瞬口ごもった。自分は人間であると、彼らは認めてくれた。けれども、力を奪われてしまうのはどうしても嫌だった。
「うるさい、だったら俺からこの力を奪わないでくれ! 俺は力が欲しかったんだよ」
 男はケルベロスたちの攻撃を受けてわずかに動きを鈍らせながら、必死になって吠えた。真理は男の心にできるだけ寄り添うように問いかけた。
「あなたは仲間のためにその力を求めたんですよね? それなら、あなたの仲間を想うその気持ちこそ、人間だという証拠なのです。植物なんかに負けないでほしいのです」
 だが、男は負ける、という単語に眉を動かした。
「俺が、この力に負ける……? 嘘だ。俺はこの力を制御できてるだろ!」
 男は再び吠えた。
「力を得ても未だ迷いはあるのか?」
 遼の言葉に、男は動きを止めた。男は力を得ても、ずっと迷っていたのだ。
「知っているか? 人は他人の中に自分の姿を見るという。周囲がお前を人と認めていないと感じるのであれば、自身が認めていないようなものだ」
 男は重い事実を突きつけられた気がして、急に胸が苦しくなった。
「やめろ……」
 男は呟いたが誰にも聞こえることはなく、遼は男に近づき、更に声をかけた。
「自分の胸の内に問い……そして、戻って来い。私にお前の『人間』だという証を見せてくれ」
「やめろ!」
 男は叫び、体を捕食形態に変えて攻撃した。遼は男の攻撃を受け、そばで飛んでいた青い蝶を呼んだ。それは瞬時に美しい杖へと形を変え、遼の手元に納まった。
「……俺は人間だ。さっきからそう言ってるだろ? 今更、自分の胸に問えるものなんかない。もう、やめてくれよ……」
 男は心の内で感じていたことを突きつけられて、遼の言葉が耳に入らなくなっていた。央は舌打ちをして、男に迫った。
 彼らに残された時間は、あと7分だった。

●偽り
「さっきから聞いていれば、人間人間ってなんなんだてめぇ?」
 央の挑発的な口ぶりに男はたじろいだ。
「認めてもらう努力もせず一方的に我がままを言うだけ。力が欲しいのならそんな物に頼らず己の拳で示してみせやがれ」
 央は吐き捨てると男に急接近し、素手で男を殴り飛ばした。数メートル以上後ろに飛ばされた男はしばらくして立ち上がると、不気味に笑った。
「……ハハ、なんだ。簡単な話だったんだな」
 ケルベロスたちは頭をかしげた。
「お前らを倒して、俺はこの力をお前らに示す。それだけでいいんだ」
 カトレアが鋭く答えた。
「違いますわ。あなたは勘違いをなさっていますわ」
 男はカトレアの方を向いて、見下すように睨んだ。カトレアは動じることなく、男の目を見返した。
「私たちが戦うのはあなたのためでもあり、あなたの仲間のためでもありますの」
 男は黙り込んだ。カトレアを睨みながらも、その拳は震えていた。彼は迷っていた。簡単な結論に頼ろうとしていた。それは同時に男が人でなくなることを意味していた。
 美緒はその時、彼女の精一杯の思いを込めて歌を歌った。彼女の歌は男の罪を肯定した。彼女の歌は男が生きることを肯定した。彼女の歌はケルベロスの仲間たちしか癒さないが、彼女が歌に込めた思いは、男に全て伝わったのだった。
 男はその歌が終わってもなお、黙り込んでいた。しかし、拳の震えは止まっていた。カトレアを睨むことも止めていた。
「俺のすべきことが、ようやくわかった気がする。俺はお前らと戦う」
 男の目には覚悟が宿っていた。それが何に対する覚悟かはわからなかったが、ルシェールはその覚悟を認め、全力でぶつかることを決意した。
「……ならば私も全力で戦うことにしよう」
 あと4分で、彼らは決着をつけなければならなかった。

●別離
 男は無言でケルベロスたちに攻撃してきた。手加減はせず、全力でぶつかってきた。真理はすかさずウェポンマウントタワーで攻撃を防ぎ、叫んだ。
「私が、皆を守る盾になるですよッ!」
 真理は男の攻撃の隙を見出すと、盾でそれを弾き、すばやく両腕にビームソードを展開すると、男に猛攻をしかけた。光を帯びた刃が目にもとまらぬ速さで男を斬る。男は圧倒的な速さにどうすることもできなかった。男は苦痛にうめきながら、反撃のタイミングをうかがっていた。しかし、真理の息をする暇もない連撃に、男が反撃する余地はなかった。
「攻性植物に囚われているとはいえ、貴様も少しは骨のある男のようだな」
 真理が下がると同時にルシェーラは少し笑いながら言うと、体に黄金色のオーラと戦神竜の文様を浮かばせ、叫びとともに突進した。彼女は巨大な刀、戦竜刀・クルアーナを片手で容易く扱い、華麗な動きで武技を繰り出した。
 豊はその光景を見ながら、複雑な表情をしていた。普段は戦いに楽しみさえ感じるのに、男と戦い始めてからずっと地獄の炎が男の身を案じるかのように燃え、心が痛んでいた。『補われた優しさ』が不愉快に感じていたのだ。それでも豊は一瞬途切れた攻撃を見逃さず、男に反撃のチャンスを与えなかった。仲間である彼らに迷惑をかけてしまうわけにはいかなかった。
 そして豊の攻撃を見逃さず、次に動いたのは央だった。
「刺し穿て、黒き雷」
 央の手から現れた槍はまるで雷そのもののように見えた。五本に分かれた穂が赤黒く帯電している。央はその槍を真っ直ぐに男へ向かって投げた。男は雷に貫かれ、地面に膝をついた。
 苦しげな顔で自らの体を埋葬形態へと変えようとしたところに、遼と風虎の連撃がそれを遮った。彼ら二人の攻撃は流れるように自然な、まるで舞を繰り広げるような攻撃だった。二人の連撃を受けた男は既に限界を迎えていたが、ケルベロスたちに攻撃を続けようとした。自らを癒すことはしなかった。
「大人しくしろ! 馬鹿者がっ!」
 もはや暴れているだけのように見えた男に、風虎は左手で当身を打った。男は動きを止めた。その瞬間を、真理が捉えた。
「もうその人から、離れろですよッ!」
 真理の一撃が、男の弱点に直撃し、彼は崩れ落ちた。
「……俺は、離れられない」
 男は、真理の言葉にそう返した。風虎は思わず声を荒らげた。
「何を言っている! 御主が諦めるというのか!」
 しかし、男は力なく笑った。
「助かったとしても、この力を失うんじゃ意味がねえんだ……」
 ケルベロスたちは黙りこんだ。男はその力と共に滅ぶことを選んだのだ。
「これで、よかっ……た……」
 その言葉を最後に、男は二度と動かなかった。
「……救えませんでしたか。残念です、本当に……」
 しばらくの沈黙の後、風虎はそう呟き、黙祷を捧げた。ルシェーラも目を閉じていた。

 男の仲間たちに男の死を伝えると、彼らは顔を俯かせた。
「そうですか……」
 リーダー格の男が言った。
「……それだけですの?」
 カトレアが尋ねると、リーダー格の男は、攻性植物の力を受け入れ化け物のようになってしまった男を、仲間たちは怖がっていた、と言った。
「彼は自分は人間だと、言い聞かせるように言っていました。私たちも、彼を助けたかった」
 美緒は悲しそうな表情をした。リーダー格の男は、美緒の顔を見て、ハッとしたような表情をすると、彼のことは忘れない、と真剣な表情で言った。
 そして、ケルベロスたちは、グループの若者たちの根城を後にした。彼らの脳裏に男の最期の姿がよぎった。その表情は、どこか安らかだった。

作者:高畑迅風 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年11月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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