発生する芋虫、今お米が危ない

作者:ほむらもやし

●お米に虫が……
 ノシメマダラメイガの幼虫は植物性の油脂が大好きだ。
 ただそれだけのことなのだけど、湧いてしまう場所が問題である。
「食べても毒にはならないとしても、お米に虫が湧くのは勘弁して欲しいわ。棄てるわけにも行かないし……」
 出回り始めた新米を研ぎ終えた大学生の女の子は、ほんの一ヶ月ほど前に米の中に大量の芋虫を湧かせてしまったことを思い出した。
「取り除いたとはいえ、あんな虫だらけの米を食べ続けないといけなかったのは人生の汚点だわ」
 新聞紙の上に広げて取っても取っても、2日ほどで新しい虫が湧いて来る体験を思い出して身震いをする。そんなタイミングで、背後からの気配に胸を貫かれる。
 血こそ出ていないが、胸から突き出る鍵を目の当たりにして女の子は半狂乱で振り向こうとする。しかし鍵を突き刺した者の正体を目にする前に、意識が途切れる。
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 声の主は、第六の魔女・ステュムパロス。
 手にした鍵が引き抜かれると、女の子は倒れ伏し、茶色の頭部を持つクリーム色の、巨大な芋虫が浮かび上がる。
 ステュムパロスが消え去ると、浮遊する芋虫は口をもぞもぞさせながら彷徨い始める。
 それは虫が苦手な者であれば、脳がはち切れんばかりの嫌悪を感じる光景だった。

●嫌悪から生まれし者を討って下さい
「思い出すだけでも、身震いしそうになる気持ち悪いものってあるよね?」
 そんな誰もが抱く『嫌悪』を奪った、第六の魔女・ステュムパロスによってドリームイーターが作り出される。
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)はそう告げると、作り出されたドリームイーターを撃破して、被害者となった大学生を救い、なおかつ新たな被害の発生も防いで欲しいと依頼した。
「このドリームイーターは、移動して出会った人を襲おうとしている。現地には僕が可能な限り早く送り届けるから、あとはいい感じにやっつけて下さい」
 このドリームイーターは人間を見つけると、糸を吹きかけてから、むしゃむしゃと食べようと襲いかかって来る。
「現地到着は午前3時頃、きっと夜遅くまで研究室で麻雀とかしていたのかも知れないね。と言うわけで、深夜だから学生宿舎地区とは言っても人通りは殆ど無い、到着時、ノシメマダラメイガの幼虫っぽいドリームイーターは被害者の居住する棟の前にある半月状の広場に居るから、取り逃がすことは無いだろう。あと広場の大きさは充分で普通に戦う分には支障がでることは無いと思う」
 学生宿舎の敷地内だから、無理な人払いはしないようにと、ケンジは念を押す。
 殺界形成などを使用すると部屋の中に居る学生達を外出させかねないと言う懸念があるからだ。
 戦いの音に気がついて目を醒ます者もいるだろう、だが命を危険に晒してまで近づこうと思う者はいない。
 それから、嫌悪を奪われてしまった女の子は、生み出されたドリームイーターを倒さない限り眠りについたままだ。
「せっかく虫の入っていない新米を手に入れたのだから、早く目覚めさせてあげて、炊かせてあげたいよね」
 そう言うと、耳を傾けてくれたケルベロスたちの顔を確りと見つめる。
「僕もお米に虫を湧かせてしまったことがあるけれど、あれは本当に困るよね。その嫌な気持ちからドリームイーターを生み出すなんて、これは絶対許せないことだよね。だから絶対に成功させて下さい」
 そう強く締めくくると、ケンジは信頼をこめて、丁寧に頭を下げた。


参加者
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)
セフィ・フロウセル(誘いの灰・e01220)
ダミア・アレフェド(蒼海の人魚・e01381)
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
イスズ・イルルヤンカシュ(赤龍帝・e06873)
ユーディアリア・ローズナイト(宝石の戦乙女・e24651)
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)
阿東・絡奈(蜘蛛の眷属・e37712)

■リプレイ

●作戦開始
 現場となる学生宿舎は、市の中央部から北に2キロメートルほどの場所にあった。
 整備されたペデストリアンと歩道、環状の道路が上空から見てもはっきりと分かるほどに、街灯が整備されている。時計の針は午前3時を回ろうかとするところ。動いている物と言えば、大通りを走る大型トラックの灯りが2つ程という有様である。
「4つの居住棟に面した広場、あそこのようですね。それでは、陰陽道四乃森流、四乃森沙雪。参ります」
 居住棟に面した半月状の広場を眼下に認めた、四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)は、開かれたヘリオンの扉から素早く飛び出して、降下を開始する。
(「確かにこれは何もしない方が無難かもしれません」)
 建物の配置を見て、バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)は納得する。現場の状況を見れば気づけることでも、それが必要だと思い込み、決め打ちをしてしまうと、思いがけない事態を招くことがある。
「万一、学生さんが狙われることがあれば、私もなんとかします。ですから、その時は宜しくお願いします」
 セフィ・フロウセル(誘いの灰・e01220)の声に、応えるようにバジルがまず頷き、学生の存在を気にしていた、ダミア・アレフェド(蒼海の人魚・e01381)やフィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)も、スッキリしない様子であったが頷いた。
「まあ、周りに人がいないのならば、存分に力を奮うとするか」
 直後、イスズ・イルルヤンカシュ(赤龍帝・e06873)が言い放って、4人が一斉に「それ違う」とツッコミが入る。学生たちは居室で就寝しているのであって近くにいるのだから。
「わかってますよぅ〜部屋から出てこないなら同じでしょ〜」
「そう言われれば、そうなのかも。ですね」
「どう動いても戦闘に気づかれるのは時間の問題、可能な限り早く済まさねばなるまいな」
 多少の意識の違いはあれど、もし不意に学生が姿を見せた場合に手を打てば良い。そのように行動する者がいたら、出来る範囲で手助けをする。この意識さえ共有されていれば、万一が起こっても大丈夫だろう。
 果たして、半月形状の広場に8人が降り立った直後、建物の出入り口のあたりから、浮遊する巨大な芋虫が、もぞもぞとした動きをしながら広場の中央の方へと進んでくる。
 芋虫のドリームイーターは宿舎の建物を背にしており、進行方向に攻撃が向けられる限りは建物に被害が及ぶことは無いだろう。
「イスズ・イルルヤンカシュ参る!」
 が、仲間の動きを見て、真っ先に仕掛けようと、飛び出そうと声をあげた、イスズが踏みとどまる。
 僅か数秒の違いではあるが、建物の近くで戦うのと、広場の真ん中のほうで迎え撃つのでは、やりやすさが違う。
 そして声に気づいたのか、敵の意識もケルベロスたちに向けられたようだ。

●戦いの時間
「とにかく! 被害を出さないためにも、早くやっつけてしまいましょう」
 言い放って、ユーディアリア・ローズナイト(宝石の戦乙女・e24651)は、ブレイブマインを発動する。次の瞬間、深夜の静寂を打ち破るような大爆発が起こり、生み出されたカラフルな爆風が、前衛の3人の背中を押した。
「さて、今ので殆どの人が、目を醒ましたと思いますの」
 音を出さずに戦うなど不可能だから、当たり前のことですわねと、平然として、阿東・絡奈(蜘蛛の眷属・e37712)は猟犬縛鎖を放つ。命中率は心もと無かったが、ライドキャリバーのクォーツが盛大にスピンして外した直後だけに、狙った者は絶対に逃がしませんのと、その気合いと執念だけで伸ばした蜘蛛の糸が芋虫のドリームイーターを捕らえる。
「貴方も糸を使うようですが。これはいかがでしょうか」
 糸の如きケルベロスチェインの絡みついた芋虫のドリームイーターがもがく様はラバーで拘束された人間のようにも見える。続けて絡奈がボクスドラゴンのアトラクスを差し向ければ、直後にブレスが吐き出されて、芋虫のドリームイーターは奇妙な音を立てながら、艶っぽく身をよじらせた。
「仕込みは終わりました」
「うわあー、あまり見たくない光景ですー」
 バジルの澄み切った瞳に映る光景はまるで大人の世界。だが少年は勇気をもってそれを直視し、青い薔薇が彫られたナイフを抜き放ち、己のケルベロスとしての役目を全うしようとする。
「芋虫のトラウマって何でしょうかね、このナイフを見て下さいねー」
 直後、茨を纏った刀刃にドリームイーターの抱くトラウマを映し出す。そのイメージは何なのかは良く分からない。が、もし、絡奈が隣に居れば、きっと蜘蛛を推しただろう。
(「向きはちょうど良いから、流れに乗った方が良さそうだね」)
 次いで沙雪が巨体の側面に踏み込んだ。芝生が蹴り抉られて生くさい匂いが立つと同時。無駄の無い動作で突き出した、雷光を纏う霊剣の一撃が、空いた横腹に突き立った。次の瞬間、激しく巨体を揺さぶる芋虫のドリームイーター。その重い一撃が 割って入ろうとする、セフィの動きよりも早く、沙雪に衝突する。
 喉を逆流して来る血の塊がごぼりと溢れる。折れ曲がった街灯の灯りを浴びた血液が煌く柘榴石の赤光を放ちながら地面に滴れ落ちる。視界に無数のノイズが混じり、意識が急速に遠のいて行く。
 一瞬遅れて駆け付けたセフィの青い瞳に傷ついた沙雪が映る。間を置かずに拳を握り締め、気合いを込めると癒力を含んだ桃色の霧が放出される中、ボクスドラゴンのシルトが属性インストールを繰り出す。
 イスズが、光輝く左手を突き出して、敵を引き寄せる。浮遊する巨体は想像していたよりも簡単に動く。直後漆黒を纏いし右の拳を繰り出せば、巨体はグニャリと変形し、クリーム色の体液を零しながら地面に叩き付けられる。
 これだけ派手に戦えば、もはや戦闘に気づかぬ者は居ないだろう。恐らくは身を潜め様子を窺っているであろう、学生たちに向かって、この事件はケルベロスが対応中であること、ちゃんと勝算をもって戦っているから、しばらくの間部屋の中で我慢して欲しいと声を上げる。その声に声で返す者は居なかったが、通じているはず、そう信じて、
「Abyssus abyssum invocat」(地獄は地獄を呼ぶ)
 ダミアは小さく呟くと、ライトニングロッドを強く振り上げて、光の壁を展開した。
(「ニホンにきて、お米けっこう食べるようになったけど、とってもおいしい、よね、でも、こんな虫、入っていたら、きっと、つらいよね」)
 おいしいご飯を食べられるようにしてあげたい、フィーラはそう考えて、この依頼を受けた。
 夜中まで麻雀をして疲れているのにお米を炊こうとしていた女子大生のご飯を食べたい気持ちが胸に響いたのかもしれない。別の理由だったかもしれないけれど、それでも、仕事は完璧にやり遂げたい。
 ボクスドラゴンのミラが、セフィに加護を与える刹那に、フィーラが最小の動作で召喚するのは吹雪の形をした氷河期の精霊。
「あなたに、うらみはないわ、でも……」
 だれかを幸せにしたいわけじゃない。でも、嫌がったり、辛がったり、怖がったりしているのは見過ごせない気がする。曖昧だが他人から見れば優しい思いを乗せた冷気が、芋虫のドリームイーターに襲いかかり、その巨体を氷の結晶の中に閉じ込める。
「やっつけましたか?」
「いいえ、まだみたいです」
 早合点しそうになったユーディアリアにバジルが告げた瞬間、強い光が閃いて氷の結晶は粉々に砕け、夜気をつんざく雷霆の如くに飛び散った。
「なら! もっともっと頑張って、やっつけてしまいましょう!」
 打って出ようと思ったけれど、念には念を入れて、沙雪に溜めたオーラを送って傷を癒す。
 次の瞬間、蛇が鎌首をもたげるように茶色の頭部を上げて、芋虫のドリームイーターは口を開く。
「はあっ!」
 今度は守って見せる。気合いと共に沙雪の前に踊り出たセフィに、芋虫のドリームイーターが吐き出した糸が絡みついて、その女性の形を強調するように締め上げて行く。
「くっ、虫に、このような辱めを受けるとは……」
 ねばねばした糸の縛めは脈打つように小刻みに震動し、拘束を強めようと締め上げる動きと重なって、身体に奇妙な疼きをもたらした。次の瞬間、夜気を焼き払うような光が煌めき、ボクスドラゴンのシルトのブレスが芋虫のドリームイーターを包む込み、絡みついた糸を引きちぎるように、セフィは振りかざしたドラゴニックハンマーを砲撃形態と変えて、間髪を入れずに、巨大な竜砲弾を撃つ。
 一拍の間を置いて、閃光が広がり、大爆発が起こる、火の玉に飲まれた広場の中で芋虫のドリームイーターの皮膚は沸騰して、滴る脂が燃え上がりながら、大量の煤を舞い上がらせる。
「鬼魔駆逐、破邪、建御雷! 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
 畳みかける絶好機とみた、沙雪が刀印を結び、詠唱と共に、印を四縦五横に切る。次の瞬間、印を切った指先に集まった煌めきが光の刃と変わり、焼け焦げた敵の巨体を深々と斬り裂く。
 浮遊する黒焦げの巨体に刻まれた傷から、クリーム色の体液がぽたりぽたりとこぼれ落ちてモザイクを散らし、また街灯の光に照らされて、木蓮の花弁の如くに仄かに光っている。
「まだ、倒れませんか? なら、その傷口を、広げてあげますよー!」
 これで終わらせます。バジルが必殺の気合いを込めて繰り出したジグザグスラッシュが、刻まれていたバッドステータスを一挙に開花させ、芋虫のドリームイーターの体力を削りきる。
「さて、これで終わって——いませんね」
 流石に倒したつもりの二度も動き出すと、嫌な予感で胸がいっぱいになってくる。
「それでは今度は私が——暗黒よ、光によって満たされよ」
 ダミアの声が上がる。鋭く伸ばしたブラックスライムが長槍の如くに巨体を貫いてこぼれ落ちる体液の色を黒へと変えて行く、直後、焼け焦げた地面に落下して、芋虫のドリームイーターは真っ直ぐに身体を伸ばして硬直する。
 そして、全身から黒いモザイクを舞い上がらせながら消えて行く。
「残念ですの。ここからが料理の時間と思いましたのに……」
 両手で握っていた蜘蛛の糸を緩めながら、絡奈は口惜しそうな顔をする。
 間も無く芋虫型の巨体は完全に消え去って、焼け焦げた広場の真ん中で、一行はねじ曲がった街灯の白い明かりに照らされるだけとなった。

●戦い終わって
 果たして、戦いに後にヒールを掛けると、多少の幻想は混じったものの、広場も街灯もすっかり元に戻った。
 もしかすると、前よりも使い易くいい感じになったかもいうのは、偉い建築家のプライドがあるから触れない方が良い。

「助けに来ました。大丈夫でしょうか?」
 ユーディアリアが良く通る声で呼びかけながら、倒れている女子学生の背中を軽く叩くと、すぐに目を醒ました。
「あれ? いったいどうしたのですか?」
 そんなに広くない補食室の中に、夜中になぜこんなに沢山のケルベロスが居るのか? と言うことに目を丸くしている。そして同じ棟に住む女子学生たちもまた、集まって来ていて、部屋はごった返していた。
 その様子に、沙雪とバジルは、この建物が女子寮だと気づいた。
「それは、ですね、えっと——」
 喋るのがゆっくりめな、フィーラをフォローするように、ユーディアリアが細かい内容を補足して、女子学生も助けて貰ったことを理解して、「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。
「生きていれば嫌な事は沢山あります。でも、悪い事過ぎれば幸せが来ますよ」
 ダミアの言葉に、素直に頷く、女子学生には体調不良も異変も無く、これ以上のフォローも必要なさそうだったが、建物の外の広場には目を醒まして出てきた学生たちが、戦いの後がどうなっているのかと、興味津々で集まって来ており、つかまると質問責めに遭いそうで、何となく出て行きにくい。
 そんなムードの中、フィーラが口を開く。
「お米のごはんが、食べたくなってきた。帰りになんか、食べていこうかな? 和洋中どれにするか、なやむ」
 おにぎり、たまごかけごはん、雑炊、リゾット。どれもおいしかった。
 指折り数えるようにしながら笑む、フィーラの様子に、女子学生たちは、この時間に営業している店は限られていますよと言う、そして、良かったら私たちにご馳走させて下さいと、申し出て来る。
 かくして、外が落ちつくまでの、もうしばらくの間、この場に留まることにしたケルベロスたちは、様々な専門分野を持つ女子学生たちとの、少し変わった交歓を楽しむのであった。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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