唐紅に燃ゆ

作者:朱乃天

 季節は廻り、深まる秋に紅葉が見頃の時期を迎えた穏やかな日のことである。
 紅葉の名所とされる日本各地の景勝地では、多くの観光客で賑わいを見せている。
 奥日光の入り口にある中禅寺湖もまた、紅葉を楽しむ人々で溢れ返っていた。
 橙色や黄色に色付く木の葉が、陽光照らす湖面によく映えて、鮮やかな湖畔の景色に更なる彩を添えている。
 自然が織り成す美しくも幻想的な唐紅の光景に、人々は心和ませながら憩いのひと時を楽しんでいた――その時だった。
 空から突然巨大な牙が飛来して、観光客の行く手を遮るように突き刺さる。
 それは紅葉色の鎧を身に纏い、二本の大きな鎌を手にした竜牙兵へと姿を変えて。
 恐怖に慄きながら逃げ惑う人々に、憎悪と拒絶を齎すべく殺戮劇を開始する。
「ワガアルジ、ヤーケイロンが、ジゴクガリをゴショモウだ」
「オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコスがイイ。ソシテソノアトは――シネ」
 平和であった筈の日常は、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図となり。蹂躙と虐殺によって流れた夥しい量の血が、紅葉を鮮朱に染め上げる。
 やがて静まり返った湖畔は、肉片と臓物が溢れる世界に塗り替わり、竜牙兵達の冷酷な哄笑だけが響き渡った――。

 紅葉の名所に竜牙兵が出現し、人々を殺戮するという事件が起きている。
 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)はヘリポートに集ったケルベロス達を前にして、予知した事件の説明をする。
「竜牙兵達は地獄狩りと称して、紅葉狩りをする人達を狙っているみたいだね」
 理由は何にせよ、この凶行を阻止しなければ、多くの観光客の命が奪われてしまう。
 現場には急いで向かう必要がある。ただし竜牙兵が出現するより前に避難勧告した場合、竜牙兵は襲撃場所を変えてしまう為、事件を阻止することはできなくなってしまう。
 従って、出現直後のタイミングを見計らい、竜牙兵を迎え撃つのが今回の作戦となる。
 また、現場での避難誘導は警察などに任せられるので、こちらは敵の注意を引き付けながら戦闘に専念すれば良いだろう。
「今回戦う竜牙兵の数は計三体。その何れもが、簒奪者の鎌を二本装備しているよ」
 敵はケルベロスとの戦闘を優先し、積極果敢に攻めてくる。そして撤退する意思はなく、死をも厭わぬ覚悟で最後まで戦い抜くようだ。
「でもキミ達の力なら、問題なく倒せる筈だから。それに、綺麗な紅葉を血で染めるような真似だけは、何としてでも止めなければいけないからね」
 そしてもし事件を無事に解決したなら、ついでに紅葉狩りをゆっくり満喫したらどうだろうかと、シュリはケルベロス達に提案をする。
 秋の湖畔を彩る紅葉は、まるで絵画のように美しく。正に壮観と言ってもいいような、素敵な景色を愛でることができるだろう。
 他にも湖を周遊している遊覧船があり、船に乗って湖上から眺める紅葉は、また違った趣が感じられそうだ。
 紅葉狩りと聞いて猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)は大きな瞳を輝かせ、湖畔に咲く満開の紅葉の景色に思いを馳せつつ、拳を強く握って気合を込める。
「湖から紅葉を見るなんて、想像しただけでもときめいちゃうね♪ そうと決まったら、竜牙兵をさっさと倒して紅葉狩りを楽しもうっ!」


参加者
燈・シズネ(耿々・e01386)
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)
瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)
大成・朝希(朝露の一滴・e06698)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
日野原・朔也(その手は月を掴むために・e38029)
風鈴・羽菜(シャドウエルフの巫術士・e39832)

■リプレイ


「わー、すごーい! 紅葉が真っ赤に色付いて、とっても綺麗だねっ♪」
 猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)が大きな瞳を輝かせ、赤に彩られた秋の景色に胸躍らせる。
 紅葉は今が見頃を迎える時期である。この奥日光にある中禅寺湖もまた、紅葉狩りを楽しむ観光客で賑わっていた。
「本当に、紅葉が綺麗で素敵な所ですね。ですが、こんなところで殺戮なんてさせません」
 風鈴・羽菜(シャドウエルフの巫術士・e39832)も瞳に映る黄色や赤の鮮やかな色に目を細めつつ、雲一つない空を見上げて警戒心を強く抱く。
 紅葉狩りに興じる人々を、地獄狩りと称して殺戮行為をしようと企む竜牙兵。そのような敵の思惑を未然に阻止すべく、ケルベロス達は急遽現場に駆け付け乗り込んでいた。
「ああ、こんだけ綺麗な場所を荒らさせるのは勿体ないな。どうせ紅葉も散るなら、一緒に自然に散るのが一番だ」
 風に乗ってひらひらと舞う木の葉を目で追いながら、瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)が拳を作って竜牙兵打倒に決意を込める。
 澄み渡った蒼穹に、突如三つの影が飛来し、勢いよく加速しながら地上に落ちてくる。そして地面に深々と突き刺さった三つの牙が、紅葉色の鎧を纏った竜牙兵に姿を変えて、人々に刃を向けて襲い掛かろうとした時だった――。
「ヤーケイロンが誰かはしらねーけど、オレたちケルベロスの目が黒い内は、そんな勝手な真似はさせねーぜ!」
 赤毛の少年、日野原・朔也(その手は月を掴むために・e38029)が竜牙兵に向かって声を張り上げ、注意を引き付けようとする。
「グギギ……ケルベロス、だと? オモシロい。まずはオマエたちからコロシてやろう」
 朔也の挑発行為によって、竜牙兵の意識は観光客からケルベロスに変わって向けられる。現場は一時騒然とするものの、警官達が素早く対応し、一般人の避難誘導に当たってくれている。
「後は僕達に任せて下さい! さて……ここから先は、僕達ケルベロスが相手です!」
 警官達のおかげで後顧の憂いはなくなった。そんな彼等に、大成・朝希(朝露の一滴・e06698)が一言お礼を述べて声を掛けた後、高く大きく跳躍し、重力を纏った蹴りを竜牙兵に見舞わせる。
「地獄の番犬を差し置いて地獄狩りとはな。この俺が本当の地獄を見せてやるぜ!」
 どこか悪役然とした空気を匂わせながら、木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)が血気盛んに気勢を上げて斬りかかる。刃を振るえば桜吹雪が華麗に舞い、幻惑される竜牙兵達を一網打尽に薙ぎ払う。
「地獄狩り、な。狩られるのはおめぇらの方じゃねぇか? さあ、始めようぜ。たのしいたのしい竜牙兵狩りのハジマリだ」
 燈・シズネ(耿々・e01386)が不敵な笑みを浮かべつつ、昂る気持ちを抑え切れない様子で太刀を抜く。煌めく刃の軌跡は弧を描き、竜牙兵の鎧を裂いて血飛沫の花が飛散する。
「喜べ。お前達の好きな狩りの始まりだ。ただし……狩るのはこちらの方だがな」
 陽光を背に浴びながら舞い踊る影。ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)が白金の髪を靡かせながら疾走し、軽やかに跳ねるように風を纏い、竜牙兵の胸元目掛けて勢いよく蹴り込んだ。
「そんなにも地獄狩りをしたいならどうぞ、わたくし達がとくと見せて差し上げましょう」
 アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)があどけない少女の顔を凛と引き締めて、輝く羽根を広げて魔力を高め、目の前の空間に魔法陣を描き出す。
「――甘いあまい夢ならば、どうかまだ醒めぬよう!」
 少女が用いる術は旧き巫覡。唇から紡がれる言葉が誘う世界は、華やかなる至上の饗応。
 純白のヴァニラによるコーティングは、指先までもが冱てる程。トッピングは歪み潰れた木苺で、鮮烈な酸味と狂気を醸す赤を添え。最期の一匙に、蜜潤む桃のコンポートが甘美な夢を彩って。
 古今の餐を模る秘術が視せる世界は、呪われし死の晩餐会。竜牙兵達の時を凍て付かせ、命を骨の髄まで貪り尽くさんとする。


 竜牙兵の襲撃を未然に防ぎ、観光客も避難を終えて、これで人々を戦いに巻き込まなくて済む。ケルベロス達は眼前の敵を倒すことだけに集中し、攻勢を掛ける。
「演舞において視線を引き付けることも重要な役割ですよ」
 羽菜が九尾扇を振り翳し、流れるような動作で華麗に舞う。着物姿でくるりと身を翻す度、清廉なる風が羽菜の身体を包み込み。その姿に竜牙兵は目を奪われ、一瞬攻撃の手が緩む。
「――あなたの色を、くださいますか?」
 朝希が跪きながら、魔力を込めた手で地表に触れると、竜牙兵の足元から白い花が咲く。
 地を埋め尽くす穢れのない白は、仮初の王座に捧げる供物となりて。されどその忠節は無垢には非ず、朝希が命を下すとその本性を曝け出し、竜牙兵を逃さぬように絡み付く。
 王よ、この純白に下賜を。為らぬと謂うなら――。
 竜牙兵に縋る冠盗人は、血肉を啜り喰らって花の色を朱に染めて。自ら流した血が手向けの花となり、竜牙兵は血溜まりの中に沈むように崩れ落ちていく。
 まず一体の撃破に成功し、ケルベロス達は尚も手を緩めることなく攻め立てる。
「グラビティ・チェインが欲しいなら、俺達を倒すつもりで掛かってこないとな。尤も、そう簡単にやられるつもりもないけどな」
 灰が身体を鎧うオウガメタルに気を集め、金属を伝って増幅した気が黒い光となって発射され、竜牙兵達を威嚇するかのように怯ませる。
「俺も続いていくぜ! これでも喰らいな!」
 紅葉に彩られた赤い世界を背景に、朔也が小さな身体に秘めた闘志を溢れんばかりに滾らせる。纏った唐紅の羽織を翻し、御業を己の身に降臨させて、半透明の巨大な腕を伸ばして竜牙兵を抑え込む。
 動きを封じられた竜牙兵にケイが歩み寄り、腰に斬霊刀を携え身体を低く屈ませる。
「念仏を唱えな。それとも、辞世の句でも詠んでみるかい?」
 口角を上擦らせ、ニヤリと笑って振り抜く一閃――。抜刀した刃は桜吹雪を伴いながら、竜牙兵を斬り伏せて。納刀すると同時に桜の花弁が炎となって燃え上がり、竜牙兵の骸を包み込んで灼き尽くす。
「勿体ねえなあ……折角の死に場所なのに、紅葉の美しさが解らないなんて」
 常世の葬火が消えると共に、竜牙兵の屍も灰塵と化して燃え尽きる。これで残るは後一体のみだ。ケイは感慨に耽るのも程々に、気を引き締め直して身構える。その手に握られた刀には、『情無用』の文字が刻まれていた。
「オノレ、よくも……! コウなれバ、オマエたちをミチヅレにしてヤる!」
 追い詰められて、焦り苛立つ竜牙兵。しかし敗北が目に見えている状況でも、決して戦うことを止めはしない。
 竜牙兵の両手の鎌から、禍々しく澱んだ瘴気が立ち上る。鎌に宿りし怨念が、亡霊となって顕れて、怨嗟の声を響かせながら迫り来る。
 亡霊の呪いがケルベロス達の身体を蝕もうとする。だがウイングキャットのルネッタが、翼を羽搏かせて清浄なる風を巻き起こし、纏わる邪気を瞬く間に打ち消していく。
「紅葉より己の血の方が余程鮮やかでしょう。だけどまだまだ、もっと染めてあげますよ」
 甘い笑顔の中にも仄かな苦味を含ませて、アイヴォリーが掌を翳しながら巫力を注ぐ。その身に宿した御業を炎とし、業火の弾を放って竜牙兵を狙い撃つ。
 その直後に朝希がアイヴォリーに視線を送り、入れ替わるようにして前に出る。
「この時だけの美しさを脅かすような――無粋な真似をしないで貰いましょうか!」
 朝希の怒りに応えるように、腕に絡んだ攻性植物がハエトリグサの形に変化して。大きな口を開け、竜牙兵を捕食しようと喰らい付く。
「風が奏でる羽菜の舞、どうかご覧下さいませ」
 そこへ今度は羽菜が間合いを詰めて接敵し、掌を竜牙兵に押し当てて触れた瞬間、籠めた螺旋の力が一気に弾け、解き放たれた衝撃が体内を圧し潰すように破壊する。
 深手を負った竜牙兵の上体がグラリと傾ぐ。その僅かな隙をラウルは見逃さず、二挺の銃を素早く抜いてトリガーを引く。
 星を導く標としての誓いを指に込め、痛みと絶望を刻み込むべく撃ち鳴らされた銃弾は――正確無比に竜牙兵の四肢を撃ち抜き、火力と機動力を削ぐ。
 洗練された技量が為せるラウルの射撃術。その動きには一切の無駄がなく、紅葉の景色と相俟って優雅にさえ思える彼の戦いぶりに、シズネは言葉を失い目を奪われてしまう。
「なんだ、見惚れているのか?」
 シズネの視線に気付いたラウルが軽く笑い、次はそちらが魅せてくれるんだろうと目配せし、最後を託して後ろに下がる。
「……ああ、魅せてやるよ」
 期待されたからには、彼に負けてはいられない。そのことがシズネの戦意を一層昂らせ、全身から闘気が漲り刀を持つ手に力を込める。
 抜刀術の構えから、親指で鍔を押し出し瞬時に太刀を抜く。振るう刃は一太刀には非ず。視覚では捉えられない無数の斬撃が、竜牙兵を容赦なく襲う。
 繰り出される斬撃の雨は、肉を断ち、血を啜り、竜牙兵の全身を這いずるように斬り裂いて。刃が鞘に収まり鍔鳴りの音が聴こえると、竜牙兵から呻き声が漏れ、抗う力も尽きてその場に倒れ伏す。
「――じゃあな」
 果てた竜牙兵の骸が消滅するのを見届けた後、シズネは踵を返してラウルの方を向き、彼の顔を見つめながら満足そうに微笑んだ。


 三体の竜牙兵を見事撃破し、この戦いを完勝で終えたケルベロス達。
 一人として犠牲者を出すこともなく、紅葉が色付くこの地の平和は、こうして彼等の活躍によって守られた。
 助太刀に馳せ参じた昇は、これ以上の危険がないのを確認すると、静かにこの場を立ち去っていく。
 流れる風に舞い散る、紅葉吹雪を後にして――。

「やったな、ポヨン! 勝利のハイタッチだ! イェイ!」
 ケイの相棒のボクスドラゴンが、主に飛びつこうとぴょんと跳ね上がり、ケイも応えるように喜びを分かち合っていた。
 周囲を見渡せば、再び元通りの活気が戻り始めて、紅葉狩りを楽しむ人々の顔は、笑顔で満ちていた。
 ケイはポヨンを愛おしそうに抱きかかえ、湖を眺めに行こうと畔の方へと足を伸ばす。
 水属性の彼女には、湖はきっと似合うだろうと。普段はお転婆娘でも、景色を見ている時は大人しくなる。
 そういうところは女の子らしいなと、心和ませながら、同じ景色を心に刻む。
 春には桜、夏には星と。季節が変わる度に色々見てきたが。
 こうして一緒に過ごす時間が、今では一番長いものだと、巡る想いを噛み締めた。

「うわあ、絶景……! これはおとうさん達にも見せてあげたいな」
 湖上を廻る遊覧船から眺める景色はまた格別で、広大な湖が繰り広げる一大パノラマのような絶景に、朝希の口から感嘆の声が思わず漏れる。
 折角だから写真に収めておこうと、一枚だけ撮り終えて。これ以上はきっと写し切れないだろうから、この目に映った色を伝えてあげようと、記憶の中に今のこの景色を収めるのだった。
 吹き抜ける秋風は涼しいくらいなのに。ああ、ほんとうに――燃えるような紅い色。
 やがて近付く湖畔の方に視線を移すと、朝希の瞳によく見知った少女の姿が映り込む。

 湖畔を一人でのんびり散策する、オラトリオの少女の姿がそこにある。
 アイヴォリーの頭上に広がる秋の彩。紅く染まる木々達は、まるで故郷の風景みたいと、記憶の奥に閉まったままの景色が脳裏に浮かぶ。
 自分はあの場所から逃げ出してきた筈なのに。だから――懐かしい、だなんて。
 暫し立ち尽くして見上げれば。木の葉を透かす秋の陽射しが木々から零れ、アイヴォリーの想いを包み込むかのように優しく照らす。
 でもそれは決して届かぬものだと知って尚、祈るように手を伸ばしかけた時――。
 彼女ははっとその手を止めて、葉には結局触れることなく、想いと共に仕舞い込む。
 蕩けるショコラの瞳の中に、この日の彩を焼き付けて――。

 ふと湖の方に目を遣れば、湖面に紅葉が色鮮やかに映え、合わせ鏡のような幻想的な光景に心奪われる。
 全てが赤に染まった世界の中で、朔也の真っ赤な髪と瞳も、自然と景色の中に溶け込んでいた。
 湖畔を散策しながら木々を彩る紅葉をじっと見て、笹の葉と心なしか似ているような気がするなどと考えて。
「九曜のことだし、紅葉の葉っぱを食べたりしそーだなー。って、本当に食べるのか!」
 気付けばパンダのようなウイングキャットが、紅葉の葉っぱを一枚咥え、何とも言えない表情で小首を傾げる。その愛くるしい仕草に、朔也は笑いを堪えるのに精一杯だ。
「あははっ、九曜ちゃんもお茶目でかわいいねー♪」
 そんな彼等の微笑ましい姿に、ルーチェも釣られて笑みを零して。一緒に憩いのひと時を、暫しの間堪能していった。

 灰はウイングキャットの夜朱を頭に乗せながら、紅葉の木々が並ぶ遊歩道を練り歩く。
 その時、一枚の葉が風に揺られて運ばれて、夜朱の頭の上に舞い降りる。その葉を手に取りながら、灰は不意に昔の記憶を思い出す。
 そこは無機質な印象の白い部屋、窓越しに見えていたのは遠い秋の色。それが今ではこうしてこの手で触れている。
 つい感傷的になってしまうのは、秋の空気に絆されてしまったせいであろうか。
 あれからかなりの時が経ち、あの部屋から出た今も、当時見ていた小さな世界は、記憶の中に染み付いている。
 そしてもっと多くの世界を見たいから――この先も、この景色を、人を、守っていこう。
 掌にある紅葉をじっと見つめつつ、灰は自身の心の中でそう一人決意する。

 遊覧船からぐるりと景色を見渡せば、一面には茜や橙に彩られた世界が広がって。
 どこか温もり感じる色合いに、ラウルは心弾ませながら愉しんでいた。
 その隣では、シズネが大きな船に興奮し、すっかり夢中な彼の様子に自然と顔が綻んだ。
 船上から覗く水面も、紅葉の彩が映って色とりどりで。湖面を渡る秋風を浴びながら、爽快な心地良さに身を委ねて思いを馳せる。
 ついこの前までは桜の花を見て、次は花火を見たと思ったばかりだったのに。季節が移り変わるのは本当に早いものだと、シズネは感慨深く語り出す。
 紡ぐ言葉に、ラウルも想い出手繰り、その隣にはいつも彼が居てくれて。どの景色でも、それだけは変わってないと、二人は顔を合わせて笑い合う。
「紅葉だけじゃなく、肌寒さも秋めいてきたなあ」
 木の葉が赤く色付いて、秋が深まる程に次の季節も近付いている。
 シズネはぶるりと身体を震わせて、何か暖が取れるものはと探してみれば、それはすぐ隣にあるものだと気が付いて。
 不意にラウルの手を取り身体を引き寄せ、触れ合う彼の温もりに、安堵しながら微かに頬を緩ませる。
「……温めてくれるの? ありがとう」
 肌から伝わる彼の優しさに、ラウルは眦和らげ身体を預け、寄り添いながら二人だけの時間に酔い痴れる。
 ――廻る季節を共に過ごせる幸せに感謝して、次は雪を一緒に見ようと心待ちにして。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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