過去の幻影を装う者

作者:秋津透

「……予感が当たったようだね」
 正直、当たってほしくはなかったけど、こうなってしまっては仕方がない、と、月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)は微妙に苦い表情で呟く。
 ここは、北海道雨竜郡幌加内町。町域内には、いくつかの小集落……というか、居宅の固まった場所があるが、その中の一つが奇怪なモザイクに覆われている。
「ワイルドスペース……なのだろうが、ここは奇妙に『あの地』に似ている。縁も所縁もないはずの場所だが……」
 いや、俺が縁を造ってしまったのかな、と、朔耶は呟き、モザイクに覆われた小集落に向かって歩み出す。
「……いずれにしても、あそこにはいるはずだ。『あの地』にいた頃の、俺の姿を模した奴が」
 表情と口調は微妙に苦いままだったが、単身歩む朔耶の足取りに逡巡はなかった。

「だいたい、聞いた通りだね……」
 モザイクに覆われた区域に入った朔耶は、油断なく周囲を見回しながら呟く。
 モザイクの中は、元の地形や建物などがバラバラにされて混ぜ合わされたような奇怪な場所で、まとわりつくような粘性の液体に満たされているが、呼吸にも発声にも支障はない。すべて、今までワイルドスペースを発見、探索したケルベロスたちが、報告している通りだ。
「だとすると、そろそろ……」
 唯覇が呟いた時、何とも言いようのない奇妙な響きを伴った声が投げかけられる。
「何奴じゃ。このワイルドスペースを見つけ、入り込んでくるとは。よもや、この姿に因縁を持つ者かえ?」
 奇妙な口調で言いながら姿を現したのは、エルフ耳をした巫女姿の少女。黒い布で目隠しをしており、右手には抜身の日本刀、左手には鞘を持っている。
 そして巫女姿の少女は、朔耶の返事を待たずに続けた。
「だが、相手が誰であろうと、今、ワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいかぬのじゃ。お前は、我が手で殺す。覚悟するがよい」
 そう言って巫女姿の少女……ドリームイーターのワイルドハントは、日本刀を片手正眼に構えて朔耶に正対する。朔耶も一言も言葉を発することなく身構え、同時に彼女の傍らに、サーヴァントのオルトロス『リキ』が姿を現した。

「緊急事態です。北海道雨竜郡幌加内町でワイルドハントについて調査していた月宮・朔耶さんが、ドリームイーターの襲撃を受けるようです」
 ヘリオライダーの高御倉・康が、緊張した口調で告げる。
「例によって、ドリームイーターは自らをワイルドハントと名乗っていて、『幌加内町の小集落の一つ』をモザイクで覆い、その内部で何らかの作戦を行っているようです。急ぎ、救援に向かって、ワイルドハントを名乗るドリームイーターの撃破を行ってください。このままだと、月宮・朔耶さんが殺されてしまうかもしれません」
 口早に言って、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「現場はここです。モザイクに覆われた小集落は、特殊な空間になってしまっているようですが、戦闘に支障はないようです。敵のドリームイーターは単体で、巫女姿をして、日本刀を持っています。たぶん朔耶さんに似ているのだろうと思いますが、黒い目隠しをしているので顔立ちがよくわかりません。その分、見分けをつけるのは容易です。ポジションはキャスターで、日本刀のグラビティをかなりの高威力で使います。目隠しをしていても、まったく支障なく周囲を把握できるようです。正直、一対一の闘いでは、朔耶さんに勝ち目はないというぐらいの強さです。また、日本刀のグラビティではありませんが、モザイクを使った治癒能力もあるようです」
 一気に言い放つと、康は一同を見回す。
「ワイルドハントは、今この時、ワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいかないと口走っているようです。単身挑んだ朔耶さんの行動は無謀にも思えますが、敵の秘密作戦を直感で見事に暴いたとも言えます。どうか朔耶さんを無事に救い、ワイルドハントを撃破してください」
 そう言って、康は深々と頭を下げた。


参加者
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
楡金・澄華(氷刃・e01056)
シュメルツェン・ツァオベラー(火刑の魔女・e04561)
真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)
イヴリン・アッシュフォード(アルテミスの守り人・e22846)
エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)
フィア・ミラリード(自由奔放な小悪魔少女・e40183)

■リプレイ

●俺を真似たがてめぇの不覚だ!
 北海道雨竜郡幌加内町。この地に密かに造られていたワイルドスペースを直感によって察知した月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)は、単身、その内部に踏み込み、自分の暴走姿と酷似したドリームイーター、ワイルドハントと対峙していた。
(「冷静に……冷静に。ここは『あの地』じゃないし、あいつは俺じゃない。あいつが『あの地』にいた頃の俺なら、とっくの昔に俺とリキは『天狼』に消し飛ばされてる……」)
 鋭く斬りこんでくるワイルドハントの刀をきわどく躱し、朔耶は言葉には出さずに呟く。
 するとワイルドハントは、躱された切っ先を転じて弧を描ぎ、踏み込みながら朔耶の腋から胸元へと薙ぎ斬ろうとする。躱しきれるか、と、朔耶が更に身を避けたところへ、彼女のサーヴァント、オルトロスの『リキ』が飛び込み身を挺して盾になる。
「おのれ……」
 低く唸ると、ワイルドハントは刃を阻んだ『リキ』を、そのまま押し斬って両断しようとする。『リキ』は危うく身を捻り避け、咥えた神器の剣でワイルドハントに斬りつける。そこへすかさず、朔耶が『リキ』へ魔法の木の葉を飛ばして治癒する。
(「ホント、リキがいてくれて助かった……持つべきものは頼れる相棒だよね」)
 声には出さず、朔耶は呟く。ワイルドハントは目隠しをしており、もし聴覚を頼りに動いているとすると、声を出したら位置を知られる。もっとも、ワイルドハントの攻撃は腹立たしいほど正確で、朔耶の位置は既に把握しているようだが、だからといってわざわざ更に情報を与えてやる義理はない。
 そして、自分を探しに来るであろう人たちに対しては、声を出して位置を知らせる必要などない、と、朔耶は判断、いや確信している。特に、絶対にやってくるであろうあの人には、たとえ身を隠したところで見つけられるに決まってる。
 正直、あの人にこの状況を見られたいかと言われれば、即答し難いものがあるが、しかし、彼女の感情などお構いなしに、あの人は自分を見つける。そうに違いない。
 そして、朔耶の確信は見事に的中した。
「まさか、身内のワイルドハントが出るとはね」
 物憂げに呟きながら、モザイク継ぎ接ぎの奇怪な木立を無雑作にわけて姿を現したのは、ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)朔耶にとっては義兄にあたる人物である。
 そして朔耶は小さく溜息をつき、初めて声に出して呟く。
「嫌な予感ほど当たるんだよな」
「ぬっ!?」
 新手の出現。そして同時に、ずっと無言だった敵の呟き。対応すべき重要情報を二つ同時に提示され、ワイルドハントの所作が僅かに鈍る。
 その瞬間、ヴォルフがごく無雑作に、オリジナルグラビティ『Wahnsinnig attentat(ヴァーンズィニヒアッテンタート)』を放つ。
「何処まで逃げてくれますか?」
「う、うわあああああっ!」
 翻訳すると【気狂いの暗殺】となる物騒極まるグラビティに襲われ、ワイルドハントは恐怖の声をあげる。その姿でビビるな、見苦しい、と、朔耶は憮然とした表情になる。
 そしてワイルドハントは、逃げればより状況が悪くなると判断したらしく、踏みとどまってヴォルフの攻撃を刀で受けようとする。
 しかし軽く外され、回り込まれて背を深々と斬られる。
「ぐあっ!」
「……その姿のわりには凡庸だな。もう少し有効な対処はできないのか」
 ぼそっと呟き、ヴォルフは小さく首を横に振る。
「お、おのれ……」
 呻きながら、ワイルドハントはヴォルフに向き直る。睨んでいるのかもしれないが、目隠しをしているので迫力がない。
 そして、ヴォルフが現れた木立とは反対側の茂みから楡金・澄華(氷刃・e01056)が現れ、斬霊刀『斬竜之大太刀【凍雲】』を振るって斬りつける。
「う、うぬっ!」
 ワイルドハントは振り返って身を躱そうとするが、澄華が踏み込む方が迅い。更に、ワイルドハントは刀を打ち合わせて防ごうとするが、澄華は斬撃の軌跡を変えて躱し、雷の霊力を帯びた刀を下段から逆手に斬りあげる。
「ぎゃあっ!」
 腕を斬り飛ばされたか、と見えた瞬間、傷口から血ならぬモザイクが溢れ、斬られた腕を繋ぎ止める。厄介だな、と、澄華は眉を寄せた。
 しかし、どうにか腕は繋いだものの、ワイルドハントの消耗は激しく、はあはあと荒い息を吐く。
 そこへ真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)が駆けつけてきた。
「大丈夫ですか? 無茶は、しないでください」
「大丈夫。無茶はしていない」
 叱責口調の梔子に、朔耶は薄く笑って鸚鵡返しで応じる。
「手強くなかったとは言わないけど、『リキ』と二人で当たれば、勝てないまでも充分に時間を稼げる相手だった。時間を稼げば、皆が来るだろうとは思っていたしね。それに……」
 そして、朔耶はわずかに間を置き言い放つ。
「ワイルドスペースに関する今までの報告、見てるだろ? 虎穴に入らざれば虎子を得ず、ワイルドスペースを見つけた者は、皆、応援を呼ばずに一人、またはサーヴァントと二人で入って、ワイルドハントを発見してる。理由はわからないけど、一人で即座に行かないと見つけられずに逃げられる。そんな気がするんだ」
「それは、そうですが……」
 言葉に詰まった梔子は、ワイルドハントの方へ向き直ると、刃のような回し蹴りを叩き込む。
「ぐふっ!」
「貴方の動きは封じます。私の守りはそう簡単に突破させませんよ」
 言い放って、梔子はワイルドハントに指を突きつける。
「そして貴方には、ワイルドスペースの秘密を語っていただきたいと思います」
「はっ……たわけが」
 口の端から血を垂らしながら、ワイルドハントは刀を構えて唸る。
「何人来ようが、ただ討つのみじゃ。お前たちなどに、何一つ語るつもりはないぞえ。そう、何一つとてじゃ」
「ほう、そうか」
 続いて駆けつけてきたイヴリン・アッシュフォード(アルテミスの守り人・e22846)が、大きく跳んで虹を伴う急降下蹴りを放つ。
「何も語らないとあれば、独自に調べるしかないかな」
「ええ。いっそ、ワイルドスペースを置き捨てて逃げてくれれば、いろいろと調べやすいんですけれどね」
 梔子が聞こえよがしに応じ、ワイルドハントは口元を歪ませる。
 そして、次に姿を現したエリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)は、無言のまま朔耶を見やり小さくうなずくと、砲撃形態のドラゴニックハンマーでワイルドハントを撃つ。エージェント風の服装も相まって、傍目には言葉は要らない馴染みのようにも見えるが、実はエリンは朔耶と面識はなく、言葉を発しないのも緊張と人見知りのせいで、内心では声かけしなけりゃダメじゃないの私と焦ってたりする。
 一方、続いて現われたフィア・ミラリード(自由奔放な小悪魔少女・e40183)は、ちょっと場違いなくらい明るい調子で朔耶に声をかける。
「やっほー、朔耶ちゃん無事ー? 北海道はもう冬だねー。ワイルドスペースの中は……うーん、なんかビミョー、あまり居たくはないねー。あ、攻撃するからみんなちょっと離れてー」
 一方的に言い放つと、フィアはえいやっと轟竜砲を撃ち放つ。結果的に二連砲撃を見事に直撃され、ワイルドハントは目に見えてずたぼろになる。
「お、おのれ……」
「確かに微妙ではあるけれど、でも、寒い外よりはマシだと私は思うなぁ。ヘリオンから降下してくる間に、すっかり冷えちゃった」
 熱燗と鍋が恋しいわ、と愚痴りながら、漆黒の翼を持つオラトリオ、シュメルツェン・ツァオベラー(火刑の魔女・e04561)がサーヴァントのボクスドラゴン『ツェーレ』とともに上空から飛来する。
 それでも、やることはやりますという雰囲気で、シュメルツェンは朔耶に半透明の「御業」を送り、『ツェーレ』は『リキ』に自分の属性を注入して、それぞれ治癒を行う。
「たいして怪我してなかった? ま、それでも万全にしとかないとね」
 言い放つと、シュメルツェンはワイルドハントに面倒そうな視線を向ける。
「それにしても、敵さんは見れば見るほど朔耶にそっくりね。ワイルドハントにワイルドスペースねぇ……つまり、その姿が巻き戻しがされなかった平行世界の姿って辺りかしら? そして、此方の世界の同一個体との入れ替わりを企んでるとか? あ、でも、姿を真似てるだけで、能力まで同一ってわけじゃなかったわね。じゃあ、平行世界の幻影で偽装して、無理やり世界に割り込んできた?」
「う……く……」
 ずばずばと言い抜かれ、ワイルドハントは低く呻く。ぐうの音も出ないのか、それとも何も語るつもりはないという宣言を守って無言なのか。
 するとシュメルツェンは無雑作に、かつ無慈悲に言い放つ。
「ま、とりあえず、今は解らない事でもアチラさんから動いてくれそうな気配あるらしいし、とっととやっつけて何処かで暖かいご飯でも食べて帰りましょ。どーせ大したこと知ってそうにないし」
「はあ……」
 ワイルドスペースの秘密を聞き出そうと意気込んでいた梔子が、いささか気の抜けた声を出す。
 そして朔耶が、どすの利いた口調でワイルドハントに訊ねる。
「答えろ……てめぇは、あのクズどもに支配された世界のモノか?」
「あ、朔耶が『クズども』って言ってるのは、デウスエクスのことね」
 シュメルツェンが親切(?)に注釈を入れたが、ワイルドハントは答えず、モザイクを呼び出して満身創痍の自分を治癒した。

●偽者、語ることなく刀を残す
(「メルの言う通り、こいつは小物、ただの手先だ。何も言わないだろうし、言ったとしても事実かどうか知れたもんじゃない。とっとと倒すに限る」)
 声に出さずに呟くと、朔耶はオリジナルグラビティ『月桜禽(ツキ)』を発動させる。正直なところ、ワイルドハントが沈黙して自己治癒という、彼女が仲間を待つ間に行った行動と似たパターンに出てきたのが気になる。今まで、そういう例はないが、下手に時間をかけて敵側に増援でも来たら厄介極まる。
「解放……」
 声に出して朔耶はファミリアロッド『Porte』を梟に戻し、ワイルドハントに向け撃ち放つ。見た目は一般的なファミリアシュートと変わらないが、この攻撃を受けた敵はダメージだけでなく神経回路に麻痺が生じる。
「くっ……」
 ワイルドハントは刀で梟を斬り払おうとしたが外され、後頭部に痛烈な一撃を受ける。どういう身体構造なのか、今度はモザイクではなく鮮血が散り、純白の髪と装束を紅く染める。
「訊くだけは訊いてみようか。ワイルドスペースとは何か? 何故、縁も所縁もない此処にあの隠れ里のような幻を作った?」
 熱のない声でヴォルフが訊ねたが、ワイルドハントは答えない。訊いた方も答えは期待していなかったようで、そのままブラックスライムを捕食形態にして襲わせる。
「くっ……」
 再びワイルドハントは刀を振り回し、今度は放たれたブラックスライムに当たったが、スライムの方はまったく勢いを減じずに獲物に襲い掛かる。
 そして、まとわりつくブラックスライムを振り切るより先に、澄華のオリジナルグラビティ『断空(ダンクウ)』が炸裂する。
「刀たちよ、 私に力を……!」
 つまり、さっさと潰してよいのだな、と、視線で問いながら、澄華は愛刀に眠る力を解放、空間ごと相手を断ち切る。ずば、と、ワイルドハントは両断されたが、またもモザイクが溢れ出て、その身を繋ぐ。
「はあっ……はあっ……」
「……仕方ありませんね。確かに、何も話してくれそうにないし、だんまりの相手に時間をかけすぎると何が起きるかわからない」
 自分を納得させるような感じで唸ると、梔子は鉄塊剣『Rosenkavalier~Dorn der Rose~』を全力で叩き込む。べき、と破壊音がして、ワイルドハントの華奢な身体が折れるが、ぐにゃっと動いて元に戻る。
「……こんな化物に、仲間の姿を真似てほしくないな」
 自分の姿のワイルドハントならどうにでもできるのに、と呟きながら、イヴリンが破鎧衝を打ち込む。続いてエリンが如意棒で一撃し、フィアが一転してひどく冷たい声を出す。
「もう……消えちゃいなよ」
 呪詛のような声とともに打ち込まれた日本刀の一撃が、ワイルドハントの首を断ち切って飛ばす。今度はモザイクは溢れず、飛んだ首、残った胴、それぞれがモザイクとなって散る。それに応じ、周囲の風景を継ぎ接ぎにしていたモザイクも消え、普通の空間へと戻っていく。
「片付いたか……ん?」
 散っていくワイルドハントを見据える朔耶の眉が、きゅっと寄った。ワイルドハントが携えていた日本刀と鞘だけが、消えずに残っている。
「まさか、これは……本物の月牙か? いや、まさか、そんなはずは……」
 呟いて、朔耶は助けを求めるような表情でヴォルフを見やる。するとヴォルフは、あくまで熱のない口調で告げる。
「本物かどうかは、俺にもわからん。だが、朔耶に縁のあるものなのは確かだろう。ここに置いていくわけにもいかん。拾っておけ」
「そう……だね」
 戦闘中よりも明らかに緊張した表情で、朔耶は日本刀を拾い、鞘に納めた。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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