葬雪

作者:遠藤にんし


 電車に乗って、ロープウェイに乗って、更に長々と歩き続けて。
 ――ようやくイルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)が辿り着いたのは、常冬の山頂だった。
 ケルベロスの足でなければ来ることも出来なかった場所だからこそ人はおらず、降り積もる雪の中、モザイクの空間がある。
 一瞬の躊躇、その後足を踏み出した――そこに広がっていたのは、纏わりつくような液体と、空間そのものをバラバラに組み合わせたような光景。
 前例は既に知っていたが、いざ目の前にすると驚きは隠せない。
 そんなイルヴァの目の前に、三つ編みの少女が現れる。
「ワイルドスペース……発見、したということは……因縁が、あるのでしょうか……」
 訥々と呟く少女の顔には、氷のようなものが張り付いている。
「ワイルドスペースの秘密、漏らすわけには……」
 イルヴァは直感した――彼女こそが、自分の暴走姿なのだと。
 得物に手をかけるイルヴァを前に、少女は告げる。
「ここで、死んでください」


 イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)がワイルドハントと遭遇した、と高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は告げる。
「彼女の暴走姿を取るワイルドハントは、とある山の山頂で何かの作戦を行っているようだ」
 このまま放っておけば、彼女の命が危ない――急ぎ救援を、と冴えは呼びかける。
 戦場となる空間は粘性の液体に包まれ、空間そのものもバラバラに切り混ぜたようになっている。
 奇妙な空間ではあるが、戦闘等の行動には一切の影響がないようだ。
「暴走姿を取っているだけで、実際に暴走しているわけではない。言動や戦闘スタイルに違和感があるかもしれないが、そういう状況だと思って欲しい」
 あくまでも、外見を奪っただけの偽物ということだ。
「今から行けば、戦闘が始まる直前には合流出来るはずだ……ワイルドハントの撃破、待っているよ」


参加者
暁星・輝凛(獅子座の斬翔騎士・e00443)
セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)
難駄芭・ナナコ(爛熟バナナマイスター・e02032)
イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)
草間・影士(焔拳・e05971)
上里・もも(遍く照らせ・e08616)

■リプレイ


「あなたは、『何』なのでしょうか」
 イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)の問いに、ワイルドハントは白い息をこぼすのみ。
 眼差しは紅色。色とは裏腹の暗さを持つ瞳を持つ少女は、一歩一歩、イルヴァへと歩みを進める。
 ――イルヴァは、動かない。
「わたしに、殺される……運命、受け入れたの、ですか……」
「諦めでは、ありません。……わたしは、信じている」
 何を、と問うかのように少女の瞳が細められる。
「絆、というのをですよ」
 呟いたイルヴァは、そっと目を閉じる。
 耳を澄ませば聞こえてくるはずのものがある――あの声が、あの歌が聞こえてくるはず。
 目前にまでワイルドハントは迫った、その時。
「私が来たぜ、絆を示しに!」
「――耳を澄ませて、待っててくれた?」
 上里・もも(遍く照らせ・e08616)の、暁星・輝凛(獅子座の斬翔騎士・e00443)の声が届いた。
 輝凛はそのままイルヴァとワイルドハントの間に割り込んで攻撃を代わりに受け止める。
 延べられたワイルドハントの指先が一瞬触れる――氷柱のように冷たい指先に、輝凛は確信を深める。
「なあんだ。本物と違って……ただ冷たいだけじゃんか」
 内に秘める強い意志も深い優しさも、このワイルドハントは持ち合わせてなどいない。
「こんなのに負けるもんか! イルヴァさんも皆も、この輝きで守り抜く!」
 葬るだけの雪でしかない彼女を見つめ、輝凛は体内のグラビティ・チェインを紡ぐ。
「レディ・トゥ・ネクスト! ――「レディアント・モード』ッ!」
 オルトロス『スサノオ』は瘴気でワイルドハントを取り囲み、ももは唇を開き。
「大人しく絶望したままでいられるもんか。意地があるんだよ、私たちにはな!」
 反骨精神の歌響く中、鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)は告げる。
「分を弁えなさい――偽物未満」
 眼鏡の奥、瞳は厳しい色をしていて。
「わたしはその姿でも遠慮なく、あなたをぶん殴るわ。真似た事を極寒の雪の下でとくと後悔なさい」
 掌を向ければ、そこから生まれるのはドラゴンの幻影。
 人並みに恋に悩んで、真っ直ぐな頑張り屋で、ちょっとドジっ子だけれど明るくて優しくて……眩しいくらいなのが、纏にとっての『イルヴァちゃん』。
 友達になろう、と言ってくれた彼女の気持ちも在り方も踏みにじるようなワイルドハントは、とても看過できるものではなかった。
 猛るドラゴンに続くセルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)は夜色の刃を携えて肉薄。
 即座に突きを放てば白い雪原に黒の軌跡が残る……手に残る太刀の感触に、セルリアンは思う。
(「粘液を斬る感じはしないみたいだな……」)
 欲しい情報はたくさんある。少しでも知ることが出来ればとの思いで、セルリアンはワイルドハントと対峙する。
「待たせたな。さぁ本気出すかねェ!」
 バナナカラーのガントレットを掲げる難駄芭・ナナコ(爛熟バナナマイスター・e02032)の一撃はまさに苛烈。
 全力の一撃に雪が飛び散る――その中で、ナナコはイルヴァへ目を向けて。
「イルヴァちゃん、やってやろうぜェ!」
「……はいっ!」
 イルヴァの足を彩るビジューは青空でも夜空でも、雪景色の中でもよく映える。
 飛び散る星々は小さな煌めき。イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)は攻性植物に果実を実らせて煌めきを高めると、小さく笑う。
「助けに来たぜ、イルヴァちゃん」
 言葉を交わすナナコ、イブ、イルヴァ……その様子を見る草間・影士(焔拳・e05971)は、ルーンアックスを手に言う。
「俺は助けに来たなんて大したものじゃない。共に、戦いに来た者だ」
 言うが早いか飛び出る影士。
 戦いの様子を見ていて、このワイルドハントがイルヴァの極致でないことは明白。
 正しく偽物であるワイルドハントへと、影士は遠慮なく斧を振るい。
「偽物なら迷わず叩き潰す事ができる。それとも、足掻いて見せるか?」
 もちろん、そんなことは許しはしない。
 素早く振り下ろされた斧の名残のように、影士の黒髪が遅れて揺れた。


「っ!」
 幾度目かも分からない吹雪、氷雪、眼差し――受け止め続けた輝凛の唇からは、色が失われていた。
「全てを、私が……葬ります。弔いの、雪……です」
 ワイルドハントの顔にも氷が張りつき、それでも彼女は苦しげな表情は見せない。
 スサノオも消滅しそうになるのを堪え、どうにか味方を守っている状態だ。
 ヒールは手厚いが、全てのダメージを癒せるわけではない……胸中によぎる不安を押し殺し、イルヴァは声を張り上げる。
「絶対、大丈夫」
 歌が響き、言葉をくれたひとたち。
 ここにみんながいるというだけで、イルヴァは強くなれる。
「わたしたちなら、乗り越えられます!」
 ドレスに刺繍された雪の結晶を翻し、イルヴァは氷の結晶のオーラを作り出す。
 澄んだ空気はワイルドハントへ。冷えた空気に引き裂かれたワイルドハントは、至近からイルヴァの眼を見つめて問う。
「この、姿……あなたと、因縁がある……『葬る者』としての、姿……です」
 惑わせるような言葉に、イルヴァの瞳が揺れる。
 更に何か言おうと、ワイルドハントは白い息を吐く――しかし、聞こえてきたのは歌声。
「Voila, monde. C'est ma [Raison d'etre]」
「Listen to the Rev.」の歌にももも声を重ね、調べは広がってゆく。
 歌がイルヴァの意識をこちら側へと引き戻した……イブはイルヴァを見つめて。
「きみだって、頼もしくて優しくて強い、僕の“希望”だから」
 だいすきだから、守りたい。
 二人の歌による癒しに、更に影士も癒しを重ねる。
「この力。生に導くか死を手繰り寄せるか。試してみるか?」
 影士が紅色のエネルギーを注げば、生への導きとなる。
 潜在能力を引きだし、乱れを正す輝き。
「何があっても、守ってみせるから!」
 その輝きに顔を照らすももが声を張りあげる。
 二重奏の癒しに続いて纏は鉤尻尾を投げつけ、力いっぱいの攻撃。
 武器飾り『鋼志』に備えた言葉の通りのものをもたらすべく、纏は眼鏡の奥の眼差しでワイルドハントを見据える。
「オラァ! 本気でいくぜぇ!」
 ナナコは獰猛な表情で飛びかかり、脚でワイルドハントの首を締め上げ、かと思えば多段蹴りで翻弄する。
 敵の攻撃に押し負けることはしたくない。ならば、こちらも最大火力を叩きこむだけ――勢いのある攻撃は、止まることがない。
「アタイらはこんなモンじゃないぜぇ!」
 癒しを受けた輝凛の顔から疲労の色は消え去り、代わりに生まれたのは炎。
 イルヴァは信頼してくれた――だから、騎士として応えなければならない。
 使命とすら思える決意を胸に、輝凛は炎でワイルドハントを取り囲む。
 どれほどの灼熱であっても、吹きすさぶ雪のすべてを溶かしきることは出来ない。
 溶けることのない雪――永遠に訪れない春を、このワイルドハントは持っていて。
「でも、さすがに大事な仲間を易々と殺させてあげるわけにはいかないからね」
 呟いたセルリアンは、荒れ狂う炎に紛れてワイルドハントへ肉薄。
「……! 誰っ……?」
 前方より湧き起こる殺気に身構えるワイルドハントだが、その時既にセルリアンは背後に回っている。
「ここだよ」
 闘技場での戦いを思えば、見知った仲間の姿であることへの戦いにくさはかき消える。
 容赦なく引き裂かれ、ワイルドハントの髪のひと房が戦場へと散った。


 一面の白銀の中で生まれた彩りは、ももの爆破スイッチによるもの。
「多分もうすぐだよ! やっちゃおう!」
 スサノオも神器の瞳を向け、負ったダメージの分を返してやろうと睨みつける。
 片耳を飾るピアスもふわふわの尻尾も揺らして支援を送るももの気持ちに報いるように、セルリアンは眷属を喚ぶ。
「蒼穹と雷光の眷属よ、我が盟約に従いて我が身に宿れ。我と汝の力にて、眼前の敵を打ち砕くことをここに誓う」
 眼に刻印が刹那浮かぶ――天ツ雷の一撃を受けたワイルドハントは、しかしまだ立っている。
「大分弱ってきたかな? 止めはイルヴァに任せるよ」
 その言葉に異論を挟む者は、いない。
「右手にバナナ! 左手にもバナナ! 2本のバナナを合わせれば! 100倍以上の威力を生み出すぜぇ!」
 二本のバナナを交錯させてナナコは連撃。
 吹き荒れる雪も粘液に満ちた大気も、今は冷たく感じなかった。
 ――幾層に重ねたかも分からない攻撃の後、ナナコはイルヴァへと目をやって。
「大丈夫だろ? イルヴァちゃんはシャドウエルフだからなァ!」
 纏が口にするのは、いつもイルヴァが言ってくれる言葉。
「だいじょうぶ、絶対勝てる。わたし達は――強い!」
 纏の眼差しが猛る。
 輝きは黒く艶やか、三鎧流纏の一撃を放ってから、纏はそっとワイルドハントに耳打ち。
「こう見えて、噛むし刺すのよ、わたし」
「自分の姿をした相手だ。思う処もあるだろう。此処は相応しい人間に託したい」
 影士は攻撃の手を止め、禁断の断章を詠唱。
 耳から脳へと響き渡る詠唱――紐解かれた断章に続いて、影士は自分の言葉を語る。
「見せてくれ。守る冬の、葬雪花の輝きを」
 影士の言葉に、イルヴァは改めて、目の前の彼女を見つめる。
『葬る者』である彼女……それが、イルヴァの極致。
(「でも、厳しい『冬』も畏れない」)
 その先には、きっと芽吹きの春があるはずだから。
 イルヴァはそれを導き守る『冬』なのだから。
「だから、わたしはあなたを打ち倒します」
 言葉を受け止めるワイルドハントは、もう何も語らない。
「大切なひとたちを守るために立ち続けるのです」
 イブの時空を凍てつかせる弾丸が、輝凛の螺旋を込めた一撃が、ワイルドハントへと届く。
 そして、声が。
「今だ、イルヴァちゃん!」
「――イルヴァさんッ!!」
 仲間の作ってくれた好機に、イルヴァは彼女へ刃を突き立てる。
「亡びも終わりの静寂も。すべてをこえて幾度でも命は巡り、花は咲く」
 刃は深く、彼女の身体へと沈み。
「だから――」
 ひとつ、ふたつ……いくつもの水晶の花が開いた。
 花が開いてはワイルドハントの姿を埋め尽くし、雪原すらも花に満ちる。
 ――それはまるで、春の訪れのような景色だった。


「勝利、ですね! はいたっちです!」
 イルヴァは喜びの声を上げ、仲間と次々ハイタッチ。
「反撃完了だね。みんな無事でよかった!」
 ももは嬉しそうに笑って、影士も安心したようにイルヴァとタッチ。
 イブは、敵の攻撃を受け続けた輝凛をヒールする。
「怪我も……大丈夫だね、よかったぜ」
「ありがとう、助かったよ」
 何もない雪原だから、周囲のヒールも不要。
 ヒールを終えたイブと輝凛も、安堵の声を漏らしていた。
「さみぃ……あっ、バナナバナナ」
 奇妙な空間でもバナナがあればひと安心。
 ナナコは冷えて硬くなったバナナの皮を頑張ってむいて、癒しのバナナタイムへと突入だ。
「一体全体、ワイルドハントとは何で、どんな作戦を遂行してたのか、気になってしょうがないよね」
 ワイルドハントとは二度目の邂逅となるセルリアンは呟いて、周囲の様子を検分。
 怪しい空間だということは分かるが、特別に気になるものはない……調査の方法を変えるなどの工夫が必要かもな、と考える。
「イルヴァちゃん、おいで」
 纏が腕を広げれば、イルヴァは胸の中に飛び込んだ。
 抱きとめた腕の中、イルヴァの全身から力が抜けていくのが分かる。
「――ぁ」
 思わず漏れた声は、涙に滲んでいる。
 声を上げて涙を流すイルヴァ――しかし、そこに宿るのは悲しみではない。
 安心、幸せ、嬉しさ……そう、まるで雪解けのような気持ち。
 たくさん声を上げて、たくさん涙を流して。
 ようやく落ち着いたイルヴァの顔はまだ濡れていたが、それでもどこか安らかだった。
「帰ろう」
 小さなくしゃみをこぼして、纏はイルヴァの手を取る。
 柔らかな雪を踏みしめて、一同は冬を後にした。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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