痛絵馬エインヘリアル

作者:遠藤にんし


 秋祭りの始まりに、神社は早朝からざわめきで満ちる。
 設営を始める屋台、神主や巫女たちもぱたぱた走り回る中、裏の雑木林だけが人気なく静かだ。
 雑木林に一人たたずむ男性は筆を置き、目の前のキャンバス――ではなく、絵馬を見つめる。
 書かれているのは願いや抱負ではなく、イラスト。
 かなり細かい書きこみがされている、『痛絵馬』というやつだ……露出の激しい女の子のイラストを描いたから、文字ばかりの絵馬の中にあれば、良くも悪くも目立つことだろう。
「――とても上手な絵ね、人間のままにしておくには勿体ない」
 不意に姿を見せたのは、『炎彩使い』、紫のカリム。
「だから、これからは私たちのために尽くしなさい」
 言うなり、男性の全身は炎に呑み込まれる。
 炎が消えたとき、そこには男性ではなく一体のエインヘリアルの姿があり。
「ここに来た人間を襲って、グラビティ・チェインを奪いなさい」
 そう命じると、エインヘリアルはニタリと笑うのだった。


「せっかくの秋祭りやのに……」
 お祭りのひと時を台無しにしようとするエインヘリアルの存在に、宝来・凛(鳳蝶・e23534)は眉を下げる。
「エインヘリアルになった時にはすでに祭りは始まっていて、出店や客もいる。大きな被害が出る前に食い止めたいね」
 冴は言って、現場の状況を説明する。
「敵はエインヘリアル一体、三メートルくらいの大男で、見た目の面で変わったところは特にない」
 絵筆を持ち、描いたイラスト――基本的に煽情的な恰好やポーズの女の子――に攻撃をさせる、という所がこのエインヘリアルの特徴だろう。
『その手のイラスト』に耐性がない人は、少々気分を悪くするかもしれない。
「元から悪目立ちでも注目されるのが好きな性格だったようで、情に訴えかけるようなことを言っても特に効きはしない。……もう、倒すしかない敵だ」
 絵にかける情熱と高いプライドは持っているようなので、そこをうまくくすぐってやれば、周囲の一般人を攻撃するのを止め、ケルベロス達へ向かうことだろう。
「奴らがグラビティ・チェインを得るために、祭りの場を台無しにされる理由はないね。現場に向かって、このエインヘリアルを倒してほしい」


参加者
芥河・りぼん(リサイクルエンジン・e01034)
リヴカー・ハザック(幸いなれ愛の鼓動・e01211)
アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)
ジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)
松永・桃李(紅孔雀・e04056)
シルフォード・フレスヴェルグ(風の刀剣士・e14924)
宝来・凛(鳳蝶・e23534)
伽藍堂・いなせ(不機嫌な騎士・e35000)

■リプレイ


 巨体を揺らし、エインヘリアルとなった男が動き出す。
 リヴカー・ハザック(幸いなれ愛の鼓動・e01211)は人々の背を守るように立ち、エインヘリアルの足元に落ちるひとつの絵馬へと目を向ける。
 衣服を激しくはだけさせた美少女は、小さなキャンバスの中で頬を染めている……そんなイラストに、リヴカーは露骨に顔を顰めた。
(「……男である以上、下劣な欲求を持つことは致し方ないが……しかしこれは、女を馬鹿にするにも程がある」)
 眼差しに宿したのは侮蔑と憎悪。それを努めて押し殺し、不安がる一般客へとリヴカーは優しく呼びかける。
「落ち着いて……。そう、私の声だけを聴いて進めばよい」
 ぎゅっと目を閉じた少女を導くように手を取るリヴカー。
「ガキが来るような場所にアホなモンぶら下げてんじゃねェよボケ!」
 エインヘリアルの前に立ちはだかる伽藍堂・いなせ(不機嫌な騎士・e35000)は吐き捨て、ドローンを展開。
 ウイングキャットのビタも風を吹かせることで、支援を行った。
「アホなモノ、だと――!」
 いなせの言葉にエインヘリアルは激高したようにつぶやくと、筆を滑らせて空中に絵を描く。
 愛らしい美少女の姿が作り出されたかと思えば弾丸が発生。飛んできたそれらを受け止めるいなせは、己の傷にではなく背後へと目を向ける。
「大丈夫です、きっと」
 いなせと同様、サーヴァントと共にエインヘリアルの前に立つアリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)はそう声をかける。
 エインヘリアルと対峙する――避難する人々と背中合わせにいる彼女たちにも、宝来・凛(鳳蝶・e23534)の声が聞こえたからだ。
「ちゃんと護ってみせるから、どうか信じて待ってて!」
 凛は拡声器を使っており、その声が届かない者はいない。
 不安げな表情の者には笑みを向け、凛は声を送り続けていた。
「今からケルベロスが戦闘行動を開始します! 落ち着いて避難してください!」
 芥河・りぼん(リサイクルエンジン・e01034)は割り込みヴォイスで声を送る。
 保護者とはぐれてしまったらしい少女の手を引き、りぼんは保護者のもとへと向かう。
「これからおねーさん達が頑張るからね!」
 二人で小さくハイタッチ。それからりぼんは人々の方へと駆け出し、避難活動を続ける。
 ――ウイングキャットの瑶は鋭い爪をエインヘリアルに向け、敵の攻撃の手が凛らに向かないようにしていた。
「負けていられませんね」
 アリシアは独りごちると、爆破スイッチ『Theatrical』に指をかける。
 響き渡る爆音と七色の煙。柔らかい煙の中から顔を出したボクスドラゴン・シグフレドは属性を注ぎ、続く戦いへの力を蓄えた。
「鎧装天使エーデルワイス いっきまーす!」
 力を受けて飛び出るジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)の表情は真剣そのもの。
 コスプレもニコ生も大好きなジューンだからこそ、このようなエインヘリアルは見過ごせなかった。
「キミみたいなのが出るから萌え絵に対する世間の偏見がひどくなるんだよ!」
 告げるジューンが生み出したのは、いくつかの弾丸。
「もうとある公式キャラ絵が性的だとか言われて画像差し替えられるような悲劇は繰り返されてはならないんだ!」
 放たれた弾丸は、迷いなくエインヘリアルへ向かう。
 突き立てられ、悲鳴を上げるエインヘリアル……追い打ちをかけるように、松永・桃李(紅孔雀・e04056)も声を掛ける。
「同好の士で楽しむなら兎も角、此処は老若男女様々な人が訪れる場――どんな熱意や矜持も、時と場合を弁えないなら台無しだしサイテーよ」
 その言葉に、エインヘリアルの血走った眼が桃李を捕らえた。
 しかし桃李は見つめ返して微笑むと、さらに言葉を重ねる。
「悪目立ちしか出来ないなんて哀れね……火遊びじゃ、済まないわよ」
 地獄の炎が龍を成し、何かを描こうとした腕に絡みつく。
 動きの鈍った一瞬を見極めて、シルフォード・フレスヴェルグ(風の刀剣士・e14924)はゲシュタルトグレイブを手に肉薄。
 手中で一回転すれば、槍は陽光を受けて鈍く光る。
 斬撃に伴う破壊音はまるで雷鳴のよう。
「ここを惨劇の場になどさせはしない」
 無感情に告げるシルフォード――犬の耳は、警戒を示すようにぴんと立っていた。


 オーラで絵を描くエインヘリアルに対抗するように、ジューンもオーラを立ちのぼらせる。
 激突する二つの衝撃に髪を大きく揺らしながらも、ジューンはエインヘリアルを押し切った。
 勢いに押し負けるかのようによろめいたエインヘリアル。桃李はその様子をじっと見つめながら、惨殺ナイフを突き立てる。
 淀みなく滑るナイフが傷を作り、血を溢れさせる。エインヘリアルは悲鳴と共にオーラを桃李に叩きこもうとするが、それをいなせが阻む。
「待たせたな!」
 ビタの風がいなせを撫で、しかし受けたダメージの全てを回復することは出来ない。
「応急処置だ」
 いなせ自身も自らを癒すが、何度か受けていたダメージの蓄積があり、あと少し足りなかった。
 まだ立っていられる。敗北には遠い、だが……荒い呼吸をするいなせの元に届いたのは、ドローンによる薬液の散布だ。
「お待たせ! しました!」
 避難活動を終えて走って来たのだろう、りぼんも息が上がっている。
 それでも顔に疲れの色は見えず、りぼんは素早く仲間の様子を確認した。
「……さて、天罰の時間だ」
 姿を見せたリヴカーは顔だけで冷笑。笑っていない瞳はエインヘリアルへと向けられており、リヴカーは翼を打って接近する。
 掌に込めたのは螺旋の力。きつい灸を据えるように、その一撃は力強いものだった。
「うちもいくで!」
 凛も縛霊手による一撃で戦線に戻る。瑶は主の帰還が嬉しいのか、いつも以上に大きくリングを回してエインヘリアルに叩きつける。
 全員が揃ったことを心強く思いつつ、シルフォードは妖刀【黒風】を抜いた。
 闇の妖力を持つ刀を振りかぶり、引き裂く。その太刀筋は深く鋭く、エインヘリアルに癒せない傷を負わせる。
 アリシアとシグフレドは引き続き支援。纏う真紅のドレスには、黒光りするオウガメタル『Nachzehrer』がよく似合った。
 シグフレドの呼び起こした柔らかな風に金髪を揺らすアリシアは、思う。
(「注ぐべき熱意の矛先を捻じ曲げられてしまい、もう戻れぬというのであれば……悲しいことですが、処断します」)
 人ならざる力に身を委ねたことそのものをアリシアは咎めない。
 しかし、結果として人に害為すものになってしまったのなら、それはアリシアの敵だった。
 倒さなければいけない――決意を胸に、アリシアはオウガメタルの輝きで戦場を満たすのだった。


 シルフォードのエアシューズ『空色の軌跡』の描く軌跡は二色の蒼。
 ひとつはエアシューズ自身の軌跡であり、もうひとつは噴き出る炎だ。
 風とシルフォードの闘気を受けて尾が大きく膨れる――叩きこまれた蹴りにシルフォード自身の脚にも熱気が行くが、いなせはドローンを飛ばして回復に回る。
 ビタの風がいなせの黒髪をかき回し、いなせは鬱陶しそうに髪をかき上げる。
 エインヘリアルは依然として美少女のイラストを描き、シルフォードはびっくりしたように目を見開く。
『その手のイラスト』に詳しくないシルフォードはそれだけだったが、いなせは迷惑そうに溜息をつく。
「趣味を否定する気はさらさらねェが……」
 弁えず撒き散らす様子にはほとほと呆れ返る、といなせは目を細めてエインヘリアルを眺める。
 イラストから飛び出る弾丸を捌くアリシアも全てを押さえきれずに傷を負うが、即座にりぼんが衝撃波を生み。
「えっと……ここ! ですね!!」
 首元めがけて発射、叩きこまれた衝撃波は癒しの力を備え、意識を戦場へと引き戻す。
「芥河様、ありがとうございます。助かりました」
 一礼の後、アリシアは魔力で編んだ宝剣を手に取り。
「ただ一人に使うには少々効率が悪いですが……。『我が十三の祝福、流動に告げる。我、その波濤を以て、害運びし波をも塞き止めん』!」
 大気中の水分が、凍てつく。
 氷は砕かれエインヘリアルを襲い、幾重にも苛むものへと変わった。
 エインヘリアルが体勢を崩せばイラストも歪曲し、シグフレドはブレスを吹いてイラストをかき消す。
「そろそろその猥褻物共々消えてもらおう」
 リヴカーは言葉と共に、ハイヒールの脚を高々と掲げる。
 振り下ろせば流星が広がり、戦場を美しくライトアップ。幻想的な光景に惑乱されてか、エインヘリアルは低く唸ったまま少しの間動きを止める。
 ジューンはそんなエインヘリアルの前に立ちはだかり、構えを取る。
「この一撃を受けてみろ! 『英雄の一撃』!」
 大ぶりな構えから必殺技を放つ――巨体が軽々と吹き飛んだ先では、凛の作りだした胡蝶が出迎える。
「さぁ――遊んどいで」
 瑶のひっかき傷を広げるように生まれる炎。音を立てて盛る業火を見つめながら、桃李は囁く。
「最早良識も救い様も無いのなら――厄は祓うのみよ」
 手にした刀の切っ先は、エインヘリアルの首に。
「せめて安らかに、お眠りなさい」
 刃を突き立てれば、いっそう炎は激しさを増し。
 ――すべてが消えた時、エインヘリアルは灰すら残っていなかった。


「神社は大丈夫だな、他のとこ直すか」
 戦いを終え、いなせは周辺のヒールを始める。
 場違いな敵は去り、神社はいつもの穏やかさを取り戻している。
「好きなものを人に強制するのは違うよね」
 戦場のヒールを終えたジューンは、半分ほど焦げた絵馬を拾い上げる。
 イラストは扇情的に過ぎるが、絵自体は魅力的だった。
 悪目立ちを望むような人でさえなければ……そんな思いを胸に、ジューンは祭りの風景を眺める。
「もう大丈夫――楽しい時間を、今一度」
「仕切り直しやね」
 避難していた人々に桃李は声をかけ、自身も凛と共に祭りを楽しむことにする。
 施された装飾も屋台も魅力的で、どこから見て行こうかと目移りしてしまうほどだ。
「騒がしくなってしまいましたが、あとはゆっくりと出来そうですね」
 シルフォードも行って、取り戻された賑わいの中へと歩みを進める。
「では、楽しいひと時をお過ごし下さい!」
 りぼんもにこりと笑みを向け、子供達を神社まで案内。
 そんな様子を見て、リヴカーは一人微笑を浮かべる。
「……肉体よりも美しいものがずっと多くあるというのにな」
 アリシアも祭りの方へ向かおうとしていたが、ふと足を止め、小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)へと声をかける。
「せっかくですので、シーくんと遊びませんか?」
 呼ばれたシグフレドは丸い目をキラキラ輝かせ、ぴょんぴょん辺りを飛び回る。
「やんちゃで気の多い子ですが、是非」
「いいのか? ……じゃあ、少しだけ」
 そっとアキヒトがシグフレドの頭に手を乗せれば、シグフレドはふわふわの尻尾をぱたぱた振る。
 ――楽しそうな笑い声が、神社へと広がっていった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。