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度重なる、ワイルドハントと呼ばれるケルベロスの暴走状態を模したドリームイーターによる事件。
直感めいたものに惹かれ、ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)が訪れた郊外の廃墟もまた、これまで見てきた光景に酷似していた。
「……今度は、ボク?」
奇妙な粘液に包まれた空間で、ルリナは緊張を飲み込むように喉を鳴らす。
息ができる点も他と同様。そして、この廃墟は時折近隣の不良の溜まり場として使われているようだが……中は元の建物をごちゃ混ぜにしたような奇怪な光景となっていて、最早原型すら留めていない。
「……ぼ、ボク?」
調査のために足を踏み入れて数分、ルリナはそこで自分の姿を目の当たりにする。
「あぁ、見つけられちゃった……そう、キミは、この姿に因縁のあるケルベロスなのかな?」
いや、違う。そこにいる者こそが、ワイルドハントだ。
悲しげな表情を浮かべているようにも見える、自分の姿。それを模したワイルドハントが、ゆっくりと足を踏み出す。
「……ごめんね、でも、ワイルドスペースの秘密はバレちゃいけないんだ。だから……ここで死んでよ、ボク」
それは、あくまでも姿形を偽った存在だ。
それでも、自分と全く同じ顔で、自分と全く同じ声で、自分を殺そうとする存在。その脅威が、ルリナへと牙を剥くのだった……。
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「諸君、今度はルリナくんがワイルドハントに出くわしてしまったようだ。急ぎ、救援に向かってほしい」
連日発生するワイルドスペース、そしてワイルドハントの攻撃に表情を曇らせながらフレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)は状況の説明を始める。
「ワイルドスペースの発生現場は都市部郊外の外れにある工場廃墟だ」
敵はこれまでの事件同様に、ルリナの暴走状態を模したと思われる姿をしたドリームイーターが1体。
ワイルドスペース内は奇妙な粘液のようなものに満たされているが、戦闘を含めた活動に影響は無い点も同様だ。
「そして、恐らくはワイルドハントを撃破すればワイルドスペースも消滅する点も同じだろう。現地調査で得られるものは少ないと思うが、何よりまずはルリナくんの救出が最優先だ」
敵は魔法に近い力を武器に攻撃を行ってくる。
これらの能力もルリナとの関連性は無いが、その効力は通常のデウスエクス同様、十分脅威となりえるものばかりである。
敵と先行して戦う形になるルリナのフォローも考えると、いかに魔法の効果へ対処するかが重要だろう。
「ドリームイーター、ワイルドハント……未だに得体が知れないままだが、今やるべき事は1つだろう。ルリナくんの救出、必ず成功させてくれ、頼んだぞ」
参加者 | |
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猿・平助(申忍・e00107) |
テオドール・クス(渡り風・e01835) |
クラト・ディールア(双爪の黒龍・e01881) |
アウィス・ノクテ(ルスキニア・e03311) |
クレア・エインズワース(陽色の獣・e03680) |
ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208) |
スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079) |
ルルド・コルホル(恩人殺し・e20511) |
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継ぎ接ぎの世界。屈折した光が仄暗さを演出する中、ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)は1人でワイルドハントの攻撃を何とか凌いでいた。
襲いかかる猛火から逃れ、手にした武器で迫るワイルドハントの掌を受け止める。
「本当に……鏡、みたい。キミは、どうしてそのお姿をしているの? キミはボクの、なぁに?」
武器を伝い、それを握る手から身体を侵食する、冷たさ。
肉体だけではなく、まるで心まで凍てつくようなその冷気――寂しさ、辛さ、孤独を、ルリナは知っているような気がした。
「ボクはキミのことを何も知らないけど、この姿は、キミに効果覿面みたいだね?」
記憶の海の深い部分に漂う、その心情を映し出したような悲しい顔で、ワイルドハントは声色だけを弾ませる。
そして、じりじりと余力は奪われ、その指先がルリナに触れようとした、その瞬間だった。
「……これは?」
差し込む一筋の陽光。その温もりがワイルドスペースを覆うモザイクを突き抜け、ルリナのいる場所を暖かく照らす。
それは、ルリナにとって最も身近な太陽の光。
その光と共に駆け付けたのは、予知を聞き急行してきた仲間達だった。
「紛らわしいカッコしてるけど……近くで見ると全っ然似てないな! ルリナのほうが断然かわいいからな!」
飛び込むようにワイルドハントとの間に割り込んだのは、テオドール・クス(渡り風・e01835)。更に、態勢を立て直させる間を与えずにクラト・ディールア(双爪の黒龍・e01881)の斬霊刀がワイルドハントに喰らい付く。
「黒き竜の家系。今は仲間を守るために、この牙を振るいましょう! ここは俺達が抑えます、まずはルリナさんの治療を!」
「ようルリナ。何とか無事みたいだな? この前は助けてもらったからな、今度はこっちが助ける番だ!」
それに合わせてルルド・コルホル(恩人殺し・e20511)の刃がワイルドハントをかすめ、追い払う。
2人の刃は直撃こそしなかったが、僅かな傷痕さえ付けられれば効果は十分だ。
その傷口から入り込む、霊体を汚染する毒と、燃え盛る熱を帯びたブラックスライムが今度はワイルドハントを追い詰めていく。
「ルリナさんっ! 大丈夫ですか!?」
数名がワイルドハントを抑える間に、残りの仲間たちがルリナの元に駆け寄る。
「お待たせ、ルリナ。……がんばった」
「う、うん。……みんな……」
スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079)の真っ直ぐな気持ちのこもった声と、アウィス・ノクテ(ルスキニア・e03311)のオーラがルリナの傷を癒やしていく。
それでも精神的な疲弊を浮かべるルリナの目の前に、突然ワイルドハントではない、更にもう1人のルリナ……もとい、分身の術による幻影が現れる。とても良い笑顔の分身だ。
「ほら、そんな顔してるなよ。大丈夫か?」
「平助、遊んでる場合じゃないよ。……やるぞ」
分身を作った張本人の猿・平助(申忍・e00107)を窘めつつ、クレア・エインズワース(陽色の獣・e03680)は鋭い視線をワイルドハントへ向ける。
彼に取って大事な『かぞく』と全く同じ姿。だが、だからこそ、握った拳には強い怒りが込められていた。
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(これだけ何度もやってりゃ、見慣れてもくるが……)
攻撃の合間を縫って、ルルドは周囲の状況に目を配る。
繋ぎ合わされた景色、奇妙な粘液に満ちた空間。それらはやはり、これまで訪れてきたワイルドスペースと共通しているようだ。
「余所見なんてしてる暇、あるのかな?」
外れた視線を好機と見て、ワイルドハントはルルドに向けて手をかざす。
瞬間、巻き上がる炎がその身を焦がし、燃え広がるままに体力を奪っていく、が。
「っと……迂闊なのは、どっちだ?」
瞬間、赤々と照らされ伸びる影より、ブラックスライムがワイルドハントに飛びかかった。
「今のうちに、回復。にせものさんの好きには、させない」
「うん、ルリナの真似して、その姿でこれ以上仲間を傷付けさせたりなんかさせないよ!」
見た目こそ確かに似てはいるが、その攻撃方法も、口調も、何もかもが別物だ。
付き合いの長いアウィスやテオドールも、最早その姿に惑わされるような事は無い。
連携の取れたケルベロスたちの攻撃に、状況は覆りつつあった。
「……強いね。でも、ボクも引き下がるわけにも、見逃すわけにもいかないんだ」
「何故そうまでして、ケルベロスの暴走姿で現れるのですか! 何が目的なのです!」
言葉と共に、蒼炎が猛る。
クラトの角、翼、そして武器を纏うその炎は、一陣の蒼き熱風となって、ワイルドハント目掛け吹き荒んでいく。
「秘密だよ、だから守っているんだ。それに、ここでボクが本当に本当の事を言うと思う?」
「だったら、キミを倒して……みんなで帰ってみんなで調べるもん!」
熱を伴った衝撃がワイルドハントに強く叩き付けられ、じわじわと体力を奪っていく。
そして、その隙を突いて態勢を立て直したルリナが大鎌を振り下ろす。
「仲間が来てくれたからかな? 少し、元気になったね?」
対するワイルドハントは刃に晒されながらも、か細く、しかし染み入るような悲しみに満ちた歌声を紡ぐ。
それは、この世のおおよその楽しいと言う気持ちを、幸せと言うものを滲ませかき消すような、孤独の歌。魔力に乗せられワイルドスペースを漂う歌声は、ルリナを始めケルベロスたちの戦意を奪っていく。
「そんなものに、わたし達は惑わされません! わたし達はみんな、ひとりじゃないですから!」
だが、その歌声にスズナの声が割って入り、溢れる悲壮を中和するように戦場を花弁が舞う。
「一緒に生きて、帰るんです! そのためにも……!」
そして、ワイルドハントの死角より、ミミックのサイが具現化した武装を掲げ飛びかかった。
寸前で飛び退き、その一撃を避けるワイルドハント、だが。
「そう言うわけだ、手加減なんてしてもらえると思うなよ?」
着地の瞬間、平助の中段蹴りが言葉通り、一切合切の容赦なく鳩尾を貫く。
「同情狙いで姿の真似っ子してるんなら、当てが外れたな? むしろ、逆効果だと思うぞ」
纏った重力をまともに浴びたワイルドハントに、逃げ場は無い。
切れ間なく続く猛攻、その中でもとびきりの拳打が真正面から放たれる。
膝を付きかけるワイルドハントを、静かな怒りを露わにしながらクレアは見下ろした。
「ルリナはここにいる。アンタがどういう理由でそんな姿をしているのかは知らないけど、俺の大事なかぞくの姿取るな」
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救援と態勢の立て直しと言う状況からの戦いだったが、連携の取れた攻防は短時間でその劣勢を覆すに至っていた。
だが、まだ勝負が決したわけではない。ワイルドハントの激しい攻撃は続く。
「さあ来なさい、あなたが諦めない限り、ぜんぶ弾いて見せますから!」
「なら、ボクはキミたちが死ぬまで続けるよ」
巻き上がる炎と、心の熱を奪う指先。それらを駆使したワイルドハントの猛攻は、立ち塞がるスズナを打ちのめす。
それでも一歩も引かないスズナに、トドメの一撃が放たれようとした、その瞬間――。
「オレの事も忘れないでよね、っと!」
ほんの一瞬の隙を、テオドールの鋭いナイフが貫く。
僅かな意識の隙間を突かれたワイルドハントに取っては、まるで突如として背後から現れたような、そんな感覚だろう。
スズナからテオドールへと変わった矛先。だが、もうワイルドハントにこの戦線を突き崩す余力は残ってはいなかった。
「これ以上、反撃はさせませんよ!」
テオドールへの追撃より早く、クラトの白刃がワイルドハントの動きを遮る。
そして、そこに繰り出されるルルドの蹴撃。
「そろそろ終わりにしようぜ、ワイルドハント!」
「本物はお日様みたいにあったかでもっふもふで優しいんだから。そんな冷たい攻撃、ルリナのあったかさがあれば、効かないよ」
傷も、その陰惨とした魔力の効果も、瞬く間にアウィスのオーロラが打ち払っていく。
そして、最後の抵抗としてかざされた腕を、クレアの鋭い蹴りが貫いた。
「よし、そのまま抑えてろよ!」
間髪入れず、撃ち込まれる光芒。
平助の放った光線は、クレアをかすめてワイルドハントの半身を氷に閉ざす。そして……。
「……さようなら。今のボクはとってもしあわせなの。だから、そのお姿の『ボク』は……もう、居ないんだから!」
日々を笑い合う友達ができた。共に戦う仲間ができた。大切に想い合える恋人ができた。暖かく照らしてくれる『かぞく』ができた。
その1つ1つの温もりをパイルバンカーに込め、ルリナはワイルドハントの胸元に添える。
今までの情報から、恐らくワイルドハントは姿形を真似ている、それだけなのだろう。
それでも、その姿は、きっと可能性の1つだ。
「だから……さようなら、ボク」
温もりは確かな力となって、ワイルドハントを穿つ。
有り得たかもしれない冷たく孤独な可能性も、温もりの中に消えていくのだった。
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「平助。この前は状況が状況だったけど、今回のは普通に危なかったと思うんだけど?」
「え? いやほら、完璧なタイミングだっただろ? 息の合ったコンビネーションってやつだ」
「平助……」
そのコンビネーションの成果で凍りついた髪の毛先をクレアは無言で指差す。
凍りついた毛先と平助の悪びれない笑顔を交互に見て、アウィスも先日同様の物言いたげな表情を浮かべていた。
確かにタイミングは完璧で、ワイルドハントも無事撃破できたが、若干釈然としない。しないが、その無事に倒せた事実が平助の軽口を何となくうやむやにしてしまう。
「……秘密主義も相変わらずか」
完全にとはいかないが、元通りになった廃墟をルルドは調べて回るが、結果は過去の事件と同様だ。
だが、自分が関わったものだけでも3つ。この1ヶ月程でもっと多くのワイルドスペースが発見、撃破されている。それ自体は必ず意味がある筈だ。
「何を企んでいるのでしょうか……必ず目的がある筈ですが」
クラトも同様に思考を巡らせていた。
多くのケルベロスたちがその目的を追っているが、未だに手がかり1つ掴めないと言うのも、実に不穏ではある。
「不気味、ですね……でも、ひとまずはルリナ姉さんが無事で、何よりです!」
何かがわかるとすれば、ドリームイーターに大きな動きがあった時なのかもしれない。
今はスズナの言うように、仲間の救出に安堵しても良いだろう。
「ルリナ、怪我は大丈夫か? どっか、調子が悪いとか無いか?」
全てを出し切って座り込むルリナを、テオドールは心配そうに覗き込む。
偽物とは言え、自分の姿。それも、根深い過去が関わっていたとすれば、身体よりも心に負担があっただろう。
「……ううん、大丈夫。みんながいてくれたから、ボクはもう、大丈夫だよ」
だが、仲間を見上げるその顔は、疲労こそあれど自然で穏やかな笑顔であった。
ワイルドハントとの戦いは、これで解決ではないだろう。だけど、今は。
「ルリナ、家に帰ろうか」
優しく暖かなクレアの手が、ルリナの頭の上に置かれる。
今は、この沢山の温もりと、帰る場所がある。それが、何より嬉しかった。
「うん! 帰ろっ!」
作者:深淵どっと |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年10月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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