愚かな愛だと呼んで呉れ

作者:菖蒲


 愛しています、と女の唇は嘯いていた。
 今にも崩れてしまいそうな脆く儚い愛なのだと恍惚に歪んだ紅いルージュの唇が笑っている。
 それが少女の鮮やかな瞳に映った最後の光景となったのだろう。驚愕と、恐怖と、様々な感情が混ぜ込まれた歪んだ表情。横たわった肢体はまだ暖かく、赤い血潮が溢れでる。
「堪らない」
 女は、紅いルージュをたっぷり塗った唇で小さく笑った。その眼窩にある死の気配には目もくれず。ヒールの先でつん、と突いた女は玩具でも見るかのようにくすくすと笑い出す。「どうして、死ぬときの表情ってこんなにも美しいのかしら?
 これは、愛と呼ぶに相応しいわ。嗚呼、そうね、ワタシは彼女を愛してたんだわ! 恋と呼ぶには生温い――これは愛と呼ぶに相応しいと思わない? ねえ、そうでしょ!?」
 饒舌に捲し立てた女に応える声はない。長い黒髪を広げて横たわった少女の頬をぺちりと叩いて女は今まで上機嫌に笑っていたその表情を能面の様な無へと変えた。
「……詰まんない」
 彼女はエインヘイリアル。巨躯を持った偏執狂。
 彼女はエインヘイリアル。罪人として囚われた殺人狂。
 彼女はエインヘイリアル――只、誰かの死ぬ間際の顔が愛おしくて堪らない、一人のおんな。


 表情を歪めたアトリ・セトリ(幻像謀つリコシェ・e21602)は「虫唾が走る」と呟いた。
 彼女の傍らで尻尾を揺らし、鎮座していたキヌサヤは主人の感じた不快感を関知したのだろう、耳をぴんと立てている。
「本当っすね……。俺には理解できないっす。
 エインヘイリアルの虐殺事件が起こることをアトリさんが調査してくれたっすよ。
 そのエインヘイリアルは過去にアスガルドで重罪を起こした犯罪者で、モロにヤバい感じの奴なんすよ」
 華美な外見でありながら謙虚な言葉づかいでしゃべる黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)はアトリの表情をちらりと見遣ってから同意するように肩を竦めた。
「危険な相手っすね……」
 そのエインヘイリアルには一つ、固執するものがあるのだそうだ。
 曰く――「死ぬ間際の表情が何よりも愛おしい」と。
「人が死ぬ間際の……命が散る間際に彼女は言うそうだよ。『愛しています』と」
「そうっすね。そんな熱烈なプロポーズ、願い下げっす……」
 アトリの言葉に大きく頷いたダンテは僅かに眉を下げる。エインヘイリアルは――彼女は楽し気に動いているのだろうと言う事を想像してどうにも気持ちの置き場が見つからないといった様子だ。
 巨躯を持つ種族であるエインヘイリアル。赤いルージュが特徴的な女であることをダンテは先ずは紹介した。高いヒールを履いているために、更に大きく見えるエインヘイリアルは存外奥ゆかしい。
「死に際までは愛なんか伝えないっす。只、死ぬ間際のその人間の表情を愛してるだけなんすよ」
 歪んだ性癖みたいなもんっすね、とダンテは手をひらりと上げた。
 女はその顔を視るために徹底的に甚振るのだという。死の直前を見遣る為に様々なバッドステーテスを駆使してくる――ある意味で『いやらしい』相手だ。
「バッドステーテスを使って弱っていく最中を見ていると?」
「そんな感じっすね。直接手を下すと顔が見れないからって感じだとは思うっす」
 何にせよ、『いやらしい』事には変わりなかった。
「相手は凶悪犯罪者っす。話して分かってくれる相手ではないっすから……皆さん、気を付けて応対にあたって欲しいっすよ!」
 気を付けて、と力強く言ったダンテは資料を机の上に置いて小さく頭を下げた。


参加者
アリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)
八柳・蜂(械蜂・e00563)
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
アトリ・セトリ(幻像謀つリコシェ・e21602)
王・美子(首無し・e37906)
蔵城・雪都(宵の語り手・e40496)

■リプレイ


 愛してます、と唇で形作ってエフェメラ・リリィベル(墓守・e27340)は紅いルージュを三日月に歪ませた。戦狂いの魔女は戯言を秘密めいて口にした。涼やかな景色の中で、それは何事にも変えられない狂気の様にアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)の耳朶を叩く。
「それって、愛なのかしら」
 誰に問うでもなくアリシスフェイルは口にする。美しきから紅に染まる景色をその月色の瞳に映して柔らかな髪へと指を絡ませる。
「さあ? どうかしら」
 はぐらかす様に――意味もなく、繰空・千歳(すずあめ・e00639)は悪戯の様に小さく返す。硬質な指先が小さく動き、傍らの酒樽をつん、と突く。その仕草に満足げに反応したミミックは落ちた葉を避ける様にぴょいんと跳ねた。
「きっと、妄執(あいじょう)と呼ぶしかない感情なのでしょうね」
 冷たい焔を身に宿し確かめる様にじっとりと呟いた八柳・蜂(械蜂・e00563)は錆びた欠片を集める様に紫煙を吐き出した。冷たい躰を小さく振るわせて向き合うは巨躯の罪人。
「そうね、そうだわ。これを愛と呼ばずに何と呼ぶの?」
「愛は須らく愚かなものよ。だけれど、貴女の謂う愛は傲慢と呼ぶのではなくて?」
 冷たいアメジストが細められる。アリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)は茨の如く言葉を吐いた。
 それは冷たい雨の様に妄執に駆られる女の脳を搔き乱す。言葉を介して、愛情表現(ひところし)を阻むが為に訪れた猟犬達は形良い唇を僅かに尖らせて拗ね返った表情を見せた罪人に気付かれぬように事を運ぶ。
 アトリ・セトリ(幻像謀つリコシェ・e21602)は僅かに視線をやって、穏やかに事を運んだ。白い肌と紅い唇が印象的な罪人なのだとアトリはその時、認識していた。
「よお、ブス。随分派手に暴れてるじゃねーか」
 吐き捨てるように告げた王・美子(首無し・e37906)は鋭い光りを燈した瞳を細めて頸に揺れる焔を燈し続ける。只の罪人であった女は美子の言葉に逆上せあがった様に頬を赤らめた。
(「情熱的なのは嫌いじゃないけど、ご遠慮いただきたいお姉さんだね……」)
 夜色の髪を揺らし、声高に此処は戦場になると告げた蔵城・雪都(宵の語り手・e40496)は夜明け色の瞳を曇らせる。彼の執筆する小説よりも奇々怪々な妄執の女が其処には在る。雪都の声を聴き、逃げ果せた人々は此処で語られる小説よりも莫迦らしい愛のおわりを知ることはないのだろう。
「さっさと、死ねよ」
 Dullahanは淡々と、告げる。嗤う女に彼女の慈悲はない――踏み出した一歩は只、重たげだった。


 性癖(あい)は人それぞれ。緑に霞む髪先がふわりと揺れる。地面を強く踏みしめて、振り上げたのは白銀の片刃。
「一方通行な愛ね。片恋ばかりで辛くはないの?」
「ふふ、貴女で試してみましょうよ」
 女の瞳が恍惚に濡れている。巨躯のエインヘリアルがアリシスフェイルの眼前へと飛び込んだ。ぐん、と割り込む様に身を投じ真白の刃で受け止めた千歳の表情が歪む。重たい一撃だとびりりと人の腕であった右手が痺れを感じる。
 眉を顰めた千歳は「随分と良い趣味をお持ちのようで」と毒吐いて見せた。桃から若草へ変わる柔らかな髪が彼女の頬に被さる。
 ぐん、と接近したエインヘリアルの指先が白磁の頬を引き裂かんと狙い定めるが、刹那――ちりん、と音たて鈴はその身を投じる。
「高尚な趣味なら拝聴したいけれど、生憎、『趣味』じゃないのよね」
 悪戯っ子は『姉』から狙いを逸らせるように楽し気に跳ねている。左の腕を盾の如く振り翳せば、女は一歩後退した。
 その足を縺れさせんとアトリは続く。故郷の空と景色をその姿に映しこんだ長耳の女は古錆びた銀のリボルバーの名を指先でなぞる。
 鋭い銃撃が追い縋る様に女の足元に飛び込めば、ダンスを踊るようにタン、タンとエインヘリアルが跳ね上がる。それが好機と見做したのはエフェメラ。
「うふふっ、とても良い性格の方。わたくしは嫌いではありませんよ。
 最も――あなたの『趣味』には理解も同意も致しかねますけれども」
 執着の強さはどちらも同じ、なれば妄執を競い合うのも悪くない。紅いルージュはどちらも同じ、竜人は捕食者の顔をしてエインヘリアルの懐に入り込む。
「死に際の美しさは儚さより出でるもの――ネチネチと甚振るのがお好きならわたくしもお返し致しますわ」
「ハッ、悪かねェ。女の妄執の競い合いってのも終わってみりゃお笑い種だ」
 美子は両手をぱん、と叩く。薫る紫煙の内側より妄執の女の一撃を受け止めてその身をぐるりと翻す。
 彼女の視線の先には雪都。癒しを言祝ぐ小説家は奇々怪々の物語にゆったりと笑み乗せた。
「女の妄執は時に小説より奇なる事、私は、そうだね――嫌いではないけれど」
 その笑みの裏側に嫌悪を乗せて彼は整ったかんばせに『張り付け』る。鮮烈なる攻撃を繰り出す女に離れた位置で落雪白椿を読み解く如く、彼は目を伏せる。
「さて、後ろは任されたよ。存分に戦ってくれ」
 彼は言う。化粧が濃すぎるのも、暴力家も嫌いなのだと。女性は何時いかなる時も淑やかに笑っているほうが好みなのだと『悪びれることなく』優し気に語っている。
「わたしの『いとし子』――ほら、『語』って」
 するりと指先が離れる。同じ色の髪先が僅かに触れ合い、黒いドレスを揺らしたリトヴァが女へと手を伸ばす。前線飛び交う凶刃より護手を望んだアリッサは『愛』の愚かさを飲み込む様に口噤む。
 アリッサの瞳は柔らかに揺れ、風に攫われるもみじ葉を眺めていた。
 それは儚いものだ。癒しと同じ、目には見えない儚く、うつくしいものなのだ。
「……偏執的で、妄執に相応しい愛ですね」
 じわじわと痛めつける様な毒の如き女。その一撃を裂け蜂はぐん、と跳ね上がる。固いアスファルトを蹴り付け木々の幹を足場に女の眼前に飛び込んだ。
 無骨や槍の先が女の見開く瞳に近づいて、ばちりと手で叩く様な仕草を見せる。
「羽音が煩わしいわ」
「――ただの虫と侮らない事ね」
 血に飢えた獰猛を引き付ける如く淡い赫。薫り立つ黒紅を翻し無骨な凶刃を振り翳した蜂の瞳が咎を映しこむ。
「じわじわと甚振るのは、私も嫌いではありませんから」
 淡々と告げた、蜂の言葉は只、冷た。無機質なからだにはらりと落ちたもみじ葉に視線を揺れ動かして蜂はつめたい息を吐き出した。
「あたたかさを――ちょうだい」
 氷の涙を毀れさせ、凍て風の吐息を漏らしたおんなの瞳が、情愛濡れる女のそれとぶつかり合った。赤いルージュの端が僅かに滲む。
 彼女は何を思い死に際の表情に愛情を感じているのだろうか――?
 それは蜂には『わからない』。理解もできない人の心。それは彼女が『無機質な機械』だからなのか、それとも、エインヘリアルが常軌を逸しているからなのかは分からない。
「現実は小説より奇なり」
 その言葉を口にしてアトリはゆっくりと目を細めた。尽きゆく命のみを愛でる彼女を是とすることが出来ないとアトリは首をふるりと振る。
「裂けろ幻影、塵も残さず朽ちて逝け――!」
 鋭い弾丸を追い縋る様にアトリは跳ね上がる。隙を尽き飛び交う三層の刃に切り裂かれ彼女の唇はにぃと釣りあがる。嗚呼、その笑みの意味を彼女は知っているだろうか?
 アトリの一撃を見遣ってエフェメラは楽し気に笑う。森の中には誰もいない、ひとりぼっちの孤独な魔女は粛々と敵穿つ事だけ狙いを定める。
「うふふ、こちらですわ」
 余所見は、しないで。
 唇はそう形作る。静かに静かに蝕む闇竜の昏い霧。穏やかに、命を削るその気配を感じながらエインヘリアルはぐううと唸り声を上げた。
 キヌサヤの妨害を受け止め、おんなは「嫌よ、辞めなさい」と叱咤するように声上げる。
「あら、余裕をなくして、意外ね?」
 アリシスフェイルは金の瞳を細めて笑う。彼女を支援するようにキヌサヤがぴょん、飛び出す一歩にアトリは小さく頷いた。
 おんなは余裕を無くし、獣の様に猟犬達へと反撃を繰り出した。飛び交う一撃を受け止めて美子は「うるせぇ」と僅かに毒づく。
「さっさと死ねよ」
 その一言に激情を孕んだ瞳をぐるりと回してエインヘリアルは「ア、アタシ、アタシは」と呪うように声上げる。
「ふふ、さっさと散ってしまいなさいな」
 悪魔のささやきの如くエフェメラはこてりと首を傾げて言った。
 おんなの一撃を癒した雪都は目を細める。終わりとはいつもはかないものだ――そして、ものがたりが終わった頃にとても侘しい気持ちになるものだ。
(「――嗚呼、愛の形は否定しないで置くべきか」)
 ふてぶてしい笑みを壊さずに雪都は目を伏せる。彼の癒しを受けて前線で戦い続ける猟犬達はもうわかっているのだ――彼女の終わりを。
 彼女の愛した『彼女の見たかった』ものがそこにあることを。
 エインヘリアルが前進した。その一撃を受け止めて鈴がちりりんと音鳴らし、リトヴァが妨害するように手を伸ばす。
 キヌサヤはぐるりとアトリの周囲を回って見せて、彼女の行動を促した。
「殺めた者の痛み、苦しみ……そのツケを払う時だよ」
 ――刃に視える『もの』を目に焼き付け、今こそ愛を語らう時だ。


 愛とは何か。
 問われればアリッサは『リトヴァ』よ、と答えただろう。
 流れる銀絲、あどけない笑みは幼い少女の様に。まだ何も知らぬ白雪の様な指先は今はエインヘリアルを探す様に蠢いて。
 リトヴァに似合わぬ戦場でアリッサはゆっくりと瞳を細める。茨の中のおんなは焔の夢を語るように唇を揺れ動かした。
 女王の愛した奏華を手繰る指先は薔薇蔦絡むゴシックブーツの足先に力を贈る。
「酷い、傲慢だわ」
 酔い痴れるように彼女は言った。その言葉を聞かないふりをして雪都は『情熱的なおんな』を見据える。
「ええ、そうだわ、酷い、酷い傲慢だわ――脆い、淡い、夢なのよ、これは」
 女は途切れ途切れに口にする。愛とはそういうものなのだと。
 崩れ落ちそうな言葉を飲み越して、おんなは吼えた。「愛していたから、愛なのだ、愛以外に何呼ぶのか」と。
 女の慟哭を耳にしてアリシスフェイルは表情を歪める。片刃を握りしめる掌に僅かに汗がにじんだのを感じた刹那、千歳は「アリシス」と彼女を呼んだ。
「いくわ」
「……ええ、そうね」
 一歩、千歳が前を行く。追いかけるアリシスフェイルは紫煙を伴い前進する美子の姿を目にした。
「愛だ恋だの煩わしい」
 死ね、と。端的にその言葉を振らせた美子にエフェメラは静かに蝕む霧を飲み込む様に唇を引き結ぶ。
 一端を綴れば、その癒しが周囲に広がってゆく。八千代に八千代に、呪縛と共に幸福は降り注ぐ。
 確かに感じたぬくもりと共に、言霊は雪都の髪がふわりと広がった。
 彼の与えた言祝ぎに癒しを受けて、守手はエインヘリアルの許へ飛び込んだ。
「ほら、『魅』せて。私に――これは! これは愛よ、愛なのよ」
 ふふ、と唇が釣りあがる。エインヘリアルの一撃を交わした千歳は「違うわ」と冷めた瞳をちらりと向けた。
「詰まらない、って言っていたでしょう?」
 ぐん、とその身が地へめり込む感覚がする。駄々っ子の様に暴れるエインヘリアルの一撃を直に受け止めた千歳は機械化した左の腕を盾として構えながらゆっくりと立ち上がった。
 その口端からは笑みは消えない。後方で物語を言解きながら雪都が千歳へと癒しを贈る。淡く優しい飴は雨降る如く柔らかに降り注いだ。
「独り善がりは愛とは言わないかもしれないわ?」
「そうね、愛の形は人それぞれだけど、愛にも満たない恋心だわ」
 アリシスフェイルは一方通行な片恋を振りほどく様に千歳の右隣を奔る。エインヘリアルをその身体で押し込む様に身を挺し、唇は言葉を紡ぐ。
「金から胴に至り、灯し火を清算せよ」
 六芒星がゆっくりと彩られる。言の葉紡ぐアリシスフェイルを狙うエインヘリアルの眼前に鈴がぴょんと飛び込み踊る。
「流るる星々、緋色の緋色の路々、喰らい啜りて潤い充たせ――」
 一瞬で消える儚い愛情。それを愛と呼ぶならば余りに愚かで、余りに惨い。
 愛とは何か、少女には未だ分からない。けれど、それが『間違っている事』だけは分かっていた。
「――星火の行軍……!」
 吸血鬼の如く奔流を飲み乾して、アリシスフェイルの瞳が爛々と踊る。
 とん、と地面を蹴り呻いたエインヘリアルの眼前には、嗚呼、惨酷な笑みが躍っている。
「すてきなかお、しているわ――ええ、とてもきれい」
 戦を求め、戦を知り、戦の中で生きて来た墓守は月色の瞳を蠱惑的に細めて笑う。流れる紅色の髪を一片、擦った一撃を避け、彼女はひらりとドレスを揺らした。
「わたくしにはあなたの気持ちが理解できませんの。
 美しさとは死に際の表情が作り出すものではない――あなたには理解できないかもしれませんけれど」
 女の体を切り裂くのはエフェメラではなく、美子。その両眼は『詰まらない』物を見た様に詰るが如く冷めきっていた。
「アタ……シは……」
 女のルージュの塗られた唇が歪む。引き攣る笑みは無理矢理作ったものなのだろう。ぐしゃりと握り潰したような――歪み切った、へたくそな笑顔。
「アタシは、きれ、い?」
 エフェメラは口許だけで答えて見せた。彼女の自意識で認めるには値しない、嗚呼、一瞬の煌めきさえも霞ませる程に彼女は不細工に笑うのだから。
「鏡、見てみろよ。ただのブスだ」
 焔が揺れる。美子の吐き出す紫煙にも似た深いいろ。地に伏した女のルージュは唇から毀れている。落ちるもみじ葉が彼女の上に覆い被さってまるで血の様に紅かった。
 ひらりと舞う葉を一つ拾い上げアトリは目を伏せる。彼女の傍らでキヌサヤは暖を取るようにするりとよった。
「憐れね……言ったでしょう、愛とは須らく愚かなものだと、」
 けれどアリッサの唇は揺れる。リトヴァの細い指先を絡めとり、呪いの様に口にするのだ。
「――愛しているわ」
 嗚呼、このもみじ葉はどろりと赤い血のような色をしている。
  彼女はエインヘイリアル――届かぬ妄執を抱いた、ただのおんなの残り滓。

作者:菖蒲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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