南瓜爆車大阪の陣~ハロウィン・キュルビスの疾走

作者:月夜野サクラ

 無数の南瓜が目を光らせる街角は、奇怪で陽気な秋の気色に溢れていた。
 黒と紫、鮮やかなオレンジに彩られた商店街を行き交う人々は百鬼夜行。老若男女、洋の東西を問わない魔物達が、笑い合い、じゃれ合いながら闊歩する――そこに猛スピードで迫り来る塊が、ひとつ。
「うわっ!」
「きゃあ!?」
 鍔広の黒い魔女帽子が、高々と宙を舞った。波のように引いて行く人々を掠め、時になぎ倒しながら、『それ』はアーケードを突き抜ける。
「な、なんだあれは!?」
 尻餅をついた店番の男が声を上げる。鳥か、車か、火の玉か? 人々が思いも思いに叫ぶ中、誰かがいいえと首を捻った。
「南瓜のオバケ、だったような……?」
 見詰める先には、もう何もありはしない。
 怪しくもリズミカルな舞曲に乗せて、南瓜の爆車はどこへ行く――。

●Nightmarish Halloween!
「今年ももうハロウィンの季節なんだね」
 賑わう街を横目に見渡して、レーヴィス・アイゼナッハ(蒼雪割のヘリオライダー・en0060)は呟くように言った。そしてじろりと、居並ぶケルベロス達へ視線を戻す。お祭り騒ぎもたまにはいいんだろうけど、と吐息して、少年は革表紙の本を開いた。
「浮かれてるのは、どうやら人間だけじゃないみたいだよ」
 ハロウィンの魔力に目をつけて、動き出したドリームイーターの魔女達。その動きに関連して、大阪市内では攻性植物の南瓜が大量発生しているという。
 通称、南瓜の爆車――ハロウィン・キャレイジ。燃える車輪と魔女帽子が特徴的な全長一メートルほどの攻性植物達が概算にして百体以上、ハロウィンムードに浮き立つ街やパーティー会場などを目掛けて突入し、暴走を繰り返しているらしい。幸いにしてまだ死者が出たという情報はないものの、危険な行為には変わりがないだろう。
「連中を市内に放ったのは、パッチワークの魔女の新顔――ヘスペリデス・アバター。カンギ戦士団に加わった魔女ヘスペリデスの力を受け継ぐドリームイーターで、多分、今回の事件にもその力を使ってるんだろうね」
 暴走する南瓜達の目的はただひとつ――街に溢れるハロウィンの魔力を集め、それを主たる魔女へ届けること。放っておけば彼らは、十月三十一日の深夜十二時に自爆し、その身に蓄えた魔力をヘスペリデス・アバターへと受け渡すだろう。
「南瓜の爆車は単体で移動していて、一体一体の強さは大したこともない。だから君達には大阪市内を見回って、できるだけ多くの爆車を撃破して欲しいんだ」
 また彼らを操るヘスペリデス・アバターも、集めた魔力を受け取るために大阪市内に潜伏していると予想される。上手く見つけ出すことができれば、直接対決に持ち込める可能性もなくはないだろう。
「だけど、どうやって奴らを見つけるんだ?」
 誰かが尋ねるのに答えて、少年は言った。
「南瓜の爆車は、ハロウィンっぽい雰囲気の場所を襲う傾向が強い。だからそういう場所にアタリをつけてもいいし、移動中を狙うのもアリだろうね」
 市内では携帯電話での通話も可能であり、市民からの目撃情報は随時、現場付近を巡回中のチームに連絡が入るようになっている。但し敵は常に移動しており、通報を受けてからの移動では間に合わない可能性も高いため、情報はあくまで参考程度に留めた方が無難であろう。なお市内でも、大阪城の近くは攻性植物に制圧されているため、その周辺では南瓜の暴車も活動していないようだ。
「ヘスペリデス・アバターを撃破すれば、刻限が来て南瓜の爆車が爆発しても、魔力の受け取り手がいなくなる。爆発の被害を防ぐには爆車を全部撃破するのが理想的だけど、難しそうなら魔女の撃破を優先してもいいのかもしれないね」
 注意しなければならないのは、少人数での活動を続けた場合、付近の南瓜の爆車が集まって少人数のケルベロスを戦闘不能に追い込もうと動く可能性があることだ。作戦中は全員で固まって行動した方がいいだろうと、淡々と補足してレーヴィスは本を閉じた。
「ハロウィンの魔力が魔女の手に渡れば、厄介なことになりかねない。街の安全のためにも、よろしく頼んだよ」
 怪しくも愉快なハロウィンの、招かれざる客達を払うために。
 鉄の翼に連れられて、ケルベロス達は一路、大阪へ向かうのであった。


参加者
シアライラ・ミゼリコルディア(天翔けるフィリアレーギス・e00736)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
月霜・いづな(まっしぐら・e10015)
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)
キアラ・カルツァ(狭藍の逆月・e21143)
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)
グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)
ブラン・バニ(トリストラム・e33797)

■リプレイ

●Dive into Halloween
 十月三十一日、大阪府某所――。
「Trick or Treatなのだよー!」
 銀色に波打つ巨大なドームを背景に、ブラン・バニ(トリストラム・e33797)は高らかに声を上げた。天高く馬肥ゆる秋、晴れ渡る空の下に広がる街並は、奇怪で陽気な独特の雰囲気に包まれている。
「ふむ、今年もこの季節がやってきたのじゃな」
 オレンジと黒を基調としたハロウィン・カラーの衣装に身を包み、ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)は肩幅に脚を開いて立ち、ドーム正面から続く道の先を見渡した。シアライラ・ミゼリコルディア(天翔けるフィリアレーギス・e00736)は白い仔竜を肩に停め、それにしてもと嘆息する。
「ハロウィンに乗じてこのような騒ぎ……きっちり倒して、楽しいお祭りの日にしたいものですね」
「ハロウィンにこんな事件が起きるだなんて……オレ、楽しみたいのに……」
 キョンシー服の袖をだらりと垂らし、グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)もまた、気怠げにぼやいた。彼らの目標は南瓜の爆車――大阪市街を所狭しと駆け巡り、おどろおどろしくも楽しいハロウィンを恐慌の渦に陥れんとする攻性植物の軍勢だ。
 南瓜達がこの街のどこかに潜んでいるのだろう魔女のもとへ魔力を届けるその前に、一体残らず駆逐する。それがこの大阪に配置されたケルベロス達の役目である。
「それでは、はりきってまいりましょう!」
 黒いビロードの魔女帽子を二つ、一つは自分の、もう一つをミミック――名を、つづらと言う――の頭に乗せて、月霜・いづな(まっしぐら・e10015)は先端に星を飾ったステッキを振りかざした。
 目指すは国道を西進し、河を渡った先の港湾地区。彷徨うお化け南瓜達を誘い出す、ケルベロスパレードの始まりだ。ハロウィン会場はこちら、そんな誘い文句の踊るボードを抱えたウィゼを先頭に、見目にも楽しい一行が意気揚々と舗道を練り歩く。
 いづなの背中に負われたつづらの吐き出す星の形のエクトプラズムが、後方へふよふよと流れて行く様はなんともハロウィンらしい。国道周辺の比較的シンプルなコンクリートの街並みも今日は少しだけ違って見えて、小柄なシャーマンズゴースト――もとい、キアラ・カルツァ(狭藍の逆月・e21143)は愛嬌に溢れたお面をずらし、うきうきとした様子で口を開いた。
「今日はセレスも羽があるから、お揃いだね!」
「え? そ、そうね」
 突然、肩を叩かれて、セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)は珍しく不意を打たれたように瞳を瞬かせる。オラトリオの『妹達』とお揃いの翼は白いウイングキャットをモチーフにしたもので、首輪に見立てたオレンジのリボンが、ふわふわとした白のワンピースにハロウィン色のアクセントを飾る。
「せっかくだから、今日は二人とお揃いにしたくて……」
 心なしか少し気恥ずかしげに、淡い金色の髪を耳に掛け、娘は言った。危ない、と誰かの叫ぶ声がしたのは、その時だった。
 和気藹々とした行進の空気が、一変する。間一髪で道の左右に跳び退ったケルベロス達の間を、オレンジ色の塊が弾丸のように突き抜けた。その特徴的な姿は、見紛うはずもない――南瓜の爆車、すなわち、ハロウィン・キャレイジだ。
「ぼうそうぞく、というものですかしら」
 困ったものだというように、いづなが薔薇色の頬を膨らせる。ようしとボクスドラゴン風に仕立てた竜の尻尾を振って、マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)は意気込んだ。
「せっかくだから、南瓜退治も楽しんじゃおう!」
 一年に一度、なんでもござれの大騒ぎなら、楽しまなければ損というもの。灰桜の髪に色鮮やかなダリアの花を揺らして、オラトリオの少女は地を蹴った。
 一路はばたく翼は、疾る南瓜を捉えることができるのか。橙色に浮かれた街の真ん中で、ケルベロス達の追走が始まった。

●Dancing with Pumpkins
「行きます!」
 白い翼を畳んで舗道に降り立つや、シアライラは星の剣の切っ先を下げた。そのまま踊るようなステップで一回転すると、刻んだ星座が光を放ち、仲間達を包んでいく。
 進行方向からやってくる通行人達が何事かと足を止めるのを見て、セレスは声を張り上げた。
「危ないから下がって!」
 爆車の一体一体はそれほど強くもないといえ、一般人にとって脅威であることには変わりない。興味本位の野次馬達が一斉に引き下がるのを確かめて、キアラは取り出した螺旋手裏剣を開いた。
「待ちなさいっ!」
 ケルベロス達には目もくれず、一目散に飛んで行く南瓜の少し上を狙って風車のような手裏剣を投げつける。空中で影の如く分裂した刃は雨となって南瓜に降り注ぎ、その行く手を阻んだ。動きが止まったその隙に、マイヤとそのお付きのボクスドラゴンが爆車の前方に回り込む。
「ラーシュ!」
 呼ばれれば言われずともといった様子で、箱竜は大きく息を吸い込むや、竜のブレスを吐き出した。その身体は小さくとも、巻き起こす風は空を飛ぶ南瓜を十二分に翻弄する。よろよろと煽られながら飛ぶ爆車が進路を変えるのを見て、ケルベロス達も道を折れた。
「それにしても、シンデレラの南瓜の馬車じゃあるまいし――」
 夜中の十二時に魔法が解ける、そんな御伽噺ならどれほどよかったことかとウィゼは一人ごちる。
 約束の時間が訪れればこの南瓜達は場所を選ばず爆散して、溜め込んだ魔力を放出するというのだから、魔女も悪趣味なことを考えたものだ。
「じゃが、それを防ぎハロウィンを楽しむことこそ、あたし達の仕事なのじゃ」
 掌の上でぽんぽんと遊ばせる小さな南瓜の塊に火が灯った。勢いをつけて投げつけると、オレンジ色の爆弾は爆車のすぐ後方で弾け飛び、その頭にひびを穿つ。
 なんとか追撃を振り切ろうと必死に走り続ける南瓜の行く手を確かめて、あっ、といづなが切羽詰まった声を上げた。
「みなさま、あれを!」
 ごらんください、と舌足らずに言う声に前方へ目を凝らし、ケルベロス達は眉をひそめた。道の向こうから手をつないでやって来るのは、ハロウィンの仮装に身を包んだ母子連れだ。
 いけない、と知らず口にして、ブランは駆けるスピードを上げた。
「させないのだよ!」
 弱り切った爆車とはいえ、小さな子供にぶつかれば怪我では済まないかもしれない。
 魔法使い風のマントに波打つ白い髪をなびかせて、小さなサキュバスは振り回した腕の勢いに乗せ、奪う者の鎌を投げつける。そして大きな弧を描いた刃は魔性の南瓜を両断し、見事少年の腕へと戻った。
 ポン! とポップコーンの弾けるような音と共に、南瓜の爆車が空に還る。きょとんとして立ち止まった母と子の前に進み出て、グレイシアはにんまりと笑った。
「もう大丈夫だからね」
 口許に寄せた中華袖から、取り出したるは菓子という名の甘い夢。
 ハッピーハロウィンの言葉に乗せて両手に一杯のチョコレートを手渡せば、幼子の顔には見る見るうちに喜色が広がった。

●Parade Nightmare
 高架下の横断歩道を、信号無視で突っ走るオレンジ色の影が一つ。少し遅れて、光の翼が後を追う。
「逃がさないよ」
 走る車達の上を躍び越えて、グレイシアは手中の槍をくるりと回した。六芒星を象る穂先が視界から消えた、その刹那。
「はい、おしまい」
 向ける笑みは先刻までとは打って変わって、酷薄に光る。空中で動きを止めた南瓜の爆車が上下真っ二つに割れて、ボン! と曇った爆音を上げ煙の中に消えていく。一振り、槍を肩に担いで、青年は小さく息をついた。
「今の何体目?」
「四体目、でしょうか……?」
 指折り数を数えながら、シアライラは手元のスマートフォンを覗き込んだ。時刻は正午を少し回る頃、来た道はスタート地点からゴールまでの丁度中間といった所だろうか。東京住まいの彼女にとって、土地勘のない大阪での移動には文明の利器が欠かせない。
 初戦を皮切りにして更に三体、合計四体のハロウィン・キャレイジを片づけたケルベロス達は、順調にパレードを続けていた。向かう先がハロウィンムードで盛り上がる港湾地域というだけあって、そこを目指す爆車達とケルベロス達の進路は奇しくも一致しているらしい。故に作戦は至ってシンプル――移動途中の爆車を見つけては、追いかけて撃破する。その繰り返しだ。
 いそいそと自身もスマホを取り出して、いづなは画面に指を滑らせる。
「よんたい、げきは……と」
 ぽちりと送信ボタンに触れれば、打ち込んだ文字列が電子の海に送られていく。こうして戦果を共有しておけば、付近を探索する他のチームにとっても有益な情報となるだろう。
 ほっと一息ついていると、背中でつづらがパカパカと口を開く気配がした。
「つづら? ――あ!」
 百八十度くるりと反転して、少女は金色の垂れ耳を跳ね上げる。見れば車道の向こう側を、新手の南瓜が駆け抜けて行くではないか。
「おばけさん、はっけんですの!」
「よーし、トリック・オア・トリートー!!」
 天高く拳を突き上げて、マイヤが翼を羽ばたかせた。心なしか呆れ顔のボクスドラゴンがすかさずその後を追うのに続き、ケルベロス達もまた走り出す。
「一人で突っ走らないの」
 仕方ないわねと眉間の溝を揉んで、セレスが加速した。追手に気付いた南瓜が吐き出す火の玉をかわしてブレーキを掛け、両手に構えた銀の槌から凝縮した竜のオーラを解き放つ。その隣に、キアラが並んだ。
「絡み、捕えよ、狭藍の香よ」
 季節外れの紫陽花が、蒼く、白く、南瓜の爆車を包み込む。動きを止めた南瓜を一玉仕留めることなど、彼らにとっては何の苦もないことだ。
「さあ、おなわをちょうだいいたしませ!」
 人魚を模した鱗のドレスの裾を摘まんで駆け付けると、いづなは小さな手を打ち合わせた。駆ける雌雄の子狼に並走して、シアライラの箱竜もアスファルトの上を疾駆する。
「シグナス!」
 白い仔竜の体当たりで、南瓜の爆車がぐらりと傾ぐ。しかし限界が近いことを悟ったのか、それはすぐさま空中で体勢を立て直すと、それは猛スピードでケルベロス達に突っ込んできた。
 捨て身の一撃が前線の仲間達を弾き飛ばすのを見て、ブランは背後の神霊を仰ぎ見る。
「ノワさん、行くよ」
 白い付け髭を垂らしたゴーストは言葉こそ返さなかったものの、緩慢な動作で小さな手を組み合わせた。沈黙の祈りが生み出す癒しの光に重ねて、少年は伸ばした指の先へ白く輝く翼を創り出す。
「汝、幻想域の使者」
 さあと促す声に応えて、白い鳥が宙を舞う。翼は膝をついたウィゼの身体を突き抜けて、その苦痛を根こそぎ奪い去って行った。
「恩に着るのじゃ」
 ニッと付け髭の下に笑みを浮かべて、ドワーフの少女は取り出したハロウィン・ボムを見やる。一年前の同じ季節に出逢ったそれは攻性植物の一種であるが、今となっては頼もしい味方だ。
「今宵は皆を守るために」
 その力、見せつけておくれ。
 そうれと威勢よく投げつけた南瓜から、閃光が迸る。盛大な爆発音が一頻り続いた後、爆車の姿は跡形もなく消え去っていた。

●And,Happy Halloween!
 ぼぼん、と白い煙を上げて、南瓜の爆車が消えていく。舗道に長い影を落として立ち、いづなは小さな胸を張った。
「かぼちゃは、おなべの中におかえりなさいませ!」
 倒した爆車は、既に十体を超えていた。ふうっと額の汗を拭い、ブランは大鎌の先を下ろす。その背後には、長い白ひげを垂らしたシャーマンズゴーストが静かに寄り添っている。
「ざっとこんなもんかな?」
 十月の終わりの冷えた空気にも関わらず、一日中動き回った身体はすっかり温まっていた。暮れなずむ空の色にふと思い立って見やれば、時計の針は既に午後四時を大きく回っている。
 スマートフォンの画面を覗き込みながら、シアライラが応じた。
「どうやら、そのようですよ?」
 大阪市街を駆け回っていた爆車達は、ケルベロス達の奮闘により、どうやら完全に駆逐されたらしい。その証拠に、昼間に比べてどっと増えた人手にも拘わらず、道行く人々の表情は曇りのない笑顔で溢れている。謎の南瓜が所構わず走り回っていたのでは、なかなかこうは行かないだろう。
「なんとか刻限には間に合ったみたいね」
 ほっと肩の力を抜いて、セレスは吐息した。これで少なくとも、ハロウィンの魔力が魔女の手中に落ちることも、南瓜の爆車の自爆に誰かが巻き込まれ、怪我をすることもない。
 お疲れ様と労うようにその両肩に手を添えて、キアラは光のヴェールで義姉の傷を癒してゆく。
「どこへ行くのじゃ?」
 ふらりと歩き出したグレイシアに気付いて、ウィゼがはてと首を傾げた。
「んー? ちょっとその辺まで」
 間延びした口調で応えて、青年はのらりくらりと歩いていく。その意図を素早く察して、マイヤがぽんと手を叩き、身を乗り出した。
「わたしもわたしも! それっ!」
 奇しくもハロウィンの色彩に同じ、橙と紫のグラデーションに染め抜かれた都市の空へ、光輝の翼が舞い上がる。
 戦いに傷つくのは、人や動物だけではない――街もまたその被害者であり、癒されるべきものだ。崩れた塀が、ひしゃげた柱が、輝く翼の先に触れて見る見るうちにあるべき姿を取り戻していく。壊れた装飾などは手作業で直してやれば、元の形を損なうこともないだろう。
 刻一刻と暮れ行く秋天を仰ぎ、セレスは呟くように言った。
「日が短くなったわね……」
 言葉を交わす間にも、忍び寄る夜の帳。行く手遥かには祭の夜に相応しい港湾地域の夜灯りが、煌々と輝いている。夕焼けと宵闇の混じり合う空に雲が点々と黒い影を作る様は、それ自体が巨大なハロウィン・アートのようだ。
「それじゃあ、爆車も倒したことだし……」
 結髪から落ちるオレンジ色のリボンをくるくると指に絡めながら、キアラが言った。
「改めて、ハロウィンを楽しみましょうか!」
「! さんせいなのです!」
 異論を唱える者など、ありはしない。星のステッキを胸に抱いて跳ね回るいづなの背で、ミミックがけぷりと小さな星を吐いた。
 Happy Halloween――今日の日を心待ちにしていた、全ての大人と子供達へ。
 道から道へ駆け回った忙しない一日のご褒美に、ケルベロス達は光溢れる繁華街へと歩き出すのだった。

作者:月夜野サクラ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。