秋に咲く花

■リプレイ

●冷静
　根が蠢けば、幹が震え、枝葉を揺らし、舞い散る桜は時雨の如く。
　無数の時雨が地を薄紅に染め上げても尚、底なしに咲き誇るその威容は、酷く美しいと形容することも出来ようが、やはり妖花だろう。尋常のものとは言い難い。
「ぬぅぅ、またしても寄生型！」
　獣化した脚部を思い切り桜に叩きつけたマーシャ・メルクロフ（月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659）は、小さく歯噛みする。
　……果樹園。事切れた男性。苦々しい結末。力不足で助けられなかった命。
「今度は！　絶対に！！　元気な姿でお家に帰らせてあげるでこざる！！」
　その記憶はまだ新しく、だからこそマーシャは咆哮の如き声量を持って宣言した。
　二度と同じ過ちは繰り返さない。
　マーシャのライドキャリバー・まちゅかぜは、そんな主の熱に呼応していななくと、面を制圧する要領で、ガトリング砲を掃射する。
「うん。責任持って助けなきゃだね」
　ガトリング砲の衝撃で宙へ舞い上がる花。依然地に降り注ぎ続ける花。
　そんな桜が乱れ散る戦場にあって、暁・万里（呪夢・e15680）は若干の居心地の悪さを感じていた。
　それは妖花が作り出した景色であるが故のものなのか、それとも……。
「さて。理由はどうあれ治療してるのは間違いないんだから、お礼の一つも欲しいところだけど……どうかな？」
　と、万里はふと脳裏を掠めた不穏な感覚を一切表には出さず、普段通りの人懐っこい振舞いのまま、桜が負ったダメージを強引な施術で癒していく。
　こちらの目論見を知ってか知らずか、桜は枝の一つを大きくしならせ、回復など不要とばかりに万里を打ち据える。
　が、目にも止まらぬ枝の軌道へ天野・司（たぶんおそらくきっとプリン味・e11511）が強引に割り込んで、万里を庇い鞭打を受け止める。
「共に歩んできた人間を取り込んで咲き誇る、か……酷いな。人にとっても。花にとっても」
　こんな狂い咲きに未来は無い。鞭を払った司が薄紅の大地より跳躍し、ふわりと桜花が舞うと同時、ドラゴニックハンマー・殲刻は司の身より解け、瞬く間に砲撃形態へと変じた。
　撃鉄代わりの蹴撃で、砲の後部を勢いよく叩き、そうして放たれた砲弾は、妖花の根を抉り足を攫う。
　さらに、ラヴェルナ・フェリトール（真っ白ぽや竜・e33557）が重力と流星の煌きを味方につけて夜を滑り、刃の如き鋭さで妖花目掛けて『着地』すれば、必然、妖花の動きはより鈍る。
「人型……攻性植物……面倒くさい……予感……」
　同種の事件を起こし続けてきた人型の攻性植物五体。
　完全な形で事件を終息させる為には、十中八九全員を撃破しなければならないのだろう。
　骨の折れる話だが、そこへ辿り着く為の道にこれ以上の犠牲はいらない。
　故に、死なせはしない。だが、一戦交えなければ救い出せないのもまた事実だ。
「……助ける。死にたく、ないなら……耐えて……」
　此方の声が絵理に届いているかどうか、定かではない。だがラヴェルナは、彼女が覚悟を決める猶予を与えるように、アームドフォートの砲塔をゆっくりと妖花へ向けた。

●優美
　七奈・七海（旅団管理猫にゃにゃみ・e00308）の腰に下げた照明が、彼女の動きに合わせ不規則に揺れる。
　乱雑に瞬く光が映すのは、公園を覆うガスの壁。念には念をと七海が展開したものだ。
「はーい、失われた領域の管理猫・自宅警備猫のにゃにゃみですよー。私のいるところはすべて私の領域です。よって、管理させてもらいますねー」
　踊る光が戯れに照らし出した七海の腕は、いつの間にやら獣のそれ。
　七海が獣化した掌に螺旋を集め、桜の幹にそっと触れれば、あとは速やかに敵内部へ浸透した螺旋が暴れてくれる。
「冗談のつもりはありませんがさておき。秋の桜と書いてコスモスと読みますけど、本当に秋に桜が咲くようでしたらどう書けばいいのでしょうね？」
「そうねぇ。敢えてこれに名前を付けるなら、仇桜かしら。早々に散ってほしいって意味も含めて、ね」
　スカーフで口元を覆い隠そうとも、軽口はするりそれを通り抜けるが、遮るものの無い八尋・豊水（ハザマに忍ぶ者・e28305）の両眼は、務めて冷静に周囲の状況を検める。
　七海の展開したバイオガスに加え、さらに豊水が戦場に殺界を構築したのだ。どんな野次馬だって入り込んでは来ないだろう。人払いに関しては完璧と言えた。
「それじゃあ、本腰入れて掛かるとしましょうか！」
　豊水の放った気弾が、正真の獣の如く妖花へ食らいついて分厚い樹皮を剥がす。豊水のビハインド・李々は今までの攻撃で脱落した桜材（パーツ）に念を籠め、露になった木の肌に容赦なく攻撃を重ねた。
　直後、妖花が大きく震え鳴動する。順調にヒール不能ダメージが蓄積してると見るべきだろうか。
「思い出の場所がなくなるというのは、人の手でも起こり得るのじゃな……」
　そんな妖花を前にして、十六夜・うつほ（囁く様に唱を紡ぐ・e22151）はぽつりと呟く。
　時代の流れは往々にして無常であると、そう理解しつつも、絵理の懐旧と消えゆく公園の存在は、故郷――思い出の場所を失った過去を持つうつほにとって、ひとかたならぬ気持ちを喚起させる。
　けれども、先ずは集中だ。うつほは渦巻く感傷を、一時ぐいと胸中に押し込んで、人の力ならざる奇蹟を繰る。御業（きせき）は鎧となって妖花を守り、癒した。
「そうさのう、十六夜さん。人が変われば思考も変わる……移り行く場所に取り残されたような……そんな感覚に陥って時代を感じてしまうものよのぉ……」
　藍凛・カノン（過ぎし日の回顧・e28635）はうむ、と深く頷く。若く精悍な外見とは裏腹に、その口調は含蓄に富んだ老爺を想起させる。
「しかしのう仇桜よ。その子は返してもらうぞ。彼女が時代に埋もれ行くのは、まだまだずっと先の話じゃろう」
　カノンは襲い来る根の槍をゆるりと躱す。夜行性故、今は調子がいいと嘯きながら、自身と共生する攻性植物を収穫形態へと変化させる。
　黄金の果実が蓄えた聖なる光は柔らかく夜を照らし、後衛にバッドステータス――悪性を跳ねのける力を齎した。

●しとやか
　司が桜を観る。敵の残体力を正確に把握することは難しいが、傷口を塞ぎ切れていない見てくれと、僅かに鈍り始めた挙動から、目視でおおよそ判断するに、元の体力の半分前後は削れたろうか。
　戦闘開始から妖花の動向に傾注し続けていた司の目算ならば、大きく外してはいないだろう。
「嫌が応にも長期戦。それは覚悟の内ですが、こちらの気苦労を少々そちらに分けてあげましょう。では、被害を軽減するための嫌がらせ、行きますよー」
　強烈な重力を宿す鉈・暗狗ノ牙“狗々狼”を携えて、七海は妖花を切り刻む。
　黒き獣の如き刃が新たに拓いた傷口から、軋み歪みの悲鳴が上がる。あるいはそれは、こちらが付与した悪性の喝采だろうか。
「やることは割とシンプルなのですよね。倒れる前に削り切る。それだけです」
「んーむむむ。そのシンプルさが、逆に拙者の頭を悩ませるのでありまする……」
　攻撃と回復のバランスに目を光らせるマーシャは、この手番、意図的に威力の小さい広範囲攻撃用グラビティ――死天剣戟陣を敷いて加減する。
　ぐるぐるとスピンを続けるまちゅかぜにも『火』気厳禁を言い渡し、慎重に、確実に、決して死なせて仕舞わぬように細心の注意を払う。
　天より降り注いだ無数の刀剣に怯んだか、妖花の幹は二つに開き、取り込まれた絵理の姿が露になる。
　はらはらと舞う桜の花弁と、血。
　――あれはもう事切れているのだと、記憶の果てから誰かが囁いた。
　いいや、違う。万里が僅か瞳を瞬いて絵理を見れば、顔は青く、呼吸が小さいものの、やはり彼女は生きている。
　……生きているのならば、『今度こそ』、助けなければ。
　故に万里はにこりと微笑んで、
「待っててね、必ず助けるから」
　眩暈のようなデジャヴを振り切り、祝福の矢を妖花へ放つ。
「届かぬかもしれぬが、妾も声をかけずにはおれぬ……」
　うつほは前手番と同様に、護殻の御業で妖花を癒す。
　見切りが発生しようがするまいが、敵であろうが味方であろうが、ヒールグラビティは問答無用で対象を癒す。回避する術など無い。
「桜へ向けた優しい気持ちを踏みにじる存在に負けるな、妾達が必ず助ける故、気を確かに持ってたもれ」
　相手を励ますエールはそこまで万能とはいかないが、他者を慮るこの行動は、決して無意味なものでありはすまい。
「うふふ。絵理ちゃんに宛てた三人の激励だけ取っておきなさい。悪いけど、回復のお脚はしっかりもらうわよ♪」
　妖花を回復させるのは良し。だが、その際にエンチャントが蓄積するのはこちらにとって不都合だ。
　豊水は露出した絵理を避け、音速越えの拳を妖花へ打ち込む。
　拳の接触から一拍遅れて打撃音が戦場に響き、さらにもう一拍遅れて妖花の『破剣』が破れた。
　続いて李々が妖花を金縛るが、妖花の鳴動は止まらず、豊水の足下より、根の槍が土砂と桜花を捲りあげ、彼の血を啜ろうと一気に伸びる。だが、
「攻撃……簡単には……通さない。護る…」
　寸前ラヴェルナが盾となり、豊水は事無きを得た。
「ありがとう。ラヴェルナちゃん」
「どういたし……まして……」
　豊水に返事をしつつ、次手、攻撃するか回復するかラヴェルナは逡巡するが、直後にカノンがオーラを譲渡してくれたおかげで、吹っ切れた。
　ラヴェルナは主砲の照準を定め、妖花へ一斉射した後、豊水に習い、カノンに礼を言う。
「ありがとう……おじい……ちゃん？」
　疑問形だった。
「はは、どういたしまして」
　カノンは飄々とした態度でラヴェルナの言葉を受け取ると、さて、と襟を正し、妖花の……絵理の方へと向き直る。
「もう少し……もう少しだけ頑張っておくれ。吾輩達が助けてみせる故、生きる事を諦めんでおくれよ」
　カノンも、いや、この場にいるケルベロス全員が、彼女の生命力を信じている。
　だからこそ。必ず。
「時間は何もかも押し流して、忘れさせてしまう。だからこそ積み重ねた記憶と思い出が、その人だけの大事な軌跡になるんだ」
　司は殲刻の爪先で数度、薄紅の地を叩き、目を瞑る。
　記憶。思い出。自分にそれが無いからこそ、誰よりもその価値を知っている。
　無意味な死によってそれらが消え失せる恐ろしさも、また。
「まだ終わらせない。続くべき軌跡が、未来があるんだ！」
　刹那。
　電光石火の蹴撃が、妖花の肌を貫いた。

●あなたに微笑む
　満月に似たエネルギー光を粒子状に撒き散らし塗りたくる。それは薬か、はたまた塩か。
「因果応報代償無用踏み倒し御免――あなたにお薬あげましょう。殺菌効果抜群です」
　何れにせよ稲羽之素兎が七海に運ぶのは『益』のみだ。
　そしてこれが、妖花に取って最後の薬でもあるだろう。
「…目醒めて…、深淵に棲う…獣(こども)達…一時の自由をあげる…。本能の…赴くままに…敵を、喰らい尽くして…」
　ラヴェルナが喚びだした三匹の魔狼たちは、兎の薬にまみれた妖花を見るや歓喜の雄叫びを上げ、殺戮衝動の赴くまま存分に食らいつき、
「さて御立合い！　季節外れの夜桜に、舞を一徹奏しましょう」
　妖花を堪能した魔狼達が消滅する瞬刻。豊水は超高密度の螺旋、『紅螺旋（クリムゾン）』を己の全身に纏い、妖花とがっしり組み付く。そしてそのまま竜巻と見紛うほどの激しい錐揉み回転をかけ、
「八尋流豪血・紅螺旋錐揉放（クリムゾンシュート）！」
　気迫全開、妖花を天高く投げ飛ばす。
「……悪を倒すこと。思えば最近はその想いが強すぎて、大切なものを見失っておりました」
　晩秋の星空に放り出された妖花を見据え、マーシャは獣化した拳を握る。
「人々の平和を守る。拙者のこの武も始まりは活人剣でありました」
　自由落下する妖花は空中にあって、地に根を下ろしていた時よりもさらに咲き誇り……。
　無限無数の刃桜は、天を覆い、地を覆い、全てを塗り潰して尚萎れず。
　しかし。
　攻撃に気を払い、回復に気を払い、時に加減し、時に見切らせ、消耗を顧みず、絵理を救出すると言う一念で皆ここまで来たのだ。
　ならば。ここで快勝出来ねば嘘だろう。
「人を生かすため、刃を活かす。棋聖活刃流の技、とくとご覧じ召されよ！」
　桜花の嵐を突破したマーシャは、星空へ飛び出すと、万感の思いを込めた全力の拳で……遂に妖花を撃滅する。

　物の本によれば、植物にも感情があるという。
　ならばこの桜にも、記憶や思い出はあったのだろうか、と司は思う。
　絵理を解放し、動かなくなった桜。
　この桜は何を見て育ち、何を思って生き、何を感じて――否。これは仮説の推論だ。
　考えても、詮の無い事なのかもしれない。
　不意に、司は桜の枝へ手を伸ばす。しかし、少し触れるだけですぐに崩れ……。
「お代、確かに頂戴いたして候……」
　豊水がそう吟ずる。樹の形は全て壊れ、跡も形も無くなった。

　妖花の撃破と同時、空に投げ出された絵理は地に落事無く、うつほに抱き留められる。気を失っているのか、動く様子はない。
　ともあれ、安否の確認は重要だ。
　カノンがうつほに目配せすると、意図を察したうつほがカノンの機微に感心しつつ絵理の体を揺すり介抱する。
　そうして目覚めた絵理はケルベロスの姿を見、自分の身に何が起こったのか察したのだろう。弱々しいながらも微笑んで、ありがとうと、そう言った。
「大丈夫？どこか痛い所はない？」
　万里が絵理にそう問うと、彼女は時間をかけて首を横に振る。
　もう喋る気力もないのだろう。疲弊は十分に見て取れるが、それ以外に主だった外傷が無いのは不幸中の幸いと言えた。
（「『今度こそ』、か……」）
　万里はほっと胸を撫で下ろす。何より安堵したのは、『アルレッキーノ』の出番が無いまま戦闘が終わった事、だ。
　名残惜しそうに公園を眺める絵理へ、うつほはデウスエクスの行動には全く同意出来ぬが、と前置きし、残念だと思う気持ちを地主殿に伝えてはどうだろうかと提案する。
「マンションのエントランス等の植栽や、他の場所へ移植など……地域の皆と協力してはどうかの？　このまま残念だと立ち止まっておるより、もしかしたら有意義な事になるやもしれぬぞ？」
　うつほの提案を聞いた絵理は幽かに、だがしっかりと頷いた。
「さて、後はこの場のヒールのみじゃな。しかし我輩を含めて皆、奇特じゃのう」
　カノンは笑う。
　今からひと月か、二月先にこの公園は消えて無くなる。
　それを考えれば特段ヒールをかける必要も無いが、ケルベロス達はヒールを続ける。
「そうじゃな。せめて消えゆくその時迄、健在であって欲しいと願っても、何、罰は当たらんじゃろう」

「ん……いい場所……」
　ラヴェルナは公園を一望する。
　思い出と、幻想が入り混じった秋の桜並木。
　今しばらくは、まだそこに。

作者：長谷部兼光	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年10月26日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 1／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。