●しろの少女
踏み締めた地面から、硝子が割れる音がした。
何処かの窓が割れて散らばった破片を踏んでしまったのだろう。危なかった、と呟いた鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)は靴の先で欠片をそっと蹴った。
此処は――嘗て破壊の限りを尽くされ、荒れ果てた庭園。
敷地内に幾つもあった温室は見る影もなく壊れ、植物も枯れている。全く違う景色だというのにハクアは今も記憶に色濃く残る焦土地帯を思い出していた。
「ドラゴンくんとはじめて会ったのも、こんな風に……死のいろが視える場所だったね」
灰を司る匣竜の名を呼び、ハクアは歩を進める。
今朝から何故だか不思議な予感がした。この場所に何かがあると感じた彼女は予感の正体を突き止める為、この一帯の調査を行っているのだ。
そうして、廃庭園の奥に辿り着いたハクアは奇妙な光景をみつけた。
「あれって……硝子のお城? けれどモザイクでよく見えないね」
不明瞭ないろに包まれた空間の中で庭園のモニュメントらしき影が揺らいでいる。
どうしようかと考えたハクアだったが、ドラゴンくんと一緒なら何があっても大丈夫だと信じて意を決した。
足を踏み入れた瞬間、妙な景色が視界いっぱいに広がる。
其処は元の地形や建物などが滅茶苦茶にされて混ぜ合わされたような奇怪なところ。きょろきょろと辺りを見渡したハクアは硝子の城に注目した。
「何だか氷みたい。あれ、ドラゴンくん?」
暫し景色に目を奪われていたハクアはいつのまにか匣竜が先へ走っていってしまったことに気付く。慌てて追いかけた先には氷硝子の城の入口があった。
そして、其処には真白な少女が立っている。
「――わたしの、姿?」
その少女はハクアに似ていた。否、彼女そのものと言っていい程に同じだ。
氷のドレスを身に纏った少女は匣竜とハクアの存在に気付いてゆっくりと振り向く。純白のヴェールが揺れ、凍氷色の瞳が幾度か瞬いた。
「なあに? ワイルドスペースを見つけられるなんて、この姿に因縁があるのかしら」
ドラゴンくんはその後ろ姿をハクア本人だと勘違いして駆けて行ってしまったらしい。だが、こうして二人が対峙した今は間違いに気付いて後退し、こちら側に戻っている。心なしか灰の尾が申し訳なさそうに揺れていた。
大丈夫だよ、と匣竜を抱き上げたハクアは淡い眼差しを向け、相手の姿を瞳に映す。
「分かったよ。キミはドリームイーターでワイルドハント、だね」
「話が早いわ。だったらわかるでしょ? いま秘密を漏らすわけにはいかないの。あんたはわたしの手で死んでもらわないといけないわ」
高飛車な口調で捲し立てた夢喰いは冷たい魔力を紡ぎ、戦闘態勢を整えた。対するドラゴンくんとハクアは互いを護りあうように立ち、敵を迎え撃つ気概をみせる。
そして、次の瞬間――放たれた白き雪の魔力が少女達を深く貫いた。
●氷色の世界
ワイルドハントについて調査していた仲間が襲撃を受けた。
「皆さま、戦いの準備をしてください。ハクア様を助けに参りますですよ!」
今すぐに現場にヘリオンを飛ばすと告げ、雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は番犬達をいざなった。
ハクアを襲った夢喰いは自らをワイルドハントと名乗り、モザイクで覆った内部で何らかの作戦を行っていたらしい。このままでは一人と一匹で敵と戦うハクアが危険だ。到着次第、即座に彼女を見つけて欲しいと願い、リルリカは状況を説明する。
現場は荒れた廃庭園内。
硝子の城のようなモニュメントがある周辺はモザイクの液体のようなものに包まれているが、呼吸や動作、グラビティなどすべてにおいて支障はない。内部に踏み込めば早い段階でハクアの姿を見つけることができるはずだ。
合流した時点でハクアは傷を負っているかもしれない。彼女を誰がどう援護するか、どのように戦うかも重要になってくるだろう。
そして、リルリカは現場上空に到着したこと仲間達に告げ、降下準備を整えた。
「では超特急で向かってくださいです。皆様、どうか無事に……ハクア様を助けてワイルドハントを撃破してきてくださいませ!」
きっと皆なら仲間を救って帰って来てくれる。
強く信じた少女は真っ直ぐな瞳を向け、戦いに赴く者達を見送った。
参加者 | |
---|---|
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122) |
フェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357) |
ヒスイ・エレスチャル(新月スコーピオン・e00604) |
鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632) |
平坂・サヤ(こととい・e01301) |
シンザ・クラウン(曇天狼・e04160) |
レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411) |
知井宮・信乃(特別保線係・e23899) |
●雪と氷
透き通った硝子の城を前にして闘いは巡る。
輪舞曲を踊るような凍てついた氷が戦場に閃く中、対するのは影の一閃。薄蒼と漆黒の衝撃が重なって火花を散らす。
「――ねえ、どうしてわたしの姿をしているの」
秘密とはいったい何のことなのか。鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)は渦巻く疑問と冷たい痛みに耐えながら、目の前の敵をもう一度見つめた。
「あら、素直に答えると思った?」
不敵に笑む氷の女王はそっくり同じのハクアの姿。
(「因縁だなんて、わからない。だって……こんな姿、わたしは知らないのに」)
敵の正体はちゃんと分かっている。けれど、こうして対峙するとなると不安と困惑がぐるぐると廻った。寒さと畏怖で震えそうになり、唇を噛み締める。
その瞬間、匣竜が敵からの一閃を受け止めた。小さく鳴く声に意識を引き戻されたハクアはちいさく頷く。
「そうだね、ドラゴンくんが一緒だもん。きっとみんなも助けに来てくれる」
だから、もう少し頑張らなくちゃ。
押し潰されそうな心を奮い立たせたハクアは幻想魔術を紡いだ。鹿を模した氷の幻獣が駆け、匣竜が灰桜を思わせる竜の吐息で追撃にかかる。
だが、小さく笑った氷の女王は真白な魔力を放ち返した。自身に迫る衝撃に気付いた少女が思わず目を瞑った、次の瞬間。
曇天色の狼が戦場に飛び込んできたかと思うと、一瞬でシンザ・クラウン(曇天狼・e04160)の姿に変わる。
「ハクアさんのお顔で悪いことするなんて許しません!」
「ただいま、定刻どおり到着です!」
少女を襲うはずだった衝撃は間に割り込んだ知井宮・信乃(特別保線係・e23899)が肩代わりしていた。瞼をあけたハクアは幾度か瞬く。
「みんな……! 信じてた!」
「ハクアちゃん、私が来たよ!」
「おはようございます、佳い朝ですねえ」
続いてフェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)の声と平坂・サヤ(こととい・e01301)のやわらかな声が響いた。そしてフェクトは横薙ぎに振るった杖で氷の少女を穿ち、サヤが鋭い一閃を重ねる。
「初めまして、女王様。アンタの秘密を、暴こうか」
「何が目的か知りませんが女の子が一人の所を襲うなんて趣味は悪いですね」
其処へ霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)が踏み出し、仲間達の前に雷壁を張り巡らせた。奏多の傍らでは医療魔術を発動させたヒスイ・エレスチャル(新月スコーピオン・e00604)がハクアを癒してゆく。
更にレオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)が自分の影から地を這いずる鎖を生み出して敵を穿った。
「ああ、僕のことは取るに足らない塵と思ってくれて結構」
「ふん、生意気ね。でも幾ら増えたって全員殺すだけ」
不遜な態度を取るワイルドハントは此方を睨み付ける。その姿はハクアに似ているが、所作や言動は全く似ていない。シンザは尻尾が下がりそうになるのを堪え、ハクアの支えになれるよう確りと地面を踏み締めた。
その不安を感じ取ったサヤは、だいじょうぶですよ、と告げて暗冥を腕に纏う。もう鳥は疾うに啼いた時刻。それならば――。
「あなたがゆめなら、さめていただきましょう」
そして、雪めいた白い景色のなかで氷の女王と番犬達の視線が交差した。
●みんなといっしょ
「ひとりよりふたり、ふたりよりたくさんだね」
先程の不安を振り払ったハクアは背を支えてくれる仲間の頼もしさを感じる。ドラゴンくんにいくよ、と呼びかけ、幻影竜を呼び起こしたハクアは蒼焔を解き放った。
匣竜も灰の箱に身を潜らせて標的に立ち向かう。
「つまりはひとりじゃ戦えない弱者ってこと?」
しかし敵は少女を嘲笑い、炎と匣竜の体当たりを弾き返す。奏多は未だ少女達が危険だと感じて薬液の雨を降らせていった。
「自分と同じ人間を見たら何とやら……と、古い伝承はあるらしいが当人の、それも暴走した姿にやられるなんざ、ゾッとしないな」
奏多は肩を竦めて瓜二つの少女達を見遣る。フェクトも彼の言葉に同意しつつ更なる攻撃を放ちに駆けた。
「ワイルドハントちゃんは人の姿を真似てばかりだね。自分に自信がないのかな?」
氷の一閃を打ち込むフェクトは不意に問いかけてみたが、敵からの反応はない。されど攻撃はしかと痛みを与えていた。
信乃は凍傷に重ねる形で絶空の斬撃を放つ。そのときに視界に入ったのは敵の背後にある硝子の氷城。
「氷の城なんて、凝った場所で……だけど観光名所にはなりそうにありませんね!」
「彼女の姿をした敵だなんて殴りにくいですね。とはいえ、野放しには出来ません」
信乃が率直な思いを言葉にする最中、ヒスイは傷付いたドラゴンくんに医療魔術を施した。ヒスイは仲間の様子に気を配りながらも氷の少女の姿を観察する。
シンザも敵を見つめ、複雑な思いを抱いた。
不安は拭いきれないが、相手はこわくて恐ろしい見た目ではない。それがハクアの偽物ならば許せない気持ちも湧いてくる。
「怖がってなんかいられない、僕も頑張らなきゃ……!」
怯えを消す勢いで魔力を籠めた咆哮を響かせ、シンザは決意を胸に秘めた。
其処にレオンが続き、超鋼の拳で敵を殴り抜く。対するワイルドハントはひらりと舞い踊るようにドレスを揺らして氷雪の力を振るった。
「危ないな、狙われているよ」
レオンは逸早く標的を察して呼び掛ける。
その狙いは依然ハクアに向けられており、激しい輪舞曲は信乃とサヤを巻き込みながら廻っていった。肌に刺さるような痛みに耐え、サヤは反撃に入ってゆく。
「矢張りふしぎなものですねえ。それに、まかふしぎな空間です」
ワイルドスペースに興味はあるが、今は仲間を助けることが第一。指先を宙でくるりと回したサヤは幻影の竜炎を解き放つ。
「……なかなかやるじゃない」
そのとき、敵が一瞬だけ怯んだ隙をフェクトは見逃さなかった。
地面を蹴ったフェクトは確りと狙いを定めて敵を狙う。改めて思うのはハクアは自分達の大事な仲間だということ。
「その姿を勝手に使うなんて、許せないよ」
だから、と足先に重力鎖を集わせたフェクトは流星を思わせる蹴檄を放った。信乃も連撃を見舞おうと決め、斬霊刀を構える。
「偽物が本物を倒すなんてこともさせません!」
次にハクアが狙われたら必ず庇おうと誓った信乃は雷刃を一気に振り下ろした。
それによって敵が体勢を崩す。
レオンも更に斬り込み、サヤも漆黒の槍を形作って毒を宿した。同様に好機を感じ取ったヒスイは花風の刃を標的に差し向け、ひといきに斬り放った。
「雪と一緒に溶けて消えていただきましょう」
「消えるなんて御免だわ!」
痛みに耐えたワイルドハントは怒りを露わにして反撃を行う。ヴェールを広げた彼女は惑いの魔力を戦場に満ちさせ、くすくすと笑った。
その衝撃は重く、催眠が後衛に巡る。
奏多はすぐに仲間の危機を察し、氷蒼の眸をフェクト達に向けた。
「残念だが、穢れは祓う」
淡々とした口調ながらも奏多の裡には、誰も倒れさせぬ為に力を尽くす、という意志が宿っている。秘めた意志は固く、奏多は癒しの雨で戦場を浄化していった。
その頭上にはシンザが生み出した魔法の雲が浮かんでいる。
「僕だって――!」
羊雲の子守唄は更なる癒しとなり、痛みを包み隠した。シンザの肩に乗ったファミリア、ツバメのニックスはしかと主を見守っている。
「ありがと! これでもう大丈夫!」
催眠から解き放たれたフェクトは一気に敵に肉薄して雷杖を振りあげた。鋭い一撃が敵を穿った後、わたしたちも、とハクア達が続く。
「バテてない? これが終わったら美味しいごはん食べようね」
懸命に頑張るドラゴンくんに呼び掛けたハクアは影の如き一閃で氷を斬り裂いた。匣竜も合わせて羽のような耳を大きく広げ、竜の吐息を放つ。
レオンも敵に与えた不利益を増幅させようと狙い、駆動剣を掲げて駆けた。狙いは相手の足を引っ張ること。
「気にしない気にしない。僕の妨害程度は笑って流してくれると気楽だね」
ひらりと手を振ったレオンの攻撃は実に嫌なタイミングで巡っていた。
信乃はそのことに賞賛の視線を送り、ヒスイと奏多も再び癒しの援護に入る。そして、サヤは敵の眼前に踏み込んだ。
間近で見る敵の外見はハクアに似てうつくしい。でも、とサヤは首を横に振る。
「中身が伴わないのであれば、サヤは躊躇わないのですよ」
刹那、衒いも遠慮もない一撃が氷の女王を穿った。唇を噛み締めた敵は一歩後ろに下がったが、敵意は消えていない。
「ねえ、なんで君はそんなに意地悪なんですか?」
どうして悪いことをするのか、とシンザは思わず問いかけた。するとワイルドハントは遥か彼方を見るような瞳で虚空を見上げる。
「わたしたちはもう望まない、もう求めない――」
その言葉の意味を語らぬまま敵はすぐに身構え直した。
だが、戦いの終わりは着実に近付いている。誰もがそう感じて気を引き締めた。
●星と散る
後少しで決着がつく。
されどワイルドスペースに居続けるのは気分は良くない。フェクトは仲間達に視線で合図を送り、魔力を溜めた。
「パパッと君を倒して、美味しい空気を吸わせてもらうよ!」
「人の姿を勝手にコピーするのはいけませんよ? 私だったら絶対お断りです!」
仲間を守り続けていた信乃も黒髪をなびかせて駆け、刃の切先を敵に向ける。憤りにも似た感情を刀に乗せ、信乃が放った一撃はドレスに飾られた氷を砕いだ。今です、と呼びかけた信乃にレオンが答える。
「ああ。気づいた時には、何もかも手遅れだ」
術式を展開したレオンが双眸を細めた瞬間、ありとあらゆる影から鎖が伸びた。無限縛鎖は敵を縛り付け、抗えぬ苦しみを与えていく。
奏多はその間も仲間を癒し続け、ヒスイに攻勢に移るよう願った。その思いに応えたヒスイは片目を瞑り、処か冷ややかにも感じる笑顔を浮かべる。
「同じ姿に遣り辛さはあるといいましたが、殴らないとは言ってません」
そして、ヒスイは眩い翡翠色の光を纏う雷を具現化した。身に燻ぶる激情から成る雷は敵の自由を奪い、その身を水晶のように固めた。
きらきらと光る仲間の魔力を見送ったシンザは奥に見える城を瞳に映す。
冷たくて寂しい硝子の城はこんなときじゃなければきれいだと感じたに違いない。けれど、今は戦いの最中。
怖さも、不安もすべて余所にやって、勝利を目指すべきとき。
退いちゃいけない。――だって今日の僕は弱虫じゃない、強い狼だから。
「ねえニックス、僕がちゃんと戦えるよう見ていて、お願い」
ファミリアに願ったシンザは自分の魔力を分け与え、ひといきに燕を放った。飛翔する鳥は氷を斬り裂くが如く、ふわりと舞った羽が雪のように舞い散る。
「そんな……こんなことって、」
痛みに呻く敵、その背後に回り込んだフェクトは凛と言い放った。
「欠損を埋める為に、誰かの姿を借りてるような君に、負ける気はしないよ!」
そして、世界を満たす森羅万象を球体として生成したフェクトはその力を解放する。極小の天地創造がワイルドハントを穿つ中、ハクアは氷の少女を見つめた。
あの恐怖が戻ってくる前に、決着を。
そう決めたハクアは花咲く馴鹿を目の前に顕現させた。
「硝子の舞踏はさよならおしまい」
角に咲く桜を散らして戦場を駆けた幻想獣にドラゴンくんが追走する。ひとりと一匹で戦っていたときとはもう違う。灰の吐息、そして砕けて散る花の幻想。
硝子の城に映った光景にサヤは目を細める。
「ハクアのしろいろは、つめたいけれど、もっとあたたかい」
サヤのすきないろです、と二人と見比べた彼女は小夜坂文庫の一節を手繰る。途端に周囲に死の可能性が満ち、終焉の刻が引き寄せられた。
「あなたがよいゆめかわるいゆめかは、サヤにはわかりませんけれど――」
「……止めるさ、必ず」
仲間に合わせ、奏多も銀の魔術を紡いだ。生成された弾丸はサヤが収束させた死を纏い、瞬時に敵に放たれる。
そして、銀の星が弾けるかのように最期の一閃が炸裂した。
●白き雪
やがて、雪が融けていくかのように氷の少女は薄れてゆく。
ワイルドハントが消滅したと同時に辺りを満たしていた液体は消え去った。奏多は元の荒れた庭園に戻った光景を見渡しながら妙な違和感を覚える。
「自分であって自分じゃない、など、まるで――」
「どうかしましたか?」
奏多が呟く様に気付いたヒスイが問いかけると、彼はいいや、と首を横に振った。その近くでは信乃が仲間に怪我がないか確かめ、大事はないと判断している。
「ハクアさんを助けることが出来て良かったです!」
「そうだね、それが何よりだ」
レオンも頷いて軽く笑んだ。フェクトも同意を示し、これが神様パワーだよ、と杖を構えようとした。だが、当のハクアが俯いていることに気付く。
「ハクアちゃん?」
少女にはフェクトの呼び掛けは聞こえていないようだった。
庭園に捨てられた刃の破片が反射して彼女を映している。もしかしたら、と立ち尽くしたまま破片を覗き込んだハクアは掌をきつく握り締めた。
(「――いつかの未来、氷纏うあの子の様になってしまうのかな。嫌だな」)
あれはきっと、在るかもしれない可能性の姿。そう考えると怖くて仕方がない。そのとき、掌を包み込む不思議なぬくもりを感じてハクアは顔をあげた。
温かさの正体はシンザの手。
「大丈夫です、ハクアさん。僕たちがいるから、と……ごめんなさい」
はたとしてすぐに手を離して謝ったシンザだったが、十分に気持ちは伝わっていた。まるで気落ちする飼い主を元気付けるわんこ、もとい狼のようだと感じたハクアはへにゃりと笑い、仲間達に真っ直ぐな眼差しを向ける。
「みんな、助けてくれてありがと」
「どーいたしまして。はい、ドラゴンくんも心配していたようですねえ」
サヤがそれまで主の代わりに抱いていた匣竜を軽く持ち上げると、彼はぴょこんと跳んでハクアの胸に飛び込んだ。
「わ、ドラゴンくん!」
少女と匣竜が戯れる光景を眺めたヒスイと奏多は安堵を覚え、信乃も微笑ましさを抱く。シンザもぱたぱたと尾を振り、フェクトはハクアに手を差し伸べた。
「ハクアちゃんに元気が戻って良かった!」
「それでは、みんなで一緒に帰りましょーねえ」
サヤも帰路を指し示して仲間達をいざなう。うん、と頷いたハクアは皆の後に続こうと一歩を踏み出した。
だが、ふと硝子氷の城が気になって振り返る。
思うのは未来のこと。
いつか自分も、やわらかな雪ではなくて、つめたく鋭い氷を纏うときが来るのかもしれない。抑えきれぬ衝動に抗えなくなったときなのか、それとも誰かを守る為の決意を抱いたときなのかは未だ、分からない。
けれど、それまでは――焦がれた空の下で、まいにちを生きたい。
あたたかく優しく在ろう。心にひとひらの想いを秘め、しろの少女は歩き出した。
作者:犬塚ひなこ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年10月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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