鴻雁来りて菊花咲く

作者:犬塚ひなこ

●菊花開くとき
 真白に薄紅。浅黄や花紫、朱華。
 今年も色鮮やかな菊の花が咲き始める季節が訪れた。
 菊の良きところは繊細な色。そして、多くの種が存在するところ。
 厚物と呼ばれる大輪もの、管物と呼ばれる細やかな花弁が美しいもの。ちいさな花が愛らしく咲く小菊に明るい見た目の洋菊。更には有名な美濃菊など。様々で見飽きないところも人々から愛される理由だ。
 或る公園の広場にて、見頃を迎えた花々は可憐に咲き誇っていた。
 この街は昔から菊づくりが盛んで今年も市をあげて菊花展を開催している。
 愛好家や花屋をはじめとして、菊を愛する人々は街の為に丹精込めて一品を育てて来た。その甲斐あって今年も無事に菊花展が開催される。
 特に今年は催しに『菊花絵巻』というテーマを設け、花で街の歴史や今後の展望を彩る企画があげられていた。
 そんな日――街は不幸に見舞われた。

「ぐぁん!」
 突如、響き渡った妙な鳴き声めいた音に気付いた人々は頭上を見上げて驚く。
 その声の正体はとても大きな鳥の姿をしたダモクレス。黒い頭に腹は白。見る人が見ればその巨大鳥は雁に似ていると分かっただろう。
 ぐあん、と雁らしい鳴き声で周囲を威嚇しながら、ダモクレスは機械仕掛けの翼を広げて街を駆け抜けていく。その度に周辺の家屋や建物が崩れ、街は壊されていった。
 助けて、怖い、と人々の悲鳴や叫びがこだまする中で雁型ダモクレスは破壊の限りを尽くしてゆく。進む先は多くの人がいる街の中央。
 其処は丁度、今日から菊花展が行われる公園がある場所だった。

●鴻雁来たる季節
 嘗て封印された巨大ロボ型ダモクレスが復活して暴れ出す。
 そのような光景が見えたと語り、雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は予知の内容を語りはじめる。
 事件が起こるのは菊花つくりが盛んな或る街。
「ダモクレスは街外れから現れて、街の中心に向かって歩き出します。七メートルものおっきな機体なので歩くだけでも被害はものすごくなるのでございます」
 復活したばかりの敵はグラビティ・チェインが枯渇している為、戦闘力が大きく低下している。だが、放っておけば人が多くいる場所――今回の場合は菊花展がひらかれる公園へと移動して殺戮を行い、力を補給してしまうだろう。
 そんなことをさせるわけにはいかないと告げたリルリカは敵の撃破を願った。

「巨大雁ロボットは辺りを壊しながら進みます。ですが、動き出してから七分経つと、魔空回廊が開いて撤退してしまうのです。そうなるとたいへんです!」
 撤退を許せばダモクレスの撃破は不可能となる。
 その為、七分間で巨大ダモクレスを倒す算段が必要だ。そのうえ敵は戦闘中に一度だけフルパワーの攻撃を行うことができるらしい。
「フルパワー攻撃は強力な分だけ自分も大きなダメージを被ってしまうみたいです」
 全力攻撃はいつ繰り出されるか分からない。
 しかし、放たれた攻撃を好機とみるか、危機と考えるかで対応も違ってくる。
 また、リルリカは今までの戦いを分析して或る結果を導き出している。下手に守りや癒しに入るよりも全員が攻勢に入った方が敵を倒せる可能性が高い。だが、リルリカは戦い方は実際に戦地に赴く番犬達に任せたいという旨を話した。
「そうか、気を抜けない戦いになるな。しかし、菊花展とはいい話だな」
 依頼の説明を聞く最中、遊星・ダイチ(戰医・en0062)は街で行われるという催しに目を付ける。おそらく進路上の街は破壊されてしまう。しかし、自分達にはヒールの力があるので事後のことは心配しなくてもいい。
 ダイチは街の修復をした後、折角だから花を観に行きたいと希望した。
「菊というと仏花の印象もあるが、展覧会向けに作られた菊となるとまた違って素晴らしいんだろうな。楽しみになって来たぜ」
「ふふ、素敵です。でもでも、しっかりダモクレスを倒してからですよ」
 思いを馳せるダイチにリルリカは作戦も大切だと告げる。分かってる、と答えた彼は気を引き締め、拳を握ることで気合いを入れた。
 そして、リルリカは真剣な眼差しを向ける。
「菊の花を見る為に、街の人達を守る為にも……皆さま、どうかお願いしします!」
 もしダモクレスが魔空回廊に消えると敵の戦力強化を許すことになってしまう。だからこそ、絶対に敵を倒して欲しいと願った少女は祈るように両手を重ねた。


参加者
エルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)
葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
天変・地異(正義の極道・e30226)
イ・ド(リヴォルター・e33381)

■リプレイ

●街の破壊者
 奇妙な鳴き声を響かせ、雁ブラスターは街を往く。
 ヘリオンから見下ろしたダモクレスの進路上には花咲く広場が見えた。
「菊花展を無事に開催するためにも負けられないね」
「あの菊花展は……個人的に見に来ようと、思っていたのです」
 プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)と葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)は敵と公園を交互に見遣り、思いを言葉に変える。
 マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)も頷き、傍らのボクスドラゴンの名を呼んだ。
「頑張ろうね、ラーシュ! 秋らしい菊のお祭り、楽しみにしている人達が沢山いるから、荒らさせなんてしないよ」
 マイヤの意気込みは十分。イ・ド(リヴォルター・e33381)は美や趣に対する情緒を未だ解せてはいないと自覚しているが、知識としては解してはいる。
「斯くが如き場への闖入者のことを、「無粋」と呼ぶ程度のことは俺にも解る」
 行こう、とイ・ドが呼びかけた刹那、ケルベロス達は一気に地上へ降下してゆく。
「負ける訳にはいきませんわ。雁ばりましょう!!」
 エルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)は雁ブラスターに対しての小粋な気合いを口にし、バスターライフルを構えた。
 空中から発射された光弾が機体を穿ったことで、敵の注意が此方に向く。その最中、天変・地異(正義の極道・e30226)が翼を広げて抜刀した。
「巨大ダモクレス、まだいたのか。しかもそれなりにデカイヤツだ」
 以前の戦いを思い返した地異は刀に雷の霊力を纏わせ、敵の機械羽を穿つ。甲高く鋭い音が響き渡る中、フィアールカ・ツヴェターエヴァ(赫星拳姫・e15338)は雁が出てくる教科書の物語を思い出していた。
 そして、すぐさま敵の進路上に着地したフィアールカはミミックのスームカと共に敵の足元に駆けてゆく。
「んじゃ! やっちまいますか!」
「うん、絶対に倒さないとね」
 同時に地上に降り立ったプランが氷結の槍騎兵を召喚し、一気に突撃させた。プランの使役する兵の一閃に合わせて美しい虹を纏ったフィアールカの一撃とスームカの噛み付きが連撃となって見舞われる。
 ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)はウイングキャットに呼び掛け、敵の攻撃に備えた。
「クロノワ、それじゃあボク達は皆を守る役目につくよ」
 もちろん攻勢にも出るよ、と告げたニュニルはクロノワを伴い、ビルの上から流星めいた蹴りを放つ。クロノワの引っ掻きが機体にちいさな傷をつけ、続いたラーシュが竜の吐息で衝撃を重ねた。
 マイヤとイ・ドも協力しあい、敵に竜槌の一撃と蹴閃を見舞っていく。
 だが、敵も羽を広げてミサイルを発射した。周囲の建物を薙ぎ倒す勢いの攻撃は激しい。どうせ壊れるのならと考えたエルモアはビルの影に入って敵の目を眩ませ、ニュニル達は狙われたオルンや遊星・ダイチ(戰医・en0062)を守って射撃を受け止めた。
「か弱いボクが盾役だなんて、お代は高くつくんだよ?」
 ニュニルに礼を告げたダイチは頼りにしていると小さく笑み、回復に入る。オルンは白衣をはためかせてすいすいと屋根を走り、敵の前に回り込んだ。
 そして、オルンは先程の衝撃で弾け飛んだ瓦礫をひといきに蹴りあげる。
「手塩にかけて育てられた美しい花々を、こんなことで散らさせません」
 礫で敵を穿ち、思うのは菊花展のこと。
 必ず、花々が穢される前に敵を倒すと決め、ケルベロス達は意志を強く持った。

●破壊と追走
「――ぐぁん!」
 雁ブラスターが鳴き声をあげて嘴をひらく。
 間もなく鋭い一閃が来ると感じたが、地異は怯まずに立ち向かっていく。暴れながら進んでいくダモクレスを見据えた地異はビルの狭間を駆け、高く跳びあがった。
「スーパー天変地異キィイークッ!!」
 威勢のいい掛け声と同時に必殺の蹴撃で敵を穿つ。鋭い衝撃が敵を僅かに揺らがした様子に気付き、フィアールカは跳躍する。
 空中でもう一度跳んだフィアールカは屋根から一気に敵に降下した。
「スームカ! 武装具現化して!」
 同時にジャンプしたミミックが武器で敵を斬り裂く中、電光石火の蹴りが炸裂する。イ・ドがバールを投げ、エルモアが銃のリロードを行いながら破鎧の衝撃を叩き込んだ。
 更にはプランが流星めいた蹴りを見舞う。
「踏んであげる、悦んでいいよ」
 黒革のブーツで敵を踏みつけたプランは薄く笑んだ。そして、フィアールカ達が敵から離れようとした刹那、ダモクレスが大きく首を振る。
「そうはさせないよ」
 だが、ニュニルがすぐさま仲間と敵の間に割り込む。鋭い嘴の一撃が身体を貫いたが、彼女は痛みに耐えた。そして、敵を翻弄するように身を翻したニュニルは紙兵を散布していく。それに合わせてクロノワが清浄なる翼を広げた。
 ニュニルは一度敵から離れるべく屋根を蹴って跳躍した。その際に腰にリボンで括り付けられたぬいぐるみのマルコの腕がぱたぱたと揺れる。
 その様がまるでバイバイと手を振っているようだと感じたマイヤは小さく笑んだ。しかし、すぐに気を引き締めたマイヤは地上から敵を追う。
 その間にオルンがニュニルに雷の癒しを与えた。
「鴻雁来とは言いますが、ダモクレスに風情も何もありませんね」
 七十二候のひとつを思いオルンは肩を竦める。
 雁という名を冠するように敵は機械の鳥。舞い上がったら凄く迫力がありそうだが、この相手は大きすぎて飛ぶ術を持っていないらしい。残念なような、それで良かったような気持ちを覚えつつマイヤは構える。
「ラーシュ、わたし達の力も見せてやろう!」
 そして、ファミリアを解放したマイヤと同時に匣竜が吐息を浴びせかけた。
 プランも刃を振りかざし、傷付いた機体に痛みを重ねる。
「貴方に私を刻んであげるね」
 そうして、仲間達が宿した不利益が増幅されて敵を侵していった。
 エルモアは再び銃を構え、照準を定めた。あれだけ大きい的ならば外しはしない。屋根から屋根へと飛び移ったエルモアは重力の弾丸を撃ち放った。
「華麗に急所を撃ち抜いてやりますわ!」
 次の瞬間、敵の横腹に風穴があく。地異は良い調子だと感じてもう一撃を与えに敵に肉薄した。指天で以てダモクレスの動きを阻んだ地異はふと気が付く。
「力を溜めているようだ。来るぞ!」
 フルパワー攻撃を行おうとする敵の動きを悟った地異は仲間に呼び掛けた。
 機械の翼を広げた敵は一撃目と似た動作をしている。同様にイ・ドも雁ブラスターの狙いを察知した。
「羽による全体攻撃か。――備えろ、皆」
 刹那、全力で放たれた超級羽ミサイルが前衛に解き放たれた。
 眩い光が周辺を包み込み、鋭い衝撃が襲い来る。イ・ドはエクスカリバールを構えて受け身を取り、仲間達も痛みを覚悟した。
 だが、ニュニルとフィアールカを庇う形でクロノワとラーシュが前に出る。それによってニュニルとフィアールカの被弾は免れたが、サーヴァント達が消滅してしまった。
「皆を守ってくれてありがとう、ラーシュ」
「クロノワ……」
 マイヤは匣竜に礼を告げ、ニュニルが相棒猫の名を呼ぶ。自分達の為に力を尽くした彼らに報いたいと感じたマイヤは更に気合いを入れた。
 其処へすかさずオルンが薬雨を降らせ、ダイチが補助に入る。
「誰も倒れさせないようにするのが僕の仕事です」
 慇懃な口調でしかと魔力を満ちさせたオルンは痛みを受けた仲間達を支えた。そして、オルンは緑の瞳に敵を映す。
 此方の被害も大きいが敵もかなりの衝撃を受けたはず。
 地異は残る痛みに耐えながら戦籠手を振りあげ、高速の重拳撃を打ち込む。
「良い手応えだ。このままいくぜ!」
「皆の命は、奪わせないの!」
 地異の呼び掛けに頷き、フィアールカは降魔の力を宿した拳を振るった。スームカも愚者の黄金をばら撒いていく。
 ニュニルも掌をきゅっと握り、クロノワの分まで戦うと心に決めた。そして、これが最後の癒しだと感じたニュニルは魔法の力でテディベアを生成して傷を癒していく。
「仕留め損なったら格好悪いからね。ここからは全員で攻撃した方が勝てるはず」
「ええ、その通りですわ!」
 エルモアが高らかに応え、進撃していく敵を追う。
 街は破壊されているが、敵を逃すことは更なる破壊を生んでしまうだろう。必ず仕留めてみせると誓い、エルモア達はダモクレスを強く見据えた。

●灰燼に帰す
 戦いは巡り、じわじわと刻限が迫る。
 ケルベロス達は出来得る限りの攻撃を叩き込み、ダモクレスの力を奪い取っていった。敵からの攻撃も手痛かったが、前半に重ねた癒しが何とか仲間達の身を支えているようだ。
 この先は一撃たりとも外せない。敵の動きから凡その体力を算出したイ・ドは更なる攻勢に入った。同様に感じたマイヤも宙を跳び、戦場を駆ける。
「もっともっと……全力で!」
 流星の煌きを纏ったマイヤはラーシュを思いながら渾身の一撃を見舞った。オルンも白衣の裾を靡かせて駆け、腕に纏ったブラックスライムを放つ。
「此処まで来たら遠慮は致しません」
 漆黒の衝撃で敵を包み込んだオルンはダモクレスがかなり弱体していると察した。ニュニルもそのことに気付いており、百花繚乱の名を冠する縛霊手を振りあげる。
「さて、タイムリミットも近い。そろそろフィナーレといこうじゃないか」
 細い鳥の首にめがけ、打ち落とすように揮った一撃は大きな衝撃となって巡った。フィアールカはスームカを伴って左右から敵の脚部を狙い打つ。
 其処に続いた地異は一気にビルの上に駆け登り、脚部に重力鎖を満ちさせた。
 そして、転機が訪れる。
「もう一度くらうと良いぜ、天変地異キィイークッ!!」
 高い跳躍から放たれるヒーローめいた一撃によって、敵が大きく傾いだ。刹那に生まれた隙を見出したプランは気を引き締め、夢魔としての伝承を顕現していく。
「ここはもう夢の中、ほら私の思い通り、貴方はもう虫の息」
 まるで悪夢のように揺らぐ魔力は敵の不調を増幅させた。悪夢の枷がダモクレスを惑わせる中、エルモアは特殊兵装、カレイドを展開する。
 街を壊しながら尚も進むダモクレスが公園に到達するまであと僅か。
 魔空回廊も開きかけている現状、少しのミスも許されない。
「退避などさせませんわっ!」
 エルモアは浮遊する鏡めいた兵装を利用し、ひといきにレーザーを放った。狙うのはただ一点、フルパワー攻撃の衝撃で露出した全面の機械部位。
 反射した光は見事に敵を貫く。マイヤはエルモアの狙いが素晴らしいと感じ、敵の前に回り込んだ。
「勝ち逃げなんてさせないんだから」
「勿論だよ。これで決めてしまおうか」
 マイヤが敵の機体に張り付けた爆弾を爆破させ、ニュニルが蹴撃で追撃する。ダイチとオルンも頷きを交わし、其々の持てる力で敵を穿った。
 そして、フィアールカは地を蹴る。
 ――これなるは女神の舞、流れし脚はヴォルガの激流。
「サラスヴァティー・サーンクツィイ!」
 凛と響き渡った声と共に、流れるものを司る女神の名を冠した華麗な足技が披露されていく。女神の制裁が下されていく最中、イ・ドは敵の最期を悟った。
 持てる限りの重力鎖を竜槌、トーデストリープに込めたイ・ドは自らが破損することも厭わずに戦場を駆ける。
「合理的判断に基づき、キサマを灰燼に帰すッ!」
 これ以上の被害を起こさせぬ為に。人々の憩いというものを潰えさせぬ為にも、此処で終わらせる。圧倒的な破壊力を宿した一撃は猛威を振るい、そして――。
 瓦礫の地面に倒れたダモクレスは動きを止めた。

●花と笑顔
 こうしてダモクレスはケルベロス達の手によって倒された。
「終わったな」
 敵がもう二度と起き上がらぬと感じた地異は周りを見渡し、虚しさを感じる。だが、それと同時に喜びも覚えていた。
 やがて、番犬達が手分けをして壊された建物や道路を修復したことで街にも平穏が訪れる。菊花展には被害はなく、展示もそのまましっかりと残っていた。
「菊の花ってあまりよく見た事ないし良い機会かも」
 プランは会場の入口に立ち、ゲートの向こう側に広がる花の景色を見つめる。
 まずは何でも見てみることから。プランはそっと歩き出し、花の世界への一歩を踏み出した。同じく、フィアールカもスームカを連れて暫し花を眺めようと決める。
 思い思いの場所に向かう仲間達に続き、エルモアは正面に大きく飾られた花壇の菊たちを瞳に映した。
 重なり咲く花々が視界いっぱいに広がる。
 愛らしくも気高く、品格や上品さを感じさせる色鮮やかな花は実に見事だ。
「菊の花言葉は高貴・高潔・高尚! わたくしにぴったりですわね」
「斯くなるイメージを、ヒトはこの花に付してきたのか」
 エルモアが語る花言葉を聞きながら、イ・ドも周囲を見遣る。オルンはそんなイ・ドに軽く会釈をしてから菊花展の観賞ルートを辿ってゆく。
 太陽の彩めいた黄や橙。気品のある薄紫や白、そして深い赤の花。
「これは……かなりの作品ですね」
 普段は無表情のオルンは目を細め、心なしか表情をゆるめて花を見た。
 花は素直で綺麗に咲く。まるで誰にも分け隔てなく笑いかけているかのようだと感じ、オルンはゆっくりと花を楽しんだ。
 ニュニルはゼノアと並び、共に菊花展を歩いていく。
「どう? 偶にはこういう風にしっとりお花を愛でるのもいいでしょ」
「花は良く分からんが……見事に咲いているとは思う」
 その中で語られたのは菊の由来や花の種類についての話。ゼノアはニュニルに相槌を打ちながらじっと花を見つめていた。
「菊は秋が見頃だからね。日本のパスポートにも菊の紋があるし……赤い菊には『あなたを愛してます』って花言葉も色々あるけど、ゼノはどの色が好き?」
「あー……んん……。俺は……白か黄色のが好き……だろうか」
 ゼノアは暫し考え、何とか感想を告げたところでぐう、とお腹が鳴った。悩ましい返事とその音にくすりと笑んだニュニルは彼の手をきゅ、と握った。
「少し難しかったかな? お腹も空いてきたし、帰りに何か食べていこっか」
「すまんな。帰りは俺が奢ろう……」
 よく分かってないことをニュニルに見透かされたと気付き、ゼノアは頭を掻く。
 良いんだよ、と微笑む彼女に手を引かれながら、ゼノアは少しだけ花の勉強もしてみようかと小さな決意めいた思いを抱いた。
 一方、会場の中央付近。
 地異はスマートフォンで菊の花を写し、通り掛かった仲間に声をかける。
「遊星、花と一緒の写真を撮っていいか?」
「構わないが俺なんか撮ってどうするんだ」
 首を傾げた仲間に地異はブログにアップしたいのだと話した。それもまた楽しみなのだろうと感じたダイチは満面の笑みで以て応える。
 そうして、其処に手を振るマイヤとラーシュが近付いて来た。
「ダイチ、ピンポンマムって菊知ってる?」
「いや、分からないな。どれのことだ?」
 まん丸で可愛いの、とマイヤが指差した先には言葉通りの花があった。花壇や植木鉢いっぱいに咲く小さな花は愛らしい。
 綺麗だな、とダイチが目を細めるとマイヤも笑みを浮かべる。
「菊って沢山種類があるんだね。ほら、あっちにも」
「うわぁうわあっ、可愛い、綺麗、凄い!」
 マイヤが更に示した向こう側には遊びに来ていた千笑の姿が見えた。花火のように咲くもの、ふわりとした雰囲気の優しいもの。写真を撮るマイヤがあまりにも楽しそうなので、マイヤとダイチは微笑ましさを覚えた。
「千笑、俺達と一緒にまわるか?」
「そうだね、皆で見るのもいいかも。ね、ラーシュ」
「良いんですか? 行きましょう!」
 二人の誘いに千笑が明るく答えたことで賑やかな時間が訪れる。そんな中、イ・ドは仲間達の光景を観察していた。
「情緒の理解は難しいが、そうか。華はヒトの心を和ませるようだ」
 このような催しも或る意味で合理的なのかもしれないとイ・ドは思考する。
 そうして、穏やかな時間が流れていった。オルンとイ・ドは言葉少な乍らもいつしか共に展示花の順路をまわっており、静かなひとときを感じる。
 プランやエルモアもしかと花展を楽しんでいた。
 菊花絵巻の花模様を眺めていたエルモアはふと思い立ち、周囲を見渡す。
 花展には菊を見に来た人々であふれ、盛況さと賑やかさが見て取れた。きっと勝利を得ていなければ、今のような朗らかな気持ちでこの景色を見られなかっただろう。
「この街を守れた事、嬉しく思いますわ」
 花が咲くように人々の笑顔も綻び、いっぱいに咲いていく。
 これこそが見たかった光景だと感じた仲間達は暫し、穏やかな時を過ごした。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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