ミッション破壊作戦～死して屍拾う者なし

■リプレイ

●動物たちの失楽園
　遠くに聞こえるふたつの鳴き声。
　胸の奥まで突き刺さる悲痛な叫び、獲物を前に舌なめずりする猛獣の咆哮。
　それが『動物たちの悲鳴』であると、人間特有の複雑な精神構造と僅かながら残る動物的本能が告げていた。
『熊本サンクチュアリ』
　聖域の名をもつ終わりの楽園は、魔空回廊の出現によって屍獣の餌場と化していた。
「動物実験自体、心穏やかなものではないですが……」
「確かに人間のエゴで苦しい思いもしてきただろう。だからこそ、そのエゴを貫く責務が人類全てにある」
　神妙な面持ちで見下ろすダリル・チェスロック（傍観者・e28788）にビーツー・タイト（火を灯す黒瑪瑙・e04339）が答えた。
　自然に還ることも許されず、仲間の数も減り始めているチンパンジー。彼らにとっての『幸せ』とはなんだろうか？
　それを知る者はどこにもいない。研究する人類にも、襲撃する屍隷兵達にも。
　シフ・アリウス（灰色の盾狗・e32959）は手にするイエローダイヤを静かに見つめる。
（「……いってきます」）
　僕は盾として戦い、盾として限界まで挑む――神妙な面持ちでシフは宝石を懐に仕舞う。

　――ヘリオンが大きく旋回し作戦開始の合図が下される。
「皆の者、参るぞ！」
　グラディウスを握りしめて端境・括（鎮守の二丁拳銃・e07288）が自由落下に突入する。
（「月喰島より来たりし巨人兵……彼奴らが上陸せねば、斯様な惨事はなかったはずじゃろう」）
　我が子のように想う子らに責を負わす、母として胸を痛めずにはいられない。
（「生と死の端境を、守るべき者と隔つべき者の端境を括り分かつこの名に懸けて――」）
　生者に護りを。死者に弔いを。数多の悲願と祈りを込めて。
「わが名は端境・括！　この名の許に、彼岸と此岸の抜け道、今ここで閉ざすのじゃ！！」
　刃の光は不安定な波形を描き、出力不足を括は気力で持ち直しにかかる。
「動物型の屍隷兵……こんなもの造って、創造主気取りか何かかな！？」
　因幡・白兎（因幡のゲス兎・e05145）が怒りのままに叫ぶ。
　これがマスタービーストの力を模倣しようとした結果かは誰にも解らない。何を目的として動物を変容させたのかも、いまだ真実は闇の中。
　しかし、尊厳を踏み躙られた生命がそこに存在している。それだけは間違いようのない『事実』だ。
「その思い上がりを『作品』共々潰ししてあげるよ！　いくら命を弄ぼうが、そんなことで大したことなんか出来ないって否定してやる！！」
　白兎の苛烈な叫びに反してグラディウスの光は儚い。
　見えぬ敵への想いが先走った故に投影しきれていないのだ。『目前の敵を疎かにして、前進することは叶わない』と告げるかのように。
　これ以上の出力は望めないと悟り、白兎は振り落とさぬよう柄を握り締めるしかなかった。

　肌を切るような冷たい風を受けながらオランジェット・カズラヴァ（黎明の戦乙女・e24607）は巨大ケージを視認する。
　あれこそチンパンジー達に残された聖域であり、餓えた屍隷兵らの食糧庫。
　一部を破られたケージを目にしてシフはやるせなさに奥歯を噛み締めた。
「ここにいる動物達の中には、僕が生まれる前から実験動物として頑張ってきた方だっているんです！」
　穏やかな余生を過ごせるよう、人類が努めなければならないのに――それすら脅かすならば容赦する理由はない。
「命あるものの尊厳を守るため、今日ここで魔空回廊は壊してみせます！　この聖域は……あなた達のものではありません！」
　オランジェットの想いはシフとは別のほうを向いていた。
（「……チンパンジー達だけではなく、屍隷兵達もまた犠牲者なのでしょう」）
　肉体をもてあそばれ『死』という終幕も許されず、おぞましく改造された屈辱だってあるだろう。
「だとしても、いえ、だからこそ屍隷兵達に、これ以上罪を犯させるわけにはいかないのです……！」
　不必要な狩りは野生の摂理に反する。暴力で他の生命を傷つけることは、絶対に止めなければならない！
（「グラディウス、私の想いに応えてください」）
　輝く刃を手にするアーマードレス姿はまさにワルキューレを彷彿とさせ、仲間の様子を窺っていたダリルは切先に意識を集中させていく。
（「もしかしたら此処の動物達と同じように――屍隷兵にも生きる権利があるのかもしれない」）
　出来損ないだとしても、同じイノチとして量るならば――それでも他者の生を虐げるなら、許すことは出来ない。
「全ての元凶、魔空回廊ごと消え失せろ！」
　是は憤怒の刃、誅罰の雷光と成る！
「その業、その命の重さ、同様にお前らが残らず屠られ身を以って知れ！！」
　制御に苦戦する括を一瞥し、比良坂・陸也（化け狸・e28489）も携える刃を引き抜いた。
（「一つ、惚れた相手の悔いを晴らすため。二つ、この場で悔いを残さぬため。三つ、戦力増産のデータを拡散させぬため……四つ、手前ぇら見てっと昔思い出して腹立つから」）
　一つとっても十分過ぎる。これだけ揃って気合が入らねぇほど、この化け狸、腑抜けちゃいねぇ！
「生と死の理を告げし者レイラス、我に宿りて此処で終わらせろ！！！」
　苦痛も恥辱も全てこの一撃に――陸也の情念が炎のような光を揺らめかせる。

　地上を背にして降下するアスカロン・シュミット（竜爪の護り刀・e24977）は双眸を伏せ、小剣に想いを託す。
（「ヘカトンケイレス……」）
　思えば月喰島より上陸した異形が、屍隷兵を派生させる原因だった。この地を襲う化生もその系譜のひとつ。
　別たれたはずの魂魄と肉体を接ぎ止め、無理やり生かすことは生命への冒涜に他ならない。ならば自分達に出来ることは――。
「全く、どうしてこうも外道な事を考えつくんだかなぁ！」
　腰に提げた一振りの小剣に手を伸ばす。今一度、有り得ざる命を眠らせるために。アスカロンの言葉に呼応してグラディウスが光を纏い始める。
「グラディウス、この一撃に応えろ。あの屍隷兵達を、『救う』為にも……！！」
　魔空回廊の防護障壁への接触まで、残り数十秒。
（「まずいな、グラディウスの制御に手間取っている者が居るか……だが」）
　あくまで冷静に。動揺する気配に惑わされまいとビーツーは自身のグラディウスを構える。
「霊長類の研究は人類の発展に必要不可欠。ここはその研究対象たる動物達を保護し、飼育する場だ！」
　ここに住まう動物達を蹂躙することも許し難い。だが、それ以上に――。
「人類の叡智の発展、神聖な学問の場を荒らす『獣』にはご退場頂こうか……！」
　主人の意思を後押ししようとボクスドラゴンのボクスも寄り添う。
　集束する八条の光――この一瞬を逃せば、次に訪れる機会がいつ来るかは全く解らない。
　決するならば『今』しかない！！
「――穿て、グラディウス！」
　アスカロンが反転すると同時に刃を叩きつけ、八光の刃が爆ぜる――。

●ケダモノ達の哀歌
　寸分違わぬ一撃だった。
　誰か一人でもタイミングが早ければ、あるいは遅ければ、成し得なかったかもしれない。
　それは強い意志が呼び寄せた『奇跡』だった。
　翼を広げて姿勢制御するビーツーすら、信じられない様子で痺れが残る手を見つめる。
「…………破ったのか、俺達は」
　聖域を閉ざしていたバリアと強襲魔空回廊は消失した――しかし、奇跡の代償は安いものではない。着地と同時に括と白兎が声を震わせる。
「すまぬ、接触して爆ぜる勢いでグラディウスが弾かれてしもうた……」
「僕も嫌な予感はしてたんだけど……！」
　グラディウスを落とす、想定外の事態にアスカロン達に動揺が走る。
「今ある６本をアイテムポケットに入れましょう、残る２本の回収はこの場を――」
　オランジェットの言葉を遮るようにふたつの唸り声が迫りくる。
　天災にも匹敵する爆炎と雷撃の嵐を耐え抜き、縄張りを荒らす侵略者を狩るために。屈強な複合生命体が姿を現す。
「……Ｇｒｒｒｒｒ……」「Ｆｆｆｆｕｕｕｕｕｕｕｕｕ……！！」
「此処が正念場だ。オランジェット殿が言うように切り抜けてから回収を試みよう」
「ええ、速攻で決めます」
　ボクスが白橙色のブレスを吐き、ビーツーのアファニティクコートがオウガ粒子で発光し始めると、先んじてダリルが古代魔法の光を強襲型屍隷兵に見舞う。
「ＧＧＧＡＡＡＡＡＯＯＯＯＯＯＯＯＯＯＯＯＯＯＯＯＯ！！」
　獅子頭のケモノは狩猟豹の健脚で一気に間合いを詰め、蹂躙しようと暴虐の嵐を巻き起こす。
「こっちは急用があんだよ、さっさと退け！」
　頬を裂かれながら陸也は氷の騎兵を突撃させる。足跡代わりの氷晶を白兎が踏みしめ跳びあがる。
「グラビティ構成のバランスが悪いね。ジグザグはこう使うもんさ！」
　駆動音と共にタテガミを切り落とす。百獣の王の象徴が削られたにもかかわらず威圧感は衰えない。
　反撃をシフが身代わりに防ぐと、制圧型屍隷兵が援護するように胸板を激しく打ち鳴らす。
　ドラミングの衝撃波にオウガ粒子が吹き飛ばされ、暴力的な演奏を止めようとアスカロンが魂魄の外套を展開する。
「幾十幾百の魂よ、浄罪の炎をここに！」
　形代に集う御業が巨獣に劫火の弾を叩きこむ。分厚い皮膚が焼け爛れ、火の粉を払おうと制圧型は象脚で大地を踏み鳴らす。
（「まだ行動パターンが解らないですね……それなら！」）
「シフ殿、突出し過ぎだ！」
　強襲型の攻撃を捨て鉢になる勢いで止めるシフをビーツーの雷光が後押しする。
　それでも喰らいつこうと冷凍光線を放つが、飛び越えた強襲型の陰から制圧型が猛進する。
　当たり所が悪ければ即座に戦線から叩きだす一撃。咄嗟に反応できなかった。
「わしを忘れるでないぞ、屍隷兵！」
「それは……届きません」
　括が割り込み鋭利なツノで腹を抉られる。
　すかさず巫銃から騎兵を制圧型に、両翼の獄炎をまとうオランジェットも陽炎の如き竜の影で追い打ちをかける。
「制圧型は『妨げる』行動が多いですね」
「ならジャマ―の可能性がたけぇな」
　強襲型を先に排除する方針に切り替え、主力のダリルと陸也が得物を叩きこむ。
　ホーミングされた二撃にチーターの俊足で翻弄しようが強襲型をオランジェットは逃さない。
「その隙は逃さず……！」
　慣れない竜の鉄鎚はすでに手に馴染み、一打から砲撃形態へ流れるように形を変える。
「目覚めろ、桜花……眼前の敵を打ち払う力を！」
　冷気を発する強襲型をアスカロンが刺し穿ち、動きが鈍った隙に白兎が天高く跳びあがる！
「ウェァライダァァァキィィィック！」
　真のウサギは鷹すら翻弄する機動力だ。全力の跳び蹴りを見舞えばどうなるか、想像に難くない。
「……Ｇｕ、ｒｒｒ……――」
　百獣の王を模した屍隷兵は白兎の健脚を頬にめり込ませて散った。

　残す制圧型は延焼を既に防いでいたが、全くの無傷ではない。
「残るは１体、一気に攻め落とすぞ」
　ボクスに攻撃サインを出し、ビーツーのフィニクスロッドが火花を散らす。
「――彼の者に、点を穿つ力を」
　ビーツーの雷光が陸也を包む、肉体が活性化したことで毛皮が針のように逆立つ。
（「罪なき生き物を手にかけるのは、やはり胸が痛みますね……」）
　かつて死人を送り出す手助けをした身として、ダリルは改めて残酷だと感じた。屍隷兵は製造者なくして生まれない。猛り狂う屍獣達もまた被害者なのだ。
「終わりにしましょう、私達が送ってあげます」
　ダリルの周囲に雷光が渦巻く。渦は一筋の流れから、やがて竜へと変容していく。
「鳴り響けよ雷、その閃光を知らしめよ」
　光の奔流が巨体を飲み込み弾ける音が響く。流れが弱まり制圧型はダリルめがけて襲い掛かる。
「ＧＯＯＯＡＡＡＡＡＡＡＡＡＡＡＡＡＡＡ！！！」
「やら、せ、ません……ッ！！」
　裂帛の叫びをあげてシフが間に飛び込む。勢いを乗せた巨躯による一撃は小さき肉体を容易にカチ上げる。
「それ以上受ければ危険だ、下がったほうがいい！」
　地面に叩きつけられたシフにアスカロンが応急急処置を施す間に、括が矢面で仁王立ち拳銃を構える。
（「わしとて護りたいものがあるのじゃ、これ以上傷つけさせはせぬぞ！」）
「陸也、デカいの一発お見舞いするのじゃ！」
　自慢の二丁拳銃から槍騎兵とファミリアを繰り出す援護を受けて、陸也は印を組み、詠唱する。
「鍵の妖精は恋をした。それは王への反逆の物語――」
　水鏡の門から姿を現す白翼の精。青き月光と共に現れた妖精は瞼をゆっくりと開く。
「これはただその残滓」
　直視された制圧型は強大な圧力に足を止め、オランジェットが無貌の槍を構える。
「せめて苦しまぬよう、この一撃で終わらせます……」
　無慈悲に。精確に。あなたの命を奪いましょう――その願いが『救い』になると信じて。
「届け、叶わざる幻想の大神宣言（グングニル・イマージュ）！！」
　地獄というには清らか過ぎるその炎は、長大な槍を通し極大の熱線を放つ。
　『光の柱』とでも呼べる一撃に制圧型は冷え切る体を焼け爛れさせ、真に終わりを迎えた。

●奇跡の代償
　強襲型魔空回廊は破壊した。獣型屍隷兵も撃破した――しかし重大な問題がひとつ残されている。
「落としたグラディウスをどうすべきか……シフ君もオランジェット君に預かってもらったほうが良いでしょう」
「どの方向に落ちたか見てないんだよね……天草街道のほうに落ちたかもわかんなくて」
　消えかけるスモークの中、ダリルの提案に白兎は困ったように眉を下げる。
　ディフェンダーだった二人は無理が出来る状態ではない。だが、予定通りの天草街道を目指して２本とも都合よく見つかるとは言い難い。
「だが、ノーヒントでどう探すんだ？」
「せめて落ちた方向さえわかれば探しようはあるのだが……」
　陸也とビーツーも時間と手掛かりのなさに難色を示す。
　強敵を倒しても残存する屍隷兵はそこら中にいるのだ、単独で動けば格好の餌食となってしまう。
「満身創痍の2人を連れて屍隷兵の大群にボコボコにされるか、２本のグラディウスを代償に魔空回廊を破壊した旨を報告するか……」
「ち、近くに落ちていないのでしょうか…………っ！」
　グラディウスを探す為に暴走しても本末転倒だ、と唸るアスカロンの隣。慌てふためくオランジェットが不自然な光を木の上に見つける。
「……い、一本、そこに！」
　回収している間に『Ｇｒｒｒ……ｒｒｒｒ……』と残された屍隷兵達が動きだしたようだ。
　グラディウスはいくらか代えがあっても、自身の命を代替できるものはない。
　もう１本のグラディウスの捜索は断念せざるを得ず、一行は天草街道へと脱出していく。

作者：木乃	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年10月22日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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