好奇心は猫を殺すか

作者:天枷由良

 カッツェ・スフィル(黒猫忍者いもうとー死竜ー・e19121)は探していた。
 それは近頃、ケルベロスたちを騒がせているもの。
 モザイクに覆われた空間で出会う、ワイルドハントなるドリームイーター。
 もしも運良く見つけられたなら――決まっている。
 いつものように戦って、大鎌の餌食としてやるのだ。
 まるで路地裏を行く猫のような足取りで、カッツェは風の向くまま気の向くまま。
 ただ何となく予感めいたものがする方へと、ひたすらに進んでいく。
 やがて――。
「……」
 押し黙ったまま、にやりと笑うカッツェの前にそれは現れた。
 僅かながらに人の出入りした形跡が見られる廃屋。恐らくは子供の秘密基地にでもなっていたのだろうが、そんなことはカッツェにとってどうでもよい。
 重要なのは、廃屋を覆い尽くすモザイク。
 間違いない。この中に、求めていたものがある。
「行くよ」
 カッツェは蒼色と黒色の刃――番犬と黒猫の銘を持つ大鎌に呟き、モザイクへ踏み込む。
 すぐさま粘着く液体が肌を撫で、天地をひっくり返したような光景が彼女を出迎えた。
 けれども不安や怖れなどない。むしろ期待に胸は高鳴る。
 そして。爛々と輝く瞳が、その姿を捉えた。
「まさか見つかるなんて。お前――」
 相手が何か言おうとした矢先、カッツェは黒刃閃かせて斬りかかる。
 既の所で一撃を躱したそれは大きく後方へ跳ぶと、驚きを隠しきれずに目を見開く。
「なんて奴……けど、やられるわけにはいかない。ワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいかない。お前は、ワイルドハントである私が、此処で殺す!」
「私、だなんて気持ち悪いなぁ。カッツェを真似るならちゃんと真似てよ」
 青い鱗に覆われた脚と尾、竜の頭骨から作られたような籠手と、そこに据えられた蒼黒二つの刃。ボロ布の頭巾と外套。それら全てから、相手が己の姿を模倣したワイルドハントだと確信して、カッツェは堪えきれずに一度身震いすると、大鎌を握り直して笑った。
「……お前の魂は、どんな味がするのかな?」

●ヘリポートにて
「ワイルドハントについて調査していたカッツェ・スフィルさんが、発見したモザイクの内部でワイルドハントと遭遇。襲撃を受けた……いえ、襲撃したというべきなのかしら」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は喋りながら資料を広げて、その一点を指差す。
「モザイクが見つかったのは、この地点。どうやら廃屋があったようね」
 そんなところにカッツェが辿り着いた理由も、ワイルドハントが何を目的としているのかもわからないが、救援に向かわなければカッツェの生命が危ういことだけは確か。
「これから現場に急行するわ。皆はモザイクに突入して、カッツェさんを助けてあげて」
 モザイクの中は粘性の液体で満たされ、廃屋の各所を切り貼りしたような不可思議な空間となっているが、息は吸えるし声も出せる。入り組んでいるわけでもなく、カッツェの発見にもワイルドハントとの戦闘にも、差し障るものはない。
「ワイルドハントは、カッツェさんが暴走したときのような姿をしているわ。武器となるのは両腕の籠手に取り付けられた大きな刃で、強烈な一撃が皆から生命も防御力も毟り取っていくでしょう。その分、射程は短いようだから攻撃を受ける前後のフォローが重要ね」
 防具だけでは、備えた耐性と違う属性に追い込まれる可能性もある。
 回復や防御強化、敵の弱化など、打てるだけの手は打つべきだろう。
 そして。ワイルドハントの撃破後、モザイクは消失するとみられる。
「気になることは多いけれど、その場で何かの手がかりを掴むことはできないでしょう。皆はワイルドハントとの戦闘に、注力してちょうだいね」
 ミィルは語り終えると、すぐさまヘリオンへの搭乗を促した。


参加者
星詠・唯覇(星天桜嵐・e00828)
村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)
五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)
カッツェ・スフィル(黒猫忍者いもうとー死竜ー・e19121)
碓氷・影乃(黒猫忍者おねぇちゃんー月影ー・e19174)
穂村・華乃子(お誕生日席の貴腐人・e20475)
皇・晴(猩々緋の華・e36083)

■リプレイ

 七人のケルベロスが、モザイクの中へと踏み込んでいく。
 刹那、確かめられた真新しい痕跡に、村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)は零す。
「まさか、自ら襲撃に向かうとはな」
 それを耳にして、峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)を始めとする幾人かは同じことを考えただろう。
 いかにも、カッツェ・スフィル(黒猫忍者いもうとー死竜ー・e19121)らしい、と。

●猫に木天蓼
 死角をついて斬り掛かり、呪詛を込めた竜鱗で化粧のように呪いを施す。
 そうして不死の超存在であるはずの彼らを恐れ慄かせ、苦悶と焦燥を滲ませる様を眺めながら大鎌を振るって、魂を吸い上げる瞬間こそが至上の快楽。つまりはカッツェにとって、デウスエクスなど尽く獲物に過ぎない。
 それが、己と似た姿の者でも。
「カッツェを殺すんでしょ? ほら、かかって来なよ」
「っ……!」
「どうしたの? 怖いの? やっぱりカッツェらしくないなぁ。真似る相手、間違えたんじゃない?」
 不敵に笑って言い放つ。彼女の強気さに任せれば、現状は苦境にあらず。
 むしろ、ご馳走を独り占めできる絶好の機会。
 そう、好機なのだ。いつまでも大人しく待ってはいられない。
「来ないならこっちから行くよ!」
 大鎌二振りを手に叫ぶ。一口目を味わわせるのは、黒猫か番犬か。
 舌舐めずりをした――その時。
「カッツェたん!!」
 聞こえた言葉の、真剣ゆえに少し間の抜けた響きに、カッツェは体勢を崩しかけた。
 何とか堪えて目を向ければ、彼方から次々に現れる人影。
「カッツェ、無事か!?」
「え? う、うん」
「よかった! 間に合ったわね!」
 大鎌を持ったままきょとんとする少女を余所に、星詠・唯覇(星天桜嵐・e00828)と五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)が見合って、胸を撫で下ろす。傍らでは唯覇のテレビウム・カランと、奈津美のウイングキャット・バロンも安堵を示していた。
「ったく、あんま心配させんなよ」
「雅也――っ、影ねぇ!」
「可愛い妹の為なら、例え火の中、水の中……デスよ?」
 雅也は当然とばかりに妹分を庇って立ち、碓氷・影乃(黒猫忍者おねぇちゃんー月影ー・e19174)は影の如く寄り添って微笑む。
 そして、いの一番に声を張り上げた穂村・華乃子(お誕生日席の貴腐人・e20475)は。
「ワイルドハント! 事もあろうにカッツェたんを真似るなんて、いい度胸ね!」
 ずびし、と敵を指差して怒りを露わに。
 その頼もしい背中にカッツェが笑みを零せば、きりりとした表情で唯覇が言葉を継ぐ。
「皆、カッツェの為に集まったんだ。この絆がワイルドハントなどに敗れるわけがない!」
「なに? 唯覇はカッツェ一人じゃ負けると思ったの?」
「いや、そうではなくてだな……」
 綺麗に決めさせない辺り、何とも意地が悪い。堪らず頭を掻いた唯覇を見て、カッツェはまた笑う。
「……和やかなのはいいが」
 空気を引き締めたのは、柚月の一言。
「一人で簡単に立ち向かえる相手じゃないぞ、ワイルドハントは」
「ええ。戦いが始まる前に合流できて幸いでした」
 皇・晴(猩々緋の華・e36083)も、シャーマンズゴーストの彼岸と並んで頷く。
「あれがカッツェの……確かに似た姿だが、やはり雰囲気は違うな」
「そうね。ここまで本人に近い姿だと、流石に少しやりづらいわね」
 ワイルドハントを睨めつけながら、唯覇と奈津美が口々に言う。
 けれども、模倣された本人はケロリと。
「二人とも遠慮しないで。袋叩きにしちゃっていいんだよ?」
 そう語って、大鎌を突きつける。
「……だ、そうだ。覚悟は出来てるだろうな?」
 雅也が苦笑しつつ刀を抜けば、雰囲気に呑まれていた敵も我に返って身構え、眼光鋭く吐き捨てた。
「どれだけ来ようと同じだ! お前たちは全員、此処で殺す!」
「うーん、ちょっとは『らしく』なってきたかな? ……それじゃ、どっちが本物になれるか決めようか!」
「偽物は泣いたって許してやらねーかんな!」
 カッツェに続き、雅也も負けじと叫び返す。

 そして戦いの火蓋は切られた。
 まずはサーヴァント持ちのケルベロスが、矢継ぎ早に指示を出す。
「カラン。今回はヒールを重点に置いて、皆の助けになってくれ」
 唯覇から言いつけられたカランは、スタンドマイクをぐるぐる回して、やる気を示し。
「カラン、一緒に味方の回復、頑張りましょう! バロンは後ろから、攻撃お願い!」
 奈津美に命じられたバロンが、任せろと言わんばかりに口元の髭模様を一撫でして飛び上がっていく。
「僕らは皆を守る役だ。いいね?」
 晴は彼岸を従え、敵との距離を詰める。
 その動きを警戒しつつも、ワイルドハントは体勢低く駆け出すとカッツェの元へ。
「まずはお前からだっ!」
 左手の籠手から伸びる黒い刃が、何処から照らされたわけでもないのに妖しく光る。
 しかし逃げるでも守るでもなく、カッツェは真っ向から迎え撃つような佇まい。
 これは見過ごせないと華乃子が割って入り、片腕のガントレットで刃を受けた。
 がちんと鳴る金属音。そこからは想像し難い衝撃に微かな声が漏れる。
「華乃子!」
「ほんっと、危なっかしいんだから。まぁそういうとこも、お姉さんは好きだけどね?」
 それに引き換え……と、華乃子はパイルバンカーに凍気を纏わせて。
「こっちは本物のキュートさが、全っ然理解できてないじゃない!」
 生意気さが足りないと吼えながら、敵の懐に深々と杭を刺す。
 僅かに遅れて、広がる衝撃。目を見開いたワイルドハントが吹き飛ばされていく。
 そこへすかさず、唯覇が飛び蹴りを叩き込み。バロンが尻尾の輪を撃ち放つ。
 そうして攻撃を受ける敵の姿は、なまじ本物と似ているだけ直視し難いか。
(「アレはカッツェじゃない……カッツェじゃ、ない……」)
 だから情け容赦なし。手加減なし。影乃の心構えは十分に出来ていた――はずが。
「……わかっては……いるんだけどー! ゴメンナサーイ!」
「っ!?」
 近寄ってくる気配をまるで感じさせず、いつの間にか背後に立っていた影乃を見て、起き上がったばかりのワイルドハントはまた驚く。
 だが時既に遅し。持ち主より遥かに存在感のある斬霊刀――死を象ったような黒く禍々しい六式斬殺武装【餓者髑髏】が、真一文字にワイルドハントの背を裂いた。
 それに合わせて、雅也も正面から斬撃を命中させる。
 息もつかせぬ連撃は、深い繋がりの二人ならではだろう……が、しかし。
「そっぽ向いて謝りながら斬るやつがあるか!」
 雅也の口を突いて出たのは、影乃の振る舞いについて。
「だからゴメンナサーイー!!」
「ちょっと雅也! 影ねぇいじめないでよ!」
「いじめてねえ! いや、鎌こっちに向けんなって!」
 敵に氷結の螺旋を放つやいなや、ぐぐいっと詰め寄ってきた妹分に片手を振りつつ、雅也は後ずさる。
 その姦しいやり取りに、些か緊張感も緩み。
「……いつもあぁなのか?」
 柚月は如意棒を手にしたまま、思わず尋ねてしまった。
「えぇと……」
「まぁ、賑やかでいいのでは?」
 答えに窮する奈津美に、はにかみながら助け舟を出す晴。彼はそのままオウガメタルを操って、戯れる二人の元に煌めく粒子を降らせる。
 奈津美もそれに続く形で、黒鎖を振るって魔法陣を描いた。
 天地双方からカッツェや雅也を照らす光は、やがて晴自身や華乃子にまで及んでいく。
 仲間を庇って少なからず傷を負っていた彼女が手を挙げて応えれば、駆け寄ったカランも華乃子の悦びそうな動画を流し、彼岸は祈りを捧げ始めた。
「これは、また……」
 柚月の立ち位置からは何が流れているのか分からない。
 が、怪しく画面を光らせるテレビウムと、何故か頬を緩ませるご婦人。
 それを拝むようなシャーマンズゴースト。
(「この妙な空間より、よほど理解しかねる光景だな」)
 柚月は頭を振って考えるのをやめ、如意棒を握り直した。
 そして視界に映すは、再起を図るワイルドハントの姿。
「残念だったな」
 行く手を阻み、言い捨てる柚月。ワイルドハントは不意に割り込んできた男を破るべく、両腕の刃を振るう。
 斬撃は荒々しく、全てを打ち壊さんばかりの勢いで放たれた。当たれば防具の備えがあろうとも、簡単に叩きのめされてしまうだろう。
 しかし当たらなければ、どうということもない。柚月は涼しげに、ヌンチャク状に変形した如意棒で猛撃をいなしきって見せる。
 対して、ワイルドハントに募るのは相手を捉えきれない苦しさばかり。
 それは僅かな隙にも繋がり。
「脇が甘いな!」
 一瞬を突いて、柚月は体側を打った。
 力でなく技量で以って放たれた一撃に、ワイルドハントは苦悶を滲ませて退く。

「また来るわよ! 雅也!」
「任せろ!」
 目まぐるしく変わる戦況を見定めながら、回復に勤しむ奈津美の声に応じて、雅也がワイルドハントの進路を塞ぐ。
「邪魔だッ!」
「そうかよ! だったら力尽くで退けてみな!」
 互いに一歩も引かないまま、刀と籠手がぶつかり合った。
 数度の応酬を経て――軍配は敵に。
 空の霊力を帯びた刀に斬られながらも、蒼い刃を閃かせる。その強烈な一撃に雅也は翻弄され、地に赤い筋を引きながら転がっていく。
 ワイルドハントは刃に残った血を啜り、両脚に力を込めた。
 けれども。踏み出すことは出来ない。
「残念、今度は僕が相手だ」
 爆風を起こしながら、悠然と立ちはだかる晴。
 背面は華乃子が押さえ、彼岸やカランに治癒された雅也も再び詰め寄ってきた。
 彼らの動きを支えるのは各々の力量。そして守護陣や光の盾などの加護。
 一方、敵は幾度も加えられた攻撃によって力を奪われつつある。
 それを取り戻す手立ては存在しない。
「所詮、お前は紛い物だからな」
 冷ややかに言った柚月が、敵に飛びかかって拳を打ち込んだ。
「お姉さんの愛(物理)も一緒に持ってきなさい!」
 連れて、華乃子が悍ましい形状のメリケンサックを付けてから殴打を繰り出す。
 ぐしゃりと音がして、ワイルドハントの身体が宙に舞う。
「今だ、カッツェ! 援護するぞ!」
 唯覇が叫べば、異質な空間の中に突如現れた暗雲から雷が降り。
「僕も……行くよ餓者髑髏……『来たれ幻魔……骨ノ王……!』」
 影乃が囁くと、その背後から湧き出てきた巨大な骸骨の半身が、敵を派手な大剣で叩き伏せた。
「カッツェ、止めを!」
 奈津美が真言を唱えて、軍神の加護を施す。
 漲る力に嬉々としながら、カッツェは黒鎌を振り上げ――。
 敵の目の前まで来たところで、ぷつりと糸が切れたように倒れ伏した。
 突然の出来事に、仲間たちは声を上げることすらできず。
「――くくっ、くはははっ!」
 双刃を血で濡らすワイルドハントだけが、両眼をギラつかせて狂ったように笑い出す。

●猫に九生あり
 だから、誰にも聞こえなかった。空を裂く、細やかな音色は。
「はは……は?」
 けたたましい笑いを止めて、ワイルドハントが視線を動かす。
 ――左腕がない。代わりに見えたのは、倒したはずの顔。
 己が模倣した少女の顔。それは、もはや死そのもの。
「っ……ぁ……」
「あぁ、みっともない。カッツェなら晒さないな、そんな惨めな姿」
 けれど、いい表情だ。死を体現する少女は笑って、大鎌を振るう。
 ワイルドハントは倒れ、苦しみ悶えた。それがまた、少女を駆り立てる。
「泣き叫んで許しを請え! 無様に地べたを這い蹲って、命乞いでもしてみせろ!」
 そうすれば見逃してやらないこともない。
 など言いながら、大鎌を振るう手は止まらない。
 気がつけば刃の風切る音だけが聞こえるようになって。
 カッツェの足元に出来た成れの果ては、濁った瞳で見上げてくるばかり。
 まるで本当に助命を請うているようで、どうにも気に食わず。
「今更許すわけないだろ? お前は、カッツェが殺す!!」
 蒼と黒の軌跡が交差した瞬間。
 ワイルドハントの身体からは、血飛沫にも似た何かが噴き上がった。
 それを浴びる姿に、仲間たちは息を呑み。
「……黒猫、番犬。どう? 美味しかった?」
 カッツェは恍惚に浸りながら、愛鎌に指を這わせて言う。
 それから、ふと思い立ち。
「これは貰っていくよ」
 千切れ跳んでいた左腕。黒い刃が伸びる籠手を拾い上げた。

 そして。
 気付けばモザイクも消え失せ、八人は暫し立ち尽くす。
 その中からいち早く我に返り、柚月は辺りを見回して思う。
(「また一つ、消えたが……」)
 ワイルドハントを見つけては叩くの繰り返しで、謎は深まるばかり。
「一体、いくつ潰せばいいんだか」
「さぁな。早く手がかりを見つけたいところだが」
「なーんにもないわよねぇ」
 唯覇と華乃子が、警戒がてら辺りを伺うも、あるのは空と大地と廃屋だけ。
「入った俺達に何か影響がある、ってわけでもないのか……?」
 雅也はいつもと変わらない程度の疲労を感じつつ、廃屋に目を移す。
 さほど広くもない。意義はさておき、目測して覚えておくことは出来そうだ。
 しかし。それよりも大事なものが、がくりと崩れ落ちるのが見えた。
「っ、カッツェ……!」
 影乃が駆け寄り、他の者たちも続く。
 けれども、抱き起こされた少女は。
「へーきへーき。みんな大袈裟だなぁ」
 あくまで調子を崩さず、そう答える。
 勿論、奈津美とカランを中心に、すぐさま治癒が施された。
 ケルベロスは丈夫である。あっという間に立てる程度には回復した――はずなのだが。
「……? カッツェ?」
 首を傾げる影乃の前で、へたり込んだまま両腕を突き出す妹猫。
 姉猫は少しばかり考え。ふと、閃いた。
「一人で危ないことする悪い子は……甘えちゃ、ダメ」
「えー! まだこんなに傷だらけになのにー!」
 先程までの苛烈さは何処へやら。じたばたと駄々を捏ねるカッツェ。
「じゃあ、お姉さんが代わりにおぶってあげるわ!」
「え。あー、華乃子は……いいや。自分で歩く……」
「なんでよ!」
 華乃子は何かをぺちーんと投げ捨てるような仕草をしてから、笑って腕を伸ばした。
「無事で良かったわ」
「そうね。本当、カッツェが無事で良かった」
 奈津美が言いながら、手を差し伸べる。
 バロンも近づいて、一同を労うような眼差しを送っていた。
 こそばゆいのは、くしゃくしゃと髪を撫でられる感触か。それとも。
 カッツェは幾分縮こまりながら目を伏せて、小さく、しかし皆に聞こえるように。
「……ありがと」
 そう、呟いた。

「よし、ぼちぼち帰るぞー」
 慣れた様子で一行を取り纏めてから、ふと振り返る雅也。
 幾ら見つめても、やはり只の廃屋。
 だからこそ気になるのか、彼は首を傾げつつ、その場を後にしていく。

 ――こうして、気まぐれ猫の冒険は、また一つ終わった。
 しかしまだまだ、この世に獲物は尽きない。
 カッツェは明日も変わらず、デウスエクスを執念深く追い詰めて。
 尽く、狩り取っていくのだろう。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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