溢るる蔦は愛と似て

作者:天枷由良

 何処か郷愁じみたものを感じさせる森を抜けて、アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)は廃れた集落をすっぽりと覆うモザイクに出会った。
「……これがワイルドスペース、でしょうか?」
 誰もいないからと遠慮なく、アンセルムは抱えた少女人形を通じて独り言つ。
 内部の様子は窺い知れない。しかし踏み入れば何が待ち受けているのか、予想はつく。
 もしかすると――いや、十中八九。また怖い思いをするのだろうということも。
 しかし。見つけてしまったからには、このままで帰るわけにもいかないだろう。
 アンセルムは人形と見つめ合って微笑み。まるで散歩に出かけるくらいの軽やかさで、モザイクの中へと足を進めた。
 一歩入り込んだ途端、視界に広がったのは何とも奇妙な景色。
 家屋や大地を千切って混ぜ合わせた、と言えばいいのだろうか。
 その上、粘性の液体が充満しているらしい。呼吸にも発声にも問題はないようだが、そんなことより人形の服が汚れやしないかという方が気にかかる。
「……大丈夫かな、これ」
 後で洗うとして、普通の洗剤で落ちるだろうか――などと考えつつ、視線を上げると。
 そこにいたのは、己と瓜二つの男を抱きかかえる少女。
 その姿は、まるで自分の抱えているそれが、そのまま大きくなったかのようだ。
「このワイルドスペースを発見できるなんて。貴方はこの姿に因縁でもあるの?」
「だろうね。ほら」
 アンセルムは片腕を上げる。その先にあるものを、少女はじっと睨めつける。
 ――なるほど、大きくなったのもまた、可愛らしい。
「……なんですか、その目は」
 視線に気づいた少女は、嫌がるような素振りを見せて男を抱え込み、改めて口を開く。
「いえ。ともかくワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいきません。貴方には此処で、ワイルドハントである私の手にかかって、死んでもらいます」
「うん。まぁ、そうなるよね」
 恐怖などより、ちょっとした欲求の方が上回ったか。
 妙な空気のまま、アンセルムは身構える。
 しかし彼の腕からは、確かな敵意を含んだ攻性植物が伸びようとしていた。

●ヘリポートにて
「アンセルム・ビドーさんが、ワイルドハントなるドリームイーターの襲撃を受けるわ」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は心なしか早口で語り、地図を広げる。
「現場は――ここ。森に囲まれた小さな集落よ。この場所を覆っていたモザイクの中で、ワイルドハントは何かを企てていたようね」
 その詳細は不明だが、兎にも角にも救援に向かわなければ、アンセルムの生命が危うい。
「今すぐアンセルムさんを救援に向かって、ワイルドハントを撃破してちょうだい」
 モザイクの内部は粘性の液体に満たされた特殊な空間であるが、戦闘に支障はない。
「踏み込めば、すぐにアンセルムさんを見つけることができるでしょう。ワイルドハントはアンセルムさんが暴走したときの姿を模しているようだけれど、見分けられる大きな違いもあるようだしね」
 なにせ真作の方は人形を抱えているが、贋作の方は虚ろな目の男が抱えられているのだ。
「そして抱えるだけでなく、ワイルドハントの全身には攻性植物のような蔦が生えているわ。攻撃も、この蔦を使って行われるのでしょうね」
 攻性植物といえば捕食と捕縛。大量の蔦を用いて繰り出されるそれらは、ケルベロスたちに強烈かつ様々な不調をもたらすだろう。異常への抵抗力を高めることが肝要となりそうだ。
「あとは……蔦と言えば成長力、かしらね?」
 中途半端な攻撃では、みるみるうちに回復してしまうかもしれない。
 ぺんぺん草も生えないくらいの勢いで、一気呵成に叩いてしまうべきだろうか。
「ワイルドハントを撃破してしまえばモザイクは消失するようだから、皆は戦闘に集中してちょうだいね」
 なんと言っても相手の半身、虚ろな目の男はアンセルムにそっくりなのである。
 それに動じることのないようにと念を押して、ミィルは説明を終えた。


参加者
ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)
ノル・キサラギ(銀架・e01639)
シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)
餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)
伊織・遥(滴るは黒染めるは赤・e29729)
オルクス・フェニシータ(死を告げる梟・e33133)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)

■リプレイ

 迫る殺意を喜べるほど、青年は倒錯していない。
(「……それに、あのボクは……」)
 否が応でも視界を侵す、虚ろな目の男。
 あれは、まるで――。
(「……いや」)
 わざわざ考える必要は。恐怖に踏み込む意味はないのだ。
 とにかく。
「キミは、ケルベロスであるボクの手で、倒してあげるね」
 言葉を糧に、するりするりと、蔦が伸びていく。
 その囁くような音を。
 仰々しく切り出された台詞が、掻き消す。

●逢瀬を阻む
「やあやあ、ここが何なのか良く分からんが、どうせ良からぬことを考えているんだろ?」
 予期せぬ声に青年は人形を、少女は男を抱えたまま、彼方を見た。
 そこから来るのは――猛り狂う竜の如き猛火。
「だったら、その思惑はぶっ潰す!」
 ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)が吠えて、力を絞り出す。
 瞬くほどの間に炎は迫り、そして少女の姿を象ったワイルドハントへと、牙を剥いた。
「っ!」
 ドレスを翻して踊るように退くも、今一歩及ばず。
 間髪入れずに横合いから、シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)が全てを凍氷させる螺旋を放てば、少女は薄青の中で燃え上がるという奇妙な現象に囚われた。
 それを見やりつつ青年の前に立って、餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)は尋ねる。
「間に合いましたかね? 無事ですか、アンセルム様?」
 問われた青年――アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)は、しかし身構えたままで動かない。
 驚愕しているのか、恐れ慄いているのか。どちらとも違う感情に溺れているのか。
 誰にもまだ、窺い知れない。
 ならば再び尋ねてみようと、ラギッドが口を開く……その前に。
「あぁ、なんてことなの」
 隠匿されていたはずのワイルドスペース。其処に続々と現れる侵入者の姿で冷静さを失った少女が、氷炎の中から嘆く。
「キミは僕の友達に、一体何をするつもりだったんだい?」
 オルクス・フェニシータ(死を告げる梟・e33133)が問いかけてみるも、頭を振る少女から答えはない。
 けれど敵の殺意は、全身から溢れんばかりに増して。
 蔦となって湧き、氷と炎を掻き分け、その勢いのままに伸びてきた。
 標的は現状の元凶。少女が腕の中に収める男と、同じ顔をした青年。
 未だ立ち尽くすアンセルムには、避けろと叫んでも届きそうにない。
 ならば――。
(「守るよ。必ず、守る」)
 その為に来たのだ。
 ノル・キサラギ(銀架・e01639)は躊躇せず最前に出て、全身を盾とした。
 刺し貫かれる痛みは存外、大したものでない。背に守る彼との、これまでとこれからを想えば、なおの事。
(「アンセルム、きみには不本意かもしれないけどね?」)
 蔦を刀で切り捨てながら振り返ったノルには、胸中の問いを確かめる余裕すらあるように感じられた。
 けれども。際限なく湧き出る蔦の恐ろしさは、じわりと滲んでくる。
 何かを語るより先に折れる膝。目を見開くノル。身体を蝕むものの正体は言うまでもなく。
 霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)が腕を振って、紙兵を放つ。
 霊力を帯びているはずのそれは、ノルの傷口を塞いだ瞬間に暗く悍ましい色へと変わってしまった。
 ――もしや。
「アンセルム君!? どこか怪我をしたりしてないよね!?」
「え、あぁ。うん。大丈夫だよ」
 応答はあったものの頼りなく、オルクスはアンセルムの頭から爪先までを、つぶさに検める。
 青年には蔦を受けた形跡も、毒に侵された痕跡も見当たらない。
「よかった。もしも何かあったら……」
 彼が黙ってはいまい。オルクスが言外に仄めかしたものを感じ取って、アンセルムはゆっくりと目を逸らす。
 その先にいた和希は、いつも通りに言葉少な。しかし言葉などなくとも分かる程度には、鬼気迫る何かを滲ませている。
 そうさせたのは他ならぬ自分だろう。
 アンセルムは、ようやっと状況を理解するに至った。
 そして理解したからこそ。
 視線を少女姿のワイルドハントに戻して、言った。
「……可愛い」
「は、い?」
 何か聞き違えたのだと思い、伊織・遥(滴るは黒染めるは赤・e29729)は首を傾げる。
 しかしアンセルムは意に介さず、ぽつぽつと戯言を零すばかり。
「ああ、本当に可愛い……飛びつきたい、匂い嗅いでみたい……」
「ええと。始末するのは何方、でしたっけ?」
 一瞬ばかり目的を見失って、刀の切っ先を彷徨わせる遥。
 その肩をぽんと叩いて、オルクスが首を振る。
「……ええ、ええ。分かっていますとも。大丈夫です」
 どんな趣味嗜好でも、アンセルムが大事な友であることは変わらない。
 変わらない――が、しかし。
 友の未知なる一面を覗く機会は、別に今日此処でなくともよかったのではないか。
 遥は嘆息を漏らす。
 釣られて和希も息を吐いた。勿論、少なからず困惑を込めて。
 けれど、彼が思うことはそれ以外にも。
(「アンセルムさんは……」)
 言えばどうなるか分かって、ああ言っているのだ。
 彼は無思慮な男でない。
 きっとワイルドハントという存在を前に、平静を装っているのだ。
「髪とか絶対いい香りだよあの娘……」
 多分。恐らく。
「あぁ抱きしめたい。いやむしろ抱きしめられたい」
 ……何だか自信がなくなりそうなので、和希はワイルドハントへの敵意で耳を塞ぐことにする。
「さぁ、倒してしまいましょうか」
 ラギッドが仕切り直して言った。
「若干、アンセルム様がはぁはぁして止まらない気もしますが……持ち帰れませんからね?」
「えっ」
「アンセルム君……人形、好きなのは分かるけど。あれは敵だからね?」
 ラギッドとオルクスの理性ある呼びかけに、何故か驚愕と失意を示すアンセルム。
 彼から人形についての思考を取り除くのは、きっと眼前の脅威を払うより難しい。
 むしろ、彼の思考の方が脅威かもしれない。
 ワイルドハントを、僅かに後退りさせる程度には。

●しがらみを断つ
「兎にも角にも!」
 ソロの溌剌とした声が、空気を変える。
「さっさとアレをどうにかして、この気色悪い空間から抜け出すぞ!」
 そして禍々しい大鎌で敵を指し示せば、ケルベロスたちは一斉に攻撃へと転じた。
 対するワイルドハントは、その場に根を張ったように動かない。
 ただ蔦だけが、止め処なく溢れ続けている。
「回復されても厄介ですしねぇ。その蔦は枯れて下さい」
 呟いた瞬間、ラギッドの身体から滲み出る、地獄化した霧状の何か。
 それが胃袋だと知る由もない敵に向けて、吹き掛けられるのは腐食性の液。
 緑の蔦が、萎びた茶色の塊に変わっていく――が、しかし。それは束の間。すぐさま新たな蔦が湧いて、少女と男の周囲に蠢く。
「これは……除きとるのに苦労しそうですね」
「ええ。ですが除草の手段なら、いくらでも」
 例えば、と。護符を手にした遥の傍らが揺らぐ。
 そこに現れる半透明の超自然的な力。巫術士の操る御業が炎弾を撃ち放ち、まだ燻っていた蔦に火をつけた。
 炎が盛る様は、ソロの放った竜によるものよりも激しく。
 少女は堪らず悲鳴を上げる。その嘆きにすら微かに心地よいものを感じながら、アンセルムは高く宙に舞って、炎の中に飛び込んでいく。
 重力を込めた蹴りを打つため。そして、より近くで彼女を眺めるため。
(「あぁ」)
 赤と橙、焔の薄布越しに見る姿も可愛らしい。
 踏みつけられて、漏らす呻き声も可愛らしい。
 一時でも長く彼女に触れていようと、アンセルムは踏みしめるように足を押し込んだ。
 そして。
「……あっ」
 さらりと、蔦に絡め取られる。
 オルクスが焦り、斧を手にした。けれど、それより早く。
「残念だけど、お前の『お人形』にはしてやれないよ」
 ノルが蹴りかかって蔦を千切る。すかさず和希が寄って、アンセルムを支えながら退いていく。
 それを目で追って、次に敵を見据え。オルクスは斧を構え直すと、霊犬ヴォールと共に地を駆けた。
 足取りに迷いはない。しかし刃は、僅かに逡巡する。
 狙う敵の半分は友と同じ姿なのだ。そちらを傷つけるのは、さすがに気が引けた。
 一人一匹の斬撃は、取り巻く蔦を裂いて少女に。
「っ……やめて!」
 少女もまた、抱えた男を庇うように肩で受ける。
 直後、蔦の量が更に増した。それは複雑に編み込まれて巨大な壁とも籠とも言える何かに変貌し、少女と男を包み込む。
「――なめるな」
 万物を拒絶するが如き緑の塊に、冷ややかな声と拳を浴びせたのは、シャイン。
「その程度で防げるほど、我らの攻撃が貧弱とでも?」
 上品ながら剛気な言葉には、当然裏付けがある。
 それはシャインの掌から染み渡り……強烈な螺旋の力と化して、蔦を内側から捩じ切るように吹き飛ばした。
「っ、ぁ……」
 二人きりの世界が容易く崩されたことで、竦む少女。
 その両眼を見つめて、シャインは問う。
「器用に真似るな、ドリームイーター。……目的は、何だ?」
「……」
「答えないなら――」
「答えてもらうまで!」
 威勢のいい声は上から、斬撃を伴って降り注ぐ。
 見上げたときにはもう遅い。空の霊力を込められたソロの大鎌が振るわれ、ワイルドハントはまた一歩、終局へと近づく。
 そして和希が空間いっぱいに散りばめた紙兵の舞う中で、ケルベロスたちは次々に猛撃を加えた。
 ノルの戦槌が唸りを上げて弾を吐き出し、その直撃で少女の身体に開いた傷を、ラギッドがナイフで切り広げる。
 遥は刃の閃きすら見せぬほどの動きで一太刀浴びせ。オルクスはルーンの刻まれた斧を、最上段から荒々しく叩きつける。
 戦場一帯にはヴォールの身体から滲む瘴気が満ち始め、その中に立ちながら顔色一つ変えずに、アンセルムは蔦を編んで少女を喰む。
 時折、返された蔦がケルベロスたちに襲いかかるも、紙兵に阻まれては本来の力を発揮できず。
 たとえ爪痕を残したところで、一際戦意の高い和希が独自に編み出した治癒術式を使うことで、尽く癒やされてしまった。

●触れて何想う
 やがて、吹き出す蔦の勢いに陰りが見えてくる。
 少女の踊るような身のこなしも鈍くなり。対してケルベロスたちに、大きな損耗は窺えない。
「ねえ、アンセルム。あの姿は――」
 今のアンセルムにとっての、理想なんだろうか。
 ふと零しかけたノルの問いかけは、半ばで詰まってそれ以上に進まなかった。
 なぜならアンセルムは、戦いの最中に一度として、男を見ていない。
 彼の視線は常に、少女の方へと注がれていた。それは偏に人形愛ゆえと思っていたが。
(「それだけでもない、ってことかな」)
 断じるにも踏み込むにも、まだ自分では不相応だろう。
 ノルは考えていたことを投げ捨て。代わりに起動させたブログラムで、少女の動きを予測する。
 もっとも、それに頼らずともいいほど、敵の動きは緩慢。
 難なく一撃を加えて抜けるノルに続き、シャインが白銀のドレスから、美しい脚を惜しみなく覗かせて踊るように蹴りを叩き込む。
 右に動けば右に、左に動けば左に。たった一人に翻弄される様を見て、ソロは今こそ必殺の一撃を繰り出す好機だと、息を整えた。
「全ての命の源たる青き星よ。一瞬で良い……私に力を貸してくれ!」
 呼び声に応じて、異質な戦場の中に蒼い光が集ってくる。
 それを身の丈ほどの刃に変え、撃つ。
 真星剣。群を抜く威力の斬撃は力づくで、少女から男を奪い去っていった。
 しかし。
(「……仕損じた?」)
 半身を失ってなお、少女は立っている。
 その足元から、彼女を支える蔦が少しずつ分かれて、増えようとしているのが見える。
 しぶとい。もはや負けることはなくとも、これでは徒らに時を使ってしまいそうだ。
「それなら――」
 遥が一つ、剣戟を振るって刃から音を響かせた。
 途端、少女の目は虚ろに。
(「……そのまま、惑わされていてくださいね」)
 そうすれば、綺麗なものだけを見たままで終わりを迎えられるはず。
 刀を収めた遥は願い。そして程なく、溜息をつく。
 少女はまだ正気を保ち、蔦に篭って再起を図ろうとしているようだった。
 その姿は何とも頼りない。本当は只のか弱い少女なのではとすら思わせる。
 けれど、そんなことでオルクスの刃は鈍らなかった。地獄を纏った斧が振るわれ、蔦が一息に薙ぎ払われていく。
「さぁ、アンセルム様! 決着を!」
 ラギッドが胃液を吐きつけ、蔦の生育を妨げながら言う。
「……そうだね。そろそろ終わりにしよう」
 アンセルムは頷き、しかし何故か気を緩めた様子で、ゆっくりと少女に近づいていく。
 必然、反攻の蔦が伸びた。
(「やらせるものか……ッ!」)
 反射的に、治癒術式を展開する和希。
 しかしすぐさま、それが不要と分かって立ち尽くす。
 絡みついてくる蔦に、もはや誰かを殺すような力はない。
 アンセルムは少女を抱いて耳元に頬を寄せ。
 しかし、彼女でない彼女に語りかけるよう、囁く。
(「ボクの時は、生きてるって分かるぐらい、強くしてね」)
 そして別れを告げるべく、少女を突き飛ばし。
 胸元を指差して、小さく何かを唱えた。
 瞬間、突き出る水晶の剣。それは収まるべき鞘を自らが破ったところに求めて、少女を幾度となく斬りつける。
 裂く音が、やがて砕く音に変わり。全てが花散るように消え失せていく。
 その最期までを、愛おしげに見つめて。
 仲間たちを振り返ったアンセルムの周囲から、モザイクが徐々に晴れていった。

●葉擦れの音を聞きながら
 ケルベロスたちを包む光景は、いつの間にか不可思議な空間から、穏やかな森へと変わっている。
 粘性の液体も、綺麗さっぱり。ワイルドハントとの戦いの名残は、いまや身体の痛みや疲労感といったもので確かめられるだけ。
「っ、アンセルムさん!」
 ふと見やれば、事件の発端は座り込んでいて。
 血相を変えた和希が駆け寄り。若干不審げに、遥も近づいていく。
「大丈夫ですか!?」
「……うん。大丈夫。ただ」
「ただ?」
「いや……本当に来てくれるって思ってなかったから、嬉しくて、腰が、その……」
 何ともきまりが悪そうに、笑みを浮かべるアンセルムの声は、次第に小さくなって。
 和希は大きな溜息を吐きながら、膝をついた。
「え……あ、和希も、皆も! 怪我は――」
「何ともありませんよ。……まったく」
「ともあれ、無事でなによりでした。アンセルム様」
 二人の様子を見守っていたラギッドが、どうぞと、何やら差し出してくる。
 その中から柔い布を受け取ったアンセルムは、当然のように自分でなく、人形の顔を拭き始めた。
(「お持ちの人形よりも、まずはご自分の傷を心配してもらいたいところなのですがね。まぁ、らしいというか」)
 人形が汚れていなかったことに安堵している青年へ、わざわざ野暮なことは……いや、どこかで声掛け、止めなければならないだろうか。
 腰を抜かしたまま人形を撫でる青年を見て、七人は暫し、思い悩んだ。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。