●超危険なビルシャナ現る
「これだぎゃ、これが本物のエビフリャーだぎゃ!」
名古屋市にある空き家となっている飲食店で、鳥のような姿の異形——ビルシャナが熱く教義を語っていた。
「私はエビフリャーが好きだぎゃ。エビフリャーさえあれば他には何も欲しゅうにゃぎゃー!!」
長さ150ミリは裕に越えるエビフライを掲げたビルシャナが、食べたいか? と問いかけると、集まっていた10人の信者は、食べたいと、シュプレヒコールを上げる。
「皆も好きだがね。でも、よく考えて見ちょ? 人間の一生は有限、食べられる食事の量も有限。そう考えりゃあ、一生の間に食べられるエビフリャーの数なんてたかがしれとる。にゃら命ある限り食べ続けるべきだぎゃ、エビフリャーを!!」
「毎日20本食べても、30年でたった20万本にしかならないのか」
「命短し、食せよエビフリャー!」
名古屋のエビフライの美味さは度し難いものだ。故に危険と言える教義が、正に今広がろうとしている。
●あらたなビルシャナ討伐の依頼
「大変だ。こんどは命ある限りエビフライを食べ続けるべきだと主張する、ビルシャナが現れた」
あなた方の姿を認めた、ケンジ・サルヴァドーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は駆け足で近づいてくると、事件への対応をお願いしたいと、切り出した。
始めに、ビルシャナの出現は2015年の鎌倉奪還戦において、ビルシャナ大菩薩から飛び去った謎の光の影響であるとされている。
そして今回のビルシャナは、六道衆・餓鬼道という『生きることは食すこと、命ある限り思う侭に喰らうが正しい在り方』という教義を持つビルシャナの信者の一人がビルシャナ化したらしいこと付け加える。
ビルシャナとなった者は自分の教えを広めて信者を増やそうとする。
信者を増やすだけなら害がないようにも見えるが、信者となった者を放置すれば、今回のように悟りを開き新たなビルシャナが発生するという、恐るべき連鎖が始まる。
エビフライを食べ続けるべきと主張するビルシャナはもう、完全にビルシャナとなってしまっているから、人間に戻せない。だが信者として集まっている10人のほうは、このビルシャナさえ倒せば正気るから、できれば助けたい。
「ただ不用意にビルシャナとの戦闘を開始すれば、今集まっている信者も戦闘に参加する。ほぼ普通の人間と同じだから、手加減攻撃であっても当たれば簡単に死ぬ。君らの鍛錬の結果なのだから、自覚をするべきだ。運が良くて重傷だということは認識して欲しい」
しかし、ビルシャナと戦う前に信者の説得に成功すれば、物理的には誰も傷つけずに正気に戻すことができる。被害を最小限に留めるには、説得を成功させる以外に手立ては無い。
「いまビルシャナが信者たちと語らっているのは、名古屋市と尾張旭市の境界付近の山地にある空き家となっている飲食店。自動車が通過することはあるけれど、人通りは無いと考えて差し支えない」
だから無関係の民間人を巻き込む心配は無く、すぐに作戦行動に移って大丈夫だとケンジは断言する。
なお説法の内容は、一生の間に食べられるエビフリャーの数なんてたかが知れているから、食事は全てエビフリャーのみにしなさい。という内容だ。
エビフライは実際に美味しいので、本当にエビフライだけ食べたいと思うことはあり得るから、論破は困難だ。
だから、何の脈絡もなくてもいいから、パフォーマンスを交えつつ、インパクトのある話題をぶつけて勢いだけで押し切るという手段が一番有効だろう。
別に食べ物の話に拘ることはない。エビフライ一色の思考から離れて、大きな胸の素晴らしさを思い出させるだけでも正気を取り戻す契機にできる。
「今から出発して、到着するのは午前11時頃、ビルシャナの信者となり、お店で教義を聞いているのは、20〜40歳代くらいの会社員風の男女が10人。どうやら帰宅することも会社に行くことも忘れ果てているみたいなんだ」
今回の依頼はビルシャナの撃破だから、信者たちの生死は成否判定には関係ないが、できれば助けてあげて欲しい。無断欠勤をしていたとしても、日数はさほどでも無いはずだからと、まだ普通の社会生活に戻る状況のはず。そう言ってから、話題をビルシャナとの戦闘へと移す。
「基本的な攻撃は経文を読み上げて心を乱す。巨大なエビフライを投げつける、巨大なエビフライで殴りかかる、だね。攻撃動作が教義に絡んでいる点はビルシャナらしいと言えば、らしいような気がする」
エビフライに味噌カツ、味噌煮込みうどん、ひつまぶし、手羽先揚げ、天むす、きしめん、などなど、名古屋の食べ物はインパクトと個性を持っているから他県には脅威である。
「そうですわね。華やかでインパクトがあるものに惹かれてしまう気持ちは当然ですわ。でも穏やかな毎日を過ごすには、地味だけど小さな美しさを愛する方も少なく無いですものね……」
どこか寂しげに言う、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078) の方に小さく頷きを返しつつ、ケンジは最後まで話を聞いてくれたあなた方の顔を見つめると、出発しよう、と呼びかけるのだった。
参加者 | |
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ルリナ・アルファーン(銀髪クール系・e00350) |
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612) |
マキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701) |
ナティル・フェリア(パナケイア・e01309) |
和郁・ゆりあ(揺すり花・e01455) |
シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924) |
デフェール・グラッジ(ペネトレイトバレット・e02355) |
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451) |
●説得は熱い
(「こ、これは愛知の危機なのです……! だまされてはいけません。だって私、『エビフリャー』とか『だぎゃ』とか言う人、今まで会ったことないのです」)
これは、ナティル・フェリア(パナケイア・e01309)の胸に抱いている思い。
そのまま告げていれば、これで説得は成功に終わっていたが、幻となった。
「きゅっ?」
ヴェルサと名付けたボクスドラゴンが弱気な表情で首を傾げたので、ナティルは頷きで返し、ビルシャナの方をちらりと見る。そして大きく息を吸ってから口を開いた。
「こほん。エビフライは確かに美味しいですけど……愛知には他にもひつまぶしとか味噌カツとか手羽先とか美味しいもの沢山あるのに勿体ないのです」
名古屋名物では無く、愛知というところを強調したいが、どうにも上手く言い表せずにもどかしい。
そんなタイミングで、ヴェルサにも袖を引っ張られて、ハッと我に戻った、ナティルの言葉が途切れる。
入れ替わるように前に出た、ルリナ・アルファーン(銀髪クール系・e00350)が、ビシッ! と、ビルシャナを指さした。
「その通りよ。あんな奴の言葉に乗ってはいけません。エビフライだけを食べる等と……もしそんな教義が広まったら、愛知県、いいえ、この世界は、どうなると思います?」
そして2015年度の世界のエビの漁獲量の資料のフリップを掲げつつ、日本だけでも1億人を越える人間がいる。もし本当に毎食エビフライを食べ続ければ、たちまち世界中のエビが食べ尽くされてしまうと、——彼女自身そんな馬鹿馬鹿しいことが起こるとは露ほども考えていないが、説得の為に、エビフライ終末論を展開する。
対してビルシャナは需要に応じて供給は増えるものだがや、と言い返して来るが、食べるエビがなくなれば飢え死にするかもしれないと、信者は動揺し始める。
「そう、エビフライは最高級の食事となり、小さなエビフライをめぐって親兄弟が争い、奪い合う。あなた方はそんな世界を望むのですか?」
エビを巡って世界中の国が戦火を交える様をイメージして、信者たちはシーンと静まりかえり、馬鹿げた戦いを否定するかのように、シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)の声が響き渡る。
「レッツロック! エビフリャー? エビフライ? そんなことよりは、はい、声を合わせて……まずロックデスよ、ロック!」
ノリと勢いだけで、愛用のギターをかき鳴らす姿に、信者たちは勝手に世界平和とエビについて考え始める。
「1にロック、2にロック! どんな食生活もまずはロックから! ソウルの高ぶりが食生活……いえ人生を潤わせるのデース!」
信者たちの関心とシィカの呼びかけの方向性がズレて行く様に気がついた、館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)が、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)の肩を叩く。
「ナオミ、良かったら、僕らが主張する際の司会進行役をお願いしたい」
「え? 私で、良いのですか?」
「いい感じに話して、こちらが優位になるように頼みたい」
そう告げて、ナオミにマイクを投げ渡すと、詩月はアイテムポケットからカセットコンロや天ぷらなべを取り出し、さらにはイーゼルに黒板を立てかけて料理教室のようなセットを作って行く。
「はい、声を合わせて……ロック!」
呼びかける応える声は僅か。曲間に入ったシィカはギターをかき鳴らす手を止めたが、すぐナオミが声を上げる。
「ああーっと、まだ終わりません。すごい根性です! しかし疲れ切ったシィカにとって、これ以上の熱唱は自殺行為も同然、ですが歌うようです。いえ歌います! それが彼女の背負った宿命、十字架、存在価値、ロック魂なのですから!」
昔のスポーツまんがのようなナレーション促されるように、シィカは腕を振り上げて咆哮する。
そして再びギターをかき鳴らし始めた瞬間、天井をぶち破るほどの勢いで、シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)が、前に出てきて、力強いダンスで加勢を始める。
「知ってる? 運動して、疲れたあとのご飯ってすっごく美味しいんだよ!」
差し込んでくる陽光をバックに力強いダンスに見とれる信者たち。ただ美味しいから、好きだからという理由だけで、最高のエビフライを食べ続けても、本当のおいしさなど絶対に分からない。
「ってワケで、もっと美味しくエビフライを食べられるように、一緒にダンスレッスンしよっ!」
シエラは信者たち、そしてビルシャナの尻を叩くようにしながら、踊ろう! と促して回り、ナオミが世界に溢れる喜びを体現するシエラの来歴を語れば、店内は昔のゴーゴークラブのような熱気を帯びてくる。
機を逃さずに、踊りに飛び込んできた、デフェール・グラッジ(ペネトレイトバレット・e02355)が吠える。
「同じ油で揚げる料理ならガツンと腹にたまるもんを食うのがいいじゃねーか! トンカツを食え、いいか、トンカツだ!」
「エビフライが好きなら、トンカツもだよ、イェイ!」
速攻で歌詞にトンカツを加えるシィカ、ヒレ、ロース、モモ、揚げ物は肉以外認めねーぞ! デフェールは揚げるならがっつりと食べたいと熱く語る。そして味の違いを体現するが如きダンスでシエラが信者たちの心を鷲噛む。
「考えてもみろ。毎日エビフライしか食えねーとか、ウマソーな和食とか洋食とかフレンチとか食えねーんだぞ」
盛り上がった所で、繰り出されたデフェールの語りで雰囲気は一挙にしんみりと潤いを帯びてくる。
「そう、美しい身体は食べ物で出来るわ」
上着のボタンを外しながら、マキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701)が信者たちの前に躍り出る。
上着を脱ぎ放って現れるのは、革鎧を身につけたスタイルの良いボディ。
「好きな物は食べつつも、バランスの良い食事は私達の様に素晴らしい身体を作ってくれるわ」
マキナに釘付けになる男性信者、そしてため息をこぼす女性信者たち、同じく上着を脱ぎ放った、ナオミがわざとらしく胸の下で手を組みながら相槌を打てば、これは持っている者の宿命だと、ルリナとナティルもポーズを取らざるを得なかった。
「し、仕方ないわ」
「え、これって、そう言う流れなのですか?!」
ビルシャナは信者の気持ちを引き留めようと何かを叫んでいるようだが、もはやその言葉は届いていない。
「イェイ! スタイルならボクも負けないのデース!」
神裏切りし13竜騎、病喰いの白金の竜騎に連なる一族だいう誇りにかけてシィカも上着を脱ぎ放てば、もう向かうところ敵無しだ。
そんなムードに巻き込まれながらも、巻き名はビルシャナのように好きなものに偏りすぎると、気づかないうちに間違いを犯してしまうかも知れないと、自分を戒める。多様性に満ちているからこそ、世界は世界たりうるのだ。
「て、天ぷらも良いものですよ」
そんなタイミングで、天ぷら教室のようなセットを仕作り上げた詩月が、冷水に溶いた天ぷら粉にエビやイカを潜らせて手早く揚げる。急速に広がるカラリとした香ばしい匂い、そして天ぷらを揚げる音を模したギターの音色にあわせて、シエラが外はサクサク、中はぷりぷりの食感を優雅な舞で表すと、信者たちの心は躍った。
「どうぞ、召し上がって下さいませ」
「う、うまいぞー!!!」
平日の昼間から、食べて飲んで歌って踊って、無断欠勤をということを意識せずに楽しんだ信者たちはストレスから解放されたのか、血色の良いつやつやとした表情をしている。
「デザートに甘いものどうかしら? 新作のスイーツ。可愛いスイーツ」
フェミニン、和郁・ゆりあ(揺すり花・e01455)は、最新の色んなスイーツを見せると、もと信者たちはとっても嬉しそうな顔をする。イレギュラーな事態に予定を狂わされ、あるいは納期に追われ、複雑な案件に悩まされ、そんな苦しいばかりの日常をきれいさっぱり無かったことに出来ていたら、どんなに心は楽だろうか。
しかし、穏やかで人懐っこい、ゆりあの何気ない問いかけが、信者たちの心を抉る。
「ところで、お兄さん、お仕事なにしているの?」
「――ッ?!」
中学教諭、サーバの保守、医師、板金工など、仕事は様々であったが、無断欠勤により、その人が役割を果たさなければ、職場に大変な支障が生じていることは想像に難くなかった。
次の瞬間、信者たちは締め切りを過ぎた原稿を抱える作家の如き焦燥を見せた。
●戦いの定め
「と、言うわけで、私たち、このビルシャナさんに用事がございますので、ご退場お願いできますか?」
「お仕事、ご苦労さまです」
そんな簡単なやり取りを経て、10人の信者は大急ぎで店を出て、勤務先や自宅へと電話をかけ始める。そして後にはビルシャナと9人のケルベロスが残った。
信者が居なくなると、それが当然の流れであるかのように、ナティルが床に描いた牡牛座の輝きが立ち上がり、前衛に加護をもたらす。
Start up。
マキナの呟きは号令の如く、直後に、投射したウィルスカプセルがビルシャナを直撃した。
説得は慣れから来る油断も無く、完璧なものであったが故に、極めて自然な流れで、戦闘行動を開始できた。
先手を取られ防戦が精一杯のビルシャナに向けて、ゆりあが長々と伸ばした如意棒で突き、続けてルリナが星のオーラと共に繰り出す蹴りが命中させる。
さらに、前衛の4人が、間髪を入れずに襲いかかる。
まずシィカの放った鎖がビルシャナに巻き付いて、その巨体を強かに締め上げた。
「よーするに全部ぶっ壊せばいいんだろ? じゃあやるしかネェな!」
デフェールの行動は一瞬だった。
引き金を軽く引く刹那に、フルオートの如き6連射が放たれる。地獄の炎を孕んだ弾丸は吸い込まれるように命中して、体内で爆ぜて破壊の力を解き放つ。
悲鳴と共に、肉の破片と羽毛をまき散らすビルシャナの瞳は悲しみを映し、血と共に吐き出される呻きには反抗の意思が滲む。
そう、まだだ、勝負は始まったばかりだ。
そんな意思を砕くように、パーティ中最大の攻撃力を持つシエラが蝶の如くに舞い、回避しようとステップを踏むビルシャナとの距離を詰めると、蜂の如き指のひと突きで体内を巡る気脈を絶ち切った。
杭(パイル)に纏わせた雪さえも退く凍気が膨れ上がる。戦いに身を置く自身の中に、詩月は豊かな感情が生まれてくるのを感じる。打突を繰り返す杭。無造作に踏み込んで突き出した杭が、皮膚を破り、骨を打ち砕いて、血を噴出させる。身体に纏いつくような温い返り血に詩月が複雑な感情を芽生えさせる中、ナオミの乱射した弾丸が逆襲に転じようとするビルシャナを足止めするとほぼ同時、隙を見逃さずに、ゆりあが発動したサイコフォースの爆炎が輝いて、その巨体を包み焼く。
このビルシャナは人間と同じように声も上げれば、痛がりもする。だが本質はデウスエクスだ。もう人間では無い。どんなに傷ついているように見えても精強なケルベロスを一撃で屠る能力は保有している。
「これでもくらえだぎゃー!!!」
万歳の如きに掲げた手羽の上に超巨大なエビフライが現れる。鋭い羽根の一振りで放れば、緩い放物線を描いて飛び行き。ナティルに衝突するかと誰もが思った瞬間。
「ちっ、無茶苦茶だぜ!」
ナティルに体当たるようにして前に躍り出た、デフェールが掲げた銃身が自分の身体よりも大きなエビフライを食い止める。
「攻撃までエビフライエビフライうるせーな! いいかビルシャナ! 今度はテメーがフライドチキンになる番なんだよ!!」
言い放ち、デフィールはエビフライを押し返そうとする。
が、その質量と衣の熱は想像以上で、拙いと気づいた時にはもう押しつぶされていた。
(「くそっ、エビフライで倒されたなんて、冗談じゃねえ。格好悪すぎるぜ……」)
苦痛が膨れ上がり、倒れてはいけないという思いだけで瞼を上げ続ける。次の瞬間、魔術切開とショック打撃による強引な緊急手術。シィカの繰り出したウィッチオペレーションが、デフィールと融合したエビフライを切除する。
赤黒い血を吐きだして正気を取り戻すデフィール。熱を帯びたパン粉が身体に纏わり付いているような感覚が残っていたが、もう大丈夫だ。
「次はこっちの番だ!」
デフィールの腕に地獄の炎が宿る、鋭く突き出して掌を開けば、無数の炎弾が放たれる。それらは全てビルシャナに命中して、巨躯を焼き、同時に噴出する赤い血を啜り取る。
「本当にエビフライに倒された、なんて冗談があるなんて意外ね。勿論回復させて貰うわ」
「いや、待て、倒れてねーし」
異論は認めないとばかりに、マキナの放った莫大な癒力がデフィールの傷を癒した。
「で、エビフライを食すべしと説きながら、そのエビフライを使って攻撃。あなたが言っていることと矛盾していないかしら?」
「む、これはおみゃあさん正しく、われが間違っているだぎゃあ」
思いがけないツッコミにビルシャナは戦いを止める気配は見せないが、ぼろぼろと涙を流して悔いている様子。
次があればだが。おそらくもう、エビフライを使った攻撃は使わないだろう。
「もう愛知と名古屋をまぜこぜにするのは止めましょう」
そう、名古屋名物と呼ばれる物の多くは、実は名古屋由来ではない。
旅先で「愛知出身」と言えば「あー名古屋ね」と言われ、八丁味噌もひつまぶし(の鰻)も織田信長も徳川家康も名古屋名物にされて、名古屋市外の県民の方々はひっそり悔しい思いをしてるのです!
そんな無念を孕んだナティルのメタリックバーストの銀色の輝きが戦場にそこかしこに溢れる中、ルリナの突き出したスパイラルアーム、その回転刃が、深々とビルシャナの腹に突き刺さった。
「月の元にて奏上す。我は鋼、祝いで詩を覚えし一塊なり。なれど我が心はさにあらず。許し給え。我が心のままに敵を打ち砕かんとすることを」
詩月の声に機を合わせるように、シエラはふわり軽やかに舞う。
細くも鋭い弓の弦の奏でる音色は空を裂き、詩に導かれる不可視の一撃はシエラの眼前にあるビルシャナの身体に傷の花を咲かせる。それを機シエラは踊りを早めて、
「咲き乱れ、歓びうたえ、春の花よ――」
次の瞬間、荒れ果てた店内を埋め尽くす花群のまぼろしが出現し、ひらり風に遊ぶ花びらは、うねる花嵐となって傷ついたビルシャナを飲み込んだ。
シエラが作り出した春の歓びに包まれて、エビフライを愛したビルシャナは倒れた。
春を潤す雨に草木が芽吹く中、ビルシャナは安らかに瞼を閉じて、次の瞬間、無数の光の粒となって消え始める。
光が消えると、もうビルシャナ消えていて、戦いに荒れ果てた店内の様子が目に飛び込んできた。
かくして戦いはケルベロスたちの勝利に終わり、危機は去ったのであった。
●戦い終わって
皆で協力して、ヒールを掛けると、壊れたお店はすっかり元に戻った。
淡々とした様子で、天ぷら道具と黒板を片付け終えた詩月がふとため息をつき、そんな様子に、ナオミがお疲れさまでした。と軽く肩を叩いて労う。
時間はお昼時、折角だから、愛知を堪能して行こうと思っている者も多数だった。
「あれだけ大きなエビフライを見ると食べたくなるわ……。良ければ皆で祝勝会も兼ねてどうかしら?」
マキナの言葉に、ナオミがのりのりで行きたいと手を挙げれば、シエラがふわりとした笑みで問いかける。
「ねえねえ、名古屋のヒトって、ホントにエビフライのコトをエビフリャーって呼ぶの?」
おいしいからどっちでもいいケド……。とはいえ気になるものは気になる。
「そんなわけ無いのです!」
断言してから、ナティルは熱く語り出そうとするが、またしてもヴェルサに裾を咥えられて、頬を紅潮させた。
「……とりあえず、これ。海老煎餅どうぞなのです」
「あ、いただきます」
「では、私も」
「オレも」
美味しそうに海老煎餅を食べる仲間の姿にナティルは穏やかに目を細める。
「実は私、愛知出身なのです。ですから、色々ご案内できると思うのですよ。鰻とか味噌煮込みうどんとか抹茶スイーツとか!」
それじゃあ、ナティルさんのオススメでお願いと言うことになり、9人は後片付けの終わった現場を後にして、街の方へと歩き出す。
「あ、それから……きっとあのビルシャナは、テレビの見すぎなのです。日常の会話で『えびふりゃ〜』なんて言う人も、『だぎゃ』とか言う語尾の人にも、お目に掛かったことないのです」
かくして愛知への大いなる誤解も訂正されて、ナティルの足取りも軽く、横を飛ぶヴェルサも嬉しそうに見える。
風は冷気を帯び始めているけれど、陽射しは暖かい。
何気なしに、今見ている山の風景も、もしかしたら二度と見ることのできない風景なのかも知れない。
だからこそ、今見えるものを、心が赴くまま、感じるままに祝福したい。
作者:ほむらもやし |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年10月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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