金色の闇

作者:林雪

●影なのか、それとも
「ありました……妙に胸が騒ぐと思ったら」
 アイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770)がその滝の近くの村にまで足を伸ばしたのは、その胸騒ぎに背を押されての事だった。
 ワイルドスペース。モザイク型のドームが小さな村全体を覆っている。このままでは中の様子がわからないと、アイラノレは金色の髪を揺らして歩み入る。
「……っ、この感触……」
 ワイルドスペース内では、空気がまるで水のように重く絡み付いてくる。呼吸は確保されるものの、違和感と不快感は否めない。何より、ドームの中の光景は異様だった。村の住民たちのものであろう家々はバラバラにされ、パン生地の具材のごとく空間に練りこまれてしまっているのだ。景色そのものが写真のように破かれているような、そんな異様な空間の真ん中に『彼女』がいた。
「……!」
 その人影に、アイラノレは思わず両手で口元を押さえた。そこにいるのが何者であるのか、誰にわからずともアイラノレには一瞬でわかった。
 流れる黒髪に、燃えるような紅い瞳。そしてその身にとぐろを巻くのは金色の大蛇。その輝きを反射するように、毛先は金色に染まっていた。そう、アイラノレの金髪と同じ色に。
『……お前は』
 驚きに言葉をなくして立ち尽くすアイラノレに向かって『彼女』が口を開いた。
『ここを発見出来るとは……どうやら私と、因縁浅からぬ者である様子。……とは言えこの場所を知られたからには、死んでもらうしかないな』
 声には感情がなかった。よく出来た機械人形。微笑むだけの機械人形に、倒されるわけにはいかない、と、アイラノレは緑の瞳で強く睨み返した。
「そう簡単には……いきませんよ!」

●急行せよワイルドスペース
「新たなワイルドスペースが見つかったよ、すぐに向かえばアイラちゃんと合流して、ワイルドハントを倒せる!」
 ヘリオライダーの安齋・光弦が皆を急かすように告げた。
 場所は山陰地方のとある山奥の村である。村全体がモザイクで覆われ、その中にはワイルドハントと名乗るドリームイーターが、まさにアイラノレを襲おうとしているところだという。
「調査中に、自分の暴走姿そっくりの奴なんか観たらそりゃ驚くよね。急いで助けに行って欲しい」
 各地でワイルドスペースの発見が相次いでいることもあり、救援にはすぐ向かえるよう準備は整っている。ワイルドスペースの中での戦闘も、通常通り問題なく行なえるという報告が上がってきてはいるが、決して油断は出来ない空間である。
「アイラちゃんと対峙しているのは、彼女自身の姿によく似てはいるけど正体はワイルドハントが模したものに過ぎない。ただ決して弱い相手ではないよ。遠距離からの攻撃を得意としているみたいだね」
 アイラノレと合流し、ワイルドハントを倒せばモザイクで覆われた空間も元に戻るはずである。
「中で奴らが何を企んでいるのかはわかっていない。その作戦を食い止めるためにも、急行しなきゃね。頼んだよ、ケルベロス!」


参加者
アイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770)
エイン・メア(ライトメア・e01402)
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)
ソル・ログナー(鋼の執行者・e14612)
空木・樒(病葉落とし・e19729)
椿木・旭矢(雷の手指・e22146)

■リプレイ

●否定
『無駄に足掻けば、苦しみが長引く。じっとしているがいい』
 アイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770)と一定の距離を置いたまま『彼女』は広げていた両手を下に下ろした。長い黒髪を揺らすその姿は、どう考えても自分そのものなのだ。しかし。
(「……逆にやりやすいとすら思えますね、ジル……」)
 目の前にいる敵に愛用のチェーンソー剣を向け、アイラノレが胸中で呼びかける。これはチャンス。日頃、自分自身に対して溜めているものを全てぶつけてしまえるチャンスなのだ。口を開けば、溢れてくるのは不甲斐ない自分に対しての叱責。
「……何も出来ないくせに、偉そうに!」
『……』
「今までいくつの命がその手を擦り抜けた? その度に知らない振りで、気づかない振りで……守れなかったものの重さから目を背けて!」
 常にない激しい口調でそう言い放ち、アイラノレが敵に躍りかかった。
(「長居はしたくない場所だ」)
 いやはや、とソル・ログナー(鋼の執行者・e14612)が首を振りつつワイルドスペース内の空気を体感する。小さな村を飲み込んだモザイクの空間内を、ケルベロスたちが走る。
「どうか、耐えて下さいアイラさん。いま参ります故……頼りにしてますよ、ボハテルさん!」
 綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)が、カジミェシュ・タルノフスキー(機巧之翼・e17834)のサーヴァント・ボハテルに声をかけつつ先頭を走る。鼓太郎とて、婚約者であるカジミェシュこそが誰より心配し胸を痛めているのだろうとわかってはいる。そのカジミェシュの為にも一刻も早くアイラノレの無事を確認したかった。彼女の強さを疑う訳ではないが、気が急いてしまう。もっともそれは、今回集った仲間たちに共通していることではあるのだが。
「なあ、アジサイ? 美人の護衛だぞ、楽しい仕事だな」
 椿木・旭矢(雷の手指・e22146)が至って真面目な顔でそう言うのに、アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)が口端を持ち上げて楽しげに答えた。
「美人の護衛ねぇ。そう言われちゃもっと張り切るしかねぇな?」
 遮るもののない空間、戦闘音を頼りに進む。ボクスドラゴンのボハテルの翼が空を切り、そして。
「アイラさん!」
 アイラノレの姿を目にするや鼓太郎が叫ぶ。
「……!」
 アイラノレが緑の瞳を思い切り見開くのと同時、もう一人の『彼女』もまた同じく紅い瞳でケルベロスたちを見つめた。思わず、という風に飛び出したのはアジサイとソル、そして攻撃手を担う空木・樒(病葉落とし・e19729)である。
「これは、ビスッチカへの冒涜だ!」
 アジサイが一喝し、逞しい尾と、鋭い裏拳の一撃を同時に敵に叩き込む。激しい打撃から暫し遅れてその重さが、黒髪の、どう否定してもアイラノレに似たその姿へと流れ込んでいく。
『ぬッ!』
「しィッッッ!!!」
 ソルが蹴りを放つのに併せてカジミェシュも飛び込んだ。まずは一撃、拳を放ってすぐに距離を取る。
 鼓太郎はその間にアイラノレの元へ駆け寄り、お待たせ致しました、と微笑む。
「遍く日影降り注ぎ、かくも美し御国を護らんが為、吾等が命を守り給え、吾等が力を寿ぎ給え……」
「鼓太郎……カミル」
 アイラノレの細い声が、大切な人の名を呼ぶ。治療の間、ふたりを守護する壁となるべくカジミェシュが立ちはだかり、敵の姿、と言っても自分の大切な人に酷似しているその姿を、それでも真っ直ぐに見据えて、声を張った。
「私が来た以上、最早指一本たりとも触れさせぬ!」
 んむんむーぅ? と敵の姿をまじまじ眺めていたエイン・メア(ライトメア・e01402)が、嬉しげに口を開いた。
「船長さんは船長さんたるべきなのですーぅ!」
 ぴしりと敵を指差し、次ぐ言葉に一瞬周囲が白目になった。
「どうせ似せるなら、飛行船も一緒にまるごと模倣するべく努めなさーぁい!」
「それは……なかなかハードル高いと思うぞ?」
 ソルの真っ当なツッコミにも、エインは嬉しげな笑みを絶やさず、当然のように答える。
「なら、即刻消え失せていただきましーょう♪」
 飛行船はさておき、即刻消す事に異論のある者は誰もいない。言うや否や、構えたハンマーから砲撃を放つエイン。轟音に紛れるようにして、樒が深く踏み込み、敵の機械の身体に螺旋の一撃を叩き込んだ。
「標的と話すべきことなど、何一つありません」
 次の攻撃に移るべく、樒が戦場を影の如く駆け回る。知己の姿を映していても、所詮それは倒すべきただの標的。躊躇う心など、樒にあるはずもなく。
「速やかに、塵か灰か、あるいは夢にでも還ると良いでしょう」
 一方、アイラノレの前に立っていたカジミェシュがゆっくり振り返る。
「さあ、共に往こう」
 差し伸べられるカジミェシュの温かく力強い手。胸元に揺れる首飾りは、アイラノレとの大切な近いの証。
「カミル……ええ」
 見れば敵の胸元にも、アイラノレのものと同じそれ。じっと敵を見据えていた旭矢だったが。
「あちらも確かに美人には違いないが、やはり本物の方が何倍も美人だ。まなざしの清らかさ、可憐さが違う」
 本人は至って真面目にそう思ったのである。
『仲間を呼び込むとはな……厄介だが、全員死んでもらう』
 ワイルドハントは両手を広げ、そこからばら撒く勢いで黒い弾丸を発射した。その瞬間アイラノレの体に腕を回し、己の身を盾に弾丸の雨を受けるカジミェシュ。その彼ごと守らんと、旭矢とアジサイも大きく体を広げる。
 咄嗟に防御の姿勢を取りつつも、身に受けたそれが毒を含んだ闇色の弾丸であると気づいた樒が、苦痛に眉を寄せつつも歯を見せて微笑む。毒は彼女の研究対象なのだ。
「役得、と思っておくべきでしょうね……」
 一方、ひとりの時を防御でしのぎ、鼓太郎の治療を受けたアイラノレも勢いづいて攻撃へ転じた。
「先ほどまでの、防戦一方とは違いますよ!」
 言うやアイラノレが至近距離から、渾身の蹴りを放つ。防御を仲間に預け、今は自分は一条の矢に、とばかり蹴りこんだそれは、敵の鳩尾を直撃した。
「いい蹴りだ、ビスッチカ。俺も続こうじゃないか」
 アジサイが構えていたバスターライフルを向け、冷凍光線を放った。追い討ちをかけよとばかりにチェーンソー剣を唸らせ、ソルが敵の動きを阻害する。
「貴様らには何一つ成し得させんとも」
「穢れは悉く祓いましょう」
 鼓太郎が目元に力を入れ、紙兵をばら撒く。彼の想いを受けたように、紙の兵隊たちは仲間達を守るべく広がっていく。
「後方支援はお任せを」
「防御は俺が固めよう。皆を傷つけさせはしない」
 旭矢が眉を吊り上げ、ケルベロスチェインを生き物の如く操って防御圏内を広げていく。
『お前達が何人かかってこようと……』
 冷たい微笑を浮かべたままのワイルドハントの関節が、妖しく蠢いた。動きに気づいたカジミェシュが跳び、合わせて樒も足を出す。更には反撃は許さない、とばかりにエインがその身体を変貌させた。
「マッドプライズ『ザ・ドラゴン』~ぅ♪」
 解放されるエインの圧倒的な魔力と快楽エネルギー。一体化した翼と腕が、強大な獣の一撃を為す。
『……くっ』
「あはぁ~、いい顔ですよーぉ」
 狂気めいた笑みを浮かべるエイン。しかしアイラノレと同じ形の顔は、苦悶から一転、その表情をなくす。一瞬にして人形の顔になったかと思えば、そのままガシャン! と重たい音を立てて四つん這いの姿になる。それはまるでからくり人形の如きである。
「怖っ! あ、いや……」
 ソルが思わずそう口にしたのも無理からぬ、とアイラノレ自身すら納得する。
「いいんです。こんな、機械人形。バラバラにしてやりましょう」
 本人がそう言うなら、と皆が敵に向き直る。その瞬間。
『カカカカカ……!』
 奇怪な声を上げながら、ワイルドハントが猛然とケルベロスたちに向かって四つん這いのまま突撃してきた。
「早っ!」
 アジサイも思わずそう言うが、既にキャノンの射程に敵を捉えてはいる。
「興味深くは、ありますけどね……」
 樒が機敏に動いてその侵攻を避ける。が、敵の狙いは前線ではなく、後方支援に当たっていた鼓太郎とエインだった。
「わー、こんなの鹵獲したいですねーぇ♪」
「のんきなこと言ってる場合か!」
 ソルがツッコみ、鼓太郎が眉根に深いシワを刻みつつも穢れを祓わんと詠唱を続ける。
「くっ……! アイラさんの姿で……許さん!」
 敵の体に一撃拳を叩き込んだカジミェシュが、距離を取りざま鼓太郎に囁きかける。
「隙を見て援護を。一刻も早く決着をつける」
「……はい!」
 当然と言えば当然なのだが、誰よりも静かに怒りを溜めているのがカジミェシュであると改めて覚り、鼓太郎が明快に返事をした。
 戦いで傷を負っただろうアイラノレを気遣い、防御を厚くして始めた戦いのお蔭でケルベロスたちの守りは固かった。その分を補おうとアイラノレが奮戦、樒は常の通り自分の仕事を淡々とこなしつつも、共に駆ける戦場に明らかに興奮していた。
「そろそろ、動きが重いんじゃないのか?!」
 旭矢が、再び二足歩行形態となった敵の足元を強烈に払いながら煽る。確かに関節等の動きがぎこちない。壊れてきている、とソルが見て取った。
「無理をするな」
 もう一押し、とばかりにアジサイが蹴りを放つ。威力も重さも、パッと見にはわからない。それでも得体の知れない圧が、ワイルドハントの体を支配していく。まやかしであっても、死はすぐそこに。
「援護します!」
 鼓太郎の声に、カジミェシュが跳ぶ。それなら俺はその鼓太郎の援護を、と、ソルもチェーンソーの音を響かせた。護符の力で捕縛され、そこへ激しい踵の一撃が落とされる。畳み掛けられてもなお、敵は不敵に微笑を、貼り付けた微笑を崩さない。
「頑丈みたいですね……ではこれでどうでしょうか」
 樒がまるで解剖をするように、敵の傷を細かく見つめてはそこを抉っていく。削り取る、という作業は解剖というよりは模型の解体、に近いか。
「しつこいんですねーぇ。そろそろ飽きてきましたよーぉ♪」
 エインが小柄な体にハンマーを構え、盛大に横殴る。言葉とは裏腹に、楽しげだ。
『お前達が何を必死になっているのか……理解し難い』
 ワイルドハントの体に蟠っていた黄金の蛇が、するりと解ける。グラビティのうねりと化したそれは、緩慢と首を擡げる。
(「ええ、お前にはわかるまい。永遠に」)
 アイラノレがその動きから目を逸らさずに、思う。雷鳴を帯びた蛇の一噛みが、旭矢を捕える。
「……効かん!」
 旭矢は怯まない。誰も怯む事はしない。ただ、アイラノレを助けたい一心でここまで来てくれた、頼もしい仲間たち。叶うことならいつまでも共にこの戦場を駆けていたいとすら。だが彼らの想いに報いるため、幕引きは私が。
 アイラノレの体からグラビティが盛大に立ち上る。既に手足の自由を失いつつある敵の体を手術台に叩きつけ、無数のメスが舞い上がる。
『……っ』
 今回の敵の姿が何を現すのか。アイラノレにはなんとなく理解出来た。それでもその首飾りはあの人と私だけのもの、お前が模すことなど許さない。
「……失せろ、幻」
 顔と言わず体と言わず、敵の全身目がけてメスが降り注いだ。額に、首に、胸元に。カシャンカシャンと小さな音が積み重なり、ペンダントが砕け、美しい黒髪はモザイクの塵となり、終いには何も残らなかった。同時に、ワイルドスペースが崩壊する。妖しげなドームは消え失せ、暮れ方に差し掛かった空が見えた。

●サヨナラカミサマ
「皆さん、本当にありがとう……私ひとりだったら、きっと今頃」
 アイラノレが救出にきた全員の顔を見回して、丁寧に礼を述べる。
 樒はいつもの如く微笑を浮かべてそのアイラノレの様子を見ている。すっかり普段通り、という体でいる樒が実は心底安堵している……という事実は彼女だけの胸の内に留めてあるが、アイラノレには十分伝わったようである。
「無事で何よりだ」
 とソルが呟けば、旭矢はその傍で、アイラノレの笑顔を眺めて頷いている。
「これが本物の笑顔だ。やはり美しい……いや、お前の恋人だときちんと弁えてはいるからな? カジミェシュ」
 己の婚約者の美しさを讃えられて、嫌な気分になるはずもない。とは言え若干の照れくささが否めずにカジミェシュが不器用に笑う。アジサイに小突かれても、旭矢は相変わらず真顔のまま、頭上に疑問符を浮かべている。
「にしても、自分が、誰かの姿の焼き直しになるってのはどんな気分なんだろうな?」
 呟いたアジサイの方に、アイラノレが視線を向ける。
「俺の感覚で言うなら、それは寂しい事だ。なんだか、自分なんてない気がしてな……」
「確かに、そうかも知れません。私も混乱しました……でも」
 皆が来てくれた。自分を見失いかけたその時に、手を引いてくれた。
「わたし、ワイルドの力に大変興味がありましたのに……砕け散っちゃいましたねーぇ」
 エインが心底残念そうにそう言って、辺りを見回す。ドームもモザイクも今は見る影もなく、滝の水音が遠くから響いてくるばかりだった。
「……帰りましょう。俺は此処、好きではありません」
 足元に絡み付いているボハテルをいなしつつ、鼓太郎がぽつりと呟いた。ワイルドスペースが消え去っても尚、何か残り香のようなものが鼓太郎の感覚を刺激するのかも知れなかった。アイラノレが優しくその肩に手を置いた。
「気になるこたぁ山ほどある、……されど此処は未だ敵陣中、ずらかるぞ」
 ソルが親指を来た道の方へ向け、撤退を促す。カジミェシュは頷くとソルに短く礼を告げ、そして最愛の人へと向き直る。
「アイラ。帰ろう」
 カジミェシュが再度伸ばした手を、アイラノレが強く強く握り返す。そう、私は神様じゃない。だからこそ共に立つ人達がいる。たとえ全てを救えなくとも、この人達だけは。胸に湧き上がる想いに乗せて、今日一番の微笑みを見せるアイラノレだった。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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